【 日 付 】2020年2月1日(土曜日)
【 山 域 】 湖北
【メンバー】山猫、家内、Tさん
【 天 候 】曇りのち雪のち晴れ
【 ルート 】尾羽梨林道の駐車地8:45〜9:16橋の崩落地点〜9:38駐車地〜10:09田戸(再スタート地点)〜10:55奥川並〜13:01谷山14:13〜15:46安蔵山15:52〜17:00尾羽梨
久しぶりに冬型の気圧配置となり、降雪が期待される。雪が降ったら、谷山から安蔵山への尾根を辿ろうと考えていた。年末のM1-グランプリのネタが散りばめられた安蔵山から谷山へのわしたかさんのrepでは、わしたかさんは谷山から尾羽梨林道へと下ることを諦めて奥川並に降りられたが、果たして尾羽梨林道からこの谷山へと目指すことが出来ないだろうかと云う命題が気になる。問題は尾羽梨ダムの先から対岸へと続く林道が地図には記載されてはいるが、果たして林道に橋があるのか、あるいは徒渉することが出来るかと云うことだ。この尾羽梨川にかかる林道の橋も崩落している可能性が高いと思われるが、とりあえずこの尾羽梨川を覗いてみることにしよう。Tさんは以前にご一緒させていただいた山行でこの尾根の話になり、大変に興味を示しておられたので、ご同行をお願いする。
湖北に向かうと車の窓からは比良も野坂山地も山の上の方はすっかり白くなっている。期待通り、前々日から二日続けて降雪があったようだ。この日は南に行けば行くほど好天が期待されるのだが、今回の山行先はもとより展望を期待するところではないので、晴天がないことは気にはならない。雨だけはご勘弁願いたいところだが。
菅並から高時川沿いの中河内への県道へと入ると、道路の周囲は雪が見られないものの、あたりの山の中腹以上は一面の雪景色となる。道路にところどころで薄雪が積もったところには真新しい車輪の後がある。どうやら先行する一台の車があるようだ。
尾羽梨の林道との分岐に来ると、車の跡は驚いたことに尾羽梨林道へと入ってゆく。タイヤの跡を追って林道へと入ってみることにする。幾度か車体の底を地面に擦りながら狭い林道を進んで行くと林道の先で四駆の軽トラックが停められているのが目に入る。そこから先は谷からの土砂と水の流れが林道を削り、先に進めなくなっているのだった。GPSで確認すると林道の入り口から尾羽梨ダムとのほぼ中間地点であった。あとはダムまでは30分もかからずにたどり着けることだろう。
車を停めて林道を歩き出す。すぐにも林道の上には薄雪で覆われるようになるが、その上には軽トラックの主と思われる真新しい踏み跡がある。明らかに登山用の靴ではなく長靴のものだ。よくよく見ると周囲には犬の足跡がある。しかも複数あるようだ。猟師と猟犬のものだろう。
やがて行く手には尾羽梨ダムの大きな堰堤が目に入る。ダムを過ぎて林道を進むと、ライフル銃を抱えた一人の初老の男性の姿が目に入る。周囲には二匹ほど小さな犬の姿が見られる。先方は登山者が来るとは想定していなかったであろう、「一体、どこの山に?」と聞かれる。確かにこの林道を辿って容易に登れるような山はないだろう。簡単に山行計画をお話しすると、ダムの先にかかる橋はないと教えて下さる。
猟師さんは仔犬のトレーニングのために山に入っておられるとのこと。林道の先の方からさらに三匹ほど現れる。駆け寄ってきたかと思うと、途端にじゃれつき始めた。いずれもかなり人懐っこい犬達だ。一匹は母犬とのことだが、しかし、そう言われてみれば他の犬はいずれもあどけない顔つきをしている。どうやら成犬になっても大きくならないタイプの犬らしい。猟犬というと精悍で獰猛な犬を予想していただけに意外であった。
