【日 付】2024年6月29日(土)
【山 域】加越国境 大長山周辺
【天 候】晴れ時々曇り
【メンバー】sato、山日和
【コース】林道駐車地7:35---7:50入渓点---10:20二俣---12:35加越国境稜線---13:35小原峠15:00---15:45登山口
---16:20駐車地
オープン前の小原の林道ゲート前には10台ほどの車が待機していた。午前7時のオーブンと同時に料金を払って
動き出す。この林道を走るためには500円×人数分の料金が必要だ。
林道を奥へ進んで行く車は100%、終点の登山口から小原峠へ向かう。そして、赤兎山や大長山を目指すのである。
終点の手前に駐車して谷へ下りる我々は少数派、と言うより希少派だ。
草に埋もれて原型を留めない廃林道を辿って谷に下り立った。昨日の雨で水量はやや多めだろうか。
大雨の後は水が冷たく、出発時にはむせかえるような暑さだったのに、谷間はひんやりとして寒いぐらいだ。
入渓していきなり度肝を抜かれたのは、巨大な岩が両岸からもたれかかってトンネルを作っている情景だった。
トンネルを潜って進むとこれまた巨岩と岩壁に挟まれたゴルジュの奥に小滝がかかる風景に圧倒される。
ここは左から巻いて抜けると、これまでの凄まじい渓相は何だったのかと思うような平流に変わってしまった。
突然堰堤が2つ連続して現れ、これにもどうやって資材を運んだのかと驚かされたが、右岸を巻き上がると
廃林道があって納得。
ここから先は小滝やナメが時折現れる程度の穏やかな流れが続いた。
ようやく滝らしい滝が現れるが、周囲は伐採跡のようで潤いのない風景なのが残念だ。
1110mの二俣に着いた。大長山へダイレクトに上がるなら左俣だが、この先の連瀑帯の通過にやや不安があった
のと、何よりゲートが17時に閉まってしまうので、遅くとも4時には下山せねばならない。
ほとんど水の流れていない右俣に入る。一見して入る気の起こらない渓相だが、記録で見たナメ天国を信じよう。
水がまったくなくなり、おいおい大丈夫かと思わされたが、やがて待望のナメ滝が出迎えてくれた。
これまてが冴えなかっただけに、延々と続くナメ滝に歓喜の声が上がる。
雨でヌメりが取れたのだろう、とにかくフリクションが抜群に効いて不安がない。その上、ナメの要所要所に
クライミングウォールのホールドのように設えられた突起があるので楽に登ることができるのである。
チョックストーンを抱えた8m滝は登れそうもないので右岸から巻く。その巻きに取ったルンゼ状のナメ滝も、
傾斜は強いがこれまで同様にホールドがうまく配置されていた。
落ち口を過ぎて下降点を探るが、覗き込むとさらに滝が続いているようだ。その滝の上まで巻いて谷に復帰。
落ち口から見るとこちらも美しいナメ滝だった。
先日の千束川のように最後まで岩盤が続けば素晴らしいのだが、さすがに息切れしてもっさりとした源頭部に
突入。激ヤブというほどではないが、それなりのヤブをかき分けながら大長山と小原峠の間の登山道に飛び出した。
そろそろランチタイムという時間だったが、腰を降ろす適当な場所がない。このあたりは道幅以上に開けたと
ころがまったくないのだ。とにかく小原峠に向かって場所探しがてら歩くしかない。
元々の狙いは大長山のニッコウキスゲだったが、今回はパスである。
その代わり、そろそろ盛りを迎え始めたササユリと、満開のゴゼンタチバナが歓迎してくれた。
適当な場所がないまま、結局小原峠まで来てしまった。越前禅定道の通るこの峠の雰囲気は素晴らしい。
まわりを豊かなブナ林に囲まれた実に峠らしい峠である。
加越国境の峠を少し加賀側に入るとお地蔵さんと不動明王が安置された祠がある。4年前に訪れた時には色褪せて
壊れかけていた祠がきれいに新調されており、柔和な顔のお地蔵さまもうれしそうに見えた。
遅いランチタイムを取っていると、赤兎山の方から次々に登山者が下りて来る。その中に名古屋のふわく山の会
の総勢なんと48人という大パーティーの一団があった。
通風山さんの所属する会で、通風山さんの噂話でしばし盛り上がった。
ここから登山口までは通常なら30分ばかりである。ところが靴下を履こうとしたところで足が攣ってしまい、
靴下を履くことができない。結局裸足で登山靴を履いて歩くハメになってしまった。
途中でまた足が攣ってストップ、登りのコースタイムよりも時間がかかってようやく林道終点の登山口に着いた。
しかし車はここにはない。ゲートのタイムリミットが迫っている。
駐車地までの林道歩きは思ったより長かったが、側溝に健気に咲くササユリや、実を付けたサンカヨウの群落を
愛でたりで退屈はしなかった。
【日 付】2024年7月13日(土)
【山 域】加越国境 赤兎山周辺
【天 候】晴れのち曇り
【メンバー】sato、山日和
【コース】三ッ谷林道駐車地7:00---7:30入渓点---10:15ゴルジュ---11:55加越国境稜線---12:20ランチ場14:00---
