【飛騨】 憧れの地、白山へと繋がる道 あらたな白い物語 野谷荘司山
Posted: 2020年3月26日(木) 22:03
【日 付】 2020年3月17日(火)
【山 域】 飛騨 白山北方稜線
【メンバー】 夫、sato
【天 候】 晴れのち曇り一時小雪
【ルート】 荒谷林道入り口~野谷馬狩林道~・1324経由の東尾根~鶴平新道・1602~野谷荘司山~・1780~くるみ谷右岸尾根分岐
~・1491~・1128~くるみ谷林道~駐車地
白鳥のスーパーマーケットで買い物を済ませ外に出ると、ぴりっとした風とともに、紙ふぶきのような雪が襲ってきた。
店に入る時に見上げた青い空は、薄い膜が張られたように薄ぼんやりとした水色になっている。
白川郷は雪かな。期待と微かに浮かび上がる不安を胸に抱え、小走りで車に戻り、北へと車を走らせる。
ひるがの高原に近づくと、ねずみ色の空から噴き出す横殴りの雪が、世界を白く塗り潰している。
完全に雪国の風景だ。どこまで雪が増えるのだろう、不安が期待の上に覆いかぶさっていく。
白く煌めくリッジをそろそろと歩く私を夢見てやってきて、お望みのまっ白な稜線が雲の中にあるはずなのだが、
車中泊地の飛騨白山道の駅に着いた時には、計画した三方崩山は日帰りでは無理だろうと、きっぱりとあきらめていた。
それよりも、降りしきる雪に、明朝、駐車場から出られるのだろうかという不安に駆られてしまう。
山との出会いは唐突であったりもする。未知の山との出会いではない。
山名を知っている、眺めたことがある、さらには登ったことのある山。それらの山が、ある時、強烈な光となり、胸に突き刺さる。
雪の季節になると、近江の山から白山へと連なる白い山やま、白い稜線がこころに描かれ、
憧れの地白山を感じながら歩く私を想像する。そしてその想像のかけらを自らの足で辿る。この冬もそうだった。
そんなある日、地図を見ていると、白山の北の山、私の家から見ると、白山から続く山やまが、まばゆい光を放ち訴えてきた。
後日、スノー衆で辿った野々俣谷左岸尾根からその山やまを眺めた時、その光は確固たるものとして目に焼き付いた。
以来、白く煌めく稜線が私を捉えて離さず、9日後、また白川郷にやって来たのだった。
私が情熱的に三方崩山の計画を持ちかけたので、行けるところまで登って戻ろうかと、夫は言ってくれたが、
今回はご縁がなかったのだなと感じている。ダメだと思った瞬間、ご縁は遠ざかったのだろう。
でも、残念ではない。もうひとつの光が私を照らしていた。野谷荘司山だ。
山日和さんから、くるみ谷から妙法山、野谷荘司山を周回したお話を聞き、こころときめくルートが頭に描かれていたのだ。
地図も用意していた。気持ちは野谷荘司山になっていた。
問題は林道入り口に車を停められるかだ。駄目なら馬狩から登ろう。
車を停められても、この雪では野谷荘司山も、どこまで行けるか分からないが。
まぁ、なるようになるのだと夜ごはんを食べ、眠りにつく。
雪は夜半には止んだようだった。5時に目が覚め、外を覗くと、駐車場にはそれほどは積もっていない。
ほっと胸をなでおろし、朝ご飯を食べ、登山口へと向かう。
林道は入れなかったが、国道脇のスペースに何とか車を停めることが出来た。
予定より少し遅れ、6時25分に、スノーシューを装着して出発する。
東尾根の取り付きの馬狩に延びる林道は、最初大きく迂回しているので、ショートカットで荒れた植林の斜面をよじ登り、林道に出る。
尾根に取りつくと、根雪の無い斜面に積もった新雪の膝下ラッセル。雪の間から灌木がニョキニョキと飛びだしていて歩きにくい。
思うように進めないなぁと、ため息をつきかけた時、木々の間に朝の光が差し込み、一面が温かなオレンジ色に染まった。
あぁ、レモンティーの色・・・。
