【大峰】終わり良ければ・・・山上ヶ岳から稲村ヶ岳
Posted: 2019年12月31日(火) 10:46
あっと思った瞬間、体は重力の法則に従って落ちていた。ほんの2秒か3秒の間だっただろう。
滑落から途中で自由落下に変わったのがわかった。目の前を流れる景色わ見ながら、なんとか止めなく
てはと手を伸ばしていたが、手は虚空を掴むだけだった。
衝撃と共に体が止まった。どうやら助かったようだ・・・
【日 付】2019年12月29日(日)
【山 域】大峰山脈 山上ヶ岳・稲村ヶ岳
【天 候】晴れ
【コース】清浄大橋7:45---9:30レンゲ峠9:40---10:20山上ヶ岳10:50---11:15レンゲ峠---12:00山上辻12:55
---13:25稲村ヶ岳13:40---14:05山上辻---14:50 Ca1420ピーク---16:55清浄大橋
今年は極端に雪が少ない。と言うより「無い」と言った方が正しいだろう。
恒例の山納め。雪山を楽しめないならせめて霧氷をと向かったのが山上ヶ岳である。
いつもなら凍結路でひやひやしながら走る道も、今日はまったくのドライ路面。駐車地の清浄大橋にも
雪のかけらもない。ひょっとしたらと思ってスノーシューを持って来たが、これでは出番がなさそうだ。
林道から川瀬谷の登山道に入った。まったく雪がないのでペースも上がる。天気予報で高気圧に覆われ
て晴れのはずだが、どんよりした空の下、大きく開けた川瀬谷は寒々とした印象だ。気温だけは低いので、
いつもミニ氷瀑が見られるところにはしっかり氷瀑ができていた。
レンゲ峠への登りにかかるころからようやく雪の上を歩くようになる。見上げると、木という木すべてが
白い花を咲かせていた。してやったりと、ひとりほくそ笑む。
レンゲ峠まで上がると、待望の青空が迎えてくれた。蒼穹の空に純白の霧氷は最高の取り合わせだ。
しかし、さっきまでの日の当たらない凍てついた森に咲く霧氷の花も捨てがたいなと思う。すべてを白日
の下に晒したような、あっけらかんとした霧氷と、どこか秘めた思いを抱えたように凛として佇む日陰の
霧氷の森。それぞれ違った魅力を感じるから山は面白い。
山上ヶ岳への道も凍結は無く、チェーンスパイクを履く必要もなく歩いて行ける。スノーシューにセッ
トしていたストックを忘れてしまったが、これなら無くても困らないだろう。ストックを使わずにバラン
スを保持して歩く練習にもなる。
この尾根の最大の魅力は、振り返り見る稲村ヶ岳や弥山の雄姿だ。霧氷の付きがイマイチで茶色い部分
も見られるが、ここから見る稲村ヶ岳の霧氷は素晴らしい。
山上ヶ岳の広大な台地に登り着く。申し訳程度に積もった雪は笹を覆い尽くすこともなく、冬とは思え
ない景観だ。大峰山寺の大伽藍は、いつもなら雪の中に荘厳な雰囲気を漂わせているのだが、今日はなに
か開放的な佇まいに感じられた。
台高方面の展望所からは、台高山脈の山々が一望できるのだが、まったく白い部分が無い。
あまりに順調に登ってきたので、ここでランチにするには時間が早過ぎる。あまり早く家に帰ってもし
ょうがないので、稲村ヶ岳方面に向かってみよう。季節を問わず、何度も登っている山なので特別山頂に
立ちたいとは思わないが、ブナ林の中でランチタイムを楽しむにはいいだろう。
山上ヶ岳はツガなどの針葉樹が優勢だが、稲村ヶ岳方面はブナの純林が多く、林相だけを取ればこちらの
方が好みなのだ。しかし山上ヶ岳が女人禁制で女性が登れない分、稲村ヶ岳に登山者が集中してしまうの
である。
レンゲ峠まで戻って山上辻へ向かう。この道を歩くのは25年振りだろうか。
この尾根道は、尾根芯を歩くところがほとんどなく、尾根の北側か南側をトラバースするように付けられ
ている。この北側のトラバース道は、日当たりが悪いため凍結している箇所が多い。チェーンスパイクを
履いて慎重に通過。緊張させられた場所が2ヶ所あった。積雪がたっぷりの時なら地獄の滑り台の連続で、
