【若丹国境】知井坂から八ヶ峰・権蔵坂へ
Posted: 2019年12月18日(水) 22:03
【日 付】2019年12月15日(日)
【山 域】若丹国境 八ヶ峰周辺
【天 候】曇り
【コース】堂本8:20---10:40知井坂---11:05八ヶ峰---12:15五波峠---12:55中山谷山14:25---16:05権蔵坂---
16:50染ヶ谷林道---17:55堂本
去年の秋、若丹国境稜線をオバタケダンから八ヶ峰まで歩いた。それまでノーマークだった山域に、自分の
知らなかったブナ林が続いているのを知り、その先を見たくなった。今回は福井県側から八ヶ峰に続く知井坂
という古道を辿り、国境稜線の続きを探索してみようと思い立ったのである。
どんよりとした空の下、堂本の集落から古道に取り付いた。よく整備された道は尾根芯を辿るのではなく、
尾根の左右斜面のどちらかを巻くように付けられていた。何度も何度も切通しで尾根を横切って、尾根の右か
ら左へ、左から右へ。これほど切通しの多い尾根道は珍しいのではないだろうか。
雑木林の中、絶妙なカーブを描きながら、最小勾配で少しずつ高度を上げて行く道は、まったく疲れを感じさ
せることがない。
林道に出合うあたりから、伐採跡と植林で少し面白みのない道になってしまったが、季節外れのイワカガミ
やスミレが咲いていたりして、目を慰めてくれた。あまりの暖かさに勘違いしてしまったのだろうか。
高度を上げた実感のないままに、知井坂の峠が近付いてきた。谷間を見下ろすと、立派なトチの木が何本も
見られた。
峠の手前の山側斜面に水槽のようなものがあった。水槽のようなではなく、まさしく水槽そのものだった。
刻まれた文字には享和2年の文字が。江戸時代に設置された水槽には、斜面からの湧き水が絶えることなく注ぎ
込まれていた。古の旅人も、この水で喉を潤して峠に向かったのだろう。
知井坂の峠は林道が通っていて、お世辞にも風情があるとは言えない。峠の切通し上の尾根にお地蔵さんが
あり、柔和な顔で行き交う旅人を見守っていたのだろう。
八ヶ峰の山頂からは若狭の海がよく見える。青葉山の双耳峰が目立つが、その右側の海中に見えた、青葉山
そっくりの双耳峰になった山が印象的だった。
八ヶ峰から五波峠の間の国境稜線が一番楽しみだった。知井坂までのようなブナ林はないが、自然林の中を
ゆったりと延びる尾根は期待通りだった。
車道の走る五波峠の反対側にはブナ林が残されている。真新しい立派な標識があって驚いた。これを見たら、
国境稜線にはずっと整備された道が続いていると思ってしまうだろう。
途中から中山谷山への尾根に入る。3年前に中山谷を遡行した時、国境稜線の様子が知りたくて山頂からここ
まで往復したのである。ここにも中山谷山方面を示す立派な道標があって、もうひとつ驚かされた。
中山谷山の山頂付近は素晴らしいブナ林が広がっている。ランチタイムはここでと決めていた。少し風がある
ので、山頂から少し戻ったブナの倒木の陰で店を広げた。天気予報ではもう晴れているはずなのだが、一向に晴
れる気配がない。先週に続いて日溜まりハイクはお預けだ。
先ほどの分岐から先も未踏の世界。yamanekoさんのレポでは道も明瞭で、苦労することもなく歩いたように
書かれていたが、濃いユズリハのヤブと、複雑に屈曲した稜線、微妙な起伏の地形に惑わされてペースが上が
らない。
国境稜線の南東のCa720mピークから張り出す尾根裾には池があり、そこからは尾根裾をトラバース気味に進ま
なければいけないのだが、尾根に引き込まれてしまい、ピークに立ってから気が付いた。
真北を向いてショートカットで正しい道に復帰しようと進み始めたが、なぜか左へ左へ寄ってしまい、結局元来
た道を戻る結果になってしまう。
人間はまっすぐ歩いているつもりでも、左に寄ってしまう習性があるようだ。陸上競技のトラックも、スピード
スケートのトラックも、野球のベースもみんな左回りなのだ。
県境のラインは尾根芯ではなく、北側斜面をトラバースするように引かれている。県境ラインが道のラインだ
と勘違いして、薄い獣道しかない急斜面を不必要なトラバースで時間を食ってしまった。
