【奥越】錦繍の蝿帽子川から蝿帽子峠の古道を歩く
Posted: 2023年11月08日(水) 21:10
【日 付】2023年11月3日(金)
【山 域】奥越 笹生川ダム周辺
【天 候】晴れ
【メンバー】sato、山日和
【コース】林道駐車地7:25---7:40蝿帽子川入渓点---9:00二俣---11:45蝿帽子嶺12:00---12:35蝿帽子峠13:55---
14:45二俣---16:20駐車地
水戸天狗党の武田耕雲斎一行が山越えしたことで知られる蝿帽子峠。越美国境稜線上にあるこの峠は、通常
美濃側から登られている。温見峠にほど近い大河原の集落跡から根尾川を渡るとすぐに尾根に取り付くことが
できるが、越前側は蝿帽子川を遡行しなければ峠道に取り付くことができない。
笹生川ダム湖のバックウォーター沿いに奥へ奥へと林道を走らせた。2ヶ月前に鍋又山に登った時、下山路に
使った若谷から林道入口まで歩いた。その時はずいぶん整備された林道だと思っていたが、車で走ってみると
結構デコボコが多く気を遣わされた。それでも現役の林道のようで、路面にはほとんど落石もなく、林道とし
ては走りやすい部類と言えるだろう。林道沿いの林はずっと自然林が続き、紅葉が美しい。
植林のためではなく、堰堤建設のために作られた林道なのかもしれない。
中高谷の手前に駐車して歩き出した。林道を直進すると中高谷へ誘導されてしまうので、右に分岐する道を
進むとほどなく終点となる。ここにある堰堤を越すことから蝿帽子川遡行が始まる。
堰堤の上に立つと水が干上がった大正池(ちょっと大げさか)のような風景が出迎えてくれた。水量が多い時は
ダム湖らしい風景になるのだろうか。
水際へ下り立つと、やはり普段は水の中なのか、露出した地肌が泥田のように足がずぶずぶと潜ってしまう。
satoさんは足が抜けなくなって身動きが取れず大騒ぎだ。
無事脱出して上流へ歩き出すと、広い谷はほとんど勾配もなく、自然林の中を蛇行しながらゆったりと流れる、
まさに「川」の風景が続いた。1メートルはおろか50センチの落差もない流れが延々と続く。
「穏やか」という言葉を風景にすればこんな姿になるのだろうと思わせるような平和な風景である。
まだ日の届かない谷筋は少し暗いが、山肌を見上げると燃えるような紅葉に包まれている。
基本的に河原の左岸側に古道の跡と思われる踏み跡が続いており、大半は足を濡らさずに歩けるが、登山靴で
歩くには不適だし、第一面白くない。
ちょっとしたゴルジュ状の場所では左岸の広いバンドに明瞭な道が付けられて、流れを見下ろしながら歩くこと
ができて面白い。
思っていた以上に道型が残っていたおかげでいいペースで進むことができ、両岸にいくつかの支谷を見送って、
標高620mの二俣に着いた。この正面の尾根が下山のルートだ。
左俣の東カスミ谷へ入っても穏やかな渓相は変わらない。
甘い香りが漂ってきたと思ったら、大きなカツラの古木があった。ようやく谷に日差しが届くようになると、
体感温度が一気に上がってきた。今日は下界では季節外れの夏日の予想である。
右から最初に入る峠又谷が蝿帽子嶺への最短ルートだ。谷にはサワグルミが目立つようになってきた。
深く刻まれた谷に入ると再び日陰となる。小さなナメ滝が続いたがすぐに息切れして平凡な流れが続く。
Ca740mあたりで谷は少し活気づいてきた。5m程度の滝がいくつか現れるが簡単に直登できる。
但し、黒光りした岩はヌルヌルなので滑らないよう気を遣わされる。
水量が乏しく見栄えが悪いのが残念だ。岩が黒い上に逆光なので写真がうまく撮れない。
