【鈴鹿】ちいさくなったおおきな背中を追いかけて3 あのお花と大展望を一緒に楽しみたくて高室山へ
Posted: 2025年6月23日(月) 16:14
【日 付】 2025年6月5日
【山 域】 鈴鹿高室山周辺
【天 候】 晴れ
【メンバー】 母 sato
【コース】 佐目自然公園P~高室山~・777~P
細引きも入れた。チェーンスパイクも入れた。愛車に乗り込み出発する前に、もう一度、リュックの中の荷物を確認して、
エンジンをかけ、ふぅとひと呼吸してアクセルを踏む。
湖西バイパスに出ると、白い雲が浮かぶ青い空の下、薄水色に煌めくうみの向こうに青緑色の鈴鹿の山やまが爽やかに並んでいた。
申し分のないお天気。今日でよかった。うきうきしながら米原に向かって車を走らせる。
道の駅近江母の郷でサラダ巻きとおはぎという面白い詰め合わせのお弁当を買い、9時半、米原駅のロータリーに入り車を停めた。
9時47分に母の乗った新幹線が到着する。
そろそろかな、と思って、エスカレーターの下で待っていると、萌黄色のパンツに生成り色のボーダーシャツ姿の母が階段を下ってきた。
前回、野洲駅で現れた時よりも、しゃんとした足取りだ。
「エスカレーターで下ってくると思っていたよ。お母さん元気だね」
うれしくなって、挨拶抜きでおだててしまう。
「私は、いつも階段よ」
間髪を入れず、むかしから変わらぬ口調でポンと応える。
「ねぇ、見て。同じズボンを買っちゃった」
「あら、ほんと同じ。私、今日は、全部さとちゃんがくれたもの。上から下までモンベル」
2か月前、三上山に登った時は、亡くなったお友達が着ていた服で揃えていた。
元気が出たのかな、元気を出そうと頑張っているのかな。一段高くなった声に、ふいに涙がでそうになる。
「30分ほどで着くからね」
車に乗り込み、佐目自然公園駐車場へと向かう。
「高室山って、佐目というところから登るのよね。地図も持ってきたわよ」
「何で地図を持っているの?」
「何年か前、伊吹山の話が出た時に昭文社の地図を買ったの」
「わざわざ買ったんだ」
「地図を見るのが好きなのよ」
楽し気に話す母の横顔をちらりと見て、今日はこころの底から楽しんでほしいと思う。よろこばせたいと思う。
駐車場に着き、準備を整え出発する前に、「ひょっとしたら、ヒルがいるかもしれないから」とさらりと言って虫よけスプレーを渡す。
昨日、下見を兼ねて友人と、5月に落第忍者さんとバーチャリさんと楽しんだコースを歩いたら、4,5か所ヒルに吸血され、
登山靴が血だらけになってしまった。
ヒルが多い山ということは伝えていない。知ってしまったら嫌だと言われてしまう。
「あら、そうなの」
よかった。顔色を変えずパンツにスプレーを吹きつけてくれた。
今日も同じく母が先頭で歩き始める。ゆっくりだけどしっかりとした足取り。
尾根に取り付き、傾斜が急になっていってもペースは落ちない。
道の傍らにぽつぽつとうつくしい模様が描かれた三角形の葉が見られる。ミスミソウだ。
「お母さん、高室山にはミスミソウの群生地もあるみたい」
「ミスミソウ、きれいよね。毎月のように登っている大平山の登山道ではないところにも群生地があって、
春になると会いにいくのを楽しみにしていたのだけど、何年か前に、ネットに載ったみたいで盗掘されてしまったの。かなしかったわ」
いとおしそうに葉っぱを見つめて母が呟く。
好きなもの、好きなこと、好きな人を失ってしまったかなしさは、消えることはない。
普段、こころの奥底に沈めていても、ふっと浮き上がってくる。そして、そのかなしさは別のかなしさも浮かび上がらせてしまう。
「そうかぁ。そうだね」としか、言葉が出てこない。
標高420m、腰越の城砦跡に着く。
「休憩する?水を飲む?」
「ううん。平気」
