【日 付】 2025年4月27日
【山 域】 加越国境 小倉谷山火燈山周辺
【天 候】 晴れ
【メンバー】 山日和さん sato
【コース】 廃村大内~大内谷川標高約240m二俣中間尾根~・783~小倉谷山~火燈山~火燈古道~大内峠~P
山との出会いは不思議で突然だったりする。それまで知らなかったり、名前を知っているだけの山に、
ふとしたきっかけで訪れて、こころを動かされ、ふいにその山域への扉が開くのを感じる。
そして訪れる度に愛着興味が募っていく。
4年前の9月に、浄法寺山と丈競山を源とするハンノキ谷に出会い魅了されるようになった竹田川流域と大聖寺川流域の山やま。
紅葉はまだ味わっていないけれど、渓、雪、お花、濃淡緑の森、そして、さまざまな時代に生きた人びとの痕跡に出会う旅を楽しんできた。
山は学びの場、やさしくも畏ろしい。昨年は、富士写ケ岳、小倉谷山、火燈山を源とする大内谷川で思いもかけない事故も起こしてしまった。
過ぎゆく時と巡る季節。今シーズンは無理かなと思った始まりの山丈競山の凛々しくうつくしい白きお姿に出会うことが出来、
あっという間にお花の季節がやって来た。
今年は、シャクナゲの花の成り年だという。一昨年の4月には、千束川を囲む尾根で咲き誇るシャクナゲに酔いしれた。
この春は、どこに行こう。山日和さんが提案されたのは陶石山だった。
何年か前からシャクナゲで知られるようになった山だ。是非歩きたい。
でも、頭から離れない山があった。小倉谷山と火燈山だ。
事故の翌日に、滝の下に置いてきたリュックを回収した後、同行してくれたokuちゃんの判断で下った尾根で見た
たくさんのシャクナゲが目に焼き付いていた。辿り着くはずだった源頭にも立ちたい。
大切なことを学ばせてくれたお山にご挨拶もしたい。
もう、6度目になるのか。廃村大内に到着すると今までにない多くの車が止まっていた。
富士写ケ岳と火燈山に咲くシャクナゲがお目当ての登山者の車だ。
路肩に車を置かせていただき、大内谷川左俣の林道に入り、登りやすそうな斜面に取り付く。
尾根に乗ると踏み跡が現れ、進んでいくと記憶に残っていない送電線の鉄塔が現れた。
あれっ?と思うが、シャクナゲが出てきたので、あの時は、okuちゃんの後をついていくのに必死だったから気がつかなかったのかな、
と思い直す。
それにしても、すごいとしか言いようがないシャクナゲ林が続いていく。斜面一面ピンク色で覆われている。
期待をはるかに超える花の量。
でも、すごい、すごいと言いながら違和感も覚えていた。もっと尾根は歩きやすかった、こんなに木が邪魔をしていなかった、と。
山日和さんも、「もう少し尾根芯に咲いていたらいいのに。木が邪魔だなぁ。
荷物の回収地点から、この尾根を歩いて1時間で駐車地に戻ったの?」とおっしゃる。
すると、山日和さんのご希望通り、目の前が満開の花を咲かせたシャクナゲのヤブとなった。
わたしは、立ち憚るヤブを見て、やっぱりここは通っていないと確信する。
麗しいピンク色のお花の海をもがきながらかき分けていくと、踏み跡にぽんと出た。
地図で確認すると・513。そして右の尾根に踏み跡は延びていた。そうだ、ここを下っていったのだ。
ここからは歩きやすいシャクナゲ尾根が続いていく。まさにシャクナゲの回廊だ。
こころ惹かれる鮮やかな赤紫色のユキグニミツバツツジと純白のタムシバも次々と現れ、見入ってしまう。
春爛漫の中、感激しながら歩みを進めていると標高600mに。
事故が起きたのがこの下の谷で、翌日、荷物を回収した後、谷を少し下り斜面をトラバースしながら尾根へと登っていきこの辺りに出た。
事故前後のことが強い色彩を放ちながら蘇り、胸がキュッとなる。
今、こうして、お山を楽しんでいる山日和さんを見て、事故前と同じようにとまではいかなくても、
快復してよかったとあらためてしみじみと思う。
ひと登りすると辺りはブナ林に。シャクナゲはぽつぽつという感じになったが、まだ続いていく。
標高730mの尾根が曲がる辺りから踏み跡は右斜面をトラバースしていき、最後はヤブで覆われてしまったが、
枝をかき分けちょこっと登ると登山道に出た。・783、富士写ヶ岳と火燈山を繋ぐ稜線だ。
お花を愛でながらゆっくりと登っていたのでお昼の時間になっていたが、
山日和さんは、やはり辿り着くはずだった源頭でゆっくりとしたいらしい。休憩せずに南下していく。