プチ連瀑帯が終わって、あとは坦々と詰め上がるだけかと思っていたら、意外にも谷芯は岩盤が発達してナメ
床が続いていた。時折2~3m程度の黒い滝も現れて、最後まで沢らしい表情を見せている。
まわりはいつの間にかブナの森に変わっていた。見上げる越美国境稜線はすぐそこに明るく輝いている。
よく踏まれた稜線に上がれば蝿帽子嶺はすぐそこだ。
小さく刈り開かれた山頂には三角点と、なぜか1307.3mと間違った標高の書かれた標識がある。
実際は1037.3mなのだが、3と0の順番を間違えてしまったのだろう。
1307mなら三国岳と美濃平家の間の越美国境稜線で6番目に高いピークということになってしまう。
展望はあまりいいとは言えないが、能郷白山と北側の岩谷山~御伊勢山の稜線を望むことができる。
日差しが強く、日なたではとてもランチタイムという気にならないので、蝿帽子峠へと向かった。
途中で4人パーティーとすれ違う。古道調査に来ているということだった。
どちらからと聞かれたので「福井県側から蝿帽子川を歩いて来ました」と答えると、いたく感心された。
峠越えの道なのだから福井県側からのアプローチも当然あるのだが、やはり一般的に認識されていないようだ。
峠への稜線は踏み跡はしっかりしているものの、枝が横向きに張り出して歩きにくい。しかし先々月の鍋又山
に比べれば10倍マシである。
蝿帽子峠に着いた。金属製の看板には蝿帽子峠の名前と並んで這法師峠の文字があった。
坊さんが這って歩くぐらい厳しい道ということだろうか。
峠の美濃側には柔和なお顔のお地蔵様が祀られていた。この峠を越える人々をずっと優しく見守ってきたのだろう。
暑いので越前側の日陰に陣取ってランチタイム。こちらには意外にはっきりとした道が山腹へ延びていた。
食後のコーヒータイムを楽しんでいると、真上の登山道から声がかかった。「峠の看板はどこですか」と聞か
れたので「すぐそこですよ」と答える。後ろから来た連れの女性が看板の前に立ったその姿に見覚えがある。
ひょっとしてと近付いて行くと、向こうの方から「山日和さん?」と声がかかる。かみちゃんだった。
ということは、さっきの男性は梨丸さんだ。久し振りの出会いを喜びあう。
こんなところでと言ってはみたが、逆にこんなところでしか会わないかもしれない。
大河原へ下って行く梨丸パーティーを見送って、越前側の古道探索にかかる。
駐車地から尾根末端の二俣まで1時間半ほどで来れたので、下山にはプラス1時間あれば十分だろう。
この蝿帽子峠越えの古道はどこまで痕跡が残っているのだろうと思っていたが、想像をはるかに超える素晴ら
しい道型が残されていた。
尾根の襞を忠実になぞって少しずつ高度を下げて行く道は、ほとんどヤブもなく、迷いようのない明瞭な踏み跡
が続く。そしてまわりを見わたせば360度錦繍の森が広がる。もみじの赤はほとんどないが、ブナとシロモジの
黄金色の輝きに顔まで染まってしまいそうである。
この道を歩くならこの季節だと決めていたが、思い描いていた通りの風景に頬が緩む。
山腹を巻いていた道は標高750mあたりで尾根に出る。この尾根芯に付けられた道型がまた素晴らしい。
最大傾斜線ではなく、うねうねと蛇行しながら最小の勾配で済むように付けられた古道の香りが漂う道である。
深く掘り込まれた古道には風格を感じると共に、美しい芸術作品を鑑賞しているような思いすら感じるのである。
目論見どおり、1時間足らずで二俣に着地。あとは元来た蝿帽子川の河原道を戻るだけだ。
帰りには明るく輝く蝿帽子川の姿を見られると思っていたが、谷間にはもう既に日差しが届かなくなっていた。
