【台高】又口辻から古和谷索道駅、龍辻山周回。

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zipp
記事: 1165
登録日時: 2011年3月09日(水) 22:49

【台高】又口辻から古和谷索道駅、龍辻山周回。

投稿記事 by zipp »


 北山索道の古和谷駅は再訪したいところ、また尾鷲道の又口道の上部はまだ辿っていないので歩いてみたいところだった。
そんな折、kzoさんが、又口辻から尾鷲又口道を使って、北山索道古和谷駅へ昨年6月に入ってる記録を読んだ。
あの入る気にもなれないヤブ・スズタケをダニの多い夏場に漕いで行ったのかと驚いた。それともあの猛々しかったスズタケも随分後退したんだろうか?
 びぃ女史に行き先を告げるとその辺りは久しく行ってないので行くと云う。
ならば、ヤブと荒れた道を辿ることになろうからそのような服装装備をと告げた。

[attachment=7]DSCN3270_925.jpg[/attachment]
【 日 付 】2016年01月10日
【 山 域 】台高南部 尾鷲道
【メンバー】びぃ zipp
【 天 候 】晴天
【 ルート 】≪橡山林道ゲート~又口辻~古和谷駅~龍辻山≫
08:40 橡山林道ゲート前--- 09:10 「地蔵峠」登山口--- 09:45~09:55 又口辻 --- 10:35~10:50 古和谷(左俣)中間尾根乗越--- 11:00 県境稜線(古和谷左俣源流)--- 11:10~13:10 北山索道・古和谷駅(探索&ランチ)---13:40 古和谷中間尾根乗越--- 14:05~14:10 県境尾根co1210m(柳ノ谷右岸尾根合流点)--- 14:20~14:35 龍辻山(1260m)--- 15:15 追分地蔵--- 15:35 駐車地

 きょうは、PM2.5が流れまた薄曇りの予報で紀北に向かったが、どちらもいい方に外れて眺望も良くピーカンだ。
橡山林道から見る大台ケ原に雪はない。二ノ俣谷源流の男滝は、か細い水流を流している。
 橡山林道に入るのは、2012年来だから、なんと4年ぶり。
清五郎滝への降り道先に新しくできたゲート前に車を停めて、整備された林道を歩きだす。陽射しがあり暖かいと云えど、吹く風は冷たい。
以前、林道に累々とあった落石は取り除かれ整備されてはいたが、その後崩落したところも多いようで林道には再び落石がある。
「地蔵峠」から新たに補修された道を登る。ここを登るのは何年振りだろうか?このルートは、ほぼ下りオンリーにしか使ってなかったかも?とじんわり汗ばむ。
古和谷道分岐の標識には、正月飾りが取り付けられている。また以前繁茂していたスズタケのヤブが見事に消えてしまっていて驚いた。
よく道型を見ると、この標識のあるところは、木津へ抜ける古道は通らずに北側を巻いているのがわかった。
 又口辻で一本。リンゴを頂いて休憩。この辺りもスズタケのヤブは消えている。ただ又口道の入口は低木のヤブが被っている。

[attachment=6]08年又口辻_800.jpg[/attachment]
 入口のヤブを潜り抜けること少しでしっかりした道が現れた。スズタケの枯れた棹が残るもいたって快適な道である。枝谷が横切るところは、石積みが積まれている。又口辻から稜線(「新規組峠」)へ至る道の続きであることがよくわかる平坦な道だ。

[attachment=5]DSCN3261_925.jpg[/attachment]
県境稜線の1210mピーク東尾根から植林の中の道となるのだが、尾根を回り込むところの崩壊地が、唯一の難所か、そことてすぐ上を巻いて通過可能だ。
この渇水期にも関わらず、水場も2,3カ所確認できた。
 県境稜線1170mピーク南東尾根を乗り越すと、植林を抜け出て視界が広がり大ブナの森が現れる。7年前に県境から大きなブナのあるこの尾根を降りて又口道に繋げようとしたが、猛々しいスズタケのヤブで諦めたところだ。この一角だけ伐採を免れ大木が残っている。
ザックを降ろして休憩だ。
「あっ尾鷲道」とびぃちゃんが声をあげた。意味不明、尾鷲道(又口道)を歩いてるのに…。
この乗越を越えた後もさらにトラバースして道は続いたのだ。その道を指して木組峠以北の尾鷲道の佇まいに似ているためつひそう云っちゃったんだろう。
 地形図の破線道は、この乗越を越えて古和谷の急な枝谷に沿って降りているが間違いだ。
谷筋の両側にジグザグを切った道型も認められない。昔の人が破線道のような急な道は作らないし利用もしない。実際はさらにりっぱなトラバース道が続いてるのだ。
 大きなブナの樹間を通して南部大峰(出口峠とアゲグチ峠に挟まれた「龍ノ高塚」によってスカイラインの一部が遮られている)が見渡せる。南面して陽が当たり、大ブナといいここは実に気持ちの良いところだ。

