【湖西】 ふたつの「青い海」を見つめ 山上の「白い海」を渡る わたしのアルカディアへの旅
Posted: 2025年2月19日(水) 17:23
【日 付】 2025年2月7日
【山 域】 湖西 武奈ヶ嶽三重嶽周辺
【天 候】 曇り時々晴れ
【コース】 寒風トンネル入り口⇔武奈ヶ嶽⇔三重嶽
「わぁ・・・」
からだの力が抜け、尾根から外れ、夢遊病者のようにふらふらと東側の浅い谷に吸い込まれていく。
吹き上げる風が運んできた雪粒がぴしぴしと頬に当たる。
夢ではない。確かに、わたしは、この夢のような光景を目の当たりにしているのだ。
ここ何日間か、自宅での慣れない事務仕事で、頭とからだがなんとなくどんよりとした日が続いていた。
よし、山にいって元気をいただこうと、昨日スノーシューを担いで比良の山に向かった。
でも気にかかることがあり晴れ晴れとした気持ちになれず、最短で山頂まで行きそそくさと戻ってしまった。
こころここに在らずだった自分に落ち込んだ。愛するお山に申し訳なかった。
帰宅して気になっていたことを片付け、明日こそは、お山を楽しみたいと思った。
どこに行こう。北の方は雪降りだ。鈴鹿方面はちょっと遠く、4時に起きる気力はない。それに積雪も少なそうだ。
その時、白く煌めく滑らかな雪原と、びわ湖と日本海のふたつの「海」が浮かんだ。
そうだ、武奈ヶ嶽だ。ぱぁっとこころに光が差し込んだ。寒波が来ているが、高島市の日中の天気予報は晴れ。
今日も14時頃までマキノの山までは見渡せた。今晩から明け方にかけて、さらに降った雪で、お山はまっ白に輝くだろう。
のんびり景色を眺めながら登り、天気と時間をみて、歩けそうだったらブナ林を楽しみながら・674まで行こう。
帰りは・620か・334の尾根で。天気が崩れてきたり、ラッセルがきつかったら、その時点で戻ったらいい。
うん、武奈ヶ嶽だ。うれしくなって布団に潜り込んだ。
我が家から登山口まで、路面が凍っていても1時間ぐらいか。朝、早いと雪が止んでいないかも。
目覚まし時計のアラーム無しで起きて、7時前に家を出た。
今津に入ると路肩に雪が現れ、朝の光を浴びた山やまが、雪を被った木々で白く輝いている。
何度も何度も通っている道なのに、不思議の国に入り込んだような気分になる。
「わぁっ」と、昨日とは打って変わり、歩く前から高揚感のかたまりに。
登山口に着くと陽が陰ってしまったが、わくわく勢いよく歩き始めた。
「やまものはらもわたぼうしかぶり かれきのこらずはながさく」
あぁ、ほんとうに、枯れ木残らず雪の花が咲いている。
綿帽子雪の木々を見上げ、気がつけば、鼻歌を口ずさみ、その声に促されるように足が進んでいた。
のんびり景色を楽しみながらと言っていたのに、新雪をぎゅっぎゅっと踏みしめ先へ先へと進んでいた。
そして、出発して1時間あまり。標高700mにも満たない場所で見事な霧氷に飾られたブナの木々を、口を開けて見上げていた。
雪粒を浴びながら霧氷を見つめていると、雲間から青空が顔を出した。
くねくねとした幹から四方に思いきり伸ばした枝にたっぷりの氷を纏ったブナの木が、ぱぁっと純白に輝く。
まっ青とまっ白の眩い世界。なんてうつくしいのだろう。望外のよろこびに包まれる。望外のよろこびを感じる自分にうれしくなる。
木々の間をゆらゆらと回り、今、ここにいるしあわせを噛みしめる。
夢のような風景は、この先も続いていった。びわ湖と日本海のふたつの「海」を見下ろすブナが佇むやわらかな尾根は、
降り積もった雪でさらにやわらかに広がり、東側の霧氷に飾られた木々の向こうに覗くびわ湖は青磁色の宝石のように輝いている。
