【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

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アオバ*ト
記事: 283
登録日時: 2019年9月23日(月) 08:40

【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by アオバ*ト »

【山域】大峰山脈・前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山
【山行日】2023年5月3日〜5日
【天候】3日間とも概ね晴れ
【メンバー】タイラ、アオバ*ト
【ルート】
    5/3(309号線90番標識に車1台デポ)前鬼ゲート、小仲坊、太古の辻、深仙の宿(テント泊)
    5/4深仙の宿〜釈迦ヶ岳〜弥山(テント泊)
    5/5弥山〜一ノ垰〜90番標識

 今年のゴールデンウィークは、早くから温めていたプランがあった。
大峯奥駈道の一部を歩いてみようというものだ。
きっかけとなったエピソードがあるのだが、それは最後に記したい。
険しい修行の道なので小屋を使って極力軽装備で歩こうと思い、一ヶ月前に弥山小屋と下山口に使う前鬼の小仲坊の予約を取った。
ところが1週間前の天気予報は3日間ともまとまった雨。泣く泣くキャンセルの電話を入れた。
それがキャンセルした途端に予報は再び好転した。お天気の崩れるタイミングが先にどんどん延びて行った。
でももう小屋の予約は無い。自力で行けと言う事か。
2台の車を使って1台を前鬼のゲート前にデポし、309号線の90番の階段から奥駈道に上がり一泊で縦走してる人たちの記録が目についた。
速攻連休初めの4/29日、90番の標識から登るタイタン尾根の下見に行った。
1時間ほどで奥駈道まで上がれることがわかった。
国道に降りてさらに前鬼のゲートまでも行ってみた。デポにかかる時間もわかった。自分の車で入れることもわかった。
せっかく好転したこのお天気を棒に振りたくない。テント背負って行くことを決めた。

 タイタン尾根の様子がわかったので、歩いたことのない前鬼から登ることにした。
奥駈道に上がったら、すぐに水場のある深仙の宿がある。色々調べてみるとここは特別にすばらしい場所のようだ。
足の遅い私たちには丁度良いコースタイム、むしろ少し時間が余るくらいかもしれないが、
この聖なる場所に心ゆくまで浸りたいと思った。
前鬼は初めて訪れる場所ではなかった。15年ほど前、当時所属していた山の会の沢登りで連れてきてもらったことがあった。
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でもその時は、役行者と鬼たちのファンタジーよりファンタスティックな1300年のリアルをまだ知らなかった。
当初宿泊の予約をするのに電話をかけたら「五鬼助です」と名乗られた。本当に「五鬼助」という名字なのだった。
五鬼継、五鬼熊、五鬼上、五鬼童、そして五鬼助の5人の鬼の子どもたちの最後の末裔、五鬼助義之さん。
お守り代わりに背負って行くので御朱印下さいとお願いすると快く書いて下さった。
書かれた文字は「神変大菩薩」。
お守りは役行者さま。なんとありがたいのだろう。

 小仲坊には、何人かのハイカーたちが寛いでいたが、これから登ろうというパーティは私たちと、
ご夫婦と思しきもう一組だけだった。大きなザックを背負われていて、私たちと同じテント泊であることが伺われた。
ゲートまでは、どなたかに送ってもらったようだ。弥山まで抜きつ抜かれつとなった。
 山道に入り、かつての宿坊跡や住居跡の石積みの横を通り抜け、踏み跡と目印を拾いながら芽吹きの谷を上がって行った。
緑色に染まったばかりの谷の上空は雲一つない青空。まさかこんなお天気になるなんて。
広々とした谷はトチノキの森だった。巨木があるようだ。でも登山道から少し外れている。ザック置いて見に行った。
すごい!今までいろんなトチノキに出会ってきたけど、この子は間違いなくいちばん大きかった。
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 階段道があるというのを、私は調べ損ねていた。タイラさんが、さぁ853段の階段始まるよ〜!と言うので、
えぇっ!と、半月ほど前の弥山川のはしご地獄を思い出した。でもここのは垂直ではなかったので、ホッとした。
木の階段、雨でなくて良かった。階段になったり、土の道になったり。
途中の水場で、今晩炊くお米を浸水させた。ナルゲンボトルに入れて、何時間か浸水させて置くと、すぐにおいしく炊けるのだ。
 けっこうな急勾配の中、日帰りの若者パーティが軽快に追い抜いて行く。
「山と道」のウェアやザックがカッコよかった。
 谷から離れると奇石群が現れた。なんて摩訶不思議な世界なんだろう。
奥駈道稜線直下、見上げると笹原の中のブナやオオイタヤメイゲツが超絶美しかった。
振り返ると、あっ竜口尾根!あっ尾鷲道!すぐ右手には岩峰、大日岳が聳え立っていた。
 奥駈道太古の辻。笹原と岩峰、幾重にも重なる十津川の山々、鮮やかなピンクの躑躅の花、そして青空。
さらに嬉しかったのは、時間がまだお昼を回ったばかりだったことだ。
いまから深仙の宿でテントを張る。もちろん、歩くことも楽しいのだが、ここでゆったり過ごす時間を思うと、ワクワクするのだった。
 奥駈道を北上すると、十津川方面から上がってくるたおやかな草稜が見えてきた。
古田の森だ。歩いたことあるのにすっかり忘れていた。こんなに美しい尾根だったのか。

 大日岳を巻き終わると眼下の広い鞍部が深仙の宿だった。なんて美しい場所だろう。
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まだお昼を過ぎたばっかりなのに、もういくつもテントがあった。
私と同じこと考える人たち、他にもいるんだな。
どこにテント張ろうか逡巡していると、ここ一等地だよとお堂の前の広場を勧めてくれたおじさんがいた。
おじさんの勧めに従いテントを張り、お堂の前に腰掛けて寛ぐ。
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水を汲みに行ってくれたタイラさんも戻り、ウィスキーの水割りを作って歓談する。水が甘いのに驚く。
おじさんによると、この水は香精水と言い、奥駈道の湧き水の中でも最も聖なる水なのだそうだ。
このお堂は灌頂堂、特別に大事な儀式のためのお堂だそうだ。
前鬼からの道中、三井寺の道標は、この灌頂堂を指すようだった。
釈迦ヶ岳の東斜面に見える大きな岩は四天石。
見るもの、感じるもの、全てが新鮮ですばらしかった。
おじさんは和歌山の人で、毎年この時期古田の森から上がってきてここでテントを張り、
昼間は西側の谷に降りて遊び、2日間ほど過ごすのだと話された。西の谷はすごくいいからいっぺん行ってごらんと言う。
夜、テントの中で調べてみたら、西の谷とは滝川、上部は赤井谷のことだった。
またしてもすっかり忘れていたのだが、赤井谷にも深仙の宿にも、かつて連れてきてもらったことがあった。
何かが私を再びここに導いてきてくれた。なんてありがたいことなのだろう。
 夕方近くになると、若いハイカーたちが、釈迦ヶ岳から続々と降りてきた。
ほとんどの人たちがみんなソロで、ほとんどの人たちがみんな吉野から歩いてきて熊野まで縦走するらしかった。
夕闇迫る頃、二人連れが降りてきた。「あとから女の子たちも来るんだけど、まだ場所ありますか」と言う。
みんなソロだけど途中で仲良くなり場所取りを頼まれたという。でもここではこんなに込み合っていても、
みんなお互い譲り合い、上手にテント張っていた。
おじさんが、土曜日から雨だぞと言うと、
「なんか一日くらい雨に降られないと奥駈じゃないみたいな気もするんすよね」と笑った。
 たくさんテントが立てられた。
こんなに賑わうなんて、役行者さまも驚いていらっしゃるかもしれないと思った。
1300年の時空を軽く越えそうな熱気がそこら中に満ちていた。

 朝、2時半頃起きた。朝からまたご飯を炊いて、テントを撤収していると、瞬く間に時間は過ぎた。
昨日の夜は星はほとんど出てなくて、お月さまがぼんやり浮かんでいるだけだった。ご来光は眺められるだろうか。
 昨日は、こんな急なところ、直登するのは嫌だなしんどいなと思っていたが、気が付くと無心に直登していた。
都津門に着くと空が明るくなってきた。
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頂上までは、まだもう少し時間がかかる。巻き道に入ると東の空はすっかり山に隠れた。
スタートが遅すぎたなと少し後悔したが、それでも無心に登っていると、笹原の中の樹林の美しさが凄みを増してきた。
後で調べると、この辺りにはダケカンバも自生しているようだった。
頂上に着くと、やはりお日様はもう上がった後で再び雲の中に隠れていた。
先に山頂にいた若者たちががこんなだったですよと映像を見せてくれた。
しばらくして登って来たタイラさんによると、ちょうど都津門でご来光を眺められたらしい。
お釈迦さまは日頃の行ないをちゃんとご存知なのかもしれなかった。
神妙にお釈迦さまに手を合わせて諸々を慚愧する。そしてこれから歩く縦走路を眺めた。
八経ヶ岳はあんなに遠い。果たしてたどり着けるのだろうか。