14:30赤兎山---15:05小原峠15:15---16:00林道終点16:15---17:00駐車地
先々週、福井県側の滝波川から大長山を目指した。谷そのものも目的ではあったが、大長山のニッコウキスゲ
を見るのが最大の目的だった。結果的には右俣を選んで山頂をパスしたために見ることができなかった。
あれから2週間を経て、今度は石川県側から赤兎山を目指した。
ネット情報では先週が最盛期だったようだが、ニッコウキスゲは待ってくれているだろうか。
市ノ瀬の手前で三ッ谷の林道に入る。昨日までの雨のせいか道は水溜まりだらけで、増水が少し心配になる。
林道分岐に駐車してスタート。三ッ谷はここで西俣、中の俣、東俣の3本の谷に分かれる。
中の俣谷沿いの支線の林道は取水堰堤で終わり、そこから左岸沿いのかすかな踏み跡を辿って上流に進んだ。
水量はやや多そうだが、遡行に支障をきたすほどでもなさそうである。
堰堤を越えて入渓、広い谷は荒れ河原の様相だが行程は捗る。
ちょっと沢らしくなってきたと思ったら、目の前に高い堰堤が立ちはだかった。左岸から大きく高巻くと、
今度こそ沢登りのスタートか。
左岸から落ちる美しい滝を見送り、2mほどの落差を持つ大きな淵を右岸から越える。
その後も1mばかりの落差の小滝やナメばかりだが、河畔はサワグルミ主体の自然林となって、奥美濃の神又谷
を思わせる美しい森である。谷そのものに変化が少なくてもこういう森の中であれば退屈はしない。
しかしこの森はすぐに終わり、大半が伐採跡のやたら明るい河原歩きになってしまった。
休憩していると、単独者が通過して行った。こんなマイナーな谷で人に会うとはまったく予想外だ。
向こうもそう思っているだろうが、ろくに挨拶もせずに足早に姿を消してしまった。
ウォータースライダーのようなナメの連続を楽しんだ後、15mほどの美しい斜瀑が現れたと思ったらこれも
支流の滝だ。
突然行く手が極端に狭まる気配が見えた。ゴルジュである。その幅は両手を広げれば壁についてしまいそうな
ぐらいの狭さだ。ただ両岸の壁が低いので圧迫感はさほどでもない。
胸あたりまで浸かる覚悟で進入したが、流木があったりうまい具合に水中にフットホールドがあったりして、
ひざ上を濡らすだけで通過することができた。
その後は少しナメが続いただけで、沢登りは実質的に終了してしまった。
ヤブっぽくなってきた谷をひたすら登る。千束川や滝波川のように源頭近くまで岩盤の谷なら面白いのだが。
最後は軽いヤブ漕ぎで裏赤兎山と避難小屋の間のコルに飛び出した。
避難小屋の方へ登って行くと大展望が開け、登山者が数名寛いでいた。
白山から別山、石徹白の山々へと続く山並みの先には、枇杷倉、松鞍、木無、荒島と続き、その奥には越美国境
の滝波、平家、そして鋭利な三角錐の屏風山の姿を望むことができる。
見下ろす中ノ俣谷は、ここから見ると自然林の中を流れているように感じるのだが、実際の風景とのギャップが
大きかったことに驚く。
ランチ場所を探して避難小屋まで行ってみたが、結局ここへ戻って来た。
まわりに人がいるランチタイムはいつ以来だろうか。ここで沢装束というのは珍しいようで、どこから登って来
たのか等々、矢のように質問を受ける。
食後は少しヤブの中に入ってニッコウキスゲを愛でる。やはり先週が絶頂だったようだが、少ないとはいえ
それなりの花が咲いていた。ササユリは枯れかかった花が多くてやや寂しい感じだ。
キンコウカとイワイチョウがアクセントを添えている。
赤池湿原も静かでよかった。花の賑わいの少なさは人の賑わいと引き換えだろう。
先週のレポの写真を見るとニッコウキスゲは満開状態だったが、人を写さないのが難しいかもしれない。
7度目の赤兎山頂から小原峠への下りは雨後の人出で泥道になっているところが多く、滑らないように気を遣わ
された。
小原峠。先々週訪れた時は、2週間後にまたここに立っているとは思わなかった。
4年前にも下った越前禅定道はやや草深くなっていたが、ブナ林に入るとヤブがなくなり歩きやすくなった。
豊かなブナ林の中をゆるやかに下って行く古道の佇まいは素晴らしい。
工事現場となって殺伐とした雰囲気の林道終点に下り立った。後は長い林道歩きを残すだけだ。
さてと歩き出すと、林道のガケの上の方で声がした。動物の鳴き声のようだが、なにかわからない。
急いでホイッスルを吹き鳴らすと声はしなくなった。クマがあんなにか細い声を出すとは思えないが、なんだった
のだろう。それでも後ろから来るのではないかと時々振り返りながら林道を歩いた。
中の俣谷は、沢登りの興味という意味ではほとんど皆無かもしれないが、赤兎山へのバリエーションルートとして
捉えれば興味深いコースだと言える。
ニッコウキスゲ鑑賞のために選んだルートだったが、それなりに楽しむことができた。
山日和
【加越国境】大長山と赤兎山をめぐる沢2題 滝波川と中の俣谷
