【日 付】2025年3月20日(祝)
【山 域】高見山地
【コース】夏明登山口8:30---10:05白猪山---11:05都登山口---12:40夏明登山口
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.493718/13 ... z0r0s0m0f1
六十六部とは、六部ともいわれ、法華経を書写し、それを日本全国六十六州の神社仏閣の霊場に奉納して廻る行脚僧のことである。その廻国巡礼の証とされる石塔「廻国供養塔」が、全国津々浦々に残されている。伊勢本街道では長谷寺と伊勢神宮を交互に巡礼した供養塔が街道沿いに数多く残されている。
白猪山二ノ峰に六部巡礼塔がある事を知り、見に行くことにした。石の芸術といわれている120段の強固な石積みが続く深野だんだん田を上っていく。深野地区は白猪山南麓に位置し、北畠氏の重要な拠点であることから、白猪山の西にのろし場があり、見張りにつめていた食料確保のために棚田が開墾されたと伝えられている。
夏明集落のはずれには、鳥居に夏明組と書かれた先には山の神と唐戸岩の祠があり、近くの小屋には多数の石仏が集められおり何体かの大日如来があった。夏明登山口よりコンクリートで補強された道を進むと炭窯跡が出てきてその先に御所平への分岐がある。この道を稜線まで詰めあがると標高800mの御所平につき、のろし場があったと言われている。北畠氏の本拠地多気への連絡に使われていたのだろう。
不動滝はせり出した岩から水が落ちており落下点には程よい場所があり滝行にはもってこいといった滝で、多くの修験者がここで水に打たれたことだろう。道は谷筋から尾根に上がると、旧石尊社跡の分岐があり尾根筋にあるようだ。石尊大権現を祀る社のことで、江戸時代に神奈川の大山寺より迎えて、白猪山石尊大権現として祀った。尾根を下っていくと大岩が出てきて2つ目の大岩の下に石積みと石段がある。このあたりには大岩がいくつもあるので、この場所を磐座として石尊大権現を建立したのだろう。登山道に戻り少し行くと不動祠で、石造りの小さな祠と灯篭があり、谷側に下ると不動滝に戻る。
先の二ノ峰には二段の強固な石積みの上に石尊大権現が祀られていた。たくさんの人が参れるという利点はあるが、磐座の無いピークで本来の意味合いは薄らいだように思う。本尊は不動明王と書いてある。隣に「南無妙法蓮華経」と刻まれた六部供養塔があり、松阪の鈴木治右衛門昭成が天保6年(1835年)に立てたと書いてある。街道筋ではない山頂付近に立てて世の平安を願ったのだろうか。山頂までピストンして二ノ峰に戻り、谷・都方面に下山する。夏明道は石尊大権現までコンクリートの道が続いていたが、こちらは昔の溝道がそのまま残っている。自然林のまじった明るい山道で気持ちがいいい。矢下道の分岐には「左谷ニ至ル 大石駅約47粁」と書いてあるコンクリートの道標がある。粁はkmのことで、ここから大石まで4.7kmあるという意味らしい。大石駅は60年前には無くなっているので、それ以前に立てられたようだ。次に山道との分岐が出てきた。ここにはコンクリート杭の横に自然石に同じ文字が刻まれている。こちらは松坂・津・伊勢方面からの参拝者の多かった江戸時代のもののようだ。尾根を下っていくと大きな家が出てきた。地図を見ると廃村になっている大城集落への分岐で大八車が通れるコンクリートの道が続いている。登山道は都集落に向けてトラバースしていく。紅白の梅や建物のあった石垣に茶畑の跡と里山の空気が濃くなる。谷川沿いに下り谷集落に入っていく。ここの石積みも夏明と同じくほれぼれする美しさがある。集落の入口に大日堂があり大日如来が祀られていた。
谷川に矢下川が合流したあたりで矢下川の道を上っていく。この道も昔の参詣道のようで例のコンクリート杭がある。矢下集落も山越えすると近いが川沿いに遡るとなると距離がある。途中に大石牛とかかれた幟と牛舎が2か所あった。牛の鳴き声がしないので、いないのかと思っていたら大きな松坂牛の黒牛がゆったりと座っていた。深野地区が松坂牛の発祥の地だけに大石牛も高そうだ。幟には北畠の家紋がついている。この地域を治めていた大石氏が北畠の家臣であったからだろう。
