【大台】北山索道 古和谷駅舎跡
Posted: 2024年12月31日(火) 00:28
【 日 付 】 2024年12月28日
【 山 域 】 大 台
【メンバー】 むらまさ他 数名
【 天 候 】 曇り/晴れ
【 ルート 】 古和谷遡上 7:20ゲート〜8:50登山口〜10:30渡渉ヶ所~12:15古和谷駅舎跡〜
14:30渡渉ヶ所予定〜16:00登山口予定〜17:30ゲート予定
毎年恒例の年末探索!
メンバーは廃道・隧道・森林鉄道好きの面々
私は4年前に地元の師匠と行きは古和谷で帰りは尾鷲道経由又口辻から周回しましたが
今回は最短コースで古和谷を駅舎跡までピストンしました。
林道をゲートから約1:30歩くと、大台ヶ原尾鷲道 登山口の看板があり
いきなり森林鉄道の軌道敷になり、レールが外されずの残っています。
谷に落ちているレールもあります。
途中谷の架かる単管の橋(これは未だ大丈夫?)・木の桟橋(相当危ない)が4カ所位を渡り
切通しの岩が見えたら、木の階段で右上に巻いて行きます。
しばらく登ると、きれいに積まれた石段があり右側に高く石が積まれたインクラインが見えて来ます。
インクラインは途中崩れている所も有りますが、上の方も結構残っています。
私は確認していませんが、路盤にレールも放置され転がっているそうです。
インクラインの角度は約45度近く有りました。
しばらくインクラインを左に見て、つづれ折れの山道を登ると途中巨大な杉が残っていました。
山道を登り切ると再び水平の軌道跡に出ました。
右に行くのですが、左に少し行くとインクラインの上部に出ます。
上からは木が生えて判りにくいですが、ガケの側面に石積があり、インクラインだと確認出来ました。
軌道上で休憩し、ふと大きな岩の上に小さな犬釘が数本並べられていました。
メンバーの方に聞いたら今まで来たときに見つけたものを並べて有ると言っていました。
しばらく水平の軌道跡が続きますが、交差する谷で小さく崩れている所が数カ所、
大きく崩れている所が1カ所あり、30m程度高巻になっています。
緑のナイロンロープは張られていますが、少し細いので補助的で使用します。
登山道の入口から約1:30程度で、又口辻に向かう渡渉ポイントの標識が対岸に見えますが、
今回は渡らず、その先の古和谷の二俣の左俣を詰めあがりました。
2年前に来た記憶では、最初大きな岩の間の歩ける所を登り、左岸を高巻し、しばらくすると炭焼跡があり
歩きやすい左岸になるはずが、ほとんどの工程が歩きにくい谷道と左岸の高巻で、歩きやすくなったのは
最後の30分位で、1時間以上の谷歩きになります。
途中右岸の大きな岩に北山索道の尾鷲側の京良谷からの極太ワイヤーが切れて垂れ下がっていました。
しばらく行くと大きな1本杉がある平場があり、割れた神具が落ちていて山の神が祀られていたのかと
想像しました。
いよいよ、正面の谷が狭まった所の両側に高い石積みが見えて来て、北山索道 古和谷駅舎跡に着きました。
設備が大きく重量が有る為、回収出来ずに放置され今でも当時の面影を見る事が出来る唯一の場所になります。
次の平谷駅方面は山が斜面に沿って削られた切通しになっています。
熊野古道センターの資料によると、
【北山索道の中継駅で最も標高の高い場所にある古和谷駅、ここは65馬力の蒸気機関を設置し、平谷駅間及び
キヨラ谷駅間を運転していた。現在、この駅跡には回収できなかった多くの機器類が残されている。
動力駅ならではの運命であろう。ひとつひとつの機器類は大きく、しかも重量物である。
谷を挟んだ対岸には作業員の宿舎跡と思われる場所があり、茶碗や釜など、生活物資が散乱している。
また、大台ヶ原の牛石ヶ原にある神武天皇像は、昭和3年この北山索道で尾鷲停車場から古和谷駅まで索道で運ばれたが、
重みでワイヤーがたわみ木をなぎたおしながら運ばれたとも言われる。運搬にはおよそ80日を要した。
と紹介されています。】
【動力の蒸気機関から昭和22年頃から電気に切り替わり】モーターや電気の盤のような物も転がっています。
特に目を見張るのは大型のプーリーが転がっています。
直径1400mm位有るかと、スケール持って行かなかったので正確では無いです。
ちょうどお昼で雪が舞って来ましたが、各々お湯を沸かしカップめんで体を温めました。
長いをすると体を冷えるので、煉瓦や機器を写真で撮ったりして、
また来た古和谷を下りました。
今度は、又口から柳ノ谷経由で古和谷に行きたいと考えています。
【 山 域 】 大 台
【メンバー】 むらまさ他 数名
【 天 候 】 曇り/晴れ
【 ルート 】 古和谷遡上 7:20ゲート〜8:50登山口〜10:30渡渉ヶ所~12:15古和谷駅舎跡〜
14:30渡渉ヶ所予定〜16:00登山口予定〜17:30ゲート予定
毎年恒例の年末探索!