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Re: 【加越国境】大長山と赤兎山をめぐる沢2題 滝波川と中の俣谷
山日和さま
こんにちは。
朝から暑くてぐったりしていたら、昼過ぎに雷鳴が轟きバケツをひっくり返したような雨になりました。
直に止んでしまいましたが、少し暑さが和らぎ、加越国境の人気の山、大長山と赤兎山の、
味わい深かった沢山旅の感想を書き始めることが出来ました。
大長山の稜線へは小原から。
九頭竜川に注ぐ滝波川流域の最奥の村小原は、ずっと気になりつつそのままになっていたので楽しみでした。
白峰から移り住んだ人たちによって作られた村と言われ、平家落人伝説もあり、越前禅定道の道筋にあることから多くの参詣者でにぎわった村。
長い長い歴史のある村ですが、明治期に92戸400人余りだった人口は、時代の流れと共に減っていき、
昭和30年代には60戸になり、昨年2023年の住民は1戸1人ということです。
いくつかの家屋が立つ斜面は、整地され丁寧に石垣が築かれ区画され、草むらとなっている地にも、
かつて人の営みがあったことが感じ取れました。
地域環境保護協力金ひとり500円は、この廃村の危機に迫った村の少しでも役に立てればと思います。
滝波川へは、どうやって降りるの?と思いましたが、廃林道がありすんなり降り立つことが出来ました。
少し進むと、巨大な岩が目に飛び込んできてびっくりしました。
そう、黒みを帯びたふたつの巨岩が合わさりトンネルになっていて、不思議で厳かな景観を創り出していましたね。
その先のゴルジュも、漂う空気に圧倒されました。水も冷たく、ゾクっとしました。
でも、それより先は、一転して穏やかな流れに。伐採地が続き明るい谷が続いていきましたね。
1110mの二俣で、右俣に進んでよかったです。気持ちに余裕も持てましたし、登れるナメが続いていき感激しました。
左足裏がぴたりと岩に置けないので、ナメはうれしくても登りにくく逃げてしまうことも多いのですが、
この谷のナメは、なんとホールド付き。自然の造形に感謝です。
源頭部は、根曲がり竹のヤブではなくてホッとしました。加賀側の小倉谷の最後は根曲がり竹のヤブでズルズル滑りまくっていましたので。
ポンと登山道に出て、さぁお昼ご飯と思ったのですが、ゆっくりと腰を下ろせる場所が見当たりませんでしたね。
小原峠へと向かう道中では、ニッコウキスゲには出会えませんでしたが、ササユリとゴゼンタチバナに出会えてうれしかったです。
ブナの木に囲まれた小原峠の佇まいは、私も大好きです。初めて訪れた時、なんて素晴らしい峠なのだろうと思いました。
お地蔵さまとお不動さまもいいお顔をされていますね。
お昼の休憩をしていると、赤兎山から次々と登山者が降りてきて、大人数のパーティーまできて、峠は人だらけに。
お話していたら通風山さんが所属されている山の会と分かり、話が盛り上がりましたね。
私たちもそろそろ出発という時、山日和さん、いきなり足が攣り、裸足で靴を履かれたので、靴擦れが出来ないか心配でした。
峠から小原林道への越前禅定道は初めてでした。谷に沿ったいい道でした。
入り口にもお地蔵さまが祀られていて、人々の思いが折り重なった禅定道なのだなぁという感慨に包まれました。
35分の車道歩きも、ササユリやサンカヨウの実を愛でながら楽しく歩けました。
13日は、北陸地方の天気はよさそうということでニッコウキスゲ咲く赤兎山へ。
三ツ谷は、三つの谷が合わさる地からきているのでしょうね。秘密谷とも呼ばれているそうですが、みっつから転じたのか。
増水していたら杉峠道を歩こうとお話していましたが、遡行できる水量でしたのでうれしかったです。
水圧が強い箇所ではふらついてしまいましたが。少し赤みを帯びた岩と爽やかな流れが印象的な谷でした。
いくつかの支流には滝が架かり見応えがありました。
そう、至る所でオオバギボウシと山アジサイの花が咲いていましたね。上流にいくとサンカヨウの実も。
左に巨大な岩壁が現れた時は、あっと息を呑み、目を見張りました。
滝波川の巨岩も圧倒されましたが、この岩壁にも圧倒されました。そう、そう、小倉谷の岩壁もすごかったです。
木々に覆われた谷の中に、このような風景が展開しているとは・・・。どのような風景が待ち受けているのか分からない。
谷を遡る醍醐味ですね。どんな小さな谷でもドキドキします。
鞍部に出るようにと注意していたのですが、最後に左の谷に入ってしまいました。すっと軌道修正できてよかったです。
さぁ登山道とホッとしたら、ここからの登りが急に感じました。
以前登った時も、一昨年雪の斜面を下った時も、それほど急とは思わなかったのですが。
谷の中にあった直方体の黒色の物体は、階段の土止めだったのですね。大水であんなところまで流されたのですね。
登山者の皆さまと一緒のお昼のひと時も楽しかったです。