とても通過することはできないだろう。その場合は尾根通しに歩くことになる。
尾根の南側に出ると、これまでと雰囲気は一変した。道の上にほとんど雪はなく、小春日和の様相であ
る。
ここで驚愕の事実が判明した。ビールを・・・車の中に・・・忘れて・・・きて・・・しまった・・・。
モチベーションが一気にガタガタと崩れて行く音が聞こえた。
稲村小屋の前では多くの人が思い思いにランチタイムを楽しんでいた。本当は人の多いこんなところで
食べたくないのだが、ここから先では一応食事禁止ということになっている。
登山道から少し外れたところで食べてもいいのだが、なぜか順法精神を発揮してしまい、ベンチに腰を降
ろした。よりによって、今日は今シーズン初の鍋ランチである。こんな日にビールがないなんて。
「こんな夜に、お前に乗れないなんて~♪」という気分である。
隣のベンチでは女性4人パーティーが賑やかに鍋ランチの最中だ。自分にとって一番似つかわしくない場所
でランチタイムにしてしまった。
食事の間も次々と登山者が行き来している。コーヒーを飲みながら思案した。このまま下るのもなんだ
かなあという気分である。時刻はまだ1時前。とりあえず大日あたりまで行ってみるか。
稲村小屋付近のブナ林は見事で、私の好きな場所のひとつだ。日差しで霧氷はかなり落ち始めているが、
まだまだ楽しませてくれた。
大日岳のトラバースは踏み固められた道ができていて、何の苦労もない。
稲村ヶ岳の山頂手前で、展望台の方から賑やかな声が聞こえてきて、もう山頂へ行かずに引き返そうかと
思ったが、意を決して上がった。7人ほどのパーティーと単独者がいたが、ちょうど下山にかかるところ
だったので、最終的には静かな山頂を楽しむことができた。
天気は下り坂に向かっているようで、真っ青だった空は雲の面積の方が広くなっていた。
下りはキレットへ直接下りるバリルートを進み始めたが、シャクナゲに阻まれて退散。登山道に合流し
て小屋へ戻る。
通い慣れた法力峠への登山道は、峠の手前までは風情のあるトラバース道だが、下半部が植林で面白み
がない。途中から清浄大橋へダイレクトに下る尾根を辿ってみよう。
峠まで半分ぐらい登山道を進んだところで尾根に上がった。尾根上は植林なので、そのまま道を歩いて
も大差ないかもしれないが、やはり知らないルートを開拓したいという思いが勝ってしまうのだ。
下生えもなく、まあまあ歩きやすい尾根だが、地形図通りの急降下が始まった。ところどころ岩嵓が出て
くるのは想定済みだ。大きな岩壁はないので、左右どちらかから巻くことができる。
そして、冒頭の瞬間が訪れた。
少し下に平坦な場所が見えたので、そこまで移動してひと息入れよう。
体は横倒しになって木に引っ掛かって止まっていた。平坦地から見上げると、3mほどの垂直の岩壁があり、
その前に直径5センチばかりの木が立っていた。あの岩の上からまともに落ちて、あの木で止まったのか。
5mほど落ちたようだ。まずは自分の置かれた状況を把握しよう。右太ももの外側を強打したようで、かな
り痛い。左足は無事だ。頭も打った記憶がある。両手で頭を探る。幸い出血はないようだ。
両手は手袋をしていなかったので擦過傷だらけである。あごの下も少しケガをしているようだが出血はな
かった。こういう時は一服のタバコが最上の精神安定剤だ。
右足は痛いながらもどうにか歩けるので、骨折はしていないようだ。チェーンスパイクを履いて慎重に
下りよう。
痛む右足をかばいながら、牛歩のごとくのろのろと高度を落として行く。稲村小屋を2時に出たので、法
力峠経由ならもう下山している時間だろう。
傾斜が緩んで歩くのがだいぶ楽になった。尾根の形が谷に吸収される頃、下の方に木橋が見えた。もう
大丈夫だ。結局稲村小屋から3時間近くかかって清浄大橋に戻った。
終わり良ければすべて良しとはとても言えない山納めだったが、これを読んだ人には「山日和でもこん