2年前の2月に辿った白蛇のような細くうつくしきまっ白な稜線は、芽吹き始めた木々で萌黄色にやわらかに彩られ、
春の穏やかな水色の空の下、やさしくうねりながら小倉谷山へと延びている。
キラキラとところどころで輝いているシャクナゲやタムシバは、お山の女神さまの宝石のよう。
冬の凛々しい表情とは一転し、鼻歌を歌っているようなふわりとした趣だ。
880mピークの先の鞍部が、あの日、目指した源頭だ。
清々しいブナ林が広がる源頭に立つ。
「ありがとうございます」
今日、ここに立つことが出来たよろこびに包まれる。
谷を見下ろしながらランチタイムを楽しみたかったが、ササで覆われていて腰を下ろせない。
ちょうど、反対側の東斜面に雪が残っていたので、雪の上で芽吹きのブナを愛でながら、平和なお昼の時間を楽しむ。
食後、ジャンクションピークに立つ。2年前の冬は、ここで白山へと続く白き道を見つめながらお昼の時間を楽しんでいた。
萌黄色に染まり始めたまだらに雪が残る山並みの向こうに鎮座まします白山は、まだまだ白い。
幾世にもわたり、あまたの人が手を合わしてきた「白き神々の座」に、わたしも、そっと手を合わせる。
ここから小倉谷山へはちいさなピークをふたつ越える。
3年前の2月の降雪直後に訪れてこころを奪われた左右が切れ落ちたまっ白な三角錐のピークは、
灌木が生い茂りおにぎりのような形をしている。ナイフリッジだった稜線も灌木でもっさりとしている。
ここに数メートルの雪が積もると、あんなにもきりりとした雪稜になるのだなぁ、
とびっくりしている間に、からりと明るい小倉谷山に到着した。
山頂からは竹田川を挟んで真正面に丈競山を臨む。ひと月ちょっと前には、白く輝く丈競山から小倉谷山を臨んでいた。
あの時の小倉谷山は、900mの山とは思えない重厚な風貌を呈していた。
ひと月でこんなにもお姿が変わるとは。萌え出づる春の勢いを背中に感じる。
小倉谷山は4回目になる。初めて訪れたのが、3年前の2月に龍ケ鼻ダムから火燈山に登って周回。
2回目は、同じ年の7月に同じく龍ケ鼻ダムから小倉谷を遡り火燈山へと周回。
3回目は、2年前の2月に、廃村大内から富士写ケ岳に登って周回した。何度訪れても味わい深い山だなぁと思う。
ここから先は、雪の無い季節にも歩いているので、もうびっくりはしない。思い出話に花を咲かせながら火燈山へと登っていく。
803mの火燈山も素敵な山だ。真夏は暑くてゆっくりできないけれど、展望もよく、ほっと落ち着く空気に満ちている。
火燈山は、3年前の9月に大内谷川右俣の奥の右俣から訪れているので5回目だ。
昨秋、今度は奥の左俣を遡ろうと計画して、滝の高巻きで事故を起こしてしまった。
大変な思いをされた山日和さん、助けていただいた救助隊、病院の方々、心配をおかけしたご家族のことを思うと胸が痛むが、
今日、歩いてきて、この山並みへの想いがより深くなっているのを感じる。
ひと休みして、火燈古道を下っていく。
白山信仰の修験者や加賀藩の巡視者が通ったいにしえの道を整備した登山道で、
ブナの森、シャクナゲ、ユキツバキの回廊とうつくしい風景が続いていく。人気があるのも当然だ。
朝からずっとお花を愛でてきたが、感動が薄れることはない。わぁ、すごい、きれいとオウムのように繰り返している。
尾根が細くなり、傾斜が増してきた。深い切通が現れ、加賀と越前を結ぶ大内峠に降り立った。
駐車地に戻る前に、お地蔵さまの横で最後の休憩をとる。お顔を眺めながら、前回も、その前も、こうして休んだなぁと思い出す。
今日も、こうしてお山を楽しむことが出来てしあわせだなぁ、ありがたいなぁと思う。
素晴らしい一日をありがとうございました。
いつか、また参ります。
よろしくお願いいたします。
お地蔵さまに手を合わせ、掬い上げた輝きを抱きしめて、落ち葉の積もった道を下っていく。
sato
【加越国境】 加賀の山花紀行(2) 想い出の重なる小倉谷山火燈山へ
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新規トピックは文頭に以下のテンプレートをなるべく使ってください。
【 日 付 】
【 山 域 】
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※ユーザーでなくても返信が可能です。ユーザー名に名前を入れて返信してください。
新規トピックは文頭に以下のテンプレートをなるべく使ってください。
