【南伊勢】切原越 神宮より五ヶ所へつながる参宮道
Posted: 2024年7月26日(金) 06:58
【日 付】2024年7月21日(日)
【山 域】南伊勢
【コース】駐車地8:25---10:20切原---12:10八大龍王---12:45駐車地
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.379075/13 ... z0r0s0m0f1
内宮から五十鈴川に沿って乗越した所が竜ヶ峠で、五ヶ所に至る。五ヶ所からは熊野詣の舟が出ており伊勢神宮と熊野大社をつなぐ経路として賑わったようだ。竜ヶ峠は以前歩いたので、参宮道の最後の難所になる切原峠を歩くことにした。
切原の中心にある切原神社は石垣に囲まれた場所に大きな社殿を設けず石だけを祀る古代の姿を残し、小さな祠が置かれていた。少し下った所に石の道標があり、「さんぐう道」「矢持谷 宮川」と記されており切原峠への分岐になっている。「八大龍王」の道標も並んでいる。川に沿って林道を進み堰堤池の手前に駐車する。
日本ミツバチが群れている巣箱をすぎると切原峠への分岐でフカクズと呼ばれている。道はきれいに残っており息を切らすことなく進んでいける。歩きやすいように作った切通や道を補強する石積みも出てきて、長く歩かれた道だと伝えてくれている。掛谷への分岐は岩場の広場で、これ以降九十九折の道に代わる。大岩のある切原峠からは五ヶ所湾が見え、港がまじかであることが実感できる。峠は広場になっていて栄助茶屋の石積みが残っている。瓦があったので瓦吹の建物だったようだ。磁器のかけらは明治以降の印判手の物ではなく手書きの絵が描かれており時代を感じさせてくれる。
大岩を過ぎ床ノ木(ゆすの)に下っていく。切原側と違いあまり歩かれていないが溝道はつながっている。炭焼窯跡をすぎ九十九折に下っていくと水音がしてきた。明るい源流だなと思って下ると、沢筋にそっていく段もの石垣が大規模につらなっており耕作地跡だった。水不足に苦しめられてきた地域だけに貴重な水源を大切に使ってきた証だ。結局、数えきれない棚田や段々畑は源流から床ノ木集落まで続いていた。途中に大岩のある広場があり、ここに喜蔵茶屋があったようだ。
峠道の入口には六地蔵があったので墓地が近くにあるのだろう。橋を渡り庚申堂近くの掲示板に昨年25年ぶりに復活した天王祭・山王祭を今年も7月14日に実施すると書かれた貼り紙があった。矢持町の盆踊りや浅間神社の祭りは実施されないようで、最後まで持ちこたえている。青い橋を渡り天王神社・山王神社を見に行く。山王信仰は、比叡山麓の日吉神社から生まれ、神仏習合の信仰として密教とのつながりが深い。
鳥居をくぐると急な石段が続いている。昨年作られた真新しい手すりがつけられている。工事現場の足場用の鉄パイプを使った手作りのもので、集落の人が設置したようだ。急な階段を30m上った尾根先に石垣に囲まれた神社があった。切原神社と同じく大きな石垣の中に天王神社と山王神社の小さな祠が置かれていた。今年も祭りは無事おこなわれたようで新しいしめ縄がかけられていた。
神社から続く尾根が八大龍王の稜線につながっているので、このまま上ることにした。植林の道を進むとP352の東にある大岩のピークに着いた。稜線は岩尾根で、登山道は北側を巻くようにつけられている。五ヶ所湾が開けた場所で休憩。風もあり日陰は涼しく、まったりとした時間をすごした。
すぐに八大龍王の峠に出て、南側に下ったあたりに建物が見える。石積みと階段のある八大龍王神社で、歴史は浅い。以前は飯盛寺がありその跡地を再利用したようだ。破線道にそって下ってくと林道終点には鳥居と灯篭があった。八大龍王神社は廃屋になっており参る人もいないようだ。林道を下り駐車地に着き、切原神社にもどる。
切原神社の南東にある切原浅間山を目指す。ここの浅間祭りは、深夜から早朝に男衆が餅をつき、水垢離をして竹を担いで浅間山に登る形が残っている。大きな石垣の並ぶ集落を抜け墓地から東に延びる破線道を追う。まったく歩かれていない溝道があり岩尾根の斜面が開けている。岩尾根を進むと5m幅の広い道になっており頂上直下に続く石段につながっていた。石段下には竹の幣が立てかけられていた。石段を登ると、籠堂と祠があり、大日如来と薬師如来が祀られていた。展望台からは五ヶ所湾と切原集落全体が見渡せた。帰りは石段下より南に巻くようにつけられた道を歩く。こちらには炭窯跡や耕作地跡もあり昔の生活道だったようだ。浅間祭でも歩きやすいこの道を使うようになり、今はこちらが参道で鳥居が置かれている。昔は上りで出会った岩尾根の幅の広い道を使って竹幣を担ぎ上げたのだろう。集落から見える大幣を山頂に立てるには大きな竹を担ぎ上げる必要があった。
神宮より五ヶ所へつながる参宮道を追って切原越の峠路を歩いた。南北朝時代には、北畠氏と友好関係にある愛洲氏が治めており、参宮道に関所を置いていた。