子供の頃、レモンティーという美しい響きにうっとりとし、母に入れてもらった紅茶に、レモンの輪切りをそっと沈め、
茶色からオレンジ色へ、鮮やかな色に変わった瞬間を目にした時の胸の高鳴りが突然甦る。
小さなちいさな甘い記憶が、我慢の登りを後押ししてくれる。
枝をかき分け、時折ふとももまで踏み抜き、のそのそと歩みを重ね、標高1000m地点に。
時計を見ると2時間が経過していた。
山頂はおろか、馬狩からの登山道合流点もまだまだ遠い。ひと息つき、先のことは考えず、今を重ねていく。
ふっと、赤マークのついたブナの木が点々と続いているのに気が付く。赤マークの木のラインはヤブが薄いような気がする。
杣道が延びているのだろうか。
辺りの景色は、灌木のヤブから健やかなブナ林へと移り、膝上まで潜る雪に、息が切れるが、気持ちは軽くなる。
・1324の台地で、鋭く尖った白い峰に目が釘付けになった。・1602ピークだ。
その後ろにまあるい野谷荘司山の山頂を捉える。
限りなく白く冷たく美しく延びる稜線を目で追う。私は、何を見ているのだろうと、一瞬、分からなくなる。
アルプスではない、2000mに満たない山を、今、私たちは歩いているのだ。
雪と風が織りなす、気高く、祈りのような光景を前に、ぽかんと口を開け、立ち尽くす。
想像を超えた、野谷荘司山の美しき世界に出会えたよろこびに身震いする。
あともう少しで登山道という時、頭上に人が現れびっくりする。スノーボーダーのお兄さんだった。
馬狩から登ってきて、少し下の谷を下るそうだ。
まっさらな雪はここまでだ。残念な気持ちとほっとした気持ちが入り混じる。
11時15分、標高1480m、登山道合流地点に着く。
足元からは、純白の・1602ピークに向かって、ミシン目のように一筋の足跡が続いている。
足跡の主はピークの登りに差し掛かっていた。ボーダーのお兄さんは山頂へは向かわなかったようだ。
ラッセルから解放され、有難くトレースを辿らせていただく。スムーズに足を運べることが、今はうれしい。
輝くピークのてっぺんで少しだけ休もうと思ったが、直前で、どんよりとした雲が押し寄せ、
青と白の煌めく世界は、一気に灰色の世界に支配されてしまった。
先行者の男性はすぐ目の前にいらっしゃる。
何も見えなくなってしまったので、立ち止まるのををやめて追いつき、ラッセル交替しながら山頂を目指す。
12時40分、傾斜が無くなり山頂に着いたことが分かる。私たち二人だったら何時になっていたのだろう。
男性はこの山域にとても詳しい方だった。今日はスキーで下る谷の偵察とのこと。
野谷荘司山は海外のスキーヤーにも人気があるとおっしゃる。ほんとうに美しい山だもの、うん、うんと相槌を打つ。
風を避け、シラビソの木の横に立ち、パンをかじりながらお話していたが、
ごぉっと冷ややかな風が肌を刺し、出発の時を知らせてくれる。
13時。引き返すか、進むか。
妙法山と下る尾根の分岐までは、ピークを二つ越えなければならない。
タイムリミットは15時。膝ラッセルでも間に合うのではという夫の判断で、引き返す男性とお別れし、進むことにする。
だだっ広い山頂から雪庇を砕いて稜線に出る。下りだが雪が重く、のしのしとした歩みになる。
小山を越え、一つ目のピークの登りの途中から、細くなった尾根に雪庇が張り出し、危ないので、
尾根を避けてシラビソの斜面をトラバースする。
氷化した雪面に新雪が4,50センチ積もっている箇所があり、緊張する。
木を掴みながらの亀の歩みで一つ目のピークに到着。ここから広い鞍部に向かう。
複雑な地形が広がり、視界もあまり効かないので、GPSで確認しながらゆっくりと進む。
二つ目のピークとその先は、登山道は県境稜線より東につけられているが、稜線の方が安全と、ピークを踏み鞍部へ。
そこから東に進み、登山道の尾根を乗り越え、下りの尾根に乗る。時計を見ると14時45分。
