【奥美濃】蕎麦粒は春の装い 蕎麦粒山・湧谷山周回
Posted: 2021年3月01日(月) 21:11
【日 付】2021年2月28日(日)
【山 域】奥美濃
【コース】坂内スキー場駐車場 6:05---8:50JCTピーク---10:35蕎麦粒山---11:55 JCTピーク---13:50湧谷山---14:50坂内スキー場駐車場
【メンバー】単独
徳山村の西谷を舞台にした映画「ふるさと」、西谷の門入集落の廣瀬ゆきえさんの一生を綴った「ホハレ峠」はともに好きな作品だ。以前より気になっていた蕎麦粒山とからめて徳山村を感じられる山行になればと湧谷山まで周回することにした。
坂内道の駅でトイレをすますと中野さんにバッタリと出会う。山スキーをしに湧谷山に登るとのこと。坂内スキー場の駐車場で準備をして出発しようとしていたら、中野・ミルク御夫妻の車が入ってきて立ち話。2週連続で、登山口で会うのもビックリだが、両方とも私たち以外の人はいない。ヤブメンの頭の中には、何か特殊なDNAが埋め込まれているのかもしれない。
夜が明けだした林道を30分歩き二股の渡渉地点に着いた。堰堤工事をしているので林道は除雪されており重機も置かれている。大谷川の渡渉用に厚手のビニール袋を持ってきた。場所を探していると、大きな岩が等間隔で並んでおりここを歩いて難なく渡渉。
取りつく尾根は雪が溶けており地肌が見えている。九十九折に雪が残っていて杣道があるようなのでこれをたどる。植林の境目を進みながら取りつきの急な尾根芯を巻くようにつけられている。ツガの大木が出始めると植林が終わる。ヤブ尾根を進んでいくが、雪が緩んでいて歩きにくい。尾根が広がってくるとブナの疎林となり黒津山や五蛇池の山容が見えてきた。ブナの根元の雪は溶けており春の装いだ。
スノーシューをつけ、JCTピークに向かっていると蕎麦粒山が見えだした。登った尾根は839標高点の上部で南東に分かれ二股につながる尾根で、テープもあるのでバリルートとして使われているようだ。JCTピークからは蕎麦粒のピラミッドが正面に見える。
ここからP1075までは、雪庇が崩れはじめているものの尾根も広くスノーシューで雪庇上を快適に歩ける。尾根が広がった部分は二重山稜になっていて心が包み込まれる癒しの空間だ。
コルまで下り、その先を見ると雪庇が昇り竜のように山を駆け上がっている。雪はグダグダで、表面が滑る。痩せ尾根の急傾斜をスノーシューで登るのは難しいので、こでアイゼンにはき替える。アイゼンをけり込みながら歩くが微妙な感じで、効いているのかいないのかわからない。とりあえず慎重に進んでいくしかない。雪が溶けてヤブが出ている所は雪庇の反対側の急斜面につけられた道を歩く。
雪庇の尾根をいくつかやり過ごすと、これまで見えてなかった小蕎麦粒が眼下に見える。この先に続く雪庇の先が蕎麦粒山の山頂のようだ。案の定、山頂は雪庇の斜面になっていた。
山頂の真下が門入集落でストレートに見える。小蕎麦粒山につながる稜線から目を上げれば能郷白山・冠山といった奥美濃の山々が白い巨体を横たえている。目を移すと土倉岳から金糞岳といった湖北の山々が目に留まる。
門入の人達が医者にかかるためにはホハレ峠を越えて道の駅のある坂内村の広瀬まで行ったようだ。養蚕の盛んな時代には、ホハレ峠から川上に出て広瀬浅又から金糞岳の鳥越峠を越えて高山まで一日かけて繭を運んだそうだ。金糞岳の登山口になる高山キャンプ場のある集落で、三味線や琴糸などの特殊生糸を作る一大産地だった。廣瀬ゆきえさんも14歳の時に、夜中の1時に門入を発ってこの道を歩いている。こんなことを思っていると、知らず知らずのうちに金糞岳に目が行ってしまう。
来た道をもどりスノーシューをデポしていたコルでアイゼンからはき替える。JCTピークあたりまでは快適だったが、雪庇のくさり具合はここからの方がひどい。雪庇を歩くよりもヤブ道を歩いている方が多いぐらいだ。おまけにあまり歩かれていないようでヤブもひどい。
湧谷山までは長い道のりだが、展望は良く全部見えている。蕎麦粒山・五蛇池山・黒津山の3ショットや着実に近づいてくる湧谷山に励まされながら歩いていく。斜面では雪がくさっているのでけり込みながら登っていく。二人組が立っている丘が頂上だった。昼食休憩も含めて2時間でJCTピークから来れたら御の字だろう。
スノー衆で撤退してたどり着けなかった所だ。中野さんと別れてから初めて会う人で、立ち話をする。湧谷山には8人ぐらいが今日登ったようで、トレースはばっちりだ。雪はくさるばかりで、スノーシューを早めに脱いでツボ足で下った。丁子山からは中野さんのシュプールが残っていた。
春山のようなグズグズの雪には悩まされたが、徳山に思いをはせながら稜線歩き楽しめて楽しい一日だった。
【山 域】奥美濃
