【鈴鹿】神崎川源流に漂う 雨乞岳・七人山
Posted: 2026年2月15日(日) 17:51
【日 付】2026年2月14日(土)
【山 域】鈴鹿
【コース】7:00朝明---11:00七人山---11:50雨乞岳---15:20朝明
【メンバー】単独
今年は鈴鹿にも何度か大雪が降ったものの、暖かい空気が流れ込み雪山の終盤に向かいつつある。自宅のある津から鈴鹿の山々はストレートには見えないが、雨乞岳だけは正面に山容を見せてくれる。鈴鹿南部の山の上の白い猫耳が雨乞と東雨乞で、雨乞から東雨乞に続く稜線が頭に見える。
朝明駐車場から雪はつながっており、根の平峠までしっかりと雪がある。三重県側は雪が途切れる所も平年はあるのだが、今年の積雪は多かったようだ。滋賀県側に入ると東雨乞と雨乞の稜線が見えてきて晴天の雪山歩きの期待が膨らむ。ここまで人には会っていないが、神崎川沿いに入ると静寂度が深まった。トレースの微妙さもそうだが、獣たちの足跡が深雪で少ない。一本杉を過ぎ雪解けの川音を聞きながらのスノーシュー歩きもいいものだ、雪におおわれた川沿いのトラバースもあるが歩きなれた道だ。
コクイ谷分岐手前で石と倒木を使って渡渉し、対岸の尾根に取りつき七人山東峰の北東尾根をスノーシューで上るが雪尾根は思ったよりも狭く感じた。七人山雪原を歩き七人山に近づくと青空を背景に東雨乞のドームの壁が迫ってくる。コルに下ると深い大きな溝道が出てくるが雪の厚みでいつものような迫力がない。天気も良く展望も抜群で、東雨乞上部のハゲからは、正面にイブネ台地が横たわり、根の平方面には尾根を広げた釈迦ヶ岳が見える。七人山の奥に御在所岳、鎌ヶ岳はきれいに見えるが、暖かく空気が澄み切っていないので津の造船所のドックは見えなかった。東雨乞の最後の上りはクマザサが深く中途半端な雪だと落とし穴地帯になってしまうが、大丈夫で、雪原についた縦じまのシュカブラとウロコ雲が絶妙な景色を織りなしていた。
東雨乞からは真っ白な雨乞岳と四方に広がる稜線が見えている。山頂にも杉峠につながる尾根にも人の影はなく、この日は滋賀県側からの登山者に出会わなかった。雪におおわれた白い稜線は自宅付近からでも目立つ白さで、鈴鹿南部の山々とは違った輝きを放っている。たいした沈み込みもなく到達した山頂からは大峠からつながる綿向山がまるごと見える。杉峠にむけておばれ岩を過ぎ雪庇の稜線を慎重に下っていく、気温のわりに雪が緩んでおらず助かった。ただ、杉峠手前の急斜面ではスノーシューに体をあずけられず、登山道の木につかまりながら軟着陸した。
杉峠は風が吹いているので、御池鉱山の飯場跡まで下って休憩することにした。ノートレースの溝道をひろいながら雪に埋もれた飯場跡につくと、石垣が顔をのぞかせ、神崎川の源頭の雪解け水が音を立てて流れていた。冬でも調達できる水場が、飯場が置かれた理由なのだろう。神崎川流域には御池鉱山、高昌鉱山、国位鉱山、大蔵鉱山があり明治から昭和初期にかけて大いに賑わった、この流域の窯跡が巨大なのは精錬に必要だったからだろう。それだけに多くの人々がうごめきもがいた地であり、緑水さんが出会った山師の幽霊や「鈴鹿の山と谷」にふれられている奇異なおそろしい光景が見られた流域になる。天気の良い雪山ではそんな感じはしないが学生時代にテン泊した飯場跡には感じるものがあった。
ここで千種街道を上ってきた若い登山者と出会い、この先のトレースを感謝された。雪の千種街道は何度か歩いているが、今回は雪が多くてどこが道なのかわかない、道型で判断していたが、今日は難しい。トラバース道だけに登山者のトレースがあって助かった、これがなければ苦労しただろう。流域の小学校は高昌鉱山にあり御池鉱山からは距離があるが、この道を小学生たちは通ったようだ。
神崎川沿いに根の平峠へ向かう帰り道でも人に会うことなく静かな雪山あそびができた。高昌鉱山の物資の搬入口の根の平峠を越えると朝明は近い。
