【日 付】 2024年6月9日
【山 域】 野坂山地 野坂岳
【天 候】 曇り 風強し
【メンバー】 母 sato
【コース】 いこいの森から往復
時折、ぱぁっと小糠雨が舞い落ちる薄灰色の空をチラチラと眺め、ため息をつきながら車を走らせ敦賀の町に入ると、
つやつやとした翠色の山並みが目に飛び込んだ。雨もすっかりと止んでいる。
水気を含んだ空気は、微かに青みを帯びて澄み渡り、その中に浮かぶ山の木々の煌きがぽっとこころを照らす。
「やっぱり、今日でよかった」ほっと気分が落ち着く。
半月ほど前、母から、北陸新幹線に乗って敦賀に行き、野坂岳に登ってみたいと電話があり、
では、6月最初の週末に行こうと即座に決めた。
昨年、金剛山と六甲山に行きたいと電話があり、交通手段を考えるね、と返事をしてぐずぐずしている間に、
ふたつとも日帰りでひとりで行ってしまい、えぇっ?と驚くのと同時にさみしさを感じたからだ。
一週間前の予報では、土曜日が曇り時々晴れで日曜日は朝小雨。土曜日だなと思っていたのに数日前に電話で聞いたら、
弟から土曜日に庭木の剪定をしに来ると連絡があったから日曜日の指定席を買ったという。
私より弟なのね、とこころの中でちょっとすねたりもしていた。
でも雨も止んだ。昨日はお天気はよかったけれど暑くて靄っていた。
今日は涼しくて空気も澄んでいる。よかった、よかった、と頷きながら、敦賀駅へと向かう。
9時34分、6時41分に大宮から乗った東京駅6時16分発の北陸新幹線が到着した。
ぽつぽつと乗客が改札口に向かってくる。でも、母の姿はない。2年前、安曇川駅で待ち合わせをした時には、まっ先に出てきたのに。
トイレに行っているのかな、と思い始めた時、初めて見るムラサキヤシオのような鮮やかな赤紫色のリュックを背負い、
2年前と同じレモン色と若草色のチェックのシャツを羽織り淡いピンク色の帽子を被った母が、ふらりと姿を現した。
「お母さん、こっち」
思わず叫んでしまう。
「あぁ、さとちゃん。どっちにいったらいいのか迷っちゃって。改札口まで長いし。動く歩道があってよかったわ」
照れくさそうに笑いながら改札口を出て、前のめりになって立つわたしの顔をふわっと見つめた。
コンビニでおにぎりとパンを買い、車に乗っていこいの森に向かっていると、母は「野坂岳は敦賀富士と呼ばれていて・・・」
と野坂岳の説明をし始めた。分県登山ガイドの「福井県の山」を読みこんできたという。わたしと違い勉強好きの母らしい。
登山口に車を置くと、看板を見て「ここから山頂までコースタイムで2時間半よ。帰りの新幹線は16時11分発。
今、10時20分だから頂上に着かなくても13時には下り始めるわね」と言い、
歩くと暑くなりそう、と羽織っていたシャツを脱ぎ、今年の母の日に送ったボーダーシャツ姿になって歩き始めた。
リュックは誕生日に送ったモンベルのギフトカードにお金を足して買ったという。
ちいさくなってシャツとリュックの大きさが目立つ後ろ姿にこみあげてくるものを感じながら、後を追って行く。
トチの木地蔵までは、谷沿いの緩やかな道が続いていく。
「こういう道だったら大丈夫なのよね」
「蛇谷ヶ峰からの下りはズルズルの急こう配だったね」
「登りはいいけれど、年と共に、下りが思うように歩けなくなってくるのよ。あと木の根っこが嫌」
しっかりとした足取りで歩きながら「年を取るといろいろなことが難しくなるのよ」と繰り返す。
「お母さん、上を見て」
「あっ、ガイドブックに書いてあったトチの木地蔵ね。こんなところに祀られているのね」
「ここから尾根に入るよ」
大丈夫。この先も道はしっかりとしている。
「ねぇ。敦賀の町が見えるよ」
「あれが敦賀なのね。海も見えるわ」
ゆっくり景色を見ながら登っていると、若い男女のグループがやってきてわたし達を抜いていった。
三人の背中を眺める、むかしは登りで抜かされることがなかったという母。
「年を取るといろいろなことが難しくなる」という母の気持ちを思いしんみりとなる。
「わぁ、コアジサイがたくさん咲いているよ」
「ほんとね。きれいな紫色。関東の山のコアジサイは白っぽいのだけど」
見事なコアジサイの回廊に、ぱぁっとふたりの顔が華やぐ。そして、2年前もそうだったな、と思い出す。
コアジサイを見てしんみりとした気持ちが吹き飛んだ。会話も同じ。母は覚えているだろうか。
ヤマボウシやエゴ、タンナサワフタギの白い花々も現れた。
「きれいねぇ」
「うん、きれいだね」
「この時期に咲く花は、曇り空が似合うわね。歩くのも曇っていた方が楽」
「そうだね」
緑の海に木々の白い花、コアジサイの薄紫色の花が浮かぶ、透き通った静けさに満ちた6月の曇天の野坂岳に、
母とわたし、ふたりのしみじみとした声が流れていく。今日でよかったとあらためて思う。
どこかで休憩しようと思ったが、お地蔵さまが祀られた一ノ岳でも、ブナの森の二ノ岳でも、
母は休まなくてもいいと言って進んでいった。三ノ岳からの急坂もおしゃべりしながら止まらずに登っていく。
ひとりの時は、滅多に休まないと聞いていたけれど、びっくりだ。母のお友達の話を聞いているうちに避難小屋が見えた。
時計を見ると12時半。
「お母さん、すごいね。コースタイムより20分も早いよ」
「休まなかったからよ」と言いながら、母もにっこり。
山頂は強風が吹き荒れていた。景色を眺めながら休憩をしたかったけれど無理。
避難小屋でご飯を食べようと戻ろうとしたが、このまま山頂を後にしてしまうのが、なんだかかなしくなり
「お母さん、記念撮影をしよう」と言ってみた。
「どこに立ったらいい?」と聞かれて、ちょっとびっくりした。
デジカメの時代になってから写真を撮るのをやめた母。しわだらけの顔の写真なんか見たくない、と言っていたのに。
30年ぶりの記念撮影。強風とうれしさで手が震え、なかなかピントが合わなくて「もうちょっと待ってぇ」と何度も叫んでしまう。
嶽権現さまを祀る祠が置かれた避難小屋に入り、おにぎりとパンの簡単な昼食を済ませると、