 いきなり岩場の激下り。荷物も大きいし、どんくさいのでサクサク降りられない。
チンタラ、チンタラ。すごいガレ。落ちたら地獄に真っ逆さま。あっ、こんなところに不動明王さまが。
降りたと思ったら、また登り。一つの段差がハンパない。足が攣りませんようにと祈る。
タイラさんがオオミネコサグラを見つけた。とんでもない岩場にひっそりと咲いているのだった。
 東側の谷底を覗きこんだと思ったら、
やっとのどかなところに来た。途端に足が上がらなくなった。今のが孔雀覗きだったのか。
タイラさんが孔雀岳のピークを踏みたいと行っていたが、登りたくない深層心理が勝手に巻き道を進んでいた。
孔雀岳の少し先では、水が湧いていた。地図を見ると「鳥の水 枯れるときもある」とあったが、今日はコンコンと湧いていた。
さらに少し先に中々良さげなテント場もあった。
孔雀岳をスルーしてしまったことが、自分としても少し心残りだったので、仏生ヶ岳は登ることにした。
トウヒやシラビソの枝がとんがり、特に何があるでもないが、ここはお釈迦さまが生まれたところだと、
下北山村のHPには、想像を掻き立てるようなことが色々書いてあった。
すれ違った若者から、水湧いてましたか?と聞かれたので、いっぱい湧いてたよと言うと良かった〜と嬉しそうに飛んで行った。
些細な事だけと、役立つ情報を教えてあげられて良かった。
楊枝の宿の避難小屋は可愛らしい小さな避難小屋だ。当初はここで泊まろうかと思っていたのだか、
いちにち目一杯歩かなければいけないし、それほど広くないということが調べてわかったので、候補から外した。
水場が少し離れるというのも難点だった。
楊枝の宿を過ぎると、しばらく天国的な雰囲気となる。・1693を巻いて下った広いのどかな鞍部でひと休みした。
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舟の垰を過ぎ、西の谷底に見える気持ち良さげな広々とした河原が気になった。
谷はカラハッソウ谷。広場は神仙平と言うらしかった。覗
き込めば覗き込むほどに行ってみたくなるのだったが、一度降りたら二度と帰ってこれなさそうだった。
いよいよ明星ヶ岳が近づく。稜線の西側はかなりガレている。だんだん崩れて来ているようだ。
ほとんど垂直に見える岩場の下に来て一瞬たじろいだ。これ登らなくちゃいけないのか。
危険地帯を通過しつつも今度はなんともユーモラスな猫耳の双耳峰が気になった。七面山と言うらしい。
危険地帯を過ぎて、見覚えのある場所に出た。右にひと登りしたら明星ヶ岳だった。ここからは、もう知ってる場所。
もうすぐ弥山だと思うと、単純に嬉しかった。八経ヶ岳のピークに立ち、歩いて来た稜線を眺めた。
よく歩いて来たなと思ったが、私たちが歩いた距離なんて、縦走している若者たちに比べたらほんの僅かな距離だった。
タイラさんにゆっくり来てねと伝えて、最後は走った。無性に走りたかったのだ。
荷物を置いて、奥宮にお参りする。隣の行者堂にも手を合わせる。ここまで無事に歩いて来れたことをただただ感謝するのだった。
 昨日は、南へ向かうソロの縦走者が多かったが、今夜の弥山のテント場は、おそらくもう南へ向かう人は少数だろう。
一泊だけのテント泊を愉しんでいるカップルも多くて、ほほえましかった。
私たちは、ビールとコーラと水を買って、また慎ましくごはんを炊いた。
テント泊と言っても、極力軽くしなければ、こんなに険しい道は歩けないと思ったので、いつものような贅沢品は持って来れなかった。
それでも、ビールとウィスキーと少量の嗜好品と炊きたてのご飯とフリーズドライのお味噌汁があれば、大満足だった。

 早く起きたつもりだったが、あれこれチンタラしているうちに、明るくなってきた。
今日も見逃してしまったかと思いつつ、国見八方覗きに走って行った。
誰も私のようにバタバタしている人はなくて、みんなゆったりと自分時間を過ごしているようだった。
みんなもう見終わっちゃったのか。さらに走った。
覗きの先端にはサンダル履きのおじさん二人組が、私とほぼ同時に寝ぼけまなこでやって来た。
そして思わず3人で顔を見合わせた。「すごい!」
今まで見たこともないような信じられないような光景が広がっていたのだ。
一面の雲海だった。3人でしばし呆然と立ち尽くした。
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先に奥宮に行くと言ったタイラさんを慌てて呼びに行った。
再びこんどはタイラさんと二人で立ち尽くした。
私たちは、今、神さまに限りなく近い場所にいるのかもしれなかった。

 テントをたたんで帰路に着く。しばらく下っても、雲海はなおも泰然ともくもくと湧き上がってくるようだった。
弁天の森近くに差し掛かると次々と日帰りハイカーの人たちが登ってきたが、西口の分岐を過ぎるとまた途端に静かになった。
森はブナやカエデやヒメシャラやシロヤシオの広葉樹の美しい森になった。
西口の分岐から行者還岳の間のこのすばらしい森は、以前歩いたことをよく覚えていた。
一ノ垰に差し掛かる辺りで若い女性のハイカーとすれ違った。
昨日柏木から登ってきたけれど、あまりに熱くてバテてしまったので、今日は川合に降りるのだと。
いつかきっと歩き通せますよと後ろ姿にエールを送った。
一ノ垰を過ぎると再び弥山がよく眺められた。大町桂月という歌人の句を知った。
「目に近く 弥山を見つつ 峯々を 終日越ゆる 奥駈の道」
この歌そのままに気高くて美しい道が続いていた。

追記:
 昨年夏、いいたかBOOKJAZZカフェのマスターのKさんに天河神社の話を伺った。
このことが発端となり、春になったら、天河神社の奥宮のある弥山に登ろうと思い、
弥山川から弥山に登ってみた。
さらに八経ヶ岳と明星ヶ岳まで行ってみた。
こんどは、この先を歩いてみたいと思った。
 こんなにすばらしい冒険にチャレンジするきっかけを作って下さったKさんに、心よりお礼を申し上げたい。

   アオバ*ト
最後に編集したユーザー アオバ*ト [ 2023年5月18日(木) 22:10 ], 累計 1 回
biwaco
記事: 1422
登録日時: 2011年2月22日(火) 16:56
お住まい: 滋賀県近江八幡市

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by biwaco »

アオバトさん、すっかりご無沙汰しております。
越美国境では大変お世話…というより、ご迷惑をかけてしまいました。(>_<)

ヤブ板も台高、大峰方面のレポが増えて、お正月の南伊勢めぐりを思い出しながら目を楽しませてもらっております。
つい先日、tsuboさんの奥駈道南部のレポに返信を入れたと思ったら、今度はこのアオバトレポが登場! しかもtsuboレポの延長のようなルートじゃありませんか。
GW中盤は悪天予報がズレていい山日和になりましたね。テント担いで前鬼からの奥駈道北上、最高の休日になったことでしょう。

読みながら、10年ほど前に逆コース(南下)で歩いたこと思い出しました。前鬼に車を置いて、弥山~釈迦~前鬼の縦走。楊子の宿1泊でした。行者還TN西口からだったので一の垰は通っていませんが。
今になって、よくも歩けたもんだ…と不思議になって記録を見たら、13年も前でした。まだ元気あったんや、と納得できたのか、落胆したのか…(-_-)
https://biwaco06.exblog.jp/14848385/

 >速攻連休初めの4/29日、90番の標識から登るタイタン尾根の下見に行った。
 >1時間ほどで奥駈道まで上がれることがわかった。
 >国道に降りてさらに前鬼のゲートまでも行ってみた。デポにかかる時間もわかった。自分の車で入れることもわかった。


情報収集と周到な準備が決め手になりますね。これだけ実地調査もできてると、心の余裕も生まれるでしょう。(^^♪

 >広々とした谷はトチノキの森だった。巨木があるようだ。でも登山道から少し外れている。ザック置いて見に行った。

前鬼から太古の辻への谷筋の登山路ですね。疲れてひたすら下るだけで、トチノキも目に入りませんでした。それにしてもドッシリと威容がありますね、この木(゜o゜)

 >振り返ると、あっ竜口尾根!あっ尾鷲道!すぐ右手には岩峰、大日岳が聳え立っていた。
 >奥駈道太古の辻。笹原と岩峰、幾重にも重なる十津川の山々、鮮やかなピンクの躑躅の花、そして青空。


南奥駈道の風景ですね。太古の辻から南は登山路も厳しくなるそうで、今の私なんぞとても入り込めないんだろうなあ…。

 >奥駈道を北上すると、十津川方面から上がってくるたおやかな草稜が見えてきた。
 >古田の森だ。歩いたことあるのにすっかり忘れていた。こんなに美しい尾根だったのか。


古田の森を初めて通った時、シカの大集団に出遭いました。親子30頭くらいがお食事中で、10mくらいまで近付いても逃げません。さすが奈良のシカは人間をナメてますね(^_-)

 >大日岳を巻き終わると眼下の広い鞍部が深仙の宿だった。なんて美しい場所だろう。まだお昼を過ぎたばっかりなのに、もういくつもテントがあった。
 >おじさんは和歌山の人で、毎年この時期古田の森から上がってきてここでテントを張り、昼間は西側の谷に降りて遊び、2日間ほど過ごすのだと話された。西の谷はすごくいいからいっぺん行ってごらんと言う。


この鞍部の西側はなだらかな草原で赤井谷(滝川)に通じていますね。前に赤井谷から大日岳の南の蘇莫岳への支尾根を登ったのですが、一度この斜面を歩いてみたいと思っています。
深仙ノ宿の水場は少し右手に離れていますが、夏でも水量は確かでした。

 >たくさんテントが立てられた。
 >こんなに賑わうなんて、役行者さまも驚いていらっしゃるかもしれないと思った。


鈴鹿のイブネはテント泊が許可申請が要ることになったそうです。ここもそうなってしまったら役行者様もビックリ仰天でしょうね(^_-)

 >いきなり岩場の激下り。荷物も大きいし、どんくさいのでサクサク降りられない。
 >チンタラ、チンタラ。すごいガレ。落ちたら地獄に真っ逆さま。あっ、こんなところに不動明王さまが。
 >降りたと思ったら、また登り。一つの段差がハンパない。足が攣りませんようにと祈る。


あれ~? いやに気弱になってますね(^_-) 私でも難なく歩けたのに。あ、それ10年以上も前の話だったわ!