西側の天増川対岸の県境尾根、その向こうの若狭の山と里は、まるで氷の魔法にかけられたようだった。すべてが凍り付き青白色に光っている。
そして、空との境に広がる大いなる日本海は、濃淡神秘的な青色を描きながらきりりと冷たい冬空に溶け込んでいる。
わたしが暮らす近江湖西の地の魅了されているお山で出会った厳寒の日の一期一会の神様からのプレゼントのような情景。
少し前に口ずさんでいた鼻歌も、わぁっという高揚感も、どこかに飛んでしまった。
ただただ、目の前に繰り広げられる雪と氷の清冽な世界に息を呑むばかりとなっていた。
まっさらな雪にふくらはぎの上ぐらいまで潜っていたが雪質がよく、風景に目を奪われながらラッセルしているうちに雪原に到着した。
749ピークだ。真ん前におおきな武奈ヶ嶽がそびえ立つ。ここから100mあまり高いだけなのに何という迫力なのだろう。
立ち止まって仰ぎ見ていると、武奈ヶ嶽との想い出が次々と蘇ってきた。
初めて雪の武奈ヶ嶽を訪れたのは、石田川ダムからだった。
大雪でダムまで車で入れず、角川の先から歩いていき、膝上まで潜りながらラッセルして稜線に出たが、
濃霧で何にも見えなかったので引き返してしまった。
雪の山頂に立ったのは、それから数年後、今日と同じコース、寒風からKさんとご一緒させていただいた時だった。
山スキーでスイスイと進まれるお姿を追いながら登っていった。
そして、ここで武奈ヶ嶽を仰ぎ見て、その迫力にびっくりしたのだった。あの時、雪の武奈ヶ嶽への想いが始まった。
いつかまっ白な霧氷で飾られたお姿を見せてくださる日を夢見るようにもなった。
今日、夢見た一面霧氷で飾られた武奈ヶ嶽をわたしは歩いている。ありがたい気持ちでいっぱいになる。
尾根には立派な雪庇も出来ている。深呼吸をして滑らかな斜面を駆け下りる。
大波のような雪庇の横や下に足跡を刻んでいくよろこび。一歩一歩がいとおしい。
尾根が細くなり谷が入り込んでいる地点は、踏みしめたスノーシューが新雪と古い雪の境に触れ、ずるりと滑りそうになるので慎重に。
右の尾根と合流してひと登りすると、山頂直下の大雪原だ。
ふたつの「青い海」を見つめながら、山上の「白い海」を渡っているような気分になる。
海の先には何があるのだろう。
辿り着いた武奈ヶ嶽山頂からは、穏やかな波のように見える、丸く張り出した雪庇に縁どられた白い道が延び、
両側には霧氷の海が広がっていた。
奥には大きく左右に尾根を伸ばした三重嶽が白銀色の光を放ちずしりと佇んでいる。
10時。雪質に恵まれ思ったよりも早く着いた。地図を見て、三重嶽を見つめ、空を見上げる。
ここから三重嶽にかけての尾根と谷が織りなす地形にもこころ惹かれている。
のんびりと言っていたけれど、やはり今日は、どんどんと歩きたい気分だ。
13時に引き返そう。お湯を飲んで、動物の足跡もまだついていない、まっさらな白い道へと進んでいく。
・812まで、ちいさな登り下りのあるくねくねとした稜線を北上し、
右側の尾根に引きこまれないようにブナの木が立ち並ぶ北側の斜面を下ると標高650mの鞍部。
ほっと落ち着くやわらかな地形が広がっている。
この先660mの小ピークからは、尾根が細くなり空気が変わる。雪が少ないとスノーシューがヤブに引っ掛かったりするのだが、
この寒波で埋まってくれたのですんなりと進んでいける。
尾根が広がっていくと標高750m、天増川からの尾根との合流地点。振り返り武奈ヶ嶽からずいぶんと歩いてきたことを実感し、
まだ、武奈ヶ嶽よりも低い場所にいることに気づく。