母は小屋内を興味深げに眺めていた。雪の野坂岳の写真を見て、こんなに雪が積もるのねと驚く。
うつくしい雪の野坂岳を見せてあげたかったな、とせつなくなる。
13時。予定通りに下り始める。下りも話題は大学時代からの母のお友達の近況。
さみしいね、さみしいね、とふたりで言いながら下っていく。
さみしくて、コアジサイの回廊を歩く母の後ろ姿を、気づかれないようにそっと写真に収めてしまう。
下りもノンストップ。15時ちょうどに駐車場に戻って来た。
「お母さん、すごいね。金剛山も六甲山もびっくりだけど、日帰りで敦賀まで行って山に登ってきたってお友達に話したらびっくりするよ」
「真夏の暑さだったらばてて頂上まで行けなかったかも。風があって涼しくてよかった。まぁ、でもまだ歩けるかなと安心したわ」
山頂が目的ではないけれど、山頂に行けてほんとうによかったと思う。
新幹線の時間には十分間に合う。ゆっくり運転しながら駅へと向かう。
「帰りも白山は見えるかしら。白山には登れずじまいだったわ」
窓の外を眺めながら、ぽつりと母が呟く。
千葉からは遠い白山。北陸新幹線が開通した今は、大宮駅から金沢駅まで2時間、福井駅は2時間35分で着くそうだ。
胸がきゅっと締め付けられたが、そうだ、と気が付く。小松駅か福井駅から白山を眺める山には登れるではないか。
「ねぇ、お母さん。今度は小松か福井駅で待ち合わせしよう。白山が見える山がいろいろとあるよ」
「そうなの?私も、あと2年、85歳までは歩く予定よ」
あと2年という響きが鼻の奥を刺激する。
立体駐車場に着いた。
まだ時間があるけれど、今日もプラットホームで待つという。改札口まで一緒に歩く。
「じゃあ、今度は福井駅か小松駅でね」
「じゃあね」
母は、それ以上何も言わず、でも、にこりと笑い、手を振って、すっと改札口の向こうに消えて行った。
出てきた時に見た、ふらりとした姿がうそのようにまっすぐに。
sato
【野坂山地】 ちいさくなったおおきな背中を追いかけて 2 コアジサイ咲く野坂岳へ
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Re: 【野坂山地】 ちいさくなったおおきな背中を追いかけて 2 コアジサイ咲く野坂岳へ
satoさん、こんにちは。
いやあ、すごい!お母様、スーパーレディですね!
昨年、金剛山と六甲山に行きたいと電話があり、交通手段を考えるね、と返事をしてぐずぐずしている間に、
ふたつとも日帰りでひとりで行ってしまい、えぇっ?と驚くのと同時にさみしさを感じたからだ。
ははは、関西の山に行くからと言って、娘目当てではなかったんですね。
しかし、千葉から日帰りで金剛山に六甲山!
以前蛇谷ヶ峰にsatoさんと登った時も日帰りと聞いてびっくりしました。
おうちを空けられない事情があるのかもしれないけど、山に行かなくても千葉から新幹線使って日帰りで関西を往復するなんて・・・
せっかくなら娘のうちに泊まってゆっくりすればいいのにと思いました。
私より弟なのね、とこころの中でちょっとすねたりもしていた。
satoさんの本音がかわいい!
でも、お母様はsatoさんより山ですよ!(笑)
9時34分、6時41分に大宮から乗った東京駅6時16分発の北陸新幹線が到着した。
ぽつぽつと乗客が改札口に向かってくる。でも、母の姿はない。2年前、安曇川駅で待ち合わせをした時には、まっ先に出てきたのに。
トイレに行っているのかな、と思い始めた時、初めて見るムラサキヤシオのような鮮やかな赤紫色のリュックを背負い、
2年前と同じレモン色と若草色のチェックのシャツを羽織り淡いピンク色の帽子を被った母が、ふらりと姿を現した。
「お母さん、こっち」
思わず叫んでしまう。
「あぁ、さとちゃん。どっちにいったらいいのか迷っちゃって。改札口まで長いし。動く歩道があってよかったわ」
照れくさそうに笑いながら改札口を出て、前のめりになって立つわたしの顔をふわっと見つめた。
そうか、新幹線ができて、東京から敦賀なら3時間半かからないんですね。
安曇川駅ならきっと小さな駅で迷いようもないのでしょうが。慣れない駅、さすがのお母様も迷ったとのこと、安心しました。
コンビニでおにぎりとパンを買い、車に乗っていこいの森に向かっていると、母は「野坂岳は敦賀富士と呼ばれていて・・・」
と野坂岳の説明をし始めた。分県登山ガイドの「福井県の山」を読みこんできたという。わたしと違い勉強好きの母らしい。
いや、satoさんもいろいろ歴史を調べていてすごいなあと思うこと多いですよ。
登山口に車を置くと、看板を見て「ここから山頂までコースタイムで2時間半よ。帰りの新幹線は16時11分発。
今、10時20分だから頂上に着かなくても13時には下り始めるわね」と言い、
えっ、9時半に着いて、16時過ぎの新幹線で帰る。この計画にもびっくりです。
「登りはいいけれど、年と共に、下りが思うように歩けなくなってくるのよ。あと木の根っこが嫌」
しっかりとした足取りで歩きながら「年を取るといろいろなことが難しくなるのよ」と繰り返す。
こういうことをちゃんとわかって登っていらっしゃるのなら安心ですね。
私も下りはものすごく気を使います。転ぶのはほとんど下りですものね。
本当にお母様、達者ですね。
そして山が大好きなんだなあという気持ちが伝わってきます。
お天気も曇りがちで暑くもなく、花に出会えていい1日になりましたね。
お母様のお友達、元気な人は少なくなっているんでしょうね。亡くなられたり、入院したり、施設に入ったり。
87で亡くなった母も友達が次々に亡くなって寂しいとよくこぼしていました。
別の方は80を超えても元気に年下の方たちと旅行に行っていました。その方が言うには年を取ったら、どんどん若い人と付き合う方がいいと言っていました。
お母様は元々おひとりで山に行かれるから年をとっても登山を続けていられるんでしょうね。
お母様のお写真、satoさんに似ていますね。
それにしても足が長い!
