ちょっとだけよの八風大谷
Posted: 2012年1月31日(火) 17:14
ちょっとだけ大谷リハビリハイク
2012.01.29 (SUN) 晴れ 単独
鈴鹿 八風渓谷大谷
レポと言うには行程がショートに過ぎるが、久しぶりなので書いてみようと思う。耳を患ってから早やひと月。突発性難聴は早期治療が鉄則で、早い人は1~2週間で治るようだ。1/3が完治し、1/3は耳鳴りなどの後遺症が残り、1/3は治らない。私は運悪く最後のグループに入ったようだ。まだ治る可能性がないではないが、下手な希望を持ってあとで打ちのめされるより、もはや治らないという覚悟を持ったほうがよい。全く降って湧いたような悪夢だ。
安静に越したことはないらしいので、正月から栄養つけてゴロゴロしていたら血液検査でLDLコレステロールと中性脂肪の数字がえらいことになっていた。耳のために心筋梗塞や脳梗塞になっては「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねない。それで美人先生に「運動してもいいですか」と尋ねたら「かまいませんが、登山と水泳はやめてくださいね」と言われた。別に登山が趣味とは言っていないのだが、見透かされたようなセリフにドキリとする。要するに気圧の変化で鼓膜に圧迫を与えるのがダメらしい。なんてこったい。オーディオと登山という両の翼をもがれ、飛べない鳥になってしまった。
高度を上げるのがダメと言っても、車道のウォーキングなんぞまっぴら御免である。500m以下なら良かろうと勝手に判断して候補地を探す。登山口が低いことも大事である。車で急に高度を上げるほうがより悪いだろう。それにせっかく冬なのだから雪も欲しい。低くて雪があるとなると北部だが、藤原付近はハンターがいやだ。結局切畑から東海自然歩道を通り、大谷林道を詰めることにした。高度差がなくて負荷が足りないのでテント装備を担ぐことにした。テントの中で余った時間を費やすのもストレス解消にいい遊びだ。
東海自然歩道の入り口は車止めのロープが張ってあったので、少し上の採石場の中に駐車する。この付近は花市場という地名が今も地元で生きている。意味は不明だが、八風街道賑やかなりし頃、現在では想像できないロマンがあったのだろう。「花市場」の北が「上之茶屋」その西を「牛谷」という。
凍てついた採石場の中を南へ歩き、ゴーロを越え、ヤブを漕ぎ、川を渡ると林道に出た。久しぶりの全身運動に体が歓ぶ。うっすらと積もった雪を、踏みしめるというより有り難く噛みしめながら歩く。常緑の樹林越しに釈迦ヶ岳の真っ白な山頂部が目に入った。神々しく輝いている。山頂はいいだろうなあと思うが、しばらく我慢だ。
だんだん雪が増えてくる。しばらく緩やかに登ると鼓膜がパリパリと音を立てた。これはヤバいと立ち止まって水を飲んだり、あくびをして耳抜きを試みる。しかし歩き始めるとまたパリパリいう。こんなちょっとで気圧が変わるか?と不審に思ったら、犯人はさっき羽織ったゴアのカッパだった(^◇^)。あほらし。
右手の大谷は堰堤に細切れにされて野性を失っているが、間に所々渓流らしさを残し、蒼い水を溜めている。人間に圧迫された憂さを晴らすように2008年に大暴れした川は橋を流し、堰堤を破壊した。その橋の残骸の横を渡ると重機に蹂躙された道が広がる。しばらく進むと大きな真新しい堰堤が姿を現した。まさに賽の河原だ。下界の人が知らないところで税金はどんどん消費されている野田。
堰堤脇の斜面は急な雪壁になっていて、林道歩きに比べてなかなか面白い。これを登ると以前発破をかけていた採石場の全貌が姿を現す。下界から見ても三角禿げが惨いところだ。堰堤を降りると豪雨跡そのままのゴーロ。雪を踏み抜かないように、巻いた氷で滑って川に落ちないようにルートファインディングが大変だ。
