【なにわ】日本一の山に登る
Posted: 2011年12月20日(火) 23:30
【難 波】天保山 二等三角点4.53m
【日 付】2011年12月18日(日)
【山 域】大阪平野 安治川左岸河口付近
【メンバー】めずらしく三人
【天 候】晴れ時々曇り
【コース】西側公園入口-明治天皇記念碑-三等三角点4.5m-西村捨三像前-最高点(見晴台)-SL乗車-西側公園入口
大阪に引っ越して以来、一度は登ってみようと思っていた山がある。それは、大阪築港にある「天保山」そう、知る人ぞ知る日本で一番低い山(地形図に載る)である。
天保山は江戸時代の天保年間に大川(淀川の河口部)の浚渫土を積み上げた人工の築山である。当初は標高20mほどあったそうだ。その後プチャーチンの来航の影響で山頂を削って台場を造り、明治期には標高7m程に、更に昭和に入って高度成長期の地下水の汲み上げで地盤沈下が起きて現在の標高となったそうな。なお、現在の大阪は地下水の汲み上げは規制されて地盤沈下は収まっている。
標高4.5mのこの山なら、うちの小僧でも歩いて登頂できようし、小僧以下の体力?の嫁はんでもなんとか登頂できるであろう。しかも、HPで調べると、地元山岳会により結成されている山岳救助隊まであるそうな。寒波到来で嬉嬉として危険な冬山を徘徊する皆さんを尻目に安全安心の天保山に向ったのであった。もちろん公共交通によるエコ登山ですよ。
ということで山行計画を一応は立ててみたものの、天保山に登るなどといって誘っても誰も付いてこないこと請け合いなので、「海遊館に行こう」と“騙して”、家を出発したのだった。もちろん、海遊館にも“ついで”によっているのであるが。
“ついで”の用を済ませて、もう帰ろう雰囲気の嫁さんをなだめて、“本命”の天保山に向う。が、その前に安治川河口の築港岸壁を覗いてみる。ここは現在使われていないのか、入口の防潮扉には関係者以外立ち入り禁止と有るが、みんな入って散歩などしている。
昔は賑わっていたのであろうが、ガランと拾い空間はなんとなく物悲しい。ちなみに、現淀川の開削と大阪築港の建設にはあのデ・レーケも関わっている。こんなところにも鈴鹿山奥に眠る石積と深い関わりがあるのである。
さて、朝の時点であの辺だなと目星はつけていたが、公園と築山が見えてきた。今日は地形図もコンパスもGPSも忘れてきた。登山者として失格!?だが、まあ何とかなるだろう。
公園入口じゃなくて登山口には2m程あろう防潮堤と自動開閉式の扉がある。もうまもなくやってくるであろう東南海・南海地震の時はここまで津波が押し寄せてくる可能性があるのであろうか?半信半疑だが、そうなんだろう、備えあれば憂いなしということか。
入り口左右の防潮壁には、北斎?や広重?の天保山の浮世絵レリーフがはめ込まれている。当時はなかなかの賑わいだったようだ。 右手に築山が見えるのでこれが天保山だろうと当たりをつけ、後で登ろうとまずは正面奥に見える記念碑に向う。碑には「明治天皇観艦之所」とある。何でも、日本で最初の観艦式が行なわれた場所であるそうな。 記念碑横を見ると、そこには日本一の記念看板と石畳に囲まれた三角点があった。三角点は皆が踏むものだからだいぶ擦り減っている。三角点は踏むものではないという意見もあるが、ここの三角点はまあ記念に踏んでくださいという感じであった。 では、あの小高い築山は?ということであるが、三角点峰と最高点峰が異なるのは鈴鹿でも御在所、三国然りであり、ここでもそうなっているということで納得するしかないである。
三角点の奥には渡し舟の船着場があり、暫くすると渡し舟が現れて浮桟橋に着岸し、自転車のおばちゃんなどが降りてきた。安治川を挟んで向うにはUSJと周辺ホテル群が見える。
子供は明治天皇碑の中段まで登って遊んでいる。こんなの明治時代の人が見たら罰当たりがって怒られるのだろう。いつまでも飽きずに遊んでいるので、一人で先に進む。
最高点に登る前に一段低い位置に銅像が有るので降りてみる。銅像には西村捨三翁とある。翁については、私は知らなかったのだが、後に調べると、彦根藩の出身で、近藤勇捕縛立会、沖縄県令(南北大東島領土編入)、大阪府知事、近江鉄道の設立、四条畷神社の創建、初代築港工事事務所長などなどと相当な人物だったようで畏れ入ったのであった。きっとあの五代アイのおとっさんとも仲良しだったのだろう。
さて、いよいよ最高点を目指す。この最高点(見晴台)、南側から見るとkasayaさんが登ってきたマヤのピラミッドを彷彿させるが、上部は平坦で厳密な最高点が何処になるのか判らなかった。まだ、天皇碑のそばにいる子供に手を振ると、こちらに向って一気に階段を駆け上がってきた。
最高点山頂は何があるというわけでない。というか、こちらの高い地点が山頂として目立ってしまうと色々と都合が悪いことがあるのだろう。ということで、ここから見下ろす4.5m三角点峰があくまでも天保山の山頂ということなのだ。 最高点を後にして、山岳救助隊のお世話になることもなく無事下山することが出来た。その後は麓の公園で暫し遊んで帰路につきました。
