【江越国境】手倉山〜上谷山〜鉄塔尾根 快晴の上谷山山頂は大賑わい
Posted: 2021年3月02日(火) 10:35
【 日 付 】2021年2月21日(日曜日)
【 山 域 】江越国境
【メンバー】山猫、家内、Nさん、Cさん
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】広野浄水場7:12〜9:57手倉山10:08〜11:27上谷山12:14〜12:53鉄塔尾根分岐〜15:30橋立集落〜15:45広野浄水場
この週末は土曜日、日曜日と好天が続く。当初は全く別の山行を考えていたが、近江百山の完登を目指すCさんから上谷山へのリクエストを頂く。来週以降、暖かい日が続くのと来週末は天気が優れない予報であり、もしかすると今季は上谷山を目指す機会はないかもしれない。
私自身は近江百山を完登には興味はないが、その中では積雪期しか登ることが出来ない上谷山は最難関とされているようだ。近江百山とはいえ滋賀県側から登ることが出来るのは、県道の雪がなくなり、なおかつ山に残雪が残っているという条件が重なった時、ほとんどその機会はないということだ。
この上谷山に前回登ったのは一昨年の3月のことであった。下谷山を訪れるつもりで県道中河内線を歩き始めたところで、偶然にもご一緒したわしたかさんの車で県道を針川まで入ることが出来たおかげである。
普段、早朝からの出立と長距離の山行に難色を示すことが多い家内もこの上谷山の山行にはすんなりと同意する。というのもこれまでに幾度となく湖北の山々からその純白の山容を眺め、上谷山は登ってみたいとよく口にしていた。一度この上谷山の雪を纏った姿を目にしながら登頂意欲を覚えない者はいないのではないだろか。
まずは広野ダムにCさんの車を保険でデポする。万が一、上谷山まで時間がかかり過ぎた場合に下山を林道に下降する可能性を考慮したためである。ついでとはいえダムから日の出前のラベンダー色に染まる湖面の彼方に望む美濃俣丸から笹ヶ峰への稜線の景色も楽しみにであった。ダムには一台の自転車がデポしてある。
広野浄水場の駐車場はそれほど広くはないが、待ち合わせの6時半をわずかに過ぎてしまったところで先に到着されたNさんから2台の車が到着されたという連絡を頂く。すぐさま広野浄水場に向かうと2台の車とすれ違う。1台目の車に乗っておられた男性には間違いなく見覚えがある。
浄水場では女性六人のパーティーが登山の準備をしておられるところだった。我々も準備を始めたところで先ほどすれ違った一台の車が到着する。先頭の車からすぐに降りてこられたのは他でもないbiwa爺さんである。運転されていたのはkitayama-walkさんであった。
普段からbiwa爺さんやkitayama-walkさんのブログをよくご覧になっておられるCさんは実際の人物を前にして大喜びである。続いてもう一台の車が現れた。こちらからはkeikokuさんとご友人お二人が登場する。果たしてこの上谷山は普段は滅多に訪れる人がいない筈と思っていたが、どうやら相変わらずヤブめん密度が高い。
準備を整えると先に出発された女性パーティーのトレースを追って、出発する。尾根の下部のわずかばかりの植林帯を抜けると尾根上にはすぐにも自然林が広がるようになる。すぐ左下の眼下には広野ダムが見える。樹間から左手の望む美濃俣丸から笹ヶ峰にかけての純白の稜線が綺麗だ。
まもなく休憩されておられる女性達に追いつく。しばらくは女性達に先行して、トレースのない尾根を歩かせて頂く。後続のNさんとの距離が開いたところで、Nさんを待つと、その間にすぐさま女性達のパーティーに先を譲ることになる。
女性達は流石にこの上谷山に登ろうというだけあってかなりの健脚の集団のようだ。軍隊のような力強い足取りで、足並みを揃えて登って行かれる。特に先頭のラッセルされておられる方は姿勢が非常に良いことから相当にラッセルに慣れているようだ。後で女性達の年齢を聞いて、思わず「えーッ!」と仰天の声を禁じ得なかった。平均年齢70歳だそうだ。