山日和
【山 域】奥越 笹生川ダム周辺
【天 候】晴れ
【メンバー】sato、山日和
【コース】林道駐車地7:25---7:40蝿帽子川入渓点---9:00二俣---11:45蝿帽子嶺12:00---12:35蝿帽子峠13:55---
14:45二俣---16:20駐車地
水戸天狗党の武田耕雲斎一行が山越えしたことで知られる蝿帽子峠。越美国境稜線上にあるこの峠は、通常
美濃側から登られている。温見峠にほど近い大河原の集落跡から根尾川を渡るとすぐに尾根に取り付くことが
できるが、越前側は蝿帽子川を遡行しなければ峠道に取り付くことができない。
笹生川ダム湖のバックウォーター沿いに奥へ奥へと林道を走らせた。2ヶ月前に鍋又山に登った時、下山路に
使った若谷から林道入口まで歩いた。その時はずいぶん整備された林道だと思っていたが、車で走ってみると
結構デコボコが多く気を遣わされた。それでも現役の林道のようで、路面にはほとんど落石もなく、林道とし
ては走りやすい部類と言えるだろう。林道沿いの林はずっと自然林が続き、紅葉が美しい。
植林のためではなく、堰堤建設のために作られた林道なのかもしれない。
中高谷の手前に駐車して歩き出した。林道を直進すると中高谷へ誘導されてしまうので、右に分岐する道を
進むとほどなく終点となる。ここにある堰堤を越すことから蝿帽子川遡行が始まる。
堰堤の上に立つと水が干上がった大正池(ちょっと大げさか)のような風景が出迎えてくれた。水量が多い時は
ダム湖らしい風景になるのだろうか。
水際へ下り立つと、やはり普段は水の中なのか、露出した地肌が泥田のように足がずぶずぶと潜ってしまう。
satoさんは足が抜けなくなって身動きが取れず大騒ぎだ。
無事脱出して上流へ歩き出すと、広い谷はほとんど勾配もなく、自然林の中を蛇行しながらゆったりと流れる、
まさに「川」の風景が続いた。1メートルはおろか50センチの落差もない流れが延々と続く。
「穏やか」という言葉を風景にすればこんな姿になるのだろうと思わせるような平和な風景である。
まだ日の届かない谷筋は少し暗いが、山肌を見上げると燃えるような紅葉に包まれている。
基本的に河原の左岸側に古道の跡と思われる踏み跡が続いており、大半は足を濡らさずに歩けるが、登山靴で
歩くには不適だし、第一面白くない。
ちょっとしたゴルジュ状の場所では左岸の広いバンドに明瞭な道が付けられて、流れを見下ろしながら歩くこと
ができて面白い。
思っていた以上に道型が残っていたおかげでいいペースで進むことができ、両岸にいくつかの支谷を見送って、
標高620mの二俣に着いた。この正面の尾根が下山のルートだ。
左俣の東カスミ谷へ入っても穏やかな渓相は変わらない。
甘い香りが漂ってきたと思ったら、大きなカツラの古木があった。ようやく谷に日差しが届くようになると、
体感温度が一気に上がってきた。今日は下界では季節外れの夏日の予想である。
右から最初に入る峠又谷が蝿帽子嶺への最短ルートだ。谷にはサワグルミが目立つようになってきた。
深く刻まれた谷に入ると再び日陰となる。小さなナメ滝が続いたがすぐに息切れして平凡な流れが続く。
Ca740mあたりで谷は少し活気づいてきた。5m程度の滝がいくつか現れるが簡単に直登できる。
但し、黒光りした岩はヌルヌルなので滑らないよう気を遣わされる。
水量が乏しく見栄えが悪いのが残念だ。岩が黒い上に逆光なので写真がうまく撮れない。
プチ連瀑帯が終わって、あとは坦々と詰め上がるだけかと思っていたら、意外にも谷芯は岩盤が発達してナメ