矢下は深野地区の中でも過疎化が進んでいる。集落の最上部にある林光寺には十一面観音が祀られていた。石尊大権現は神仏習合の神で、本尊は不動明王と書かれていたが、本地仏は十一面観音だ。寺の前から参拝道は続いており矢下の寺と白猪山石尊大権現とのつながりを感じる。
峠を越えると夏明に入り駐車地近くには石尊大権現の石灯籠があり、石の道標が置かれている。「右 大いし、やおろし 左 石そん さか内」と書かれている。参拝者に向けての道標だが、白猪山への道が阪内への山越えの道として使われていたことがわかる。国道の合流地点に大きな石碑があるので見に行くと「石そん大権現」と深く刻まれており、石尊大権現が参拝者で賑わっていたことを改めて感じた。
石尊大権現と北畠氏の時代は重ならないが、北畠の時代から続く修験道の流れが下地にあるように思う。明治の廃仏毀釈で、神奈川の石尊大権現は廃されており、全国でも大日堂の取りつぶしが相次いだ。こうした時代を経て石尊大権現や大日堂が地域の人達に守られている意味は大きい。
【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔
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グー(伊勢山上住人)
- 記事: 2412
- 登録日時: 2011年2月20日(日) 10:10
- 連絡する:
Re: 【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔
わりばしさん、こんばんは。
スノー衆、都合がつかなかったのですね。
【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔何ともレスの付けにくいレポですね。
六十六部とは、六部ともいわれ、法華経を書写し、それを日本全国六十六州の神社仏閣の霊場に奉納して廻る行脚僧のことである。その廻国巡礼の証とされる石塔「廻国供養塔」
解説して頂いても理解できない。
そんな行脚がブームになった時代があるのですか?
四国巡礼みたいなものですか?
石積みが続く深野だんだん田を上っていく。有名な石積みですよね。
谷川に矢下川が合流したあたりで矢下川の道を上っていく。地形図を見ると谷川と矢下川は合流せずに別々に櫛田川に合流していますが?
社会科に疎いグーが顔を出す場面ではないけど、シューさんにも手におえないかと。
グー(伊勢山上住人)
Re: 【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔
おはようございます、グーさん。
スノー衆、都合がつかなかったのですね。
次男・三男夫婦が来ることになって・・土曜日開催の目論見が外れました。
【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔
何ともレスの付けにくいレポですね。
まあ、そう言わずお付き合いください。
グーさんの地元はお宝満載ですよ。
六十六部とは、六部ともいわれ、法華経を書写し、それを日本全国六十六州の神社仏閣の霊場に奉納して廻る行脚僧のことである。
その廻国巡礼の証とされる石塔「廻国供養塔」
解説して頂いても理解できない。
そんな行脚がブームになった時代があるのですか?
四国巡礼みたいなものですか?
四国巡礼も廻国巡礼です。
今ブームの御朱印は、行脚僧が法華経を霊場に奉納したという証明書がルーツです。
今でも形を変えて残っているでしょ。
石積みが続く深野だんだん田を上っていく。
有名な石積みですよね。
写真は深野でも大石町のもので、このあたり一帯の石積みはどこもすごいです。
谷川に矢下川が合流したあたりで矢下川の道を上っていく。
地形図を見ると谷川と矢下川は合流せずに別々に櫛田川に合流していますが?
