【伊勢】高麗広より神宮林をたどる
Posted: 2021年2月13日(土) 08:20
【日 付】2021年2月11日(木)
【山 域】伊勢
【コース】高麗広P7:05---8:52前山 ---9:26鷲峰12:18---10:36竜ヶ峠---11:35高麗広P
【メンバー】単独
伊勢神宮と他の神社との見た目の大きな違いは、参道の巨木の数が圧倒的に違う。出雲大社、春日大社、大宰府天満宮、宗像大社しかりである。伊勢神宮の背後には世田谷区と同じ広さの神宮林5500ヘクタールがひかえている。20年に一度の式年遷宮に使う材木を切り出す御杣山として大木は伐採され巨大な里山のようになっている。遷宮ごとに1万本のヒノキが使われるので、300年後には枯渇し1019年の第18回遷宮では他の場所を御杣山に選定した。その後は、1789年の第51回遷宮で大杉御杣山の伐採が行われるまでの千年間三重県内の各地の山々が御杣山として伐採対象となった。
内宮を通り越し五十鈴川をさかのぼっていくと神宮林の真ん中に抱かれた高麗広に着く。喧騒のおはらい町から数十分入っただけで噓のように静まり返った不思議な所だ。二階建ての山小屋風家屋をすぎた所にある宇治高麗広駐車場に車を停める。
宇治側に500m戻り、水の流れる支谷が入り込んでいる谷筋から入る。途中から尾根に取りつきP174に上っていくが尾根筋のそこかしこがイノシシに掘り起こされている。P174は、明るく開けており、北側からの林道の終点になっていた。段々畑のような光景が広がっており、何を育てていたんだろうと思っていた。石積みの上に耕運機の残骸があり、培土車輪がつけられているので、これで耕したのだろう。
この尾根は末端から天空界道の登山道に至るまで、広葉樹の自然林の尾根で明るい。地図に針葉樹マークがあるのが不思議だ。たくさんのアガリコの木があり、炭焼きが盛んだったことがわかる。アガリコは、地上から上がった所から子が出ているという意味を表しており、人によって伐採され、その部分から新たな芽が出ていくつもの枝が成長していった木のことだ。炭焼きには太い木よりもアガリコの太さの木のほうが適していたこともあり、炭焼きとアガリコはつながっている。高麗広は神宮林の山守をなりわいとする集落で、特別に炭を焼く権利を持っていた。
鹿の群れに出くわすが、反応が鈍い。通常なら人が来そうな尾根筋を最初に見るのだが、わからないようでキョロキョロしており私を見つけるのに苦労していた。神宮林内で撃たれることもないので、危機管理能力が落ちているようだ。
登山道に出ると、祠の台座のような石積みが出てくる。最初は山の神の撤去された跡かと思ったが前山まで14ヶ所も出てきた。道の真ん中に距離を置くようにして配置されている。こんなの見たことない。
前山からは南に下る尾根を下る。間違えそうな地形だがテープがこれでもかというぐらいあるので問題はない。下っていくと山頂の西側から立派な溝道が降りてきており、鷲峰手前のコルまで続いていた。コルから高麗広に下っていく杣道のようだ。鷲峰山頂には三坪塚という塚があり、寛文7年(1667年)に設置されたと木片に書かれており内宮領と紀州領の境界と記してある。
この日は、風が強く寒かったので展望岩で休憩する。風もなく度会の山々や五ヶ所が見渡せて気持ちがいい。小説では宮本武蔵が修行をした場所になっている。鷲峰から境界標柱が目立ちだす。塚の上に標柱が設置されているものもある。どうやらこの塚も前山の石積みも境界を表すもののようだ。塚と石積みは明らかに大きさも作りも違うので、前山の石積みの方が古いように思う。たかが境界を示すのにあれだけ大規模な造作をするとは恐れ入った。これ以外にも2種類の境界標柱があり「宮」は宮内省を示し戦前のもので、「司」は神宮司庁で戦後のものだ。「宮」の境界標柱は御杣山だった台高の山中で見かけるやつだ。
竜ヶ峠に向かう。鷲峰以降の道は稜線どうりではなく、トラバースしたりしながら無理なくつけられている。伊勢神宮は修験道の聖地でもあったので修行の道という色合いを強く感じた。峠には東屋が立っており整備されている。紀州の人たちが伊勢参りに使った道で、船で五ヶ所に入り山を越えたようで、「船は着いたや五ヶ所の浦へ、いざや参らん伊勢様へ」と唄われていた。
昔の峠道を下る。谷筋や堰堤のあたりが荒れているので、今は歩く人も少ないようだ。溝道を追っていくと植林が出てきた。間伐や枝払いをされた立派なヒノキ林で、風も通り明るい。太い木にはペンキで二重線の腕章がつけられている。大正時代に植えられたもので2125年の遷宮で使われ始めるようだ。帰ってからわかったのだが、今日歩いた山域が690年の第1回遷宮以降に御杣山として使われた神路山だった。神路山は特別な山頂を意味するものではなく、山域を示したようだ。