想定時間内に到着出来て、ほっとする。
ここからも・1491までいくつか尾根が枝分かれしているので注意しなければならない。
思ったよりも急こう配の斜面が続く。
大きな杉が、細くなった尾根を塞いでいたので、斜面に避けて戻ったつもりが、南の尾根に乗ってしまい、疲れがどっとでる。
登り直し辿り着いた・1491はのびのびとしたブナが立ち並ぶ、気持ちの和らぐ台地だった。
荷物をおろし、山頂で食べ残したパンをかじる。
見下ろした鳩谷ダムはまだ小さい。急いでお湯を飲み、リュックを背負う。ブナ林の下りは順調。
17時半には下山出来るねと、夫に声をかける。しかし、物事はそう思い通りにはいかない。
灌木が邪魔をし始め、植林地に入ると、倒木や蔓までもが行く手を遮ってくる。
スノーシューが引っ掛り、尻餅をつき、もたついてしまう。でも、ツボ足では踏み抜きの連続になるだろう。
スノーシューのまま歩き続ける。何回目かの尻餅の後、杉の向こうに白い平坦地が見えた。林道だ。
17時半過ぎ、なんとか明るい内に辿り着けた。あとはダラダラと歩くだけだ。車が見えたのは18時。
へとへとだったが、夢と希望とよろこびがごちゃごちゃになった豊かな気持ちで満ち溢れ、駆け出したくなってしまった。
夕闇迫る道を荘川に向かう。薄灰色の空に野々俣谷左岸尾根が浮かんでいる。
その夢見るような柔らかな尾根に、今日の山旅の報告をする。
何にも見えない野谷荘司山の山頂に着いた時、私は、この尾根から見つめた、
吸い込まれていきそうな美しいリッジを描く三方崩山、
大門・赤摩木古・見越・奈良・大笠・笈・三方岩と連なる白く煌めく山並み、
そして憧れの地、白山を、
足元の先、灰色の雲の中に見ていたのだと。
憧れの地である白山へと繋がる白い道。私はこれからどんな道を辿るのだろう。
集落のぽつぽつと明かりの灯った家々を眺めながら、
戻った日常の中で、あらたな白い物語を描いていく私を感じ、こころが躍る。
想像は限りなく自由に限りなく続くのだ。
sato
【山 域】 飛騨 白山北方稜線
【メンバー】 夫、sato
【天 候】 晴れのち曇り一時小雪
【ルート】 荒谷林道入り口~野谷馬狩林道~・1324経由の東尾根~鶴平新道・1602~野谷荘司山~・1780~くるみ谷右岸尾根分岐
~・1491~・1128~くるみ谷林道~駐車地
白鳥のスーパーマーケットで買い物を済ませ外に出ると、ぴりっとした風とともに、紙ふぶきのような雪が襲ってきた。
店に入る時に見上げた青い空は、薄い膜が張られたように薄ぼんやりとした水色になっている。
白川郷は雪かな。期待と微かに浮かび上がる不安を胸に抱え、小走りで車に戻り、北へと車を走らせる。
ひるがの高原に近づくと、ねずみ色の空から噴き出す横殴りの雪が、世界を白く塗り潰している。
完全に雪国の風景だ。どこまで雪が増えるのだろう、不安が期待の上に覆いかぶさっていく。
白く煌めくリッジをそろそろと歩く私を夢見てやってきて、お望みのまっ白な稜線が雲の中にあるはずなのだが、
車中泊地の飛騨白山道の駅に着いた時には、計画した三方崩山は日帰りでは無理だろうと、きっぱりとあきらめていた。
それよりも、降りしきる雪に、明朝、駐車場から出られるのだろうかという不安に駆られてしまう。
山との出会いは唐突であったりもする。未知の山との出会いではない。
山名を知っている、眺めたことがある、さらには登ったことのある山。それらの山が、ある時、強烈な光となり、胸に突き刺さる。
雪の季節になると、近江の山から白山へと連なる白い山やま、白い稜線がこころに描かれ、
憧れの地白山を感じながら歩く私を想像する。そしてその想像のかけらを自らの足で辿る。この冬もそうだった。
そんなある日、地図を見ていると、白山の北の山、私の家から見ると、白山から続く山やまが、まばゆい光を放ち訴えてきた。
