【南伊勢】いにしえ人の歩いた笠木越

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わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

【南伊勢】いにしえ人の歩いた笠木越

投稿記事 by わりばし »

【日 付】2025年12月13日(土)
【山 域】南伊勢
【コース】もみじ茶屋8:40---10:55笠木山---11:55笠木峠---13:10もみじ茶屋
【メンバー】単独

https://maps.gsi.go.jp/#15/34.323697/13 ... z0r0s0m0f1

 行者山の山ふところの崎は、熊野街道が通り昔から交通の要衝として栄えた。笠木を越え宮川筋に出て大和につながる起点になり、ここより錦につながる錦越の道、古和浦につながる古和越の道、神崎浦につながる桧尾越の道が派生している。中世には笠木越の先に北畠氏の薗御所、錦に南朝方の外宮の御厨、神崎浦に薬師山城、起点の崎に崎城が置かれた。これらの道は鉄道が敷設される大正時代までは現役の道として歩かれ、戦時中には美杉の若宮八幡宮に参り武運長久を願って柏崎から美杉まで山道を日帰りで通った。


笠木山
笠木山

 朝日に照らされた行者山を見ながら笠木川に沿って上り、もみじ館に駐車する。笠木渓谷の対岸には大きな嵓の間から笠木山が見え、鳥居をくぐり狭い谷筋に入ると笠木不動滝雄滝(40m)が緑の岩壁を一筋に切り裂いていた。滝肩の祠には享保7(1722)年4月と刻まれた武骨な不動明王像が祀られており、滝口には不動明王像の設置跡と思われる石積がある。雌滝に向かうと渓流沿いには三方を石積で守られた巨大な祠跡があり、ここで祈りの儀式をしていたのだろう。雌滝(30m)は水量が少なめで女性的な趣があると言われており、不動明王像は山崎三星が建立し文化3(1816)年に山崎守徳・覚丸が再建したもので洗練された小ぶりな石像だ。山崎氏は北畠氏の家臣として崎城を守っていた一族で、北畠氏滅亡後も地士として残り紀州藩から流域の管理を任されていた。山崎三星が不動明王像を建立した背景のひとつには幹線道笠木越の無事への願いがあっただろう。

笠木不動滝雄滝
笠木不動滝雄滝

 嵓に出会うと林道に出て、林道が笠木川を越えた所で中道登山道に入る。植林の尾根を進み嵓が目立ち始めると明るい常緑樹の道になっていく。二つの大きな嵓は左から巻くように道はつけられ、これがないと苦労する岩尾根だ。嵓の上からは柏崎の町並みとひと山越えた熊野灘が光り輝いている。笠木山(726m)から笠木高(678m)への稜線も嵓のある明るい岩尾根で、いくつも出てくる嵓は右から巻く道がつけられている。植林の道を覚悟していただけに、アトラクション満載の自然林の道は、昔の景色を思い出させてくれる。薗が眼下に見えると笠木高で、東尾根の600m付近の広くなった所にある笠木峠に向かう。

雄滝不動明王像
雄滝不動明王像

 笠木峠を越える山道は薗の呼び名が笠木越で、笠木の呼び名が薗越になるが、地図にある薗越とは場所が違っていて、地図の方は新しい時代になってからの薗越になる。笠木峠は古代より使われてきた峠で、縄文時代の大和二上山のサヌカイト製石鏃や古墳時代に大和で作られた須恵器が見つかっている。今は植林の平坦地だが石槍を持った縄文人が歩いていたと思うと見え方も違い、峠には天保14(1843)年の峠地蔵が微笑んでいる。

笠木峠
笠木峠

 植林の広い谷を笠木川に向かって下っていくと林道に出る。笠木集落までの道の中ほどにシバガミの祠が祀られ、笠木越の人々の安全を祈願している。芝折社とも呼ばれるように通行人が芝を折って供えることで、狸・山犬・ノッコなどの妖怪につかれないとされており、崎村地士の山崎権太夫が建立した。

芝折社
芝折社
グー(伊勢山上住人)
記事: 2412
登録日時: 2011年2月20日(日) 10:10
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Re: 【南伊勢】いにしえ人の歩いた笠木越

投稿記事 by グー(伊勢山上住人) »

12/16明神平あしび山荘
12/16明神平あしび山荘



わりばしさんのレポにはレスを付けたいグーなのですが・・・・
今回のレポは社会科が主体で理系が少な過ぎます。

もみじ茶屋

まず検索。なるほど ここか。
こんな山奥の施設にお客さんは来るのだろうか?