猟師さんは様々な話をして下さる。猪や鹿とは異なり熊は至近距離から鉄砲を撃たないと射止めることが出来ないとのこと。冬眠中の熊を無理矢理起こして、撃つとのこと。これまで三度、熊にやられて、昨年に熊に噛まれた上腕には未だに金属が入っているらしい。その前に脚をやられた時には五ヶ月入院されたようだ。「かみさんにはもういい加減やめろと云われておるんやけどな〜、何しろ好きなもんで」
猟師の方の話によると数年前まではこのあたりまでは車で問題なく入ることが出来たらしいが、二年ほど前の大雨で山から土砂が流れ出し、車を停めた地点までしか入れなくなってしまったとのこと。
ダムの先の対岸の林道の地点まで歩いてみると、対岸に廃林道が目に入るが、やはり橋はない。徒渉できるところはないかと探してみたが、尾羽梨川の流れは早く、深くもあり、徒渉は不可能と判断する。撤退を決める。Tさんには徒労にお付き合いさせてしまい申し訳ないが、これは想定の範囲内ではあった。改めて仕切り直しである。
猟師さんに別れを告げて、林道を戻る。何匹かの仔犬が尻尾を振りながら我々についてこようとする。猟師さんに再三呼ばれて、最後は諦めたかのように戻っていくのだった。
車まで戻ると尾羽梨を通り過ぎて、田戸に向かう。集落跡の平地に車を停め、奥川並川の流れてに沿って林道を歩き出す。林道の入り口にはチェーンがかけられ、一般車は入ることが出来ないが、尾羽梨林道に比べるとこちらの林道ははるかに綺麗に整備されており、林道上の石もほとんどない。林道を歩き始めるとすぐにも雪が降り始めた。
奥川並の集落跡は沢の両側に立ち並ぶいくつもの石垣の遺構が深い郷愁を漂わせる。
本来は登山道は集落の入り口からすぐ右手の尾根に取付くのだが、ここから登ると杉の倒木が集中しているので、集落の奥から斜面に取り付く。八幡神社のあたりに出るつもりであったが、どうやら集落を奥に進みすぎて、もう一つ奥の支尾根に取り付いてしまったらしい。それなりの急斜面であり、低木の枝を掴みながら這い上がる。
支尾根の尾根筋に上がると、傾斜も緩やかになり、登りやすい。早くも雪が繋がるようになる。登山道と合流すると、積雪はしてはいるものの明瞭な古道が現れる。尾根上は早速にも山毛欅の樹林が現れるようになる。ca680mで谷山から南に伸びる尾根に乗ると、しばらくはなだらかな尾根が続く。いつしか雪は止み、雲の中からは谷山から左千方へと至る尾根の山肌が。後ろを振り返ると横山岳が朧がながらに雲の中から白い輪郭を見せる。
細尾根になり足元の雪が徐々に深くなると、やがて尾根上は積雪した藪が道を塞ぐようになる。以前、残雪期に三国岳まで登った時にはこの尾根で藪漕ぎに難儀した全く覚えはなく、ここでこのような藪に進路を阻まれるとは全くの想定外であった。なんと雪の重みで垂れ下がった枝が尾根を塞いでいるのだった。トレッキング・ポールで叩こうが、樹々の枝を垂れ下がらせている雪は簡単に落ちるようなものではない。雪に埋もれた踏み跡を見分けながら、垂れ下がった樹の枝の下をかい潜り、先へと進むしかない。
山頂直下の急登にさしかかると、下生の少ない山毛欅の樹林となり、雪の藪漕ぎから解放される。しかし、今度は急に積雪が深くなる。台地上の山頂部に出ると膝までのラッセルとなった。
