【比良】 沢山旅の始まり 蛇谷ヶ峰

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sato
記事: 420
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

【比良】 沢山旅の始まり 蛇谷ヶ峰

投稿記事 by sato »

【日付】    2019年6月14日(金)
【山域】    比良
【メンバー】  sato
【天候】    曇りのち雨
【ルート】   上柏~灰処谷~蛇谷ヶ峰~上柏


 林道ゲートの入り口脇に車を停め、空を見上げる。
今にも泣き出しそうな空模様、始まりの日にはふさわしい天気だ。
今日は一昨年の秋以来、初めての私の沢歩きの日となる。
先月、神崎川の青い流れの中に手を浸した瞬間、こころの奥底にある小箱に仕舞われた小石がかたかたと音を立てた。
あぁ私は小石集めの途中だったのだと胸に痛みを覚えた。
先日、夫の仕事に同行し比良の獅子ヶ谷を遡った。左足は水を喜んでくれた。小石集め再開への希望の灯を感じた。
最初の小石はどこで拾おうか?脳裏をかすめた谷もあったが、こころには蛇谷ヶ峰が映っていた。

 蛇谷ヶ峰に引き寄せられるようにこの地に移り住んだ。
越してきた次の日、荷物の後片付けをほったらかして雪と風が吹き荒ぶ蛇谷ヶ峰に会いに出かけた。
何も見えなかったが、頬に突き刺さる雪の冷たさがこれから始まる日々への激励のように感じた。
以来、こころの中に何かが映った時、蛇谷ヶ峰へと足が向かう自分がいる。
そしてそのような気分で向かう日は、山と私の濃密な時間を思ってか、太陽はお隠れになる。

 歩き始めた林道から谷を見下ろすと何本もの杉が倒れ谷を覆っている。以前訪れた時には見られなかった光景だ。
昨年の台風の影響なのだろう。杉の植林地を流れる谷はどこも痛々しい。倒木をまたぎながらの遡行は気持ちが重くなる。
谷と出合うまで登山道を辿ることにする。
植林から二次林へと風景が移る。オオバアサガラとネジキの純白の花が散りばめられた道がひっそりと山の奥へと延びていく。
緑の森に白い花が浮かび上がる六月の山は、からだの隅々までみどり色に染まりそうな透明な空気が充満し、私を山の深淵へと導く。

 青鳩の物悲しい声が山間に響き渡る。声の持ち主の棲む森へと歩みを進めていく。
瀬音が近づき谷に出る。靴から沢足袋に履きかえようと立ち止まった途端、一匹二匹三匹・・とヒルが靴の上をよじ登ってくる。
履き替えた靴とザックにヒルがついていないか確認をして荷物を背負い水の中にそっと足を浸ける。
冷たさに肩をすくめると同時に、命の水と再び出会えたうれしさで頭の中がぼぉっとなる。
ぼんやり霞んだ目を上げると、見覚えのあるカツラの木が静かに私を見つめている。
私の中とカツラの中を流れる水の繋がりに胸が熱くなる。

 懐かしい木々達に迎えられ、穏やかな流れの中をゆらゆらと遡る。
比良山系の北端に佇む900m余りの低山、里からも近いこぢんまりとした山なのだが深山の谷を遡っているような気分になる。
広い谷の両岸の斜面に目をやると、人の手が入り続けてきた二次林の疎林が広がる。
私が今、目にしているのは長い歴史の中で人々が切らずに残してきたカツラやトチの木だ。
山への人々の想いが積み重なり、この谷に深みを感じさせてくれるのだろう。
訪れるごとに谷の内奥に潜む小さな輝きにハッとする。
今日見つけた輝きを掌で包み込みこみ、小箱の中へそっとすべりこませる。

 カツラ滝を越えると谷の傾斜が大きくなり流れも出てくる。左足はマイペースで機嫌よく動いてくれる。
小滝が現れると足は頑張らずに勝手に岸に上がり巻いてくれる。最後の二股は右に進む。
谷の源頭はこの時期はまだイワヒメワラビも小さく柔らかな空気が漂う。
適当な箇所で谷から離れ右岸の斜面を登る。