城砦跡の説明を読んで進んでいく。410m小ピークを下り、懸念していた100mの急坂に入る。
三上山の登りでよたついていたので心配だった。が、杞憂だった。最初の登りと同じペースで登っていく。
「お母さん。今日は調子がいいね」
「岩や木の根っこが無ければ大丈夫なのよ。岩稜は好きだったのにねぇ」
80歳を超えてから、筋力の衰えが著しく、岩をよいしょと登ったり下ったりする時、踏ん張れないという。
普段、足の動き、筋肉の使い方など考えて歩かないけれど、ちょっとした岩を登るのにも、
足はいろいろな筋肉を微妙な力加減で使いバランスを取りながら一歩を踏み出しているのだ。
私は怪我をした時に、足首は、こんなにも複雑な動きをして歩いたりからだを支えたりしていたのだ、と知ることができた。
だから、思うように歩けない母の気持ちがちょこっとは分かる気がする。
「私も体力が落ちてきたよ」と話すと、
「何言っているの。私は60代後半が一番元気だったわよ」と言う。
そして、以前も聞いたけれど、健脚だったお友達と、冷池山荘から鹿島槍八峰キレット、五竜岳を越え唐松山荘まで一日で歩いたこと、
69歳の時には、ひとり旅で、朝岳沢を出発して前穂高、奥穂高に登り、時間が早かったので涸沢まで下ったことを、
つい最近歩いてきたかのように生き生きと鮮明に語る。
・543を過ぎ、5月も昨日も尾根芯を歩いたが、今日は、尾根から逸れて植林の中の登山道を進む。
「面白い地形ねぇ」
だだっ広くなった地形を見て、母は楽しそうに呟く。きりりとした岩稜や緩やかな起伏を描く地形に、
母も私も魅せられてきたのだなぁ、としんみりとなる。
林道に出て少し行くと、登ってきた尾根にぶつかる。山頂まであと120mほど。水分補給をして歩みを進める。
標高760mを過ぎたあたりで登山道は左に折れ、北へとトラバースして西側の広い斜面を登っていくようにつけられている。
雨上がりの昨日は、西側斜面はヌルヌルで、ズルリと滑った。今日も滑るかもしれない。
でも大丈夫。細引きとチェーンスパイクがある。
幸い道は乾いていて難なく登れた。斜面には風情ある緑のカエデの木々が立ち並び、初夏のお昼の真っすぐな太陽の陽射しを浴び、
無数の鮮やかな緑色の煌きを苔むした岩いわの上に落としている。5月も昨日も、わぁ、と胸が高鳴った景色。
母も、きれいねぇ、とカエデを見上げている。
「あっ。見て」
今、初めて気づいたように、濃緑色の葉の上に浮かんだまっしろなまあるいお花を指差す。
「えっ?これがベニバナヤマシャクヤクのシロバナなのね。かわいいわねぇ」
ゆっくりとお花に近づき、ふたりでじっと眺める。
「上にもまだあるはず。エビネもあるかも」
昨日、確認したエビネの群生箇所にそれとなく進んでいく。
「あった。見て見て。まだ咲いているよ」
「エビネも自生しているのね。きれいねぇ」
母が訪れる山では、エビネは見られないそうだ。
12時25分、山頂に到着した。歩き始めたのが10時半。1時間55分で到着した。
「お母さん、すごいね。コースタイムで歩いたよ」
「歩きやすかったからね。ねぇ、高室山の山頂素晴らしいわね。カルスト地形ってなかなか見られないわよ。
眺めも素晴らしいわ。この大きな山は霊仙山?伊吹山はどこ?」
「お母さん、むかし伊吹山には登ったんだよね。霊仙山の奥にちょこっと見えているよ」
「こっちの山は?」
「御池岳。霊仙も御池もいいお山だよ」
「いいわねぇ。素晴らしい眺めね」と繰り返す母の声を聞き、今日にしてよかったとあらためて思い、
数年前だったら御池岳も霊仙山も一緒に登れたのに、とせつなくなる。
「ご飯にしようか」
山頂は、爽やかな風が吹き抜け心地よく、ひなたでも休憩できる。
ベニバナヤマシャクヤクの隣にシートを広げて腰を下ろし、サラダ巻きとおはぎの詰め合わせのお弁当を差し出す。
「私、おはぎがいい」