神宮林はもっと人の気配の薄い所かと思っていたが、人の営みそのものと言っていいほど多くの痕跡を残していた。
【山 域】伊勢
【コース】高麗広P7:05---8:52前山 ---9:26鷲峰12:18---10:36竜ヶ峠---11:35高麗広P
【メンバー】単独
伊勢神宮と他の神社との見た目の大きな違いは、参道の巨木の数が圧倒的に違う。出雲大社、春日大社、大宰府天満宮、宗像大社しかりである。伊勢神宮の背後には世田谷区と同じ広さの神宮林5500ヘクタールがひかえている。20年に一度の式年遷宮に使う材木を切り出す御杣山として大木は伐採され巨大な里山のようになっている。遷宮ごとに1万本のヒノキが使われるので、300年後には枯渇し1019年の第18回遷宮では他の場所を御杣山に選定した。その後は、1789年の第51回遷宮で大杉御杣山の伐採が行われるまでの千年間三重県内の各地の山々が御杣山として伐採対象となった。
内宮を通り越し五十鈴川をさかのぼっていくと神宮林の真ん中に抱かれた高麗広に着く。喧騒のおはらい町から数十分入っただけで噓のように静まり返った不思議な所だ。二階建ての山小屋風家屋をすぎた所にある宇治高麗広駐車場に車を停める。
宇治側に500m戻り、水の流れる支谷が入り込んでいる谷筋から入る。途中から尾根に取りつきP174に上っていくが尾根筋のそこかしこがイノシシに掘り起こされている。P174は、明るく開けており、北側からの林道の終点になっていた。段々畑のような光景が広がっており、何を育てていたんだろうと思っていた。石積みの上に耕運機の残骸があり、培土車輪がつけられているので、これで耕したのだろう。
この尾根は末端から天空界道の登山道に至るまで、広葉樹の自然林の尾根で明るい。地図に針葉樹マークがあるのが不思議だ。たくさんのアガリコの木があり、炭焼きが盛んだったことがわかる。アガリコは、地上から上がった所から子が出ているという意味を表しており、人によって伐採され、その部分から新たな芽が出ていくつもの枝が成長していった木のことだ。炭焼きには太い木よりもアガリコの太さの木のほうが適していたこともあり、炭焼きとアガリコはつながっている。高麗広は神宮林の山守をなりわいとする集落で、特別に炭を焼く権利を持っていた。
鹿の群れに出くわすが、反応が鈍い。通常なら人が来そうな尾根筋を最初に見るのだが、わからないようでキョロキョロしており私を見つけるのに苦労していた。神宮林内で撃たれることもないので、危機管理能力が落ちているようだ。
登山道に出ると、祠の台座のような石積みが出てくる。最初は山の神の撤去された跡かと思ったが前山まで14ヶ所も出てきた。道の真ん中に距離を置くようにして配置されている。こんなの見たことない。
前山からは南に下る尾根を下る。間違えそうな地形だがテープがこれでもかというぐらいあるので問題はない。下っていくと山頂の西側から立派な溝道が降りてきており、鷲峰手前のコルまで続いていた。コルから高麗広に下っていく杣道のようだ。鷲峰山頂には三坪塚という塚があり、寛文7年(1667年)に設置されたと木片に書かれており内宮領と紀州領の境界と記してある。
この日は、風が強く寒かったので展望岩で休憩する。風もなく度会の山々や五ヶ所が見渡せて気持ちがいい。小説では宮本武蔵が修行をした場所になっている。鷲峰から境界標柱が目立ちだす。塚の上に標柱が設置されているものもある。どうやらこの塚も前山の石積みも境界を表すもののようだ。塚と石積みは明らかに大きさも作りも違うので、前山の石積みの方が古いように思う。たかが境界を示すのにあれだけ大規模な造作をするとは恐れ入った。これ以外にも2種類の境界標柱があり「宮」は宮内省を示し戦前のもので、「司」は神宮司庁で戦後のものだ。「宮」の境界標柱は御杣山だった台高の山中で見かけるやつだ。
竜ヶ峠に向かう。鷲峰以降の道は稜線どうりではなく、トラバースしたりしながら無理なくつけられている。伊勢神宮は修験道の聖地でもあったので修行の道という色合いを強く感じた。峠には東屋が立っており整備されている。紀州の人たちが伊勢参りに使った道で、船で五ヶ所に入り山を越えたようで、「船は着いたや五ヶ所の浦へ、いざや参らん伊勢様へ」と唄われていた。
昔の峠道を下る。谷筋や堰堤のあたりが荒れているので、今は歩く人も少ないようだ。溝道を追っていくと植林が出てきた。間伐や枝払いをされた立派なヒノキ林で、風も通り明るい。太い木にはペンキで二重線の腕章がつけられている。大正時代に植えられたもので2125年の遷宮で使われ始めるようだ。帰ってからわかったのだが、今日歩いた山域が690年の第1回遷宮以降に御杣山として使われた神路山だった。神路山は特別な山頂を意味するものではなく、山域を示したようだ。
神宮林はもっと人の気配の薄い所かと思っていたが、人の営みそのものと言っていいほど多くの痕跡を残していた。