 >東側の谷底を覗きこんだと思ったら、やっとのどかなところに来た。途端に足が上がらなくなった。今のが孔雀覗きだったのか。
 >タイラさんが孔雀岳のピークを踏みたいと行っていたが、登りたくない深層心理が勝手に巻き道を進んでいた。


途中にこんな奇岩ありませんでしたか? 孔雀の顔みたいでしょう(^^♪
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 >ここはお釈迦さまが生まれたところだと、下北山村のHPには、想像を掻き立てるようなことが色々書いてあった。

ええっ! お釈迦さまってインド生まれじゃなかった? 
義経が大陸へ渡ってチンギス・ハーンになったって、類いの話かな、下北山村の広報さん。

 >楊子の宿の避難小屋は可愛らしい小さな避難小屋だ。

縦走の時はここで泊って、4人で宴会三昧でした。水場はどうだったなあ? あまり記憶が無いので持参水で足りたと思いますが。

 >タイラさんにゆっくり来てねと伝えて、最後は走った。無性に走りたかったのだ。
 >荷物を置いて、奥宮にお参りする。隣の行者堂にも手を合わせる。ここまで無事に歩いて来れたことをただただ感謝するのだった。


なんだか、「初めてのお使い」を終えてママに抱きつく子どもみたいですね(^_-)
弥山のテント場って、小屋の近くでした? 

 >そして思わず3人で顔を見合わせた。「すごい!」
 >今まで見たこともないような信じられないような光景が広がっていたのだ。
 >一面の雲海だった。3人でしばし呆然と立ち尽くした。


お釈迦様には「日頃の行ない」を慙愧したのでお赦し戴いたんでしょう。
間違えても雲海に跳び込まないでくださいね。(^_-)

 >一ノ垰を過ぎると再び弥山がよく眺められた。大町桂月という歌人の句を知った。
 >「目に近く 弥山を見つつ 峯々を 終日越ゆる 奥駈の道」
 >この歌そのままに気高くて美しい道が続いていた。


返歌一首
「弥山、釈迦 奥駈の峯は遠からん 終日歩む我が目うつろに」
一ノ垰からの90番標識はトンネル東口辺りでしょうか? それとも林道のどこか?

           ~奥駈の記憶も遠い、びわ爺
tsubo
記事: 177
登録日時: 2023年3月07日(火) 13:27
お住まい: 和歌山県

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by tsubo »

アオバトさん、こんにちは。

山猫さんの熊野古道に続き大峰奥駈の投稿、私が好きでよく行く山域なのでうれしいです。
長い返信を書いて読み返していたら突然パソコンが真っ黒になって・・・全部消えてしまいました。あ~~~、ショック!
多分最初に書いた返信より短くなるかな。

 今年のゴールデンウィークは、早くから温めていたプランがあった。
大峯奥駈道の一部を歩いてみようというものだ。
きっかけとなったエピソードがあるのだが、それは最後に記したい。
険しい修行の道なので小屋を使って極力軽装備で歩こうと思い、一ヶ月前に弥山小屋と下山口に使う前鬼の小仲坊の予約を取った。
ところが1週間前の天気予報は3日間ともまとまった雨。泣く泣くキャンセルの電話を入れた。
それがキャンセルした途端に予報は再び好転した。お天気の崩れるタイミングが先にどんどん延びて行った。
でももう小屋の予約は無い。自力で行けと言う事か。
2台の車を使って1台を前鬼のゲート前にデポし、309号線の90番の階段から奥駈道に上がり一泊で縦走してる人たちの記録が目についた。
速攻連休初めの4/29日、90番の標識から登るタイタン尾根の下見に行った。
1時間ほどで奥駈道まで上がれることがわかった。
国道に降りてさらに前鬼のゲートまでも行ってみた。デポにかかる時間もわかった。自分の車で入れることもわかった。
せっかく好転したこのお天気を棒に振りたくない。テント背負って行くことを決めた。


天気予報がいいほうに変わるのは普通はうれしいですが・・・これはショックですね。
下見をする!すごい気合が入っていますね。
90番からの道、私も大好きで最近はいつも使っています。
で、テント泊にした結果がどうなるでしょうか。

 タイタン尾根の様子がわかったので、歩いたことのない前鬼から登ることにした。

テント泊にした上にさらに逆コースにしたこと。
吉と出ますか、凶と出ますか。

奥駈道に上がったら、すぐに水場のある深仙の宿がある。色々調べてみるとここは特別にすばらしい場所のようだ。
足の遅い私たちには丁度良いコースタイム、むしろ少し時間が余るくらいかもしれないが、
この聖なる場所に心ゆくまで浸りたいと思った。
前鬼は初めて訪れる場所ではなかった。15年ほど前、当時所属していた山の会の沢登りで連れてきてもらったことがあった。
16842493822360 - コピー.jpg
でもその時は、役行者と鬼たちのファンタジーよりファンタスティックな1300年のリアルをまだ知らなかった。
当初宿泊の予約をするのに電話をかけたら「五鬼助です」と名乗られた。本当に「五鬼助」という名字なのだった。
五鬼継、五鬼熊、五鬼上、五鬼童、そして五鬼助の5人の鬼の子どもたちの最後の末裔、五鬼助義之さん。
お守り代わりに背負って行くので御朱印下さいとお願いすると快く書いて下さった。
書かれた文字は「神変大菩薩」。
お守りは役行者さま。なんとありがたいのだろう。


五鬼助さん、素晴らしい鬼の子孫ですね。
ここで育ったそうですが、今は大阪から毎週土日に通っています。
私は五鬼助さんに会いたいので、いつもは平日に行く山、ここだけは土日に来ます。
一度泊まったことがあります。いろいろお話して楽しかったです。

 小仲坊には、何人かのハイカーたちが寛いでいたが、これから登ろうというパーティは私たちと、
ご夫婦と思しきもう一組だけだった。大きなザックを背負われていて、私たちと同じテント泊であることが伺われた。
ゲートまでは、どなたかに送ってもらったようだ。弥山まで抜きつ抜かれつとなった。
 山道に入り、かつての宿坊跡や住居跡の石積みの横を通り抜け、踏み跡と目印を拾いながら芽吹きの谷を上がって行った。
緑色に染まったばかりの谷の上空は雲一つない青空。まさかこんなお天気になるなんて。
広々とした谷はトチノキの森だった。巨木があるようだ。でも登山道から少し外れている。ザック置いて見に行った。
すごい!今までいろんなトチノキに出会ってきたけど、この子は間違いなくいちばん大きかった。
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大きなトチノキですね。昔はたくさんの栃の実が拾えたそうです。いまはめっきり少なくなったそうです。

 階段道があるというのを、私は調べ損ねていた。タイラさんが、さぁ853段の階段始まるよ〜!と言うので、
えぇっ!と、半月ほど前の弥山川のはしご地獄を思い出した。でもここのは垂直ではなかったので、ホッとした。
木の階段、雨でなくて良かった。階段になったり、土の道になったり。
途中の水場で、今晩炊くお米を浸水させた。ナルゲンボトルに入れて、何時間か浸水させて置くと、すぐにおいしく炊けるのだ。
 けっこうな急勾配の中、日帰りの若者パーティが軽快に追い抜いて行く。
「山と道」のウェアやザックがカッコよかった。
 谷から離れると奇石群が現れた。なんて摩訶不思議な世界なんだろう。


階段がないときのほうが道が悪くて大変だったそうです。
あの二ツ岩はすごいですね。
ここまでくると急登が終わるのでほっとします。

奥駈道稜線直下、見上げると笹原の中のブナやオオイタヤメイゲツが超絶美しかった。
振り返ると、あっ竜口尾根!あっ尾鷲道!すぐ右手には岩峰、大日岳が聳え立っていた。
 奥駈道太古の辻。笹原と岩峰、幾重にも重なる十津川の山々、鮮やかなピンクの躑躅の花、そして青空。
さらに嬉しかったのは、時間がまだお昼を回ったばかりだったことだ。
いまから深仙の宿でテントを張る。もちろん、歩くことも楽しいのだが、ここでゆったり過ごす時間を思うと、ワクワクするのだった。
 奥駈道を北上すると、十津川方面から上がってくるたおやかな草稜が見えてきた。
古田の森だ。歩いたことあるのにすっかり忘れていた。こんなに美しい尾根だったのか。

テント泊、ワクワクしますね。特に初めての場所。
私はしばらくやっていないので、またワクワクしたくなりました。

 大日岳を巻き終わると眼下の広い鞍部が深仙の宿だった。なんて美しい場所だろう。
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まだお昼を過ぎたばっかりなのに、もういくつもテントがあった。
私と同じこと考える人たち、他にもいるんだな。
どこにテント張ろうか逡巡していると、ここ一等地だよとお堂の前の広場を勧めてくれたおじさんがいた。
おじさんの勧めに従いテントを張り、お堂の前に腰掛けて寛ぐ。
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水を汲みに行ってくれたタイラさんも戻り、ウィスキーの水割りを作って歓談する。水が甘いのに驚く。
おじさんによると、この水は香精水と言い、奥駈道の湧き水の中でも最も聖なる水なのだそうだ。
このお堂は灌頂堂、特別に大事な儀式のためのお堂だそうだ。
前鬼からの道中、三井寺の道標は、この灌頂堂を指すようだった。
釈迦ヶ岳の東斜面に見える大きな岩は四天石。
見るもの、感じるもの、全てが新鮮ですばらしかった。
おじさんは和歌山の人で、毎年この時期古田の森から上がってきてここでテントを張り、
昼間は西側の谷に降りて遊び、2日間ほど過ごすのだと話された。西の谷はすごくいいからいっぺん行ってごらんと言う。
夜、テントの中で調べてみたら、西の谷とは滝川、上部は赤井谷のことだった。
またしてもすっかり忘れていたのだが、赤井谷にも深仙の宿にも、かつて連れてきてもらったことがあった。
何かが私を再びここに導いてきてくれた。なんてありがたいことなのだろう。

