旭山ヘタレ山行
Posted: 2011年8月31日(水) 15:04
旭山・東山(鈴鹿茶屋川周辺) 2011年8月28日 (SUN) 曇り時々晴れ
朝な夕な秋の気配が漂ってきた。小さな秋は風情があるが、自分の中に小さな老人が現れてきたことは物の哀れを思う。
つかもうと思った物を落とす。低い障害物につまずく。食べ物をこぼす。有名人の名前が喉から出ない・・・これらはたまにであるが、回数が増えてきた気がする。しかし、屈んで立ち上がったりする動作が苦痛になったのと、25000図が見えないのは確定。老眼鏡は買い物にも必携である。あと気付かない人が多いと思うが、高音が聞こえづらくなっている。耳チェックのサイトがいくつかあるので試してみるといいだろう。私は14000Hzが限界である。10代ならCDの限界値である20000Hz近くまで聞こえるのだ。
さて、これは老化現象と関係あるかないか知らないが、山に対する飢餓感がなくなってきた。何日行かなくても平気である。登山は運動なるや、遊戯なるや。もし登山の労多くしてその利益少なきことあらば、すなわちその労は徒労と言へり。趣味は損得勘定でなすものではないが、行きたくなくても行くには動機がいる。今のところこれは健康のため、体の鍛錬が主となる。汗をかきに行こう。もう一つは未踏のピークをつぶすこと。トンネルも抜けたことだし滋賀県側の見過ごしてきた低山の落ち穂拾いでもやろうと思う。 旭山の西にキトラという地名がある。キトラ(亀虎)古墳を思わせる意味深な地名である。山の神峠という名も風情がある。この付近を周回してみよう。
簡単にクルマで県境を越え、茨川林道に入る。例によって車は水溜りの洗礼を受けてワヤである。焼野の広い路肩に駐車する。峠谷出合はこの辺だろうと思い、河原に下りた。出合はなかった。どうももう少し下流らしい。しかし登山靴なので下れない。対岸の適当な斜面に取り付いて峠谷方向にトラバする。しかし現実は急斜面でトラバは困難。結局どんどん追い上げられてしまう。これはしんどい。暑さと湿度と急登がナマッた体をジワジワと責め苛む。油断すれば汗で濡れた顔面には容赦なく蜘蛛の巣がへばりつく。不快指数も最高潮だ。あーあ、だから登山なんてイヤなんだ。来なけりゃよかった。
10歩よろよろ登っては肩で息をする。休んでばかりで、カタツムリにさえ抜かれそうだ。しかも休むとヒルが寄ってくる。先ほど手に食いついていた。あーあ、だから山なんてイヤなのさ。やがて雑木林の上に明るい部分が見えた。稜線らしい。苦労はもう十分したが、まだ旭山の主稜線ということはないだろう。地図を見るとどうも・599の尾根らしい。しかし見えていてもちっとも着かない。しんどくて動悸が早鐘を打つ。ベートベン ピアノソナタ「月光」第3楽章の激しい旋律が頭の中で鳴り響いている。艱難辛苦の果てにようやく尾根へ這いあがった。
今までの苦労が嘘のように尾根の上は歩き易い。しかし二次林が茂って展望は全くなく、坂道になればやはりつらい。やがて黄色いプラスチックの巡視路標識があった。回り込むと鉄塔がドドーンと聳えている。今までずっと樹林に閉じ込められていた鬱屈が一気に晴れた。ガスが多めながら竜ヶ岳・藤原岳方面がよく見える。やれやれと荷物を放り出し、まず河馬のごとく水を飲む。それからヒルの点検。奇跡的に足はやられていなかった。
