さっぶー! 銚子ヶ口
Posted: 2012年2月13日(月) 15:16
さっぶー! 銚子ヶ口
鈴鹿 銚子ヶ口
2012.2.12(SUN) 終日雪 同行者 弟子
二週間かけて八風で鼓膜の高度順応を果たし、今日はいよいよ頂上アタックだ。無酸素単独といきたいところだが、去年から弟子ができ、今日は彼の雪山デビューだ。去年は有り合わせの装備でちょこちょこ着いてきていたが、続けるならゴアの上下と登山靴買ってこいと言っておいた。最初危なそうだから冬は行かないと言っていたが、最近買った装備を使いたかったのか、着いていくという。
前日に天気図を見た限りでは好天が期待でき、彼に銚子ヶ口からの絶景を見せられそうだと思った。ところが朝起きるとチラチラ雪が舞っている。家でこうなら山は推して知るべし・・・いまだに天気だけは読めん。
石榑トンネルができたお陰で、銚子ヶ口登山口は自宅から15分と恐ろしく近くなった。しかも冬も通行可能。あっという間にトンネルを抜けると一面の冬景色だった。11年前の冬に、ジムニーで決死の石榑峠越えをして銚子ヶ口に登ったのが嘘のよう。登山口ではスコップで道路脇の除雪をして駐車スペースを確保した。 私はワカンもアイゼンも二つ持っているので彼の分も問題ない。しかし林道の様子を見てワカンは要らないと判断。この前の雨で床ができている。8時ごろスタート。道は北尾根を通らず、延々と植林の山腹を縫っていく。んー、前もここ通ったのかなあ・・・全く記憶がない。尾根通しに登ったような気もする。最近は手軽なモノレール道を通るので、杠葉尾からはご無沙汰だ。
トレースはないが目印は頻繁にある。傾斜は緩いが、のっけからやけにしんどい。腹が膨れるほど薬を飲んでいるせいなのか。もっとも最近は体調が悪くなくてもノロくなった。ちんたら杣人さんが亡くなった今、このノロさに対抗できるのはとっちゃんぐらいか。そういや何年か前の冬に洞吹さん、山さん、とっちゃんと共にイブネ銚子ヶ口縦走したっけ。まだ誰もスノーシューなんて持っていなかった。
けしからんことに弟子は私より強い。しかし前へ出すと何処へ行ってしまうか分からないので、後ろをつかせる。「師匠遅いなあ」という無言の圧力を背後から感じる。長ったらしい山腹道が終わり、ようやく・778南で尾根に乗る。左手に割山がよく見えていた記憶があるがこの辺りだろうか。
その尾根道も長く続かず、正面に「危険・立ち入り禁止」の表示があった。国土地理院の破線も790mから須谷川側を巻いている。しかしどう目を凝らしても道らしきものはない。仕方ないので強引に急斜面にステップを切って進む。ここに限らず、トラバース道は雪が降ればただの斜面になることが多い。しかしあまりに急斜面で、慣れていない弟子が落ちるといけないと思い、途中で尻セードをして谷へ下りた。谷沿いも難儀だが高さがないだけ安全である。
やがて前方に目印が見えた。やはり急斜面の雪の下に道はあったのだろう。ここから谷は穏やかになって右岸の目印を追う。おっと水汲みを忘れちゃいけない。小沢を渡渉し左俣の詰めに入る。ここから弟子を前に出す。さすがに弟子もバテてきて、ちょっと休ませてくれとか、もう進めないとか弱音を吐きだした。そのセリフ待ってました(^◇^)。先頭と二番手の違いが分かったようだ。一歩一歩のスリップや穴を踏み抜いた時の体力消耗も分かったみたいだ。
いつまでも重いアイゼンをザックに入れていても仕方ないので、ここで装着することにした。彼の靴はコバがないので紐式の10本爪を貸す。私はワンタッチ12本。紐の締め方を教えて、爪を引っ掛けないよう足を開いて歩くよう指示する。私はギリギリまでアイゼンを着けない主義であったが、やはり履けば楽である。一歩一歩のスリップも積み重なれば大きいのだ。衰えた今、やせ我慢することはない。