いい方に出会えましたね。テント泊にして良かったですね。
悪くなった天気予報のお導きですね。

 夕方近くになると、若いハイカーたちが、釈迦ヶ岳から続々と降りてきた。
ほとんどの人たちがみんなソロで、ほとんどの人たちがみんな吉野から歩いてきて熊野まで縦走するらしかった。
夕闇迫る頃、二人連れが降りてきた。「あとから女の子たちも来るんだけど、まだ場所ありますか」と言う。
みんなソロだけど途中で仲良くなり場所取りを頼まれたという。でもここではこんなに込み合っていても、
みんなお互い譲り合い、上手にテント張っていた。
おじさんが、土曜日から雨だぞと言うと、
「なんか一日くらい雨に降られないと奥駈じゃないみたいな気もするんすよね」と笑った。
 たくさんテントが立てられた。
こんなに賑わうなんて、役行者さまも驚いていらっしゃるかもしれないと思った。
1300年の時空を軽く越えそうな熱気がそこら中に満ちていた。

ここが賑わうのはGWの時だけでしょう。
奥駈はこの時に集中しますね。季節もいいし、皆さん連休で遠くからもいらっしゃいますね。

 朝、2時半頃起きた。朝からまたご飯を炊いて、テントを撤収していると、瞬く間に時間は過ぎた。

気合が入っていますね!
でも、テントってこういう時時間がかかってしまいますね。私はせっかちなんで朝からご飯を炊くなんてできません。
お湯を沸かすのも面倒で、前日の五目アルファ米の残りを朝ごはんにしたりします。

昨日の夜は星はほとんど出てなくて、お月さまがぼんやり浮かんでいるだけだった。ご来光は眺められるだろうか。
 昨日は、こんな急なところ、直登するのは嫌だなしんどいなと思っていたが、気が付くと無心に直登していた。

重い荷物での急登、無心になれていいですね。

都津門に着くと空が明るくなってきた。
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頂上までは、まだもう少し時間がかかる。巻き道に入ると東の空はすっかり山に隠れた。
スタートが遅すぎたなと少し後悔したが、それでも無心に登っていると、笹原の中の樹林の美しさが凄みを増してきた。
後で調べると、この辺りにはダケカンバも自生しているようだった。
頂上に着くと、やはりお日様はもう上がった後で再び雲の中に隠れていた。
先に山頂にいた若者たちががこんなだったですよと映像を見せてくれた。
しばらくして登って来たタイラさんによると、ちょうど都津門でご来光を眺められたらしい。
お釈迦さまは日頃の行ないをちゃんとご存知なのかもしれなかった。
神妙にお釈迦さまに手を合わせて諸々を慚愧する。そしてこれから歩く縦走路を眺めた。
八経ヶ岳はあんなに遠い。果たしてたどり着けるのだろうか。


タイラさんはいいタイミングでしたね。
早く出ればいいってものじゃあないんですね。

 いきなり岩場の激下り。荷物も大きいし、どんくさいのでサクサク降りられない。
チンタラ、チンタラ。すごいガレ。落ちたら地獄に真っ逆さま。あっ、こんなところに不動明王さまが。
降りたと思ったら、また登り。一つの段差がハンパない。足が攣りませんようにと祈る。
タイラさんがオオミネコサグラを見つけた。とんでもない岩場にひっそりと咲いているのだった。
 東側の谷底を覗きこんだと思ったら、
やっとのどかなところに来た。途端に足が上がらなくなった。今のが孔雀覗きだったのか。


私も一度ここでオオミネコザクラを見ました。軽い荷物だったからよかったけど、大きなザックでは怖いですね。

タイラさんが孔雀岳のピークを踏みたいと行っていたが、登りたくない深層心理が勝手に巻き道を進んでいた。
孔雀岳の少し先では、水が湧いていた。地図を見ると「鳥の水 枯れるときもある」とあったが、今日はコンコンと湧いていた。
さらに少し先に中々良さげなテント場もあった。
孔雀岳をスルーしてしまったことが、自分としても少し心残りだったので、仏生ヶ岳は登ることにした。
トウヒやシラビソの枝がとんがり、特に何があるでもないが、ここはお釈迦さまが生まれたところだと、
下北山村のHPには、想像を掻き立てるようなことが色々書いてあった。

多分仏生ヶ岳に登るより、孔雀岳に登るほうが楽だったと思います。

すれ違った若者から、水湧いてましたか?と聞かれたので、いっぱい湧いてたよと言うと良かった〜と嬉しそうに飛んで行った。
些細な事だけと、役立つ情報を教えてあげられて良かった。
楊枝の宿の避難小屋は可愛らしい小さな避難小屋だ。当初はここで泊まろうかと思っていたのだか、
いちにち目一杯歩かなければいけないし、それほど広くないということが調べてわかったので、候補から外した。
水場が少し離れるというのも難点だった。


大峰が好きな友人はこの小屋が好きで何度か泊ったそうです。
稜線の下にあるから目立たないですね。
普段は静かな小屋でしょうね。

楊枝の宿を過ぎると、しばらく天国的な雰囲気となる。・1693を巻いて下った広いのどかな鞍部でひと休みした。
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舟の垰を過ぎ、西の谷底に見える気持ち良さげな広々とした河原が気になった。
谷はカラハッソウ谷。広場は神仙平と言うらしかった。覗
き込めば覗き込むほどに行ってみたくなるのだったが、一度降りたら二度と帰ってこれなさそうだった。

先の友人と一緒にカラハッソウ谷から登ったことがあります。
下りは明星ヶ岳から中尾を下りました。中尾の下り口には古い看板がありました。昔は歩かれていたのかしら。その時はほとんど踏み跡もありませんでした。
神仙平は七日迷とか迷谷とか地図に書かれています。昔はもっと木が茂っていて迷いやすかったそうです。いわゆる姥捨て山だったらしいです。

いよいよ明星ヶ岳が近づく。稜線の西側はかなりガレている。だんだん崩れて来ているようだ。
ほとんど垂直に見える岩場の下に来て一瞬たじろいだ。これ登らなくちゃいけないのか。


6年前に神仙平に行ったときに久しぶりに通ったら以前よりだいぶ崩れていました。今はもっと崩れているのかな。

危険地帯を通過しつつも今度はなんともユーモラスな猫耳の双耳峰が気になった。七面山と言うらしい。
危険地帯を過ぎて、見覚えのある場所に出た。右にひと登りしたら明星ヶ岳だった。ここからは、もう知ってる場所。
もうすぐ弥山だと思うと、単純に嬉しかった。八経ヶ岳のピークに立ち、歩いて来た稜線を眺めた。
よく歩いて来たなと思ったが、私たちが歩いた距離なんて、縦走している若者たちに比べたらほんの僅かな距離だった。
タイラさんにゆっくり来てねと伝えて、最後は走った。無性に走りたかったのだ。
荷物を置いて、奥宮にお参りする。隣の行者堂にも手を合わせる。ここまで無事に歩いて来れたことをただただ感謝するのだった。

大峰にはお祈りする場所がいくつもありますね。手を合わせられる場所があるってありがたいです。本当に感謝の気持ちが湧いてきますね。

 昨日は、南へ向かうソロの縦走者が多かったが、今夜の弥山のテント場は、おそらくもう南へ向かう人は少数だろう。
一泊だけのテント泊を愉しんでいるカップルも多くて、ほほえましかった。
私たちは、ビールとコーラと水を買って、また慎ましくごはんを炊いた。
テント泊と言っても、極力軽くしなければ、こんなに険しい道は歩けないと思ったので、いつものような贅沢品は持って来れなかった。
それでも、ビールとウィスキーと少量の嗜好品と炊きたてのご飯とフリーズドライのお味噌汁があれば、大満足だった。

私は何泊かの縦走の時はできるだけ荷物を軽くするためにアルファ米の五目御飯に何かちょっとという感じが多いです。炊きたてのご飯だけでも豪華ですね。

 早く起きたつもりだったが、あれこれチンタラしているうちに、明るくなってきた。
今日も見逃してしまったかと思いつつ、国見八方覗きに走って行った。
誰も私のようにバタバタしている人はなくて、みんなゆったりと自分時間を過ごしているようだった。
みんなもう見終わっちゃったのか。さらに走った。
覗きの先端にはサンダル履きのおじさん二人組が、私とほぼ同時に寝ぼけまなこでやって来た。
そして思わず3人で顔を見合わせた。「すごい!」
今まで見たこともないような信じられないような光景が広がっていたのだ。
一面の雲海だった。3人でしばし呆然と立ち尽くした。
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先に奥宮に行くと言ったタイラさんを慌てて呼びに行った。
再びこんどはタイラさんと二人で立ち尽くした。
私たちは、今、神さまに限りなく近い場所にいるのかもしれなかった。


テント泊にしたこと、逆コースにしたことが吉になりましたね。
1日違ったら見られなかったかもしれませんね。
大きなザックを担いで登ったご褒美ですね。

 テントをたたんで帰路に着く。しばらく下っても、雲海はなおも泰然ともくもくと湧き上がってくるようだった。
弁天の森近くに差し掛かると次々と日帰りハイカーの人たちが登ってきたが、西口の分岐を過ぎるとまた途端に静かになった。
森はブナやカエデやヒメシャラやシロヤシオの広葉樹の美しい森になった。
西口の分岐から行者還岳の間のこのすばらしい森は、以前歩いたことをよく覚えていた。
一ノ垰に差し掛かる辺りで若い女性のハイカーとすれ違った。
昨日柏木から登ってきたけれど、あまりに熱くてバテてしまったので、今日は川合に降りるのだと。
いつかきっと歩き通せますよと後ろ姿にエールを送った。
一ノ垰を過ぎると再び弥山がよく眺められた。大町桂月という歌人の句を知った。
「目に近く 弥山を見つつ 峯々を 終日越ゆる 奥駈の道」
この歌そのままに気高くて美しい道が続いていた。

追記:
 昨年夏、いいたかBOOKJAZZカフェのマスターのKさんに天河神社の話を伺った。
このことが発端となり、春になったら、天河神社の奥宮のある弥山に登ろうと思い、
弥山川から弥山に登ってみた。
さらに八経ヶ岳と明星ヶ岳まで行ってみた。
こんどは、この先を歩いてみたいと思った。
 こんなにすばらしい冒険にチャレンジするきっかけを作って下さったKさんに、心よりお礼を申し上げたい。