元気なお母様の姿には勇気をもらえます。
私もまだまだ!と思えます。
後2年ですか。その間に何度も一緒に山に登れるといいですね。
私は6月初めに松本に住む次男一家と入笠湿原に行きました。3歳半の孫はまだ時折抱っこをせがんでいました。
これから毎年孫とハイキングに行けたらいいなあと思いました。まだしばらくは私の方が体力があって歩くのも速いだろうけど、そのうち孫の方が速くなるんだろうな。
いつ頃歩く速さが一緒になるかな。一緒になったらあっという間に孫の方が速くなるんだろうな。いつまで一緒に歩いてくれるかな。
そんなことを考えました。
私が80歳なら15歳。satoさんのお母様くらい達者でいられたらいいなあと思いました。
次は福井で待ち合わせての登山でしょうか。
晴れ渡った日の白山を眺められるといいですね。
tsubo
いやあ、すごい!お母様、スーパーレディですね!
昨年、金剛山と六甲山に行きたいと電話があり、交通手段を考えるね、と返事をしてぐずぐずしている間に、ふたつとも日帰りでひとりで行ってしまい、えぇっ?と驚くのと同時にさみしさを感じたからだ。
ははは、関西の山に行くからと言って、娘目当てではなかったんですね。
しかし、千葉から日帰りで金剛山に六甲山!
以前蛇谷ヶ峰にsatoさんと登った時も日帰りと聞いてびっくりしました。
おうちを空けられない事情があるのかもしれないけど、山に行かなくても千葉から新幹線使って日帰りで関西を往復するなんて・・・
せっかくなら娘のうちに泊まってゆっくりすればいいのにと思いました。
私より弟なのね、とこころの中でちょっとすねたりもしていた。satoさんの本音がかわいい!
でも、お母様はsatoさんより山ですよ!(笑)
9時34分、6時41分に大宮から乗った東京駅6時16分発の北陸新幹線が到着した。ぽつぽつと乗客が改札口に向かってくる。でも、母の姿はない。2年前、安曇川駅で待ち合わせをした時には、まっ先に出てきたのに。
トイレに行っているのかな、と思い始めた時、初めて見るムラサキヤシオのような鮮やかな赤紫色のリュックを背負い、
2年前と同じレモン色と若草色のチェックのシャツを羽織り淡いピンク色の帽子を被った母が、ふらりと姿を現した。
「お母さん、こっち」
思わず叫んでしまう。
「あぁ、さとちゃん。どっちにいったらいいのか迷っちゃって。改札口まで長いし。動く歩道があってよかったわ」
照れくさそうに笑いながら改札口を出て、前のめりになって立つわたしの顔をふわっと見つめた。
そうか、新幹線ができて、東京から敦賀なら3時間半かからないんですね。
安曇川駅ならきっと小さな駅で迷いようもないのでしょうが。慣れない駅、さすがのお母様も迷ったとのこと、安心しました。
コンビニでおにぎりとパンを買い、車に乗っていこいの森に向かっていると、母は「野坂岳は敦賀富士と呼ばれていて・・・」と野坂岳の説明をし始めた。分県登山ガイドの「福井県の山」を読みこんできたという。わたしと違い勉強好きの母らしい。
いや、satoさんもいろいろ歴史を調べていてすごいなあと思うこと多いですよ。
登山口に車を置くと、看板を見て「ここから山頂までコースタイムで2時間半よ。帰りの新幹線は16時11分発。今、10時20分だから頂上に着かなくても13時には下り始めるわね」と言い、
えっ、9時半に着いて、16時過ぎの新幹線で帰る。この計画にもびっくりです。
「登りはいいけれど、年と共に、下りが思うように歩けなくなってくるのよ。あと木の根っこが嫌」しっかりとした足取りで歩きながら「年を取るといろいろなことが難しくなるのよ」と繰り返す。
こういうことをちゃんとわかって登っていらっしゃるのなら安心ですね。
私も下りはものすごく気を使います。転ぶのはほとんど下りですものね。
本当にお母様、達者ですね。
そして山が大好きなんだなあという気持ちが伝わってきます。
お天気も曇りがちで暑くもなく、花に出会えていい1日になりましたね。
お母様のお友達、元気な人は少なくなっているんでしょうね。亡くなられたり、入院したり、施設に入ったり。
87で亡くなった母も友達が次々に亡くなって寂しいとよくこぼしていました。
別の方は80を超えても元気に年下の方たちと旅行に行っていました。その方が言うには年を取ったら、どんどん若い人と付き合う方がいいと言っていました。
お母様は元々おひとりで山に行かれるから年をとっても登山を続けていられるんでしょうね。
お母様のお写真、satoさんに似ていますね。
それにしても足が長い!
