【高見山地】観音岳と瑞巌寺
Posted: 2025年5月20日(火) 05:05
【日 付】2025年5月18日(日)
【山 域】高見山地
【コース】瑞巌寺P8:00---10:05観音岳---11:00森林公園---11:55瑞巌寺P
【メンバー】単独
観音岳に瑞巌寺の奥の院があった事を知り、岩内(ようち)の瑞巌寺から観音岳を目指すことにした。瑞巌寺は元真言宗の寺院で摩崖仏の十一面観音が本尊だ。本堂の観音川側には大きな丸い窓が開けられていて、窓の先に十一面観音が拝めるようになっている。
観音岳から瑞巌寺に向けて北東に伸びる尾根の末端から取りつこうとすると、上部に溝道のようなものが見える。すぐ上には石灰岩の塊の山の神と古墳があった。瑞巌寺古墳群のひとつで周辺にはいくつも古墳が点在している。溝道は岩を砕いた切通しもあり大規模なものだ。ナメの源流には大岩があり、仏の笑顔が浮かんでいる。摩崖仏なのか偶然の産物かわからないが微笑んでいる。破線道が稜線下まで伸びているP420に天ヶ城が北畠の時代にあった。北畠家の岩内氏が治めており、瑞巌寺裏山の岩内城とともに守りを固めていた。この先で森林公園に下る道と合流する手前の山が御所谷山で、この観音川の谷沿いに岩内御所があり、詰城として天ヶ城は作られたようだ。大規模な溝道はこの先には無いので、天ヶ城への経路だったのだろう。自然林と間伐・枝打ちがされた明るい植林の道で気持ちのいい山道だ。歩く人はいるようだが、このエリアでは考えられない静かな山登りが堪能できる。
愛宕山には岩の上に石の祠が祀ってあり、この先の観音岳山頂には何もない。「奥の院は観音岳山頂にあり、聖観世音菩薩が祀られていた。江戸時代初期の大地震により頂きが崩れ、奥之院が崩壊したため、石の祠を建立し聖観世音菩薩を安置した。ところが観音岳は山が険しく、また風雨に晒されたいへん荒廃したため、石の祠だけを山頂に残し、瑞巌寺に台座を造り聖観世音菩薩を安置したという。」この記述を読むと、愛宕山を山頂とし石の祠を残したようだ。観音川から登ると上り詰めた愛宕山からは松阪が見渡せ、ここを山頂とする感覚は理解できる。聖観世音菩薩が山頂に祀られたことから観音岳の名は来ている。
帰りは御所谷山手前から森林公園に下る。ハイキングに使われるコースだがこちらの植林はなぜか放置されている。森林公園から山腹道を歩くと、掘坂神社跡に不動明王入口に出会う。不動明王は瑞巌寺が真言宗だったころの行場だった。願をかけた琵琶法師の願いが叶ったお礼に仏殿にささげた琵琶が寺宝となっている横滝寺への道標はいくつかあり、眼病に効くとされる泉を求めて昔は多くの参拝者があった。帰り着いた瑞巌寺は、北畠氏滅亡後荒廃し江戸中期に浄土宗の寺として再興された。
瑞巌寺には石を組み合わせたアーチ状の橋など多くの石造物や石積みがある。技術の高さがうかがえる物で、この技術が山越えした深野のだんだん田にも活かされたようだ。瑞巌寺は松阪の小学生の遠足の地として有名だった、今は違うようだが、昔の小学生はよく歩いたもんだ。
【山 域】高見山地
【コース】瑞巌寺P8:00---10:05観音岳---11:00森林公園---11:55瑞巌寺P
【メンバー】単独
観音岳に瑞巌寺の奥の院があった事を知り、岩内(ようち)の瑞巌寺から観音岳を目指すことにした。瑞巌寺は元真言宗の寺院で摩崖仏の十一面観音が本尊だ。本堂の観音川側には大きな丸い窓が開けられていて、窓の先に十一面観音が拝めるようになっている。
観音岳から瑞巌寺に向けて北東に伸びる尾根の末端から取りつこうとすると、上部に溝道のようなものが見える。すぐ上には石灰岩の塊の山の神と古墳があった。瑞巌寺古墳群のひとつで周辺にはいくつも古墳が点在している。溝道は岩を砕いた切通しもあり大規模なものだ。ナメの源流には大岩があり、仏の笑顔が浮かんでいる。摩崖仏なのか偶然の産物かわからないが微笑んでいる。破線道が稜線下まで伸びているP420に天ヶ城が北畠の時代にあった。北畠家の岩内氏が治めており、瑞巌寺裏山の岩内城とともに守りを固めていた。この先で森林公園に下る道と合流する手前の山が御所谷山で、この観音川の谷沿いに岩内御所があり、詰城として天ヶ城は作られたようだ。大規模な溝道はこの先には無いので、天ヶ城への経路だったのだろう。自然林と間伐・枝打ちがされた明るい植林の道で気持ちのいい山道だ。歩く人はいるようだが、このエリアでは考えられない静かな山登りが堪能できる。
愛宕山には岩の上に石の祠が祀ってあり、この先の観音岳山頂には何もない。「奥の院は観音岳山頂にあり、聖観世音菩薩が祀られていた。江戸時代初期の大地震により頂きが崩れ、奥之院が崩壊したため、石の祠を建立し聖観世音菩薩を安置した。ところが観音岳は山が険しく、また風雨に晒されたいへん荒廃したため、石の祠だけを山頂に残し、瑞巌寺に台座を造り聖観世音菩薩を安置したという。」この記述を読むと、愛宕山を山頂とし石の祠を残したようだ。観音川から登ると上り詰めた愛宕山からは松阪が見渡せ、ここを山頂とする感覚は理解できる。聖観世音菩薩が山頂に祀られたことから観音岳の名は来ている。
帰りは御所谷山手前から森林公園に下る。ハイキングに使われるコースだがこちらの植林はなぜか放置されている。森林公園から山腹道を歩くと、掘坂神社跡に不動明王入口に出会う。不動明王は瑞巌寺が真言宗だったころの行場だった。願をかけた琵琶法師の願いが叶ったお礼に仏殿にささげた琵琶が寺宝となっている横滝寺への道標はいくつかあり、眼病に効くとされる泉を求めて昔は多くの参拝者があった。帰り着いた瑞巌寺は、北畠氏滅亡後荒廃し江戸中期に浄土宗の寺として再興された。
瑞巌寺には石を組み合わせたアーチ状の橋など多くの石造物や石積みがある。技術の高さがうかがえる物で、この技術が山越えした深野のだんだん田にも活かされたようだ。瑞巌寺は松阪の小学生の遠足の地として有名だった、今は違うようだが、昔の小学生はよく歩いたもんだ。
観音岳に瑞巌寺の奥の院があった事を知り、岩内(ようち)の瑞巌寺から観音岳を目指すことにした。瑞巌寺は元真言宗の寺院で摩崖仏の十一面観音が本尊だ。本堂の観音川側には大きな丸い窓が開けられていて、窓の先に十一面観音が拝めるようになっている。