【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

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わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

投稿記事 by わりばし »

【日 付】2025年7月19日(土)
【山 域】高見山地
【コース】髯山登山口8:00---9:00髯山---11:30矢頭山---14:00清水峠---14:30髯山登山口
【メンバー】単独

https://maps.gsi.go.jp/#15/34.561354/13 ... z0r0s0m0f1

 北畠氏の時代の狼煙場がある髯山から矢頭山を越え矢頭峠に下り清水峠を越えて八の字周回をすることにした。嬉野小原の垣内林道分岐に駐車し髯山登山道を進むと垣内集落が土石流で流された時の供養塔が立っている。家屋は無いが、宅地の裏に祠が祀ってあったり畑の石垣に石仏を祀っていた石組が残っていたりする。林道から山道に入り鉄塔を過ぎると髯山だった。


髯山狼煙場
髯山狼煙場

 髯山(ひげやま)は火揚山(ひあげやま)がなまってこう呼ばれたと地元で言われている。別名は篝嶽(かがりたけ)ともいわれ、北畠氏の時代に山頂で篝火(かがりび)を焚いて四方との連絡をとった所だった。多気の篝嶽で焚かれた狼煙(ろうえん)を髯山で受け、後山の黒米城、阿坂城、堀坂山へと伝わり、南勢の玉城城や大湊等の拠点に通じたようだ。山頂からは黒米城、阿坂城、堀坂山、大湊が見える。三方を石垣で囲まれた狼煙場(のろしば)が黒米城に向けて口を開けている。そして山頂には大日如来の銅像が祀られていた。

髯山大日如来
髯山大日如来

 髯山から清水峠に向かって下るが、急な岩尾根のロープ場が続きロープが無ければ登山道とは思えない感じだ。大きな磐座が出てきたので回り込むと祠のように組まれた行者岩で、前の谷に一枚岩から流れ落ちる滝があり修験の行場だったようだ。尾根が落ち着きだすと清水峠に着いた。峠を上り返し矢頭山南西尾根に取りつく。植林の中を道は続いているが、真っ直ぐな尾根ではないので支尾根に注意しながら進む。嵓が出だすと頂上部は近い。岩尾根を挟むようにロープが両側に張ってある場所に出た、見覚えがあり矢頭山登山道に合流したようだ。ロープの張られた嵓を越えていくと山頂に着いた。

行者岩
行者岩

 矢頭山は役行者が二本の白羽の矢が山をかすめたことから名がつけられ蔵王権現を祀った。蔵王権現の祠があり、矢頭山一帯は修験の行場が連なる地域になる。急な下りも整備されているので問題ないが、最後の延々と続く階段は歩きにくく閉口した。降り立った矢頭峠は北畠氏の関所があった所で優し気に微笑んでいる地蔵が置かれている。山口集落に下っていく道端に「南無地蔵菩薩」「南無阿弥陀仏」と彫られた石柱があった。

清水峠石仏
清水峠石仏

 八手俣川沿いに中町まで歩き、清水峠への道に入る。現在の県道はP462を左から巻いているが谷沿いに右から巻いているのが昔からの道になる。古道をたどると三重県の標柱がたくさんあり、県道であったころの名残だろう。とはいうものの林道ではなくただの山道だ。清水峠の直下には台座に座った石仏と地蔵の石像が置かれていた。
峠から嬉野小原に下り中村川沿いに上っていくと石積の上に自然石の石仏が置かれている。「大日」と書かれており大日如来の石仏だ。小原の下流部にも灯篭や石仏、祠、五輪塔などが集められている所がある。明治の廃仏毀釈の際に集めたようだが、ここにも大日の石仏に阿修羅を納めた石祠があった。


大日如来と阿修羅の祠
大日如来と阿修羅の祠

 清水峠をはさんで美杉町下之川の流域と嬉野小川町の流域を歩いた。矢頭山に伊勢山上という修験の中心地だけあって、髯山だけでなく山麓の集落にも修験道の色合いが深く刻まれていた。
グー(伊勢山上住人)
記事: 2412
登録日時: 2011年2月20日(日) 10:10
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Re: 【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

投稿記事 by グー(伊勢山上住人) »

20250722-13.jpg


わりばしさん、こんばんは。

【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

矢頭山から髯山へは過去にも歩いていなかったけ?

髯山から矢頭山を越え矢頭峠に下り清水峠を越えて八の字周回をすることにした。

自転車で峠越えはしんどいだろうな。

垣内集落が土石流で流された時の供養塔

この時の大雨災害で下流の遊水地指定のグー団地も床上1mの浸水でした。
グーはまだ家を建てる前でしたが「100年に1度の大雨」との報道で
「100年後は生きていないからいいだろう」と家を建てました。

後山の黒米城、

へぇ~。白米城は兵糧攻めにあったとき、白米を馬の背にかけて
「馬を洗うほど水があるのなら落城はむつかしい」と敵を欺いたのがいわれと聞いたけど
黒米城はどんないわれなんだろう?