 時折すっと淡い霧がたちこめては去っていく。登りきると白い花をつけたタンナサワフタギが目の前に塞がる。
細い枝先に咲く無数の小さな花、その小さな花一つひとつは、さらに無数の水粒で飾られ、霧の中、微かに揺れている。
ふと山の神様が息を吹きかけたように霧が流れ、その瞬間、水粒が浮き立つように煌めく。
数センチ先で繰り広げられる刹那の輝きの崇高さに言葉を失う。

 谷歩きの最後はいつもさみしさがつきまとう。
アセビが見えた。今日も一人きりの山頂だ。

 いつもの石に腰をおろし、沢足袋を脱ぐ。足はご機嫌、よかったねと呟く。
お昼には少し早いが、ザックからおにぎりを取り出して頬張る。
朽木に暮らす美里ちゃんと宮内さんが魂を込めて育てたお米と、
八恵美さんの山で摘んだ山椒を炊いた佃煮で作った、この地で生きる人の思いがギュッと詰まったおにぎりだ。
ゆっくりと味わいながら安曇川を眺める。私が触れた水はどこまで流れて行ったのだろう。
ご飯粒がからだの真ん中を通っていく。私の中にある山と川とうみを感じる。

 灰色の空が濃くなってきた。午後には雨が降り始める。また来るねとアセビにあいさつをして登山道を小走りで下る。
カツラの谷の輝きは胸の中に仕舞われた。660メートル辺りから登山道を外れ、北~西に延びる尾根に入る。
ちょうど咲き始めたコアジサイの薄紫色の花と茎の清楚な美しさが今日の沢山旅の歓びに彩りを添えてくれる。

 遠くで青鳩の鳴き声が聞こえる。朝に聞いた声と同じ主なのだろうか。海水を飲みに出かけるのはいつなのだろう。
青鳩の旅にくらべたら、私の旅は、なんてちっちゃなちっちゃな旅なのだろうと可笑しくなる。
でもこういうささやかな山旅を、いつまでかは分からないが重ねていけるのだと感じる自分にうれしくなる。

  sato
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山日和
記事: 3582
登録日時: 2011年2月20日(日) 10:12
お住まい: 大阪府箕面市

Re: 【比良】 沢山旅の始まり 蛇谷ヶ峰

投稿記事 by 山日和 »

satoさん、こんばんは。

思い入れの深い蛇谷ヶ峰の沢から再出発ですね。
灰処谷というのはカツラの谷でしょうか?
このあたりは行きそびれているところです。(蛇谷ヶ峰そのものが積雪期に一度登ったきりです)
左足もちゃんと働いてくれてるようで何よりです。 :D
ひとりの時間は寂しさと引き換えに山と自分の距離を縮めてくれますね。
「うみ」とひらがなで書いたのはびわ湖のことでしょうか。

           山日和

sato
記事: 420
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

Re: 【比良】 沢山旅の始まり 蛇谷ヶ峰

投稿記事 by sato »

山日和さま

こんばんは。
やっぱり最初の沢歩きは蛇谷ヶ峰だと。
灰拠谷(スミマセン・・拠が処になっていました)という谷名は『渓谷』で知りました。
上柏に流れる指月谷の左股(本流)を灰拠谷と呼ぶそうです。
カツラの谷はこの谷の標高450~550m辺りのカツラやトチの木が見られる場所を指すのかなぁと思います。
カツラの谷は美しいですが、このルートはぶなの木は見あたらないので山日和さんには不向きかも?

5年ほど前まで、鵜川の棚田で共同でお米を作っていました(遊びです)。
その時、琵琶湖を「うみ」と呼ぶのを知りました。「うみ」という響きがからだにしみわたりました。
そう、「近江」は古事記で「淡海(あはうみ)」と書かれているそうです。

いのちの水を感じる沢歩きをまた出来るようになりうれしいです。

sato
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