【若狭】庄部谷山の光と影
Posted: 2023年10月11日(水) 20:41
【日 付】2023年10月7日(土)
【山 域】若狭 庄部谷山周辺
【天 候】晴れ
【メンバー】sato、山日和
【コース】林道駐車地8:05---8:45吊橋---9:15甲森谷出合---10:15ご神木カツラ10:35---11:10トタテ出合---12:30稜線
---12:55庄部谷山14:30---14:50ブナ巨木---16:15駐車地
怒り、憤りでもなく悲しみとも違う。この複雑な感情をなんと表現すればいいのだろう。
足繁く通った最愛の山の変わり果てた姿。話には聞いていたが、自分の目で見るのが恐くてしばらく訪れることができ
なかった。ようやくその現実を目の当たりにして文字通り言葉を失うしかなかった。
通い慣れた横谷川の送電鉄塔巡視路を歩く。巡視路とは名ばかりで崩れた斜面も多く、足を濡らさずに歩くことは不
可能だ。渓流シューズや長靴が必要なバリエーションルートである。
ゴルジュ状の横谷川の流れは美しく、水流沿いに遡行するのも楽しいが、時間の節約のために巡視路を辿る。
最初の傾いた吊橋から30分ほどで甲森谷の出合に到着。本流を渡渉して甲森谷に入る。
甲森谷を歩くのは4年振りだ。最近は水害で荒れた谷を見慣れているせいか、荒れの少ないこの谷は新鮮に映る。
多少流倒木があるにせよ、流れを遮るような箇所はまったくなく、初めて訪れた頃とあまり変わらないように見えた。
滝と呼べる落差が皆無の谷は、豊かな森の中をただひたすら穏やかに流れている。ところどころに現れる河岸台地に
は必ず炭焼窯跡があり、その傍らにはトチやカツラの巨木が切られずに佇んでいる。
かつては新庄の生活の山(今でもこの一帯は新庄の財産区である)であったが、この谷は植林もされず、素晴らしい森が
そのまま残されているのだ。
左に支流の白谷を分けると、いよいよ「トチのカツラのワンダーランド」の入口である。
谷の正面に炭焼窯跡を前に控えたカツラの巨樹が現れた。このカツラはまさにご神木という佇まいで、炭焼窯跡はさな
がら祭壇のようだ。幹周りは軽く10mを超えるだろうカツラの巨樹を前にすると、なにか厳かな気分になる。
この木だけではなく、まわりに点在するトチの大木の森が、何とも言えないひとつの空間を作り出しているのだろう。
ワンダーランドの凄いところは、このカツラがまだ序の口だということである。
谷を奥へ進んで行くと、まずは右岸斜面に7mぐらいはありそうなトチの巨樹が出迎えてくれる。
そして、まったく勾配のないような緩やかな谷の両岸の台地には、次々とカツラの巨樹が現れる。
初めてこの風景を見た時の驚きを思い出す。何の期待もせずに訪れたこの場所に、想像を絶するような荘厳なカツラの
森が眠っていたとは。
あれから20年。登山雑誌で紹介されたり、SNSの発達で少しは有名になったかもしれないが、少なくともここで登山
者に会ったことはない。
今日は天気が良過ぎて、太陽の光をいっぱいに浴びた森は幽邃さに欠ける。この深いカツラの森には曇り空の方が似
合うと思う。
カツラの森でひと息いれて上流に向かう。これまでと少し様相が変わり、谷筋にようやく傾斜が付いてきた。
まず出会うのが左岸に大きな岩屋を抱えた大産石室の滝だ。谷の水量が少なく感じていた割には結構勢いがいい。
いつも水流沿いをシャワーで登るのだが、今日はあまり水を被りたくない。
右岸側に細引きのようなものが垂れ下がっていた。残置ロープにしてはあまりに細過ぎる。ここを懸垂下降で下りたこ
とはあるが登ったことはない。見るとホールドも十分でヌメりもなく登れそうだ。
滝の上に上がってみると、細引きは木の根に巻かれたスリングに付けられたカラビナに繋がっていた。
いったい何のためのものだろう。スリングとカラビナは懸垂下降用だろうが、残置する意味がわからない。
自分の時そうしたように、木の根に直接ロープを掛けてもまったく問題ないのである。カラビナにはご丁寧にフルネーム
で書かれた名前シールが貼られていた。
次に現れる5m滝を巻き上がるとトタテ(谷の名前)の出合に到着。予定ではトタテを遡行して稜線に抜けるつもりだった
が計画変更。左岸の尾根から稜線を目指すことにした。
強烈な急斜面を、岩を縫いながら木の根を頼りに高度を上げる。昔やぶこぎネットのツアーで歩いた尾根なのだが、こん