谷を吹き上がる北風が強まり、恐ろしく寒くなってきた。ペットボトルは凍り、手の指先が痛くなってくる。11時20分頃、ようやく東峰下の鞍部に出た。全く展望はなく、東峰へ向かって昇り竜のような巨大な雪庇がうねっているのが見えるだけ。風雪は止まず厳しい天候となった。盛り上がった雪の右側をアイゼンを効かせて黙々と登る。本来なら素晴らしい展望の東峰もモノクロームに沈んでいた。 三角点だけ踏んで昼食場所を探す。南側斜面に風を避け、雪を均した。南側の風は弱くてもチリチリと細かい雪が降りしきり、寒くて歯の根が合わない。湯沸かしに時間が掛かるかと思ったが、ブースターを持ってきたので案外早く沸いて助かった。こんな場所で長いこと待ってたら凍死するわい。音がするので振り返ったら二人組が三角点に向かっていた。マイナーな山なので今日は誰も来ないと思っていたが、お仲間がいて何となくほっとする。
東峰へ戻るとガスの晴れる気配があったので少し待つ。すると一瞬陽が差した。体中に温もりが漲る。太陽の力は偉大だ。それも20秒位だったか、後にも先にもそれきりだった。しかし山々の展望が現れ、やっとカメラの出番だ。高い山の山頂までは見えないが、いっきに高度感が増す。弟子は喜んで、山を背景にザックを担いだ写真を撮ってくれという。年賀状に使うとはしゃいでいる。 帰路は同じルートを辿るが、あれほど荒らした足跡がきれいさっぱり無くなっていた。雪が流れる日はよくあることだ。当たり前だが、下山は苦労した場所も嘘のように楽だ。往路で谷へ下りた個所も検証する。やはりあのままトラバするのがルートであり、雪の下にはちゃんと道があるのだろう。帰路抜きつ抜かれつの二人組と話す。彼らは往路トラバが怖かったので「危険・通行禁止」表示の尾根を登ってモノレール駅に出たそうだ。別に危険な個所はなかったそうな。あほらし。
下山後弟子はアイゼンの爪を引っ掛けておニューのゴアを破っていたことが判明。ま、最初はやらかすのも致し方なし。しかしアイゼンがいたくお気に入りで、今度買ってくると言っていた。だんだん山にはまっていく姿を見るのは微笑ましいものである。しかし人の後ろを着いて歩くうちは、まだ地形図に対する興味は湧かないだろう。国土地理院の破線は実際より若干東にずれていることが分かった。
ハリマオ
鈴鹿 銚子ヶ口
2012.2.12(SUN) 終日雪 同行者 弟子
二週間かけて八風で鼓膜の高度順応を果たし、今日はいよいよ頂上アタックだ。無酸素単独といきたいところだが、去年から弟子ができ、今日は彼の雪山デビューだ。去年は有り合わせの装備でちょこちょこ着いてきていたが、続けるならゴアの上下と登山靴買ってこいと言っておいた。最初危なそうだから冬は行かないと言っていたが、最近買った装備を使いたかったのか、着いていくという。
前日に天気図を見た限りでは好天が期待でき、彼に銚子ヶ口からの絶景を見せられそうだと思った。ところが朝起きるとチラチラ雪が舞っている。家でこうなら山は推して知るべし・・・いまだに天気だけは読めん。
石榑トンネルができたお陰で、銚子ヶ口登山口は自宅から15分と恐ろしく近くなった。しかも冬も通行可能。あっという間にトンネルを抜けると一面の冬景色だった。11年前の冬に、ジムニーで決死の石榑峠越えをして銚子ヶ口に登ったのが嘘のよう。登山口ではスコップで道路脇の除雪をして駐車スペースを確保した。 私はワカンもアイゼンも二つ持っているので彼の分も問題ない。しかし林道の様子を見てワカンは要らないと判断。この前の雨で床ができている。8時ごろスタート。道は北尾根を通らず、延々と植林の山腹を縫っていく。んー、前もここ通ったのかなあ・・・全く記憶がない。尾根通しに登ったような気もする。最近は手軽なモノレール道を通るので、杠葉尾からはご無沙汰だ。
トレースはないが目印は頻繁にある。傾斜は緩いが、のっけからやけにしんどい。腹が膨れるほど薬を飲んでいるせいなのか。もっとも最近は体調が悪くなくてもノロくなった。ちんたら杣人さんが亡くなった今、このノロさに対抗できるのはとっちゃんぐらいか。そういや何年か前の冬に洞吹さん、山さん、とっちゃんと共にイブネ銚子ヶ口縦走したっけ。まだ誰もスノーシューなんて持っていなかった。
けしからんことに弟子は私より強い。しかし前へ出すと何処へ行ってしまうか分からないので、後ろをつかせる。「師匠遅いなあ」という無言の圧力を背後から感じる。長ったらしい山腹道が終わり、ようやく・778南で尾根に乗る。左手に割山がよく見えていた記憶があるがこの辺りだろうか。