ようやく採石場下部の湿地帯に着く。少し先に「大岩の中央を侵食して落ちる滝」(西尾本第三巻P108写真)が見えている。高度的にこの辺で止めて置かざるを得ない。何より平坦でテントを張るのに持ってこいの場所だ。水も無尽蔵。池の中に半島状に突き出した砂地に別荘を建てよう。中に入ったら何もしないからシナイ半島(エジプト)か。昼寝するから眠ろ半島もよし。
半島の雪を均し、シートを敷いて広い場所で組み立てたテントを運ぶ。荷物を取りに行ってふと振り返ると、テントが風に飛ばされて池の中を横になって流れているではないか。Oh my God ! まあしかし浸水もせずに対岸に流れ着いた。今度は先に石を運んで張り綱で固定した。別荘はできたが昼にはまだ早い。も少しカロリー消費するために周辺を歩き廻った。
大谷に近づくと今の時期にしては水量が多く、淵を泡立てている。このドードーという音が耳に不快だ。頭の中が豆腐になったように掻き回される。難聴と言っても一様に聞こえないわけではなく、低音の感度が落ち、しかも異質な音色になる。中音は音程がずれ、高音は聞こえ過ぎる。色々な音が反響して耳栓が欲しいほどだ。全くどうにかならないものか。
いい加減歩くのも飽きてテントに籠城する。時間をかけて食事をし、食後は昼寝。その後コーヒーを飲みながら小説を読んだ。こうした時間だけ耳のことも忘れる。しかしまたじきに冷酷な現実に戻る。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を五感と言うが、どれか一つ奪われるなら片耳の聴覚より片鼻の嗅覚が良かったな。それにしても何故鼻の穴が二つあるのか謎だ。両の眼は立体視、つまり距離感の把握に欠かせない。両の耳は音源の方角を知るためだ。太古の昔より危険を察知するために発達してきたはずだ。しかし鼻の穴が二つあっても匂いが立体的になるわけでもなく、理由が分からない・・・てなことを真面目に考えるほど今回の病気は精神的に参った。
ハリマオ
2012.01.29 (SUN) 晴れ 単独
鈴鹿 八風渓谷大谷
レポと言うには行程がショートに過ぎるが、久しぶりなので書いてみようと思う。耳を患ってから早やひと月。突発性難聴は早期治療が鉄則で、早い人は1~2週間で治るようだ。1/3が完治し、1/3は耳鳴りなどの後遺症が残り、1/3は治らない。私は運悪く最後のグループに入ったようだ。まだ治る可能性がないではないが、下手な希望を持ってあとで打ちのめされるより、もはや治らないという覚悟を持ったほうがよい。全く降って湧いたような悪夢だ。
安静に越したことはないらしいので、正月から栄養つけてゴロゴロしていたら血液検査でLDLコレステロールと中性脂肪の数字がえらいことになっていた。耳のために心筋梗塞や脳梗塞になっては「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねない。それで美人先生に「運動してもいいですか」と尋ねたら「かまいませんが、登山と水泳はやめてくださいね」と言われた。別に登山が趣味とは言っていないのだが、見透かされたようなセリフにドキリとする。要するに気圧の変化で鼓膜に圧迫を与えるのがダメらしい。なんてこったい。オーディオと登山という両の翼をもがれ、飛べない鳥になってしまった。
高度を上げるのがダメと言っても、車道のウォーキングなんぞまっぴら御免である。500m以下なら良かろうと勝手に判断して候補地を探す。登山口が低いことも大事である。車で急に高度を上げるほうがより悪いだろう。それにせっかく冬なのだから雪も欲しい。低くて雪があるとなると北部だが、藤原付近はハンターがいやだ。結局切畑から東海自然歩道を通り、大谷林道を詰めることにした。高度差がなくて負荷が足りないのでテント装備を担ぐことにした。テントの中で余った時間を費やすのもストレス解消にいい遊びだ。
東海自然歩道の入り口は車止めのロープが張ってあったので、少し上の採石場の中に駐車する。この付近は花市場という地名が今も地元で生きている。意味は不明だが、八風街道賑やかなりし頃、現在では想像できないロマンがあったのだろう。「花市場」の北が「上之茶屋」その西を「牛谷」という。