なところを登らせたのだろうか。
傾斜が緩んで手を使わずに歩けるようになると台風の傷痕だろうか、今度は倒木が目立ち始めた。
標高が上がるとブナの密度が濃くなってくる。
稜線が近付いてきた。しかし見慣れた風景とは違う。見えているブナの森がやけに明るいのだ。
あのピークのまわりに濃密なブナ林で、昼でも薄暗いはずなのである。
稜線に到達してその違和感の正体を知った。一面のブナ林は無残に伐採され、風況観測塔とソーラーパネルが設置され
ていた。そして味気ない地肌を晒して林道が稜線上に延びている。ブナの切り株が無数に点在していた。
観測塔を支えるワイヤーを張るためだけに伐採されたところもある。想像以上の惨状を目にして絶句してしまった。
地球温暖化を防ぐためという口実での風力発電の推進。地球環境を守るために自然エネルギーに転換しようとしている
はずなのに、そのために二度と元に戻らない自然破壊をするという矛盾。
事業者は環境のことなどまったく考えていない。ただそこに金の匂いがするから寄ってくるだけだ。
計画ではこの稜線に数十基もの風車が立つらしいが、風車の寿命と言われる30年も経てば、放棄された風車が並ぶ廃墟の
森となるだろう。
気を取り直して庄部谷山へ向かうが、林道も尾根上に延びている。ピークを巻くように付けられているので、その部分
のブナ林だけは健在だ。庄部谷山の山頂が変わっていないのが救いである。
いつものように庄部谷の源頭に腰を降ろしてランチタイムとした。美味いはずのビールの味もほろ苦い。
(ビールだからあたり前だが)
山頂西側の台地も実にいいところだったが、林道に蹂躙されて見る影もない。
逃げるように804m標高点から西の尾根に入った。この尾根は無事で、おなじみのブナ並木と、この界隈でもトップクラス
のブナの巨木が迎えてくれた。
518m標高点から駐車地を目がけて北西の尾根を下る。ヤブもなくまあまあ歩きやすいと言える尾根だろう。
最後は林道の法面の弱点を見つけて車の50mほど後方に着地。
変わらぬ美しい谷と変わり果てた尾根。光と影の両方を見た一日だった。
自分の気持ちを整理するには少し時間がかかるかもしれない。
山日和
【山 域】若狭 庄部谷山周辺
【天 候】晴れ
【メンバー】sato、山日和
【コース】林道駐車地8:05---8:45吊橋---9:15甲森谷出合---10:15ご神木カツラ10:35---11:10トタテ出合---12:30稜線
---12:55庄部谷山14:30---14:50ブナ巨木---16:15駐車地
怒り、憤りでもなく悲しみとも違う。この複雑な感情をなんと表現すればいいのだろう。
足繁く通った最愛の山の変わり果てた姿。話には聞いていたが、自分の目で見るのが恐くてしばらく訪れることができ
なかった。ようやくその現実を目の当たりにして文字通り言葉を失うしかなかった。
通い慣れた横谷川の送電鉄塔巡視路を歩く。巡視路とは名ばかりで崩れた斜面も多く、足を濡らさずに歩くことは不
可能だ。渓流シューズや長靴が必要なバリエーションルートである。
ゴルジュ状の横谷川の流れは美しく、水流沿いに遡行するのも楽しいが、時間の節約のために巡視路を辿る。
最初の傾いた吊橋から30分ほどで甲森谷の出合に到着。本流を渡渉して甲森谷に入る。
甲森谷を歩くのは4年振りだ。最近は水害で荒れた谷を見慣れているせいか、荒れの少ないこの谷は新鮮に映る。
多少流倒木があるにせよ、流れを遮るような箇所はまったくなく、初めて訪れた頃とあまり変わらないように見えた。
滝と呼べる落差が皆無の谷は、豊かな森の中をただひたすら穏やかに流れている。ところどころに現れる河岸台地に
は必ず炭焼窯跡があり、その傍らにはトチやカツラの巨木が切られずに佇んでいる。
かつては新庄の生活の山(今でもこの一帯は新庄の財産区である)であったが、この谷は植林もされず、素晴らしい森が
そのまま残されているのだ。
左に支流の白谷を分けると、いよいよ「トチのカツラのワンダーランド」の入口である。
谷の正面に炭焼窯跡を前に控えたカツラの巨樹が現れた。このカツラはまさにご神木という佇まいで、炭焼窯跡はさな
がら祭壇のようだ。幹周りは軽く10mを超えるだろうカツラの巨樹を前にすると、なにか厳かな気分になる。