コンパスを見て旭山方面へ進む。道はあるが分かりにくい。何度かアップダウンがあり、しんどい。まあ疲れていなければどうということもないのだろう。やがて三叉路があり、木の裏に素朴な彫りこみの地蔵さんが置いてあった。右折すると程なく旭山山頂だ。漂石を見てこの山が三角点峰であったことに気付く。旭山の命名は箕川、政所集落から見て朝日が登る山ということだろう。伊勢の国じゃ海から日が登って山に沈むのが常識だから、山から日が登ったら大騒ぎさ。ここは展望は何もないが少々の平坦地はあるので昼食にしよう。
食後はシートを敷いて横になる。そうしないと午後から歩けない気がする。情けないほど弱体化してしまったものだ。それにしても淋しい山だ。ここで寝ていてもどうせ誰も来ないだろう。 四周無人 我只是有。ショパンのノクターン第20番(遺作)が聞こえる。映画「戦場のピアニスト」の冒頭、あるいは新しい方の「ベストキッド」で少女が弾いている曲だ。一時間ほどウトウトし、出発した。
地蔵さんまで戻って東山の尾根に入る。今までと同じ植林と雑木林の地味な尾根で、どこまで歩いても同じことだ。ただ東山に足跡を残すということだけに、ひたすら両足を動かしている。・774付近は尾根が広がって何処を歩くか迷う。地図では近いのに三倍くらい歩いても東山に着かない。しかもどのピークが東山か判断しかねる。GPSのお世話になろう。まあここだろうと思うピークに着く。来た甲斐もない場所だ。しかし地図を見ると北へ回り込んだ先にもう一つ790mがある。あとで違うと言われるのも癪なので、こいつも踏んづけに行く。キトラはやめた。・747がキトラ山になっているが、実際は東山も含めてピンポイントではなく周囲一帯を指すのだろう。・747も同じ風景であり、史跡などないことは明々白々である。
出発する前はあわよくば岳も登れるかと思ったが、もはやそれどころではない。疲れて下山さえも覚束ない帰宅困難者になりかけているのだ。よろよろと時間をかけて地蔵さんまで戻る。地蔵さんから鉄塔までに一度場所を失った。実際はルートの上にいたのだが距離感がおかしくなっているのだ。見覚えのない丘を越えると鉄塔はあった。小休止して山の神峠へ下りる。ヌタ場と巡視路標識があって、ここが峠だと判断する。しかし下山後確認したところ、そこから100m足らず西へ行ったところが本当の峠らしい。西尾本では絶賛されているが見逃してしまった。
しかし峠から茶屋川へ下りるにはここを通るのでルート上の問題ない。東へ下りる踏み跡に入った。95年のエアリアには破線ながらルートがある。最初は順調だったが峠谷源流で消えてしまった。あらま。仕方ないので沢下りとする。水流は少ないので問題はない・・・と言いたいところだが、やがて下降できない滝場の上に出た。左岸は渡り頃、落ち頃のいやらしい泥壁。長考1分27秒、やはり危険は避けて、しんどいが戻り気味の大高巻き。そしたらまた道らしきものが出てきたので辿る。しかしこれもやがて消えた。
ここは何処だ? コンパスを見るとあらぬ方向を指している。脳内コンパスと磁針との食い違いは心胆寒からしめるものがある。それが疑心暗鬼を呼び、もしかして反対側に下りているのではないかと言う妄想に取り付かれる。昼寝し過ぎて時間も押している。密林でGPSも役に立たない。もう体力も底を尽きかけている。すわ遭難か・・・そうなんか?
