【 尾鷲 】熊野古道伊勢路 八鬼山越え
Posted: 2024年4月21日(日) 00:57
【 日 付 】2024年4月18日
【 山 域 】 尾鷲 八鬼山
【メンバー】k子、ktさん、市氏 4名
【 天 候 】晴れ 黄砂と春霞
【 ルート 】8:30熊野古道センター駐車ー向井登山口ー九鬼峠ー12:00八鬼山ー14:00名柄下山ー14:23 JR三木里駅ーJR
大曾根浦駅ー熊野古道センター
今年は熊野古道が世界遺産登録されて20年。
熊野古道伊勢路で一番の難所と言われる「八鬼山越え」を4人で歩いた。
天気は晴れだがあいにくの黄砂と春霞で展望は期待できない、が、今日の目的は石畳の古道を歴史を感じながら歩くこと。
コースはJRを利用しての周回コースを選んだ。
同じ道のピストンはつまらないし、紀勢本線は松阪より南では乗ったことがないので一度は乗ってみたかった。
熊野古道は会社に在籍中に健保のバスハイクの企画で3か所くらいは歩いているが、ずいぶん昔のことなのでどこを歩いたのかすっかり忘れている。
まだ山登りを始める前のことでサッカーをしていた時だった。
八鬼山の「町石」
登山口の案内板に以下のことが書かれている。
「町石」は丁石とも書き、道標にたてて一町ごとに道程を記した石。
この「町石」はふもとの矢浜を起点にして八鬼山の頂上までの五十町に五十体、一町ごとに立てたと考えられる。
現存するのは三十三体ですべて地蔵尊である。
400年以上も昔に伊勢山田の人達により地蔵尊はたてられたとか。
地蔵尊は巡礼者が病気などで行き倒れた人を祀るもので誰が立てたかは不明らしい。
難所八鬼山越えの中でも一番の難所の「七曲り」。
ここの石畳は苔むした石が連続して並ぶので注意して歩かないと滑ってしまう。
が、この古道の石畳はいい雰囲気だ。
道が荒れない様にと石畳を考えて、全て人力で石を敷いた昔の人達の苦労が偲ばれる。
当然ながら江戸時代には重機などない、どうやって大きな石を運んだのだろうか?
九鬼峠を越えると防火の神である「三宝荒神堂」に着く。
昨年新しく建て替えられた立派な荒神堂の前には、「荒神茶屋」跡地が残っている。
少し離れたところにはキレイなトイレも設置されていて助かる。
八鬼山山頂は展望はほとんど得られない。
小高いところに東屋があるが前の木々は大きく成長して展望がないのは惜しい。
山頂から10分程度歩いて「桜の森広場」は広く開けていて休憩場所となっている。
東屋と休憩べンチがたくさん置かれている。
目の前には九鬼の街を展望出来て、最近「オハイ」で皆さんが登る「頂山」と九鬼漁港が見える。
残念ながら黄砂できれいな展望は利かない、快晴で視界が利くと素晴らしい展望だろうに。。
下山は三木里に降りJRを利用して駐車地に戻る。
車は立派すぎる建物の熊野古道センターに駐車した、係の人達が駐車所の枯れ葉やごみを掃除していた。
「八鬼山越えを周回してきました。」と話して無事下山の挨拶とした。
平日なので車もそれほど泊まっていない、車中泊される車が一台あった。
ここから見上げる天狗倉山とオチョボ岩の稜線に向かって車を走らせた。
seiichi
【 山 域 】 尾鷲 八鬼山
【メンバー】k子、ktさん、市氏 4名
【 天 候 】晴れ 黄砂と春霞
【 ルート 】8:30熊野古道センター駐車ー向井登山口ー九鬼峠ー12:00八鬼山ー14:00名柄下山ー14:23 JR三木里駅ーJR
大曾根浦駅ー熊野古道センター
今年は熊野古道が世界遺産登録されて20年。
熊野古道伊勢路で一番の難所と言われる「八鬼山越え」を4人で歩いた。
天気は晴れだがあいにくの黄砂と春霞で展望は期待できない、が、今日の目的は石畳の古道を歴史を感じながら歩くこと。
コースはJRを利用しての周回コースを選んだ。
同じ道のピストンはつまらないし、紀勢本線は松阪より南では乗ったことがないので一度は乗ってみたかった。
熊野古道は会社に在籍中に健保のバスハイクの企画で3か所くらいは歩いているが、ずいぶん昔のことなのでどこを歩いたのかすっかり忘れている。
まだ山登りを始める前のことでサッカーをしていた時だった。
八鬼山の「町石」
登山口の案内板に以下のことが書かれている。
「町石」は丁石とも書き、道標にたてて一町ごとに道程を記した石。
この「町石」はふもとの矢浜を起点にして八鬼山の頂上までの五十町に五十体、一町ごとに立てたと考えられる。
現存するのは三十三体ですべて地蔵尊である。
400年以上も昔に伊勢山田の人達により地蔵尊はたてられたとか。
地蔵尊は巡礼者が病気などで行き倒れた人を祀るもので誰が立てたかは不明らしい。
難所八鬼山越えの中でも一番の難所の「七曲り」。
ここの石畳は苔むした石が連続して並ぶので注意して歩かないと滑ってしまう。
が、この古道の石畳はいい雰囲気だ。
道が荒れない様にと石畳を考えて、全て人力で石を敷いた昔の人達の苦労が偲ばれる。
当然ながら江戸時代には重機などない、どうやって大きな石を運んだのだろうか?
九鬼峠を越えると防火の神である「三宝荒神堂」に着く。
昨年新しく建て替えられた立派な荒神堂の前には、「荒神茶屋」跡地が残っている。
少し離れたところにはキレイなトイレも設置されていて助かる。
八鬼山山頂は展望はほとんど得られない。
小高いところに東屋があるが前の木々は大きく成長して展望がないのは惜しい。
山頂から10分程度歩いて「桜の森広場」は広く開けていて休憩場所となっている。
東屋と休憩べンチがたくさん置かれている。
目の前には九鬼の街を展望出来て、最近「オハイ」で皆さんが登る「頂山」と九鬼漁港が見える。
残念ながら黄砂できれいな展望は利かない、快晴で視界が利くと素晴らしい展望だろうに。。
下山は三木里に降りJRを利用して駐車地に戻る。
車は立派すぎる建物の熊野古道センターに駐車した、係の人達が駐車所の枯れ葉やごみを掃除していた。
「八鬼山越えを周回してきました。」と話して無事下山の挨拶とした。
平日なので車もそれほど泊まっていない、車中泊される車が一台あった。
ここから見上げる天狗倉山とオチョボ岩の稜線に向かって車を走らせた。
seiichi
コースはJRを利用しての周回コースを選んだ。