元気なお母様の姿には勇気をもらえます。
私もまだまだ!と思えます。
後2年ですか。その間に何度も一緒に山に登れるといいですね。
私は6月初めに松本に住む次男一家と入笠湿原に行きました。3歳半の孫はまだ時折抱っこをせがんでいました。
これから毎年孫とハイキングに行けたらいいなあと思いました。まだしばらくは私の方が体力があって歩くのも速いだろうけど、そのうち孫の方が速くなるんだろうな。
いつ頃歩く速さが一緒になるかな。一緒になったらあっという間に孫の方が速くなるんだろうな。いつまで一緒に歩いてくれるかな。
そんなことを考えました。
私が80歳なら15歳。satoさんのお母様くらい達者でいられたらいいなあと思いました。
次は福井で待ち合わせての登山でしょうか。
晴れ渡った日の白山を眺められるといいですね。
tsubo
Re: 【野坂山地】 ちいさくなったおおきな背中を追いかけて 2 コアジサイ咲く野坂岳へ
tsuboさま
こんにちは。
今日は、雨の一日ですね。畑はお休みでしょうか。
でも、野菜は大きくなるので、雨が降り続いても、その間中休んでいる訳にはいきませんよね。大変だなぁと思います。
あたたかなコメントをありがとうございます。
レポとは言えない内容ですが、今回も、母と私の山登りを言葉に残したくて投稿してしまいました。
「スーパーレディ」母に伝えたら喜ぶだろうなぁ。
私も、「皆に抜かれて嫌になっちゃう」と言いながら、早起きして、電車とバスを使い、
ひとりで(時々、新ハイのお仲間とも登るようですが)日帰りで山に出かけている83歳の母をすごいなぁと思っています。
日帰りなのは、家を空けられないのではなく、年を取って自分の家ではないところで泊まるのが面倒くさくなったからだそうです。
ジパングにも入っているので、せっせと新幹線を利用して出かけています。
日光方面は、東武線で行けることもあり、お気に入りの山域です。
母は、大学時代の山仲間と仲がよくて、山も、私達子供がちいさい時を除き、ずっと共に登ってきたそうです。
でも、ある時から、ひとりずつ登れなくなり、7年くらい前からは、ひとりになってしまいました。
コロナ禍の時に、親しい先輩が何人か亡くなってしまい、お見舞いに行けなかったと悲しんでいました。
山には登れなくなったけれど元気だった方も、介護が必要となり施設に入ったり、シニアマンションに入ったりするように。
歩いていると、いろいろなことを思い出して、寂しくなったり、悲しくなったりするといつも言います。
でも、出かけるのですね。ほんとうに山が大好きなのですね。
ちなみに、野坂岳の2時間30分のコースタイムは、いこいの森の看板に記されていた時間で、
かなりゆったりのコースタイムです。母によろこんでほしくて、「すごーい。20分も短い」と大げさにほめました(笑)。
私は、母に全く似ていないと思っていましたし、母も「さとちゃんは、お父さんにもお母さんにも、ちっとも似なかった」
と事あるごとに言われ続けていました。でも、最近、山好きを受け継いでいるじゃない、と思うようになりました。
顔は、うーん、似ていますか?体型は似ていますね。
母は、今は縮んでしまいましたが、身長163cmありました。私より少し高いです。
tsuboさんは、息子さんご家族と入笠湿原を楽しんでいらっしゃったのですね。
家族の想い出は宝物ですね。楽しい想い出は、生きる力になります。
お孫さん、今はまだちいさくて、歩いてもすぐ抱っこをせがむと思っていても、
気が付くと、ぴょんぴょん登っていて、転ばないか冷や冷やするようになるのでしょうね。
いや、「おばあちゃん、一緒に登ろう」と手を差し出してくれますね。
白山は以前から行きそびれたと話していました。
一昨年、蛇谷ヶ峰に一緒に登った後、夏に岐阜羽島駅で待ち合わせをして、
白川村から平瀬道を辿り室堂で泊まっていこうかと話していたのですが、
やっぱり山小屋に泊まるのが面倒と言われ流れてしまいました。
もっと早く話していたらとちょっと後悔しています。
tsuboさんは、まだまだお元気ですし(お元気過ぎです)、お孫さんはこれから。
小学生、中学生、高校生になったお孫さんとの山登りを想像すると、より力が湧いてきますね。
私も、母の元気な姿を見るために、元気でいなければと思います。
お互い、自分の山を楽しみつつ、家族との山も楽しんでいけたらいいですね。
sato
こんにちは。
今日は、雨の一日ですね。畑はお休みでしょうか。
でも、野菜は大きくなるので、雨が降り続いても、その間中休んでいる訳にはいきませんよね。大変だなぁと思います。
あたたかなコメントをありがとうございます。
レポとは言えない内容ですが、今回も、母と私の山登りを言葉に残したくて投稿してしまいました。
「スーパーレディ」母に伝えたら喜ぶだろうなぁ。
私も、「皆に抜かれて嫌になっちゃう」と言いながら、早起きして、電車とバスを使い、
ひとりで(時々、新ハイのお仲間とも登るようですが)日帰りで山に出かけている83歳の母をすごいなぁと思っています。
日帰りなのは、家を空けられないのではなく、年を取って自分の家ではないところで泊まるのが面倒くさくなったからだそうです。
ジパングにも入っているので、せっせと新幹線を利用して出かけています。
日光方面は、東武線で行けることもあり、お気に入りの山域です。
母は、大学時代の山仲間と仲がよくて、山も、私達子供がちいさい時を除き、ずっと共に登ってきたそうです。
でも、ある時から、ひとりずつ登れなくなり、7年くらい前からは、ひとりになってしまいました。
コロナ禍の時に、親しい先輩が何人か亡くなってしまい、お見舞いに行けなかったと悲しんでいました。
山には登れなくなったけれど元気だった方も、介護が必要となり施設に入ったり、シニアマンションに入ったりするように。
歩いていると、いろいろなことを思い出して、寂しくなったり、悲しくなったりするといつも言います。
でも、出かけるのですね。ほんとうに山が大好きなのですね。
ちなみに、野坂岳の2時間30分のコースタイムは、いこいの森の看板に記されていた時間で、
