【両白山地】笈ヶ岳(1841.4m)-登山道がない残雪期に登る秘境の峰
Posted: 2012年4月17日(火) 20:21
【日 付】 2012年4月14~15日(土・日)
【天 候】 14日小雨後曇り後晴れ 15日晴れ
【山 域】 両白山地
【メンバー】 N野、A房、T野、kitayama-walk
【コース】 14日:900一里野温泉スキー場-925中宮発電所-1010貯水池-1145カンタの山-1245山毛欅尾山1315
1405P1271-1445P1312-1515P1418-1525幕営地
15日:500幕営地-600冬瓜山-640シリタカ山-700P1640-740岩底谷の頭(県境稜線)-810小笈-
825笈ヶ岳845-850小笈-940P1640-1040冬瓜平-1110幕営地1200-1210P1418-1230P1312
1305P1271-1420山毛欅尾山-1450カンタの山-1535貯水池-1555中宮発電所-1625一里野温
泉スキー場
山好きの人なら笈ヶ岳(おいずるがたけ)の名前を一度は聞いたことがあると思います。白山の北方、石川・富山・岐阜の
県境に位置する標高1841.4mの名峰です。この山が山好きの人に知られるのは、日本二百名山の中でも唯一登山道がな
い山(つまりヤブ山)であり、残雪期にしか登ることができず(厳冬期は雪が深くて登山不能)、しかも歩き距離が長く、登山
困難な山と言われているからです。
深田久弥の日本百名山の「後記」には、「北陸では白山山脈の笈ヶ岳か大笠山を是非入れるつもりであった。これは私の
ふるさとの山としての身贔屓ばかりではなく、こんな隠れた立派な山があることを世に吹聴したかった。しかしまだ登頂の機
会を得ないので遺憾にも割愛した。」と書かれています(昭和39年5月)。
いくつかの登山ルートがあるようですが、最もポピュラーなのは中宮から山毛欅尾山経由の尾根ルートです。最近は中宮
温泉からジライ谷とシリタカ谷の間の尾根を急登する日帰りコース(自然保護センター駐車場から出発)もあるようですが、
往復11~12時間以上かかるという超ハードコースになっています。しかし、この時期はまだ白山スーパー林道が中宮温泉
まで開通していないので(ゲートから自然保護センターまで徒歩1時間ほどかかる)、ジライ谷とシリタカ谷の間の尾根コース
は無理と判断し、それならテント泊とし、山毛欅尾山経由の尾根コースを選択することにしました。
<長くなるので初日の行動は割愛します-初日は、冬瓜(かもうり)山と冬瓜平との分岐点付近に幕営しました>
3:30ちょうどに起床。外はまだ暗い。ゆっくりと朝食を摂り、身支度を整えて、5:00ちょうどに出発です。
まずは冬瓜山(1627.9m)に登っていきます。早朝で冷え込んでいるので最初からアイゼンを装着して歩くと、雪面に爪が
食い込んで軽快に登っていくことができます。すぐに右手に白山の高峰群が白い雪をかぶって姿を現します。そして、遠くか
ら太陽の光を浴びて、白い山が輝いてきます。神々しい白山の姿を目の前にすることができて感動します。
どんどん登っていくと、雪のついていない急登の斜面にやってきました。冬瓜山直下の急登としてネットで紹介されている
箇所です。ここにはロープが設置してありますが、木の根や枝をつかんで強引によじり登っていきます。ここはさほど難なく
通過することができました。次にやってきたのは冬瓜山手前にあるナイフリッジです。ここもネットで写真が紹介されていま
すが、今日の光景はそれとは違っていました。左右が切れ落ちている岩尾根の上に雪がてんこ盛りになっていて、本当に
馬の背のようになっています。この背から滑落したらお陀仏なので正直ビビりました。足が竦みました。二本足で歩くことが
できず、馬の背に跨がるように四つん這いになって、アイゼンで一足一足雪面に蹴り込み、ピッケルを深く突き刺しながら、
ようやく通過することができます。距離にすると20mほどの短いものですが、本当に怖かったです。
ナイフリッジを越えると、冬瓜山の山頂に着いて一安心です。前方には、笈ヶ岳と大笠山が並んで大きく聳え立っています。
ピラミダルな笈ヶ岳とどっしりとした大笠山は対照的です。ここからは一旦下りとなり、鞍部から再び登り返しとなります。比較
的緩やかな登りになっていますが、右側に大きな雪庇になっているところがあるので踏み抜かないように注意を要します。次
第に高みに上がっていくと、シリタカ山(1699m)の頂上に着きました。ここは笈ヶ岳と大笠山の展望台になっており、また振り