この木だけではなく、まわりに点在するトチの大木の森が、何とも言えないひとつの空間を作り出しているのだろう。
ワンダーランドの凄いところは、このカツラがまだ序の口だということである。
谷を奥へ進んで行くと、まずは右岸斜面に7mぐらいはありそうなトチの巨樹が出迎えてくれる。
そして、まったく勾配のないような緩やかな谷の両岸の台地には、次々とカツラの巨樹が現れる。
初めてこの風景を見た時の驚きを思い出す。何の期待もせずに訪れたこの場所に、想像を絶するような荘厳なカツラの
森が眠っていたとは。
あれから20年。登山雑誌で紹介されたり、SNSの発達で少しは有名になったかもしれないが、少なくともここで登山
者に会ったことはない。
今日は天気が良過ぎて、太陽の光をいっぱいに浴びた森は幽邃さに欠ける。この深いカツラの森には曇り空の方が似
合うと思う。
カツラの森でひと息いれて上流に向かう。これまでと少し様相が変わり、谷筋にようやく傾斜が付いてきた。
まず出会うのが左岸に大きな岩屋を抱えた大産石室の滝だ。谷の水量が少なく感じていた割には結構勢いがいい。
いつも水流沿いをシャワーで登るのだが、今日はあまり水を被りたくない。
右岸側に細引きのようなものが垂れ下がっていた。残置ロープにしてはあまりに細過ぎる。ここを懸垂下降で下りたこ
とはあるが登ったことはない。見るとホールドも十分でヌメりもなく登れそうだ。
滝の上に上がってみると、細引きは木の根に巻かれたスリングに付けられたカラビナに繋がっていた。
いったい何のためのものだろう。スリングとカラビナは懸垂下降用だろうが、残置する意味がわからない。
自分の時そうしたように、木の根に直接ロープを掛けてもまったく問題ないのである。カラビナにはご丁寧にフルネーム
で書かれた名前シールが貼られていた。
次に現れる5m滝を巻き上がるとトタテ(谷の名前)の出合に到着。予定ではトタテを遡行して稜線に抜けるつもりだった
が計画変更。左岸の尾根から稜線を目指すことにした。
強烈な急斜面を、岩を縫いながら木の根を頼りに高度を上げる。昔やぶこぎネットのツアーで歩いた尾根なのだが、こん
なところを登らせたのだろうか。
傾斜が緩んで手を使わずに歩けるようになると台風の傷痕だろうか、今度は倒木が目立ち始めた。
標高が上がるとブナの密度が濃くなってくる。
稜線が近付いてきた。しかし見慣れた風景とは違う。見えているブナの森がやけに明るいのだ。
あのピークのまわりに濃密なブナ林で、昼でも薄暗いはずなのである。
稜線に到達してその違和感の正体を知った。一面のブナ林は無残に伐採され、風況観測塔とソーラーパネルが設置され
ていた。そして味気ない地肌を晒して林道が稜線上に延びている。ブナの切り株が無数に点在していた。
観測塔を支えるワイヤーを張るためだけに伐採されたところもある。想像以上の惨状を目にして絶句してしまった。
地球温暖化を防ぐためという口実での風力発電の推進。地球環境を守るために自然エネルギーに転換しようとしている
はずなのに、そのために二度と元に戻らない自然破壊をするという矛盾。
事業者は環境のことなどまったく考えていない。ただそこに金の匂いがするから寄ってくるだけだ。
計画ではこの稜線に数十基もの風車が立つらしいが、風車の寿命と言われる30年も経てば、放棄された風車が並ぶ廃墟の
森となるだろう。
気を取り直して庄部谷山へ向かうが、林道も尾根上に延びている。ピークを巻くように付けられているので、その部分
のブナ林だけは健在だ。庄部谷山の山頂が変わっていないのが救いである。
いつものように庄部谷の源頭に腰を降ろしてランチタイムとした。美味いはずのビールの味もほろ苦い。
(ビールだからあたり前だが)
山頂西側の台地も実にいいところだったが、林道に蹂躙されて見る影もない。
逃げるように804m標高点から西の尾根に入った。この尾根は無事で、おなじみのブナ並木と、この界隈でもトップクラス
のブナの巨木が迎えてくれた。
518m標高点から駐車地を目がけて北西の尾根を下る。ヤブもなくまあまあ歩きやすいと言える尾根だろう。
最後は林道の法面の弱点を見つけて車の50mほど後方に着地。
変わらぬ美しい谷と変わり果てた尾根。光と影の両方を見た一日だった。
自分の気持ちを整理するには少し時間がかかるかもしれない。
山日和