後日、スノー衆で辿った野々俣谷左岸尾根からその山やまを眺めた時、その光は確固たるものとして目に焼き付いた。
以来、白く煌めく稜線が私を捉えて離さず、9日後、また白川郷にやって来たのだった。
私が情熱的に三方崩山の計画を持ちかけたので、行けるところまで登って戻ろうかと、夫は言ってくれたが、
今回はご縁がなかったのだなと感じている。ダメだと思った瞬間、ご縁は遠ざかったのだろう。
でも、残念ではない。もうひとつの光が私を照らしていた。野谷荘司山だ。
山日和さんから、くるみ谷から妙法山、野谷荘司山を周回したお話を聞き、こころときめくルートが頭に描かれていたのだ。
地図も用意していた。気持ちは野谷荘司山になっていた。
問題は林道入り口に車を停められるかだ。駄目なら馬狩から登ろう。
車を停められても、この雪では野谷荘司山も、どこまで行けるか分からないが。
まぁ、なるようになるのだと夜ごはんを食べ、眠りにつく。
雪は夜半には止んだようだった。5時に目が覚め、外を覗くと、駐車場にはそれほどは積もっていない。
ほっと胸をなでおろし、朝ご飯を食べ、登山口へと向かう。
林道は入れなかったが、国道脇のスペースに何とか車を停めることが出来た。
予定より少し遅れ、6時25分に、スノーシューを装着して出発する。
東尾根の取り付きの馬狩に延びる林道は、最初大きく迂回しているので、ショートカットで荒れた植林の斜面をよじ登り、林道に出る。
尾根に取りつくと、根雪の無い斜面に積もった新雪の膝下ラッセル。雪の間から灌木がニョキニョキと飛びだしていて歩きにくい。
思うように進めないなぁと、ため息をつきかけた時、木々の間に朝の光が差し込み、一面が温かなオレンジ色に染まった。
あぁ、レモンティーの色・・・。
子供の頃、レモンティーという美しい響きにうっとりとし、母に入れてもらった紅茶に、レモンの輪切りをそっと沈め、
茶色からオレンジ色へ、鮮やかな色に変わった瞬間を目にした時の胸の高鳴りが突然甦る。
小さなちいさな甘い記憶が、我慢の登りを後押ししてくれる。
枝をかき分け、時折ふとももまで踏み抜き、のそのそと歩みを重ね、標高1000m地点に。
時計を見ると2時間が経過していた。
山頂はおろか、馬狩からの登山道合流点もまだまだ遠い。ひと息つき、先のことは考えず、今を重ねていく。
ふっと、赤マークのついたブナの木が点々と続いているのに気が付く。赤マークの木のラインはヤブが薄いような気がする。
杣道が延びているのだろうか。
辺りの景色は、灌木のヤブから健やかなブナ林へと移り、膝上まで潜る雪に、息が切れるが、気持ちは軽くなる。
・1324の台地で、鋭く尖った白い峰に目が釘付けになった。・1602ピークだ。
その後ろにまあるい野谷荘司山の山頂を捉える。
限りなく白く冷たく美しく延びる稜線を目で追う。私は、何を見ているのだろうと、一瞬、分からなくなる。
アルプスではない、2000mに満たない山を、今、私たちは歩いているのだ。
雪と風が織りなす、気高く、祈りのような光景を前に、ぽかんと口を開け、立ち尽くす。
想像を超えた、野谷荘司山の美しき世界に出会えたよろこびに身震いする。
あともう少しで登山道という時、頭上に人が現れびっくりする。スノーボーダーのお兄さんだった。
馬狩から登ってきて、少し下の谷を下るそうだ。
まっさらな雪はここまでだ。残念な気持ちとほっとした気持ちが入り混じる。
11時15分、標高1480m、登山道合流地点に着く。
足元からは、純白の・1602ピークに向かって、ミシン目のように一筋の足跡が続いている。
足跡の主はピークの登りに差し掛かっていた。ボーダーのお兄さんは山頂へは向かわなかったようだ。
ラッセルから解放され、有難くトレースを辿らせていただく。スムーズに足を運べることが、今はうれしい。