白山を目の前に、みんな笑顔で、平和な空気に包まれていて、いいなぁ、と思いました。
食後は、ゆっくりニッコウキスゲとご対面。間に合わないかもと思っていたので、うれしかったです。ササユリにもまた出会えましたし。
何より、赤兎山の素晴らしさにこころ震えていました。同じ時期、秋、残雪期と訪れましたが、感動が薄れることはありません。
ほんとうに素敵なお山だと思います。ふたたびの小原峠でもしみじみとした思いに。
加賀側の越前禅定道は、山腹を縫いながら谷を下っていく「道」という響きを感じる道ですね。
谷間から白山の大きなお姿が見えた時、禅定道をはるばる歩いてきた人々の胸の高鳴りを感じました。
車道を歩き出した時に聞こえた赤ちゃんの泣き声のような声は、コグマの鳴き声だと思ったのですが。
母クマがいるのではないかと気になり、何度も振り返ってしまいました。
三ツ谷に戻ると、一軒の家屋の煙突から煙が出ていましたね。
三ツ谷は昭和36年の北美濃大地震で離村が進んだそうです。村を去ってもふるさとへの思いは消えることがないのですね。
村のことをもっと知りたくなりネットで検索すると、白山自然保護センターの「はくさん」という機関誌を見つけ、
そこに興味深い論文が載っていました。
三ツ谷は、和漢方薬の原料となるオウギ(イワオウギ)採取の歴史があり、
昭和初期まで、ヒエ、アワの収穫が終わった10月上旬に1週間から10日間ほどかけて、美濃側の大白川上流の地獄谷支流のゾロ谷の源頭や、
大白水谷、小白水谷、転法輪谷源頭に仮小屋を建て、イワオウギを採取していたそうです。
また、イワナ漁もしていて、岩屋俣谷には道があり三ノ峰を越えて尾上郷川上流のカラスノ谷でもイワナを釣っていたとか。
イワオウギやイワナは大きな現金収入だったそうです。
白山という大きな大きなお山には、人々のこのような歴史もあったのだと知りました。
大長山と赤兎山、素敵なお山のそれぞれの谷を味わうことが出来うれしかったです。
白山麓の村々の歴史ももっと調べていきたいなと思いました。
深い深い沢山旅でした。ありがとうございました。
sato
こんにちは。
朝から暑くてぐったりしていたら、昼過ぎに雷鳴が轟きバケツをひっくり返したような雨になりました。
直に止んでしまいましたが、少し暑さが和らぎ、加越国境の人気の山、大長山と赤兎山の、
味わい深かった沢山旅の感想を書き始めることが出来ました。
大長山の稜線へは小原から。
九頭竜川に注ぐ滝波川流域の最奥の村小原は、ずっと気になりつつそのままになっていたので楽しみでした。
白峰から移り住んだ人たちによって作られた村と言われ、平家落人伝説もあり、越前禅定道の道筋にあることから多くの参詣者でにぎわった村。
長い長い歴史のある村ですが、明治期に92戸400人余りだった人口は、時代の流れと共に減っていき、
昭和30年代には60戸になり、昨年2023年の住民は1戸1人ということです。
いくつかの家屋が立つ斜面は、整地され丁寧に石垣が築かれ区画され、草むらとなっている地にも、
かつて人の営みがあったことが感じ取れました。
地域環境保護協力金ひとり500円は、この廃村の危機に迫った村の少しでも役に立てればと思います。
滝波川へは、どうやって降りるの?と思いましたが、廃林道がありすんなり降り立つことが出来ました。
少し進むと、巨大な岩が目に飛び込んできてびっくりしました。
そう、黒みを帯びたふたつの巨岩が合わさりトンネルになっていて、不思議で厳かな景観を創り出していましたね。
その先のゴルジュも、漂う空気に圧倒されました。水も冷たく、ゾクっとしました。
でも、それより先は、一転して穏やかな流れに。伐採地が続き明るい谷が続いていきましたね。
1110mの二俣で、右俣に進んでよかったです。気持ちに余裕も持てましたし、登れるナメが続いていき感激しました。
左足裏がぴたりと岩に置けないので、ナメはうれしくても登りにくく逃げてしまうことも多いのですが、
この谷のナメは、なんとホールド付き。自然の造形に感謝です。
源頭部は、根曲がり竹のヤブではなくてホッとしました。加賀側の小倉谷の最後は根曲がり竹のヤブでズルズル滑りまくっていましたので。
ポンと登山道に出て、さぁお昼ご飯と思ったのですが、ゆっくりと腰を下ろせる場所が見当たりませんでしたね。
小原峠へと向かう道中では、ニッコウキスゲには出会えませんでしたが、ササユリとゴゼンタチバナに出会えてうれしかったです。
ブナの木に囲まれた小原峠の佇まいは、私も大好きです。初めて訪れた時、なんて素晴らしい峠なのだろうと思いました。
お地蔵さまとお不動さまもいいお顔をされていますね。
お昼の休憩をしていると、赤兎山から次々と登山者が降りてきて、大人数のパーティーまできて、峠は人だらけに。
お話していたら通風山さんが所属されている山の会と分かり、話が盛り上がりましたね。
私たちもそろそろ出発という時、山日和さん、いきなり足が攣り、裸足で靴を履かれたので、靴擦れが出来ないか心配でした。