【コース】坂内スキー場駐車場 6:05---8:50JCTピーク---10:35蕎麦粒山---11:55 JCTピーク---13:50湧谷山---14:50坂内スキー場駐車場
【メンバー】単独
徳山村の西谷を舞台にした映画「ふるさと」、西谷の門入集落の廣瀬ゆきえさんの一生を綴った「ホハレ峠」はともに好きな作品だ。以前より気になっていた蕎麦粒山とからめて徳山村を感じられる山行になればと湧谷山まで周回することにした。
坂内道の駅でトイレをすますと中野さんにバッタリと出会う。山スキーをしに湧谷山に登るとのこと。坂内スキー場の駐車場で準備をして出発しようとしていたら、中野・ミルク御夫妻の車が入ってきて立ち話。2週連続で、登山口で会うのもビックリだが、両方とも私たち以外の人はいない。ヤブメンの頭の中には、何か特殊なDNAが埋め込まれているのかもしれない。
夜が明けだした林道を30分歩き二股の渡渉地点に着いた。堰堤工事をしているので林道は除雪されており重機も置かれている。大谷川の渡渉用に厚手のビニール袋を持ってきた。場所を探していると、大きな岩が等間隔で並んでおりここを歩いて難なく渡渉。
取りつく尾根は雪が溶けており地肌が見えている。九十九折に雪が残っていて杣道があるようなのでこれをたどる。植林の境目を進みながら取りつきの急な尾根芯を巻くようにつけられている。ツガの大木が出始めると植林が終わる。ヤブ尾根を進んでいくが、雪が緩んでいて歩きにくい。尾根が広がってくるとブナの疎林となり黒津山や五蛇池の山容が見えてきた。ブナの根元の雪は溶けており春の装いだ。
スノーシューをつけ、JCTピークに向かっていると蕎麦粒山が見えだした。登った尾根は839標高点の上部で南東に分かれ二股につながる尾根で、テープもあるのでバリルートとして使われているようだ。JCTピークからは蕎麦粒のピラミッドが正面に見える。
ここからP1075までは、雪庇が崩れはじめているものの尾根も広くスノーシューで雪庇上を快適に歩ける。尾根が広がった部分は二重山稜になっていて心が包み込まれる癒しの空間だ。
コルまで下り、その先を見ると雪庇が昇り竜のように山を駆け上がっている。雪はグダグダで、表面が滑る。痩せ尾根の急傾斜をスノーシューで登るのは難しいので、こでアイゼンにはき替える。アイゼンをけり込みながら歩くが微妙な感じで、効いているのかいないのかわからない。とりあえず慎重に進んでいくしかない。雪が溶けてヤブが出ている所は雪庇の反対側の急斜面につけられた道を歩く。
雪庇の尾根をいくつかやり過ごすと、これまで見えてなかった小蕎麦粒が眼下に見える。この先に続く雪庇の先が蕎麦粒山の山頂のようだ。案の定、山頂は雪庇の斜面になっていた。
山頂の真下が門入集落でストレートに見える。小蕎麦粒山につながる稜線から目を上げれば能郷白山・冠山といった奥美濃の山々が白い巨体を横たえている。目を移すと土倉岳から金糞岳といった湖北の山々が目に留まる。
門入の人達が医者にかかるためにはホハレ峠を越えて道の駅のある坂内村の広瀬まで行ったようだ。養蚕の盛んな時代には、ホハレ峠から川上に出て広瀬浅又から金糞岳の鳥越峠を越えて高山まで一日かけて繭を運んだそうだ。金糞岳の登山口になる高山キャンプ場のある集落で、三味線や琴糸などの特殊生糸を作る一大産地だった。廣瀬ゆきえさんも14歳の時に、夜中の1時に門入を発ってこの道を歩いている。こんなことを思っていると、知らず知らずのうちに金糞岳に目が行ってしまう。
来た道をもどりスノーシューをデポしていたコルでアイゼンからはき替える。JCTピークあたりまでは快適だったが、雪庇のくさり具合はここからの方がひどい。雪庇を歩くよりもヤブ道を歩いている方が多いぐらいだ。おまけにあまり歩かれていないようでヤブもひどい。
湧谷山までは長い道のりだが、展望は良く全部見えている。蕎麦粒山・五蛇池山・黒津山の3ショットや着実に近づいてくる湧谷山に励まされながら歩いていく。斜面では雪がくさっているのでけり込みながら登っていく。二人組が立っている丘が頂上だった。昼食休憩も含めて2時間でJCTピークから来れたら御の字だろう。
スノー衆で撤退してたどり着けなかった所だ。中野さんと別れてから初めて会う人で、立ち話をする。湧谷山には8人ぐらいが今日登ったようで、トレースはばっちりだ。雪はくさるばかりで、スノーシューを早めに脱いでツボ足で下った。丁子山からは中野さんのシュプールが残っていた。
春山のようなグズグズの雪には悩まされたが、徳山に思いをはせながら稜線歩き楽しめて楽しい一日だった。
夜が明けだした林道を30分歩き二股の渡渉地点に着いた。堰堤工事をしているので林道は除雪されており重機も置かれている。大谷川の渡渉用に厚手のビニール袋を持ってきた。場所を探していると、大きな岩が等間隔で並んでおりここを歩いて難なく渡渉。