歩くとわかるのですが、奥殿と北谷の間で一部が合流してるんです。
社会科に疎いグーが顔を出す場面ではないけど、シューさんにも手におえないかと。
こういう反応がありがたいのです。
文のどこを修正すればいいのかのヒントになります。
これからも、お付き合いお願いします。
スノー衆、都合がつかなかったのですね。
次男・三男夫婦が来ることになって・・土曜日開催の目論見が外れました。
【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔何ともレスの付けにくいレポですね。
まあ、そう言わずお付き合いください。
グーさんの地元はお宝満載ですよ。
六十六部とは、六部ともいわれ、法華経を書写し、それを日本全国六十六州の神社仏閣の霊場に奉納して廻る行脚僧のことである。その廻国巡礼の証とされる石塔「廻国供養塔」
解説して頂いても理解できない。
そんな行脚がブームになった時代があるのですか?
四国巡礼みたいなものですか?
四国巡礼も廻国巡礼です。
今ブームの御朱印は、行脚僧が法華経を霊場に奉納したという証明書がルーツです。
今でも形を変えて残っているでしょ。
石積みが続く深野だんだん田を上っていく。有名な石積みですよね。
写真は深野でも大石町のもので、このあたり一帯の石積みはどこもすごいです。
谷川に矢下川が合流したあたりで矢下川の道を上っていく。地形図を見ると谷川と矢下川は合流せずに別々に櫛田川に合流していますが?
歩くとわかるのですが、奥殿と北谷の間で一部が合流してるんです。
社会科に疎いグーが顔を出す場面ではないけど、シューさんにも手におえないかと。
こういう反応がありがたいのです。
文のどこを修正すればいいのかのヒントになります。
これからも、お付き合いお願いします。
【高見山地】白猪山坂内道と秋葉山
【日 付】2025年3月30日(日)
【山 域】高見山地
【コース】阪内P10:30---12:50白猪山---14:35秋葉山---14:55阪内P
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.514938/13 ... z0r0s0m0f1
夏明の石尊大権現の石灯籠横に石の道標があり「右 大いし、やおろし 左 石そん さか内」と書かれている。参拝者に向けての道標だが白猪山への道が阪内への山越えの道として使われていたようだ。山菜闇天で満たされた体で、阪内道の探索に出かけた。阪内の中川渡から木屋へ林道が分岐するあたりの県道スペースに駐車する。
田んぼ道を歩いていると如意輪観音が彫られた道標には「右 大石 石そん 柚のむら道」と書かれ、大石越の道であることがわかる。「柚のむら」は柚原の事だろう。立派な石垣の棚田が続いており、阪内の稲作はこの谷でまかなっていたのだろう。木屋は廃村になっており鶏舎跡や牛舎跡が点在している。すると突然蔵のある大きな屋敷が出てきた。北畠の時代には阪内御所と大石御所を結ぶ道として使われ、その後も集落と集落をむすぶ峠路として使われてきた証だ。
地図にある巨大堰堤を越え深山国有林に入っていく。林道下には昔の石垣道が見える、登山口より山道に入る。尾根の取りつきには両側が石積みで守られた道があり多くの人が利用した道だと感じさせる。杣道を進むと千年杉が出てきた。樹齢数百年の杉で多くの人の営みを見てきた。この先の谷筋で破線道は崩れ右を巻くように道はつけられており、上り切った所に夫婦杉が立っていた。植林の木と比べるとその大きさは圧倒的だ。
登山道に合流し狼煙場山(790m)に行く。狼煙場に使われていたような岩が三角点を囲むように集まっていた。このあたり一帯が御所平で、北畠の時代には本拠地の多気御所への狼煙場だったと言われている。少し戻り白猪山東の尾根ルートを下る。テープがつけられた道で一本杉を経由して大石不動方面に下っていく。ツヅラ又山(646m)手前で北に伸びる破線道でP536を目指す。途中の林道は5mの深い切通しになっており、気を使いながら尾根に復帰した。破線道には昔の溝道や九十九折の痕跡が残っている。