かなりゆったりのコースタイムです。母によろこんでほしくて、「すごーい。20分も短い」と大げさにほめました(笑)。
私は、母に全く似ていないと思っていましたし、母も「さとちゃんは、お父さんにもお母さんにも、ちっとも似なかった」
と事あるごとに言われ続けていました。でも、最近、山好きを受け継いでいるじゃない、と思うようになりました。
顔は、うーん、似ていますか?体型は似ていますね。
母は、今は縮んでしまいましたが、身長163cmありました。私より少し高いです。
tsuboさんは、息子さんご家族と入笠湿原を楽しんでいらっしゃったのですね。
家族の想い出は宝物ですね。楽しい想い出は、生きる力になります。
お孫さん、今はまだちいさくて、歩いてもすぐ抱っこをせがむと思っていても、
気が付くと、ぴょんぴょん登っていて、転ばないか冷や冷やするようになるのでしょうね。
いや、「おばあちゃん、一緒に登ろう」と手を差し出してくれますね。
白山は以前から行きそびれたと話していました。
一昨年、蛇谷ヶ峰に一緒に登った後、夏に岐阜羽島駅で待ち合わせをして、
白川村から平瀬道を辿り室堂で泊まっていこうかと話していたのですが、
やっぱり山小屋に泊まるのが面倒と言われ流れてしまいました。
もっと早く話していたらとちょっと後悔しています。
tsuboさんは、まだまだお元気ですし(お元気過ぎです)、お孫さんはこれから。
小学生、中学生、高校生になったお孫さんとの山登りを想像すると、より力が湧いてきますね。
私も、母の元気な姿を見るために、元気でいなければと思います。
お互い、自分の山を楽しみつつ、家族との山も楽しんでいけたらいいですね。
sato
Re: 【野坂山地】 ちいさくなったおおきな背中を追いかけて 2 コアジサイ咲く野坂岳へ
satoさん、こんばんは。お母さまとの素敵な山行2ですね。
>時折、ぱぁっと小糠雨が舞い落ちる薄灰色の空をチラチラと眺め、ため息をつきながら車を走らせ敦賀の町に入ると、
つやつやとした翠色の山並みが目に飛び込んだ。雨もすっかりと止んでいる。
水気を含んだ空気は、微かに青みを帯びて澄み渡り、その中に浮かぶ山の木々の煌きがぽっとこころを照らす。
「やっぱり、今日でよかった」ほっと気分が落ち着く。
6月9日は雨予報だけどそんなに降らなかったんですよね、確か。
>半月ほど前、母から、北陸新幹線に乗って敦賀に行き、野坂岳に登ってみたいと電話があり、
では、6月最初の週末に行こうと即座に決めた。
昨年、金剛山と六甲山に行きたいと電話があり、交通手段を考えるね、と返事をしてぐずぐずしている間に、
ふたつとも日帰りでひとりで行ってしまい、えぇっ?と驚くのと同時にさみしさを感じたからだ。
新幹線で日帰りかぁ・・・すごいですね。でも考えると車より安全だし時間の短縮ですよね。
金剛や六甲は関東の方でも有名な山なんでしょうか。
>一週間前の予報では、土曜日が曇り時々晴れで日曜日は朝小雨。土曜日だなと思っていたのに数日前に電話で聞いたら、
弟から土曜日に庭木の剪定をしに来ると連絡があったから日曜日の指定席を買ったという。
私より弟なのね、とこころの中でちょっとすねたりもしていた。
でも雨も止んだ。昨日はお天気はよかったけれど暑くて靄っていた。
今日は涼しくて空気も澄んでいる。よかった、よかった、と頷きながら、敦賀駅へと向かう。
いくつになっても息子さんはかわいいですよね。
>9時34分、6時41分に大宮から乗った東京駅6時16分発の北陸新幹線が到着した。
ぽつぽつと乗客が改札口に向かってくる。でも、母の姿はない。2年前、安曇川駅で待ち合わせをした時には、まっ先に出てきたのに。
トイレに行っているのかな、と思い始めた時、初めて見るムラサキヤシオのような鮮やかな赤紫色のリュックを背負い、
2年前と同じレモン色と若草色のチェックのシャツを羽織り淡いピンク色の帽子を被った母が、ふらりと姿を現した。
日帰りだと荷物も少なくて済みますね
>コンビニでおにぎりとパンを買い、車に乗っていこいの森に向かっていると、母は「野坂岳は敦賀富士と呼ばれていて・・・」
と野坂岳の説明をし始めた。分県登山ガイドの「福井県の山」を読みこんできたという。わたしと違い勉強好きの母らしい。
登山口に車を置くと、看板を見て「ここから山頂までコースタイムで2時間半よ。帰りの新幹線は16時11分発。
今、10時20分だから頂上に着かなくても13時には下り始めるわね」と言い、
歩くと暑くなりそう、と羽織っていたシャツを脱ぎ、今年の母の日に送ったボーダーシャツ姿になって歩き始めた。
リュックは誕生日に送ったモンベルのギフトカードにお金を足して買ったという。
ちいさくなってシャツとリュックの大きさが目立つ後ろ姿にこみあげてくるものを感じながら、後を追って行く。
うちの母は同じくらいの年齢ですが、ずっと前から電車にも乗れません・・・
私も少しづつでも歩いて頑張ろう
>トチの木地蔵までは、谷沿いの緩やかな道が続いていく。
「こういう道だったら大丈夫なのよね」
「蛇谷ヶ峰からの下りはズルズルの急こう配だったね」
「登りはいいけれど、年と共に、下りが思うように歩けなくなってくるのよ。あと木の根っこが嫌」
しっかりとした足取りで歩きながら「年を取るといろいろなことが難しくなるのよ」と繰り返す。
私が今一番感じているのは暑さに年々弱くなっていくことです。
これからどんどんいろんな事を感じるんだろうなぁ。
でもsatoさんやお母様と違って私は元々がたいしたことないので
>「ねぇ。敦賀の町が見えるよ」
「あれが敦賀なのね。海も見えるわ」
ゆっくり景色を見ながら登っていると、若い男女のグループがやってきてわたし達を抜いていった。
三人の背中を眺める、むかしは登りで抜かされることがなかったという母。
「年を取るといろいろなことが難しくなる」という母の気持ちを思いしんみりとなる。
若い時にすごかった人ほど気持ちもしんみりとなるんでしょうね・・・
抜かされっぱなしの私なのでその点は大丈夫かな(笑)