思った通りだった。太巻きだけにしなくてよかった。
座って落ち着くと、話題はやはり母のお友達やご近所の方々のこと。
この春続けて学生時代からの仲のいいお友達が亡くなり、残っているのが数人に。ひとりは施設に入っていて軽度の認知障害もあり、
電話をかけても出てこなくて、どうなっているのか分からず、元気なのは、もうひとりだけ。
山は登れなくなっても、一緒にお散歩に出かけたり、ご飯を食べたり、電話で話したりして、楽しみ励ましあってきたけれど、
今は、電話でおしゃべりする相手もほとんどいなくなってしまったという。ご近所のお話仲間もぐんと減ってしまったそうだ。
「元気なのはありがたいけれど、さびしいわ」
「そうかぁ。そうだね」
かなしささびしさを抱えた母を見て、また、同じ言葉しか出てこない。
13時10分。帰りの新幹線は16時55分。まだ時間に余裕がある。ベニバナヤマシャクヤクの多い・777まで行ける。
「お母さん、まだ歩けるよね。あっちの山まで行こう。お花も、もっと見られるよ」
「そうね。まだ歩けるわ」
「そうそう、出発前に記念写真を撮ろう」
去年の野坂岳から写真撮影に応じてくれた母。「ここでいい?」と言って、荷物を片付け、立ち上がってくれた。
ズルズルだった鞍部への道も、乾いていてホッとする。
「いっぱい咲いているよ」
「あぁ、ほんと」
山頂への登りの斜面には、ぽわっと白いお花たちが遠い夢を見るように佇んでいる。
・777山頂周辺は庭園のようだった。
「こんなにたくさんのお花が自然の状態で見られるのね。関東の山だったらロープを張られて立ち入り禁止になったり、
保護されたりするわよ。この状態がずっと続くといいわねぇ」
初夏のひと時、苔むした木と岩の間で静謐な光を放つ純白の花。この光景が失われることがありませんようにと私も願う。
13時40分。帰りは鞍部から林道で戻っていく。面白いと言った地形を見て、また母は面白わね、と言い、
標高500mからの急こう配も、丁寧に九十九折の道が作られているから安心して下れるわ、と言う。
余力があるのだろう。母の山登りの話も途切れることなく続いていく。
私が知らなかった50代から70代の母の山。上信越の山やま、日光会津の山やま・・・ひとりで、時にはお友達と共に、
電車とバスを使い、こんなにもいろいろな山に出かけていたのだとびっくりする。
母とは人生観も価値観も違うし話も合わない、と、50歳くらいまで思っていたけれど、母も私も、山がありわたしがある、
という同じ思いで人生を歩んできたのだなぁ、と胸が熱くなる。
15時半、駐車場に戻ってきた。広い駐車場の片隅にベンチとテーブルが置かれているのに気づく。
今日も頂き物を持ってきた。ここでおやつタイムを楽しめる。
ふたり並んでベンチに腰掛ける。インスタントコーヒーを入れて「今日はわらび餅だよ」と言って、箱から取り出し、
セロハンの封を剥いて小皿に移し「3年前の蛇谷ヶ峰、去年の野坂岳では頂き物のくず餅を一緒に食べたよね、覚えている?」
とこころの中で聞いて、はい、と渡す。
「おいしいわね」と言いながら、母はまだ山の話を続けている。ほんとうに山を愛しているのだなぁと思う。
今はもう登ることが出来なくなってしまった愛してやまない山を、話すことによって、ふたたび旅しているのだなぁと思う。
16時を回った。後片付けをして車に乗り込む。
16時40分、駅に到着した。エスカレーターの下まで一緒に行く。
今日もお別れの言葉は「じゃあね」のひと言。にこりと笑い手を振った後、すっとエスカレーターに乗り、一度も振り返らず去って行った。
後ろ姿を目で追いながら、「また一緒に山に行きたいわ」
と聞きたかった続きの言葉を、母の口調で呟いて、
でも「ありがとう。楽しかった」と笑ってくれたね、お母さん。ありがとう、うれしかったよ、とひとり頷き、