[attachment=4]DSCN3274_925.jpg[/attachment]
 道を辿ると、県境稜線に乗ってしまった。正確に云うと道型は県境稜線に近づいて、道型を無視してすぐソコにある県境稜線に乗ってしまったのだ。
以前この稜線を歩いた時、このトラバース道には気づかなかった。スズタケが繁茂していたのはもちろんだが、又口道は県境稜線まで達せずに源流部に下りる道型が続いているのだ。
又口辻から北へ県境稜線「新木組峠」まで標高差50m、同様にこの道も県境稜線まで標高差50mなのである。大台ケ原牛石ヶ原へと、北山索道古和谷駅から重い聖武銅像を運んだ木馬道でもあるのだ。

 古和谷の源流の稜線のコルを少し登ると索道のワイヤと搬器が転がっている。
 ここから前回同様なだらかな谷筋を下って行く、はっきりした道型は無い。左岸の石積みの窯跡、右岸のトチノキの大木、ミズナラの大木を見て下っていくと、谷を挟んで両岸に石積みされた台地が広がる。右岸が北山索道の駅跡、左岸は宿舎跡だろうか。
背後から「かっこいい―」というハイテンションな声が…。?こんなの趣味の範疇ですたか?こんなに山を下って「オモロウナイ!」と云われるかもしれないと思ってた身には、そっと胸をなでおろす声でした(^^;。
 北山索道の遺構がこれほどまで朽ちつつも残っているのはここだけだろう。風折谷も残っているんじゃないかと思っていたけど、kzoさんの調査では残ってないようだ。
尾鷲道古和谷には、産業遺産ともいうべきトロッコのレールとインクラインが残っている。それよりも古くからあり、本来の尾鷲道又口道には、北山索道の駅跡と云う産業遺産が残っているのである。
 北山索道は、1918年着工(大正7年。東京女子大の創立、豊田紡織や松下の設立年だ)戦後の1950年代半ばまで稼働していたという。ちなみにこの尾鷲道は1915年に大台教会に寄進された。
左岸の飯場跡を探るも、戦後のものらしいものしか出てこない。大阪営林局のホーロー看板に伊勢乾物の「磯小町」及びカゴメのり佃煮ビンに食器類。
一通り見て回ったら、左岸の日当たりのよいところでシートを広げ、あわわを開けてランチだ。

[attachment=3]DSCN3307_925.jpg[/attachment]
 地形図を見ながら帰路を考えていた。
谷の右岸山腹を通り県境稜線に到達すれば、わたしの又口道のトレースは繋がる。そこから県境稜線を龍辻山まで登ろうか?
地形図の破線の又口道の谷筋にもう少し道型が残っててもいいようなものなのに無いのが不思議であるし、この部分だけ尾鷲道の緩やかな道ではないのが不思議だ。
100年前大台教会に寄進された尾鷲道の本来は、谷に降りずに県境稜線のピークの東山腹を巻いて谷の源流のコルに達していたのではないか?谷道は古和谷駅が開設されたからなのでは?疑問を抱いた。これらの疑問を解くには、トレースを繋げるだけでは解けそうもない。
 また来ればいいさと、来た谷筋を引き返す。それでも源流部で道型だと思えるところを辿って水平道に乗る。往路より若干標高の高い道だと思っていたけど、結局辿りついたところは、往路辿った乗越だった(^^;。

 見事にスズタケが衰退した尾根を少し登って県境稜線1170m。志摩半島の海岸線が良く見える。7年前この稜線を歩いた時は、歩く幅だけスズタケが刈られているだけだったのに、いまやその名残の枯棹さへ朽ちつつある。この稜線を北上する。
1210mピークを踏んで、尾鷲市街地を見ながら行くと左から柳ノ谷右岸尾根が合流するのが1210m。

[attachment=2]DSCN3333_925.jpg[/attachment]
 1886年(明治19年)に歩いた松浦武四郎翁は龍辻周辺の風景を以下のように記している。
『また此上なる山の南に回ること二丁斗にて樹木一面になし、ここより玉置はてなしと思ふ南に高山見ゆ。(~略~)南を望めば尾鷲より引本の向島、よく見えたり。その岳の東に回るや、錦浦より長島辺、また北に大台ふとん着てねたる姿見えたり。是を 竜峠と云、また竜辻とも云。此辺り笹多くして通り難きと。思ひの外よく刈分有て通行しやすし。此処則南大台の峰筋なり。上なる山は中ノ嶺と云なるべし。「丙戌前記」より』