>「わぁ、コアジサイがたくさん咲いているよ」
「ほんとね。きれいな紫色。関東の山のコアジサイは白っぽいのだけど」
見事なコアジサイの回廊に、ぱぁっとふたりの顔が華やぐ。そして、2年前もそうだったな、と思い出す。
コアジサイを見てしんみりとした気持ちが吹き飛んだ。会話も同じ。母は覚えているだろうか。
お花があると気持ちがホントに明るくなれますよね。
>ヤマボウシやエゴ、タンナサワフタギの白い花々も現れた。
「きれいねぇ」
「うん、きれいだね」
「この時期に咲く花は、曇り空が似合うわね。歩くのも曇っていた方が楽」
「そうだね」
緑の海に木々の白い花、コアジサイの薄紫色の花が浮かぶ、透き通った静けさに満ちた6月の曇天の野坂岳に、
母とわたし、ふたりのしみじみとした声が流れていく。今日でよかったとあらためて思う。
私も暑くて晴天より曇っていたり雨の方が出かける気になります。
>どこかで休憩しようと思ったが、お地蔵さまが祀られた一ノ岳でも、ブナの森の二ノ岳でも、
母は休まなくてもいいと言って進んでいった。三ノ岳からの急坂もおしゃべりしながら止まらずに登っていく。
ひとりの時は、滅多に休まないと聞いていたけれど、びっくりだ。母のお友達の話を聞いているうちに避難小屋が見えた。
私なんて置いて行かれそう・・・
>時計を見ると12時半。
「お母さん、すごいね。コースタイムより20分も早いよ」
「休まなかったからよ」と言いながら、母もにっこり。
山頂は強風が吹き荒れていた。景色を眺めながら休憩をしたかったけれど無理。
避難小屋でご飯を食べようと戻ろうとしたが、このまま山頂を後にしてしまうのが、なんだかかなしくなり
「お母さん、記念撮影をしよう」と言ってみた。
「どこに立ったらいい?」と聞かれて、ちょっとびっくりした。
デジカメの時代になってから写真を撮るのをやめた母。しわだらけの顔の写真なんか見たくない、と言っていたのに。
30年ぶりの記念撮影。強風とうれしさで手が震え、なかなかピントが合わなくて「もうちょっと待ってぇ」と何度も叫んでしまう。
30年ぶりなんですね・・・
>嶽権現さまを祀る祠が置かれた避難小屋に入り、おにぎりとパンの簡単な昼食を済ませると、
母は小屋内を興味深げに眺めていた。雪の野坂岳の写真を見て、こんなに雪が積もるのねと驚く。
うつくしい雪の野坂岳を見せてあげたかったな、とせつなくなる。
綺麗な景色、親しい人に見せてあげたくなりますね。
13時。予定通りに下り始める。下りも話題は大学時代からの母のお友達の近況。
さみしいね、さみしいね、とふたりで言いながら下っていく。
さみしくて、コアジサイの回廊を歩く母の後ろ姿を、気づかれないようにそっと写真に収めてしまう。
母とはあんまり話をしたことがなかったなぁ。なるべく会いに行かなくては・・・
>下りもノンストップ。15時ちょうどに駐車場に戻って来た。
「お母さん、すごいね。金剛山も六甲山もびっくりだけど、日帰りで敦賀まで行って山に登ってきたってお友達に話したらびっくりするよ」
「真夏の暑さだったらばてて頂上まで行けなかったかも。風があって涼しくてよかった。まぁ、でもまだ歩けるかなと安心したわ」
山頂が目的ではないけれど、山頂に行けてほんとうによかったと思う。
山頂は行けなくても楽しいけれど、やっぱり行けると何倍もいいですよね。
>新幹線の時間には十分間に合う。ゆっくり運転しながら駅へと向かう。
「帰りも白山は見えるかしら。白山には登れずじまいだったわ」
窓の外を眺めながら、ぽつりと母が呟く。
千葉からは遠い白山。北陸新幹線が開通した今は、大宮駅から金沢駅まで2時間、福井駅は2時間35分で着くそうだ。
胸がきゅっと締め付けられたが、そうだ、と気が付く。小松駅か福井駅から白山を眺める山には登れるではないか。
「ねぇ、お母さん。今度は小松か福井駅で待ち合わせしよう。白山が見える山がいろいろとあるよ」
「そうなの?私も、あと2年、85歳までは歩く予定よ」
あと2年という響きが鼻の奥を刺激する。
85よりまだまだ歩けそうなお母さまですね
>立体駐車場に着いた。
まだ時間があるけれど、今日もプラットホームで待つという。改札口まで一緒に歩く。
「じゃあ、今度は福井駅か小松駅でね」
「じゃあね」
母は、それ以上何も言わず、でも、にこりと笑い、手を振って、すっと改札口の向こうに消えて行った。
出てきた時に見た、ふらりとした姿がうそのようにまっすぐに。
また楽しみにしています~~
ちーたろー
>時折、ぱぁっと小糠雨が舞い落ちる薄灰色の空をチラチラと眺め、ため息をつきながら車を走らせ敦賀の町に入ると、
つやつやとした翠色の山並みが目に飛び込んだ。雨もすっかりと止んでいる。
水気を含んだ空気は、微かに青みを帯びて澄み渡り、その中に浮かぶ山の木々の煌きがぽっとこころを照らす。
「やっぱり、今日でよかった」ほっと気分が落ち着く。
6月9日は雨予報だけどそんなに降らなかったんですよね、確か。
>半月ほど前、母から、北陸新幹線に乗って敦賀に行き、野坂岳に登ってみたいと電話があり、
では、6月最初の週末に行こうと即座に決めた。
昨年、金剛山と六甲山に行きたいと電話があり、交通手段を考えるね、と返事をしてぐずぐずしている間に、
ふたつとも日帰りでひとりで行ってしまい、えぇっ?と驚くのと同時にさみしさを感じたからだ。
新幹線で日帰りかぁ・・・すごいですね。でも考えると車より安全だし時間の短縮ですよね。
金剛や六甲は関東の方でも有名な山なんでしょうか。
>一週間前の予報では、土曜日が曇り時々晴れで日曜日は朝小雨。土曜日だなと思っていたのに数日前に電話で聞いたら、
弟から土曜日に庭木の剪定をしに来ると連絡があったから日曜日の指定席を買ったという。
私より弟なのね、とこころの中でちょっとすねたりもしていた。
でも雨も止んだ。昨日はお天気はよかったけれど暑くて靄っていた。
今日は涼しくて空気も澄んでいる。よかった、よかった、と頷きながら、敦賀駅へと向かう。
いくつになっても息子さんはかわいいですよね。