樹林の中には山毛欅が現れ始めたかと思うとまもなく樹高の高い山毛欅の純林となる。山毛欅はこの地方でよく見られる箒状の端整な佇まいだ。見上げる山毛欅の樹々の立派さに嘆声を上げながら山毛欅の林を進む。手倉山の手前は山毛欅の壮麗さは一段とスケールを増し、一つのクライマックスとなる。
手倉山では山毛欅の樹林が途切れ、東側に展望が開ける。ピークから少し南側では樹木のない展望のテラスがある。三国岳から三周ヶ岳、美濃俣丸から笹ヶ峰と続いていく越美国境の銀嶺が目の前にずらりと並ぶ様は壮観という他ない。そして樹林の上にはついに上谷山の純白の山頂が姿を現す。景色を眺めている間に後ろからkitayama-walkさんが現れた。
先に進むと突然、広々とした雪原に出る。すぐ後ろから女性達のパーティーの歓声が聞こえる。一人が「駆け出したくなるようなところやね」。私はそのような発想はなかったが、確かにそう思うのが自然に思えるほどの開放感だ。それにしても少女のようにお若い感性だと思ったところで次の声だ聞こえた。「そうは言っても走れへんけどな」・・・すぐさま聞こえる一同の笑い声。
女性達はここで再び休憩されるようだ。雪原にはポツリポツリと疎らに生える山毛欅の孤樹が風景にアクセントを添えている。山毛欅の樹に近寄っては雪原を背景にした山毛欅のシルエットに見惚れるということを繰り返す。
登り返すと東側に大きく雪庇が張り出した尾根に出る。壮観な越美国境の稜線を眺めながら、緩やかに雪庇の尾根を登ってゆく。登るにつれて三国岳の肩に左千方を認める。滋賀県側から眺めると安蔵山から続く長い尾根の先で綺麗な三角錐状の鋭鋒が目立ち、背後の三国岳を同定するのが困難なことが多いのだが、この上谷山から眺めると左千方はピークというよりもむしろ三国岳の肩のように見える。
国境稜線とのジャンクション・ピークにたどり着くと、左千方からはるかに彼方の金糞岳南に続いてゆく江美国境の稜線、尾羽梨川源流域の広い谷の向こうには横山岳が視界に入る。あとは山頂まで樹木のない純白の雪稜をわずかに辿るばかりだ。考えてみれば壮麗な山毛欅の樹林から雪原を経てパノラマの広がる稜線を歩くというダイナミックな展開は滋賀県側のルートでも同様ではあるが、この上谷山の醍醐味かもしれない。
Keikokuさんとお仲間の三人が先を歩かれておられるので、雪稜には一筋のトレースが刻まれてはいるが、左右に近江、越前の壮大なパノラマを眺めながらの稜線歩きの爽快さを存分に味わうことが出来る。雲ひとつない蒼穹を背景に緩やかに純白の雪稜を無心に登る。
ついに上谷山の山頂に立つ。春めいたそよ風に前回、この山頂に立った時の思い出を重ねる。尾羽梨からの長い尾根、そして西側の下谷山へと続いてゆく長いの稜線を視線で追ってみる。前回は国境稜線の先には明らかに灌木の藪があったのだが、驚いたことにこの日は稜線に藪は見る影もない。柘榴山からの稜線のp1041のあたりも藪こぎを強いられるところであったが、目を凝らしてみてもやはり藪が見当たらない。二年前とは積雪の量がかなり違うようだ。
まもなく女性達のグループが到着する。早速にも一人がスノースコップで手際よくベンチを作り上げる。その姿を見ていると平均年齢70歳というのは誰かが年齢を詐称しているのではないかと思いたくなる。
やがてbiwa爺さんが山頂に到着すると皆さんの写真を撮らせて頂いて、我々は出発することにする。kitayama-walkさんとbiwa爺さん達一行は滝ヶ谷の右岸尾根を下降されるらしい。Nさんが前回、この上谷山に来られた時は滝ヶ谷の右岸尾根を辿られたらしいので、今回は躊躇なくその左岸尾根、いわゆる送電線鉄塔尾根を下降することを選択する。女性達はまだ決めていないとのことであったが、我々が出発すると後ろから「トレースがある尾根の方がいいわね」と誰かの声が聞こえた。
上谷山からの江越国境尾根は以前の山行の記憶と目の前に広がる景色を比べながら進むのだが、あまりにも違うので、まるで始めて辿る稜線であるかのように思える。藪が隠れるとこの尾根はこんなにも快適なのかとの驚きを改めて感じる。
