【鈴鹿】鈴鹿の鉱山跡(やぶこぎネットオフ会)
Posted: 2024年5月19日(日) 13:56
【 日 付 】 2024年5月18日
【 山 域 】 やぶこぎオフ会(鈴鹿の鉱山跡)
【メーバー】むらまさ
【 天 候 】 晴れ
【 ルート 】 6:30 武平峠茨谷上駐車場ー7:10 コクイ谷ー8:00 国位鉱山石積 ー8:20 コクイ谷出合ー9:00 高昌鉱山跡坑道 ー10:00 坑道ー10:30 上水晶谷出合ー 11:00 やぶこぎネットオフ会ー14:15 コクイ谷出合ー14:40 国位鉱山4連釜ー16:10 駐車場
やぶこぎネットのオフ会に初めて参加する為に、鈴鹿の上高地へ。
現地集合で皆さんそれぞれのルートで行かれるという事で、高校の時に武平峠の西でキャンプをしコクイ谷から杉峠経由で行った雨乞岳へのコクイ谷ルートで行こうと。
最近のコクイ谷は荒れているようで破線ルートになっていて、雨乞岳へはクラ谷~七人山~東雨乞ルートが一般ルートのようですね。
休日は駐車場が6:00には埋まってしまうと情報が有り、6時過ぎに武平峠西の駐車場は満車でその西の茨谷駐車場は、あと2台空いていて駐車することが出来ました。武平峠東のスペースも空いていました。
茨谷~いっぷく峠~沢谷峠~窯跡ノ平~沢谷登り口~コクイ谷へ
コクイ谷の真ん中に国位鉱山跡の立派な石垣があり、炭焼窯跡ともう一つ石垣が引っ付いています。
その石垣の窪んだ部分は小さく、何に使用されていたのかは?です。
帰りも通ったのですが、上に何か開けた土地が有りそうで、川上から登る道もあり行ってみると段々に石積みが積まれ、谷川側面に四角い穴が並んでいます。
上から見ると4連の窯が残っていました。
2022年5月に近江鈴鹿の鉱山の歴史の著者の中島伸男さんと
岸原正恭さんの鈴鹿10座登山道コースの旧鉱山のお話を八日市図書館へ視聴しに行き、資料を頂きました。
それによると、国位鉱山は硫砒鉄鉱・黄鉄鉱・磁硫鉄鉱・黄銅鉱・閃亜鉛鉱・銅の二次鉱物が出たと。
操業期間は明治から大正初めとなっていて、保存状態の良い四連焼き窯跡が残るとなっています。
高昌鉱山跡へはコクイ谷出会いから杉峠への道を歩き、愛知川本流を渡った所の右の尾根を登ると
段々に石積が積まれた鉱山集落跡が在りました。
各所に煉瓦で組まれた何か?があちこちに在り、カマド跡か?です。
空き瓶もあちこちに。
滑車や鍵、鉱山で使用された思われるカッチャもありました。
集落の左奥にズリが有り、カラミや溶けた鉱石があり登っていくと煉瓦で作られた窯跡があり
名前の入った飯ごうが残されていました。
比較的に新しい時代のようでした。
やぶをこいで、右側へ回り込みました。木をつかみながらトラバースして、行き過ぎてガレ場を戻る時に少し滑ってしまい。
上の方に穴を見つけ、写真撮ろうとしたらスマホが有りません、滑った所に戻り探したらもう少し下で発見出来ました。
また登り返して坑道にたどり着きました。
時計と離れると知らせてくれるのですが、気が付きませんでした。
スマホにスパイラルコードを付けないとダメでした。
その時に鉱山集落の方から人が! 多分やぶこぎの方かなとやぶこぎオフ会参加のむらまさですと!