なことがあるんだ」と、以って他山の石としてほしいとの思いで恥を晒すことにした。
来年は安全登山を心掛けたいものである。
山日和
滑落から途中で自由落下に変わったのがわかった。目の前を流れる景色わ見ながら、なんとか止めなく
てはと手を伸ばしていたが、手は虚空を掴むだけだった。
衝撃と共に体が止まった。どうやら助かったようだ・・・
【日 付】2019年12月29日(日)
【山 域】大峰山脈 山上ヶ岳・稲村ヶ岳
【天 候】晴れ
【コース】清浄大橋7:45---9:30レンゲ峠9:40---10:20山上ヶ岳10:50---11:15レンゲ峠---12:00山上辻12:55
---13:25稲村ヶ岳13:40---14:05山上辻---14:50 Ca1420ピーク---16:55清浄大橋
今年は極端に雪が少ない。と言うより「無い」と言った方が正しいだろう。
恒例の山納め。雪山を楽しめないならせめて霧氷をと向かったのが山上ヶ岳である。
いつもなら凍結路でひやひやしながら走る道も、今日はまったくのドライ路面。駐車地の清浄大橋にも
雪のかけらもない。ひょっとしたらと思ってスノーシューを持って来たが、これでは出番がなさそうだ。
林道から川瀬谷の登山道に入った。まったく雪がないのでペースも上がる。天気予報で高気圧に覆われ
て晴れのはずだが、どんよりした空の下、大きく開けた川瀬谷は寒々とした印象だ。気温だけは低いので、
いつもミニ氷瀑が見られるところにはしっかり氷瀑ができていた。
レンゲ峠への登りにかかるころからようやく雪の上を歩くようになる。見上げると、木という木すべてが
白い花を咲かせていた。してやったりと、ひとりほくそ笑む。
レンゲ峠まで上がると、待望の青空が迎えてくれた。蒼穹の空に純白の霧氷は最高の取り合わせだ。
しかし、さっきまでの日の当たらない凍てついた森に咲く霧氷の花も捨てがたいなと思う。すべてを白日
の下に晒したような、あっけらかんとした霧氷と、どこか秘めた思いを抱えたように凛として佇む日陰の
霧氷の森。それぞれ違った魅力を感じるから山は面白い。
山上ヶ岳への道も凍結は無く、チェーンスパイクを履く必要もなく歩いて行ける。スノーシューにセッ
トしていたストックを忘れてしまったが、これなら無くても困らないだろう。ストックを使わずにバラン
スを保持して歩く練習にもなる。
この尾根の最大の魅力は、振り返り見る稲村ヶ岳や弥山の雄姿だ。霧氷の付きがイマイチで茶色い部分
も見られるが、ここから見る稲村ヶ岳の霧氷は素晴らしい。
山上ヶ岳の広大な台地に登り着く。申し訳程度に積もった雪は笹を覆い尽くすこともなく、冬とは思え
ない景観だ。大峰山寺の大伽藍は、いつもなら雪の中に荘厳な雰囲気を漂わせているのだが、今日はなに
か開放的な佇まいに感じられた。
台高方面の展望所からは、台高山脈の山々が一望できるのだが、まったく白い部分が無い。
あまりに順調に登ってきたので、ここでランチにするには時間が早過ぎる。あまり早く家に帰ってもし
ょうがないので、稲村ヶ岳方面に向かってみよう。季節を問わず、何度も登っている山なので特別山頂に
立ちたいとは思わないが、ブナ林の中でランチタイムを楽しむにはいいだろう。
山上ヶ岳はツガなどの針葉樹が優勢だが、稲村ヶ岳方面はブナの純林が多く、林相だけを取ればこちらの
方が好みなのだ。しかし山上ヶ岳が女人禁制で女性が登れない分、稲村ヶ岳に登山者が集中してしまうの
である。
レンゲ峠まで戻って山上辻へ向かう。この道を歩くのは25年振りだろうか。
この尾根道は、尾根芯を歩くところがほとんどなく、尾根の北側か南側をトラバースするように付けられ
ている。この北側のトラバース道は、日当たりが悪いため凍結している箇所が多い。チェーンスパイクを
履いて慎重に通過。緊張させられた場所が2ヶ所あった。積雪がたっぷりの時なら地獄の滑り台の連続で、
とても通過することはできないだろう。その場合は尾根通しに歩くことになる。