どこまでも緩やかに波打つように続く雪原はこの山の奥深さとは対照的に極めて長閑だ。尾根の右手には滝ヶ谷の右岸と左岸をなす二本の尾根が長く緩やかな下降線を描いている。
この日はかなり暖かい筈ではあるが、足元の雪の沈みこみも少ない。振り返ると上谷山から女性達が尾根を下降し始めていた。前方から若い単独行の男性と遭遇し、驚くことになる。船ヶ洞山を経て下谷山から上谷山まで縦走される予定らしい。「庄野ダムにデポしておられた自転車の主ですか」とお伺いするとその通りであった。
下谷山にかけての尾根の北斜面にはポツポツと疎らに生える杉の樹が家内はジオラマのようだというが、豹紋のようなリズミカルなアクセントを示している。杉の樹々は不自然に低く見えるが、見えている部分の下は数mの積雪に覆い隠されているのだろう。
一切、藪を見かけることなく、広い雪原が続く尾根を快適に歩くうちにすぐにも送電線鉄塔の分岐たどり着いてしまう。上谷山から続いた純白の雪原の下には鬱陶しい藪があることは想像できない。
突如として、西の方角からボォーッという大きな人工音が聞こえてくる。何の音かと思ったが、churabanaさんが敦賀港を出航する船の汽笛の音だと仰る。こんな奥深い稜線にまで敦賀港の船の音が聞こえるとは意外ではあるが、辿っている長い稜線は日本海へと向かっていることを船の汽笛の音が教えてくれる。
下降の尾根に入ると、しばらくは樹木のない雪原が続いており、すこぶる見晴らしが良い。船ヶ洞山を経て下谷山に至る長い稜線、右手には辿ってきた稜線の彼方に越美国境の稜線を眺めながら、緩やかに尾根を下ってゆく。上谷山からの国境稜線を振り返ると尾根の上には力強く歩かれる六人の女性パーティーのシルエットが浮かび上がっていた。
やがて山毛欅の若木の密度の高い樹林へと入ってゆく。隣の右岸尾根はずっと樹林が続いているようだが、尾根上部は山毛欅の林のように見える。
p791の北側斜面で山毛欅の樹林から雑木の樹林へと突如として林相が変わる。登りに辿った尾根に比べると山毛欅の樹林がなくなるのが早いのが残念だ。
すぐに最初の送電線鉄塔が現れると、その北側には広い伐採斜面が広がっており、これから進む尾根の先に五基の送電線鉄塔が並んでいる。遠目にみると果たして五基の鉄塔を作る必要があったのだろうかと思うほど個々の鉄塔の間隔が短く見えるのだが、それは目の錯覚だろう。
送電線鉄塔との間は樹林となるも、鉄塔にたどり着く度に好展望が広がる。気がつくと越美国境の左手に見える白山の輪郭がいつの徐々にはっきりとしてくる。展望を楽しむうちにいつしか最後の送電線鉄塔が近づく。気がつくと足元に明らかに鹿のものとは違う大きな真新しい足跡が送電線鉄塔に向かっている。足跡には鋭い爪の後があるようだ。
最後の送電線鉄塔ここからは右手、すなわち北東への尾根を辿る。植林の尾根に入るとすぐさま足元の雪が切れ、スノーシューを外すが、植林が切れると途端に積雪が深い。最後は自然林の急斜面を集落手前の植林地を目指して急下降する。
最後はお寺の境内の裏手に着地する。境内から除雪された道路に出ようとすると、真新しい大きな糞とそのそばには先ほど尾根の上で見たものと同じ爪跡のある足跡があるのだった。
浄水場まで歩いて戻るとKeikokuさんたちの車がs浄水場から出てこられたところだった。浄水場でNさんとお別れしてからCさんの車を回収しにダムに戻る。最後にもう一度、ダム湖畔からの美濃俣丸から笹ヶ峰にかけての稜線の写真を撮ろうと雪の上に足を乗せると朝にはガチガチであった雪を大きく踏み抜くことになる。
ダムから帰路につくと丁度、女性達が浄水場に向かって車道を歩いているところであった。下山後、この集団の先陣でラッセルされていたお二人は福井の山岳会ベラグラ山の会に長いこと所属されておられた大ベテランの方々であることを知る。
久しぶりの上谷山は壮麗なブナ林と壮大な展望、そして緩やかに波打つ雪原と様々な魅力を堪能する山旅だったが、biwa爺さん、kitayama-walkさん、keikokuさん達とお遭い出来たことで、より一層楽しい思い出で彩られた山行となるのであった。
【 山 域 】江越国境
【メンバー】山猫、家内、Nさん、Cさん