【山 域】鈴鹿
【コース】7:00朝明---11:00七人山---11:50雨乞岳---15:20朝明
【メンバー】単独
今年は鈴鹿にも何度か大雪が降ったものの、暖かい空気が流れ込み雪山の終盤に向かいつつある。自宅のある津から鈴鹿の山々はストレートには見えないが、雨乞岳だけは正面に山容を見せてくれる。鈴鹿南部の山の上の白い猫耳が雨乞と東雨乞で、雨乞から東雨乞に続く稜線が頭に見える。
朝明駐車場から雪はつながっており、根の平峠までしっかりと雪がある。三重県側は雪が途切れる所も平年はあるのだが、今年の積雪は多かったようだ。滋賀県側に入ると東雨乞と雨乞の稜線が見えてきて晴天の雪山歩きの期待が膨らむ。ここまで人には会っていないが、神崎川沿いに入ると静寂度が深まった。トレースの微妙さもそうだが、獣たちの足跡が深雪で少ない。一本杉を過ぎ雪解けの川音を聞きながらのスノーシュー歩きもいいものだ、雪におおわれた川沿いのトラバースもあるが歩きなれた道だ。
コクイ谷分岐手前で石と倒木を使って渡渉し、対岸の尾根に取りつき七人山東峰の北東尾根をスノーシューで上るが雪尾根は思ったよりも狭く感じた。七人山雪原を歩き七人山に近づくと青空を背景に東雨乞のドームの壁が迫ってくる。コルに下ると深い大きな溝道が出てくるが雪の厚みでいつものような迫力がない。天気も良く展望も抜群で、東雨乞上部のハゲからは、正面にイブネ台地が横たわり、根の平方面には尾根を広げた釈迦ヶ岳が見える。七人山の奥に御在所岳、鎌ヶ岳はきれいに見えるが、暖かく空気が澄み切っていないので津の造船所のドックは見えなかった。東雨乞の最後の上りはクマザサが深く中途半端な雪だと落とし穴地帯になってしまうが、大丈夫で、雪原についた縦じまのシュカブラとウロコ雲が絶妙な景色を織りなしていた。
東雨乞からは真っ白な雨乞岳と四方に広がる稜線が見えている。山頂にも杉峠につながる尾根にも人の影はなく、この日は滋賀県側からの登山者に出会わなかった。雪におおわれた白い稜線は自宅付近からでも目立つ白さで、鈴鹿南部の山々とは違った輝きを放っている。たいした沈み込みもなく到達した山頂からは大峠からつながる綿向山がまるごと見える。杉峠にむけておばれ岩を過ぎ雪庇の稜線を慎重に下っていく、気温のわりに雪が緩んでおらず助かった。ただ、杉峠手前の急斜面ではスノーシューに体をあずけられず、登山道の木につかまりながら軟着陸した。
杉峠は風が吹いているので、御池鉱山の飯場跡まで下って休憩することにした。ノートレースの溝道をひろいながら雪に埋もれた飯場跡につくと、石垣が顔をのぞかせ、神崎川の源頭の雪解け水が音を立てて流れていた。冬でも調達できる水場が、飯場が置かれた理由なのだろう。神崎川流域には御池鉱山、高昌鉱山、国位鉱山、大蔵鉱山があり明治から昭和初期にかけて大いに賑わった、この流域の窯跡が巨大なのは精錬に必要だったからだろう。それだけに多くの人々がうごめきもがいた地であり、緑水さんが出会った山師の幽霊や「鈴鹿の山と谷」にふれられている奇異なおそろしい光景が見られた流域になる。天気の良い雪山ではそんな感じはしないが学生時代にテン泊した飯場跡には感じるものがあった。
ここで千種街道を上ってきた若い登山者と出会い、この先のトレースを感謝された。雪の千種街道は何度か歩いているが、今回は雪が多くてどこが道なのかわかない、道型で判断していたが、今日は難しい。トラバース道だけに登山者のトレースがあって助かった、これがなければ苦労しただろう。流域の小学校は高昌鉱山にあり御池鉱山からは距離があるが、この道を小学生たちは通ったようだ。
神崎川沿いに根の平峠へ向かう帰り道でも人に会うことなく静かな雪山あそびができた。高昌鉱山の物資の搬入口の根の平峠を越えると朝明は近い。
【鈴鹿】神崎川源流に漂う 雨乞岳・七人山