返ると白山も雄姿を見せており、その間には籾糠山、猿ヶ馬場山、三方岩岳、野谷荘司山、妙法山、三方崩山、奥三方岳、
間名古の頭などの加越山地の山々がぐるりと丸見えになっています(すごい!)。
シリタカ山からは、笈ヶ岳に向かう稜線を見渡すことができますが、まだ結構距離があります。しかも、一旦下ってからの県境
稜線への登り返しが待っていますので、まだまだ頑張らないといけません。まずはP1640までゆっくりと下り、そこから鞍部に急
降下していきます。先行するトレースがなく、ツボ足で膝下くらいの沈み込みなので、まだ快適に歩くことができます。鞍部からは
右に雪庇が出ているので注意しながら登っていきますが、県境稜線の手前で少し左に巻くようにして稜線上の岩底(かまそこ)
谷の頭に出てきます。県境稜線上は幅広になっていますが、最初は岐阜県寄りに雪庇に注意しながら小笈を向かって登ってい
きます。白い雪に覆われた小笈が青い空をバックにきれいです。小笈を越えてもう一度小さく下り、緩やかに登り返すと、ようやく
笈ヶ岳の山頂に到着しました(8:25)。幕営地を出発してから約3時間半かかりましたが、バージンスノーの雪面にトレースを残し
ながら、ガシガシと歩みを刻んでいくことはひとつの快感です。今日は昨日と打って変わって、快晴の下、冷え込んで雪面が適度
に固まっていて、しかもトレースのないバージンスノー、眺望も抜群でいうことはありません。こんなコンディションの下で秘境の峰
笈ヶ岳に登山することができ、山の神様に感謝です。
笈ヶ岳の山頂付近だけは雪が少なくヤブが出ていましたが、山頂には平成10年地元の山岳会が設置した木製の標柱と小さな
石柱がありました。三角点は雪の下に埋まっていたと思いますが、もう少し探せば掘り出せたかも知れません。それから小さな祠
があり、中に地蔵が祀られていました。深田久弥の前述書には「明治38年(1905年)の夏、参謀本部陸地測量部員が、土地の人
7人を山案内として連れ、三角点を設けるため笈岳に登った。すると前人未踏と思われていたその頂上に、経筒2個、和鏡、太刀、
黄金仏、木仏、やじり、法螺貝などを発見した。」と紹介されています。木村大作監督の映画「剱岳点の記」で有名になった明治の
測量官柴崎芳太郎も陸軍参謀本部陸地測量部に属しており、明治40年(1907年)7月13日困難に打ち勝って前人未踏と信じられ
ていた剱岳の登頂に成功しますが、山頂で錫杖頭と鉄剣を発見したことを思い浮かべました。笈ヶ岳で発見された経筒のひとつに
は「武州大田庄、光福寺住僧実栄、奉納大乗妙典六十六内一部」と刻んであり、永正15年(1518年)の年号が入っていたと言いま
すので、古来から笈ヶ岳は白山遙拝の山であったことが窺えます。
さて、名残惜しいのですが、あまり時間がないので20分ほどの滞在時間で下山することにしました。P1640まではピストンですが、
シリタカ山から先にある、あのナイフリッジの通過はもうごめんなので、P1640からシリタカ山の北側の斜面をトラバースしながら下り、
冬瓜平経由で幕営地に戻ることにしました。この斜面はかなり急になっていて、どんどんと下っていきます。途中で何か所かデブリの
跡がありましたが、特に問題はありません。冬瓜平に近づくにつれてブナの林が目立つようになり、その中にはダケカンバの樹も混じ
っています。一旦鞍部に下ると登り返して行きます。やがて右手にブナの林立する平坦なところがありましたが、ここが冬瓜平と呼ば
れる幕営適地とされるところと思われます。さらにトラバース気味に登っていくと幕営地に戻ってきました(11:15)。笈ヶ岳までの往復
に6時間ほどかかったことになります。
幕営地に戻ってきて昼食を摂り、テントを撤収して帰り支度をします。正午ちょうどに出発です。今日はまだまだ天気がよく暑いので
半袖のTシャツ1枚でも歩くことができるほどです。しかし、今日は朝食も昼食もあまり食べなかったことからシャリバテ気味になってし
まい、重いザックを担いでの下山も苦しい。山毛欅尾山まではアップダウンを繰り返す尾根ですが、P1271から山毛欅尾山までが長く
感じられました。山毛欅尾山からはもう下りのみなので、雪に足を取られて何回か転倒しながらも、どんどんと下っていきました。今日
の下りでは、単独行男性2人と6人グループに出会いましたが、いずれも中宮発電所からやってきたようでした。貯水池から中宮発電