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※ユーザーでなくても返信が可能です。ユーザー名に名前を入れて返信してください。
Re: 【加越国境】 加賀の山花紀行(2) 想い出の重なる小倉谷山火燈山へ
satoさん、こんばんは。お疲れさまでした。
山との出会いは不思議で突然だったりする。それまで知らなかったり、名前を知っているだけの山に、ふとしたきっかけで訪れて、こころを動かされ、ふいにその山域への扉が開くのを感じる。そして訪れる度に愛着興味が募っていく。
ホントにそうですね。たいして期待もせずに出かけた山に取りつかれて、その周りの山々に惹かれていく。山の魅力は奥深いです。
4年前の9月に、浄法寺山と丈競山を源とするハンノキ谷に出会い魅了されるようになった竹田川流域と大聖寺川流域の山やま。
紅葉はまだ味わっていないけれど、渓、雪、お花、濃淡緑の森、そして、さまざまな時代に生きた人びとの痕跡に出会う旅を楽しんできた。
沢はわかっていて面白そうなところを選んで訪れましたが、沢そのものの魅力以上のものを見つけましたね。
水上谷、大内川、簾滝谷、千束川、菅倉沢、中ノ又谷と、それぞれ味わい深い谷を遡りましたが、辿り着いた稜線とそこからの眺めにも惹かれるものがありました。
山は学びの場、やさしくも畏ろしい。昨年は、富士写ケ岳、小倉谷山、火燈山を源とする大内谷川で思いもかけない事故も起こしてしまった。
これは大きな汚点になってしまったけど、想いがより深くなりました。
今年は、シャクナゲの花の成り年だという。一昨年の4月には、千束川を囲む尾根で咲き誇るシャクナゲに酔いしれた。
この春は、どこに行こう。山日和さんが提案されたのは陶石山だった。
何年か前からシャクナゲで知られるようになった山だ。是非歩きたい。
昨年は大ハズレの裏年だったみたいだけど、今年は大当たりの年だという話でした。
でも、頭から離れない山があった。小倉谷山と火燈山だ。
事故の翌日に、滝の下に置いてきたリュックを回収した後、同行してくれたokuちゃんの判断で下った尾根で見たたくさんのシャクナゲが目に焼き付いていた。辿り着くはずだった源頭にも立ちたい。
この尾根はsatoさんの情報で決めましたね。
もう、6度目になるのか。廃村大内に到着すると今までにない多くの車が止まっていた。
富士写ケ岳と火燈山に咲くシャクナゲがお目当ての登山者の車だ。
駐車場は満車で、路駐の車が並んでいたのにはびっくり。
尾根に乗ると踏み跡が現れ、進んでいくと記憶に残っていない送電線の鉄塔が現れた。
あれっ?と思うが、シャクナゲが出てきたので、あの時は、okuちゃんの後をついていくのに必死だったから気がつかなかったのかな、と思い直す。
この時はsatoさんの情報を信じて疑わず登ってましたが・・・
それにしても、すごいとしか言いようがないシャクナゲ林が続いていく。斜面一面ピンク色で覆われている。期待をはるかに超える花の量。
でも、すごい、すごいと言いながら違和感も覚えていた。もっと尾根は歩きやすかった、こんなに木が邪魔をしていなかった、と。
山日和さんも、「もう少し尾根芯に咲いていたらいいのに。木が邪魔だなぁ。
荷物の回収地点から、この尾根を歩いて1時間で駐車地に戻ったの?」とおっしゃる。
あの踏み跡を辿って1時間で下るとは、さすがokuちゃんと思いましたよ。
すると、山日和さんのご希望通り、目の前が満開の花を咲かせたシャクナゲのヤブとなった。
希望はちゃんと踏み跡があって、両サイドにシャクナゲが満開という光景だったけど、尾根の真ん中にシャクナゲが立ちはだかるのは想定外でした。
わたしは、立ち憚るヤブを見て、やっぱりここは通っていないと確信する。
麗しいピンク色のお花の海をもがきながらかき分けていくと、踏み跡にぽんと出た。
地図で確認すると・513。そして右の尾根に踏み跡は延びていた。そうだ、ここを下っていったのだ。
あらまあ、やっぱり間違ってたのね。
事故が起きたのがこの下の谷で、翌日、荷物を回収した後、谷を少し下り斜面をトラバースしながら尾根へと登っていきこの辺りに出た。
事故前後のことが強い色彩を放ちながら蘇り、胸がキュッとなる。
今、こうして、お山を楽しんでいる山日和さんを見て、事故前と同じようにとまではいかなくても、快復してよかったとあらためてしみじみと思う。
満足する歩きではなくても、これだけ歩ければ十分だと自分を慰めています。