尾根の南側に出ると、これまでと雰囲気は一変した。道の上にほとんど雪はなく、小春日和の様相であ
る。
ここで驚愕の事実が判明した。ビールを・・・車の中に・・・忘れて・・・きて・・・しまった・・・。
モチベーションが一気にガタガタと崩れて行く音が聞こえた。
稲村小屋の前では多くの人が思い思いにランチタイムを楽しんでいた。本当は人の多いこんなところで
食べたくないのだが、ここから先では一応食事禁止ということになっている。
登山道から少し外れたところで食べてもいいのだが、なぜか順法精神を発揮してしまい、ベンチに腰を降
ろした。よりによって、今日は今シーズン初の鍋ランチである。こんな日にビールがないなんて。
「こんな夜に、お前に乗れないなんて~♪」という気分である。
隣のベンチでは女性4人パーティーが賑やかに鍋ランチの最中だ。自分にとって一番似つかわしくない場所
でランチタイムにしてしまった。
食事の間も次々と登山者が行き来している。コーヒーを飲みながら思案した。このまま下るのもなんだ
かなあという気分である。時刻はまだ1時前。とりあえず大日あたりまで行ってみるか。
稲村小屋付近のブナ林は見事で、私の好きな場所のひとつだ。日差しで霧氷はかなり落ち始めているが、
まだまだ楽しませてくれた。
大日岳のトラバースは踏み固められた道ができていて、何の苦労もない。
稲村ヶ岳の山頂手前で、展望台の方から賑やかな声が聞こえてきて、もう山頂へ行かずに引き返そうかと
思ったが、意を決して上がった。7人ほどのパーティーと単独者がいたが、ちょうど下山にかかるところ
だったので、最終的には静かな山頂を楽しむことができた。
天気は下り坂に向かっているようで、真っ青だった空は雲の面積の方が広くなっていた。
下りはキレットへ直接下りるバリルートを進み始めたが、シャクナゲに阻まれて退散。登山道に合流し
て小屋へ戻る。
通い慣れた法力峠への登山道は、峠の手前までは風情のあるトラバース道だが、下半部が植林で面白み
がない。途中から清浄大橋へダイレクトに下る尾根を辿ってみよう。
峠まで半分ぐらい登山道を進んだところで尾根に上がった。尾根上は植林なので、そのまま道を歩いて
も大差ないかもしれないが、やはり知らないルートを開拓したいという思いが勝ってしまうのだ。
下生えもなく、まあまあ歩きやすい尾根だが、地形図通りの急降下が始まった。ところどころ岩嵓が出て
くるのは想定済みだ。大きな岩壁はないので、左右どちらかから巻くことができる。
そして、冒頭の瞬間が訪れた。
少し下に平坦な場所が見えたので、そこまで移動してひと息入れよう。
体は横倒しになって木に引っ掛かって止まっていた。平坦地から見上げると、3mほどの垂直の岩壁があり、
その前に直径5センチばかりの木が立っていた。あの岩の上からまともに落ちて、あの木で止まったのか。
5mほど落ちたようだ。まずは自分の置かれた状況を把握しよう。右太ももの外側を強打したようで、かな
り痛い。左足は無事だ。頭も打った記憶がある。両手で頭を探る。幸い出血はないようだ。
両手は手袋をしていなかったので擦過傷だらけである。あごの下も少しケガをしているようだが出血はな
かった。こういう時は一服のタバコが最上の精神安定剤だ。
右足は痛いながらもどうにか歩けるので、骨折はしていないようだ。チェーンスパイクを履いて慎重に
下りよう。
痛む右足をかばいながら、牛歩のごとくのろのろと高度を落として行く。稲村小屋を2時に出たので、法
力峠経由ならもう下山している時間だろう。
傾斜が緩んで歩くのがだいぶ楽になった。尾根の形が谷に吸収される頃、下の方に木橋が見えた。もう
大丈夫だ。結局稲村小屋から3時間近くかかって清浄大橋に戻った。
終わり良ければすべて良しとはとても言えない山納めだったが、これを読んだ人には「山日和でもこん
なことがあるんだ」と、以って他山の石としてほしいとの思いで恥を晒すことにした。
来年は安全登山を心掛けたいものである。
山日和