破線道が東に方向を変えた所で178標高点に続く細い尾根に乗る。やせ尾根になっている所もあるが植林の中に見印の大木が現れ道は続いている。すると幹線杣道の終点に出た。杣道は尾根に沿っては進み、末端で二俣に下って秋葉山につながる林道に出た。林道付近には棚田の石垣や猪垣があった。
石の鳥居の背後の山が秋葉山で、荒れた参拝道を上ると山頂の大岩が見えてきた。大岩には秋葉権現の祠が堀坂山に向かって祀られており、大岩の下には不動明王、祠に収められた役行者と石の祠がある。浅間祭で使われた竹の弊が何本も残っており、阪内の浅間祭はここでしている。帰りに地元の方に確認したので間違いない。秋葉権現は、山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神になる。浅間信仰に基づく富士参詣の折に、浜松市天竜区の本宮秋葉神社に立ち寄ることが多かったことから浅間信仰の対象とされている。伊勢寺地区の浅間祭りは堀坂山の麓の里の富士で行われていた。祠には秋葉三尺坊大権現が祀られており、堀坂祭事の前週に富士浅間神事を開催していた。阪内の秋葉権現もこの流れと同じなのだろう。
白猪山越えの道は阪内と大石をつなぐ生活道として使われていたことが確認できた。そして、下山に使った道は秋葉山から石尊権現につながる参拝道のような気がする。修験道が根強かった地域だけに十分に考えられる事のように思う。
【山 域】高見山地
【コース】阪内P10:30---12:50白猪山---14:35秋葉山---14:55阪内P
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.514938/13 ... z0r0s0m0f1
夏明の石尊大権現の石灯籠横に石の道標があり「右 大いし、やおろし 左 石そん さか内」と書かれている。参拝者に向けての道標だが白猪山への道が阪内への山越えの道として使われていたようだ。山菜闇天で満たされた体で、阪内道の探索に出かけた。阪内の中川渡から木屋へ林道が分岐するあたりの県道スペースに駐車する。
田んぼ道を歩いていると如意輪観音が彫られた道標には「右 大石 石そん 柚のむら道」と書かれ、大石越の道であることがわかる。「柚のむら」は柚原の事だろう。立派な石垣の棚田が続いており、阪内の稲作はこの谷でまかなっていたのだろう。木屋は廃村になっており鶏舎跡や牛舎跡が点在している。すると突然蔵のある大きな屋敷が出てきた。北畠の時代には阪内御所と大石御所を結ぶ道として使われ、その後も集落と集落をむすぶ峠路として使われてきた証だ。
地図にある巨大堰堤を越え深山国有林に入っていく。林道下には昔の石垣道が見える、登山口より山道に入る。尾根の取りつきには両側が石積みで守られた道があり多くの人が利用した道だと感じさせる。杣道を進むと千年杉が出てきた。樹齢数百年の杉で多くの人の営みを見てきた。この先の谷筋で破線道は崩れ右を巻くように道はつけられており、上り切った所に夫婦杉が立っていた。植林の木と比べるとその大きさは圧倒的だ。
登山道に合流し狼煙場山(790m)に行く。狼煙場に使われていたような岩が三角点を囲むように集まっていた。このあたり一帯が御所平で、北畠の時代には本拠地の多気御所への狼煙場だったと言われている。少し戻り白猪山東の尾根ルートを下る。テープがつけられた道で一本杉を経由して大石不動方面に下っていく。ツヅラ又山(646m)手前で北に伸びる破線道でP536を目指す。途中の林道は5mの深い切通しになっており、気を使いながら尾根に復帰した。破線道には昔の溝道や九十九折の痕跡が残っている。