ひと登りすると辺りはブナ林に。シャクナゲはぽつぽつという感じになったが、まだ続いていく。
標高730mの尾根が曲がる辺りから踏み跡は右斜面をトラバースしていき、最後はヤブで覆われてしまったが、枝をかき分けちょこっと登ると登山道に出た。・783、富士写ヶ岳と火燈山を繋ぐ稜線だ。
あのブナ林がそのまま続いて稜線に出れば最高でしたが、そうは問屋が卸しませんでしたね。
お花を愛でながらゆっくりと登っていたのでお昼の時間になっていたが、
山日和さんは、やはり辿り着くはずだった源頭でゆっくりとしたいらしい。休憩せずに南下していく。
そもそも腰を降ろせる場所がなかったし。
2年前の2月に辿った白蛇のような細くうつくしきまっ白な稜線は、芽吹き始めた木々で萌黄色にやわらかに彩られ、春の穏やかな水色の空の下、やさしくうねりながら小倉谷山へと延びている。
キラキラとところどころで輝いているシャクナゲやタムシバは、お山の女神さまの宝石のよう。
冬の凛々しい表情とは一転し、鼻歌を歌っているようなふわりとした趣だ。
同じ山とは思えない、のんびりとした風景でしたね。
880mピークの先の鞍部が、あの日、目指した源頭だ。
清々しいブナ林が広がる源頭に立つ。
「ありがとうございます」
今日、ここに立つことが出来たよろこびに包まれる。
去年の9月もここでランチタイムにしようと思ってました。積雪期のいいイメージがありましたからね。
谷を見下ろしながらランチタイムを楽しみたかったが、ササで覆われていて腰を下ろせない。
ちょうど、反対側の東斜面に雪が残っていたので、雪の上で芽吹きのブナを愛でながら、平和なお昼の時間を楽しむ。
残念ながら腰を降ろせる場所がなかったけど、反対側の斜面はうまい具合に雪が残ってましたね。去年の秋ならランチ場がなかったも。
食後、ジャンクションピークに立つ。2年前の冬は、ここで白山へと続く白き道を見つめながらお昼の時間を楽しんでいた。
積雪期と違って、どこがジャンクションかわからないような場所でしたが。
ここから小倉谷山へはちいさなピークをふたつ越える。
3年前の2月の降雪直後に訪れてこころを奪われた左右が切れ落ちたまっ白な三角錐のピークは、灌木が生い茂りおにぎりのような形をしている。ナイフリッジだった稜線も灌木でもっさりとしている。
ここに数メートルの雪が積もると、あんなにもきりりとした雪稜になるのだなぁ、
とびっくりしている間に、からりと明るい小倉谷山に到着した。
あまりの違いようにびっくりでしたね。あたりまえの話なんだけど。
それにしてもこのもっさりした稜線があんな鋭い雪稜に変貌するとは、雪は魔法使いですね。
山頂からは竹田川を挟んで真正面に丈競山を臨む。ひと月ちょっと前には、白く輝く丈競山から小倉谷山を臨んでいた。
あの時の小倉谷山は、900mの山とは思えない重厚な風貌を呈していた。
ひと月でこんなにもお姿が変わるとは。萌え出づる春の勢いを背中に感じる。
山は一度登って終わりというのはあまりにももったいない。季節を変えて、いろんなルートから登らなければホントの魅力はわかりませんね。
百名山ハンターとは対極のスタイルです。
小倉谷山は4回目になる。初めて訪れたのが、3年前の2月に龍ケ鼻ダムから火燈山に登って周回。
2回目は、同じ年の7月に同じく龍ケ鼻ダムから小倉谷を遡り火燈山へと周回。
3回目は、2年前の2月に、廃村大内から富士写ケ岳に登って周回した。何度訪れても味わい深い山だなぁと思う。
しかしよく訪れたものです。全部違うルートからというのが我々らしい。
ここから先は、雪の無い季節にも歩いているので、もうびっくりはしない。思い出話に花を咲かせながら火燈山へと登っていく。
火燈山手前の尾根も、あの刃物のような雪稜はいったい?と思わせるような凡庸な尾根でした。
火燈山は、3年前の9月に大内谷川右俣の奥の右俣から訪れているので5回目だ。
物好きとしか言いようがないですね。
昨秋、今度は奥の左俣を遡ろうと計画して、滝の高巻きで事故を起こしてしまった。
大変な思いをされた山日和さん、助けていただいた救助隊、病院の方々、心配をおかけしたご家族のことを思うと胸が痛むが、今日、歩いてきて、この山並みへの想いがより深くなっているのを感じる。
その通りですね。コンパクトな山域だけど、実に奥が深いです。
ひと休みして、火燈古道を下っていく。
白山信仰の修験者や加賀藩の巡視者が通ったいにしえの道を整備した登山道で、