清水峠を上り返し矢頭山南西尾根に取りつく。
真っ直ぐな尾根ではないので支尾根に注意しながら進む。


登りでも支尾根に注意が必要なの?
高い方に進むだけじゃダメなの?

清水峠をはさんで美杉町下之川の流域と嬉野小川町の流域を歩いた。

車道は自転車だとばっかり思っていたけど、全行程を徒歩でしたか。
この辺りで歩いていないところはもうないのでは?
お疲れ様。

             グー(伊勢山上住人)
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わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

Re: 【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

投稿記事 by わりばし »

おはようございます、グーさん。

【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

矢頭山から髯山へは過去にも歩いていなかったけ?

髯山と矢頭山の南西尾根は初めてです。

髯山から矢頭山を越え矢頭峠に下り清水峠を越えて八の字周回をすることにした。

自転車で峠越えはしんどいだろうな。

自転車も考えたんですが、下之川から清水峠に向かう古道を歩くと邪魔になるかなと思いまして。

三界萬霊道標
三界萬霊道標

垣内集落が土石流で流された時の供養塔

この時の大雨災害で下流の遊水地指定のグー団地も床上1mの浸水でした。
グーはまだ家を建てる前でしたが「100年に1度の大雨」との報道で
「100年後は生きていないからいいだろう」と家を建てました。


そうだったんですか中村川ですもんね。
気づかんかった。


垣内の祠
垣内の祠

後山の黒米城、

へぇ~。白米城は兵糧攻めにあったとき、白米を馬の背にかけて
「馬を洗うほど水があるのなら落城はむつかしい」と敵を欺いたのがいわれと聞いたけど
黒米城はどんないわれなんだろう?


白米城伝説は全国にありますが
黒米城は何なんでしょうね?
狼煙の煙に関係してるのかな。


清水峠を上り返し矢頭山南西尾根に取りつく。
真っ直ぐな尾根ではないので支尾根に注意しながら進む。


登りでも支尾根に注意が必要なの?
高い方に進むだけじゃダメなの?


ゆるい下りの場所で支尾根の方が太かったりするんです。

清水峠をはさんで美杉町下之川の流域と嬉野小川町の流域を歩いた。

車道は自転車だとばっかり思っていたけど、全行程を徒歩でしたか。
この辺りで歩いていないところはもうないのでは?


そうでもないですよ。
歩いていると見えてくるものもあります。
こんな思いで矢頭トンネルを作ったのかと思いました。
今後ともお付き合いよろしくお願いします。


矢頭トンネルの看板
矢頭トンネルの看板
むらまさ
記事: 69
登録日時: 2023年4月25日(火) 16:32
お住まい: 三重県津市

Re: 【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

投稿記事 by むらまさ »

わりばしさん、こんばんは。
峠を上り返し矢頭山南西尾根に取りつく。植林の中を道は続いているが、真っ直ぐな尾根ではないので支尾根に注意しながら進む。嵓が出だすと頂上部は近い。岩尾根を挟むようにロープが両側に張ってある場所に出た、見覚えがあり矢頭山登山道に合流したようだ。ロープの張られた嵓を越えていくと山頂に着いた。
前から気になっていた矢頭山に時計回りの周回コースで行って来ました。
けっこう急で登りがいがありました。
下りで階段が壊れていて踏んだ石が崩れ転倒しそうになりました。
矢頭山は役行者が二本の白羽の矢が山をかすめたことから名がつけられ蔵王権現を祀った。蔵王権現の祠があり、矢頭山一帯は修験の行場が連なる地域になる。急な下りも整備されているので問題ないが、最後の延々と続く階段は歩きにくく閉口した。降り立った矢頭峠は北畠氏の関所があった所で優し気に微笑んでいる地蔵が置かれている。
ギザギザな山容から八頭山と勘違いしていました。
役行者云われの山なら登らないといけないと思い今回行って来ました。
二本の白羽の矢が降下した麓の里は波瀬なんでしょうか?
矢頭峠は降りた所から少し南に下がるのですか?今回地蔵は見れませんでした。
キャンプ場の所の鳥居をくぐり階段を登って行くと、矢頭山 神宮寺の石柱(灯篭の足のような)があり
もっと登ると大杉の根本に石の門のような物があり先は滝になっていました。手洗い鉢もありました。
その先に大きな祠があり中宮のようでした。
天然記念物の大杉の手前に云われが書かれていて、村社合祀の為中宮を奥社として保存と書かれていますが、
中宮も蔵王権現が祀られているのですね。御峯の祠はどういう位置付けなんでしょうか? 
地蔵嶽?に昔地蔵があったのか、石板だけが残っていました。
手前の大日拝展望台には秋葉大権現の石標がありました。