崎は、笠木を越え宮川筋に出て大和につながる起点になり、

前にもレポがあったような気がするなぁ・・・・?

笠木不動滝雄滝(40m)雌滝(30m)

本流にあるのか? それとも右股にあるのか?
グー予想では右股を辿ったと思うのだが?

嵓に出会うと林道に出て、林道が笠木川を越えた所で中道登山道に入る。

あちゃ~! 予想が外れた。
本流を辿って嵓の手前に林道があるのか。
中道登山道登山口の標高は何mですか?

笠木山(726m)から笠木高(678m)への稜線も嵓のある明るい岩尾根

標高を書いてくれてあるから辿りやすい。

植林の道を覚悟していただけに、アトラクション満載の自然林の道は、昔の景色を思い出させてくれる。

ほほう!この稜線を歩くのは初めてでしたか。だとすると・・・・・・・?
地形図の「園越」と笠木山(726m)の間は歩いたことがあるのですか?
なぜ・713 園越 ・644 ・726 △678 笠木峠と歩かなかったの?
わりばしさんの足ならそんなに長距離でもないと思うけど。

笠木峠は古代より使われてきた峠で、縄文時代の大和二上山のサヌカイト製石鏃

石ころゴロゴロの山の中で石鏃をよく見つけたものです。

地図読みが一部不明だけど、これだけレスが書けたら充分ボケ防止になりました。
ありがとうございました。


               グー(伊勢山上住人)
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わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

Re: 【南伊勢】いにしえ人の歩いた笠木越

投稿記事 by わりばし »

おはようございます、グーさん。

わりばしさんのレポにはレスを付けたいグーなのですが・・・・
今回のレポは社会科が主体で理系が少な過ぎます。

おつきあい、ありがとうございます。
北畠氏の家臣が江戸時代を経て峠道の安永を願っている証拠があったので・・・ :mrgreen:

雌滝不動明王像
雌滝不動明王像

もみじ茶屋

まず検索。なるほど ここか。
こんな山奥の施設にお客さんは来るのだろうか?


まだまだキレイですが、撤退したようです。
登山道ももみじ茶屋に合わせて整備されたようですが、今は放置です。

崎は、笠木を越え宮川筋に出て大和につながる起点になり、

前にもレポがあったような気がするなぁ・・・・?

公共交通機関を使って薗から笠木に抜けたレポですね。

https://yabukogi.net/viewtopic.php?f=4& ... %8A#p33630

笠木不動滝雄滝(40m)雌滝(30m)

本流にあるのか? それとも右股にあるのか?
グー予想では右股を辿ったと思うのだが?


雌滝は右股で雄滝が本流にあります。
雌滝はピストンです。


笠木不動滝雌滝
笠木不動滝雌滝

嵓に出会うと林道に出て、林道が笠木川を越えた所で中道登山道に入る。

あちゃ~! 予想が外れた。
本流を辿って嵓の手前に林道があるのか。
中道登山道登山口の標高は何mですか?


中道登山道は標高400mです。
林道をつめると裏道登山道につながります。


植林の道を覚悟していただけに、アトラクション満載の自然林の道は、昔の景色を思い出させてくれる。

ほほう!この稜線を歩くのは初めてでしたか。だとすると・・・・・・・?
地形図の「園越」と笠木山(726m)の間は歩いたことがあるのですか?
なぜ・713 園越 ・644 ・726 △678 笠木峠と歩かなかったの?
わりばしさんの足ならそんなに長距離でもないと思うけど。


中道が岩尾根でおもしろいかなと思ったのと
周回の道が植林地のようだったので
笠木峠でまったりしようと思いました。


笠木山より
笠木山より

笠木峠は古代より使われてきた峠で、縄文時代の大和二上山のサヌカイト製石鏃

石ころゴロゴロの山の中で石鏃をよく見つけたものです。

峠の平坦地が儀式の場だったようで、同じ場所からいろんな時代の痕跡が見つかったようです。

地図読みが一部不明だけど、これだけレスが書けたら充分ボケ防止になりました。

ありがとうございます。
笠木越は歴史のある道なのですが破線道にもなっていません。
笠木峠も峠地蔵が無ければ峠とは思わないです。



          
ふ~さん
記事: 535
登録日時: 2011年2月20日(日) 19:58

Re: 【南伊勢】いにしえ人の歩いた笠木越

投稿記事 by ふ~さん »