ブナの森、シャクナゲ、ユキツバキの回廊とうつくしい風景が続いていく。人気があるのも当然だ。
朝からずっとお花を愛でてきたが、感動が薄れることはない。わぁ、すごい、きれいとオウムのように繰り返している。
こちらの道はシャクナゲ目当ての火燈山往復組と富士写ヶ岳周回組で賑わったようですが、時間差でほとんど人に会わないのがよかったですね。
尾根が細くなり、傾斜が増してきた。深い切通が現れ、加賀と越前を結ぶ大内峠に降り立った。
駐車地に戻る前に、お地蔵さまの横で最後の休憩をとる。お顔を眺めながら、前回も、その前も、こうして休んだなぁと思い出す。
大内峠は実に趣きのある、峠らしい峠ですね。登山口まで10分とかからないのに、どうしてもここでザックを降ろしたくなってしまいます。
今日も、こうしてお山を楽しむことが出来てしあわせだなぁ、ありがたいなぁと思う。
素晴らしい一日をありがとうございました。
いつか、また参ります。
よろしくお願いいたします。
お地蔵さまに手を合わせ、掬い上げた輝きを抱きしめて、落ち葉の積もった道を下っていく。
曲がりくねった峠道では白いイカリソウが出迎えてくれましたね。
下りてくると白山神社と大内集落の跡や飲めないけど水場もあって、落ち着いたいい登山口ですね。
遠からず大内谷川の左俣の事故現場を再訪したいと思います。
山日和
山との出会いは不思議で突然だったりする。それまで知らなかったり、名前を知っているだけの山に、ふとしたきっかけで訪れて、こころを動かされ、ふいにその山域への扉が開くのを感じる。そして訪れる度に愛着興味が募っていく。ホントにそうですね。たいして期待もせずに出かけた山に取りつかれて、その周りの山々に惹かれていく。山の魅力は奥深いです。
4年前の9月に、浄法寺山と丈競山を源とするハンノキ谷に出会い魅了されるようになった竹田川流域と大聖寺川流域の山やま。紅葉はまだ味わっていないけれど、渓、雪、お花、濃淡緑の森、そして、さまざまな時代に生きた人びとの痕跡に出会う旅を楽しんできた。
沢はわかっていて面白そうなところを選んで訪れましたが、沢そのものの魅力以上のものを見つけましたね。
水上谷、大内川、簾滝谷、千束川、菅倉沢、中ノ又谷と、それぞれ味わい深い谷を遡りましたが、辿り着いた稜線とそこからの眺めにも惹かれるものがありました。
山は学びの場、やさしくも畏ろしい。昨年は、富士写ケ岳、小倉谷山、火燈山を源とする大内谷川で思いもかけない事故も起こしてしまった。これは大きな汚点になってしまったけど、想いがより深くなりました。
今年は、シャクナゲの花の成り年だという。一昨年の4月には、千束川を囲む尾根で咲き誇るシャクナゲに酔いしれた。この春は、どこに行こう。山日和さんが提案されたのは陶石山だった。
何年か前からシャクナゲで知られるようになった山だ。是非歩きたい。
昨年は大ハズレの裏年だったみたいだけど、今年は大当たりの年だという話でした。
でも、頭から離れない山があった。小倉谷山と火燈山だ。事故の翌日に、滝の下に置いてきたリュックを回収した後、同行してくれたokuちゃんの判断で下った尾根で見たたくさんのシャクナゲが目に焼き付いていた。辿り着くはずだった源頭にも立ちたい。
この尾根はsatoさんの情報で決めましたね。
もう、6度目になるのか。廃村大内に到着すると今までにない多くの車が止まっていた。富士写ケ岳と火燈山に咲くシャクナゲがお目当ての登山者の車だ。
駐車場は満車で、路駐の車が並んでいたのにはびっくり。
尾根に乗ると踏み跡が現れ、進んでいくと記憶に残っていない送電線の鉄塔が現れた。あれっ?と思うが、シャクナゲが出てきたので、あの時は、okuちゃんの後をついていくのに必死だったから気がつかなかったのかな、と思い直す。
この時はsatoさんの情報を信じて疑わず登ってましたが・・・
それにしても、すごいとしか言いようがないシャクナゲ林が続いていく。斜面一面ピンク色で覆われている。期待をはるかに超える花の量。でも、すごい、すごいと言いながら違和感も覚えていた。もっと尾根は歩きやすかった、こんなに木が邪魔をしていなかった、と。
山日和さんも、「もう少し尾根芯に咲いていたらいいのに。木が邪魔だなぁ。
荷物の回収地点から、この尾根を歩いて1時間で駐車地に戻ったの?」とおっしゃる。
あの踏み跡を辿って1時間で下るとは、さすがokuちゃんと思いましたよ。
