ローラー作戦<木和田尾下部南~東斜面>
Posted: 2012年3月08日(木) 02:41
ローラー作戦<捜索3・木和田尾下部南~東斜面>
山域【鈴鹿】
2012年3月4日(日)
お天気・・・曇りのち雨
ルート・・・白瀬峠登山口(8:40)~P647(10:09)~(11:05)一番下の鉄塔(11:48)~鱒の養殖場(12:05)~登山口(12:12)
メンバー・・・Kさんとお仲間2人・たろーさん・くまちゃん・K隊長・utty・ハリマオさん・とっちゃん(都津茶女)9人 3日(土)は、山日和となるが、職場の行事があり出勤である。3月は、行事で二回の休日出勤が入る。
4日(日)の天気予報を何回かチェックする。三重県北中部は昼から雨の予報であるが、滋賀県北部は、夕方から雨。
さて、どこを今日は捜索しよう。ここに入りたいと思うルートが大きく分けて二つあった。
まだ、御池岳周辺におられるとすれば、空白のある丸山から奥の平にかけての北東~北斜面。往路で帰ろうとされて、すぐに何かのトラブルに見舞われたとしたら可能性がある。鈴北に向かわれたとしたら、鈴北岳~鞍掛峠に向かう滋賀県側。このの二つである。滋賀県側なら、以前ミルキーあんぱん山行で入った熊池から狸洞~鈴北岳へのルートをもう少し尾根に近いルートで歩いてみたいと思い眠りについた。
夜中、なんとなく寝苦しく、目がさめる。2時はまわっているようだ。5時過ぎに目覚ましをかけていた。着替えて携帯を見ると、長谷川さんからメールが届いていた。2時54分に犬帰し谷左岸尾根に取り付き、5時27分には、カタクリ峠に着いているという。
この時期、なんだか心配で、私達と一緒に行きませんかと声をかけたが、いつものように夜中登山の長谷川さんである。
今回も、途中ハリマオさんと合流し、大貝戸に向かう。大貝戸休憩所の本部に着く。
7時19分、長谷川さんは、奥の平に着いたと携帯にメールが届く。長谷川さんらしい、登りに感服する。奥の平への携帯メールは届いたが、電話は通じなかった。
当初は、丸山周辺も予定されていたが、午後からは雨になりそうなこと、三つのグループに分かれるには、参加人数が少ないということで、捜索本部の判断は、まだ空白となっていて可能性もある尾根の末端部の捜索に集中させることに決定された。
ハリマオさんも私も、ひょっとしたら3月はもう捜索には参加させてもらえないかもしれず、今回も、捜索本体には入らず、自分達の気になっている候補地に捜索に行くつもりで来たが、K隊長がこのグループのリーダーとなり、本部の計画に参加することになった。
藤原岳7合目から下の斜面と、木和田尾根の下部の斜面を扇状に捜索する2グループに分かれることになり、私達は、木和田尾の担当になった。それとは別に、もう1グループは、焼尾から双眼鏡で見つかったという御池谷付近の青であるか緑であるかの物の確認に向かわれた。
今日捜索したい場所に行けなくなったが、どうも、心はそちらの方に向かったままである。同じグループになった、たろーさん、くまちゃん達も一緒に、山口登山口から出発。たろーさんは、昨日も捜索に行ってくれていたようだ。ハリマオさんトップで、スタスタ歩いて行くので、睡眠不足と仕事疲れが充満した体はゆうことを聞かず、遅れ気味でゆっくりついて行く。 木和田尾も何年ぶりだろう。昔は、花を求めて歩いた道である。ちょうど、休憩した場所は、昔、私の好きな一輪の花が咲いていた場所だった。その薄い桜色の花一輪を、一眼レフカメラで地に伏しながら写した。しかし、そこには、もう、その花はなかった。
今日は、木和田尾647Pから下部である。あっというまに、ピークをすぎたコルに着き、ここで再び休憩。参加のKさんの名前を聞いたことがあり、声をかけると、やはり、以前、山と渓谷に鈴鹿の記事を書いておられた、りゅうさんのお知り合いの方であった。捜索地域は地味ながら、他の会の方々とご一緒する楽しみもある。
ここから四つのグループに分かれ、お互いに見える範囲で距離をとりながら、ローラ作戦で歩くことになった。一番下部をKさんとお仲間2人、中間をハリマオさんと私、その上部をたろーさんとくまちゃん、トップをK隊長とuttiyさんである。GPSは3台最上部・中間・下部に配置して軌跡をとる。私のGPSは下部で使ってもらうことにした。無線は2台、K隊長と私で交信する。
ここにおられる確立は少ないと思われたが、おられないならおられないということが分かることで、捜索範囲を絞っていくことになると思い歩く。
「福寿草が咲いてるよ。」と、ハリマオさん。下部のグループは、福寿草の花の群生に出会われた様子。それより上の私達は、1輪・2輪とぽつぽつといったところ。それでも、今年初めての福寿草の蕾に出会えて嬉しかった。もう春なんだ。