所までの長い階段の下りは疲れましたが、16:25にようやく無事に一里野温泉スキー場まで戻ってくることができました。
【天 候】 14日小雨後曇り後晴れ 15日晴れ
【山 域】 両白山地
【メンバー】 N野、A房、T野、kitayama-walk
【コース】 14日:900一里野温泉スキー場-925中宮発電所-1010貯水池-1145カンタの山-1245山毛欅尾山1315
1405P1271-1445P1312-1515P1418-1525幕営地
15日:500幕営地-600冬瓜山-640シリタカ山-700P1640-740岩底谷の頭(県境稜線)-810小笈-
825笈ヶ岳845-850小笈-940P1640-1040冬瓜平-1110幕営地1200-1210P1418-1230P1312
1305P1271-1420山毛欅尾山-1450カンタの山-1535貯水池-1555中宮発電所-1625一里野温
泉スキー場
山好きの人なら笈ヶ岳(おいずるがたけ)の名前を一度は聞いたことがあると思います。白山の北方、石川・富山・岐阜の
県境に位置する標高1841.4mの名峰です。この山が山好きの人に知られるのは、日本二百名山の中でも唯一登山道がな
い山(つまりヤブ山)であり、残雪期にしか登ることができず(厳冬期は雪が深くて登山不能)、しかも歩き距離が長く、登山
困難な山と言われているからです。
深田久弥の日本百名山の「後記」には、「北陸では白山山脈の笈ヶ岳か大笠山を是非入れるつもりであった。これは私の
ふるさとの山としての身贔屓ばかりではなく、こんな隠れた立派な山があることを世に吹聴したかった。しかしまだ登頂の機
会を得ないので遺憾にも割愛した。」と書かれています(昭和39年5月)。
いくつかの登山ルートがあるようですが、最もポピュラーなのは中宮から山毛欅尾山経由の尾根ルートです。最近は中宮
温泉からジライ谷とシリタカ谷の間の尾根を急登する日帰りコース(自然保護センター駐車場から出発)もあるようですが、
往復11~12時間以上かかるという超ハードコースになっています。しかし、この時期はまだ白山スーパー林道が中宮温泉
まで開通していないので(ゲートから自然保護センターまで徒歩1時間ほどかかる)、ジライ谷とシリタカ谷の間の尾根コース
は無理と判断し、それならテント泊とし、山毛欅尾山経由の尾根コースを選択することにしました。
<長くなるので初日の行動は割愛します-初日は、冬瓜(かもうり)山と冬瓜平との分岐点付近に幕営しました>
3:30ちょうどに起床。外はまだ暗い。ゆっくりと朝食を摂り、身支度を整えて、5:00ちょうどに出発です。
まずは冬瓜山(1627.9m)に登っていきます。早朝で冷え込んでいるので最初からアイゼンを装着して歩くと、雪面に爪が
食い込んで軽快に登っていくことができます。すぐに右手に白山の高峰群が白い雪をかぶって姿を現します。そして、遠くか
ら太陽の光を浴びて、白い山が輝いてきます。神々しい白山の姿を目の前にすることができて感動します。
どんどん登っていくと、雪のついていない急登の斜面にやってきました。冬瓜山直下の急登としてネットで紹介されている
箇所です。ここにはロープが設置してありますが、木の根や枝をつかんで強引によじり登っていきます。ここはさほど難なく
通過することができました。次にやってきたのは冬瓜山手前にあるナイフリッジです。ここもネットで写真が紹介されていま
すが、今日の光景はそれとは違っていました。左右が切れ落ちている岩尾根の上に雪がてんこ盛りになっていて、本当に
馬の背のようになっています。この背から滑落したらお陀仏なので正直ビビりました。足が竦みました。二本足で歩くことが
できず、馬の背に跨がるように四つん這いになって、アイゼンで一足一足雪面に蹴り込み、ピッケルを深く突き刺しながら、
ようやく通過することができます。距離にすると20mほどの短いものですが、本当に怖かったです。
ナイフリッジを越えると、冬瓜山の山頂に着いて一安心です。前方には、笈ヶ岳と大笠山が並んで大きく聳え立っています。
ピラミダルな笈ヶ岳とどっしりとした大笠山は対照的です。ここからは一旦下りとなり、鞍部から再び登り返しとなります。比較
的緩やかな登りになっていますが、右側に大きな雪庇になっているところがあるので踏み抜かないように注意を要します。次
第に高みに上がっていくと、シリタカ山(1699m)の頂上に着きました。ここは笈ヶ岳と大笠山の展望台になっており、また振り
返ると白山も雄姿を見せており、その間には籾糠山、猿ヶ馬場山、三方岩岳、野谷荘司山、妙法山、三方崩山、奥三方岳、