山に登って、麓でSLにも乗ったけどとっちゃんが言うような風情はあまりない。 あきたぬき
【日 付】2011年12月18日(日)
【山 域】大阪平野 安治川左岸河口付近
【メンバー】めずらしく三人
【天 候】晴れ時々曇り
【コース】西側公園入口-明治天皇記念碑-三等三角点4.5m-西村捨三像前-最高点(見晴台)-SL乗車-西側公園入口
大阪に引っ越して以来、一度は登ってみようと思っていた山がある。それは、大阪築港にある「天保山」そう、知る人ぞ知る日本で一番低い山(地形図に載る)である。
天保山は江戸時代の天保年間に大川(淀川の河口部)の浚渫土を積み上げた人工の築山である。当初は標高20mほどあったそうだ。その後プチャーチンの来航の影響で山頂を削って台場を造り、明治期には標高7m程に、更に昭和に入って高度成長期の地下水の汲み上げで地盤沈下が起きて現在の標高となったそうな。なお、現在の大阪は地下水の汲み上げは規制されて地盤沈下は収まっている。
標高4.5mのこの山なら、うちの小僧でも歩いて登頂できようし、小僧以下の体力?の嫁はんでもなんとか登頂できるであろう。しかも、HPで調べると、地元山岳会により結成されている山岳救助隊まであるそうな。寒波到来で嬉嬉として危険な冬山を徘徊する皆さんを尻目に安全安心の天保山に向ったのであった。もちろん公共交通によるエコ登山ですよ。
ということで山行計画を一応は立ててみたものの、天保山に登るなどといって誘っても誰も付いてこないこと請け合いなので、「海遊館に行こう」と“騙して”、家を出発したのだった。もちろん、海遊館にも“ついで”によっているのであるが。
“ついで”の用を済ませて、もう帰ろう雰囲気の嫁さんをなだめて、“本命”の天保山に向う。が、その前に安治川河口の築港岸壁を覗いてみる。ここは現在使われていないのか、入口の防潮扉には関係者以外立ち入り禁止と有るが、みんな入って散歩などしている。
昔は賑わっていたのであろうが、ガランと拾い空間はなんとなく物悲しい。ちなみに、現淀川の開削と大阪築港の建設にはあのデ・レーケも関わっている。こんなところにも鈴鹿山奥に眠る石積と深い関わりがあるのである。
さて、朝の時点であの辺だなと目星はつけていたが、公園と築山が見えてきた。今日は地形図もコンパスもGPSも忘れてきた。登山者として失格!?だが、まあ何とかなるだろう。
公園入口じゃなくて登山口には2m程あろう防潮堤と自動開閉式の扉がある。もうまもなくやってくるであろう東南海・南海地震の時はここまで津波が押し寄せてくる可能性があるのであろうか?半信半疑だが、そうなんだろう、備えあれば憂いなしということか。
入り口左右の防潮壁には、北斎?や広重?の天保山の浮世絵レリーフがはめ込まれている。当時はなかなかの賑わいだったようだ。 右手に築山が見えるのでこれが天保山だろうと当たりをつけ、後で登ろうとまずは正面奥に見える記念碑に向う。碑には「明治天皇観艦之所」とある。何でも、日本で最初の観艦式が行なわれた場所であるそうな。 記念碑横を見ると、そこには日本一の記念看板と石畳に囲まれた三角点があった。三角点は皆が踏むものだからだいぶ擦り減っている。三角点は踏むものではないという意見もあるが、ここの三角点はまあ記念に踏んでくださいという感じであった。 では、あの小高い築山は?ということであるが、三角点峰と最高点峰が異なるのは鈴鹿でも御在所、三国然りであり、ここでもそうなっているということで納得するしかないである。
三角点の奥には渡し舟の船着場があり、暫くすると渡し舟が現れて浮桟橋に着岸し、自転車のおばちゃんなどが降りてきた。安治川を挟んで向うにはUSJと周辺ホテル群が見える。
子供は明治天皇碑の中段まで登って遊んでいる。こんなの明治時代の人が見たら罰当たりがって怒られるのだろう。いつまでも飽きずに遊んでいるので、一人で先に進む。
最高点に登る前に一段低い位置に銅像が有るので降りてみる。銅像には西村捨三翁とある。翁については、私は知らなかったのだが、後に調べると、彦根藩の出身で、近藤勇捕縛立会、沖縄県令(南北大東島領土編入)、大阪府知事、近江鉄道の設立、四条畷神社の創建、初代築港工事事務所長などなどと相当な人物だったようで畏れ入ったのであった。きっとあの五代アイのおとっさんとも仲良しだったのだろう。
さて、いよいよ最高点を目指す。この最高点(見晴台)、南側から見るとkasayaさんが登ってきたマヤのピラミッドを彷彿させるが、上部は平坦で厳密な最高点が何処になるのか判らなかった。まだ、天皇碑のそばにいる子供に手を振ると、こちらに向って一気に階段を駆け上がってきた。
最高点山頂は何があるというわけでない。というか、こちらの高い地点が山頂として目立ってしまうと色々と都合が悪いことがあるのだろう。ということで、ここから見下ろす4.5m三角点峰があくまでも天保山の山頂ということなのだ。 最高点を後にして、山岳救助隊のお世話になることもなく無事下山することが出来た。その後は麓の公園で暫し遊んで帰路につきました。
山に登って、麓でSLにも乗ったけどとっちゃんが言うような風情はあまりない。 あきたぬき
【難 波】天保山 二等三角点4.53m