12時半には山頂に着かないか。でも、お昼の休憩を短くしたら大丈夫。
純白の三十三間山と白銀の三重嶽の尊いお姿を拝みながら一歩を刻んでいく。
・855からは、広々とした尾根にいくつもの浅い谷が入り組み、うつくしい起伏を描いていて、
降り積もった雪が地形の妙を際立たせ、天上の楽園のような風景が展開していく。
3年前は、今日より重い雪をラッセルしながら登ってきて、この、のびやかでやさしい風景に包まれ、
山頂まで標高差100mを切ったあたりで、白く輝く三十三間山を眺めながら、まったりとお昼の時間を過ごしたい気分になり、
山頂は訪れなかった。
今日は、霧氷のブナ林が呼んでいる。休まずに進んでいく。
標高900m辺りから、くねくねとからだを曲げて合唱しているようなブナの林に入っていく。
左に谷が近づいてきて、そちらに曲がるのだと地図で確認していたのに、尾根の形に誘導されてしまう。
ラッセルで足が重くなっているので、気づいて、はぁ、とため息が出るが、せっかくなので960m小ピークに立つ。
初めての雪の三重嶽もKさんとご一緒させていただいた時だった。ここから南に延びる尾根を登ってきた。
春の陽光が穏やかに降り注ぐ日で、山頂周辺の緩やかにうねる地形に見とれていた。
失敗もあった。この緩やかな地形は霧に覆われると凹凸が分からなくなる。
一昨年、曇天の日に、この尾根を登ってきたら濃霧に包まれた。視界がきかない中を山頂まで行ったのだが、
戻る途中で段差か何かでつんのめり、変な転び方をして膝を痛めてしまった。
また想い出に浸りはじめてしまった。刻んだ足跡を戻っていく。
12時35分、白銀の霧氷で飾られたブナの木々が並ぶ細長い山頂の西端に辿り着いた。
凍雲かかる空の下に広がる青磁色のうみと鈴鹿の山なみを眺め、頑張ってよかったとしみじみと思う。
東側の三角点と看板があるあたりは、まっ平な雪原だ。ここから湖北方面が見渡せるが、山は厚い雲に覆われていた。
西端の霧氷のブナの木の下に腰を下ろし、うみを眺めながらパンをほおばり、食べ終えると13時になっていた。
戻ると決めた時間だ。よし、と立ち上がり、リュックを背負い、霧氷の海を戻っていく。
天増川対岸の三十三間山は、午後になっても、斜面は白銀の霧氷に覆われ、稜線は白く気高く光り輝いていた。
『雪山を愉しむ』で出会った「我がアルカディア」というお言葉が浮かび上がる。
アルカディア、理想郷・・・。
愛する武奈ヶ嶽三重嶽で、わたしも、今、「アルカディア」を感じている。
わたしの前と後ろに刻まれている足跡を、交互にいとおしく見つめる。
そう、わたしは、今、「わたしのアルカディア」を旅しているのだ。
しばらくすると鉛色の雲が広がってきた。でも、自分の足跡があるので心強い。
15時15分過ぎ、武奈ヶ嶽山頂に戻ってきた。足が重いので30分まで少し休むことにする。
風をよけられる場所を見つけて、おやつを食べながら山頂の時間を楽しむ。
17時までには下山したいので、登ってきた尾根を一気に下っていく。
若狭の山と里を覆っていた青白い氷はすっかりと消え、木々を飾っていた霧氷もほぼ無くなっていた。
16時45分、国道に降り立った。駐車地の雪はほとんど融けていて、まわりの山肌も深緑色のスギや茶色い木々が立ち並ぶばかりだ。
風景もわたしも魔法をかけられていたのだろうか。
頭がぼぉっとしかけたが、愛車に乗り込もうと持ち上げた足は、重くて、気だるくも心地よく、9時間歩いてきたことを物語っていて、
あぁ、わたしは、「わたしのアルカディア」を旅してきたのだ、と、あらためて深い感慨が湧き上がり、感謝の気持ちに包まれた。