床が続いていた。時折2~3m程度の黒い滝も現れて、最後まで沢らしい表情を見せている。
まわりはいつの間にかブナの森に変わっていた。見上げる越美国境稜線はすぐそこに明るく輝いている。
よく踏まれた稜線に上がれば蝿帽子嶺はすぐそこだ。
小さく刈り開かれた山頂には三角点と、なぜか1307.3mと間違った標高の書かれた標識がある。
実際は1037.3mなのだが、3と0の順番を間違えてしまったのだろう。
1307mなら三国岳と美濃平家の間の越美国境稜線で6番目に高いピークということになってしまう。
展望はあまりいいとは言えないが、能郷白山と北側の岩谷山~御伊勢山の稜線を望むことができる。
日差しが強く、日なたではとてもランチタイムという気にならないので、蝿帽子峠へと向かった。
途中で4人パーティーとすれ違う。古道調査に来ているということだった。
どちらからと聞かれたので「福井県側から蝿帽子川を歩いて来ました」と答えると、いたく感心された。
峠越えの道なのだから福井県側からのアプローチも当然あるのだが、やはり一般的に認識されていないようだ。
峠への稜線は踏み跡はしっかりしているものの、枝が横向きに張り出して歩きにくい。しかし先々月の鍋又山
に比べれば10倍マシである。
蝿帽子峠に着いた。金属製の看板には蝿帽子峠の名前と並んで這法師峠の文字があった。
坊さんが這って歩くぐらい厳しい道ということだろうか。
峠の美濃側には柔和なお顔のお地蔵様が祀られていた。この峠を越える人々をずっと優しく見守ってきたのだろう。
暑いので越前側の日陰に陣取ってランチタイム。こちらには意外にはっきりとした道が山腹へ延びていた。
食後のコーヒータイムを楽しんでいると、真上の登山道から声がかかった。「峠の看板はどこですか」と聞か
れたので「すぐそこですよ」と答える。後ろから来た連れの女性が看板の前に立ったその姿に見覚えがある。
ひょっとしてと近付いて行くと、向こうの方から「山日和さん?」と声がかかる。かみちゃんだった。
ということは、さっきの男性は梨丸さんだ。久し振りの出会いを喜びあう。
こんなところでと言ってはみたが、逆にこんなところでしか会わないかもしれない。
大河原へ下って行く梨丸パーティーを見送って、越前側の古道探索にかかる。
駐車地から尾根末端の二俣まで1時間半ほどで来れたので、下山にはプラス1時間あれば十分だろう。
この蝿帽子峠越えの古道はどこまで痕跡が残っているのだろうと思っていたが、想像をはるかに超える素晴ら
しい道型が残されていた。
尾根の襞を忠実になぞって少しずつ高度を下げて行く道は、ほとんどヤブもなく、迷いようのない明瞭な踏み跡
が続く。そしてまわりを見わたせば360度錦繍の森が広がる。もみじの赤はほとんどないが、ブナとシロモジの
黄金色の輝きに顔まで染まってしまいそうである。
この道を歩くならこの季節だと決めていたが、思い描いていた通りの風景に頬が緩む。
山腹を巻いていた道は標高750mあたりで尾根に出る。この尾根芯に付けられた道型がまた素晴らしい。
最大傾斜線ではなく、うねうねと蛇行しながら最小の勾配で済むように付けられた古道の香りが漂う道である。
深く掘り込まれた古道には風格を感じると共に、美しい芸術作品を鑑賞しているような思いすら感じるのである。
目論見どおり、1時間足らずで二俣に着地。あとは元来た蝿帽子川の河原道を戻るだけだ。
帰りには明るく輝く蝿帽子川の姿を見られると思っていたが、谷間にはもう既に日差しが届かなくなっていた。
山日和
水際へ下り立つと、やはり普段は水の中なのか、露出した地肌が泥田のように足がずぶずぶと潜ってしまう。