すると、山日和さんのご希望通り、目の前が満開の花を咲かせたシャクナゲのヤブとなった。希望はちゃんと踏み跡があって、両サイドにシャクナゲが満開という光景だったけど、尾根の真ん中にシャクナゲが立ちはだかるのは想定外でした。
わたしは、立ち憚るヤブを見て、やっぱりここは通っていないと確信する。麗しいピンク色のお花の海をもがきながらかき分けていくと、踏み跡にぽんと出た。
地図で確認すると・513。そして右の尾根に踏み跡は延びていた。そうだ、ここを下っていったのだ。
あらまあ、やっぱり間違ってたのね。
事故が起きたのがこの下の谷で、翌日、荷物を回収した後、谷を少し下り斜面をトラバースしながら尾根へと登っていきこの辺りに出た。事故前後のことが強い色彩を放ちながら蘇り、胸がキュッとなる。
今、こうして、お山を楽しんでいる山日和さんを見て、事故前と同じようにとまではいかなくても、快復してよかったとあらためてしみじみと思う。
満足する歩きではなくても、これだけ歩ければ十分だと自分を慰めています。
ひと登りすると辺りはブナ林に。シャクナゲはぽつぽつという感じになったが、まだ続いていく。標高730mの尾根が曲がる辺りから踏み跡は右斜面をトラバースしていき、最後はヤブで覆われてしまったが、枝をかき分けちょこっと登ると登山道に出た。・783、富士写ヶ岳と火燈山を繋ぐ稜線だ。
あのブナ林がそのまま続いて稜線に出れば最高でしたが、そうは問屋が卸しませんでしたね。
お花を愛でながらゆっくりと登っていたのでお昼の時間になっていたが、山日和さんは、やはり辿り着くはずだった源頭でゆっくりとしたいらしい。休憩せずに南下していく。
そもそも腰を降ろせる場所がなかったし。
2年前の2月に辿った白蛇のような細くうつくしきまっ白な稜線は、芽吹き始めた木々で萌黄色にやわらかに彩られ、春の穏やかな水色の空の下、やさしくうねりながら小倉谷山へと延びている。キラキラとところどころで輝いているシャクナゲやタムシバは、お山の女神さまの宝石のよう。
冬の凛々しい表情とは一転し、鼻歌を歌っているようなふわりとした趣だ。
同じ山とは思えない、のんびりとした風景でしたね。
880mピークの先の鞍部が、あの日、目指した源頭だ。清々しいブナ林が広がる源頭に立つ。
「ありがとうございます」
今日、ここに立つことが出来たよろこびに包まれる。
去年の9月もここでランチタイムにしようと思ってました。積雪期のいいイメージがありましたからね。
谷を見下ろしながらランチタイムを楽しみたかったが、ササで覆われていて腰を下ろせない。ちょうど、反対側の東斜面に雪が残っていたので、雪の上で芽吹きのブナを愛でながら、平和なお昼の時間を楽しむ。
残念ながら腰を降ろせる場所がなかったけど、反対側の斜面はうまい具合に雪が残ってましたね。去年の秋ならランチ場がなかったも。
食後、ジャンクションピークに立つ。2年前の冬は、ここで白山へと続く白き道を見つめながらお昼の時間を楽しんでいた。積雪期と違って、どこがジャンクションかわからないような場所でしたが。
ここから小倉谷山へはちいさなピークをふたつ越える。3年前の2月の降雪直後に訪れてこころを奪われた左右が切れ落ちたまっ白な三角錐のピークは、灌木が生い茂りおにぎりのような形をしている。ナイフリッジだった稜線も灌木でもっさりとしている。
ここに数メートルの雪が積もると、あんなにもきりりとした雪稜になるのだなぁ、
とびっくりしている間に、からりと明るい小倉谷山に到着した。
あまりの違いようにびっくりでしたね。あたりまえの話なんだけど。
それにしてもこのもっさりした稜線があんな鋭い雪稜に変貌するとは、雪は魔法使いですね。
山頂からは竹田川を挟んで真正面に丈競山を臨む。ひと月ちょっと前には、白く輝く丈競山から小倉谷山を臨んでいた。あの時の小倉谷山は、900mの山とは思えない重厚な風貌を呈していた。
ひと月でこんなにもお姿が変わるとは。萌え出づる春の勢いを背中に感じる。
山は一度登って終わりというのはあまりにももったいない。季節を変えて、いろんなルートから登らなければホントの魅力はわかりませんね。
百名山ハンターとは対極のスタイルです。
小倉谷山は4回目になる。初めて訪れたのが、3年前の2月に龍ケ鼻ダムから火燈山に登って周回。2回目は、同じ年の7月に同じく龍ケ鼻ダムから小倉谷を遡り火燈山へと周回。