破線道が東に方向を変えた所で178標高点に続く細い尾根に乗る。やせ尾根になっている所もあるが植林の中に見印の大木が現れ道は続いている。すると幹線杣道の終点に出た。杣道は尾根に沿っては進み、末端で二俣に下って秋葉山につながる林道に出た。林道付近には棚田の石垣や猪垣があった。
石の鳥居の背後の山が秋葉山で、荒れた参拝道を上ると山頂の大岩が見えてきた。大岩には秋葉権現の祠が堀坂山に向かって祀られており、大岩の下には不動明王、祠に収められた役行者と石の祠がある。浅間祭で使われた竹の弊が何本も残っており、阪内の浅間祭はここでしている。帰りに地元の方に確認したので間違いない。秋葉権現は、山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神になる。浅間信仰に基づく富士参詣の折に、浜松市天竜区の本宮秋葉神社に立ち寄ることが多かったことから浅間信仰の対象とされている。伊勢寺地区の浅間祭りは堀坂山の麓の里の富士で行われていた。祠には秋葉三尺坊大権現が祀られており、堀坂祭事の前週に富士浅間神事を開催していた。阪内の秋葉権現もこの流れと同じなのだろう。
白猪山越えの道は阪内と大石をつなぐ生活道として使われていたことが確認できた。そして、下山に使った道は秋葉山から石尊権現につながる参拝道のような気がする。修験道が根強かった地域だけに十分に考えられる事のように思う。
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グー(伊勢山上住人)
- 記事: 2412
- 登録日時: 2011年2月20日(日) 10:10
- 連絡する:
Re: 【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔
わりばしさん、こんばんは。
闇天ご参加、ありがとうございました。
【高見山地】白猪山坂内道と秋葉山そう!こうゆうレポは独立トピックじゃなく、関連吊り下げがいいです。
準地元のグーとしてはレスを付けようかな。
登山口より山道に入る。尾根の取りつきには両側が石積みで守られた道があり大昔に歩いたことがあるけど、すっかり忘却の彼方です。
破線道は谷沿いに付いているけど「尾根の取りつき」はドコなのか?
千年杉。夫婦杉。「見た」という記憶はなんとなくあるが・・・・?
狼煙場山(790m)に行く。岩が三角点を囲むようにグーの見ている地形図に「三角点」が見つからない。
ツヅラ又山(646m)手前で北に伸びる破線道でP536を目指す。はい。ちゃんと辿れます。
破線道が東に方向を変えた所で178標高点に続く細い尾根に乗る。・178を探しましたがな。見つかりました。
石の鳥居の背後の山が秋葉山で、これは地形図を見ていても分からない。
荒れた参拝道を上ると山頂の大岩が見えてきた。けったいな実線が引いてある尾根上の建物記号が「秋葉権現の祠」なのだろうな?
「尾根上」であって、とても「山頂」には見えないけど。
下山に使った道は秋葉山から石尊権現につながる参拝道のような気がする。「秋葉山から石尊権現につながる参拝道」だったら「秋葉山」のある尾根を・536に登った方が合理的だと思うけど。
グー(伊勢山上住人)
Re: 【高見山地】白猪山石尊大権現と六部供養塔
おはようございます、グーさん。
闇天の手配ありがとうございました。
おなかいっぱいでこの日はお昼は食べませんでした。
和歌山の地酒「紀土」は初めて聞きましたが、おいしかったです。
【高見山地】白猪山坂内道と秋葉山
そう!こうゆうレポは独立トピックじゃなく、関連吊り下げがいいです。
準地元のグーとしてはレスを付けようかな。
次回も吊り下げでいくつもりです。
よろしくお願いします。
登山口より山道に入る。尾根の取りつきには両側が石積みで守られた道があり
大昔に歩いたことがあるけど、すっかり忘却の彼方です。
破線道は谷沿いに付いているけど「尾根の取りつき」はドコなのか?
堰堤をすぎて谷を登り始めたあたりです。
千年杉。夫婦杉。
「見た」という記憶はなんとなくあるが・・・・?