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】広野浄水場7:12〜9:57手倉山10:08〜11:27上谷山12:14〜12:53鉄塔尾根分岐〜15:30橋立集落〜15:45広野浄水場
この週末は土曜日、日曜日と好天が続く。当初は全く別の山行を考えていたが、近江百山の完登を目指すCさんから上谷山へのリクエストを頂く。来週以降、暖かい日が続くのと来週末は天気が優れない予報であり、もしかすると今季は上谷山を目指す機会はないかもしれない。
私自身は近江百山を完登には興味はないが、その中では積雪期しか登ることが出来ない上谷山は最難関とされているようだ。近江百山とはいえ滋賀県側から登ることが出来るのは、県道の雪がなくなり、なおかつ山に残雪が残っているという条件が重なった時、ほとんどその機会はないということだ。
この上谷山に前回登ったのは一昨年の3月のことであった。下谷山を訪れるつもりで県道中河内線を歩き始めたところで、偶然にもご一緒したわしたかさんの車で県道を針川まで入ることが出来たおかげである。
普段、早朝からの出立と長距離の山行に難色を示すことが多い家内もこの上谷山の山行にはすんなりと同意する。というのもこれまでに幾度となく湖北の山々からその純白の山容を眺め、上谷山は登ってみたいとよく口にしていた。一度この上谷山の雪を纏った姿を目にしながら登頂意欲を覚えない者はいないのではないだろか。
まずは広野ダムにCさんの車を保険でデポする。万が一、上谷山まで時間がかかり過ぎた場合に下山を林道に下降する可能性を考慮したためである。ついでとはいえダムから日の出前のラベンダー色に染まる湖面の彼方に望む美濃俣丸から笹ヶ峰への稜線の景色も楽しみにであった。ダムには一台の自転車がデポしてある。
広野浄水場の駐車場はそれほど広くはないが、待ち合わせの6時半をわずかに過ぎてしまったところで先に到着されたNさんから2台の車が到着されたという連絡を頂く。すぐさま広野浄水場に向かうと2台の車とすれ違う。1台目の車に乗っておられた男性には間違いなく見覚えがある。
浄水場では女性六人のパーティーが登山の準備をしておられるところだった。我々も準備を始めたところで先ほどすれ違った一台の車が到着する。先頭の車からすぐに降りてこられたのは他でもないbiwa爺さんである。運転されていたのはkitayama-walkさんであった。
普段からbiwa爺さんやkitayama-walkさんのブログをよくご覧になっておられるCさんは実際の人物を前にして大喜びである。続いてもう一台の車が現れた。こちらからはkeikokuさんとご友人お二人が登場する。果たしてこの上谷山は普段は滅多に訪れる人がいない筈と思っていたが、どうやら相変わらずヤブめん密度が高い。
準備を整えると先に出発された女性パーティーのトレースを追って、出発する。尾根の下部のわずかばかりの植林帯を抜けると尾根上にはすぐにも自然林が広がるようになる。すぐ左下の眼下には広野ダムが見える。樹間から左手の望む美濃俣丸から笹ヶ峰にかけての純白の稜線が綺麗だ。
まもなく休憩されておられる女性達に追いつく。しばらくは女性達に先行して、トレースのない尾根を歩かせて頂く。後続のNさんとの距離が開いたところで、Nさんを待つと、その間にすぐさま女性達のパーティーに先を譲ることになる。
女性達は流石にこの上谷山に登ろうというだけあってかなりの健脚の集団のようだ。軍隊のような力強い足取りで、足並みを揃えて登って行かれる。特に先頭のラッセルされておられる方は姿勢が非常に良いことから相当にラッセルに慣れているようだ。後で女性達の年齢を聞いて、思わず「えーッ!」と仰天の声を禁じ得なかった。平均年齢70歳だそうだ。
樹林の中には山毛欅が現れ始めたかと思うとまもなく樹高の高い山毛欅の純林となる。山毛欅はこの地方でよく見られる箒状の端整な佇まいだ。見上げる山毛欅の樹々の立派さに嘆声を上げながら山毛欅の林を進む。手倉山の手前は山毛欅の壮麗さは一段とスケールを増し、一つのクライマックスとなる。