峠から小原林道への越前禅定道は初めてでした。谷に沿ったいい道でした。
入り口にもお地蔵さまが祀られていて、人々の思いが折り重なった禅定道なのだなぁという感慨に包まれました。
35分の車道歩きも、ササユリやサンカヨウの実を愛でながら楽しく歩けました。
13日は、北陸地方の天気はよさそうということでニッコウキスゲ咲く赤兎山へ。
三ツ谷は、三つの谷が合わさる地からきているのでしょうね。秘密谷とも呼ばれているそうですが、みっつから転じたのか。
増水していたら杉峠道を歩こうとお話していましたが、遡行できる水量でしたのでうれしかったです。
水圧が強い箇所ではふらついてしまいましたが。少し赤みを帯びた岩と爽やかな流れが印象的な谷でした。
いくつかの支流には滝が架かり見応えがありました。
そう、至る所でオオバギボウシと山アジサイの花が咲いていましたね。上流にいくとサンカヨウの実も。
左に巨大な岩壁が現れた時は、あっと息を呑み、目を見張りました。
滝波川の巨岩も圧倒されましたが、この岩壁にも圧倒されました。そう、そう、小倉谷の岩壁もすごかったです。
木々に覆われた谷の中に、このような風景が展開しているとは・・・。どのような風景が待ち受けているのか分からない。
谷を遡る醍醐味ですね。どんな小さな谷でもドキドキします。
鞍部に出るようにと注意していたのですが、最後に左の谷に入ってしまいました。すっと軌道修正できてよかったです。
さぁ登山道とホッとしたら、ここからの登りが急に感じました。
以前登った時も、一昨年雪の斜面を下った時も、それほど急とは思わなかったのですが。
谷の中にあった直方体の黒色の物体は、階段の土止めだったのですね。大水であんなところまで流されたのですね。
登山者の皆さまと一緒のお昼のひと時も楽しかったです。
白山を目の前に、みんな笑顔で、平和な空気に包まれていて、いいなぁ、と思いました。
食後は、ゆっくりニッコウキスゲとご対面。間に合わないかもと思っていたので、うれしかったです。ササユリにもまた出会えましたし。
何より、赤兎山の素晴らしさにこころ震えていました。同じ時期、秋、残雪期と訪れましたが、感動が薄れることはありません。
ほんとうに素敵なお山だと思います。ふたたびの小原峠でもしみじみとした思いに。
加賀側の越前禅定道は、山腹を縫いながら谷を下っていく「道」という響きを感じる道ですね。
谷間から白山の大きなお姿が見えた時、禅定道をはるばる歩いてきた人々の胸の高鳴りを感じました。
車道を歩き出した時に聞こえた赤ちゃんの泣き声のような声は、コグマの鳴き声だと思ったのですが。
母クマがいるのではないかと気になり、何度も振り返ってしまいました。
三ツ谷に戻ると、一軒の家屋の煙突から煙が出ていましたね。
三ツ谷は昭和36年の北美濃大地震で離村が進んだそうです。村を去ってもふるさとへの思いは消えることがないのですね。
村のことをもっと知りたくなりネットで検索すると、白山自然保護センターの「はくさん」という機関誌を見つけ、
そこに興味深い論文が載っていました。
三ツ谷は、和漢方薬の原料となるオウギ(イワオウギ)採取の歴史があり、
昭和初期まで、ヒエ、アワの収穫が終わった10月上旬に1週間から10日間ほどかけて、美濃側の大白川上流の地獄谷支流のゾロ谷の源頭や、
大白水谷、小白水谷、転法輪谷源頭に仮小屋を建て、イワオウギを採取していたそうです。
また、イワナ漁もしていて、岩屋俣谷には道があり三ノ峰を越えて尾上郷川上流のカラスノ谷でもイワナを釣っていたとか。
イワオウギやイワナは大きな現金収入だったそうです。
白山という大きな大きなお山には、人々のこのような歴史もあったのだと知りました。
大長山と赤兎山、素敵なお山のそれぞれの谷を味わうことが出来うれしかったです。
白山麓の村々の歴史ももっと調べていきたいなと思いました。
深い深い沢山旅でした。ありがとうございました。
sato
Re: 【加越国境】大長山と赤兎山をめぐる沢2題 滝波川と中の俣谷
satoさん、こんばんは。
九頭竜川に注ぐ滝波川流域の最奥の村小原は、ずっと気になりつつそのままになっていたので楽しみでした。
白峰から移り住んだ人たちによって作られた村と言われ、平家落人伝説もあり、越前禅定道の道筋にあることから多くの参詣者でにぎわった村。
長い長い歴史のある村ですが、明治期に92戸400人余りだった人口は、時代の流れと共に減っていき、昭和30年代には60戸になり、昨年2023年の住民は1戸1人ということです。
いくつかの家屋が立つ斜面は、整地され丁寧に石垣が築かれ区画され、草むらとなっている地にも、かつて人の営みがあったことが感じ取れました。
いつもよく調べてますね。感心します。
狭い谷あいにへばりつくように点在する集落跡が印象的でしたね。
滝波川へは、どうやって降りるの?と思いましたが、廃林道がありすんなり降り立つことが出来ました。