ネットで検索すると近くに矢頭山天徳院神宮寺奥ノ院跡というのがあり
役行者や蔵王権現の石仏が今も残ってるみたいですね。行かねば!
波瀬の街中の波氐神社が本宮で鳥居横の石板に云われの中に天徳院神宮寺の説明が書かれているようですね。
 清水峠をはさんで美杉町下之川の流域と嬉野小川町の流域を歩いた。矢頭山に伊勢山上という修験の中心地だけあって、髯山だけでなく山麓の集落にも修験道の色合いが深く刻まれていた。
次回は髭山と清水峠に行かねばと思いました。
最後に編集したユーザー むらまさ [ 2025年10月08日(水) 21:47 ], 累計 1 回
むらまさ
歴史や物語の有る山が好きです!
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わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

Re: 【高見山地】髯山の大日如来と矢頭山の蔵王権現

投稿記事 by わりばし »

おはようございます、むらまささん。
峠を上り返し矢頭山南西尾根に取りつく。植林の中を道は続いているが、真っ直ぐな尾根ではないので支尾根に注意しながら進む。嵓が出だすと頂上部は近い。岩尾根を挟むようにロープが両側に張ってある場所に出た、見覚えがあり矢頭山登山道に合流したようだ。ロープの張られた嵓を越えていくと山頂に着いた。
前から気になっていた矢頭山に時計回りの周回コースで行って来ました。
けっこう急で登りがいがありました。
下りで階段が壊れていて踏んだ石が崩れ転倒しそうになりました。

矢頭山までの登りは元々は杣道ですね。
矢頭山は役行者が二本の白羽の矢が山をかすめたことから名がつけられ蔵王権現を祀った。蔵王権現の祠があり、矢頭山一帯は修験の行場が連なる地域になる。急な下りも整備されているので問題ないが、最後の延々と続く階段は歩きにくく閉口した。降り立った矢頭峠は北畠氏の関所があった所で優し気に微笑んでいる地蔵が置かれている。
ギザギザな山容から八頭山と勘違いしていました。
役行者云われの山なら登らないといけないと思い今回行って来ました。
二本の白羽の矢が降下した麓の里は波瀬なんでしょうか?

名前の通り矢下です。
不動明王や古城越口にいろいろな石仏などが固められたりしています。


矢頭峠は降りた所から少し南に下がるのですか?今回地蔵は見れませんでした。

車道の少し上にあります。

キャンプ場の所の鳥居をくぐり階段を登って行くと、矢頭山 神宮寺の石柱(灯篭の足のような)があり
もっと登ると大杉の根本に石の門のような物があり先は滝になっていました。手洗い鉢もありました。
その先に大きな祠があり中宮のようでした。
天然記念物の大杉の手前に云われが書かれていて、村社合祀の為中宮を奥社として保存と書かれていますが、
中宮も蔵王権現が祀られているのですね。御峯の祠はどういう位置付けなんでしょうか? 
地蔵嶽?に昔地蔵があったのか、石板だけが残っていました。
手前の大日拝展望台には秋葉大権現の石標がありました。

矢頭神社の神宮寺が、江戸時代は矢頭神社の別当をしていました。
最初は神社から生まれた神宮寺でしたが、時代を経て神宮寺が矢頭神社の儀式も兼ねるようになり
神宮寺主導だったようです。
神仏習合の色濃い神社だったので攻撃されたようです。
その際に神宮寺奥ノ院は潰され、神社も合祀されました。
以前の痕跡は残っています。
このどさくさに神社の広大な領域の木を伐採して売ったようです。


ネットで検索すると近くに矢頭山天徳院神宮寺奥ノ院跡というのがあり
役行者や蔵王権現の石仏が今も残ってるみたいですね。行かねば!
波瀬の街中の波氐神社が本宮で鳥居横の石板に云われの中に天徳院神宮寺の説明が書かれているようですね。

ヤブにもレポしてますので、参考にしてください。
森のしずく5号「北畠氏につながる峠路」には地図も載っています。

https://yabukogi.net/viewtopic.php?f=4&t=5248
 清水峠をはさんで美杉町下之川の流域と嬉野小川町の流域を歩いた。矢頭山に伊勢山上という修験の中心地だけあって、髯山だけでなく山麓の集落にも修験道の色合いが深く刻まれていた。
次回は髭山と清水峠に行かねばと思いました。

髭山はスリリングですし、清水峠の古道と地蔵さんに会いに行ってください。
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