手倉山では山毛欅の樹林が途切れ、東側に展望が開ける。ピークから少し南側では樹木のない展望のテラスがある。三国岳から三周ヶ岳、美濃俣丸から笹ヶ峰と続いていく越美国境の銀嶺が目の前にずらりと並ぶ様は壮観という他ない。そして樹林の上にはついに上谷山の純白の山頂が姿を現す。景色を眺めている間に後ろからkitayama-walkさんが現れた。
先に進むと突然、広々とした雪原に出る。すぐ後ろから女性達のパーティーの歓声が聞こえる。一人が「駆け出したくなるようなところやね」。私はそのような発想はなかったが、確かにそう思うのが自然に思えるほどの開放感だ。それにしても少女のようにお若い感性だと思ったところで次の声だ聞こえた。「そうは言っても走れへんけどな」・・・すぐさま聞こえる一同の笑い声。
女性達はここで再び休憩されるようだ。雪原にはポツリポツリと疎らに生える山毛欅の孤樹が風景にアクセントを添えている。山毛欅の樹に近寄っては雪原を背景にした山毛欅のシルエットに見惚れるということを繰り返す。
登り返すと東側に大きく雪庇が張り出した尾根に出る。壮観な越美国境の稜線を眺めながら、緩やかに雪庇の尾根を登ってゆく。登るにつれて三国岳の肩に左千方を認める。滋賀県側から眺めると安蔵山から続く長い尾根の先で綺麗な三角錐状の鋭鋒が目立ち、背後の三国岳を同定するのが困難なことが多いのだが、この上谷山から眺めると左千方はピークというよりもむしろ三国岳の肩のように見える。
国境稜線とのジャンクション・ピークにたどり着くと、左千方からはるかに彼方の金糞岳南に続いてゆく江美国境の稜線、尾羽梨川源流域の広い谷の向こうには横山岳が視界に入る。あとは山頂まで樹木のない純白の雪稜をわずかに辿るばかりだ。考えてみれば壮麗な山毛欅の樹林から雪原を経てパノラマの広がる稜線を歩くというダイナミックな展開は滋賀県側のルートでも同様ではあるが、この上谷山の醍醐味かもしれない。
Keikokuさんとお仲間の三人が先を歩かれておられるので、雪稜には一筋のトレースが刻まれてはいるが、左右に近江、越前の壮大なパノラマを眺めながらの稜線歩きの爽快さを存分に味わうことが出来る。雲ひとつない蒼穹を背景に緩やかに純白の雪稜を無心に登る。
ついに上谷山の山頂に立つ。春めいたそよ風に前回、この山頂に立った時の思い出を重ねる。尾羽梨からの長い尾根、そして西側の下谷山へと続いてゆく長いの稜線を視線で追ってみる。前回は国境稜線の先には明らかに灌木の藪があったのだが、驚いたことにこの日は稜線に藪は見る影もない。柘榴山からの稜線のp1041のあたりも藪こぎを強いられるところであったが、目を凝らしてみてもやはり藪が見当たらない。二年前とは積雪の量がかなり違うようだ。
まもなく女性達のグループが到着する。早速にも一人がスノースコップで手際よくベンチを作り上げる。その姿を見ていると平均年齢70歳というのは誰かが年齢を詐称しているのではないかと思いたくなる。
やがてbiwa爺さんが山頂に到着すると皆さんの写真を撮らせて頂いて、我々は出発することにする。kitayama-walkさんとbiwa爺さん達一行は滝ヶ谷の右岸尾根を下降されるらしい。Nさんが前回、この上谷山に来られた時は滝ヶ谷の右岸尾根を辿られたらしいので、今回は躊躇なくその左岸尾根、いわゆる送電線鉄塔尾根を下降することを選択する。女性達はまだ決めていないとのことであったが、我々が出発すると後ろから「トレースがある尾根の方がいいわね」と誰かの声が聞こえた。
上谷山からの江越国境尾根は以前の山行の記憶と目の前に広がる景色を比べながら進むのだが、あまりにも違うので、まるで始めて辿る稜線であるかのように思える。藪が隠れるとこの尾根はこんなにも快適なのかとの驚きを改めて感じる。
どこまでも緩やかに波打つように続く雪原はこの山の奥深さとは対照的に極めて長閑だ。尾根の右手には滝ヶ谷の右岸と左岸をなす二本の尾根が長く緩やかな下降線を描いている。