ボーっとしてたら入口を見逃してしまいそうな林道でした。
少し進むと、巨大な岩が目に飛び込んできてびっくりしました。
そう、黒みを帯びたふたつの巨岩が合わさりトンネルになっていて、不思議で厳かな景観を創り出していましたね。
その先のゴルジュも、漂う空気に圧倒されました。水も冷たく、ゾクっとしました。
なかなか凄い風景でしたね。どうやったらあんな地形が生まれるのか。
1110mの二俣で、右俣に進んでよかったです。気持ちに余裕も持てましたし、登れるナメが続いていき感激しました。
左足裏がぴたりと岩に置けないので、ナメはうれしくても登りにくく逃げてしまうことも多いのですが、
この谷のナメは、なんとホールド付き。自然の造形に感謝です。
これは当たりでしたね。左俣を行けば大長山にダイレクトだけど、最初のゴルジュがちょっと厳しそうだったので回避しました。
しかしホールド付きのナメは珍しかったですね。
源頭部は、根曲がり竹のヤブではなくてホッとしました。加賀側の小倉谷の最後は根曲がり竹のヤブでズルズル滑りまくっていましたので。
小倉谷のツメは最悪でした。足が滑り出す前にササを掴んで強引に体を引き上げる連続で、稜線に出る頃にはヘロヘロでした。
ポンと登山道に出て、さぁお昼ご飯と思ったのですが、ゆっくりと腰を下ろせる場所が見当たりませんでしたね。
小原峠へと向かう道中では、ニッコウキスゲには出会えませんでしたが、ササユリとゴゼンタチバナに出会えてうれしかったです。
ブナの木に囲まれた小原峠の佇まいは、私も大好きです。初めて訪れた時、なんて素晴らしい峠なのだろうと思いました。
お地蔵さまとお不動さまもいいお顔をされていますね。
結果的に小原峠まで我慢してよかったですね。落ち着いてランチタイムできました。
ゴゼンタチバナがあんなに咲いてるとは予想外でした。
お昼の休憩をしていると、赤兎山から次々と登山者が降りてきて、大人数のパーティーまできて、峠は人だらけに。
お話していたら通風山さんが所属されている山の会と分かり、話が盛り上がりましたね。
まあ、世間は狭いということですね。
私たちもそろそろ出発という時、山日和さん、いきなり足が攣り、裸足で靴を履かれたので、靴擦れが出来ないか心配でした。
死にそうでした。いつもなら一度回復したら再発しないんだけど。
靴擦れはしたことないので大丈夫です。
峠から小原林道への越前禅定道は初めてでした。谷に沿ったいい道でした。
20年振りに歩きましたが、あんなにいい道だとは記憶になかったです。
13日は、北陸地方の天気はよさそうということでニッコウキスゲ咲く赤兎山へ。
今度こそニッコウキスゲを!!
三ツ谷は、三つの谷が合わさる地からきているのでしょうね。秘密谷とも呼ばれているそうですが、みっつから転じたのか。
秘密谷とはまたいわくあり気ですねえ。
水圧が強い箇所ではふらついてしまいましたが。少し赤みを帯びた岩と爽やかな流れが印象的な谷でした。
今回初めて谷でストックを使ったけど、ああいう河原歩きの多い谷では有効でしたね。

左に巨大な岩壁が現れた時は、あっと息を呑み、目を見張りました。
滝波川の巨岩も圧倒されましたが、この岩壁にも圧倒されました。そう、そう、小倉谷の岩壁もすごかったです。
木々に覆われた谷の中に、このような風景が展開しているとは・・・。どのような風景が待ち受けているのか分からない。
谷を遡る醍醐味ですね。どんな小さな谷でもドキドキします。
谷筋が平和でよかったですね。
鞍部に出るようにと注意していたのですが、最後に左の谷に入ってしまいました。すっと軌道修正できてよかったです。
注意しててもやっぱりやっちゃいますね。
谷の中にあった直方体の黒色の物体は、階段の土止めだったのですね。大水であんなところまで流されたのですね。
これはなんやろと話してましたが、登山道を歩いて理解できました。ずいぶん流されてきたもんですねえ。
食後は、ゆっくりニッコウキスゲとご対面。間に合わないかもと思っていたので、うれしかったです。ササユリにもまた出会えましたし。
最盛期は過ぎてましたが、静かな中で味わえてよかったですね。
何より、赤兎山の素晴らしさにこころ震えていました。同じ時期、秋、残雪期と訪れましたが、感動が薄れることはありません。
ほんとうに素敵なお山だと思います。ふたたびの小原峠でもしみじみとした思いに。
小原林道から、三ッ谷から越前禅定道~杉峠、鳩ヶ湯からたんどう谷遡行、鳩ヶ湯からたんどう谷の両岸尾根周回、
そして今回の中の俣谷と、5つのルートから赤兎山を訪れましたが、ホントにいい山だと思います。
加賀側の越前禅定道は、山腹を縫いながら谷を下っていく「道」という響きを感じる道ですね。
谷間から白山の大きなお姿が見えた時、禅定道をはるばる歩いてきた人々の胸の高鳴りを感じました。
この道は10数年前に復活した道ですが、佇まいが実にいいですね。道の付け方も見事です。
