【若狭】廃村永谷からシンコボへ 不動明王と出会う谷
Posted: 2025年7月29日(火) 22:03
【日 付】2025年7月26日(土)
【山 域】若狭 シンコボ(永谷山)周辺
【天 候】晴れ
【メンバー】sato、山日和
【コース】永谷集落跡9:15---9:42大滝下10:00---10:05大滝上10:20---10:35 15m滝11:20---13:40シンコボ15:05
---16:45永谷集落跡
旧名田庄村、現おおい町の山奥にあった廃村永谷は、40年もの長い間発電所建設に翻弄された集落である。
1965年頃に持ち上がった、京都府美山町(現南丹市)の芦生原生林と福井県名田庄村にまたがる大規模な揚水式
水力発電所の計画は、根強い反対運動によって2005年に中止が決定された。
言うまでもなく京都府側の芦生原生林は京都大学が借地権を持つ広大な森であり、今ではこの貴重な原生林を
水没させてしまうダム建設は許されるはずもないが、高度経済成長期には尾瀬のダム計画と並んで、経済発展
に伴う電力供給が優先されうる時代だったのだ。
福井県側の永谷集落は最後まで4軒の家が抵抗を続けたのだが、1985年には離村して人の影がなくなってしまっ
たのである。しかし、その20年後にダム計画の中止を見ることになり、不本意ながらも故郷の村を捨てざるを
得なかった人々の思いは如何ばかりだったろうかと思う。
小浜市から国道162号を南下して、久田川沿いの道に入る。途中までは集落があり、最初はセンターライン
もあるいい道だが、永谷への分岐を過ぎると狭い林道となる。
落石に注意しながら林道を進む。道沿いの永谷川は澱んだような流れで水量が極端に少ないようだ。
分岐から10分ほどで永谷の集落跡に到着した。打ち捨てられた建物は40年を経過して、壁が落ちているもの
や完全に倒壊しているものが並び、文字通りの廃墟となっていた。
その当時は喜びに満ちて眺められたであろう道路開通の記念碑が物悲しい。
錆びたブランコや滑り台などの遊具は、かつては子供たちが笑顔で遊んでいた姿が目に浮かぶようだ。
空き地に駐車して歩き出すとほどなくシンコボ(永谷山)直登谷の出合に着いた。まわりは完全な植林帯で風采
の上がらない景色である。さっき見た永谷川本流の流れの通り、水はチョロチョロ流れる程度。先週の奥牧谷と
大違いだ。
谷は意外に開けて明るく、谷芯は岩盤なのが救いだ。しかしこの水量ではなかなか涼しい沢登りを味わえそうも
ない。岸には明瞭な杣道があるのであえて水流の中を行くこともないが、クールダウンのため無理やり小滝を登る。
少し歩くと右上方の高みに水流が見えた。20mはあろうかという大滝である。水量が多ければ見事な姿なのだ
ろうが、この水量では迫力に欠ける。それでも美しい滝であることに変わりはない。
滝つぼがないので水量の少なさを利して滝の真下に立って見上げると、青い空から水しぶきが降り注いで美しい。
左のザレた斜面から巻きにかかる。そこはかとない踏み跡を辿ると明瞭な道が現れ、落ち口に向かって斜上し
ていた。途中にはトラロープまでぶら下がっている。ロープのある箇所は大きな段差があり、道が少し外傾して
いるので助かった。落ち口へ出る部分は1mほどもある広い切通しになっていて驚いた。
落ち口の少し上に出ると、対岸には立派な石垣が組まれ、その真ん中に不動明王像が鎮座している。
hillwandererさんの情報を知っていたから「これか」と思えたが、何も知らずに来ていたら驚いたことだろう。
あのしっかりした道はこのお不動さんへの参拝道だったのだろうか。
ならばこの大滝はさしずめ不動滝というところか。永谷集落の人々の信仰の道だったに違いない。
大滝の上にはナメ滝が2本ほどあるがすぐに落ち着き、中だるみのような状態になる。
あくびが出かかる頃に谷は再び活気を見せ始めた。
2段15mほどの滝と対面する。巻くつもりでチェーンスパイクを履いたが、右側を直登できそうだ。
右から取り付いて水流をまたいで左側へ渡って上段終了。10mロープを出して左側からsatoさんを引き上げる。
左側の草付きはホールドが乏しく苦労したようだ。
上段は右から攻められそうだが落ち口に出るところが怪しいので木の根が出ている滝身の左斜面を上がること
にする。10mでは足りないので20mロープに替えて、木の根にアンカーを取りながら登るが、足元はズルズルだ。
チェーンスパイクを履いていてよかった。
なんとか登り切ったがずいぶん時間を食ってしまった。右の落ち口を見るとホールドがなく、とても上がれそ