間名古の頭などの加越山地の山々がぐるりと丸見えになっています(すごい!)。
シリタカ山からは、笈ヶ岳に向かう稜線を見渡すことができますが、まだ結構距離があります。しかも、一旦下ってからの県境
稜線への登り返しが待っていますので、まだまだ頑張らないといけません。まずはP1640までゆっくりと下り、そこから鞍部に急
降下していきます。先行するトレースがなく、ツボ足で膝下くらいの沈み込みなので、まだ快適に歩くことができます。鞍部からは
右に雪庇が出ているので注意しながら登っていきますが、県境稜線の手前で少し左に巻くようにして稜線上の岩底(かまそこ)
谷の頭に出てきます。県境稜線上は幅広になっていますが、最初は岐阜県寄りに雪庇に注意しながら小笈を向かって登ってい
きます。白い雪に覆われた小笈が青い空をバックにきれいです。小笈を越えてもう一度小さく下り、緩やかに登り返すと、ようやく
笈ヶ岳の山頂に到着しました(8:25)。幕営地を出発してから約3時間半かかりましたが、バージンスノーの雪面にトレースを残し
ながら、ガシガシと歩みを刻んでいくことはひとつの快感です。今日は昨日と打って変わって、快晴の下、冷え込んで雪面が適度
に固まっていて、しかもトレースのないバージンスノー、眺望も抜群でいうことはありません。こんなコンディションの下で秘境の峰
笈ヶ岳に登山することができ、山の神様に感謝です。
笈ヶ岳の山頂付近だけは雪が少なくヤブが出ていましたが、山頂には平成10年地元の山岳会が設置した木製の標柱と小さな
石柱がありました。三角点は雪の下に埋まっていたと思いますが、もう少し探せば掘り出せたかも知れません。それから小さな祠
があり、中に地蔵が祀られていました。深田久弥の前述書には「明治38年(1905年)の夏、参謀本部陸地測量部員が、土地の人
7人を山案内として連れ、三角点を設けるため笈岳に登った。すると前人未踏と思われていたその頂上に、経筒2個、和鏡、太刀、
黄金仏、木仏、やじり、法螺貝などを発見した。」と紹介されています。木村大作監督の映画「剱岳点の記」で有名になった明治の
測量官柴崎芳太郎も陸軍参謀本部陸地測量部に属しており、明治40年(1907年)7月13日困難に打ち勝って前人未踏と信じられ
ていた剱岳の登頂に成功しますが、山頂で錫杖頭と鉄剣を発見したことを思い浮かべました。笈ヶ岳で発見された経筒のひとつに
は「武州大田庄、光福寺住僧実栄、奉納大乗妙典六十六内一部」と刻んであり、永正15年(1518年)の年号が入っていたと言いま
すので、古来から笈ヶ岳は白山遙拝の山であったことが窺えます。
さて、名残惜しいのですが、あまり時間がないので20分ほどの滞在時間で下山することにしました。P1640まではピストンですが、
シリタカ山から先にある、あのナイフリッジの通過はもうごめんなので、P1640からシリタカ山の北側の斜面をトラバースしながら下り、
冬瓜平経由で幕営地に戻ることにしました。この斜面はかなり急になっていて、どんどんと下っていきます。途中で何か所かデブリの
跡がありましたが、特に問題はありません。冬瓜平に近づくにつれてブナの林が目立つようになり、その中にはダケカンバの樹も混じ
っています。一旦鞍部に下ると登り返して行きます。やがて右手にブナの林立する平坦なところがありましたが、ここが冬瓜平と呼ば
れる幕営適地とされるところと思われます。さらにトラバース気味に登っていくと幕営地に戻ってきました(11:15)。笈ヶ岳までの往復
に6時間ほどかかったことになります。
幕営地に戻ってきて昼食を摂り、テントを撤収して帰り支度をします。正午ちょうどに出発です。今日はまだまだ天気がよく暑いので
半袖のTシャツ1枚でも歩くことができるほどです。しかし、今日は朝食も昼食もあまり食べなかったことからシャリバテ気味になってし
まい、重いザックを担いでの下山も苦しい。山毛欅尾山まではアップダウンを繰り返す尾根ですが、P1271から山毛欅尾山までが長く
感じられました。山毛欅尾山からはもう下りのみなので、雪に足を取られて何回か転倒しながらも、どんどんと下っていきました。今日
の下りでは、単独行男性2人と6人グループに出会いましたが、いずれも中宮発電所からやってきたようでした。貯水池から中宮発電
所までの長い階段の下りは疲れましたが、16:25にようやく無事に一里野温泉スキー場まで戻ってくることができました。
【日 付】 2012年4月14~15日(土・日)