【越前】泰澄の道を歩く 石仏を堪能した越知山
Posted: 2025年10月14日(火) 23:09
【日 付】2025年10月11日(土)
【山 域】越前 越知山周辺
【天 候】曇り
【メンバー】sato、山日和
【コース】奥糸生登山口8:50---10:05木の実谷分岐--10:25独鈷水---11:35越知神社---11:55越知山13:05---13:25展望台
---14:25独鈷水---15:20木の実谷登山口---15:50奥糸生登山口
左肩の腱板損傷に加えて右足の肉離れで、さすがに先週は山はお休みとなってしまった。
足の痛みが引いてきたので軽めの山でリハビリとしよう。
越知山は福井県の612mの低山だが、白山を開山した泰澄が14歳の時に修行に入り開いた山として知られており、
白山、日野山、蔵王山(吉野ヶ岳)、文殊山と合わせた越前五山のひとつでもある。
奥糸生の集会所が登山者の駐車場となっている。登山口には大きな案内看板があり、修行道と書かれた看板には
この道が泰澄が毎夜通い詰めた道であることが記されていた。
手入れされた植林の中の道はよく整備されている。小さな石の祠に収められたお地蔵さまが道中の安全を祈るよう
に出迎えてくれた。
林道を横切るところでは法面にハシゴが掛けられ、その先は急登となって311mピークに続いている。
林道には道標があり、「林道コース」と書かれた方を選べばこの登りを回避できたようだ。
植林帯はいつしか自然林に変わり、下山路に予定している木の実谷の分岐を過ぎるとブナが現れ始めた。
小さな東屋が見えた。三段に仕切られた棚があり、石仏が収められてたが、顔が削られたものや頭部が切り落と
されたものが目立つ。これは明治維新の廃仏毀釈運動によるものである。これまで信仰の対象としていたものが、
ある日を境に唾棄すべきものに変わってしまう。人のこころの浅はかさとおぞましさを感じずにはいられない。
ここには独鈷水(とっこすい)という湧き水がある。尾根の左手を少し進むと、斜面から水が湧き出してコップも
置かれていた。この水場は泰澄が独鈷で地面を突いたところ湧き出してきたという伝説がある。
岩壁から沁み出したを口に含むと雑味のない爽やかな味が沁み出した。
ここからがブナ林の始まりとなる。たいして期待もしていなかったのだが、結構大きなブナもあり、気持ち良
く歩くことができる。オオイワカガミの群落も続き、5月に来れば新緑と満開のイワカガミを楽しめるだろう。
路傍にも石仏が多くみられるようになってきたのだが、頭部を落とされたものが多く痛々しい。
令和2年に作られた真新しい石仏が山頂まで一定間隔で置かれていた。
越知神社と別山、殿池の分岐に到着。まずは越知神社に寄って行こう。
越知山の山上にはこの越知神社を初めとして室堂、大師堂、神宝庫、奥の院等々の建造物があり、一大霊地が
広がっている。
室堂(社務所)の前に立つご神木が見事だった。幹周7m以上ありそうなトチの巨樹が、織田信長の馬が落ちたと
いう伝説のある殿池を見下ろすように立っている。
ここから越知山頂の奥の院までは石仏ロードだ。これほど多く石仏を見たのは人生初めてではないだろうか。
山頂付近は一般的な神社仏閣のような杉林をイメージしていたのだが、ブナ林に包まれていたのが意外だった。
山頂からは木の間越しに福井の市街を望むことができる。西側の展望も開けているのだが、天気のせいなのか
手前の山並みのせいなのか、海の姿は見えなかった。
雲が増えてきたところで山頂を辞して展望台へ向かう。何も見えないだろうと思っていたのだが、近景までは
意外にクリアな視界で日野山の特徴的な姿がはっきりとわかる。
晴れていれば白山まで望むことができるので、ちょっと残念ではあるが。
独鈷水まで戻ってsatoさんが水を汲みに行っている間に、少し痛み出したふくらはぎに痛み止めを塗って、サポ
ーターを強く締め直した。
下降路の木の実谷分岐には「上級者コース」という注意書きがある。技術的な意味ではなく、荒れていて道が
わかりにくいという意味だろう。確かに崩れたところも多く一般路とは言い難い状態だが、随所にテープがある
ので迷うことはない。
下の方まで下りて来るとかまが谷の滝やかなん滝という大きな滝(ほとんど水が流れていないのでただの岩壁
にしか見えないが)や「南無妙法蓮華経」と彫られた「お題目岩」という巨岩がある。
駐車場まで戻ってくると、朝から止まっていたミニバンの主がいた。話しかけてみると地元の登山者だったが、
あまり家に帰らず車で寝泊りしているという。家の近くで車中泊することもあるそうだ。
