【鈴鹿】大谷道を結ぶ 福岡野につづく道9
Posted: 2012年5月01日(火) 03:12
【日 付】2012年4月30日(月)
【山 域】鈴鹿
【コース】青川P7:30---10:00三神谷口---11:25念仏滝---13:00中尾---15:00青川P
【メンバー】単独
治田鉱山は藤原岳周辺の銀・銅山の総称で、治田四ヶ山のひとつ南河内山の絵図(1774年)が残っている。ここには、添水銀山(添水銀山道)桧谷鉱山(桧谷道)三鉱谷(与平治谷道・大谷道)が画かれている。これらの道は孫太尾根から桃木尾を通り精錬所のある福岡野まで続く牛道につながっている。前回の探索で念仏滝を巻く古道が発見できたので、今回は乳母懐につながる古道を探そうと考えた。
青川駐車場に着くと、何やら土砂が退けられた跡がある。駐車場上の岩の上部の土砂が二ヶ所崩れ落ちたており、いつもは流れていない岩肌から水が流れていた。堰堤工事の道を歩いていくと二つ目の新しい大堰堤が完成していたが、登山用の巻き道が無い。しかたがないので、少し下流から植林地のピンクテープを使い右岸を高巻き最後は土の斜面を岩をたよりに下りた。堰堤は谷を完璧にふさいでおり、これより上流の整備はしないようだ。ヤスミまでの林道の残骸とそれ以降の寸断された林道は放置され、登山道の整備も行わないような感じだ。
今日はやけに水量が多く渡渉のたびに難儀する。おまけに、長靴の穴をふさぐテープが古いままで水がしみてくるし・・冗談はよしこさんダゼー。
深く掘れた隧道跡をすぎ、三鉱谷に入って行く。ここも水量が多く、いつもと雰囲気が違う。三神谷口の窯跡で、変な動きをする生物が上から降ってきた。今年初めてのヒルだ、指で弾き飛ばして初献血を阻止。この後ももう一度遭遇した。さすがヒルのメッカ青川である。与平治谷を左手に見送り右岸の北西に延びる小尾根に取りつく。尾根といっても二万五千分の地図でもわずかなたるみにしか見えない。岩尾根を上って行くと、椿の木が多く尾根上も木も花盛りでいい気分だ。この尾根の550m地点には埋もれかけた坑口があり、古道の目印の古木も残されている。尾根からは前回は気づかなかった念仏滝が見える。水量が多いからだろう。
三鉱谷は両岸とも傾斜もあり厳しく、獣道も少ない。しかし、右岸の550mあたりは比較的に傾斜も緩く獣道も多く見られる。坑口の地点からトラバースにかかるとすぐにヘビ谷に突き当たる。上部は厳しいので、谷の下部まで一旦下り、そこから対岸の尾根にのる。木の根を頼りに上り、バンドを使いながらトラバースする。右手に広い斜面を見ながら再度尾根を上っていくとヘビ谷の源頭部に行きつく。ここから少し上り、バンドを使いトラバースすると古木のある広い場所に出る。この尾根を下ると念仏滝で、白いしぶきをあげている。
古木を追いながら尾根を進み、最後は左手の小谷から下りた。水量はあるのだが、滝口に下りると二段目の8m滝しか見えない。滝から見ると下りてきた右岸の尾根は下部が急な斜面になっており、上れそうには思えない。西尾氏も奥村氏も危険をおかして左岸から巻いている。尾根に上がってしまえば古木が道案内をしてくれて広い場所に戻る。
前回は、ここから古木に従い二股まで来て最後は尾根に追いやられた。古道にしては急すぎるので別のルートが残っていないかと今回は探索に来たのだ。古木を追って念仏滝を難なく巻き、谷に下りる。ここからは、二段の滝が見える。二段の滝の右岸に古木がある。古木を追っていくと尾根っぽくなってきた。岩尾根でしっかりしている。なおも古木が続き、上って行くと傾斜もゆるみ一休み。わずかに上ると中尾の県境から少し下った800mの広い場所に出た。
古地図と照らし合わせると、ここから蛇谷分岐の三鉱谷側の乳母懐に向けてトラバースしていったようだ。ここならば、道さえつければ高度を上げずにトラバースしていける。オノブ鉱山の鉱石や佐次兵衛鋪の鉱石は人の手でここまで運ばれてきて、ここから牛道で運ばれたように思う。牛道もP963の巻き道のようにトラバースする場所は残っていないが、中尾の800m地点から目と鼻の先の乳母懐までトラバースルートがあったという事は十分に考えられる。この広い場所は、人足が運んできた鉱石を牛の背に乗せる中継点とも考えられる。
今回の探索で、念仏滝を巻き岩尾根を使い中尾の800m地点まで続く古道がつながった。尾根道ゆえに残っていたが、江戸時代の古道がその軌跡を残していたことに感慨を覚えた。そして、いつもの中尾を下り帰路に着いた。
「福岡野につづく道8 大谷道を発見」
viewtopic.php?f=4&t=572
「福岡野につづく道4 佐次兵衛鋪 見つけたぞー」