谷山の山頂は何本ものスケールの大きな山毛欅の老木が聳え立ち、壮麗な林が広がっている。山頂部でもやはり着雪した雪の重みで低木が垂れ下がっている。もう少し積雪があるとこれらの藪を雪が埋め尽くしてくれるのだろうが、中途半端に枝が垂れ下がった樹々の間を歩くのはかなり難しい。山頂標のある小さな山頂広場でカレー鍋を調理してランチ休憩とする。
鍋には加減を間違えて大量に水を入れてしまったせいでなかなか沸騰しない。申し訳ないことに、Tさんをかなり長いことお待たせすることになってしまった上、鍋の味が薄くて申し訳なかったと思う。鍋が沸騰するのを待つ間に上空の雲の間に時折、青空が顔を覗かせる。やがて雲の間からは陽光が差し込み始めると、新雪の煌めきと山毛欅のシルエットのせいでモノクロームの世界が途端に賑やかになる。幸いにも風も弱く、寒さを感じることはない。食後はTさんお手製の美味しいケーキをコーヒーと共に頂く。気が付くと山頂で1時間以上も時間が過ぎてしまっていた。
谷山を後にするといよいよ安蔵山への尾根を辿る。樹々の間からは尾根の先で安蔵山が白く着雪した山頂部を見せている。彼方では眩いばかりに光を反射する銀盤のような琵琶湖が目に入る。いつしか空には青空が広がり、林床を覆う雪を淡く青白い色に染めている。
谷山からの下りが終わるとしばらくはなだらかな尾根が続く。尾根は期待通りの壮麗な山毛欅の回廊が続いてゆく。圧倒されるような山毛欅の樹林にただため息をつくばかりだ。尾根の右手には上谷山への稜線が雲の中から姿を現す。陽光を浴びて白銀に輝くその稜線は積雪の量がこのあたりよりも明らかに多い。
安蔵山が近づくと再び急登となる。山頂手前の偽ピークを過ぎると、尾根は緩やかになるが、尾根芯にはリョウブの藪が現れる。こちらも雪の重さのせいで樹々の枝が垂れ下がっているので、その中を歩くのは容易ではない。
尾根の北側をトラバース気味に進むが、山頂は山名標のある三角点地点はリョウブの藪の中にある筈だ。記憶を辿り、山名標があったと思しきあたりに進むと、朱色の山名標を探り当てることが出来た。安蔵山の山頂は谷山と同様、樹高の高い山毛欅の樹々が大聖堂のような高い空間を作り上げている。
安蔵山からはいよいよ北西尾根を辿り、下山の途につく。リョウブの藪はすぐにもなくなり、下生の少ない快適な山毛欅の林となる。安蔵山の手前からではしばらく雲が日差しを遮っていたのだが、再び傾いた陽がさすと山毛欅の林の中には黄金色の光が満ち溢れる。
歩きやすい尾根を緩やかに下っていたところ、ca420mのあたりで突如として尾根が終わるかのように思われる。そこから先は細尾根のかなりの急下降となるのであった。自然林の樹林も終わり、周囲の樹々に捕まりながら下るしかないのだが、榧の幼木が多く、不用意に木を掴む訳にはいかない。雪も薄くなり、足元は非常に滑りやすい。短い区間ではあるが緊張を強いられる箇所であった。
急下降の箇所を過ぎると灌木の間に付けられた薄い踏み跡を辿って、尾羽梨の日吉神社跡へと着地した。車で再び県道を戻ると、朝に見かけた周囲の樹々の雪は午後の暖かい陽光に照らされて落下してしまったのだろう、雪景色はほとんど消えてしまっている。田戸の集落へと車で戻り、Tさんとお別れすると、この日の最後は木ノ本でもう一つ楽しみにしているものがあるのだった。富田酒造に寄り道して七本槍の玉栄と吟吹雪の冬季限定の生原酒をそれぞれ入手する。
帰宅後は早速、二本の生原酒を開ける。玉栄と吟吹雪はいずれもとりわけ気に入っている酒米だ。白昼夢のような雪景色の山行の余韻に浸りながら、久しぶりの七本槍の生原酒に舌鼓を打つのだった。