うもない。左ルートにして正解だったと胸をなで下ろした。
滝の上からはほぼ切れ目なく連続して滝が現れた。水量のせいもあって奥牧谷ほど見栄えのする滝はないが、
ほぼ直登可能なので楽しい。
これだけ水が少ないと水切れも早い。枯れた谷を這い上がって行くが、とにかく急傾斜である。
火照った頭と体を水で冷やすこともできず、仕方なくヘルメットを外して頭に風を通した。
山頂へダイレクトに上がるつもりだったが延々と続く急斜面に嫌気をさして、左側の斜面から尾根に逃げるこ
とにする。
後方の斜面でガサッという音がした。シカかなと思って振り返ると50mほど向こうに黒い物体が動いている。
クマだ。ピストルを持って来なかったので、ホイッスル、鈴、柏手を総動員してこちらの存在を知らせるが、
どんどん近付いて来るようだ。20mほど離れた小尾根の鼻を回り込んだところで初めてこちらが人だと気付いた
のか、顔を見た瞬間に脱兎のごとく逃げて行ってくれた。
クマは目が悪いらしいので、あそこまで人がいるとは思わず、なにか楽しげな音が鳴っているなあと思ってこち
らに来たのかもしれない。
satoさんと同行した山でクマに遭うのはもう7~8回目だろうか。かなりの高確率でクマと遭遇している。
ちなみにこれまでのクマとの最短距離は3mほどである。
satoさんの動悸が収まるのを待って再び登り始めた。こちらは急斜面に喘いで動悸が収まらない。
尾根に出た。ほどなく811.3mのシンコボ(永谷山)の山頂に到着。
シンコボとは不思議な名前だが、どういう由来なのだろう。
風の通る木陰で大きなブナにもたれかかってランチタイムとする。今日も暑さ知らずだ。
想定よりも時間がかかったので、最短ルートの直登谷左岸尾根を下ることにする。
この尾根はヤブ無しの爽やかなブナ林もあれば、しつこいユズリハのヤブもあり、気持良く歩けるのは全体の
半分ぐらいだろうか。
集落のテレビアンテナがあったのだろう、ケーブルの続く道となり、最後は植林帯を林道へソフトランディング。
車に戻ってから廃墟となった廣峯神社を探索する。社殿は崩壊しかかって、お供えものらしき一升瓶がポツン
と残されていた。手前の拝殿と思しき建物は屋根だけ残して倒壊していた。
左にある建物に目をやると、軒下にきれいに残されていた五三桐の家紋が、この山奥の僻地に生きた人々の誇り
を思い起こさせるようだった。
山日和
【山 域】若狭 シンコボ(永谷山)周辺
【天 候】晴れ
【メンバー】sato、山日和
【コース】永谷集落跡9:15---9:42大滝下10:00---10:05大滝上10:20---10:35 15m滝11:20---13:40シンコボ15:05
---16:45永谷集落跡
旧名田庄村、現おおい町の山奥にあった廃村永谷は、40年もの長い間発電所建設に翻弄された集落である。
1965年頃に持ち上がった、京都府美山町(現南丹市)の芦生原生林と福井県名田庄村にまたがる大規模な揚水式
水力発電所の計画は、根強い反対運動によって2005年に中止が決定された。
言うまでもなく京都府側の芦生原生林は京都大学が借地権を持つ広大な森であり、今ではこの貴重な原生林を
水没させてしまうダム建設は許されるはずもないが、高度経済成長期には尾瀬のダム計画と並んで、経済発展
に伴う電力供給が優先されうる時代だったのだ。
福井県側の永谷集落は最後まで4軒の家が抵抗を続けたのだが、1985年には離村して人の影がなくなってしまっ
たのである。しかし、その20年後にダム計画の中止を見ることになり、不本意ながらも故郷の村を捨てざるを
得なかった人々の思いは如何ばかりだったろうかと思う。
小浜市から国道162号を南下して、久田川沿いの道に入る。途中までは集落があり、最初はセンターライン
もあるいい道だが、永谷への分岐を過ぎると狭い林道となる。
落石に注意しながら林道を進む。道沿いの永谷川は澱んだような流れで水量が極端に少ないようだ。
分岐から10分ほどで永谷の集落跡に到着した。打ち捨てられた建物は40年を経過して、壁が落ちているもの
や完全に倒壊しているものが並び、文字通りの廃墟となっていた。
その当時は喜びに満ちて眺められたであろう道路開通の記念碑が物悲しい。
錆びたブランコや滑り台などの遊具は、かつては子供たちが笑顔で遊んでいた姿が目に浮かぶようだ。
空き地に駐車して歩き出すとほどなくシンコボ(永谷山)直登谷の出合に着いた。まわりは完全な植林帯で風采
の上がらない景色である。さっき見た永谷川本流の流れの通り、水はチョロチョロ流れる程度。先週の奥牧谷と
大違いだ。