車道を歩き出した時に聞こえた赤ちゃんの泣き声のような声は、コグマの鳴き声だと思ったのですが。
母クマがいるのではないかと気になり、何度も振り返ってしまいました。
あれはやっぱりクマだったのかなあ。
三ツ谷に戻ると、一軒の家屋の煙突から煙が出ていましたね。
三ツ谷は昭和36年の北美濃大地震で離村が進んだそうです。村を去ってもふるさとへの思いは消えることがないのですね。
村のことをもっと知りたくなりネットで検索すると、白山自然保護センターの「はくさん」という機関誌を見つけ、そこに興味深い論文が載っていました。
三ツ谷は、和漢方薬の原料となるオウギ(イワオウギ)採取の歴史があり、昭和初期まで、ヒエ、アワの収穫が終わった10月上旬に1週間から10日間ほどかけて、美濃側の大白川上流の地獄谷支流のゾロ谷の源頭や、大白水谷、小白水谷、転法輪谷源頭に仮小屋を建て、イワオウギを採取していたそうです。
また、イワナ漁もしていて、岩屋俣谷には道があり三ノ峰を越えて尾上郷川上流のカラスノ谷でもイワナを釣っていたとか。
イワオウギやイワナは大きな現金収入だったそうです。
白山という大きな大きなお山には、人々のこのような歴史もあったのだと知りました。
satoさんはホントに研究熱心ですね。勉強になります。
大長山と赤兎山、素敵なお山のそれぞれの谷を味わうことが出来うれしかったです。
白山麓の村々の歴史ももっと調べていきたいなと思いました。
また教えて下さい。
山日和
九頭竜川に注ぐ滝波川流域の最奥の村小原は、ずっと気になりつつそのままになっていたので楽しみでした。白峰から移り住んだ人たちによって作られた村と言われ、平家落人伝説もあり、越前禅定道の道筋にあることから多くの参詣者でにぎわった村。
長い長い歴史のある村ですが、明治期に92戸400人余りだった人口は、時代の流れと共に減っていき、昭和30年代には60戸になり、昨年2023年の住民は1戸1人ということです。
いくつかの家屋が立つ斜面は、整地され丁寧に石垣が築かれ区画され、草むらとなっている地にも、かつて人の営みがあったことが感じ取れました。
いつもよく調べてますね。感心します。
狭い谷あいにへばりつくように点在する集落跡が印象的でしたね。
滝波川へは、どうやって降りるの?と思いましたが、廃林道がありすんなり降り立つことが出来ました。ボーっとしてたら入口を見逃してしまいそうな林道でした。
少し進むと、巨大な岩が目に飛び込んできてびっくりしました。そう、黒みを帯びたふたつの巨岩が合わさりトンネルになっていて、不思議で厳かな景観を創り出していましたね。
その先のゴルジュも、漂う空気に圧倒されました。水も冷たく、ゾクっとしました。
なかなか凄い風景でしたね。どうやったらあんな地形が生まれるのか。
1110mの二俣で、右俣に進んでよかったです。気持ちに余裕も持てましたし、登れるナメが続いていき感激しました。左足裏がぴたりと岩に置けないので、ナメはうれしくても登りにくく逃げてしまうことも多いのですが、
この谷のナメは、なんとホールド付き。自然の造形に感謝です。
これは当たりでしたね。左俣を行けば大長山にダイレクトだけど、最初のゴルジュがちょっと厳しそうだったので回避しました。
しかしホールド付きのナメは珍しかったですね。
源頭部は、根曲がり竹のヤブではなくてホッとしました。加賀側の小倉谷の最後は根曲がり竹のヤブでズルズル滑りまくっていましたので。小倉谷のツメは最悪でした。足が滑り出す前にササを掴んで強引に体を引き上げる連続で、稜線に出る頃にはヘロヘロでした。
ポンと登山道に出て、さぁお昼ご飯と思ったのですが、ゆっくりと腰を下ろせる場所が見当たりませんでしたね。小原峠へと向かう道中では、ニッコウキスゲには出会えませんでしたが、ササユリとゴゼンタチバナに出会えてうれしかったです。
ブナの木に囲まれた小原峠の佇まいは、私も大好きです。初めて訪れた時、なんて素晴らしい峠なのだろうと思いました。
お地蔵さまとお不動さまもいいお顔をされていますね。
結果的に小原峠まで我慢してよかったですね。落ち着いてランチタイムできました。
ゴゼンタチバナがあんなに咲いてるとは予想外でした。
お昼の休憩をしていると、赤兎山から次々と登山者が降りてきて、大人数のパーティーまできて、峠は人だらけに。お話していたら通風山さんが所属されている山の会と分かり、話が盛り上がりましたね。
まあ、世間は狭いということですね。
私たちもそろそろ出発という時、山日和さん、いきなり足が攣り、裸足で靴を履かれたので、靴擦れが出来ないか心配でした。死にそうでした。いつもなら一度回復したら再発しないんだけど。
靴擦れはしたことないので大丈夫です。
峠から小原林道への越前禅定道は初めてでした。谷に沿ったいい道でした。20年振りに歩きましたが、あんなにいい道だとは記憶になかったです。
13日は、北陸地方の天気はよさそうということでニッコウキスゲ咲く赤兎山へ。今度こそニッコウキスゲを!!