「この石気に入った。」と、ハリマオさんが、お面のように顔に当てる。「ほんとやなぁ。狐のお面みたい。」「持って帰りたいなぁ。でも重いな。」「ザックに入れて持って帰りよ。」しかし、重さに負けてしぶしぶ元にもどすハリマオさんであった。 こんなちょっとした楽しみにも出会いながら急な斜面をトラバースしての捜索である。
途中、無線からは全然関係のない交信の声がしていた。出かけに、昨日は、違う方々の交信が入ってきたので困ったとK隊長が言っていたので、不思議にも思わなかった。
「呼んでるのにぜんぜん応答しなかったけど、ダイヤルずれてない?」と隊長。見てみると、ロックしていたはずなのに、周波数が0.02変わってしまっていた。いつもながら、へまちょこりんで、役に立たない私である。
集合場所の鉄塔まで来ると、まだ、11時なのに、ぽつぽつと雨があたってきた。たろーさん・くまちゃんを待ちながら、早いお昼ご飯にする。
藤原岳7合目から下部で捜索されている方々も集合して、下山にかかられる模様で、私達も、下山することになった。
Kさんは、この周辺を以前にも捜索に来ておられるようで、この先はKさんが指示を出してくださり分散しながら斜面を捜索し養魚場の上部に下った。猪を捕獲する仕掛けの横を歩き、山口登山道まで戻り、大貝戸本部に着いた。
本部の判断がぴったり当たり、やがて雨も本降りとなってきた。本部の方々も捜索する者に気遣いされながら、的確な判断をしていかれる。気苦労なことも多くあるだろう。半日ではあったが、いい経験をさせてもらったと今日を振り返る。
Nさんの娘さんからおじいさま・おばあさままで三世代のご家族ご親戚が揃って、捜索の者にコーヒーなどの接待をされている。奥様は、昨日は、藤原岳まで行かれたのだという。じっとしていられない気持ちであったのだろう。
長谷川さんは奥の平から奥の池まで、真っ白な霧の中行かれたようだ。しかし、あまりにも深い霧で引き返したという。真っ暗な夜中に登山が平気な長谷川さんでさえ、テーブルランドの霧は幽玄であるが、あまりにも深い霧は気持ちのいいものではないらしい。
登山を始めて3年の雪の山、それも霧の茫々としたテーブルランドで、朝、目が覚めたNさんは、不安な気持ちでおられたのではあるまいか。
御池谷方面に捜索に行かれたグループは、まだ戻っておられなかった。その後、何か収穫となる痕跡がつかめただろうか。そのことを期待しながら帰路についた。
☆~~とっちゃん(都津茶女)~☆
山域【鈴鹿】
2012年3月4日(日)
お天気・・・曇りのち雨
ルート・・・白瀬峠登山口(8:40)~P647(10:09)~(11:05)一番下の鉄塔(11:48)~鱒の養殖場(12:05)~登山口(12:12)
メンバー・・・Kさんとお仲間2人・たろーさん・くまちゃん・K隊長・utty・ハリマオさん・とっちゃん(都津茶女)9人 3日(土)は、山日和となるが、職場の行事があり出勤である。3月は、行事で二回の休日出勤が入る。
4日(日)の天気予報を何回かチェックする。三重県北中部は昼から雨の予報であるが、滋賀県北部は、夕方から雨。
さて、どこを今日は捜索しよう。ここに入りたいと思うルートが大きく分けて二つあった。
まだ、御池岳周辺におられるとすれば、空白のある丸山から奥の平にかけての北東~北斜面。往路で帰ろうとされて、すぐに何かのトラブルに見舞われたとしたら可能性がある。鈴北に向かわれたとしたら、鈴北岳~鞍掛峠に向かう滋賀県側。このの二つである。滋賀県側なら、以前ミルキーあんぱん山行で入った熊池から狸洞~鈴北岳へのルートをもう少し尾根に近いルートで歩いてみたいと思い眠りについた。
夜中、なんとなく寝苦しく、目がさめる。2時はまわっているようだ。5時過ぎに目覚ましをかけていた。着替えて携帯を見ると、長谷川さんからメールが届いていた。2時54分に犬帰し谷左岸尾根に取り付き、5時27分には、カタクリ峠に着いているという。
この時期、なんだか心配で、私達と一緒に行きませんかと声をかけたが、いつものように夜中登山の長谷川さんである。
今回も、途中ハリマオさんと合流し、大貝戸に向かう。大貝戸休憩所の本部に着く。
7時19分、長谷川さんは、奥の平に着いたと携帯にメールが届く。長谷川さんらしい、登りに感服する。奥の平への携帯メールは届いたが、電話は通じなかった。
当初は、丸山周辺も予定されていたが、午後からは雨になりそうなこと、三つのグループに分かれるには、参加人数が少ないということで、捜索本部の判断は、まだ空白となっていて可能性もある尾根の末端部の捜索に集中させることに決定された。
ハリマオさんも私も、ひょっとしたら3月はもう捜索には参加させてもらえないかもしれず、今回も、捜索本体には入らず、自分達の気になっている候補地に捜索に行くつもりで来たが、K隊長がこのグループのリーダーとなり、本部の計画に参加することになった。