>9時34分、6時41分に大宮から乗った東京駅6時16分発の北陸新幹線が到着した。
ぽつぽつと乗客が改札口に向かってくる。でも、母の姿はない。2年前、安曇川駅で待ち合わせをした時には、まっ先に出てきたのに。
トイレに行っているのかな、と思い始めた時、初めて見るムラサキヤシオのような鮮やかな赤紫色のリュックを背負い、
2年前と同じレモン色と若草色のチェックのシャツを羽織り淡いピンク色の帽子を被った母が、ふらりと姿を現した。
日帰りだと荷物も少なくて済みますね
>コンビニでおにぎりとパンを買い、車に乗っていこいの森に向かっていると、母は「野坂岳は敦賀富士と呼ばれていて・・・」
と野坂岳の説明をし始めた。分県登山ガイドの「福井県の山」を読みこんできたという。わたしと違い勉強好きの母らしい。
登山口に車を置くと、看板を見て「ここから山頂までコースタイムで2時間半よ。帰りの新幹線は16時11分発。
今、10時20分だから頂上に着かなくても13時には下り始めるわね」と言い、
歩くと暑くなりそう、と羽織っていたシャツを脱ぎ、今年の母の日に送ったボーダーシャツ姿になって歩き始めた。
リュックは誕生日に送ったモンベルのギフトカードにお金を足して買ったという。
ちいさくなってシャツとリュックの大きさが目立つ後ろ姿にこみあげてくるものを感じながら、後を追って行く。
うちの母は同じくらいの年齢ですが、ずっと前から電車にも乗れません・・・
私も少しづつでも歩いて頑張ろう
>トチの木地蔵までは、谷沿いの緩やかな道が続いていく。
「こういう道だったら大丈夫なのよね」
「蛇谷ヶ峰からの下りはズルズルの急こう配だったね」
「登りはいいけれど、年と共に、下りが思うように歩けなくなってくるのよ。あと木の根っこが嫌」
しっかりとした足取りで歩きながら「年を取るといろいろなことが難しくなるのよ」と繰り返す。
私が今一番感じているのは暑さに年々弱くなっていくことです。
これからどんどんいろんな事を感じるんだろうなぁ。
でもsatoさんやお母様と違って私は元々がたいしたことないので
>「ねぇ。敦賀の町が見えるよ」
「あれが敦賀なのね。海も見えるわ」
ゆっくり景色を見ながら登っていると、若い男女のグループがやってきてわたし達を抜いていった。
三人の背中を眺める、むかしは登りで抜かされることがなかったという母。
「年を取るといろいろなことが難しくなる」という母の気持ちを思いしんみりとなる。
若い時にすごかった人ほど気持ちもしんみりとなるんでしょうね・・・
抜かされっぱなしの私なのでその点は大丈夫かな(笑)
>「わぁ、コアジサイがたくさん咲いているよ」
「ほんとね。きれいな紫色。関東の山のコアジサイは白っぽいのだけど」
見事なコアジサイの回廊に、ぱぁっとふたりの顔が華やぐ。そして、2年前もそうだったな、と思い出す。
コアジサイを見てしんみりとした気持ちが吹き飛んだ。会話も同じ。母は覚えているだろうか。
お花があると気持ちがホントに明るくなれますよね。
>ヤマボウシやエゴ、タンナサワフタギの白い花々も現れた。
「きれいねぇ」
「うん、きれいだね」
「この時期に咲く花は、曇り空が似合うわね。歩くのも曇っていた方が楽」
「そうだね」
緑の海に木々の白い花、コアジサイの薄紫色の花が浮かぶ、透き通った静けさに満ちた6月の曇天の野坂岳に、
母とわたし、ふたりのしみじみとした声が流れていく。今日でよかったとあらためて思う。
私も暑くて晴天より曇っていたり雨の方が出かける気になります。
>どこかで休憩しようと思ったが、お地蔵さまが祀られた一ノ岳でも、ブナの森の二ノ岳でも、
母は休まなくてもいいと言って進んでいった。三ノ岳からの急坂もおしゃべりしながら止まらずに登っていく。
ひとりの時は、滅多に休まないと聞いていたけれど、びっくりだ。母のお友達の話を聞いているうちに避難小屋が見えた。
私なんて置いて行かれそう・・・
>時計を見ると12時半。
「お母さん、すごいね。コースタイムより20分も早いよ」
「休まなかったからよ」と言いながら、母もにっこり。
山頂は強風が吹き荒れていた。景色を眺めながら休憩をしたかったけれど無理。
避難小屋でご飯を食べようと戻ろうとしたが、このまま山頂を後にしてしまうのが、なんだかかなしくなり
「お母さん、記念撮影をしよう」と言ってみた。
「どこに立ったらいい?」と聞かれて、ちょっとびっくりした。
デジカメの時代になってから写真を撮るのをやめた母。しわだらけの顔の写真なんか見たくない、と言っていたのに。
30年ぶりの記念撮影。強風とうれしさで手が震え、なかなかピントが合わなくて「もうちょっと待ってぇ」と何度も叫んでしまう。
30年ぶりなんですね・・・
>嶽権現さまを祀る祠が置かれた避難小屋に入り、おにぎりとパンの簡単な昼食を済ませると、
母は小屋内を興味深げに眺めていた。雪の野坂岳の写真を見て、こんなに雪が積もるのねと驚く。
うつくしい雪の野坂岳を見せてあげたかったな、とせつなくなる。
綺麗な景色、親しい人に見せてあげたくなりますね。
13時。予定通りに下り始める。下りも話題は大学時代からの母のお友達の近況。
さみしいね、さみしいね、とふたりで言いながら下っていく。
さみしくて、コアジサイの回廊を歩く母の後ろ姿を、気づかれないようにそっと写真に収めてしまう。
母とはあんまり話をしたことがなかったなぁ。なるべく会いに行かなくては・・・
>下りもノンストップ。15時ちょうどに駐車場に戻って来た。
「お母さん、すごいね。金剛山も六甲山もびっくりだけど、日帰りで敦賀まで行って山に登ってきたってお友達に話したらびっくりするよ」
「真夏の暑さだったらばてて頂上まで行けなかったかも。風があって涼しくてよかった。まぁ、でもまだ歩けるかなと安心したわ」
山頂が目的ではないけれど、山頂に行けてほんとうによかったと思う。
山頂は行けなくても楽しいけれど、やっぱり行けると何倍もいいですよね。
>新幹線の時間には十分間に合う。ゆっくり運転しながら駅へと向かう。
「帰りも白山は見えるかしら。白山には登れずじまいだったわ」