三ツ谷は、三つの谷が合わさる地からきているのでしょうね。秘密谷とも呼ばれているそうですが、みっつから転じたのか。秘密谷とはまたいわくあり気ですねえ。
水圧が強い箇所ではふらついてしまいましたが。少し赤みを帯びた岩と爽やかな流れが印象的な谷でした。今回初めて谷でストックを使ったけど、ああいう河原歩きの多い谷では有効でしたね。

左に巨大な岩壁が現れた時は、あっと息を呑み、目を見張りました。
滝波川の巨岩も圧倒されましたが、この岩壁にも圧倒されました。そう、そう、小倉谷の岩壁もすごかったです。
木々に覆われた谷の中に、このような風景が展開しているとは・・・。どのような風景が待ち受けているのか分からない。
谷を遡る醍醐味ですね。どんな小さな谷でもドキドキします。
谷筋が平和でよかったですね。
鞍部に出るようにと注意していたのですが、最後に左の谷に入ってしまいました。すっと軌道修正できてよかったです。注意しててもやっぱりやっちゃいますね。
谷の中にあった直方体の黒色の物体は、階段の土止めだったのですね。大水であんなところまで流されたのですね。これはなんやろと話してましたが、登山道を歩いて理解できました。ずいぶん流されてきたもんですねえ。
食後は、ゆっくりニッコウキスゲとご対面。間に合わないかもと思っていたので、うれしかったです。ササユリにもまた出会えましたし。最盛期は過ぎてましたが、静かな中で味わえてよかったですね。
何より、赤兎山の素晴らしさにこころ震えていました。同じ時期、秋、残雪期と訪れましたが、感動が薄れることはありません。ほんとうに素敵なお山だと思います。ふたたびの小原峠でもしみじみとした思いに。
小原林道から、三ッ谷から越前禅定道~杉峠、鳩ヶ湯からたんどう谷遡行、鳩ヶ湯からたんどう谷の両岸尾根周回、
そして今回の中の俣谷と、5つのルートから赤兎山を訪れましたが、ホントにいい山だと思います。
加賀側の越前禅定道は、山腹を縫いながら谷を下っていく「道」という響きを感じる道ですね。谷間から白山の大きなお姿が見えた時、禅定道をはるばる歩いてきた人々の胸の高鳴りを感じました。
この道は10数年前に復活した道ですが、佇まいが実にいいですね。道の付け方も見事です。
車道を歩き出した時に聞こえた赤ちゃんの泣き声のような声は、コグマの鳴き声だと思ったのですが。母クマがいるのではないかと気になり、何度も振り返ってしまいました。
あれはやっぱりクマだったのかなあ。
三ツ谷に戻ると、一軒の家屋の煙突から煙が出ていましたね。三ツ谷は昭和36年の北美濃大地震で離村が進んだそうです。村を去ってもふるさとへの思いは消えることがないのですね。
村のことをもっと知りたくなりネットで検索すると、白山自然保護センターの「はくさん」という機関誌を見つけ、そこに興味深い論文が載っていました。
三ツ谷は、和漢方薬の原料となるオウギ(イワオウギ)採取の歴史があり、昭和初期まで、ヒエ、アワの収穫が終わった10月上旬に1週間から10日間ほどかけて、美濃側の大白川上流の地獄谷支流のゾロ谷の源頭や、大白水谷、小白水谷、転法輪谷源頭に仮小屋を建て、イワオウギを採取していたそうです。
また、イワナ漁もしていて、岩屋俣谷には道があり三ノ峰を越えて尾上郷川上流のカラスノ谷でもイワナを釣っていたとか。
イワオウギやイワナは大きな現金収入だったそうです。
白山という大きな大きなお山には、人々のこのような歴史もあったのだと知りました。
satoさんはホントに研究熱心ですね。勉強になります。
大長山と赤兎山、素敵なお山のそれぞれの谷を味わうことが出来うれしかったです。白山麓の村々の歴史ももっと調べていきたいなと思いました。
また教えて下さい。
山日和