【山 域】南伊勢
【コース】駐車地8:25---10:20切原---12:10八大龍王---12:45駐車地
【メンバー】単独
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.379075/13 ... z0r0s0m0f1
内宮から五十鈴川に沿って乗越した所が竜ヶ峠で、五ヶ所に至る。五ヶ所からは熊野詣の舟が出ており伊勢神宮と熊野大社をつなぐ経路として賑わったようだ。竜ヶ峠は以前歩いたので、参宮道の最後の難所になる切原峠を歩くことにした。
切原の中心にある切原神社は石垣に囲まれた場所に大きな社殿を設けず石だけを祀る古代の姿を残し、小さな祠が置かれていた。少し下った所に石の道標があり、「さんぐう道」「矢持谷 宮川」と記されており切原峠への分岐になっている。「八大龍王」の道標も並んでいる。川に沿って林道を進み堰堤池の手前に駐車する。
日本ミツバチが群れている巣箱をすぎると切原峠への分岐でフカクズと呼ばれている。道はきれいに残っており息を切らすことなく進んでいける。歩きやすいように作った切通や道を補強する石積みも出てきて、長く歩かれた道だと伝えてくれている。掛谷への分岐は岩場の広場で、これ以降九十九折の道に代わる。大岩のある切原峠からは五ヶ所湾が見え、港がまじかであることが実感できる。峠は広場になっていて栄助茶屋の石積みが残っている。瓦があったので瓦吹の建物だったようだ。磁器のかけらは明治以降の印判手の物ではなく手書きの絵が描かれており時代を感じさせてくれる。
大岩を過ぎ床ノ木(ゆすの)に下っていく。切原側と違いあまり歩かれていないが溝道はつながっている。炭焼窯跡をすぎ九十九折に下っていくと水音がしてきた。明るい源流だなと思って下ると、沢筋にそっていく段もの石垣が大規模につらなっており耕作地跡だった。水不足に苦しめられてきた地域だけに貴重な水源を大切に使ってきた証だ。結局、数えきれない棚田や段々畑は源流から床ノ木集落まで続いていた。途中に大岩のある広場があり、ここに喜蔵茶屋があったようだ。
峠道の入口には六地蔵があったので墓地が近くにあるのだろう。橋を渡り庚申堂近くの掲示板に昨年25年ぶりに復活した天王祭・山王祭を今年も7月14日に実施すると書かれた貼り紙があった。矢持町の盆踊りや浅間神社の祭りは実施されないようで、最後まで持ちこたえている。青い橋を渡り天王神社・山王神社を見に行く。山王信仰は、比叡山麓の日吉神社から生まれ、神仏習合の信仰として密教とのつながりが深い。
鳥居をくぐると急な石段が続いている。昨年作られた真新しい手すりがつけられている。工事現場の足場用の鉄パイプを使った手作りのもので、集落の人が設置したようだ。急な階段を30m上った尾根先に石垣に囲まれた神社があった。切原神社と同じく大きな石垣の中に天王神社と山王神社の小さな祠が置かれていた。今年も祭りは無事おこなわれたようで新しいしめ縄がかけられていた。
神社から続く尾根が八大龍王の稜線につながっているので、このまま上ることにした。植林の道を進むとP352の東にある大岩のピークに着いた。稜線は岩尾根で、登山道は北側を巻くようにつけられている。五ヶ所湾が開けた場所で休憩。風もあり日陰は涼しく、まったりとした時間をすごした。
すぐに八大龍王の峠に出て、南側に下ったあたりに建物が見える。石積みと階段のある八大龍王神社で、歴史は浅い。以前は飯盛寺がありその跡地を再利用したようだ。破線道にそって下ってくと林道終点には鳥居と灯篭があった。八大龍王神社は廃屋になっており参る人もいないようだ。林道を下り駐車地に着き、切原神社にもどる。
切原神社の南東にある切原浅間山を目指す。ここの浅間祭りは、深夜から早朝に男衆が餅をつき、水垢離をして竹を担いで浅間山に登る形が残っている。大きな石垣の並ぶ集落を抜け墓地から東に延びる破線道を追う。まったく歩かれていない溝道があり岩尾根の斜面が開けている。岩尾根を進むと5m幅の広い道になっており頂上直下に続く石段につながっていた。石段下には竹の幣が立てかけられていた。石段を登ると、籠堂と祠があり、大日如来と薬師如来が祀られていた。展望台からは五ヶ所湾と切原集落全体が見渡せた。帰りは石段下より南に巻くようにつけられた道を歩く。こちらには炭窯跡や耕作地跡もあり昔の生活道だったようだ。浅間祭でも歩きやすいこの道を使うようになり、今はこちらが参道で鳥居が置かれている。昔は上りで出会った岩尾根の幅の広い道を使って竹幣を担ぎ上げたのだろう。集落から見える大幣を山頂に立てるには大きな竹を担ぎ上げる必要があった。
神宮より五ヶ所へつながる参宮道を追って切原越の峠路を歩いた。南北朝時代には、北畠氏と友好関係にある愛洲氏が治めており、参宮道に関所を置いていた。
内宮から五十鈴川に沿って乗越した所が竜ヶ峠で、五ヶ所に至る。