http://www.ejanaika.com/patio/read.cgi? ... past&no=62
【山 域】鈴鹿
【コース】青川P7:30---10:00三神谷口---11:25念仏滝---13:00中尾---15:00青川P
【メンバー】単独
治田鉱山は藤原岳周辺の銀・銅山の総称で、治田四ヶ山のひとつ南河内山の絵図(1774年)が残っている。ここには、添水銀山(添水銀山道)桧谷鉱山(桧谷道)三鉱谷(与平治谷道・大谷道)が画かれている。これらの道は孫太尾根から桃木尾を通り精錬所のある福岡野まで続く牛道につながっている。前回の探索で念仏滝を巻く古道が発見できたので、今回は乳母懐につながる古道を探そうと考えた。
青川駐車場に着くと、何やら土砂が退けられた跡がある。駐車場上の岩の上部の土砂が二ヶ所崩れ落ちたており、いつもは流れていない岩肌から水が流れていた。堰堤工事の道を歩いていくと二つ目の新しい大堰堤が完成していたが、登山用の巻き道が無い。しかたがないので、少し下流から植林地のピンクテープを使い右岸を高巻き最後は土の斜面を岩をたよりに下りた。堰堤は谷を完璧にふさいでおり、これより上流の整備はしないようだ。ヤスミまでの林道の残骸とそれ以降の寸断された林道は放置され、登山道の整備も行わないような感じだ。
今日はやけに水量が多く渡渉のたびに難儀する。おまけに、長靴の穴をふさぐテープが古いままで水がしみてくるし・・冗談はよしこさんダゼー。
深く掘れた隧道跡をすぎ、三鉱谷に入って行く。ここも水量が多く、いつもと雰囲気が違う。三神谷口の窯跡で、変な動きをする生物が上から降ってきた。今年初めてのヒルだ、指で弾き飛ばして初献血を阻止。この後ももう一度遭遇した。さすがヒルのメッカ青川である。与平治谷を左手に見送り右岸の北西に延びる小尾根に取りつく。尾根といっても二万五千分の地図でもわずかなたるみにしか見えない。岩尾根を上って行くと、椿の木が多く尾根上も木も花盛りでいい気分だ。この尾根の550m地点には埋もれかけた坑口があり、古道の目印の古木も残されている。尾根からは前回は気づかなかった念仏滝が見える。水量が多いからだろう。
三鉱谷は両岸とも傾斜もあり厳しく、獣道も少ない。しかし、右岸の550mあたりは比較的に傾斜も緩く獣道も多く見られる。坑口の地点からトラバースにかかるとすぐにヘビ谷に突き当たる。上部は厳しいので、谷の下部まで一旦下り、そこから対岸の尾根にのる。木の根を頼りに上り、バンドを使いながらトラバースする。右手に広い斜面を見ながら再度尾根を上っていくとヘビ谷の源頭部に行きつく。ここから少し上り、バンドを使いトラバースすると古木のある広い場所に出る。この尾根を下ると念仏滝で、白いしぶきをあげている。
古木を追いながら尾根を進み、最後は左手の小谷から下りた。水量はあるのだが、滝口に下りると二段目の8m滝しか見えない。滝から見ると下りてきた右岸の尾根は下部が急な斜面になっており、上れそうには思えない。西尾氏も奥村氏も危険をおかして左岸から巻いている。尾根に上がってしまえば古木が道案内をしてくれて広い場所に戻る。
前回は、ここから古木に従い二股まで来て最後は尾根に追いやられた。古道にしては急すぎるので別のルートが残っていないかと今回は探索に来たのだ。古木を追って念仏滝を難なく巻き、谷に下りる。ここからは、二段の滝が見える。二段の滝の右岸に古木がある。古木を追っていくと尾根っぽくなってきた。岩尾根でしっかりしている。なおも古木が続き、上って行くと傾斜もゆるみ一休み。わずかに上ると中尾の県境から少し下った800mの広い場所に出た。
古地図と照らし合わせると、ここから蛇谷分岐の三鉱谷側の乳母懐に向けてトラバースしていったようだ。ここならば、道さえつければ高度を上げずにトラバースしていける。オノブ鉱山の鉱石や佐次兵衛鋪の鉱石は人の手でここまで運ばれてきて、ここから牛道で運ばれたように思う。牛道もP963の巻き道のようにトラバースする場所は残っていないが、中尾の800m地点から目と鼻の先の乳母懐までトラバースルートがあったという事は十分に考えられる。この広い場所は、人足が運んできた鉱石を牛の背に乗せる中継点とも考えられる。
今回の探索で、念仏滝を巻き岩尾根を使い中尾の800m地点まで続く古道がつながった。尾根道ゆえに残っていたが、江戸時代の古道がその軌跡を残していたことに感慨を覚えた。そして、いつもの中尾を下り帰路に着いた。
「福岡野につづく道8 大谷道を発見」
viewtopic.php?f=4&t=572
「福岡野につづく道4 佐次兵衛鋪 見つけたぞー」
http://www.ejanaika.com/patio/read.cgi? ... past&no=62