見えなくなった母にちいさく手を振って、さぁ帰ろう、と鼻をすすり愛車に戻る。
sato
【山 域】 鈴鹿高室山周辺
【天 候】 晴れ
【メンバー】 母 sato
【コース】 佐目自然公園P~高室山~・777~P
細引きも入れた。チェーンスパイクも入れた。愛車に乗り込み出発する前に、もう一度、リュックの中の荷物を確認して、
エンジンをかけ、ふぅとひと呼吸してアクセルを踏む。
湖西バイパスに出ると、白い雲が浮かぶ青い空の下、薄水色に煌めくうみの向こうに青緑色の鈴鹿の山やまが爽やかに並んでいた。
申し分のないお天気。今日でよかった。うきうきしながら米原に向かって車を走らせる。
道の駅近江母の郷でサラダ巻きとおはぎという面白い詰め合わせのお弁当を買い、9時半、米原駅のロータリーに入り車を停めた。
9時47分に母の乗った新幹線が到着する。
そろそろかな、と思って、エスカレーターの下で待っていると、萌黄色のパンツに生成り色のボーダーシャツ姿の母が階段を下ってきた。
前回、野洲駅で現れた時よりも、しゃんとした足取りだ。
「エスカレーターで下ってくると思っていたよ。お母さん元気だね」
うれしくなって、挨拶抜きでおだててしまう。
「私は、いつも階段よ」
間髪を入れず、むかしから変わらぬ口調でポンと応える。
「ねぇ、見て。同じズボンを買っちゃった」
「あら、ほんと同じ。私、今日は、全部さとちゃんがくれたもの。上から下までモンベル」
2か月前、三上山に登った時は、亡くなったお友達が着ていた服で揃えていた。
元気が出たのかな、元気を出そうと頑張っているのかな。一段高くなった声に、ふいに涙がでそうになる。
「30分ほどで着くからね」
車に乗り込み、佐目自然公園駐車場へと向かう。
「高室山って、佐目というところから登るのよね。地図も持ってきたわよ」
「何で地図を持っているの?」
「何年か前、伊吹山の話が出た時に昭文社の地図を買ったの」
「わざわざ買ったんだ」
「地図を見るのが好きなのよ」
楽し気に話す母の横顔をちらりと見て、今日はこころの底から楽しんでほしいと思う。よろこばせたいと思う。
駐車場に着き、準備を整え出発する前に、「ひょっとしたら、ヒルがいるかもしれないから」とさらりと言って虫よけスプレーを渡す。
昨日、下見を兼ねて友人と、5月に落第忍者さんとバーチャリさんと楽しんだコースを歩いたら、4,5か所ヒルに吸血され、
登山靴が血だらけになってしまった。
ヒルが多い山ということは伝えていない。知ってしまったら嫌だと言われてしまう。
「あら、そうなの」
よかった。顔色を変えずパンツにスプレーを吹きつけてくれた。
今日も同じく母が先頭で歩き始める。ゆっくりだけどしっかりとした足取り。
尾根に取り付き、傾斜が急になっていってもペースは落ちない。
道の傍らにぽつぽつとうつくしい模様が描かれた三角形の葉が見られる。ミスミソウだ。
「お母さん、高室山にはミスミソウの群生地もあるみたい」
「ミスミソウ、きれいよね。毎月のように登っている大平山の登山道ではないところにも群生地があって、
春になると会いにいくのを楽しみにしていたのだけど、何年か前に、ネットに載ったみたいで盗掘されてしまったの。かなしかったわ」
いとおしそうに葉っぱを見つめて母が呟く。
好きなもの、好きなこと、好きな人を失ってしまったかなしさは、消えることはない。
普段、こころの奥底に沈めていても、ふっと浮き上がってくる。そして、そのかなしさは別のかなしさも浮かび上がらせてしまう。
「そうかぁ。そうだね」としか、言葉が出てこない。
標高420m、腰越の城砦跡に着く。
「休憩する?水を飲む?」
「ううん。平気」
城砦跡の説明を読んで進んでいく。410m小ピークを下り、懸念していた100mの急坂に入る。