大峰奥駈道、大好きな場所です。
私は熊野修験の奥駈で何度か歩かせていただきました。
那智山から本宮大社まで、本宮から玉置神社まで、玉置山から1泊で前鬼まで、釈迦ヶ岳から2泊で吉野まで歩きました。山上ヶ岳は女性は上がれないので、大普賢岳から和佐又ヒュッテに降りて泊まり、サポートの車で五番関まで送ってもらい男性と合流します。
75の靡きで勤行します。
サポートのおかげで軽い荷物で歩けますし、車で送ってもらえます。いたれりつくせりでした。
一度11月末に友人と4人でトンネル西口から登って弥山小屋に泊まり前鬼に下りました。初雪直後で八経ヶ岳まではトレースがありましたが、その後はなく、まだ暗い中あっちだこっちだ言いながら歩いて道を見つけました。GPSなどまだありませんでした。
後は大体一人でピストンで毎年どこかしら歩いています。
やはり、ピストンより縦走のほうが思い出が多いです。特に初めて歩いた時のことはよく覚えています。
神仙平、七面山、どちらも168号線の大塔町役場支所の横から林道に入って行きます。林道は途中から落石が多くなります。林道ゲートからさらに崩れた林道を歩きます。アプローチが大変です。
でも、奥駈道とは違った大峰のすばらしさを味わえるところです。
Kさんにきっかけをいただいたとのこと、いいご縁でしたね。
きっかけをいただいてもそのままにしてしまうことが多いです。このご縁を大事にしたからこその今度の奥駈でのたくさんの出会いと感動。
私も読んでいろいろなことを思い出しました。
大峰でテント泊したいなあと思いました。

素晴らしい投稿ありがとうございました。

tsubo
アオバ*ト
記事: 283
登録日時: 2019年9月23日(月) 08:40

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by アオバ*ト »

 

 びわ爺さま、こんばんは、レスありがとうございます。

>アオバトさん、すっかりご無沙汰しております。
越美国境では大変お世話…というより、ご迷惑をかけてしまいました。(>_<)

こちらこそ、ご無沙汰しております。レス返、遅くなってすみません。
何だか私たち、要注意人物で有名になっちゃいましたね。

>つい先日、tsuboさんの奥駈道南部のレポに返信を入れたと思ったら、今度はこのアオバトレポが登場! 
しかもtsuboレポの延長のようなルートじゃありませんか。
GW中盤は悪天予報がズレていい山日和になりましたね。
テント担いで前鬼からの奥駈道北上、最高の休日になったことでしょう。

はい、ありがとうございます。とても楽しかったです。
昨年の今頃は土倉古道がマイブームでしたが、今は奥駈道がマイブームになりつつあります。

>10年ほど前に逆コース(南下)で歩いたこと思い出しました。
前鬼に車を置いて、弥山~釈迦~前鬼の縦走。楊子の宿1泊でした。行者還TN西口からだったので一の垰は通っていませんが。
今になって、よくも歩けたもんだ…と不思議になって記録を見たら、13年も前でした。
まだ元気あったんや、と納得できたのか、落胆したのか…(-_-)

13年前の縦走記、とても楽しく読ませて頂きました。
ファミリー?ポートレートもステキです。
びわ爺さまの文章を読んでいると、もういっぺん歩きたくなりました。

>情報収集と周到な準備が決め手になりますね。これだけ実地調査もできてると、心の余裕も生まれるでしょう。(^^♪
びわ爺さまも、登山口とか確認しておくことはとても大事とおっしゃってましたよね。
取り付きももちろんですが、林道の様子とか駐車する場所とかいちばん気になりますので、
見にいけるところは見に行きます。

>前鬼から太古の辻への谷筋の登山路ですね。疲れてひたすら下るだけで、トチノキも目に入りませんでした。
それにしてもドッシリと威容がありますね、この木(゜o゜)

当初は、降りてきて小仲坊に泊まりたかったので、南下すると決めていましたが、
計画変更となり、登りに使ってゆっくり味わえたのも良かったです。
トチノキもすばらしかったですが、稜線直下の雰囲気が感動的でした。

>南奥駈道の風景ですね。太古の辻から南は登山路も厳しくなるそうで、
今の私なんぞとても入り込めないんだろうなあ…。

今は、太古の辻から南へ行ってみたくてたまりません。
tsuboさんのレポに興味津々です。

>古田の森を初めて通った時、シカの大集団に出遭いました。
親子30頭くらいがお食事中で、10mくらいまで近付いても逃げません。
さすが奈良のシカは人間をナメてますね(^_-)

私は小さいとき奈良に住んていて奈良公園の近くの幼稚園に通っていたのですが、
その頃はシカって奈良公園にだけ住んでいる動物と思っていました。
その後、別のところで見かけても、奈良公園からやって来たんだと思っていました。

>この鞍部の西側はなだらかな草原で赤井谷(滝川)に通じていますね。
前に赤井谷から大日岳の南の蘇莫岳への支尾根を登ったのですが、一度この斜面を歩いてみたいと思っています。
深仙ノ宿の水場は少し右手に離れていますが、夏でも水量は確かでした。

釈迦ヶ岳エリア熱が高まって、昨日赤井谷に行ってきました。
いちばん楽ちんなところを詰めようと思って、蘇莫岳と石楠花岳の間のコルに上がる緩い支流を詰めました。
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谷の様子も、登り詰めたコルもすばらし過ぎました。

>鈴鹿のイブネはテント泊が許可申請が要ることになったそうです。
ここもそうなってしまったら役行者様もビックリ仰天でしょうね(^_-)

テント場については、いろいろ問題がありますね。
奥駈道を歩こうと言う人たちは、キチンとマナーを心得ていると信じていますが、
弥山のテント場や4月に行った狼平では、悲しく感じることもありました。

>あれ~? いやに気弱になってますね(^_-) 私でも難なく歩けたのに。あ、それ10年以上も前の話だったわ!
途中にこんな奇岩ありませんでしたか? 孔雀の顔みたいでしょう(^^♪

釈迦ヶ岳から北は、次々とアトラクションが出てきてコワ楽しすぎて息をもつかせぬ展開だったので、
どれが何ていうアトラクションなのか、確認するヒマなく過ぎてしまいました。
孔雀の覗きも、それがそうと知らずに覗いていたので、よく分からなかったかもです。
いつも全部見逃さないぞと意気込んで行くのですが、頭に残るのはほんのわずかで、情けないです。

>ええっ! お釈迦さまってインド生まれじゃなかった? 
義経が大陸へ渡ってチンギス・ハーンになったって、類いの話かな、下北山村の広報さん。

下北山村のHPには、「お釈迦さまが説法をされたインドの霊鷲山が人々を救うために、ここに飛んで来た」と、書いてありました。
こんな話は愉快です。
で、仏生ヶ岳は、お釈迦さまの生まれたところで、釈迦ヶ岳は入滅された聖地とのことです。

>縦走の時はここで泊って、4人で宴会三昧でした。水場はどうだったなあ? 
あまり記憶が無いので持参水で足りたと思いますが。

楊枝の宿は、奥駈縦走される人たちの中でも、泊まられる方多いみたいで、連休中は込み合うかなとも思って外しました。
持参水で足りたって、みなさん剛力ですねぇ。

>弥山のテント場って、小屋の近くでした? 
お釈迦様には「日頃の行ない」を慙愧したのでお赦し戴いたんでしょう。
間違えても雲海に跳び込まないでくださいね。(^_-)

弥山のテント場は、2つあって、一つは小屋前の広場で、もう一つは、国見八方覗きの広場です。私たちは小屋前に張りました。
この雲海には、ほんとに驚きました。

>返歌一首
「弥山、釈迦 奥駈の峯は遠からん 終日歩む我が目うつろに」
一ノ垰からの90番標識はトンネル東口辺りでしょうか? それとも林道のどこか?

即座に返歌一首、目がうつろどころか、相変わらず冴えわたっていらっしゃいます。
90番標識はトンネル東口の下です。169号線から上がっていきました。川合から西口へ行くより道幅も広くて良いですよ。
追記:一ノ垰から、北上して・1458まで行って、桧の巨樹のある尾根を90番へ降りました。

     アオバ*ト
アオバ*ト
記事: 283
登録日時: 2019年9月23日(月) 08:40

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by アオバ*ト »

 tsuboさん、こんばんは。

長いコメントありがとうございます。
お返事が遅くなってすみません。

>山猫さんの熊野古道に続き大峰奥駈の投稿、私が好きでよく行く山域なのでうれしいです。
長い返信を書いて読み返していたら突然パソコンが真っ黒になって・・・全部消えてしまいました。あ~~~、ショック!
多分最初に書いた返信より短くなるかな。

これ以上に長いコメントを書いていて下さった上に、
もう一度気を取り直して書いて下さったなんて、恐縮の至りです。
山猫さんと同じセリフ申し上げるのですが、私も密かに
tsuboさんからコメント頂けるのではと期待しておりました。

>天気予報がいいほうに変わるのは普通はうれしいですが・・・これはショックですね。
下見をする!すごい気合が入っていますね。
90番からの道、私も大好きで最近はいつも使っています。
で、テント泊にした結果がどうなるでしょうか。

そうですね、いちばんショックだったのは、一緒に行く予定だったもう2人の友人が、
急な予定変更のため同行できなかったことでしょうか。
気合というより、単なる心配性で。
90番からの尾根は、私も気に入りました。
次はここから高塚山に行ってみたいです。

>テント泊にした上にさらに逆コースにしたこと。
吉と出ますか、凶と出ますか。

当初は小仲坊に泊まりたくて、南下予定でしたが、よくよく考えてみると、
北上もいいなと思えてきました。
釈迦ヶ岳でも弥山でもご来光が見れるかもしれません。

>五鬼助さん、素晴らしい鬼の子孫ですね。
ここで育ったそうですが、今は大阪から毎週土日に通っています。
私は五鬼助さんに会いたいので、いつもは平日に行く山、ここだけは土日に来ます。
一度泊まったことがあります。いろいろお話して楽しかったです。