sato
【山 域】 湖西 武奈ヶ嶽三重嶽周辺
【天 候】 曇り時々晴れ
【コース】 寒風トンネル入り口⇔武奈ヶ嶽⇔三重嶽
「わぁ・・・」
からだの力が抜け、尾根から外れ、夢遊病者のようにふらふらと東側の浅い谷に吸い込まれていく。
吹き上げる風が運んできた雪粒がぴしぴしと頬に当たる。
夢ではない。確かに、わたしは、この夢のような光景を目の当たりにしているのだ。
ここ何日間か、自宅での慣れない事務仕事で、頭とからだがなんとなくどんよりとした日が続いていた。
よし、山にいって元気をいただこうと、昨日スノーシューを担いで比良の山に向かった。
でも気にかかることがあり晴れ晴れとした気持ちになれず、最短で山頂まで行きそそくさと戻ってしまった。
こころここに在らずだった自分に落ち込んだ。愛するお山に申し訳なかった。
帰宅して気になっていたことを片付け、明日こそは、お山を楽しみたいと思った。
どこに行こう。北の方は雪降りだ。鈴鹿方面はちょっと遠く、4時に起きる気力はない。それに積雪も少なそうだ。
その時、白く煌めく滑らかな雪原と、びわ湖と日本海のふたつの「海」が浮かんだ。
そうだ、武奈ヶ嶽だ。ぱぁっとこころに光が差し込んだ。寒波が来ているが、高島市の日中の天気予報は晴れ。
今日も14時頃までマキノの山までは見渡せた。今晩から明け方にかけて、さらに降った雪で、お山はまっ白に輝くだろう。
のんびり景色を眺めながら登り、天気と時間をみて、歩けそうだったらブナ林を楽しみながら・674まで行こう。
帰りは・620か・334の尾根で。天気が崩れてきたり、ラッセルがきつかったら、その時点で戻ったらいい。
うん、武奈ヶ嶽だ。うれしくなって布団に潜り込んだ。
我が家から登山口まで、路面が凍っていても1時間ぐらいか。朝、早いと雪が止んでいないかも。
目覚まし時計のアラーム無しで起きて、7時前に家を出た。
今津に入ると路肩に雪が現れ、朝の光を浴びた山やまが、雪を被った木々で白く輝いている。
何度も何度も通っている道なのに、不思議の国に入り込んだような気分になる。
「わぁっ」と、昨日とは打って変わり、歩く前から高揚感のかたまりに。
登山口に着くと陽が陰ってしまったが、わくわく勢いよく歩き始めた。
「やまものはらもわたぼうしかぶり かれきのこらずはながさく」
あぁ、ほんとうに、枯れ木残らず雪の花が咲いている。
綿帽子雪の木々を見上げ、気がつけば、鼻歌を口ずさみ、その声に促されるように足が進んでいた。
のんびり景色を楽しみながらと言っていたのに、新雪をぎゅっぎゅっと踏みしめ先へ先へと進んでいた。
そして、出発して1時間あまり。標高700mにも満たない場所で見事な霧氷に飾られたブナの木々を、口を開けて見上げていた。
雪粒を浴びながら霧氷を見つめていると、雲間から青空が顔を出した。
くねくねとした幹から四方に思いきり伸ばした枝にたっぷりの氷を纏ったブナの木が、ぱぁっと純白に輝く。
まっ青とまっ白の眩い世界。なんてうつくしいのだろう。望外のよろこびに包まれる。望外のよろこびを感じる自分にうれしくなる。
木々の間をゆらゆらと回り、今、ここにいるしあわせを噛みしめる。
夢のような風景は、この先も続いていった。びわ湖と日本海のふたつの「海」を見下ろすブナが佇むやわらかな尾根は、
降り積もった雪でさらにやわらかに広がり、東側の霧氷に飾られた木々の向こうに覗くびわ湖は青磁色の宝石のように輝いている。
西側の天増川対岸の県境尾根、その向こうの若狭の山と里は、まるで氷の魔法にかけられたようだった。すべてが凍り付き青白色に光っている。
