【高見山地】幻の笹尾峠探索と矢頭山裏行場
Posted: 2025年1月28日(火) 17:59
【日 付】2025年1月26(日)
【山 域】高見山地
【コース】梁瀬橋P8:25---9:15笹尾峠---11:20大日展望台---13:40笹尾峠---14:25梁瀬橋P
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#16/34.573740/13 ... z0r0s0m0f1
北畠氏の資料で笹尾峠を何度も目にするが、場所がわからない。市町村誌を探してもどこなのかヒントすら見つからない。県立図書館の書庫に眠っている「北畠国司の縁城」という自家製本の中に、森本神宮寺の住職の話として「小原と合ヶ野の間にある」という事が書かれている。P283の陸岬を乗越すようだ。
矢頭山をかすめた矢が落ちたとされる矢下(やおろし)を過ぎると合ヶ野で中村川を渡り車道が直角に曲がる地点から取りつく。峠には中電の鉄塔が立っており巡視路があるようだ。ヤブが刈られているもののルートがはっきりしない。杣道があるのでこれを使うと地図に水線のある二俣の尾根を進んでいる。方向が違うので獣道で隣の尾根に乗り換えて進むと道が出てきた。車道の見えるヤブまで道を下り確認すると、石畳が続いている場所がある。笹尾峠への古道で間違いないようだ。道を保護するための石積みもある。峠が見えてくると巡視路の鉄橋が2か所谷をまたいで、尾根に取りついている。最初の橋は渡らずに、迂回した。2つ目の橋は、切り立った場所でしかたなく渡るがよくゆれる。渡り終えた後も橋はゆれていた。
鉄塔を過ぎた先の尾根が峠のようで、関所が設置できる場所がある。ここは大小屋と呼ばれており、関所を暗示させる地名で、P283の鞍部になる。時間もあるので、ここからP511を経て矢頭山まで往復することにした。このあたりもZTVの管理地で、尾根筋にそってテープが続いている。尾根は地形図よりも急な斜面の岩尾根で、モンキークライミングで登らざるを得ない。ZTVのマーキングも下部だけで消えていく。いくつも岩場のある痩せた尾根を詰めていくとP511に着いた。急な岩尾根なので植林にもなっていない。無理やり登ったもののこの尾根を下るのは厳しい。さて、どうするか。朝途中で引き返した二俣は上部に植林が続いていそうなので、帰りはP511から二俣に下ることにして先を進む。
この先も自然林のいやらしい斜面があるが、炭焼きで使われたアガリコが出てきて道が安定してくる。登山道に合流し急な上りをこなすと大日展望台で、秋葉大権現が祀ってある。春分の日には、掘坂山の奥にある神島からの朝日が眺められるだろう。
さあ帰ろう。P511手前は南側が植林で北側が自然林になっている。植林側を見ると巻道のようなものがある。昔の巻道が獣道としてかろうじて残っている。急な植林の斜面を慎重に進んでいくと尾根を巻ききり、いやらしい自然林の斜面を回避できた。P511からは二俣に続く東尾根を下る。尾根の山頂部に嵓があり、左側の斜面から回り込むようにして取りついた。この後も、次から次へと嵓が出てきて対応を迫られる。ただ、上りの痩せ尾根と違い尾根が広いのでなんとかなる。植林に入ってホットしたものの嵓はまだまだ出てくる。新しい境界杭のある平地で昼食を取った。尾根は下部で谷に向かって急激に落ち込んでいく。それに伴って、獣道も尾根芯から斜面に逃げていっている。獣道にしたがい下っていくと朝に引き返した二俣の炭窯跡に出た。
笹尾峠からの上りの岩尾根もP511からの下りの岩尾根も矢頭山が修験道の行場だったようだ。岩尾根を下ればもう一つの修験道の拠点飯福田寺は目と鼻の先だ。山を知り尽くした修験者が行場をつなぐ岩尾根を見逃すはずはない。
朝と同じ道で笹尾峠に戻る。途中で巡視路の鉄橋の道のつけ方が、古道のつけ方とは違うのが気になり、鉄橋を使わずに九十九折に斜面をたどると溝道に合流した。
峠から小原のはずれにつながるのだが、崖崩れで見る影もない。無理やりつないで歩いていくと崩れた斜面に大掛かりな石積みがある。半分は流されているが古道はここを通っていた。谷が近づくにつれて車道に下る道だけが目立ってくる。この先の谷に堰堤が出来て道は寸断されている。しかたがないので下ると、大日如来と南無阿弥陀仏の石碑の後ろに出た。
笹尾峠路は石畳や石積みが残っており今回歩いたルートで間違いない。関所があったようだが、小原の先に白口番所があり、少し下った矢下には北畠氏の拠点である矢下御所がある。ここに関所を置く意味がわからなかった。守りを主目的にした関所ではなく中世に多かった「関税徴収所」の場所のようだ。飯福田寺伊勢山上への入口にあたる場所で関税を集めて財源にしたのだろう。今の時代でいえば、ディズニーランドの入口ゲートのようなものだ。その役についたのが笹尾峠関守糟屋左近将監だった。
合ヶ野には鳥居奥の祠におさめられた地蔵があり、矢下には滝前に古い不動明王が祀られている。中村川上流部は、密教色が濃く残る流域だった。