谷は意外に開けて明るく、谷芯は岩盤なのが救いだ。しかしこの水量ではなかなか涼しい沢登りを味わえそうも
ない。岸には明瞭な杣道があるのであえて水流の中を行くこともないが、クールダウンのため無理やり小滝を登る。
少し歩くと右上方の高みに水流が見えた。20mはあろうかという大滝である。水量が多ければ見事な姿なのだ
ろうが、この水量では迫力に欠ける。それでも美しい滝であることに変わりはない。
滝つぼがないので水量の少なさを利して滝の真下に立って見上げると、青い空から水しぶきが降り注いで美しい。
左のザレた斜面から巻きにかかる。そこはかとない踏み跡を辿ると明瞭な道が現れ、落ち口に向かって斜上し
ていた。途中にはトラロープまでぶら下がっている。ロープのある箇所は大きな段差があり、道が少し外傾して
いるので助かった。落ち口へ出る部分は1mほどもある広い切通しになっていて驚いた。
落ち口の少し上に出ると、対岸には立派な石垣が組まれ、その真ん中に不動明王像が鎮座している。
hillwandererさんの情報を知っていたから「これか」と思えたが、何も知らずに来ていたら驚いたことだろう。
あのしっかりした道はこのお不動さんへの参拝道だったのだろうか。
ならばこの大滝はさしずめ不動滝というところか。永谷集落の人々の信仰の道だったに違いない。
大滝の上にはナメ滝が2本ほどあるがすぐに落ち着き、中だるみのような状態になる。
あくびが出かかる頃に谷は再び活気を見せ始めた。
2段15mほどの滝と対面する。巻くつもりでチェーンスパイクを履いたが、右側を直登できそうだ。
右から取り付いて水流をまたいで左側へ渡って上段終了。10mロープを出して左側からsatoさんを引き上げる。
左側の草付きはホールドが乏しく苦労したようだ。
上段は右から攻められそうだが落ち口に出るところが怪しいので木の根が出ている滝身の左斜面を上がること
にする。10mでは足りないので20mロープに替えて、木の根にアンカーを取りながら登るが、足元はズルズルだ。
チェーンスパイクを履いていてよかった。
なんとか登り切ったがずいぶん時間を食ってしまった。右の落ち口を見るとホールドがなく、とても上がれそ
うもない。左ルートにして正解だったと胸をなで下ろした。
滝の上からはほぼ切れ目なく連続して滝が現れた。水量のせいもあって奥牧谷ほど見栄えのする滝はないが、
ほぼ直登可能なので楽しい。
これだけ水が少ないと水切れも早い。枯れた谷を這い上がって行くが、とにかく急傾斜である。
火照った頭と体を水で冷やすこともできず、仕方なくヘルメットを外して頭に風を通した。
山頂へダイレクトに上がるつもりだったが延々と続く急斜面に嫌気をさして、左側の斜面から尾根に逃げるこ
とにする。
後方の斜面でガサッという音がした。シカかなと思って振り返ると50mほど向こうに黒い物体が動いている。
クマだ。ピストルを持って来なかったので、ホイッスル、鈴、柏手を総動員してこちらの存在を知らせるが、
どんどん近付いて来るようだ。20mほど離れた小尾根の鼻を回り込んだところで初めてこちらが人だと気付いた
のか、顔を見た瞬間に脱兎のごとく逃げて行ってくれた。
クマは目が悪いらしいので、あそこまで人がいるとは思わず、なにか楽しげな音が鳴っているなあと思ってこち
らに来たのかもしれない。
satoさんと同行した山でクマに遭うのはもう7~8回目だろうか。かなりの高確率でクマと遭遇している。
ちなみにこれまでのクマとの最短距離は3mほどである。
satoさんの動悸が収まるのを待って再び登り始めた。こちらは急斜面に喘いで動悸が収まらない。
尾根に出た。ほどなく811.3mのシンコボ(永谷山)の山頂に到着。
シンコボとは不思議な名前だが、どういう由来なのだろう。
風の通る木陰で大きなブナにもたれかかってランチタイムとする。今日も暑さ知らずだ。
想定よりも時間がかかったので、最短ルートの直登谷左岸尾根を下ることにする。
この尾根はヤブ無しの爽やかなブナ林もあれば、しつこいユズリハのヤブもあり、気持良く歩けるのは全体の
半分ぐらいだろうか。
集落のテレビアンテナがあったのだろう、ケーブルの続く道となり、最後は植林帯を林道へソフトランディング。
車に戻ってから廃墟となった廣峯神社を探索する。社殿は崩壊しかかって、お供えものらしき一升瓶がポツン
と残されていた。手前の拝殿と思しき建物は屋根だけ残して倒壊していた。
左にある建物に目をやると、軒下にきれいに残されていた五三桐の家紋が、この山奥の僻地に生きた人々の誇り
を思い起こさせるようだった。
山日和
出かけていて感想が遅くなってしまいすみません。