【高見山地】日神不動院より倶留尊山・高槻山
Posted: 2023年12月03日(日) 15:54
【日 付】2023年12月2日(土)
【山 域】高見山地
【コース】日神不動院駐車場8:15---10:00西浦峠---10:45倶留尊山---11:45高槻山---13:05日神不動院駐車場
【メンバー】単独
北畠氏の拠点だった多気御所(美杉)を過ぎ太郎生に向かう。大洞山と倶留尊山にはさまれた伊賀に抜ける関所になっている。日神不動院より西浦峠、倶留尊をピストンし、高槻山・ガンジ山を周回するコースをたどった。
日神集落には駐車地は無く対岸の日神不動院の駐車場に停める。大イチョウに守られた不動堂には不動明王の石像が祀られている。倶留尊山への登山道の途中にある日神は修験道とのかかわりも深く、日神不動院は天台宗の行場のひとつだった。入口には種子碑が2基ある。種子とは仏・菩薩を一字で表した梵字(サンスクリット語)のことで、ここから全ての功徳が生じると考えられている。イチョウの雨の降る右側の碑には「キリーク(阿弥陀如来)」「タラーク(宝生如来)」「アク(不空成就如来)」、左側の碑には「バーン(大日如来)」が刻まれており蓮華座から下には太郎生や伊勢地地区特有の蓮全体をあらわす特有の線刻みが見られる。明治まで山王権現社がこのあたりにあり、仏舎利(釈迦の遺骨)を納める場所をあらわす十三重塔や阿弥陀三尊の種子碑があった。現在は国津神社に合祀されている。ここで使われている石はすべて地元の大洞石で鎌倉時代の物だ。
地図にある仲善寺は今は無いが、北畠氏の祈願所であった三多気の真福院の末寺になる。車道を戻り、集落のはずれにある日神石仏群に向かう。集落の墓地と混在している中、優し気な笑みを浮かべた阿弥陀如来などの7体の石仏と三基の種子碑が祀られている。
石仏群が日神渓谷の入口になる。この道は杣道を整備したものではなく、行場へ向かう参道のようだ。古い石段や石積みの道には特別なものを感じる。すぐに日神小滝で、美杉が舞台となった映画「ウッジョブ神去なあなあ日常」で長澤まさみと染谷将太がおにぎりを食べるシーンで使われた三筋の滝だ。日神大滝を越えると渓相はナメに変わりいもつかの滝はナメの一枚岩だ。上部にはウォータースライダーを思わせる一筋の美しいナメが続いていた。この先で、林道に合流するが石積みの立派な道はここまで続いていた。
直下まで林道を歩き西浦峠より倶留尊山に向かう。三つ岩からは、東側の岩肌が落ちた丸くとがった倶留尊が見える。この山容からの倶留孫仏(仏教の過去七仏)の名前を付けたのだろう。山頂で曾爾高原を見て西浦峠にもどる。
P946に向けて上り返す。植林の山頂なのだが、高槻山というプレートがかかっている。飯高でよく見かけたフクロウのプレートもある。なんでこんな所にわざわざと思い見ていた。破線道に沿ってコルまで下るが、その先の谷に下っていく道には歩かれた感じはない。谷沿いの破線道は歩かれなくなると落ちてしまうことが多いので、ここからは破線道は使わずに尾根づたいに下ることにした。P872のガンジ山に向けて上って行くと高槻山の山容が見えてきた。倶留尊と同じく丸くとがった仏のような形をしている。太郎生からは倶留尊に負けないぐらいの存在感があるだろう。だから、わざわざいくつもプレートが山頂につけられていたのかと納得する。
ガンジ山をの先から下部で切れた破線道に続く北西尾根を下る。尾根上は植林になっており巡視の際のテープがある。巡視はされているが放置植林で歩く人は少ないようだ。途中で左から谷沿いの破線道が合流してくるが、やはり歩かれていない。ガレが近づいてくるとテープも無くなるが破線道にそって下り林道に軟着陸した。林道をショートカットすると駐車地はすぐだった。
帰りに山王権現社の十三重塔や阿弥陀三尊の種子碑を見に国津神社によると本殿には天狗の面がかかっており修験とのつながりを感じる。仲善寺の本寺である真福院の本尊は蔵王権現で修験の神だ、北畠氏の拠点だった多気御所に近いだけに修験道の色合いは濃い。