【山 域】高見山地
【コース】梁瀬橋P8:25---9:15笹尾峠---11:20大日展望台---13:40笹尾峠---14:25梁瀬橋P
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#16/34.573740/13 ... z0r0s0m0f1
北畠氏の資料で笹尾峠を何度も目にするが、場所がわからない。市町村誌を探してもどこなのかヒントすら見つからない。県立図書館の書庫に眠っている「北畠国司の縁城」という自家製本の中に、森本神宮寺の住職の話として「小原と合ヶ野の間にある」という事が書かれている。P283の陸岬を乗越すようだ。
矢頭山をかすめた矢が落ちたとされる矢下(やおろし)を過ぎると合ヶ野で中村川を渡り車道が直角に曲がる地点から取りつく。峠には中電の鉄塔が立っており巡視路があるようだ。ヤブが刈られているもののルートがはっきりしない。杣道があるのでこれを使うと地図に水線のある二俣の尾根を進んでいる。方向が違うので獣道で隣の尾根に乗り換えて進むと道が出てきた。車道の見えるヤブまで道を下り確認すると、石畳が続いている場所がある。笹尾峠への古道で間違いないようだ。道を保護するための石積みもある。峠が見えてくると巡視路の鉄橋が2か所谷をまたいで、尾根に取りついている。最初の橋は渡らずに、迂回した。2つ目の橋は、切り立った場所でしかたなく渡るがよくゆれる。渡り終えた後も橋はゆれていた。
鉄塔を過ぎた先の尾根が峠のようで、関所が設置できる場所がある。ここは大小屋と呼ばれており、関所を暗示させる地名で、P283の鞍部になる。時間もあるので、ここからP511を経て矢頭山まで往復することにした。このあたりもZTVの管理地で、尾根筋にそってテープが続いている。尾根は地形図よりも急な斜面の岩尾根で、モンキークライミングで登らざるを得ない。ZTVのマーキングも下部だけで消えていく。いくつも岩場のある痩せた尾根を詰めていくとP511に着いた。急な岩尾根なので植林にもなっていない。無理やり登ったもののこの尾根を下るのは厳しい。さて、どうするか。朝途中で引き返した二俣は上部に植林が続いていそうなので、帰りはP511から二俣に下ることにして先を進む。
この先も自然林のいやらしい斜面があるが、炭焼きで使われたアガリコが出てきて道が安定してくる。登山道に合流し急な上りをこなすと大日展望台で、秋葉大権現が祀ってある。春分の日には、掘坂山の奥にある神島からの朝日が眺められるだろう。
さあ帰ろう。P511手前は南側が植林で北側が自然林になっている。植林側を見ると巻道のようなものがある。昔の巻道が獣道としてかろうじて残っている。急な植林の斜面を慎重に進んでいくと尾根を巻ききり、いやらしい自然林の斜面を回避できた。P511からは二俣に続く東尾根を下る。尾根の山頂部に嵓があり、左側の斜面から回り込むようにして取りついた。この後も、次から次へと嵓が出てきて対応を迫られる。ただ、上りの痩せ尾根と違い尾根が広いのでなんとかなる。植林に入ってホットしたものの嵓はまだまだ出てくる。新しい境界杭のある平地で昼食を取った。尾根は下部で谷に向かって急激に落ち込んでいく。それに伴って、獣道も尾根芯から斜面に逃げていっている。獣道にしたがい下っていくと朝に引き返した二俣の炭窯跡に出た。
笹尾峠からの上りの岩尾根もP511からの下りの岩尾根も矢頭山が修験道の行場だったようだ。岩尾根を下ればもう一つの修験道の拠点飯福田寺は目と鼻の先だ。山を知り尽くした修験者が行場をつなぐ岩尾根を見逃すはずはない。
朝と同じ道で笹尾峠に戻る。途中で巡視路の鉄橋の道のつけ方が、古道のつけ方とは違うのが気になり、鉄橋を使わずに九十九折に斜面をたどると溝道に合流した。
峠から小原のはずれにつながるのだが、崖崩れで見る影もない。無理やりつないで歩いていくと崩れた斜面に大掛かりな石積みがある。半分は流されているが古道はここを通っていた。谷が近づくにつれて車道に下る道だけが目立ってくる。この先の谷に堰堤が出来て道は寸断されている。しかたがないので下ると、大日如来と南無阿弥陀仏の石碑の後ろに出た。
笹尾峠路は石畳や石積みが残っており今回歩いたルートで間違いない。関所があったようだが、小原の先に白口番所があり、少し下った矢下には北畠氏の拠点である矢下御所がある。ここに関所を置く意味がわからなかった。守りを主目的にした関所ではなく中世に多かった「関税徴収所」の場所のようだ。飯福田寺伊勢山上への入口にあたる場所で関税を集めて財源にしたのだろう。今の時代でいえば、ディズニーランドの入口ゲートのようなものだ。その役についたのが笹尾峠関守糟屋左近将監だった。
合ヶ野には鳥居奥の祠におさめられた地蔵があり、矢下には滝前に古い不動明王が祀られている。中村川上流部は、密教色が濃く残る流域だった。
北畠氏の資料で笹尾峠を何度も目にするが、場所がわからない。