【櫛田川流域】江戸時代の土木文化遺産「立梅用水」を辿る

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シュークリーム
記事: 2188
登録日時: 2012年2月26日(日) 17:35
お住まい: 三重県津市

【櫛田川流域】江戸時代の土木文化遺産「立梅用水」を辿る

投稿記事 by シュークリーム »

飯南町粥見の取水堰
飯南町粥見の取水堰
歩いた日から日数が経過していることもあり,このレポは書かずに置こうと思っていたのだが,櫛田川流域の旅を終えてやはり記録として残しておきたくなって書くことにした。

5月30日に和歌山別街道を多気町野中から飯南町粥見まで歩いた。途中,丹生大師がある丹生の里で立梅(たちばい)用水記念館(西村彦左衛門生家)に寄って,立梅用水を初めて知った。
西村彦左衛門生家(用水記念館)
西村彦左衛門生家(用水記念館)
江戸時代後期,丹生村は櫛田川よりも高い土地にあるため,長年水不足に苦しんでいた。丹生村の地主である西村彦左衛門はこの窮状を救うため,紀州和歌山藩に何度も用水路の建設を嘆願し,最初の嘆願から15年ののち,3年の難工事で1823年にようやく完成した。

この立梅用水は,今の飯南町粥見で櫛田川の水を取水し,28キロの用水路を建設,自然の勾配を利用して丹生まで送水したものである。立梅用水は200年間修復をしながら維持され,現在もなお立梅用水土地改良区が中心になって維持管理している。今回はこの立梅用水を取水口から丹生に至るまで,上流,中流,下流域に分けて歩いてみることにした。

【 日 付 】2024年6月5日(水)
【メンバー】単独
【 天 候 】晴れ
【 ルート】道の駅茶倉 8:10 --- 8:30 立梅用水取水口 --- 9:11 道の駅茶倉 ---🚕--- 9:30 多気町波多瀬 元丈の里 --- 10:19 岩清水 --- 11:00 薬草園 --- 11:23 駐車地 ---🚕--- 11:47 勢和図書館 --- 立梅用水散策 --- 13:17 駐車地 ---🚕--- 14:05 丹生大師 --- 14:50 素掘りトンネル --- 15:18 駐車地

道の駅茶倉に車を止め,茶倉橋を渡って取水口を見に行く。赤く塗られた立派な茶倉橋を渡ると,エバーグレイズ香肌峡というグランピング施設がある。この前までリバーサイド茶倉と呼ばれていた施設が,事業者が変わって今年3月にリニューアルオープンしたらしい。朝早いせいか,あるいはオープンしてから間がないせいか,人影は少ない。

取水堰はこの施設のすぐ横にある。取水口だけ確認しておく。江戸時代の取水堰はここから約150m下流にあり,現在の堰は大正時代に築かれたものらしい。再び茶倉橋を渡って道の駅に戻る。

車で波多瀬橋を渡って,多気町波多瀬の元丈の里という施設の駐車場に車を止めさせてもらう。烏岳の登山口にもなっている静かな山里である。車を降りると,すぐ脇を立梅用水が通っている。取水口から何キロほど下流になるのだろうか。幅,深さとも1mほどの水路のほぼ一杯に大量の水が流れている。子供はもちろん,大人でも落ちると流されてしまうような水量である。そのためか,人が落ちないようにずっとフェンスが設置してある。
用水上流部
用水上流部
用水に沿って上流側に歩いていく。用水管理のためだろう,用水脇にはずっと小道が通っている。中部電力の波多瀬発電所がある。立梅用水は農繁期には農業用水として使われるが,農閑期には全て水力発電に使われ,その金が用水の維持管理に使われているらしい。
薬草園
薬草園
帰り道で波多瀬の東側にある中山薬草樹公園に寄っていく。波多瀬は江戸中期に本草学の祖といわれた野呂元丈の生まれ故郷で,それを記念して薬草園が作られたらしい。今でも誰かが管理しているのであろう。一つ一つの薬草に名札がつけられて薬草園の程を成している。薬草園の隣には元丈の館という建物があったが,休館中らしく誰もいなかった。