この日はかなり暖かい筈ではあるが、足元の雪の沈みこみも少ない。振り返ると上谷山から女性達が尾根を下降し始めていた。前方から若い単独行の男性と遭遇し、驚くことになる。船ヶ洞山を経て下谷山から上谷山まで縦走される予定らしい。「庄野ダムにデポしておられた自転車の主ですか」とお伺いするとその通りであった。
下谷山にかけての尾根の北斜面にはポツポツと疎らに生える杉の樹が家内はジオラマのようだというが、豹紋のようなリズミカルなアクセントを示している。杉の樹々は不自然に低く見えるが、見えている部分の下は数mの積雪に覆い隠されているのだろう。
一切、藪を見かけることなく、広い雪原が続く尾根を快適に歩くうちにすぐにも送電線鉄塔の分岐たどり着いてしまう。上谷山から続いた純白の雪原の下には鬱陶しい藪があることは想像できない。
突如として、西の方角からボォーッという大きな人工音が聞こえてくる。何の音かと思ったが、churabanaさんが敦賀港を出航する船の汽笛の音だと仰る。こんな奥深い稜線にまで敦賀港の船の音が聞こえるとは意外ではあるが、辿っている長い稜線は日本海へと向かっていることを船の汽笛の音が教えてくれる。
下降の尾根に入ると、しばらくは樹木のない雪原が続いており、すこぶる見晴らしが良い。船ヶ洞山を経て下谷山に至る長い稜線、右手には辿ってきた稜線の彼方に越美国境の稜線を眺めながら、緩やかに尾根を下ってゆく。上谷山からの国境稜線を振り返ると尾根の上には力強く歩かれる六人の女性パーティーのシルエットが浮かび上がっていた。
やがて山毛欅の若木の密度の高い樹林へと入ってゆく。隣の右岸尾根はずっと樹林が続いているようだが、尾根上部は山毛欅の林のように見える。
p791の北側斜面で山毛欅の樹林から雑木の樹林へと突如として林相が変わる。登りに辿った尾根に比べると山毛欅の樹林がなくなるのが早いのが残念だ。
すぐに最初の送電線鉄塔が現れると、その北側には広い伐採斜面が広がっており、これから進む尾根の先に五基の送電線鉄塔が並んでいる。遠目にみると果たして五基の鉄塔を作る必要があったのだろうかと思うほど個々の鉄塔の間隔が短く見えるのだが、それは目の錯覚だろう。
送電線鉄塔との間は樹林となるも、鉄塔にたどり着く度に好展望が広がる。気がつくと越美国境の左手に見える白山の輪郭がいつの徐々にはっきりとしてくる。展望を楽しむうちにいつしか最後の送電線鉄塔が近づく。気がつくと足元に明らかに鹿のものとは違う大きな真新しい足跡が送電線鉄塔に向かっている。足跡には鋭い爪の後があるようだ。
最後の送電線鉄塔ここからは右手、すなわち北東への尾根を辿る。植林の尾根に入るとすぐさま足元の雪が切れ、スノーシューを外すが、植林が切れると途端に積雪が深い。最後は自然林の急斜面を集落手前の植林地を目指して急下降する。
最後はお寺の境内の裏手に着地する。境内から除雪された道路に出ようとすると、真新しい大きな糞とそのそばには先ほど尾根の上で見たものと同じ爪跡のある足跡があるのだった。
浄水場まで歩いて戻るとKeikokuさんたちの車がs浄水場から出てこられたところだった。浄水場でNさんとお別れしてからCさんの車を回収しにダムに戻る。最後にもう一度、ダム湖畔からの美濃俣丸から笹ヶ峰にかけての稜線の写真を撮ろうと雪の上に足を乗せると朝にはガチガチであった雪を大きく踏み抜くことになる。
ダムから帰路につくと丁度、女性達が浄水場に向かって車道を歩いているところであった。下山後、この集団の先陣でラッセルされていたお二人は福井の山岳会ベラグラ山の会に長いこと所属されておられた大ベテランの方々であることを知る。
久しぶりの上谷山は壮麗なブナ林と壮大な展望、そして緩やかに波打つ雪原と様々な魅力を堪能する山旅だったが、biwa爺さん、kitayama-walkさん、keikokuさん達とお遭い出来たことで、より一層楽しい思い出で彩られた山行となるのであった。
普段、早朝からの出立と長距離の山行に難色を示すことが多い家内もこの上谷山の山行にはすんなりと同意する。というのもこれまでに幾度となく湖北の山々からその純白の山容を眺め、上谷山は登ってみたいとよく口にしていた。一度この上谷山の雪を纏った姿を目にしながら登頂意欲を覚えない者はいないのではないだろか。