少し歩きやすくなった道を下り切れば権蔵坂の鞍部だ。権蔵坂の由来が書かれた立派な看板は、以前棚野坂で見
たものと同じ人が作ったものだ。
ここから染ヶ谷へ権蔵坂の古道が延びているはずだが、それらしいものは斜面に見当たらない。
かなり時間が押して、順調に行っても闇下寸前という時間である。ここは苦労して古道を探すより、次の695m
ピークに上がってから尾根を辿る方が確実だ。ひと頑張りしてピークの肩から北へ向いて左折。多少ユズリハが
繁っているものの、まあまあ歩きやすい尾根で助かった。
Ca660mあたりから再び左折して、355m標高点へ延びる尾根に乗る。
ここからはひたすら真西へ下るだけである。
最初の林道出合には地形図にガケ記号があるので、北西向きの支尾根から迂回したが、林道を元の尾根まで歩い
てみると、末端から小径が延びていて「権蔵坂」の標識も付けられていた。案ずるより産むが易しだったか。
その下方にも標識があり、道が続いている。これで闇下は回避できそうだ。
よく踏まれた道を辿って、難なく染ヶ谷から五波峠への林道に着地。後は長い長い林道歩きをこなすだけだ。
後から車が来たら躊躇なく手を挙げようと思っていたが、この時間に通り過ぎる車があるはずもない。
まったくひと気のない家族旅行村を過ぎたあたりからヘッデン歩行となった。
途中でどのあたりまで来たかとスマホを確認しようとしたら、ない。ザックのショルダーベルトに付いている
はずのGPS専用スマホがケースごとなくなっていた。どこで落としたのだろう。林道に着地してザックを降ろし
た時に外れたのかもしれない。車まで戻ったら、着地点のあたりまで探しに行ってみるか。
しかし、その淡い期待も露と消えた。上の林道出合の手前までは見ていたので、だいたいの見当は付く。
しかし暗闇の中を登り返すわけにはいかない。しょうがない。奥土倉谷で水没から生還したスマホだったが、な
くなる運命だったのかもしれない。ただ、今日の軌跡が残らないのが残念だ。
来週、天気が良ければ探しに行くか。
山日和
【山 域】若丹国境 八ヶ峰周辺
【天 候】曇り
【コース】堂本8:20---10:40知井坂---11:05八ヶ峰---12:15五波峠---12:55中山谷山14:25---16:05権蔵坂---
16:50染ヶ谷林道---17:55堂本
去年の秋、若丹国境稜線をオバタケダンから八ヶ峰まで歩いた。それまでノーマークだった山域に、自分の
知らなかったブナ林が続いているのを知り、その先を見たくなった。今回は福井県側から八ヶ峰に続く知井坂
という古道を辿り、国境稜線の続きを探索してみようと思い立ったのである。
どんよりとした空の下、堂本の集落から古道に取り付いた。よく整備された道は尾根芯を辿るのではなく、
尾根の左右斜面のどちらかを巻くように付けられていた。何度も何度も切通しで尾根を横切って、尾根の右か
ら左へ、左から右へ。これほど切通しの多い尾根道は珍しいのではないだろうか。
雑木林の中、絶妙なカーブを描きながら、最小勾配で少しずつ高度を上げて行く道は、まったく疲れを感じさ
せることがない。
林道に出合うあたりから、伐採跡と植林で少し面白みのない道になってしまったが、季節外れのイワカガミ
やスミレが咲いていたりして、目を慰めてくれた。あまりの暖かさに勘違いしてしまったのだろうか。
高度を上げた実感のないままに、知井坂の峠が近付いてきた。谷間を見下ろすと、立派なトチの木が何本も
見られた。
峠の手前の山側斜面に水槽のようなものがあった。水槽のようなではなく、まさしく水槽そのものだった。
刻まれた文字には享和2年の文字が。江戸時代に設置された水槽には、斜面からの湧き水が絶えることなく注ぎ
込まれていた。古の旅人も、この水で喉を潤して峠に向かったのだろう。
知井坂の峠は林道が通っていて、お世辞にも風情があるとは言えない。峠の切通し上の尾根にお地蔵さんが
あり、柔和な顔で行き交う旅人を見守っていたのだろう。
八ヶ峰の山頂からは若狭の海がよく見える。青葉山の双耳峰が目立つが、その右側の海中に見えた、青葉山