 「樹木一面になし」というのが興味深い。いまもアセビとか僅かな樹木しかない。以前はスズタケで覆われていたろうが、いまこの時期は枯れたイワヒメワラビの茶色が目立つ斜面だ。この尾根の合流地点が竜辻で、樹木の少ない斜面をトラバースして、又口辻方面の稜線に続く道があったんじゃなかろうか。
それを裏付けるように、いま「竜辻」の看板のある1260mピークから稜線を又口辻方面へ向かうと、途中から稜線に窪んだ道跡が出てくるのだ。

[attachment=1]DSCN3348_925.jpg[/attachment]
 1260mピーク(ここでは「龍辻山」とした)で爽快な展望を見ながらコーヒーとケーキで一服。あとは又口辻で往路と合流し、「地蔵峠」。道の続いた稜線を2カ所分断した林道を回り込んで追分の地蔵さんに挨拶をする。
 『~略~、マブシ嶺。此処をヲチウチ越と云て大谷より紀州粉本え6里、今少々先にて竜ヶ辻越の追分の処にて出合ふ道なり。「丙戌前記」より』
 東川大谷からヲチウチ越(現雷峠だと思う)に登り、マブシ嶺西面山腹を通って南下し、現木組峠から、不動谷の二俣辺りに降りてこの追分。龍辻越えの道と合流する追分だ。粉本は相賀だが、直接的には木津に降りる道だ。
 追分からは、勢いを無くしつつもまだ元気なスズタケに埋もれた古道を辿り、古道を分断した林道に降りた。

 この山行、又口道がそれほど大きな崩壊もなく簡単に辿れるとは思ってもいなかった。そうしてその地形図の破線道が間違ってることを知ったのは、大きな収穫だった。
又口道は、十分辿れる道だと確信を持つことができた。スズタケのヤブが無くなったことが大きいのだが、それは古和谷道とて同じだ。

[attachment=0]DSCN3353_925.jpg[/attachment]
添付ファイル
ツガの大木下に祀られた追分のお地蔵さん。
ツガの大木下に祀られた追分のお地蔵さん。
樹間から見る大台ケ原。<br />布団をかぶっった寝姿。
樹間から見る大台ケ原。
布団をかぶっった寝姿。
尾根が合流する1210m稜線(龍辻)から望む尾鷲市街。<br />山腹は樹木が少ない。
尾根が合流する1210m稜線(龍辻)から望む尾鷲市街。
山腹は樹木が少ない。
北山索道古和谷駅跡。
北山索道古和谷駅跡。
奥は大峰、手前は柳ノ谷右岸の稜線だ。
奥は大峰、手前は柳ノ谷右岸の稜線だ。
又口道。枝谷が横切るところは石積みされている。洗い堰状だったのだろうか。
又口道。枝谷が横切るところは石積みされている。洗い堰状だったのだろうか。
2008年の又口辻。ヒノキの向こうから又口道がはじまっている。<br />スズタケは衰えつつあるがまだ繁茂している。
2008年の又口辻。ヒノキの向こうから又口道がはじまっている。
スズタケは衰えつつあるがまだ繁茂している。
県境稜線1170mピーク南東尾根の又口道乗っ越し。
県境稜線1170mピーク南東尾根の又口道乗っ越し。
   zipp
easy pace
記事: 38
登録日時: 2012年9月06日(木) 23:29

Re: 【台高】又口辻から古和谷索道駅、龍辻山周回。

投稿記事 by easy pace »