3回目は、2年前の2月に、廃村大内から富士写ケ岳に登って周回した。何度訪れても味わい深い山だなぁと思う。
しかしよく訪れたものです。全部違うルートからというのが我々らしい。
ここから先は、雪の無い季節にも歩いているので、もうびっくりはしない。思い出話に花を咲かせながら火燈山へと登っていく。火燈山手前の尾根も、あの刃物のような雪稜はいったい?と思わせるような凡庸な尾根でした。
火燈山は、3年前の9月に大内谷川右俣の奥の右俣から訪れているので5回目だ。物好きとしか言いようがないですね。
昨秋、今度は奥の左俣を遡ろうと計画して、滝の高巻きで事故を起こしてしまった。大変な思いをされた山日和さん、助けていただいた救助隊、病院の方々、心配をおかけしたご家族のことを思うと胸が痛むが、今日、歩いてきて、この山並みへの想いがより深くなっているのを感じる。
その通りですね。コンパクトな山域だけど、実に奥が深いです。
ひと休みして、火燈古道を下っていく。白山信仰の修験者や加賀藩の巡視者が通ったいにしえの道を整備した登山道で、
ブナの森、シャクナゲ、ユキツバキの回廊とうつくしい風景が続いていく。人気があるのも当然だ。
朝からずっとお花を愛でてきたが、感動が薄れることはない。わぁ、すごい、きれいとオウムのように繰り返している。
こちらの道はシャクナゲ目当ての火燈山往復組と富士写ヶ岳周回組で賑わったようですが、時間差でほとんど人に会わないのがよかったですね。
尾根が細くなり、傾斜が増してきた。深い切通が現れ、加賀と越前を結ぶ大内峠に降り立った。駐車地に戻る前に、お地蔵さまの横で最後の休憩をとる。お顔を眺めながら、前回も、その前も、こうして休んだなぁと思い出す。
大内峠は実に趣きのある、峠らしい峠ですね。登山口まで10分とかからないのに、どうしてもここでザックを降ろしたくなってしまいます。
今日も、こうしてお山を楽しむことが出来てしあわせだなぁ、ありがたいなぁと思う。素晴らしい一日をありがとうございました。
いつか、また参ります。
よろしくお願いいたします。
お地蔵さまに手を合わせ、掬い上げた輝きを抱きしめて、落ち葉の積もった道を下っていく。
曲がりくねった峠道では白いイカリソウが出迎えてくれましたね。
下りてくると白山神社と大内集落の跡や飲めないけど水場もあって、落ち着いたいい登山口ですね。
遠からず大内谷川の左俣の事故現場を再訪したいと思います。
山日和
Re: 【加越国境】 加賀の山花紀行(2) 想い出の重なる小倉谷山火燈山へ
山日和さま
こんばんは。
あっという間に5月も半ばですね。
萌黄色の若葉を出し始めたばかりだった大内谷川右俣源頭のブナの森は、今、鮮やかな緑の輝きを放っているのでしょうね。
ほんとうに山の魅力は奥深いですね。
ある日を境にして、その山の見え方が変わる。わたしの山となって輝きを放ち始める。
その山をもっともっと知りたくなる。分け入りたくなる。
竹田川流域の山は、山日和さんの愛読書の一冊「越の谷」に紹介されていたハンノキ谷が気になって訪れたのが始まりですね。
谷も味わい深かったですが、そう、辿り着いた先からの眺め、山が物語るものにこころを動かされました。
小倉谷山火燈山は、山と人との関りの歴史も興味深いです。
今回登ったシャクナゲ尾根も、大内村の人びとが山仕事で使っていた道なのでしょうね。
道は右俣から延びていて、左俣から取りつくと見事なシャクナゲのヤブに出会えるということが分かりました(笑)。
標高730mあたりから踏み跡が右斜面に移り、ゆるゆると稜線に辿り着くようになっているのを見ながら、
九谷ダムで沈んでしまった片谷村とを結ぶ道だったのかもしれないと思いました。
明治期、大聖寺川上流の村と南の支流大内谷川沿いの大内村を合わせて西谷村でした。
咲き誇るシャクナゲに目を見張りながらも、むかしの風景に思いを巡らせていました。
積雪期のきりりとした稜線は、雪が無いとこんなにも印象が変わるのですね。雪は魔法使いですね。
でも、芽吹きの季節の風景も味わい深いですね。
小倉谷山は4回目。火燈山は5回目。それも全部違うルートで。歩くごとに思いが募っていくのを感じます。
大内峠は、このまま通り過ぎてしまうことができない趣きのある峠ですね。
今は、登山者が通るくらいの静かな峠ですが、むかしから越前と加賀を結ぶ重要な峠で、
戦国時代には、越前朝倉氏と加賀一向一揆の死闘が繰り広げられていたのですね。