車に乗り,多気町朝柄の勢和図書館近くの駐車場に車を止める。この辺りは旧勢和村の中心地だったようで,勢和小・中学校や図書館,駐在所などがある。丘の上に流れる立梅用水を上流側に歩いていく。水量は波多瀬の半分かそれ以下に減っている。途中で農業用水として取水されているのだろう。用水は自然の勾配を巧妙に利用して,町をぐるっと回り込むように通っている。江戸時代にどうやってこのような巧妙なルートを設計できたのだろうか。町をほぼ半周し,駐車地に戻った。
用水中流部
用水中流部
車で最後の目的地丹生に向かう。丹生大師の前にある「ふれあいの館」というところの駐車場に車を止め歩き始める。丹生集落には立梅用水沿いにアジサイが植えられ,アジサイ祭りが毎年開かれているらしい。このアジサイ祭りが次の週末の6月9日に開かれるそうで,地元の方がテントを立てたりして準備をしている。
きり通し
きり通し
立梅用水を記念しての行事のようで,集落の子供達への教育的意味もあるらしい。アジサイ祭りでは素掘りのトンネルを小さな舟で通り抜けるイベントもあるらしく,機会があればそれに乗って素掘りトンネルの内部を見学したいと思ったが,土日は忙しいので諦めることにした。
水銀鉱山の鉱口
水銀鉱山の鉱口
用水に沿って散策する。水量はさらに減って,流れは大人しくなっている。丹生は水銀の産地であり,水銀鉱山の坑道と立梅用水の素掘りトンネルとが交差する場所もあるらしい。水銀鉱山の坑道入り口を見てみたが,人一人が腹ばいでようやく勧めるような狭い坑道で,当時の劣悪な環境が想像された。
素掘りのトンネル
素掘りのトンネル
機械力が全くない江戸時代に,人力のみでトンネルを掘ることの困難さを考えさせられた。素掘りトンネルの手前で折り返し,駐車地に戻り,帰途に着いた。

人間,歩いていれば誰かにあるいは何かに遭遇する。自分はそんな出会いを求めて歩いているのかもしれない。立梅用水はそんな出会いの一つだった。三重県に住んでいながら地元のことをあまりにも知らないことに今更ながら気付かされた。今から200年も前に作られた用水路を今でも補修しながら大切に使っている。アジサイ祭りというイベントを使って地元の子供達に用水の歴史を教えている。そんな大切なことを知ることができた1日だった。

用水路の勾配は1000分の1から2000分の1だという。つまり1キロ先で0.5〜1.0m下がるような勾配を,自然の地形を利用しながら作り出している。江戸時代後期にどのようにしてそのようなルートを設定し,どのようにして掘ったのだろうか。素人の私には想像することが難しい。江戸時代の技術水準は今の私が想像するよりもずっと高かったのかもしれない。
                         @シュークリーム@
グー(伊勢山上住人)
記事: 2412
登録日時: 2011年2月20日(日) 10:10
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Re: 【櫛田川流域】江戸時代の土木文化遺産「立梅用水」を辿る

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20240629-21.jpg



シューさん、こんにちは。異常な暑さですね。
今季やっとグー部屋にもエアコンが付きました。
早々2晩続けて冷房をつけたまま寝ました。

わりばしさんは忙しいようでレスが付きませんね。

立梅(たちばい)用水記念館(西村彦左衛門生家)に寄って,立梅用水を初めて知った。

「立梅用水」の漢字は何度か見ています。が、読み方は分かりませんでした。
「たちばい」は地名なんでしょうかね? 次回読める自信はありません。
梅は立っているのが普通で寝ている梅は珍しいのに、
わざわざ「立梅」というのはナゼなんでしょう?
何らかのいわれがあるとは思いますが。

立梅用水は農繁期には農業用水として使われるが,農閑期には全て水力発電に使われ,その金が用水の維持管理に使われているらしい。

維持管理費用捻出になかなかいいアイディアですね。

元丈の館という建物があったが,休館中らしく誰もいなかった。

ここも看板を見ただけで行ったことがありません。
火水休館とHPに書いてありました。

多気町朝柄の勢和図書館近くの駐車場に車を止める。
水量は波多瀬の半分かそれ以下に減っている。途中で農業用水として取水されているのだろう。用水は自然の勾配を巧妙に利用して,町をぐるっと回り込むように通っている。江戸時代にどうやってこのような巧妙なルートを設計できたのだろうか。町をほぼ半周し,駐車地に戻った。


何となくグーも一度歩いてみようかと思ってきました。

車で最後の目的地丹生に向かう。丹生大師の前にある「ふれあいの館」

丹生大師には大昔に行ったことがあるような?ないような?