三上山の登りでよたついていたので心配だった。が、杞憂だった。最初の登りと同じペースで登っていく。
「お母さん。今日は調子がいいね」
「岩や木の根っこが無ければ大丈夫なのよ。岩稜は好きだったのにねぇ」
80歳を超えてから、筋力の衰えが著しく、岩をよいしょと登ったり下ったりする時、踏ん張れないという。
普段、足の動き、筋肉の使い方など考えて歩かないけれど、ちょっとした岩を登るのにも、
足はいろいろな筋肉を微妙な力加減で使いバランスを取りながら一歩を踏み出しているのだ。
私は怪我をした時に、足首は、こんなにも複雑な動きをして歩いたりからだを支えたりしていたのだ、と知ることができた。
だから、思うように歩けない母の気持ちがちょこっとは分かる気がする。
「私も体力が落ちてきたよ」と話すと、
「何言っているの。私は60代後半が一番元気だったわよ」と言う。
そして、以前も聞いたけれど、健脚だったお友達と、冷池山荘から鹿島槍八峰キレット、五竜岳を越え唐松山荘まで一日で歩いたこと、
69歳の時には、ひとり旅で、朝岳沢を出発して前穂高、奥穂高に登り、時間が早かったので涸沢まで下ったことを、
つい最近歩いてきたかのように生き生きと鮮明に語る。
・543を過ぎ、5月も昨日も尾根芯を歩いたが、今日は、尾根から逸れて植林の中の登山道を進む。
「面白い地形ねぇ」
だだっ広くなった地形を見て、母は楽しそうに呟く。きりりとした岩稜や緩やかな起伏を描く地形に、
母も私も魅せられてきたのだなぁ、としんみりとなる。
林道に出て少し行くと、登ってきた尾根にぶつかる。山頂まであと120mほど。水分補給をして歩みを進める。
標高760mを過ぎたあたりで登山道は左に折れ、北へとトラバースして西側の広い斜面を登っていくようにつけられている。
雨上がりの昨日は、西側斜面はヌルヌルで、ズルリと滑った。今日も滑るかもしれない。
でも大丈夫。細引きとチェーンスパイクがある。
幸い道は乾いていて難なく登れた。斜面には風情ある緑のカエデの木々が立ち並び、初夏のお昼の真っすぐな太陽の陽射しを浴び、
無数の鮮やかな緑色の煌きを苔むした岩いわの上に落としている。5月も昨日も、わぁ、と胸が高鳴った景色。
母も、きれいねぇ、とカエデを見上げている。
「あっ。見て」
今、初めて気づいたように、濃緑色の葉の上に浮かんだまっしろなまあるいお花を指差す。
「えっ?これがベニバナヤマシャクヤクのシロバナなのね。かわいいわねぇ」
ゆっくりとお花に近づき、ふたりでじっと眺める。
「上にもまだあるはず。エビネもあるかも」
昨日、確認したエビネの群生箇所にそれとなく進んでいく。
「あった。見て見て。まだ咲いているよ」
「エビネも自生しているのね。きれいねぇ」
母が訪れる山では、エビネは見られないそうだ。
12時25分、山頂に到着した。歩き始めたのが10時半。1時間55分で到着した。
「お母さん、すごいね。コースタイムで歩いたよ」
「歩きやすかったからね。ねぇ、高室山の山頂素晴らしいわね。カルスト地形ってなかなか見られないわよ。
眺めも素晴らしいわ。この大きな山は霊仙山?伊吹山はどこ?」
「お母さん、むかし伊吹山には登ったんだよね。霊仙山の奥にちょこっと見えているよ」
「こっちの山は?」
「御池岳。霊仙も御池もいいお山だよ」
「いいわねぇ。素晴らしい眺めね」と繰り返す母の声を聞き、今日にしてよかったとあらためて思い、
数年前だったら御池岳も霊仙山も一緒に登れたのに、とせつなくなる。
「ご飯にしようか」
山頂は、爽やかな風が吹き抜け心地よく、ひなたでも休憩できる。
ベニバナヤマシャクヤクの隣にシートを広げて腰を下ろし、サラダ巻きとおはぎの詰め合わせのお弁当を差し出す。
「私、おはぎがいい」
思った通りだった。太巻きだけにしなくてよかった。
座って落ち着くと、話題はやはり母のお友達やご近所の方々のこと。