メンバーは廃道・隧道・森林鉄道好きの面々
私は4年前に地元の師匠と行きは古和谷で帰りは尾鷲道経由又口辻から周回しましたが
今回は最短コースで古和谷を駅舎跡までピストンしました。
林道をゲートから約1:30歩くと、大台ヶ原尾鷲道 登山口の看板があり
いきなり森林鉄道の軌道敷になり、レールが外されずの残っています。
谷に落ちているレールもあります。
途中谷の架かる単管の橋(これは未だ大丈夫?)・木の桟橋(相当危ない)が4カ所位を渡り
切通しの岩が見えたら、木の階段で右上に巻いて行きます。
しばらく登ると、きれいに積まれた石段があり右側に高く石が積まれたインクラインが見えて来ます。
インクラインは途中崩れている所も有りますが、上の方も結構残っています。
私は確認していませんが、路盤にレールも放置され転がっているそうです。
インクラインの角度は約45度近く有りました。
しばらくインクラインを左に見て、つづれ折れの山道を登ると途中巨大な杉が残っていました。
山道を登り切ると再び水平の軌道跡に出ました。
右に行くのですが、左に少し行くとインクラインの上部に出ます。
上からは木が生えて判りにくいですが、ガケの側面に石積があり、インクラインだと確認出来ました。
軌道上で休憩し、ふと大きな岩の上に小さな犬釘が数本並べられていました。
メンバーの方に聞いたら今まで来たときに見つけたものを並べて有ると言っていました。
しばらく水平の軌道跡が続きますが、交差する谷で小さく崩れている所が数カ所、
大きく崩れている所が1カ所あり、30m程度高巻になっています。
緑のナイロンロープは張られていますが、少し細いので補助的で使用します。
登山道の入口から約1:30程度で、又口辻に向かう渡渉ポイントの標識が対岸に見えますが、
今回は渡らず、その先の古和谷の二俣の左俣を詰めあがりました。
2年前に来た記憶では、最初大きな岩の間の歩ける所を登り、左岸を高巻し、しばらくすると炭焼跡があり
歩きやすい左岸になるはずが、ほとんどの工程が歩きにくい谷道と左岸の高巻で、歩きやすくなったのは
最後の30分位で、1時間以上の谷歩きになります。
途中右岸の大きな岩に北山索道の尾鷲側の京良谷からの極太ワイヤーが切れて垂れ下がっていました。
しばらく行くと大きな1本杉がある平場があり、割れた神具が落ちていて山の神が祀られていたのかと
想像しました。
いよいよ、正面の谷が狭まった所の両側に高い石積みが見えて来て、北山索道 古和谷駅舎跡に着きました。
設備が大きく重量が有る為、回収出来ずに放置され今でも当時の面影を見る事が出来る唯一の場所になります。
次の平谷駅方面は山が斜面に沿って削られた切通しになっています。
熊野古道センターの資料によると、
【北山索道の中継駅で最も標高の高い場所にある古和谷駅、ここは65馬力の蒸気機関を設置し、平谷駅間及び
キヨラ谷駅間を運転していた。現在、この駅跡には回収できなかった多くの機器類が残されている。
動力駅ならではの運命であろう。ひとつひとつの機器類は大きく、しかも重量物である。
谷を挟んだ対岸には作業員の宿舎跡と思われる場所があり、茶碗や釜など、生活物資が散乱している。
また、大台ヶ原の牛石ヶ原にある神武天皇像は、昭和3年この北山索道で尾鷲停車場から古和谷駅まで索道で運ばれたが、
重みでワイヤーがたわみ木をなぎたおしながら運ばれたとも言われる。運搬にはおよそ80日を要した。
と紹介されています。】
【動力の蒸気機関から昭和22年頃から電気に切り替わり】モーターや電気の盤のような物も転がっています。
特に目を見張るのは大型のプーリーが転がっています。
直径1400mm位有るかと、スケール持って行かなかったので正確では無いです。
ちょうどお昼で雪が舞って来ましたが、各々お湯を沸かしカップめんで体を温めました。
長いをすると体を冷えるので、煉瓦や機器を写真で撮ったりして、
また来た古和谷を下りました。
今度は、又口から柳ノ谷経由で古和谷に行きたいと考えています。