わりばしさん

山行記録、拝読いたしました。 単なるルートの紹介にとどまらず、この地に積み重なった時間の層を丁寧に紐解くような描写に引き込まれました。

印象に残ったことの一つが、笠木峠での縄文時代のお話です。数千年も前のサヌカイトの石鏃が見つかった場所で、「石槍を持った縄文人が歩いていた」と想像しながら歩く一節には、時空を超えたロマンを感じますね。現代の私たちが歩く道が、遥か昔から連綿と続く「生きた道」であることを改めて気づかせてくれます。

また、終盤のシバガミ様と妖怪のエピソードも興味深いです。狸や山犬、そして「ノッコ」といった妖怪に憑かれないようにと芝を折って供える行為に、当時の人々にとって山道がいかに神秘的で、かつ畏怖の対象であったかがリアルに伝わってきした。

険しい「嵓(くら)」の道を守る不動明王像から、道端の小さなシバガミ様まで、厳しい自然の中で無事を祈り続けた先人たちの素朴で切実な信仰心に触れるような、とても奥行きのあるレポートですね。

歴史の断片を拾い集めるような、奥行きのある山歩きの様子に吸い寄せられるように読みました。まるで自分もその場を歩いているかのような豊かな時間をありがとうございます。またの記録も楽しみにしています。

 ふ~さん
アバター
わりばし
記事: 1902
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

Re: 【南伊勢】いにしえ人の歩いた笠木越

投稿記事 by わりばし »

おはようございます、ふ~さん。

印象に残ったことの一つが、笠木峠での縄文時代のお話です。数千年も前のサヌカイトの石鏃が見つかった場所で、「石槍を持った縄文人が歩いていた」と想像しながら歩く一節には、時空を超えたロマンを感じますね。現代の私たちが歩く道が、遥か昔から連綿と続く「生きた道」であることを改めて気づかせてくれます。

大和で作られた弥生時代の炊飯器(土器)も見つかっており、これで米を炊きながら旅をしたのかな?
平家の人たちが南島に落ち延び塩を作り
南北朝時代には吉野に塩を運んだ道です。
大和桜井の魚市場の魚のほとんどはこのルートで運ばれたものだったようで、柿の葉寿司もここから生まれました。
戦の道でもあり信仰の道でもありました。


行者山
行者山

また、終盤のシバガミ様と妖怪のエピソードも興味深いです。狸や山犬、そして「ノッコ」といった妖怪に憑かれないようにと芝を折って供える行為に、当時の人々にとって山道がいかに神秘的で、かつ畏怖の対象であったかがリアルに伝わってきした。

狼や狐など後ろからついてくるのもいましたからね。
闇が消えうせた現代人から消えてしまった感覚かもしれません。
狐付きが消えたのは1960年代の頃だと言われています。
日本人の意識が変わっていったのでしょう。
朝ドラ「ばけばけ」は面白いですよ。


不動滝の巨大な祠跡
不動滝の巨大な祠跡

険しい「嵓(くら)」の道を守る不動明王像から、道端の小さなシバガミ様まで、厳しい自然の中で無事を祈り続けた先人たちの素朴で切実な信仰心に触れるような、とても奥行きのあるレポートですね。

このあたり嵓だらけで修験の修行場には困りません。
戦時中に崎の酒屋の主人が、美杉の若宮八幡宮まで日帰りで参拝したそうです。
参拝すると「鉄砲の玉が当たらない」という噂もあり、藁をもすがる思いだったのでしょう。
笠木越で宮川筋に出て、太陽寺から尾放峠を越えて櫛田川筋、若宮峠を越える長丁場をよく一日で歩いたものです。


嵓

歴史の断片を拾い集めるような、奥行きのある山歩きの様子に吸い寄せられるように読みました。まるで自分もその場を歩いているかのような豊かな時間をありがとうございます。またの記録も楽しみにしています。

ありがとうございます、励みにします。
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