この春続けて学生時代からの仲のいいお友達が亡くなり、残っているのが数人に。ひとりは施設に入っていて軽度の認知障害もあり、
電話をかけても出てこなくて、どうなっているのか分からず、元気なのは、もうひとりだけ。
山は登れなくなっても、一緒にお散歩に出かけたり、ご飯を食べたり、電話で話したりして、楽しみ励ましあってきたけれど、
今は、電話でおしゃべりする相手もほとんどいなくなってしまったという。ご近所のお話仲間もぐんと減ってしまったそうだ。
「元気なのはありがたいけれど、さびしいわ」
「そうかぁ。そうだね」
かなしささびしさを抱えた母を見て、また、同じ言葉しか出てこない。
13時10分。帰りの新幹線は16時55分。まだ時間に余裕がある。ベニバナヤマシャクヤクの多い・777まで行ける。
「お母さん、まだ歩けるよね。あっちの山まで行こう。お花も、もっと見られるよ」
「そうね。まだ歩けるわ」
「そうそう、出発前に記念写真を撮ろう」
去年の野坂岳から写真撮影に応じてくれた母。「ここでいい?」と言って、荷物を片付け、立ち上がってくれた。
ズルズルだった鞍部への道も、乾いていてホッとする。
「いっぱい咲いているよ」
「あぁ、ほんと」
山頂への登りの斜面には、ぽわっと白いお花たちが遠い夢を見るように佇んでいる。
・777山頂周辺は庭園のようだった。
「こんなにたくさんのお花が自然の状態で見られるのね。関東の山だったらロープを張られて立ち入り禁止になったり、
保護されたりするわよ。この状態がずっと続くといいわねぇ」
初夏のひと時、苔むした木と岩の間で静謐な光を放つ純白の花。この光景が失われることがありませんようにと私も願う。
13時40分。帰りは鞍部から林道で戻っていく。面白いと言った地形を見て、また母は面白わね、と言い、
標高500mからの急こう配も、丁寧に九十九折の道が作られているから安心して下れるわ、と言う。
余力があるのだろう。母の山登りの話も途切れることなく続いていく。
私が知らなかった50代から70代の母の山。上信越の山やま、日光会津の山やま・・・ひとりで、時にはお友達と共に、
電車とバスを使い、こんなにもいろいろな山に出かけていたのだとびっくりする。
母とは人生観も価値観も違うし話も合わない、と、50歳くらいまで思っていたけれど、母も私も、山がありわたしがある、
という同じ思いで人生を歩んできたのだなぁ、と胸が熱くなる。
15時半、駐車場に戻ってきた。広い駐車場の片隅にベンチとテーブルが置かれているのに気づく。
今日も頂き物を持ってきた。ここでおやつタイムを楽しめる。
ふたり並んでベンチに腰掛ける。インスタントコーヒーを入れて「今日はわらび餅だよ」と言って、箱から取り出し、
セロハンの封を剥いて小皿に移し「3年前の蛇谷ヶ峰、去年の野坂岳では頂き物のくず餅を一緒に食べたよね、覚えている?」
とこころの中で聞いて、はい、と渡す。
「おいしいわね」と言いながら、母はまだ山の話を続けている。ほんとうに山を愛しているのだなぁと思う。
今はもう登ることが出来なくなってしまった愛してやまない山を、話すことによって、ふたたび旅しているのだなぁと思う。
16時を回った。後片付けをして車に乗り込む。
16時40分、駅に到着した。エスカレーターの下まで一緒に行く。
今日もお別れの言葉は「じゃあね」のひと言。にこりと笑い手を振った後、すっとエスカレーターに乗り、一度も振り返らず去って行った。
後ろ姿を目で追いながら、「また一緒に山に行きたいわ」
と聞きたかった続きの言葉を、母の口調で呟いて、
でも「ありがとう。楽しかった」と笑ってくれたね、お母さん。ありがとう、うれしかったよ、とひとり頷き、
見えなくなった母にちいさく手を振って、さぁ帰ろう、と鼻をすすり愛車に戻る。
sato