その尾根道も長く続かず、正面に「危険・立ち入り禁止」の表示があった。国土地理院の破線も790mから須谷川側を巻いている。しかしどう目を凝らしても道らしきものはない。仕方ないので強引に急斜面にステップを切って進む。ここに限らず、トラバース道は雪が降ればただの斜面になることが多い。しかしあまりに急斜面で、慣れていない弟子が落ちるといけないと思い、途中で尻セードをして谷へ下りた。谷沿いも難儀だが高さがないだけ安全である。
やがて前方に目印が見えた。やはり急斜面の雪の下に道はあったのだろう。ここから谷は穏やかになって右岸の目印を追う。おっと水汲みを忘れちゃいけない。小沢を渡渉し左俣の詰めに入る。ここから弟子を前に出す。さすがに弟子もバテてきて、ちょっと休ませてくれとか、もう進めないとか弱音を吐きだした。そのセリフ待ってました(^◇^)。先頭と二番手の違いが分かったようだ。一歩一歩のスリップや穴を踏み抜いた時の体力消耗も分かったみたいだ。
いつまでも重いアイゼンをザックに入れていても仕方ないので、ここで装着することにした。彼の靴はコバがないので紐式の10本爪を貸す。私はワンタッチ12本。紐の締め方を教えて、爪を引っ掛けないよう足を開いて歩くよう指示する。私はギリギリまでアイゼンを着けない主義であったが、やはり履けば楽である。一歩一歩のスリップも積み重なれば大きいのだ。衰えた今、やせ我慢することはない。
谷を吹き上がる北風が強まり、恐ろしく寒くなってきた。ペットボトルは凍り、手の指先が痛くなってくる。11時20分頃、ようやく東峰下の鞍部に出た。全く展望はなく、東峰へ向かって昇り竜のような巨大な雪庇がうねっているのが見えるだけ。風雪は止まず厳しい天候となった。盛り上がった雪の右側をアイゼンを効かせて黙々と登る。本来なら素晴らしい展望の東峰もモノクロームに沈んでいた。 三角点だけ踏んで昼食場所を探す。南側斜面に風を避け、雪を均した。南側の風は弱くてもチリチリと細かい雪が降りしきり、寒くて歯の根が合わない。湯沸かしに時間が掛かるかと思ったが、ブースターを持ってきたので案外早く沸いて助かった。こんな場所で長いこと待ってたら凍死するわい。音がするので振り返ったら二人組が三角点に向かっていた。マイナーな山なので今日は誰も来ないと思っていたが、お仲間がいて何となくほっとする。
東峰へ戻るとガスの晴れる気配があったので少し待つ。すると一瞬陽が差した。体中に温もりが漲る。太陽の力は偉大だ。それも20秒位だったか、後にも先にもそれきりだった。しかし山々の展望が現れ、やっとカメラの出番だ。高い山の山頂までは見えないが、いっきに高度感が増す。弟子は喜んで、山を背景にザックを担いだ写真を撮ってくれという。年賀状に使うとはしゃいでいる。 帰路は同じルートを辿るが、あれほど荒らした足跡がきれいさっぱり無くなっていた。雪が流れる日はよくあることだ。当たり前だが、下山は苦労した場所も嘘のように楽だ。往路で谷へ下りた個所も検証する。やはりあのままトラバするのがルートであり、雪の下にはちゃんと道があるのだろう。帰路抜きつ抜かれつの二人組と話す。彼らは往路トラバが怖かったので「危険・通行禁止」表示の尾根を登ってモノレール駅に出たそうだ。別に危険な個所はなかったそうな。あほらし。
下山後弟子はアイゼンの爪を引っ掛けておニューのゴアを破っていたことが判明。ま、最初はやらかすのも致し方なし。しかしアイゼンがいたくお気に入りで、今度買ってくると言っていた。だんだん山にはまっていく姿を見るのは微笑ましいものである。しかし人の後ろを着いて歩くうちは、まだ地形図に対する興味は湧かないだろう。国土地理院の破線は実際より若干東にずれていることが分かった。
ハリマオ
前日に天気図を見た限りでは好天が期待でき、彼に銚子ヶ口からの絶景を見せられそうだと思った。ところが朝起きるとチラチラ雪が舞っている。家でこうなら山は推して知るべし・・・いまだに天気だけは読めん。