周りが植林なのでパットしませんが、周囲を伐採すれば見栄えすると思います。
狼煙場山(790m)に行く。岩が三角点を囲むように
グーの見ている地形図に「三角点」が見つからない。
三角点は無いですね。合流点の右側のピークです。
ツヅラ又山(646m)手前で北に伸びる破線道でP536を目指す。
はい。ちゃんと辿れます。
ここはちゃんとした東の尾根ルートという登山道です。
破線道が東に方向を変えた所で178標高点に続く細い尾根に乗る。
・178を探しましたがな。見つかりました。
苦労したでしょ。
細い尾根なのでどう表現していいものかと・・思案しました。
石の鳥居の背後の山が秋葉山で、
これは地形図を見ていても分からない。
ゲジゲジの破線道の所です。
荒れた参拝道を上ると山頂の大岩が見えてきた。
けったいな実線が引いてある尾根上の建物記号が「秋葉権現の祠」なのだろうな?
「尾根上」であって、とても「山頂」には見えないけど。
尾根上なんですが、大きな磐座があって山頂ぽいんです。
展望もありますし、いい所ですよ。
下山に使った道は秋葉山から石尊権現につながる参拝道のような気がする。
「秋葉山から石尊権現につながる参拝道」だったら「秋葉山」のある尾根を・536に登った方が合理的だと思うけど。
下った尾根より細くて急ですよね。
それもあって幹線杣道を隣の尾根につけたのかなと思います。
尾根上の杣道で昔からの道を転用した感じです。
闇天の手配ありがとうございました。
おなかいっぱいでこの日はお昼は食べませんでした。
和歌山の地酒「紀土」は初めて聞きましたが、おいしかったです。
【高見山地】白猪山坂内道と秋葉山そう!こうゆうレポは独立トピックじゃなく、関連吊り下げがいいです。
準地元のグーとしてはレスを付けようかな。
次回も吊り下げでいくつもりです。
よろしくお願いします。
登山口より山道に入る。尾根の取りつきには両側が石積みで守られた道があり大昔に歩いたことがあるけど、すっかり忘却の彼方です。
破線道は谷沿いに付いているけど「尾根の取りつき」はドコなのか?
堰堤をすぎて谷を登り始めたあたりです。
千年杉。夫婦杉。「見た」という記憶はなんとなくあるが・・・・?
周りが植林なのでパットしませんが、周囲を伐採すれば見栄えすると思います。
狼煙場山(790m)に行く。岩が三角点を囲むようにグーの見ている地形図に「三角点」が見つからない。
三角点は無いですね。合流点の右側のピークです。
ツヅラ又山(646m)手前で北に伸びる破線道でP536を目指す。はい。ちゃんと辿れます。
ここはちゃんとした東の尾根ルートという登山道です。
破線道が東に方向を変えた所で178標高点に続く細い尾根に乗る。・178を探しましたがな。見つかりました。
苦労したでしょ。
細い尾根なのでどう表現していいものかと・・思案しました。
石の鳥居の背後の山が秋葉山で、これは地形図を見ていても分からない。
ゲジゲジの破線道の所です。
荒れた参拝道を上ると山頂の大岩が見えてきた。けったいな実線が引いてある尾根上の建物記号が「秋葉権現の祠」なのだろうな?
「尾根上」であって、とても「山頂」には見えないけど。
尾根上なんですが、大きな磐座があって山頂ぽいんです。
展望もありますし、いい所ですよ。
下山に使った道は秋葉山から石尊権現につながる参拝道のような気がする。「秋葉山から石尊権現につながる参拝道」だったら「秋葉山」のある尾根を・536に登った方が合理的だと思うけど。
下った尾根より細くて急ですよね。
それもあって幹線杣道を隣の尾根につけたのかなと思います。
尾根上の杣道で昔からの道を転用した感じです。