前鬼に置いた車を取りに来る最終日に泊まれないかなぁと思って尋ねてみたら、
泊まれることは泊まれるけど、ツアーのお客さんでごった返すから、
またあらためて空いてる日にゆっくりいらっしゃいと言われました。
ほんとにとても良い方でした。

>階段がないときのほうが道が悪くて大変だったそうです。
あの二ツ岩はすごいですね。
ここまでくると急登が終わるのでほっとします。

こんな853段もの階段作るの大変だったでしょうね。
こんなに整備して下さって、ほんとに頭下がりますね。
二つ岩やクリカラ岩や遠くに見える五百羅漢等、現実離れした光景でした。

>テント泊、ワクワクしますね。特に初めての場所。
私はしばらくやっていないので、またワクワクしたくなりました。

テント泊は、ほんとにワクワクします。
テント広げてポールを組み立てる時間がサイコーです。

>いい方に出会えましたね。テント泊にして良かったですね。
悪くなった天気予報のお導きですね。

このおじさんのお陰で、先週末、赤井谷を再訪することができました。
釈迦ヶ岳って、なんて奥深くってすばらしい山だったのかと、
あらためて大好きになりました。
このおじさんに感謝です。

>ここが賑わうのはGWの時だけでしょう。
奥駈はこの時に集中しますね。季節もいいし、皆さん連休で遠くからもいらっしゃいますね。

深仙の宿、遠くから来られている人も多くて驚きました。
ひとりひとりの熱くてピュアな思いが一つの大きな渦となって、聖なる空間に満ちていました。

>気合が入っていますね!
でも、テントってこういう時時間がかかってしまいますね。私はせっかちなんで朝からご飯を炊くなんてできません。
お湯を沸かすのも面倒で、前日の五目アルファ米の残りを朝ごはんにしたりします。

テントを張るときは優雅な時間ですが、撤収するときは、まるで戦いの時間です。

>重い荷物での急登、無心になれていいですね。
tsuboさん、急登がお好きって書かれてましたよね。私も同じくです。
タラタラ登りより急登のほうが一気に着いて楽なような気がします。

>タイラさんはいいタイミングでしたね。
早く出ればいいってものじゃあないんですね。

ほんとに早く歩けばいいってものではありませんでした。

>大峰が好きな友人はこの小屋が好きで何度か泊ったそうです。
稜線の下にあるから目立たないですね。
普段は静かな小屋でしょうね。

楊枝の宿、上北山のガイドさんのブログで知りました。
2年前まねっこして、十郎山経由で行こうとして、十郎山で息絶えました。
なので、気になる場所ではありました。

>先の友人と一緒にカラハッソウ谷から登ったことがあります。
下りは明星ヶ岳から中尾を下りました。中尾の下り口には古い看板がありました。昔は歩かれていたのかしら。
その時はほとんど踏み跡もありませんでした。
神仙平は七日迷とか迷谷とか地図に書かれています。昔はもっと木が茂っていて迷いやすかったそうです。
いわゆる姥捨て山だったらしいです。

神仙平が姥捨て山ですか。へぇ~。
カラハッソウ谷、一度聞いたら忘れないような名前です。いつか行ってみたいです。

>大峰にはお祈りする場所がいくつもありますね。手を合わせられる場所があるってありがたいです。
本当に感謝の気持ちが湧いてきますね。

今まで山に登って、これほどまでに感謝の気持ちが湧いてきたことはありません。
本当にありがたくて自然と手を合わせたくなりました。

>私は何泊かの縦走の時はできるだけ荷物を軽くするためにアルファ米の五目御飯に何かちょっとという感じが多いです。
炊きたてのご飯だけでも豪華ですね。

最近ご飯炊きにハマっていて、日帰りのときもお昼に炊いてます。
一合だと10分かからずおいしく炊けます。

>テント泊にしたこと、逆コースにしたことが吉になりましたね。
1日違ったら見られなかったかもしれませんね。
大きなザックを担いで登ったご褒美ですね。

弥山の雲海には驚愕しました。
ご褒美を通り越して、唖然とするばかりでした。
すごい光景でした。

>大峰奥駈道、大好きな場所です。
私は熊野修験の奥駈で何度か歩かせていただきました。
那智山から本宮大社まで、本宮から玉置神社まで、玉置山から1泊で前鬼まで、釈迦ヶ岳から2泊で吉野まで歩きました。山上ヶ岳は女性は上がれないので、大普賢岳から和佐又ヒュッテに降りて泊まり、サポートの車で五番関まで送ってもらい男性と合流します。
75の靡きで勤行します。
サポートのおかげで軽い荷物で歩けますし、車で送ってもらえます。いたれりつくせりでした。
一度11月末に友人と4人でトンネル西口から登って弥山小屋に泊まり前鬼に下りました。初雪直後で八経ヶ岳まではトレースがありましたが、その後はなく、まだ暗い中あっちだこっちだ言いながら歩いて道を見つけました。GPSなどまだありませんでした。
後は大体一人でピストンで毎年どこかしら歩いています。
やはり、ピストンより縦走のほうが思い出が多いです。特に初めて歩いた時のことはよく覚えています。
神仙平、七面山、どちらも168号線の大塔町役場支所の横から林道に入って行きます。林道は途中から落石が多くなります。林道ゲートからさらに崩れた林道を歩きます。アプローチが大変です。
でも、奥駈道とは違った大峰のすばらしさを味わえるところです。
Kさんにきっかけをいただいたとのこと、いいご縁でしたね。
きっかけをいただいてもそのままにしてしまうことが多いです。このご縁を大事にしたからこその今度の奥駈でのたくさんの出会いと感動。
私も読んでいろいろなことを思い出しました。
大峰でテント泊したいなあと思いました。

東京生まれ東京育ちのtsuboさんが奥駈道に出会ったきっかけは何だったのでしょうね。
いつか教えて下さい。
青岸渡寺の奥駈、多くのハイカーたちのような歩きとはまたぜんぜん違う雰囲気なのでしょうね。
大峰の山々のこと、いろいろ教えて下さり、ありがとうございます。
私もtsuboさんのレポお手本に少しずつ繋いで歩いてみたいなと思います。
私も軽トラがほしいなぁ。


   アオバ*ト
tsubo
記事: 177
登録日時: 2023年3月07日(火) 13:27
お住まい: 和歌山県

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by tsubo »

アオバトさん、こんにちは。

90番からの尾根は、私も気に入りました。
次はここから高塚山に行ってみたいです。

おおっ!
先日歩いてきました。今週は忙しいので投稿する時間はないかなと思っていましたが、俄然書く気が湧いてきました。

tsubo
宮指路
記事: 1008
登録日時: 2011年2月27日(日) 21:13

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by 宮指路 »

アオバトさん、こんばんは


 
今年のゴールデンウィークは、早くから温めていたプランがあった
大峯奥駈道の一部を歩いてみようというものだ。
きっかけとなったエピソードがあるのだが、それは最後に記したい。
険しい修行の道なので小屋を使って極力軽装備で歩こうと思い、一ヶ月前に弥山小屋と下山口に使う前鬼の小仲坊の予約を取った。
ところが1週間前の天気予報は3日間ともまとまった雨。泣く泣くキャンセルの電話を入れた。
それがキャンセルした途端に予報は再び好転した。お天気の崩れるタイミングが先にどんどん延びて行った。

連休の天気予報は目まぐるしく変わりましたね。キャンセル料も直前まで待つと高くなりますからね。
私も最初はお遍路さんに行きたかったのですが、お遍路グッズを買うかどうか迷っているうちに天気予報が芳しくなかったので諦めました。

せっかく好転したこのお天気を棒に振りたくない。テント背負って行くことを決めた。
山の神様がテントを背負って行きなさいと言っています。

前鬼は初めて訪れる場所ではなかった。15年ほど前、当時所属していた山の会の沢登りで連れてきてもらったことがあった。
私も15年くらい前に前鬼川の沢登に沢ガールからお誘いをしてもらったことがありますが、急な用事が出来て行けなくなりました。

でもその時は、役行者と鬼たちのファンタジーよりファンタスティックな1300年のリアルをまだ知らなかった。

ファンタジーとファンタクティックの違いがよく分かりません。
昔、ファンタというジュースがあったのは覚えていますが


当初宿泊の予約をするのに電話をかけたら「五鬼助です」と名乗られた。本当に「五鬼助」という名字なのだった。
五鬼継、五鬼熊、五鬼上、五鬼童、そして五鬼助の5人の鬼の子どもたちの最後の末裔、五鬼助義之さん。
お守り代わりに背負って行くので御朱印下さいとお願いすると快く書いて下さった。
書かれた文字は「神変大菩薩」。
お守りは役行者さま。なんとありがたいのだろう。
昔、前鬼、後鬼が里で悪さをして、役行者に諭されて改心して宿坊を始めたという言い伝えがあったようですね。

 小仲坊には、何人かのハイカーたちが寛いでいたが、これから登ろうというパーティは私たちと、
ご夫婦と思しきもう一組だけだった。大きなザックを背負われていて、私たちと同じテント泊であることが伺われた。

お仲間がいたというのは心強い!