三重県に住んでいながら地元のことをあまりにも知らないことに今更ながら気付かされた。

すみません。グーも恥じるばかりです。

江戸時代後期にどのようにしてそのようなルートを設定し,どのようにして掘ったのだろうか。素人の私には想像することが難しい。江戸時代の技術水準は今の私が想像するよりもずっと高かったのかもしれない。

水を流してみれば、水は低い方に流れるからわかるけど、
水を流す前に勾配を何十キロも先まで設計できるなんてすごいです。

こう暑いと水遊びが快適だけど、明日は陸歩きです。


                 グー(伊勢山上住人)
シュークリーム
記事: 2188
登録日時: 2012年2月26日(日) 17:35
お住まい: 三重県津市

Re: 【櫛田川流域】江戸時代の土木文化遺産「立梅用水」を辿る

投稿記事 by シュークリーム »

西村彦左衛門銅像
西村彦左衛門銅像
シューさん、こんにちは。異常な暑さですね。
今季やっとグー部屋にもエアコンが付きました。
早々2晩続けて冷房をつけたまま寝ました。


グーさん,おはようございます。
お気遣いありがとうございます。
本当に毎日暑いですね。
去年までは自分の部屋にエアコンがなかったんですか。大変でしたね。
私もいい年なので,暑い時には無理せずにエアコンをつけて寝ています。ここ何日かはエアコンをつけっぱなしです。


わりばしさんは忙しいようでレスが付きませんね。

お気遣いなく。
立梅用水の紀行文は自分の中での一つのけじめとして書いておこうと思いました。
山でも里でも,歩いていると何かに突き当たります。それを深掘りしたいと思ったのが立梅用水で,歩いてみてこの江戸時代のかんがい用水のことをより深く知ることができました。
何より,単なる遺跡ではなくて200年後の現在まで脈々として受け継がれ,現役として使われている土木遺産として,大きな意味があると思いました。


「立梅用水」の漢字は何度か見ています。が、読み方は分かりませんでした。
「たちばい」は地名なんでしょうかね? 次回読める自信はありません。
梅は立っているのが普通で寝ている梅は珍しいのに、
わざわざ「立梅」というのはナゼなんでしょう?
何らかのいわれがあるとは思いますが。


私も最初,なぜ「たちばい」なのだろうかと不思議に思いました。訓音読みで,日本語としてはおかしな組み合わせです。
「りゅうばい」または「たちうめ」と読ませるのが普通だと思いますが。
ちなみに,「立梅」という名前は取水口が今の飯南町粥見字立梅にあって,その地名から由来しているようです。


維持管理費用捻出になかなかいいアイディアですね。

そうですね。
最初の契約は,大正9年に地元と三重共同電力会社の間で結ばれ,それを中部電力が引き継いだらしいです。
中部電力も粋なことをしますね。


ここも看板を見ただけで行ったことがありません。
火水休館とHPに書いてありました。


観光資源として開発したけど,あまり人が来なかったということなんでしょうけど。
薬草園だけでは魅力がないですね。


何となくグーも一度歩いてみようかと思ってきました。

はい,地元の素晴らしい遺産だと思います。是非行ってみてください。

丹生大師には大昔に行ったことがあるような?ないような?

このあたり美しい山里の風景ですね。
近長谷寺と一緒にどうぞ。


三重県に住んでいながら地元のことをあまりにも知らないことに今更ながら気付かされた。

すみません。グーも恥じるばかりです。


私も三重県に30年以上住んでいてほんとに地元のことをなにも知らないなと思いました。
歩いているとそんなことによく出会います。


水を流してみれば、水は低い方に流れるからわかるけど、
水を流す前に勾配を何十キロも先まで設計できるなんてすごいです。


ほんとにね。
江戸時代の技術水準,恐るべしです。


こう暑いと水遊びが快適だけど、明日は陸歩きです。

熱中症にならないようにお気をつけて。
                         @シュークリーム@
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