  zipさん、こんにちは。
   easy paceです。
   幾つか教えて下さい

zipp さんが書きました:北山索道の古和谷駅は再訪したいところ、また尾鷲道の又口道の上部はまだ辿っていないので歩いてみたいところだった。
   うらやましい。尾鷲道又口道は山賊小屋も古和谷駅も訪れて見たいです。
zipp さんが書きました:この尾根の合流地点が竜辻で、樹木の少ない斜面をトラバースして、又口辻方面の稜線に続く道があったんじゃなかろうか。
   賛成です。
   P 1260 mの西側は超急斜面で、又口辻から尾根筋を辿ると行き止まりかと感じます。
   委細谷に谷道があったそうですが、P 1260 mから真っ直ぐ下ったとは考え難いです。
   P 1260 mまでわざわざ登ってから左右に直角に曲がった下ったとも考え難いです。
   南側のP 1210 mの手前の鞍部から委細谷に下ったとする方があり得ると思います。
   または、南側のP 1210 mから柳ノ谷右岸の痩せ尾根で出口峠方向へ下ったのかも?
   いずれにしても、かなりの傾斜ではありますが。
zipp さんが書きました:道の続いた稜線を2カ所分断した林道を回り込んで追分の地蔵さんに挨拶をする。
   追分の地蔵さんの右には「でぐち」とかなんとか彫られているのでしたっけ。
   だとすると、龍辻越が、地蔵峠から又口辻を経て尾根筋を辿り、
   P 1260 mで直角に右に曲がって木組峠から西へ下ったと考えるより、
    1260 m周辺で左へ迂回して出口集落または出口峠に下ったとする方が
   妥当だと思いますが、どうでしょうか?

アバター
わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

Re: 【台高】又口辻から古和谷索道駅、龍辻山周回。

投稿記事 by わりばし »

おはようございます、zippさん。

 古和谷道分岐の標識には、正月飾りが取り付けられている。また以前繁茂していたスズタケのヤブが見事に消えてしまっていて驚いた。
よく道型を見ると、この標識のあるところは、木津へ抜ける古道は通らずに北側を巻いているのがわかった。
 又口辻で一本。リンゴを頂いて休憩。この辺りもスズタケのヤブは消えている。ただ又口道の入口は低木のヤブが被っている。

このあたりもスズタケのヤブが生え変わりで後退してるんですか。
08年又口辻_800.jpg
 入口のヤブを潜り抜けること少しでしっかりした道が現れた。スズタケの枯れた棹が残るもいたって快適な道である。枝谷が横切るところは、石積みが積まれている。又口辻から稜線(「新規組峠」)へ至る道の続きであることがよくわかる平坦な道だ。

北山架線の駅の関係で長く使われていた道ですね。

 道を辿ると、県境稜線に乗ってしまった。正確に云うと道型は県境稜線に近づいて、道型を無視してすぐソコにある県境稜線に乗ってしまったのだ。
以前この稜線を歩いた時、このトラバース道には気づかなかった。スズタケが繁茂していたのはもちろんだが、又口道は県境稜線まで達せずに源流部に下りる道型が続いているのだ。
又口辻から北へ県境稜線「新木組峠」まで標高差50m、同様にこの道も県境稜線まで標高差50mなのである。大台ケ原牛石ヶ原へと、北山索道古和谷駅から重い聖武銅像を運んだ木馬道でもあるのだ。

治田鉱山の古道も稜線に道をつけるのは稀です。
毎日使う道ですから、歩きやすく風雨に影響されにくい所がいいですよね。
そういや銅像運んだのもここでしたね。

 左岸の飯場跡を探るも、戦後のものらしいものしか出てこない。大阪営林局のホーロー看板に伊勢乾物の「磯小町」及びカゴメのり佃煮ビンに食器類。
一通り見て回ったら、左岸の日当たりのよいところでシートを広げ、あわわを開けてランチだ。

ここのでしたか。
日々の過酷な労働には塩分が欠かせなかったのかな?

 それを裏付けるように、いま「竜辻」の看板のある1260mピークから稜線を又口辻方面へ向かうと、途中から稜線に窪んだ道跡が出てくるのだ。

そうでしょうね。

 この山行、又口道がそれほど大きな崩壊もなく簡単に辿れるとは思ってもいなかった。そうしてその地形図の破線道が間違ってることを知ったのは、大きな収穫だった。
又口道は、十分辿れる道だと確信を持つことができた。スズタケのヤブが無くなったことが大きいのだが、それは古和谷道とて同じだ。

ヤブとの関連でしたか。
古和谷道を歩いていてなんでこれだけしっかりした道が廃道だったんだろうと思っていました。

                                                 わりばし

zipp
記事: 1165
登録日時: 2011年3月09日(水) 22:49

Re: 【台高】又口辻から古和谷索道駅、龍辻山周回。

投稿記事 by zipp »


 easy pace さん、こんばんは。

うらやましい。尾鷲道又口道は山賊小屋も古和谷駅も訪れて見たいです。
 わたしはまだ山賊小屋跡は訪れたことないんですよ。
ここは、古和谷道です。ずーっと今年まで、山賊小屋は古和谷左俣の二俣の左岸の飯場跡だと思ってましたから。
ここから、稜線の竜越え道までは未踏なんです。
 古和谷駅は、古和谷左俣の左俣の標高970m附近で、地理院の地形図の又口道破線上にあります。
又口道は、柳ノ谷を渡る吊橋がヤバくなってると思いますが、水量が少ない時は谷に降りて渡れます。その後は石積みのジグを切った明確な道ですが、一部イバラ付のヤブがありますが辿れるでしょう。県境を越えて古和谷方面へ向かう辺りからスズタケのヤブが酷かったのですが、今なら問題ないでしょう。