そして、空との境に広がる大いなる日本海は、濃淡神秘的な青色を描きながらきりりと冷たい冬空に溶け込んでいる。
わたしが暮らす近江湖西の地の魅了されているお山で出会った厳寒の日の一期一会の神様からのプレゼントのような情景。
少し前に口ずさんでいた鼻歌も、わぁっという高揚感も、どこかに飛んでしまった。
ただただ、目の前に繰り広げられる雪と氷の清冽な世界に息を呑むばかりとなっていた。
まっさらな雪にふくらはぎの上ぐらいまで潜っていたが雪質がよく、風景に目を奪われながらラッセルしているうちに雪原に到着した。
749ピークだ。真ん前におおきな武奈ヶ嶽がそびえ立つ。ここから100mあまり高いだけなのに何という迫力なのだろう。
立ち止まって仰ぎ見ていると、武奈ヶ嶽との想い出が次々と蘇ってきた。
初めて雪の武奈ヶ嶽を訪れたのは、石田川ダムからだった。
大雪でダムまで車で入れず、角川の先から歩いていき、膝上まで潜りながらラッセルして稜線に出たが、
濃霧で何にも見えなかったので引き返してしまった。
雪の山頂に立ったのは、それから数年後、今日と同じコース、寒風からKさんとご一緒させていただいた時だった。
山スキーでスイスイと進まれるお姿を追いながら登っていった。
そして、ここで武奈ヶ嶽を仰ぎ見て、その迫力にびっくりしたのだった。あの時、雪の武奈ヶ嶽への想いが始まった。
いつかまっ白な霧氷で飾られたお姿を見せてくださる日を夢見るようにもなった。
今日、夢見た一面霧氷で飾られた武奈ヶ嶽をわたしは歩いている。ありがたい気持ちでいっぱいになる。
尾根には立派な雪庇も出来ている。深呼吸をして滑らかな斜面を駆け下りる。
大波のような雪庇の横や下に足跡を刻んでいくよろこび。一歩一歩がいとおしい。
尾根が細くなり谷が入り込んでいる地点は、踏みしめたスノーシューが新雪と古い雪の境に触れ、ずるりと滑りそうになるので慎重に。
右の尾根と合流してひと登りすると、山頂直下の大雪原だ。
ふたつの「青い海」を見つめながら、山上の「白い海」を渡っているような気分になる。
海の先には何があるのだろう。
辿り着いた武奈ヶ嶽山頂からは、穏やかな波のように見える、丸く張り出した雪庇に縁どられた白い道が延び、
両側には霧氷の海が広がっていた。
奥には大きく左右に尾根を伸ばした三重嶽が白銀色の光を放ちずしりと佇んでいる。
10時。雪質に恵まれ思ったよりも早く着いた。地図を見て、三重嶽を見つめ、空を見上げる。
ここから三重嶽にかけての尾根と谷が織りなす地形にもこころ惹かれている。
のんびりと言っていたけれど、やはり今日は、どんどんと歩きたい気分だ。
13時に引き返そう。お湯を飲んで、動物の足跡もまだついていない、まっさらな白い道へと進んでいく。
・812まで、ちいさな登り下りのあるくねくねとした稜線を北上し、
右側の尾根に引きこまれないようにブナの木が立ち並ぶ北側の斜面を下ると標高650mの鞍部。
ほっと落ち着くやわらかな地形が広がっている。
この先660mの小ピークからは、尾根が細くなり空気が変わる。雪が少ないとスノーシューがヤブに引っ掛かったりするのだが、
この寒波で埋まってくれたのですんなりと進んでいける。
尾根が広がっていくと標高750m、天増川からの尾根との合流地点。振り返り武奈ヶ嶽からずいぶんと歩いてきたことを実感し、
まだ、武奈ヶ嶽よりも低い場所にいることに気づく。
12時半には山頂に着かないか。でも、お昼の休憩を短くしたら大丈夫。
純白の三十三間山と白銀の三重嶽の尊いお姿を拝みながら一歩を刻んでいく。