輝くピークのてっぺんで少しだけ休もうと思ったが、直前で、どんよりとした雲が押し寄せ、
青と白の煌めく世界は、一気に灰色の世界に支配されてしまった。
先行者の男性はすぐ目の前にいらっしゃる。
何も見えなくなってしまったので、立ち止まるのををやめて追いつき、ラッセル交替しながら山頂を目指す。
12時40分、傾斜が無くなり山頂に着いたことが分かる。私たち二人だったら何時になっていたのだろう。
男性はこの山域にとても詳しい方だった。今日はスキーで下る谷の偵察とのこと。
野谷荘司山は海外のスキーヤーにも人気があるとおっしゃる。ほんとうに美しい山だもの、うん、うんと相槌を打つ。
風を避け、シラビソの木の横に立ち、パンをかじりながらお話していたが、
ごぉっと冷ややかな風が肌を刺し、出発の時を知らせてくれる。
13時。引き返すか、進むか。
妙法山と下る尾根の分岐までは、ピークを二つ越えなければならない。
タイムリミットは15時。膝ラッセルでも間に合うのではという夫の判断で、引き返す男性とお別れし、進むことにする。
だだっ広い山頂から雪庇を砕いて稜線に出る。下りだが雪が重く、のしのしとした歩みになる。
小山を越え、一つ目のピークの登りの途中から、細くなった尾根に雪庇が張り出し、危ないので、
尾根を避けてシラビソの斜面をトラバースする。
氷化した雪面に新雪が4,50センチ積もっている箇所があり、緊張する。
木を掴みながらの亀の歩みで一つ目のピークに到着。ここから広い鞍部に向かう。
複雑な地形が広がり、視界もあまり効かないので、GPSで確認しながらゆっくりと進む。
二つ目のピークとその先は、登山道は県境稜線より東につけられているが、稜線の方が安全と、ピークを踏み鞍部へ。
そこから東に進み、登山道の尾根を乗り越え、下りの尾根に乗る。時計を見ると14時45分。
想定時間内に到着出来て、ほっとする。
ここからも・1491までいくつか尾根が枝分かれしているので注意しなければならない。
思ったよりも急こう配の斜面が続く。
大きな杉が、細くなった尾根を塞いでいたので、斜面に避けて戻ったつもりが、南の尾根に乗ってしまい、疲れがどっとでる。
登り直し辿り着いた・1491はのびのびとしたブナが立ち並ぶ、気持ちの和らぐ台地だった。
荷物をおろし、山頂で食べ残したパンをかじる。
見下ろした鳩谷ダムはまだ小さい。急いでお湯を飲み、リュックを背負う。ブナ林の下りは順調。
17時半には下山出来るねと、夫に声をかける。しかし、物事はそう思い通りにはいかない。
灌木が邪魔をし始め、植林地に入ると、倒木や蔓までもが行く手を遮ってくる。
スノーシューが引っ掛り、尻餅をつき、もたついてしまう。でも、ツボ足では踏み抜きの連続になるだろう。
スノーシューのまま歩き続ける。何回目かの尻餅の後、杉の向こうに白い平坦地が見えた。林道だ。
17時半過ぎ、なんとか明るい内に辿り着けた。あとはダラダラと歩くだけだ。車が見えたのは18時。
へとへとだったが、夢と希望とよろこびがごちゃごちゃになった豊かな気持ちで満ち溢れ、駆け出したくなってしまった。
夕闇迫る道を荘川に向かう。薄灰色の空に野々俣谷左岸尾根が浮かんでいる。
その夢見るような柔らかな尾根に、今日の山旅の報告をする。
何にも見えない野谷荘司山の山頂に着いた時、私は、この尾根から見つめた、
吸い込まれていきそうな美しいリッジを描く三方崩山、
大門・赤摩木古・見越・奈良・大笠・笈・三方岩と連なる白く煌めく山並み、
そして憧れの地、白山を、
足元の先、灰色の雲の中に見ていたのだと。
憧れの地である白山へと繋がる白い道。私はこれからどんな道を辿るのだろう。
集落のぽつぽつと明かりの灯った家々を眺めながら、
戻った日常の中で、あらたな白い物語を描いていく私を感じ、こころが躍る。
想像は限りなく自由に限りなく続くのだ。
sato