そっくりの双耳峰になった山が印象的だった。
八ヶ峰から五波峠の間の国境稜線が一番楽しみだった。知井坂までのようなブナ林はないが、自然林の中を
ゆったりと延びる尾根は期待通りだった。
車道の走る五波峠の反対側にはブナ林が残されている。真新しい立派な標識があって驚いた。これを見たら、
国境稜線にはずっと整備された道が続いていると思ってしまうだろう。
途中から中山谷山への尾根に入る。3年前に中山谷を遡行した時、国境稜線の様子が知りたくて山頂からここ
まで往復したのである。ここにも中山谷山方面を示す立派な道標があって、もうひとつ驚かされた。
中山谷山の山頂付近は素晴らしいブナ林が広がっている。ランチタイムはここでと決めていた。少し風がある
ので、山頂から少し戻ったブナの倒木の陰で店を広げた。天気予報ではもう晴れているはずなのだが、一向に晴
れる気配がない。先週に続いて日溜まりハイクはお預けだ。
先ほどの分岐から先も未踏の世界。yamanekoさんのレポでは道も明瞭で、苦労することもなく歩いたように
書かれていたが、濃いユズリハのヤブと、複雑に屈曲した稜線、微妙な起伏の地形に惑わされてペースが上が
らない。
国境稜線の南東のCa720mピークから張り出す尾根裾には池があり、そこからは尾根裾をトラバース気味に進ま
なければいけないのだが、尾根に引き込まれてしまい、ピークに立ってから気が付いた。
真北を向いてショートカットで正しい道に復帰しようと進み始めたが、なぜか左へ左へ寄ってしまい、結局元来
た道を戻る結果になってしまう。
人間はまっすぐ歩いているつもりでも、左に寄ってしまう習性があるようだ。陸上競技のトラックも、スピード
スケートのトラックも、野球のベースもみんな左回りなのだ。
県境のラインは尾根芯ではなく、北側斜面をトラバースするように引かれている。県境ラインが道のラインだ
と勘違いして、薄い獣道しかない急斜面を不必要なトラバースで時間を食ってしまった。
少し歩きやすくなった道を下り切れば権蔵坂の鞍部だ。権蔵坂の由来が書かれた立派な看板は、以前棚野坂で見
たものと同じ人が作ったものだ。
ここから染ヶ谷へ権蔵坂の古道が延びているはずだが、それらしいものは斜面に見当たらない。
かなり時間が押して、順調に行っても闇下寸前という時間である。ここは苦労して古道を探すより、次の695m
ピークに上がってから尾根を辿る方が確実だ。ひと頑張りしてピークの肩から北へ向いて左折。多少ユズリハが
繁っているものの、まあまあ歩きやすい尾根で助かった。
Ca660mあたりから再び左折して、355m標高点へ延びる尾根に乗る。
ここからはひたすら真西へ下るだけである。
最初の林道出合には地形図にガケ記号があるので、北西向きの支尾根から迂回したが、林道を元の尾根まで歩い
てみると、末端から小径が延びていて「権蔵坂」の標識も付けられていた。案ずるより産むが易しだったか。
その下方にも標識があり、道が続いている。これで闇下は回避できそうだ。
よく踏まれた道を辿って、難なく染ヶ谷から五波峠への林道に着地。後は長い長い林道歩きをこなすだけだ。
後から車が来たら躊躇なく手を挙げようと思っていたが、この時間に通り過ぎる車があるはずもない。
まったくひと気のない家族旅行村を過ぎたあたりからヘッデン歩行となった。
途中でどのあたりまで来たかとスマホを確認しようとしたら、ない。ザックのショルダーベルトに付いている
はずのGPS専用スマホがケースごとなくなっていた。どこで落としたのだろう。林道に着地してザックを降ろし
た時に外れたのかもしれない。車まで戻ったら、着地点のあたりまで探しに行ってみるか。
しかし、その淡い期待も露と消えた。上の林道出合の手前までは見ていたので、だいたいの見当は付く。
しかし暗闇の中を登り返すわけにはいかない。しょうがない。奥土倉谷で水没から生還したスマホだったが、な
くなる運命だったのかもしれない。ただ、今日の軌跡が残らないのが残念だ。
来週、天気が良ければ探しに行くか。
山日和
この道は若狭と京都の流通ルートなのか、山間の丹後と若狭を結ぶ山越えの生活道なのかどっちなんです?