世の中、いろんな人がいるものである。
山日和
【山 域】越前 越知山周辺
【天 候】曇り
【メンバー】sato、山日和
【コース】奥糸生登山口8:50---10:05木の実谷分岐--10:25独鈷水---11:35越知神社---11:55越知山13:05---13:25展望台
---14:25独鈷水---15:20木の実谷登山口---15:50奥糸生登山口
左肩の腱板損傷に加えて右足の肉離れで、さすがに先週は山はお休みとなってしまった。
足の痛みが引いてきたので軽めの山でリハビリとしよう。
越知山は福井県の612mの低山だが、白山を開山した泰澄が14歳の時に修行に入り開いた山として知られており、
白山、日野山、蔵王山(吉野ヶ岳)、文殊山と合わせた越前五山のひとつでもある。
奥糸生の集会所が登山者の駐車場となっている。登山口には大きな案内看板があり、修行道と書かれた看板には
この道が泰澄が毎夜通い詰めた道であることが記されていた。
手入れされた植林の中の道はよく整備されている。小さな石の祠に収められたお地蔵さまが道中の安全を祈るよう
に出迎えてくれた。
林道を横切るところでは法面にハシゴが掛けられ、その先は急登となって311mピークに続いている。
林道には道標があり、「林道コース」と書かれた方を選べばこの登りを回避できたようだ。
植林帯はいつしか自然林に変わり、下山路に予定している木の実谷の分岐を過ぎるとブナが現れ始めた。
小さな東屋が見えた。三段に仕切られた棚があり、石仏が収められてたが、顔が削られたものや頭部が切り落と
されたものが目立つ。これは明治維新の廃仏毀釈運動によるものである。これまで信仰の対象としていたものが、
ある日を境に唾棄すべきものに変わってしまう。人のこころの浅はかさとおぞましさを感じずにはいられない。
ここには独鈷水(とっこすい)という湧き水がある。尾根の左手を少し進むと、斜面から水が湧き出してコップも
置かれていた。この水場は泰澄が独鈷で地面を突いたところ湧き出してきたという伝説がある。
岩壁から沁み出したを口に含むと雑味のない爽やかな味が沁み出した。
ここからがブナ林の始まりとなる。たいして期待もしていなかったのだが、結構大きなブナもあり、気持ち良
く歩くことができる。オオイワカガミの群落も続き、5月に来れば新緑と満開のイワカガミを楽しめるだろう。
路傍にも石仏が多くみられるようになってきたのだが、頭部を落とされたものが多く痛々しい。
令和2年に作られた真新しい石仏が山頂まで一定間隔で置かれていた。
越知神社と別山、殿池の分岐に到着。まずは越知神社に寄って行こう。
越知山の山上にはこの越知神社を初めとして室堂、大師堂、神宝庫、奥の院等々の建造物があり、一大霊地が
広がっている。
室堂(社務所)の前に立つご神木が見事だった。幹周7m以上ありそうなトチの巨樹が、織田信長の馬が落ちたと
いう伝説のある殿池を見下ろすように立っている。
ここから越知山頂の奥の院までは石仏ロードだ。これほど多く石仏を見たのは人生初めてではないだろうか。
山頂付近は一般的な神社仏閣のような杉林をイメージしていたのだが、ブナ林に包まれていたのが意外だった。
山頂からは木の間越しに福井の市街を望むことができる。西側の展望も開けているのだが、天気のせいなのか
手前の山並みのせいなのか、海の姿は見えなかった。
雲が増えてきたところで山頂を辞して展望台へ向かう。何も見えないだろうと思っていたのだが、近景までは
意外にクリアな視界で日野山の特徴的な姿がはっきりとわかる。
晴れていれば白山まで望むことができるので、ちょっと残念ではあるが。
独鈷水まで戻ってsatoさんが水を汲みに行っている間に、少し痛み出したふくらはぎに痛み止めを塗って、サポ
ーターを強く締め直した。
下降路の木の実谷分岐には「上級者コース」という注意書きがある。技術的な意味ではなく、荒れていて道が
わかりにくいという意味だろう。確かに崩れたところも多く一般路とは言い難い状態だが、随所にテープがある
ので迷うことはない。
下の方まで下りて来るとかまが谷の滝やかなん滝という大きな滝(ほとんど水が流れていないのでただの岩壁
にしか見えないが)や「南無妙法蓮華経」と彫られた「お題目岩」という巨岩がある。
駐車場まで戻ってくると、朝から止まっていたミニバンの主がいた。話しかけてみると地元の登山者だったが、
あまり家に帰らず車で寝泊りしているという。家の近くで車中泊することもあるそうだ。
世の中、いろんな人がいるものである。
山日和
気が付けば10月も半ば。