   委細谷に谷道があったそうですが、P 1260 mから真っ直ぐ下ったとは考え難いです。
   P 1260 mまでわざわざ登ってから左右に直角に曲がった下ったとも考え難いです。
   南側のP 1210 mの手前の鞍部から委細谷に下ったとする方があり得ると思います。
   または、南側のP 1210 mから柳ノ谷右岸の痩せ尾根で出口峠方向へ下ったのかも?

 この龍辻越えは、東ノ川出口と木津を結ぶ道で、武四郎翁が通った道です。
出口峠は、又口へそして尾鷲へ抜ける道ですから違うと思います。
出口から谷道を通って、柳(竜)ノ谷右岸尾根に登って(多分崩壊地の北側のコル)、1210mの尾根合流点から、山腹をトラバースして1260mの東尾根に合流したんだと思います。
 以前に出口峠から柳の谷右岸尾根を1210mに委細谷から登ってくる道型はないかと気を付けたんですが、確認はできなかったんですが、今もそれは変わりません。


    1260 m周辺で左へ迂回して出口集落または出口峠に下ったとする方が
   妥当だと思いますが、どうでしょうか?

 たぶん、尾根から山腹へと道があり、1210mの尾根合流点=龍辻なんだろうと思いますよ。
そして、ピークの1260mを「龍辻山」とするのも問題ないと思います。
・・・この山が、尾鷲市内で一番高い山になりますね。

[attachment=1]DSCN3327_800.jpg[/attachment]
[attachment=0]09年龍辻_800.jpg[/attachment]
添付ファイル
2009年の「龍辻」。
2009年の「龍辻」。
わたしのおもう龍辻(1,210m)。
わたしのおもう龍辻(1,210m)。
   zipp
zipp
記事: 1165
登録日時: 2011年3月09日(水) 22:49

Re: 【台高】又口辻から古和谷索道駅、龍辻山周回。

投稿記事 by zipp »


 わりばしさん、こんばんは。

このあたりもスズタケのヤブが生え変わりで後退してるんですか。
 ですね。
御池の鈴北あたりのヤブと同じくですね。
「地蔵峠」から「新木組峠」の道など、以前は人独り分の切り開きしか無かったもんです。だから又口道にも古和谷道にも入ろうという気は無かったですね。冬でもダニがいるし・・・。

北山架線の駅の関係で長く使われていた道ですね。
 と、云うか土井氏が寄贈した本来の尾鷲道です。
昨年、尾鷲道100年とかイベントがありましたが、古和谷道で違和感だらけでしたよ :shock: 又口道のことは一切触れてないしね。
この道の方が、古和谷道よりしっかり残っているよ。古和谷を辿るところは、北山索道古和谷駅の影響でわかりづらいかもしれないけど。

治田鉱山の古道も稜線に道をつけるのは稀です。
毎日使う道ですから、歩きやすく風雨に影響されにくい所がいいですよね。
そういや銅像運んだのもここでしたね。

 毎日使う道・・・ということでもないけど、尾鷲道は無駄にピークは踏まない道として付けられていると思う。

ここのでしたか。
日々の過酷な労働には塩分が欠かせなかったのかな?

 古和谷駅は稼働期間が長いですからね。戦後の1950年代以降の生活遺物しか認められなかったです。
それと違って、乾溜工場や大台ケ原トロッコの飯場跡からは戦前明治・大正期の生活遺物が残って面白いです。

ヤブとの関連でしたか。
古和谷道を歩いていてなんでこれだけしっかりした道が廃道だったんだろうと思っていました。

 古和谷左俣の二俣までは確実にトロッコ道だからしっかりしてるよね。
又口道は、それより古い基本木馬道だから、たぶんこの道を辿れば、わりばしさんの感動はそれ以上に増幅ビンビン!!でせう :roll:

[attachment=0]DSCN3292_640.jpg[/attachment]
添付ファイル
古和谷駅跡にこんな耐火煉瓦があった。<br />レンガはいっぱい残ってはいるけど、なんで耐火煉瓦が必要なのかは不明です。
古和谷駅跡にこんな耐火煉瓦があった。
レンガはいっぱい残ってはいるけど、なんで耐火煉瓦が必要なのかは不明です。
   zipp
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