【南伊勢】古和浦の峠路
Posted: 2025年8月22日(金) 05:52
【日 付】2025年8月20日(水)
【山 域】南伊勢
【コース】浅間神社8:45---11:10有地山---13:00竹ノ谷山---14:15浅間神社
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.258210/13 ... z0r0s0m0f1
古和一族の拠点古和浦からはいくつもの峠越えの道が続いている。浅間神社の鳥居をくぐり少し上ると里宮で、子ども達が主役の浅間祭りがここで行われている。社殿には今年の祭りで使われた御幣が立ててあった。「古和の浅間さんは大和の宇陀で、今じゃどちら向いてござるやらー」祭り歌の一節で、御神体が大和の商人に盗まれ宇陀に祀られたが何度戻しても古和浦の方を向いたという話だ。宇陀も古和浦も北畠氏の領内で、塩の道を通じて身近な存在だったのだろう。
山頂までは溝道が続いており、山頂には三方を石積で囲まれた社殿が祀られていた。最近は奥宮では祭りは行われておらず、鳥居は柱が残っているのみで朽ち、社殿も底が抜けていた。社殿の裏には智拳印を結んだ首のない大日如来が置かれていた。
有地川と古和川にはさまれた稜線には薪採取の名残のアガリコや材木を下したウインチが出てきて、里山の雰囲気をかもし出している。P376あたりで有地川方面から溝道が上がってきており、稜線沿いに溝道は続いている。しっかりと歩かれた生活道で長年使われてきた道だ。オロチ山(P521)から古和峠に溝道はつながるようだ。オロチ山の先に不動滝の分岐があり、有地川の奥の二俣の中間尾根を通る破線道につながるのだろう。有地山から再び溝道があらわれ、この道も規模も大きく立派なもので途切れずに続いている。標高350m付近には二段三段滝登山口の分岐があり、ここからも有地川上流部につながる道があった。溝道は棚橋隧道からの道が最も高い位置でヘアピンカーブになる地点に向けて棚橋側に下っている。この溝道は棚橋竈から有地山・古和峠を経て柏崎につながる生活道で、有地川から上ってくる溝道は古和浦から古和峠を越える生活道だ。棚橋には棚橋竈・新桑竈、古和浦には栃木竈・小方竈があり竈方集落で作られた塩を吉野に運んだ道だろう。
棚橋竈に溝道が下りてからは普通の山道に変わる。ニラハマ展望台に下りていく道は背丈程のシダ藪でマダニの巣窟だ。古和浦方面の道がありそうなので東北東に伸びる尾根の鞍部まで進むが、その先がシダ藪だ。植林地もシダ藪だが、よく見ると間伐したラインが続いている。ここなら藪にうもれることは無いが、どこまで続くかだ。幸いにも最後まで藪に捕まることなく古和浦トンネル出口に出て、駐車地まで最短で下ることができた。
帰りにニラハマ展望台下にある八柱神社に寄ると神社にしては立派な石垣でここが浅間祭りの出発点になる。古和浦側に少し戻った所に古和一族軍忠碑があり、八幡社の場所に古和一族の上村氏館と西側の山地に奥氏館を置き水軍の港を守るように配置されていた。山と海に囲まれた古和浦や棚橋竈から続く峠路は集落にとっては生命線といえる存在で、昔はより身近なものだったのだろう。
【山 域】南伊勢
【コース】浅間神社8:45---11:10有地山---13:00竹ノ谷山---14:15浅間神社
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.258210/13 ... z0r0s0m0f1
古和一族の拠点古和浦からはいくつもの峠越えの道が続いている。浅間神社の鳥居をくぐり少し上ると里宮で、子ども達が主役の浅間祭りがここで行われている。社殿には今年の祭りで使われた御幣が立ててあった。「古和の浅間さんは大和の宇陀で、今じゃどちら向いてござるやらー」祭り歌の一節で、御神体が大和の商人に盗まれ宇陀に祀られたが何度戻しても古和浦の方を向いたという話だ。宇陀も古和浦も北畠氏の領内で、塩の道を通じて身近な存在だったのだろう。
山頂までは溝道が続いており、山頂には三方を石積で囲まれた社殿が祀られていた。最近は奥宮では祭りは行われておらず、鳥居は柱が残っているのみで朽ち、社殿も底が抜けていた。社殿の裏には智拳印を結んだ首のない大日如来が置かれていた。
有地川と古和川にはさまれた稜線には薪採取の名残のアガリコや材木を下したウインチが出てきて、里山の雰囲気をかもし出している。P376あたりで有地川方面から溝道が上がってきており、稜線沿いに溝道は続いている。しっかりと歩かれた生活道で長年使われてきた道だ。オロチ山(P521)から古和峠に溝道はつながるようだ。オロチ山の先に不動滝の分岐があり、有地川の奥の二俣の中間尾根を通る破線道につながるのだろう。有地山から再び溝道があらわれ、この道も規模も大きく立派なもので途切れずに続いている。標高350m付近には二段三段滝登山口の分岐があり、ここからも有地川上流部につながる道があった。溝道は棚橋隧道からの道が最も高い位置でヘアピンカーブになる地点に向けて棚橋側に下っている。この溝道は棚橋竈から有地山・古和峠を経て柏崎につながる生活道で、有地川から上ってくる溝道は古和浦から古和峠を越える生活道だ。棚橋には棚橋竈・新桑竈、古和浦には栃木竈・小方竈があり竈方集落で作られた塩を吉野に運んだ道だろう。
棚橋竈に溝道が下りてからは普通の山道に変わる。ニラハマ展望台に下りていく道は背丈程のシダ藪でマダニの巣窟だ。古和浦方面の道がありそうなので東北東に伸びる尾根の鞍部まで進むが、その先がシダ藪だ。植林地もシダ藪だが、よく見ると間伐したラインが続いている。ここなら藪にうもれることは無いが、どこまで続くかだ。幸いにも最後まで藪に捕まることなく古和浦トンネル出口に出て、駐車地まで最短で下ることができた。
帰りにニラハマ展望台下にある八柱神社に寄ると神社にしては立派な石垣でここが浅間祭りの出発点になる。古和浦側に少し戻った所に古和一族軍忠碑があり、八幡社の場所に古和一族の上村氏館と西側の山地に奥氏館を置き水軍の港を守るように配置されていた。山と海に囲まれた古和浦や棚橋竈から続く峠路は集落にとっては生命線といえる存在で、昔はより身近なものだったのだろう。
【南伊勢】古和浦の峠路