やっぱりわりばしさんでした。
軽い身のこなしで、私が滑った所をトラバースして坑道へ登り詰められていました。
坑道は集中して何か所かあり、中には入らず入口まで登り確認して来ました。
資料によると、高昌鉱山は硫砒鉄鉱・黄鉄鉱・磁硫鉄鉱・黄銅鉱・閃亜鉛鉱が混在した塊状鉱石。
操業期間は元禄・明治から大正末期となっています。
レンガはある方の日誌でYBの四日市ブリックの刻印が在ったと。
車輪は見つける事出来なかったのでまた、再訪したいと思っています。
その後、オフ会場までの最短ルート(イブネへの破線ルート)で行くことが出来ました。
この道は谷の中を降りるルートでした。
無事にやぶこぎネットオフ会場に到着しました。
【 山 域 】 やぶこぎオフ会(鈴鹿の鉱山跡)
【メーバー】むらまさ
【 天 候 】 晴れ
【 ルート 】 6:30 武平峠茨谷上駐車場ー7:10 コクイ谷ー8:00 国位鉱山石積 ー8:20 コクイ谷出合ー9:00 高昌鉱山跡坑道 ー10:00 坑道ー10:30 上水晶谷出合ー 11:00 やぶこぎネットオフ会ー14:15 コクイ谷出合ー14:40 国位鉱山4連釜ー16:10 駐車場
やぶこぎネットのオフ会に初めて参加する為に、鈴鹿の上高地へ。
現地集合で皆さんそれぞれのルートで行かれるという事で、高校の時に武平峠の西でキャンプをしコクイ谷から杉峠経由で行った雨乞岳へのコクイ谷ルートで行こうと。
最近のコクイ谷は荒れているようで破線ルートになっていて、雨乞岳へはクラ谷~七人山~東雨乞ルートが一般ルートのようですね。
休日は駐車場が6:00には埋まってしまうと情報が有り、6時過ぎに武平峠西の駐車場は満車でその西の茨谷駐車場は、あと2台空いていて駐車することが出来ました。武平峠東のスペースも空いていました。
茨谷~いっぷく峠~沢谷峠~窯跡ノ平~沢谷登り口~コクイ谷へ
コクイ谷の真ん中に国位鉱山跡の立派な石垣があり、炭焼窯跡ともう一つ石垣が引っ付いています。
その石垣の窪んだ部分は小さく、何に使用されていたのかは?です。
帰りも通ったのですが、上に何か開けた土地が有りそうで、川上から登る道もあり行ってみると段々に石積みが積まれ、谷川側面に四角い穴が並んでいます。
上から見ると4連の窯が残っていました。
2022年5月に近江鈴鹿の鉱山の歴史の著者の中島伸男さんと
岸原正恭さんの鈴鹿10座登山道コースの旧鉱山のお話を八日市図書館へ視聴しに行き、資料を頂きました。
それによると、国位鉱山は硫砒鉄鉱・黄鉄鉱・磁硫鉄鉱・黄銅鉱・閃亜鉛鉱・銅の二次鉱物が出たと。
操業期間は明治から大正初めとなっていて、保存状態の良い四連焼き窯跡が残るとなっています。
高昌鉱山跡へはコクイ谷出会いから杉峠への道を歩き、愛知川本流を渡った所の右の尾根を登ると
段々に石積が積まれた鉱山集落跡が在りました。
各所に煉瓦で組まれた何か?があちこちに在り、カマド跡か?です。
空き瓶もあちこちに。
滑車や鍵、鉱山で使用された思われるカッチャもありました。
集落の左奥にズリが有り、カラミや溶けた鉱石があり登っていくと煉瓦で作られた窯跡があり
名前の入った飯ごうが残されていました。
比較的に新しい時代のようでした。
やぶをこいで、右側へ回り込みました。木をつかみながらトラバースして、行き過ぎてガレ場を戻る時に少し滑ってしまい。
上の方に穴を見つけ、写真撮ろうとしたらスマホが有りません、滑った所に戻り探したらもう少し下で発見出来ました。
また登り返して坑道にたどり着きました。
時計と離れると知らせてくれるのですが、気が付きませんでした。
スマホにスパイラルコードを付けないとダメでした。
その時に鉱山集落の方から人が! 多分やぶこぎの方かなとやぶこぎオフ会参加のむらまさですと!
やっぱりわりばしさんでした。
軽い身のこなしで、私が滑った所をトラバースして坑道へ登り詰められていました。
坑道は集中して何か所かあり、中には入らず入口まで登り確認して来ました。
資料によると、高昌鉱山は硫砒鉄鉱・黄鉄鉱・磁硫鉄鉱・黄銅鉱・閃亜鉛鉱が混在した塊状鉱石。
操業期間は元禄・明治から大正末期となっています。
レンガはある方の日誌でYBの四日市ブリックの刻印が在ったと。
車輪は見つける事出来なかったのでまた、再訪したいと思っています。
その後、オフ会場までの最短ルート(イブネへの破線ルート)で行くことが出来ました。
この道は谷の中を降りるルートでした。
無事にやぶこぎネットオフ会場に到着しました。
むらまささん初めまして、宮指路です。