凍てついた採石場の中を南へ歩き、ゴーロを越え、ヤブを漕ぎ、川を渡ると林道に出た。久しぶりの全身運動に体が歓ぶ。うっすらと積もった雪を、踏みしめるというより有り難く噛みしめながら歩く。常緑の樹林越しに釈迦ヶ岳の真っ白な山頂部が目に入った。神々しく輝いている。山頂はいいだろうなあと思うが、しばらく我慢だ。
だんだん雪が増えてくる。しばらく緩やかに登ると鼓膜がパリパリと音を立てた。これはヤバいと立ち止まって水を飲んだり、あくびをして耳抜きを試みる。しかし歩き始めるとまたパリパリいう。こんなちょっとで気圧が変わるか?と不審に思ったら、犯人はさっき羽織ったゴアのカッパだった(^◇^)。あほらし。
右手の大谷は堰堤に細切れにされて野性を失っているが、間に所々渓流らしさを残し、蒼い水を溜めている。人間に圧迫された憂さを晴らすように2008年に大暴れした川は橋を流し、堰堤を破壊した。その橋の残骸の横を渡ると重機に蹂躙された道が広がる。しばらく進むと大きな真新しい堰堤が姿を現した。まさに賽の河原だ。下界の人が知らないところで税金はどんどん消費されている野田。
堰堤脇の斜面は急な雪壁になっていて、林道歩きに比べてなかなか面白い。これを登ると以前発破をかけていた採石場の全貌が姿を現す。下界から見ても三角禿げが惨いところだ。堰堤を降りると豪雨跡そのままのゴーロ。雪を踏み抜かないように、巻いた氷で滑って川に落ちないようにルートファインディングが大変だ。
ようやく採石場下部の湿地帯に着く。少し先に「大岩の中央を侵食して落ちる滝」(西尾本第三巻P108写真)が見えている。高度的にこの辺で止めて置かざるを得ない。何より平坦でテントを張るのに持ってこいの場所だ。水も無尽蔵。池の中に半島状に突き出した砂地に別荘を建てよう。中に入ったら何もしないからシナイ半島(エジプト)か。昼寝するから眠ろ半島もよし。
半島の雪を均し、シートを敷いて広い場所で組み立てたテントを運ぶ。荷物を取りに行ってふと振り返ると、テントが風に飛ばされて池の中を横になって流れているではないか。Oh my God ! まあしかし浸水もせずに対岸に流れ着いた。今度は先に石を運んで張り綱で固定した。別荘はできたが昼にはまだ早い。も少しカロリー消費するために周辺を歩き廻った。
大谷に近づくと今の時期にしては水量が多く、淵を泡立てている。このドードーという音が耳に不快だ。頭の中が豆腐になったように掻き回される。難聴と言っても一様に聞こえないわけではなく、低音の感度が落ち、しかも異質な音色になる。中音は音程がずれ、高音は聞こえ過ぎる。色々な音が反響して耳栓が欲しいほどだ。全くどうにかならないものか。
いい加減歩くのも飽きてテントに籠城する。時間をかけて食事をし、食後は昼寝。その後コーヒーを飲みながら小説を読んだ。こうした時間だけ耳のことも忘れる。しかしまたじきに冷酷な現実に戻る。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を五感と言うが、どれか一つ奪われるなら片耳の聴覚より片鼻の嗅覚が良かったな。それにしても何故鼻の穴が二つあるのか謎だ。両の眼は立体視、つまり距離感の把握に欠かせない。両の耳は音源の方角を知るためだ。太古の昔より危険を察知するために発達してきたはずだ。しかし鼻の穴が二つあっても匂いが立体的になるわけでもなく、理由が分からない・・・てなことを真面目に考えるほど今回の病気は精神的に参った。
ハリマオ
レポと言うには行程がショートに過ぎるが、久しぶりなので書いてみようと思う。耳を患ってから早やひと月。突発性難聴は早期治療が鉄則で、早い人は1~2週間で治るようだ。1/3が完治し、1/3は耳鳴りなどの後遺症が残り、1/3は治らない。私は運悪く最後のグループに入ったようだ。まだ治る可能性がないではないが、下手な希望を持ってあとで打ちのめされるより、もはや治らないという覚悟を持ったほうがよい。全く降って湧いたような悪夢だ。