・855からは、広々とした尾根にいくつもの浅い谷が入り組み、うつくしい起伏を描いていて、
降り積もった雪が地形の妙を際立たせ、天上の楽園のような風景が展開していく。
3年前は、今日より重い雪をラッセルしながら登ってきて、この、のびやかでやさしい風景に包まれ、
山頂まで標高差100mを切ったあたりで、白く輝く三十三間山を眺めながら、まったりとお昼の時間を過ごしたい気分になり、
山頂は訪れなかった。
今日は、霧氷のブナ林が呼んでいる。休まずに進んでいく。
標高900m辺りから、くねくねとからだを曲げて合唱しているようなブナの林に入っていく。
左に谷が近づいてきて、そちらに曲がるのだと地図で確認していたのに、尾根の形に誘導されてしまう。
ラッセルで足が重くなっているので、気づいて、はぁ、とため息が出るが、せっかくなので960m小ピークに立つ。
初めての雪の三重嶽もKさんとご一緒させていただいた時だった。ここから南に延びる尾根を登ってきた。
春の陽光が穏やかに降り注ぐ日で、山頂周辺の緩やかにうねる地形に見とれていた。
失敗もあった。この緩やかな地形は霧に覆われると凹凸が分からなくなる。
一昨年、曇天の日に、この尾根を登ってきたら濃霧に包まれた。視界がきかない中を山頂まで行ったのだが、
戻る途中で段差か何かでつんのめり、変な転び方をして膝を痛めてしまった。
また想い出に浸りはじめてしまった。刻んだ足跡を戻っていく。
12時35分、白銀の霧氷で飾られたブナの木々が並ぶ細長い山頂の西端に辿り着いた。
凍雲かかる空の下に広がる青磁色のうみと鈴鹿の山なみを眺め、頑張ってよかったとしみじみと思う。
東側の三角点と看板があるあたりは、まっ平な雪原だ。ここから湖北方面が見渡せるが、山は厚い雲に覆われていた。
西端の霧氷のブナの木の下に腰を下ろし、うみを眺めながらパンをほおばり、食べ終えると13時になっていた。
戻ると決めた時間だ。よし、と立ち上がり、リュックを背負い、霧氷の海を戻っていく。
天増川対岸の三十三間山は、午後になっても、斜面は白銀の霧氷に覆われ、稜線は白く気高く光り輝いていた。
『雪山を愉しむ』で出会った「我がアルカディア」というお言葉が浮かび上がる。
アルカディア、理想郷・・・。
愛する武奈ヶ嶽三重嶽で、わたしも、今、「アルカディア」を感じている。
わたしの前と後ろに刻まれている足跡を、交互にいとおしく見つめる。
そう、わたしは、今、「わたしのアルカディア」を旅しているのだ。
しばらくすると鉛色の雲が広がってきた。でも、自分の足跡があるので心強い。
15時15分過ぎ、武奈ヶ嶽山頂に戻ってきた。足が重いので30分まで少し休むことにする。
風をよけられる場所を見つけて、おやつを食べながら山頂の時間を楽しむ。
17時までには下山したいので、登ってきた尾根を一気に下っていく。
若狭の山と里を覆っていた青白い氷はすっかりと消え、木々を飾っていた霧氷もほぼ無くなっていた。
16時45分、国道に降り立った。駐車地の雪はほとんど融けていて、まわりの山肌も深緑色のスギや茶色い木々が立ち並ぶばかりだ。
風景もわたしも魔法をかけられていたのだろうか。
頭がぼぉっとしかけたが、愛車に乗り込もうと持ち上げた足は、重くて、気だるくも心地よく、9時間歩いてきたことを物語っていて、
あぁ、わたしは、「わたしのアルカディア」を旅してきたのだ、と、あらためて深い感慨が湧き上がり、感謝の気持ちに包まれた。
sato
ここ何日間か、自宅での慣れない事務仕事で、頭とからだがなんとなくどんよりとした日が続いていた。