【山 域】高見山地
【コース】日神不動院駐車場8:15---10:00西浦峠---10:45倶留尊山---11:45高槻山---13:05日神不動院駐車場
【メンバー】単独
北畠氏の拠点だった多気御所(美杉)を過ぎ太郎生に向かう。大洞山と倶留尊山にはさまれた伊賀に抜ける関所になっている。日神不動院より西浦峠、倶留尊をピストンし、高槻山・ガンジ山を周回するコースをたどった。
日神集落には駐車地は無く対岸の日神不動院の駐車場に停める。大イチョウに守られた不動堂には不動明王の石像が祀られている。倶留尊山への登山道の途中にある日神は修験道とのかかわりも深く、日神不動院は天台宗の行場のひとつだった。入口には種子碑が2基ある。種子とは仏・菩薩を一字で表した梵字(サンスクリット語)のことで、ここから全ての功徳が生じると考えられている。イチョウの雨の降る右側の碑には「キリーク(阿弥陀如来)」「タラーク(宝生如来)」「アク(不空成就如来)」、左側の碑には「バーン(大日如来)」が刻まれており蓮華座から下には太郎生や伊勢地地区特有の蓮全体をあらわす特有の線刻みが見られる。明治まで山王権現社がこのあたりにあり、仏舎利(釈迦の遺骨)を納める場所をあらわす十三重塔や阿弥陀三尊の種子碑があった。現在は国津神社に合祀されている。ここで使われている石はすべて地元の大洞石で鎌倉時代の物だ。
地図にある仲善寺は今は無いが、北畠氏の祈願所であった三多気の真福院の末寺になる。車道を戻り、集落のはずれにある日神石仏群に向かう。集落の墓地と混在している中、優し気な笑みを浮かべた阿弥陀如来などの7体の石仏と三基の種子碑が祀られている。
石仏群が日神渓谷の入口になる。この道は杣道を整備したものではなく、行場へ向かう参道のようだ。古い石段や石積みの道には特別なものを感じる。すぐに日神小滝で、美杉が舞台となった映画「ウッジョブ神去なあなあ日常」で長澤まさみと染谷将太がおにぎりを食べるシーンで使われた三筋の滝だ。日神大滝を越えると渓相はナメに変わりいもつかの滝はナメの一枚岩だ。上部にはウォータースライダーを思わせる一筋の美しいナメが続いていた。この先で、林道に合流するが石積みの立派な道はここまで続いていた。
直下まで林道を歩き西浦峠より倶留尊山に向かう。三つ岩からは、東側の岩肌が落ちた丸くとがった倶留尊が見える。この山容からの倶留孫仏(仏教の過去七仏)の名前を付けたのだろう。山頂で曾爾高原を見て西浦峠にもどる。
P946に向けて上り返す。植林の山頂なのだが、高槻山というプレートがかかっている。飯高でよく見かけたフクロウのプレートもある。なんでこんな所にわざわざと思い見ていた。破線道に沿ってコルまで下るが、その先の谷に下っていく道には歩かれた感じはない。谷沿いの破線道は歩かれなくなると落ちてしまうことが多いので、ここからは破線道は使わずに尾根づたいに下ることにした。P872のガンジ山に向けて上って行くと高槻山の山容が見えてきた。倶留尊と同じく丸くとがった仏のような形をしている。太郎生からは倶留尊に負けないぐらいの存在感があるだろう。だから、わざわざいくつもプレートが山頂につけられていたのかと納得する。
ガンジ山をの先から下部で切れた破線道に続く北西尾根を下る。尾根上は植林になっており巡視の際のテープがある。巡視はされているが放置植林で歩く人は少ないようだ。途中で左から谷沿いの破線道が合流してくるが、やはり歩かれていない。ガレが近づいてくるとテープも無くなるが破線道にそって下り林道に軟着陸した。林道をショートカットすると駐車地はすぐだった。
帰りに山王権現社の十三重塔や阿弥陀三尊の種子碑を見に国津神社によると本殿には天狗の面がかかっており修験とのつながりを感じる。仲善寺の本寺である真福院の本尊は蔵王権現で修験の神だ、北畠氏の拠点だった多気御所に近いだけに修験道の色合いは濃い。
白口峠を下った上小川からあららぎ道で柚原に出て、伊勢山上のある飯福田を経て掘坂峠で松阪の向かう道が続いている。