峠から村への緩やかな道もいいですね。この時期は、白いイカリソウが出迎えてくれるのですね。
近江ではピンク色のイカリソウが主流ですが、北陸では白色が主流ですね。
白山神社しか残っていない大内村。この地の放つ光と影もわたしのこころを捉えます。
また訪れたくなります。
今回、どこまでも続く素晴らしいシャクナゲ林を味わえたのもうれしかったですが、
こうして、また笑顔で想い出の詰まった魅了されている山域を訪れることが出来、感慨無量でした。
うれしくゆたかな一日をありがとうございました。
「福井嶺北の雪山を歩く」の表紙は、丈競山から望んだ小倉谷山ですね。
怪我をする前と同じ状態には戻れないけれど、
山への興趣は尽きない、これからも歩いていこうという山日和さんのお気持ちを感じました。
最後のページが、火燈山から小倉谷山。
最初はあ然となりましたが、感動の雪山旅でした。
800~900mの山が、雪の魔法で、これほどまできりりとしたアルペンチックな雪稜になるとは。
「福井嶺北の雪山を歩く」は、雪国福井嶺北の木々で覆われた山のゆたかな世界を感じさせてくれる本ですね。
雪山、山を登らない方も、雪と風が織りなすうつくしき世界に遊び、味わい深い雪山旅を追体験できる
宝箱のような本だなぁと思います。
sato
こんばんは。
あっという間に5月も半ばですね。
萌黄色の若葉を出し始めたばかりだった大内谷川右俣源頭のブナの森は、今、鮮やかな緑の輝きを放っているのでしょうね。
ほんとうに山の魅力は奥深いですね。
ある日を境にして、その山の見え方が変わる。わたしの山となって輝きを放ち始める。
その山をもっともっと知りたくなる。分け入りたくなる。
竹田川流域の山は、山日和さんの愛読書の一冊「越の谷」に紹介されていたハンノキ谷が気になって訪れたのが始まりですね。
谷も味わい深かったですが、そう、辿り着いた先からの眺め、山が物語るものにこころを動かされました。
小倉谷山火燈山は、山と人との関りの歴史も興味深いです。
今回登ったシャクナゲ尾根も、大内村の人びとが山仕事で使っていた道なのでしょうね。
道は右俣から延びていて、左俣から取りつくと見事なシャクナゲのヤブに出会えるということが分かりました(笑)。
標高730mあたりから踏み跡が右斜面に移り、ゆるゆると稜線に辿り着くようになっているのを見ながら、
九谷ダムで沈んでしまった片谷村とを結ぶ道だったのかもしれないと思いました。
明治期、大聖寺川上流の村と南の支流大内谷川沿いの大内村を合わせて西谷村でした。
咲き誇るシャクナゲに目を見張りながらも、むかしの風景に思いを巡らせていました。
積雪期のきりりとした稜線は、雪が無いとこんなにも印象が変わるのですね。雪は魔法使いですね。
でも、芽吹きの季節の風景も味わい深いですね。
小倉谷山は4回目。火燈山は5回目。それも全部違うルートで。歩くごとに思いが募っていくのを感じます。
大内峠は、このまま通り過ぎてしまうことができない趣きのある峠ですね。
今は、登山者が通るくらいの静かな峠ですが、むかしから越前と加賀を結ぶ重要な峠で、
戦国時代には、越前朝倉氏と加賀一向一揆の死闘が繰り広げられていたのですね。
峠から村への緩やかな道もいいですね。この時期は、白いイカリソウが出迎えてくれるのですね。
近江ではピンク色のイカリソウが主流ですが、北陸では白色が主流ですね。
白山神社しか残っていない大内村。この地の放つ光と影もわたしのこころを捉えます。
また訪れたくなります。
今回、どこまでも続く素晴らしいシャクナゲ林を味わえたのもうれしかったですが、
こうして、また笑顔で想い出の詰まった魅了されている山域を訪れることが出来、感慨無量でした。
うれしくゆたかな一日をありがとうございました。
「福井嶺北の雪山を歩く」の表紙は、丈競山から望んだ小倉谷山ですね。
怪我をする前と同じ状態には戻れないけれど、
山への興趣は尽きない、これからも歩いていこうという山日和さんのお気持ちを感じました。
最後のページが、火燈山から小倉谷山。
最初はあ然となりましたが、感動の雪山旅でした。
800~900mの山が、雪の魔法で、これほどまできりりとしたアルペンチックな雪稜になるとは。
「福井嶺北の雪山を歩く」は、雪国福井嶺北の木々で覆われた山のゆたかな世界を感じさせてくれる本ですね。
雪山、山を登らない方も、雪と風が織りなすうつくしき世界に遊び、味わい深い雪山旅を追体験できる
宝箱のような本だなぁと思います。
sato