藤原岳7合目から下の斜面と、木和田尾根の下部の斜面を扇状に捜索する2グループに分かれることになり、私達は、木和田尾の担当になった。それとは別に、もう1グループは、焼尾から双眼鏡で見つかったという御池谷付近の青であるか緑であるかの物の確認に向かわれた。
今日捜索したい場所に行けなくなったが、どうも、心はそちらの方に向かったままである。同じグループになった、たろーさん、くまちゃん達も一緒に、山口登山口から出発。たろーさんは、昨日も捜索に行ってくれていたようだ。ハリマオさんトップで、スタスタ歩いて行くので、睡眠不足と仕事疲れが充満した体はゆうことを聞かず、遅れ気味でゆっくりついて行く。 木和田尾も何年ぶりだろう。昔は、花を求めて歩いた道である。ちょうど、休憩した場所は、昔、私の好きな一輪の花が咲いていた場所だった。その薄い桜色の花一輪を、一眼レフカメラで地に伏しながら写した。しかし、そこには、もう、その花はなかった。
今日は、木和田尾647Pから下部である。あっというまに、ピークをすぎたコルに着き、ここで再び休憩。参加のKさんの名前を聞いたことがあり、声をかけると、やはり、以前、山と渓谷に鈴鹿の記事を書いておられた、りゅうさんのお知り合いの方であった。捜索地域は地味ながら、他の会の方々とご一緒する楽しみもある。
ここから四つのグループに分かれ、お互いに見える範囲で距離をとりながら、ローラ作戦で歩くことになった。一番下部をKさんとお仲間2人、中間をハリマオさんと私、その上部をたろーさんとくまちゃん、トップをK隊長とuttiyさんである。GPSは3台最上部・中間・下部に配置して軌跡をとる。私のGPSは下部で使ってもらうことにした。無線は2台、K隊長と私で交信する。
ここにおられる確立は少ないと思われたが、おられないならおられないということが分かることで、捜索範囲を絞っていくことになると思い歩く。
「福寿草が咲いてるよ。」と、ハリマオさん。下部のグループは、福寿草の花の群生に出会われた様子。それより上の私達は、1輪・2輪とぽつぽつといったところ。それでも、今年初めての福寿草の蕾に出会えて嬉しかった。もう春なんだ。
「この石気に入った。」と、ハリマオさんが、お面のように顔に当てる。「ほんとやなぁ。狐のお面みたい。」「持って帰りたいなぁ。でも重いな。」「ザックに入れて持って帰りよ。」しかし、重さに負けてしぶしぶ元にもどすハリマオさんであった。 こんなちょっとした楽しみにも出会いながら急な斜面をトラバースしての捜索である。
途中、無線からは全然関係のない交信の声がしていた。出かけに、昨日は、違う方々の交信が入ってきたので困ったとK隊長が言っていたので、不思議にも思わなかった。
「呼んでるのにぜんぜん応答しなかったけど、ダイヤルずれてない?」と隊長。見てみると、ロックしていたはずなのに、周波数が0.02変わってしまっていた。いつもながら、へまちょこりんで、役に立たない私である。
集合場所の鉄塔まで来ると、まだ、11時なのに、ぽつぽつと雨があたってきた。たろーさん・くまちゃんを待ちながら、早いお昼ご飯にする。
藤原岳7合目から下部で捜索されている方々も集合して、下山にかかられる模様で、私達も、下山することになった。
Kさんは、この周辺を以前にも捜索に来ておられるようで、この先はKさんが指示を出してくださり分散しながら斜面を捜索し養魚場の上部に下った。猪を捕獲する仕掛けの横を歩き、山口登山道まで戻り、大貝戸本部に着いた。
本部の判断がぴったり当たり、やがて雨も本降りとなってきた。本部の方々も捜索する者に気遣いされながら、的確な判断をしていかれる。気苦労なことも多くあるだろう。半日ではあったが、いい経験をさせてもらったと今日を振り返る。
Nさんの娘さんからおじいさま・おばあさままで三世代のご家族ご親戚が揃って、捜索の者にコーヒーなどの接待をされている。奥様は、昨日は、藤原岳まで行かれたのだという。じっとしていられない気持ちであったのだろう。
長谷川さんは奥の平から奥の池まで、真っ白な霧の中行かれたようだ。しかし、あまりにも深い霧で引き返したという。真っ暗な夜中に登山が平気な長谷川さんでさえ、テーブルランドの霧は幽玄であるが、あまりにも深い霧は気持ちのいいものではないらしい。
登山を始めて3年の雪の山、それも霧の茫々としたテーブルランドで、朝、目が覚めたNさんは、不安な気持ちでおられたのではあるまいか。
御池谷方面に捜索に行かれたグループは、まだ戻っておられなかった。その後、何か収穫となる痕跡がつかめただろうか。そのことを期待しながら帰路についた。
☆~~とっちゃん(都津茶女)~☆