【高見山地】静寂の高見山周回 大天狗岩・西杉峠・投石の滝
Posted: 2025年7月14日(月) 05:13
【日 付】2025年7月12日(土)
【山 域】高見山地
【コース】平野8:30---10:10高見山---12:50西杉峠---14:30平野
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.438664/13 ... z0r0s0m0f1
高見山は神武東征で越えた山とされ歴史は古い。人気の高見山だが静かな山旅を求めて水分神社のある平野から投石の滝のある滝野を経て周回することにした。天好園に500円で駐車し山道に入る。古道をそのまま使っており気持ちよくトラバースしていく。キャタピラ道も並行しているが、意図して古道を残しており歩きやすい。樹齢700年の高見杉を過ぎ尾根に乗ると杉谷から小峠を経る道が合流してくる。尾根に大岩が出始めたあたりからガスが出てきた。最初の大岩が国見岩で神武天皇がこの岩に上り軍事評定をした場所とされている。「多武峰 大職冠 藤原鎌足公」と三度唱えれば岩が揺るぎだすとされる揺岩があり、高見峠を下った飯高町舟戸には大化の改新で鎌足に殺された蘇我入鹿の首塚がある。歴史の有名人のオンパレードだ。
高見山山頂の高角神社は雲の中で、この先の崩落地も近くに行かないとわからない。ガスの中は微妙に風が吹いていて涼しく猛暑を覚悟していただけにありがたい。カヤノ山で県境稜線と別れるが北尾根にもテープがある。平野側の頂上部には巨大なコンクリートのワイヤー橋脚の残骸があり、ここからウインチで木材を搬出したようだ。天狗山に着くころにはガスを抜け出し大洞山や倶留尊山が見える。天狗山には小さな五輪塔と高見山地の石仏でよく見る密教の護摩木が置かれ、桃俣への分岐になっている。
目の前に大天狗岩の巨大な嵓が立ちはだかる。直登は無理で左を巻いて、稜線づたいに頂上に着く。天狗の面と小さな五輪塔が置かれており、昔から修験の行場だったようだ。修験道の中心地であった川上若宮八幡宮は川上十三峰を神体山としており、高見山を「東の嶽山」と呼んでいる。大天狗岩も山域に点在する磐座のひとつで、ここからは宇陀の兜岳や鎧岳が目の前に見える。
伐採された黒石山を過ぎるとキャタピラ道がつかず離れずで見えてくるが、テープをたどり西杉峠に着く。多気に拠点を置く北畠氏が吉野に物資を運ぶ際の幹線道路は庄司越で赤桶で和歌山街道に合流する。ただ多気と吉野を結ぶ最短ルートは伊勢本街道の御杖村桃俣から西杉峠を越え滝野・平野を経て木津で和歌山街道に合流する道になる。御杖は北畠の領国内で西杉峠を越えると直接吉野に入ることができた。
峠には吉野の入口らしく役行者の石像が祠に祀られており、峠の目印の大きな石柱が立っていた。峠からは溝道の古道が続いている。溝道に植林されたり、杣道に変えられたりしながらも残っている。伊勢本街道と和歌山街道を結ぶ道であり、吉野や長谷への参拝道として古代より多くの人々が歩いてきた道だ。下った炭窯跡にはゆがんだ祠に地蔵が祀られていた。二俣で林道に出て滝野に出る。
滝野の投石の滝は弘法大師が室生山より高見山に登り、護国利生の護摩法を修す際に、滝より金剛不動明王が現れたことが起源とされている。北尾根の大天狗岩に西杉峠の役行者、投石の滝の金剛不動明王と密教の色合いが濃い山域だ。高見山がどんな意味合いの山なのかを深く感じることができた。
【山 域】高見山地
【コース】平野8:30---10:10高見山---12:50西杉峠---14:30平野
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.438664/13 ... z0r0s0m0f1
高見山は神武東征で越えた山とされ歴史は古い。人気の高見山だが静かな山旅を求めて水分神社のある平野から投石の滝のある滝野を経て周回することにした。天好園に500円で駐車し山道に入る。古道をそのまま使っており気持ちよくトラバースしていく。キャタピラ道も並行しているが、意図して古道を残しており歩きやすい。樹齢700年の高見杉を過ぎ尾根に乗ると杉谷から小峠を経る道が合流してくる。尾根に大岩が出始めたあたりからガスが出てきた。最初の大岩が国見岩で神武天皇がこの岩に上り軍事評定をした場所とされている。「多武峰 大職冠 藤原鎌足公」と三度唱えれば岩が揺るぎだすとされる揺岩があり、高見峠を下った飯高町舟戸には大化の改新で鎌足に殺された蘇我入鹿の首塚がある。歴史の有名人のオンパレードだ。
高見山山頂の高角神社は雲の中で、この先の崩落地も近くに行かないとわからない。ガスの中は微妙に風が吹いていて涼しく猛暑を覚悟していただけにありがたい。カヤノ山で県境稜線と別れるが北尾根にもテープがある。平野側の頂上部には巨大なコンクリートのワイヤー橋脚の残骸があり、ここからウインチで木材を搬出したようだ。天狗山に着くころにはガスを抜け出し大洞山や倶留尊山が見える。天狗山には小さな五輪塔と高見山地の石仏でよく見る密教の護摩木が置かれ、桃俣への分岐になっている。
目の前に大天狗岩の巨大な嵓が立ちはだかる。直登は無理で左を巻いて、稜線づたいに頂上に着く。天狗の面と小さな五輪塔が置かれており、昔から修験の行場だったようだ。修験道の中心地であった川上若宮八幡宮は川上十三峰を神体山としており、高見山を「東の嶽山」と呼んでいる。大天狗岩も山域に点在する磐座のひとつで、ここからは宇陀の兜岳や鎧岳が目の前に見える。
伐採された黒石山を過ぎるとキャタピラ道がつかず離れずで見えてくるが、テープをたどり西杉峠に着く。多気に拠点を置く北畠氏が吉野に物資を運ぶ際の幹線道路は庄司越で赤桶で和歌山街道に合流する。ただ多気と吉野を結ぶ最短ルートは伊勢本街道の御杖村桃俣から西杉峠を越え滝野・平野を経て木津で和歌山街道に合流する道になる。御杖は北畠の領国内で西杉峠を越えると直接吉野に入ることができた。
峠には吉野の入口らしく役行者の石像が祠に祀られており、峠の目印の大きな石柱が立っていた。峠からは溝道の古道が続いている。溝道に植林されたり、杣道に変えられたりしながらも残っている。伊勢本街道と和歌山街道を結ぶ道であり、吉野や長谷への参拝道として古代より多くの人々が歩いてきた道だ。下った炭窯跡にはゆがんだ祠に地蔵が祀られていた。二俣で林道に出て滝野に出る。
滝野の投石の滝は弘法大師が室生山より高見山に登り、護国利生の護摩法を修す際に、滝より金剛不動明王が現れたことが起源とされている。北尾根の大天狗岩に西杉峠の役行者、投石の滝の金剛不動明王と密教の色合いが濃い山域だ。高見山がどんな意味合いの山なのかを深く感じることができた。
人気の高見山だが静かな山旅を求めて水分神社のある平野から投石の滝のある滝野を経て周回することにした。