窓の外を眺めながら、ぽつりと母が呟く。
千葉からは遠い白山。北陸新幹線が開通した今は、大宮駅から金沢駅まで2時間、福井駅は2時間35分で着くそうだ。
胸がきゅっと締め付けられたが、そうだ、と気が付く。小松駅か福井駅から白山を眺める山には登れるではないか。
「ねぇ、お母さん。今度は小松か福井駅で待ち合わせしよう。白山が見える山がいろいろとあるよ」
「そうなの?私も、あと2年、85歳までは歩く予定よ」
あと2年という響きが鼻の奥を刺激する。
85よりまだまだ歩けそうなお母さまですね
>立体駐車場に着いた。
まだ時間があるけれど、今日もプラットホームで待つという。改札口まで一緒に歩く。
「じゃあ、今度は福井駅か小松駅でね」
「じゃあね」
母は、それ以上何も言わず、でも、にこりと笑い、手を振って、すっと改札口の向こうに消えて行った。
出てきた時に見た、ふらりとした姿がうそのようにまっすぐに。
また楽しみにしています~~
ちーたろー
Re: 【野坂山地】 ちいさくなったおおきな背中を追いかけて 2 コアジサイ咲く野坂岳へ
ちーたろーさま
こんにちは。
火曜日にコメントをくださったのに、お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
「母との素敵な山行2」のお言葉うれしいです。ちーたろーさん、前回もコメントくださいましたね。
あれから2年、母は83歳になりました。
2021年の春に父が亡くなる少し前から、兄弟3人、病気や事故でそれぞれ2回ずつ入院(何故?という感じでした)しているのですが、
母だけは何事もなく元気に過ごしてくれてほっとしています。
そう、6月9日は、昼前まで小雨の予報で、マキノあたりまで雨が降っていたのですが、敦賀の町に入る手前で止みました。
千葉県野田市から敦賀へは、北陸新幹線を使うと4時間ちょっとで着くとか。
でも、日帰り登山と聞くと驚きますよね。もっとゆっくりしたらいいのに、とも思うのですが、お泊りはしたくないと言い切るので。
翌日、本当に出かけたの?とお友達から電話があったそうです。
母は結婚するまで関西で暮らしていて、六甲山や金剛山が原点の山と言っています。
でも六甲山最高峰の山頂は、アメリカの軍事施設になっていて入ることが出来ず、昨年初めて山頂を踏んだそうです。
金剛山も大分変っていてびっくりしたとか。
家族の数だけ家族の形があり、その形も流動的。弟は10年程前から実家の近くで暮らしているのですが、
両親と会えない事情が続いていて(両親と仲違いしているのではないです)、父が倒れた時、初めて今の家に上がりました。
私もそうですが、父には何にも出来なかったので、母に関しては後悔したくないという気持ちなのでしょうね。
母も、いろいろな思いがあるはず。
あぁ、すればよかった、あんなこといわなければよかった・・・
いろいろありましたが、まだ、母とはあたたかな思い出を重ねていくことが出来ます。
明日知らぬ世。ちーたろーさんも、お母さまとお話しようと思った時、お話してくださいね。
私も、山を歩いていてきれいな景色に出会うと、大好きな友達や母に見せてあげたくなります。
でも、一緒に味わうことはないのだなぁ、とかなしくなったり。
私自身も、歩けなくなっていく。時が経つのはあっという間。
ほんとうに、これから、どんどんいろんな事を感じるのでしょうね。
お互い、今、歩けることに感謝しながら、お山を楽しんでいけたらいいですね。
「母との素敵な山行3」も必ず実現します!
ちーたろーさん、うれしいコメントありがとうございました。
sato
こんにちは。
火曜日にコメントをくださったのに、お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
「母との素敵な山行2」のお言葉うれしいです。ちーたろーさん、前回もコメントくださいましたね。
あれから2年、母は83歳になりました。
2021年の春に父が亡くなる少し前から、兄弟3人、病気や事故でそれぞれ2回ずつ入院(何故?という感じでした)しているのですが、
母だけは何事もなく元気に過ごしてくれてほっとしています。
そう、6月9日は、昼前まで小雨の予報で、マキノあたりまで雨が降っていたのですが、敦賀の町に入る手前で止みました。
千葉県野田市から敦賀へは、北陸新幹線を使うと4時間ちょっとで着くとか。
でも、日帰り登山と聞くと驚きますよね。もっとゆっくりしたらいいのに、とも思うのですが、お泊りはしたくないと言い切るので。
翌日、本当に出かけたの?とお友達から電話があったそうです。
母は結婚するまで関西で暮らしていて、六甲山や金剛山が原点の山と言っています。
でも六甲山最高峰の山頂は、アメリカの軍事施設になっていて入ることが出来ず、昨年初めて山頂を踏んだそうです。
金剛山も大分変っていてびっくりしたとか。
家族の数だけ家族の形があり、その形も流動的。弟は10年程前から実家の近くで暮らしているのですが、
両親と会えない事情が続いていて(両親と仲違いしているのではないです)、父が倒れた時、初めて今の家に上がりました。
私もそうですが、父には何にも出来なかったので、母に関しては後悔したくないという気持ちなのでしょうね。
母も、いろいろな思いがあるはず。
あぁ、すればよかった、あんなこといわなければよかった・・・
いろいろありましたが、まだ、母とはあたたかな思い出を重ねていくことが出来ます。
明日知らぬ世。ちーたろーさんも、お母さまとお話しようと思った時、お話してくださいね。
私も、山を歩いていてきれいな景色に出会うと、大好きな友達や母に見せてあげたくなります。
でも、一緒に味わうことはないのだなぁ、とかなしくなったり。
私自身も、歩けなくなっていく。時が経つのはあっという間。
ほんとうに、これから、どんどんいろんな事を感じるのでしょうね。
お互い、今、歩けることに感謝しながら、お山を楽しんでいけたらいいですね。
「母との素敵な山行3」も必ず実現します!
ちーたろーさん、うれしいコメントありがとうございました。
sato