ゲートまでは、どなたかに送ってもらったようだ。弥山まで抜きつ抜かれつとなった。
山道に入り、かつての宿坊跡や住居跡の石積みの横を通り抜け、踏み跡と目印を拾いながら芽吹きの谷を上がって行った。

霊仙山の麓に男鬼村跡がありますが、住居跡の感じが似ていますね。

緑色に染まったばかりの谷の上空は雲一つない青空。まさかこんなお天気になるなんて。
広々とした谷はトチノキの森だった。巨木があるようだ。でも登山道から少し外れている。ザック置いて見に行った。
すごい!今までいろんなトチノキに出会ってきたけど、この子は間違いなくいちばん大きかった。
これはとても大きい! 屋久島の縄文杉くらいの大きさと迫力がありますね。


 
階段道があるというのを、私は調べ損ねていた。タイラさんが、さぁ853段の階段始まるよ〜!と言うので、
えぇっ!と、半月ほど前の弥山川のはしご地獄を思い出した。でもここのは垂直ではなかったので、ホッとした。
弥山川は2018年11月に行きましたが時間切れで頂仙岳に登ってショートカットしましたが金引ルートで暗くなりました。

【大峰】弥山川双門コース - やぶこぎネット (yabukogi.net)


 
谷から離れると奇石群が現れた。なんて摩訶不思議な世界なんだろう。
奥駈道稜線直下、見上げると笹原の中のブナやオオイタヤメイゲツが超絶美しかった。
振り返ると、あっ竜口尾根!あっ尾鷲道!すぐ右手には岩峰、大日岳が聳え立っていた。
奥駈道太古の辻。笹原と岩峰、幾重にも重なる十津川の山々、鮮やかなピンクの躑躅の花、そして青空。
いいな、いいなの感じが良く分かりますよ。この辺りは詳しいんですね。

さらに嬉しかったのは、時間がまだお昼を回ったばかりだったことだ。
いまから深仙の宿でテントを張る。もちろん、歩くことも楽しいのだが、ここでゆったり過ごす時間を思うと、ワクワクするのだった。


本当にテントが好きなのですね


 
大日岳を巻き終わると眼下の広い鞍部が深仙の宿だった。なんて美しい場所だろう。

ここは役行者の聖地らしいですね。

まだお昼を過ぎたばっかりなのに、もういくつもテントがあった。
水を汲みに行ってくれたタイラさんも戻り、ウィスキーの水割りを作って歓談する。水が甘いのに驚く。
おじさんによると、この水は香精水と言い、奥駈道の湧き水の中でも最も聖なる水なのだそうだ。

美味しそうな湧き水で水割りなんて贅沢なんでしょう

このお堂は灌頂堂、特別に大事な儀式のためのお堂だそうだ。
前鬼からの道中、三井寺の道標は、この灌頂堂を指すようだった。
釈迦ヶ岳の東斜面に見える大きな岩は四天石。
見るもの、感じるもの、全てが新鮮ですばらしかった。
このお堂は役行者の聖地だそうですから


 
夕方近くになると、若いハイカーたちが、釈迦ヶ岳から続々と降りてきた。
ほとんどの人たちがみんなソロで、ほとんどの人たちがみんな吉野から歩いてきて熊野まで縦走するらしかった。
夕闇迫る頃、二人連れが降りてきた。「あとから女の子たちも来るんだけど、まだ場所ありますか」と言う。
みんなソロだけど途中で仲良くなり場所取りを頼まれたという。でもここではこんなに込み合っていても、みんなお互い譲り合い、上手にテント張っていた。

まるで最近のイブネの盛況ぶりを伺えます。イブネは残念ながら今年からテント規制になってしまったけど


 
いきなり岩場の激下り。荷物も大きいし、どんくさいのでサクサク降りられない。
チンタラ、チンタラ。すごいガレ。落ちたら地獄に真っ逆さま。あっ、こんなところに不動明王さまが。
降りたと思ったら、また登り。一つの段差がハンパない。足が攣りませんようにと祈る。
タイラさんがオオミネコサグラを見つけた。とんでもない岩場にひっそりと咲いているのだった。
東側の谷底を覗きこんだと思ったら、
やっとのどかなところに来た。途端に足が上がらなくなった。今のが孔雀覗きだったのか。
孔雀岳に登るのは軽い装備でも大変そうなのにましてテント装備ですと更に大変ですね。

もうすぐ弥山だと思うと、単純に嬉しかった。八経ヶ岳のピークに立ち、歩いて来た稜線を眺めた。
よく歩いて来たなと思ったが、私たちが歩いた距離なんて、縦走している若者たちに比べたらほんの僅かな距離だった。
タイラさんにゆっくり来てねと伝えて、最後は走った。無性に走りたかったのだ。
荷物を置いて、奥宮にお参りする。隣の行者堂にも手を合わせる。ここまで無事に歩いて来れたことをただただ感謝するのだった。
長い距離を歩かれても元気なんですね。
お疲れ様でした。

                                           宮指路
                                    
 
アオバ*ト
記事: 283
登録日時: 2019年9月23日(月) 08:40

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

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  tsuboさん、再びこんばんは。

嬉しいショートメッセージありがとうございます。

(*90番からの尾根は、私も気に入りました。
次はここから高塚山に行ってみたいです。)
>おおっ!
先日歩いてきました。

そうなんですね!いいなぁ!
シロヤシオが見頃だったでしょうね。
16849848729391.jpg
こんなすてきな道標見たら、行きたくなります。
この分岐から一ノ垰の辺り、とても美しかったです。
高塚山へ延びる尾根もきっとすてきだろうなと思いました。

>今週は忙しいので投稿する時間はないかなと思っていましたが、俄然書く気が湧いてきました。
また楽しみに待ってます。

   アオバ*ト
アオバ*ト
記事: 283
登録日時: 2019年9月23日(月) 08:40

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by アオバ*ト »

 宮指路さん、こんばんは。

楽しいレス、ありがとうございます。
 
>連休の天気予報は目まぐるしく変わりましたね。
私も最初はお遍路さんに行きたかったのですが、
お遍路グッズを買うかどうか迷っているうちに天気予報が芳しくなかったので諦めました。

お遍路さん!ですか。いったい全部歩いて回ると何日かかるのでしょう。
山登りよりずっと大変そうです。
お遍路グッズって、白装束とか、杖とか、竹で編んだ笠とかですか。
こういうの買うときっとその気になってくるんですね.

>私も15年くらい前に前鬼川の沢登に沢ガールからお誘いをしてもらったことがありますが、
急な用事が出来て行けなくなりました。

それは残念無念です。
前鬼ブルーに癒されに、どうぞ今度は宮指路さんからお誘いしてお出かけ下さいまし。

>ファンタジーとファンタクティックの違いがよく分かりません。
昔、ファンタというジュースがあったのは覚えていますが

ファンタジー、ファンタスティック、ファンタジュース
違いはあるけど、無くても困りません。
どうぞ気にせず読み流してください。

>昔、前鬼、後鬼が里で悪さをして、役行者に諭されて改心して宿坊を始めたという言い伝えがあったようですね。
この話、初めて知ったのはいつだったか。
奇跡のような物語、じゃなくて物語のような奇跡?
どっちでもいいけど、今、小仲坊に五鬼助さんがいらっしゃる奇跡のような真実。

>お仲間がいたというのは心強い!
若者はみんな、純粋に吉野から熊野を目指していましたが、
年取ると、一気に縦走以外になんかいい方法はないものかと考えます。
前鬼から弥山へ行くのはシニア御用達コースのようでした。

>霊仙山の麓に男鬼村跡がありますが、住居跡の感じが似ていますね。
霊仙山の麓も不思議な雰囲気が漂っていますね。
廃村男鬼や比婆山など、何だか別世界への入り口がどこかにありそうな雰囲気です。

>これはとても大きい! 屋久島の縄文杉くらいの大きさと迫力がありますね。
そこまで大きくはないと思いますが、形も美しくまわりの雰囲気もすてきでした。

>弥山川は2018年11月に行きましたが時間切れで頂仙岳に登ってショートカットしましたが
金引ルートで暗くなりました。

やぶこぎネットの人誰か行ってないかなと探して、この宮指路さんのレポはちらっと読ませてもらっていました。
軽装備で暗いうちからスタートするか、避難小屋泊まりで行くか、迷って、
やっぱり狼平に泊まりました。ここにも浸りたかったので。また行きたいなぁ。

>本当にテントが好きなのですね
おそらく、いちばん最初のテント泊体験が、とても楽しかったのだと思います。

(*大日岳を巻き終わると眼下の広い鞍部が深仙の宿だった。なんて美しい場所だろう。)
>ここは役行者の聖地らしいですね。
美味しそうな湧き水で水割りなんて贅沢なんでしょう

あまりにすばらしかったので、先週末再び聖地巡礼しました。

>まるで最近のイブネの盛況ぶりを伺えます。
イブネは残念ながら今年からテント規制になってしまったけど

みんな一斉にイブネばかりで張らなくても、このエリアには他にもいい場所あるのになぁと思うのですが。

>孔雀岳に登るのは軽い装備でも大変そうなのにましてテント装備ですと更に大変ですね。
次々とアトラクションが現れて、大変だぁと言ってるヒマがあまりなかったです。
疲れてくるのは決まって緩やかな平坦地。

>長い距離を歩かれても元気なんですね。お疲れ様でした。
一気に縦走する人たちに比べたら、ほんの一部区間シニア御用達のいいとこ取りコースでしたので~。

    アオバ*ト
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山日和
記事: 3573
登録日時: 2011年2月20日(日) 10:12
お住まい: 大阪府箕面市

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by 山日和 »

青鳩さん、こんばんは。

【山域】大峰山脈・前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

ブツ切れでは何度か歩いてますが、この間を通して歩いたのは一度きり。それも40年前の高校山岳部の合宿です。
逆コースでしたが、川合から大川口まで国道を歩き、行者還宿から前鬼まで縦走。前鬼からまた延々林道を前鬼口
のバス停まで歩きました。今は考えられません。

険しい修行の道なので小屋を使って極力軽装備で歩こうと思い、一ヶ月前に弥山小屋と下山口に使う前鬼の小仲坊の予約を取った。

今はどこも予約が要るんですねえ。昔は山小屋で予約なんて考えたこともなかったですが。

お守り代わりに背負って行くので御朱印下さいとお願いすると快く書いて下さった。
書かれた文字は「神変大菩薩」。
お守りは役行者さま。なんとありがたいのだろう。

前鬼はもう10年ぐらい行ってないなあ。
御朱印をもらえてよかったですね。役行者がお守りとは心強い。

階段道があるというのを、私は調べ損ねていた。タイラさんが、さぁ853段の階段始まるよ〜!と言うので、

そんな階段道になってたんですか。 :o
昔、冬にテン泊で訪れた帰路、人生唯一の捻挫(足首が逆に曲がってしまいました)を経験した思い出があります。
釈迦へ行くつもりでしたが、激ラッセルで届かず、大日の往復だけになりました。

 大日岳を巻き終わると眼下の広い鞍部が深仙の宿だった。なんて美しい場所だろう。

ここはホントにいいところですよね。大日と釈迦に挟まれた芝生の開放的な広場。
数年前に行った時はほんみち教の凄い数の団体がいて落ち着きませんでしたが。

おじさんによると、この水は香精水と言い、奥駈道の湧き水の中でも最も聖なる水なのだそうだ。
このお堂は灌頂堂、特別に大事な儀式のためのお堂だそうだ。

ここで水を得られるというのが奇跡のようですね。

昼間は西側の谷に降りて遊び、2日間ほど過ごすのだと話された。西の谷はすごくいいからいっぺん行ってごらんと言う。
夜、テントの中で調べてみたら、西の谷とは滝川、上部は赤井谷のことだった。
またしてもすっかり忘れていたのだが、赤井谷にも深仙の宿にも、かつて連れてきてもらったことがあった。


赤井谷は好きな谷で3回ほど行きました。しかし来たことあるの忘れます? :mrgreen:
深仙へ上がる谷より上部の延々と続く美しいナメが素晴らしいですね。
未踏だったらぜひ訪れてみて下さい。

 いきなり岩場の激下り。荷物も大きいし、どんくさいのでサクサク降りられない。
チンタラ、チンタラ。すごいガレ。落ちたら地獄に真っ逆さま。あっ、こんなところに不動明王さまが。
降りたと思ったら、また登り。一つの段差がハンパない。足が攣りませんようにと祈る。

ここは大荷物だと苦労するところですね。

タイラさんが孔雀岳のピークを踏みたいと行っていたが、登りたくない深層心理が勝手に巻き道を進んでいた。

孔雀のピークは釈迦と比べると平凡ですが、静かないいところです。

孔雀岳をスルーしてしまったことが、自分としても少し心残りだったので、仏生ヶ岳は登ることにした。
トウヒやシラビソの枝がとんがり、特に何があるでもないが、ここはお釈迦さまが生まれたところだと、

仏生も地味なピークですが、東面の大黒尾から登った時はやっと着いたという思いが大きく、味わいがありました。

舟の垰を過ぎ、西の谷底に見える気持ち良さげな広々とした河原が気になった。
谷はカラハッソウ谷。広場は神仙平と言うらしかった。覗き込めば覗き込むほどに行ってみたくなるのだったが、一度降りたら二度と帰ってこれなさそうだった。


いいところですが、林道終点のすぐ上だし、言ってみればただの伐採跡だと思うんですが。
そうとは感じない草原が広がってますね。

危険地帯を通過しつつも今度はなんともユーモラスな猫耳の双耳峰が気になった。七面山と言うらしい。

奥駈道から七面山へ向かう道も味わい深いです。七面山は山頂そのものよりも南面の岩壁と西側へ進んだアケボノ平の草原が素晴らしいです。

危険地帯を過ぎて、見覚えのある場所に出た。右にひと登りしたら明星ヶ岳だった。ここからは、もう知ってる場所。

明星ヶ岳は八経のすぐ隣で陰に隠れた山ですが、静かで私好みです。中尾経由で何度か訪れています。
中尾でもオオミネコザクラを見たなあ。

それでも、ビールとウィスキーと少量の嗜好品と炊きたてのご飯とフリーズドライのお味噌汁があれば、大満足だった。

私なんかご飯すら炊かずパックご飯ですよ。 :lol:

そして思わず3人で顔を見合わせた。「すごい!」
今まで見たこともないような信じられないような光景が広がっていたのだ。
一面の雲海だった。3人でしばし呆然と立ち尽くした。

最後の朝にいい風景を見られてよかったですね。 :D

森はブナやカエデやヒメシャラやシロヤシオの広葉樹の美しい森になった。
西口の分岐から行者還岳の間のこのすばらしい森は、以前歩いたことをよく覚えていた。


弥山より南の針葉樹主体の森と違って、広葉樹の森は温かみを感じますね。

                山日和
アオバ*ト
記事: 283
登録日時: 2019年9月23日(月) 08:40

Re: 【大峰山脈】「1300年の時空に思いをはせて」前鬼〜釈迦ヶ岳〜弥山

投稿記事 by アオバ*ト »

山日和さん、こんばんは。

コメントありがとうございます。
返信遅くなってすみません。

>ブツ切れでは何度か歩いてますが、この間を通して歩いたのは一度きり。それも40年前の高校山岳部の合宿です。
逆コースでしたが、川合から大川口まで国道を歩き、行者還宿から前鬼まで縦走。前鬼からまた延々林道を前鬼口
のバス停まで歩きました。今は考えられません。

高校山岳部としては、ごく当たり前の合宿だったのでしょうが、最初と最後の歩きは拷問みたいですね。
今回私たちも当初は公共交通機関利用で、帰りは前鬼〜前鬼口バス停まで歩く予定でした。
それが予定変更になって車でゲートまで下見に行ってみて、これ予定変更になって良かったなあと思いました。
話が少し横道に逸れますが、
深仙の宿で出会ったおじさんが、吉野から縦走してきて挫折した子たちは、ここから前鬼へ降りるんだよねと話されていたのですが、
そういう道でもあるのかと思うと、なんかしんみりしてきます。

>今はどこも予約が要るんですねえ。昔は山小屋で予約なんて考えたこともなかったですが。
そうですねぇ。人気の山小屋は何ヶ月も前から予約せねばなりません。ホテルや旅館と一緒です。

>前鬼はもう10年ぐらい行ってないなあ。
御朱印をもらえてよかったですね。役行者がお守りとは心強い。

次回は空いているときに小仲坊に泊まって、五鬼助さんにいろいろとお話伺ってみたいです。

>そんな階段道になってたんですか。
昔、冬にテン泊で訪れた帰路、人生唯一の捻挫(足首が逆に曲がってしまいました)を経験した思い出があります。
釈迦へ行くつもりでしたが、激ラッセルで届かず、大日の往復だけになりました。

すごいですよ、853段もあって。それにしても、
激ラッセルでこの急登を登って奥駈道の稜線まで辿り付くって、すごいですね。
さらに雪の釈迦ヶ岳を目指すなんて、さっきの拷問合宿よりハードですね。

>ここはホントにいいところですよね。大日と釈迦に挟まれた芝生の開放的な広場。
数年前に行った時はほんみち教の凄い数の団体がいて落ち着きませんでしたが。

はい、ほんとにいい所ですね。
天国みたいなところだと思いました。東側の遠くの山々の眺め、西側の谷の美しい疎林。
四天石も、大日岳の重なり合う岩もかっこよくて。
役行者さまがここを最後の修行場にした気持ちがわかります。

>ここで水を得られるというのが奇跡のようですね。
前鬼川の最初の一滴とも言えますね。

>赤井谷は好きな谷で3回ほど行きました。しかし来たことあるの忘れます?
深仙へ上がる谷より上部の延々と続く美しいナメが素晴らしいですね。
未踏だったらぜひ訪れてみて下さい。

「赤井谷」っていう谷に連れて行ってもらったことは覚えていました。
水が全然無くて、ブヨにいっぱい刺されて、最後のツメだけが異常にしんどくて(千丈平に詰めたようでした)良い印象なかったので、
その「赤井谷」が釈迦ヶ岳の西の谷だということが頭に入っていなかったです。
そのナメも歩いているんですが、ただの平らな岩の上を歩いただけのような印象でした。
でも先々週、あらためて訪れて(左岸の道を歩いて、早めに稜線に上がっちゃいましたが)、谷の美しさに感激しました。
ところで、ほんみち教さんの私有地ってどこからどこまでなんでしょうね。

>ここは大荷物だと苦労するところですね。
ほんとですね。トレランの人たちみたいに早く歩けたら、こんな大荷物背負う必要ないんですけどねぇ。

>孔雀のピークは釈迦と比べると平凡ですが、静かないいところです。
そうなんですね、また行ってみますとは簡単に言えないところなので、やっぱり巻かずに登ればよかった。

>仏生も地味なピークですが、東面の大黒尾から登った時はやっと着いたという思いが大きく、味わいがありました。
大黒上尾ですか。地図見ただけでしんどそうです。ただならぬワイルド感漂ってます。
ゼッタイ熊もいます。

>いいところですが、林道終点のすぐ上だし、言ってみればただの伐採跡だと思うんですが。
そうとは感じない草原が広がってますね。

そうなんですよ、上からみると、ほんとに気持ち良さげに見えて。

>奥駈道から七面山へ向かう道も味わい深いです。
七面山は山頂そのものよりも南面の岩壁と西側へ進んだアケボノ平の草原が素晴らしいです。

そうなんですね。これは行かなければ。

>明星ヶ岳は八経のすぐ隣で陰に隠れた山ですが、静かで私好みです。中尾経由で何度か訪れています。
中尾でもオオミネコザクラを見たなあ。

明星ヶ岳は、私も八経ヶ岳よりも好きかもです。
中尾も歩いてみたいですがアプローチが大変そうです。

>私なんかご飯すら炊かずパックご飯ですよ。
ご飯炊きは、面倒くさそうに見えて、慣れると何でもないです。
以外と早くできますし、楽しいし、おいしいです。

>最後の朝にいい風景を見られてよかったですね。
この雲海は、弥山名物なんでしょうか。これはまた何度でも見てみたいです。

>弥山より南の針葉樹主体の森と違って、広葉樹の森は温かみを感じますね。
そうですね。ここを歩いている時、
山日和さんの好きそうなところだなあと思って歩いておりました。
ブナ林イコール山日和さん。まるで条件反射です。

  青鳩*
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