ともかくこの急斜面のトラバースは敵わんので、嫌々ながら左手の尾根らしきところまで登る。何で下山しているのに登らないかんねん・・・と思うと無性に腹が立つ。どう考えたってこの尾根は往路に使った・599の尾根、すなわち焼野のトンネルの上へ出る尾根である。こんなことなら始めから鉄塔で左折しておればもう車に着くころだ。あほくさー。だから山なんかイヤなんだ。599まで平坦だった尾根は急に高度を下げる。案外早く沢音が聞こえてきた。トンネルの上に出てもしょうがないので、途中で右へ外してズルズルと滑り下り、川で汗を流して無事帰りついたとさ。あとでネットを検索すると政所や箕川から登った記事ばかりで、茶屋川から登ったものは見つけられなかった。さもあらん。
皆さん、私は山をやめたわけではありません。回数が減ったのです。
低山で四苦八苦するヘタレになってしまいましたが、今後もドジョウのように泥臭い山で地道に汗をかいてまいる所存でございます。
ドウジョよろしく。
ハリマオ
朝な夕な秋の気配が漂ってきた。小さな秋は風情があるが、自分の中に小さな老人が現れてきたことは物の哀れを思う。
つかもうと思った物を落とす。低い障害物につまずく。食べ物をこぼす。有名人の名前が喉から出ない・・・これらはたまにであるが、回数が増えてきた気がする。しかし、屈んで立ち上がったりする動作が苦痛になったのと、25000図が見えないのは確定。老眼鏡は買い物にも必携である。あと気付かない人が多いと思うが、高音が聞こえづらくなっている。耳チェックのサイトがいくつかあるので試してみるといいだろう。私は14000Hzが限界である。10代ならCDの限界値である20000Hz近くまで聞こえるのだ。
さて、これは老化現象と関係あるかないか知らないが、山に対する飢餓感がなくなってきた。何日行かなくても平気である。登山は運動なるや、遊戯なるや。もし登山の労多くしてその利益少なきことあらば、すなわちその労は徒労と言へり。趣味は損得勘定でなすものではないが、行きたくなくても行くには動機がいる。今のところこれは健康のため、体の鍛錬が主となる。汗をかきに行こう。もう一つは未踏のピークをつぶすこと。トンネルも抜けたことだし滋賀県側の見過ごしてきた低山の落ち穂拾いでもやろうと思う。 旭山の西にキトラという地名がある。キトラ(亀虎)古墳を思わせる意味深な地名である。山の神峠という名も風情がある。この付近を周回してみよう。
簡単にクルマで県境を越え、茨川林道に入る。例によって車は水溜りの洗礼を受けてワヤである。焼野の広い路肩に駐車する。峠谷出合はこの辺だろうと思い、河原に下りた。出合はなかった。どうももう少し下流らしい。しかし登山靴なので下れない。対岸の適当な斜面に取り付いて峠谷方向にトラバする。しかし現実は急斜面でトラバは困難。結局どんどん追い上げられてしまう。これはしんどい。暑さと湿度と急登がナマッた体をジワジワと責め苛む。油断すれば汗で濡れた顔面には容赦なく蜘蛛の巣がへばりつく。不快指数も最高潮だ。あーあ、だから登山なんてイヤなんだ。来なけりゃよかった。
10歩よろよろ登っては肩で息をする。休んでばかりで、カタツムリにさえ抜かれそうだ。しかも休むとヒルが寄ってくる。先ほど手に食いついていた。あーあ、だから山なんてイヤなのさ。やがて雑木林の上に明るい部分が見えた。稜線らしい。苦労はもう十分したが、まだ旭山の主稜線ということはないだろう。地図を見るとどうも・599の尾根らしい。しかし見えていてもちっとも着かない。しんどくて動悸が早鐘を打つ。ベートベン ピアノソナタ「月光」第3楽章の激しい旋律が頭の中で鳴り響いている。艱難辛苦の果てにようやく尾根へ這いあがった。
今までの苦労が嘘のように尾根の上は歩き易い。しかし二次林が茂って展望は全くなく、坂道になればやはりつらい。やがて黄色いプラスチックの巡視路標識があった。回り込むと鉄塔がドドーンと聳えている。今までずっと樹林に閉じ込められていた鬱屈が一気に晴れた。ガスが多めながら竜ヶ岳・藤原岳方面がよく見える。やれやれと荷物を放り出し、まず河馬のごとく水を飲む。それからヒルの点検。奇跡的に足はやられていなかった。
コンパスを見て旭山方面へ進む。道はあるが分かりにくい。何度かアップダウンがあり、しんどい。まあ疲れていなければどうということもないのだろう。やがて三叉路があり、木の裏に素朴な彫りこみの地蔵さんが置いてあった。右折すると程なく旭山山頂だ。漂石を見てこの山が三角点峰であったことに気付く。旭山の命名は箕川、政所集落から見て朝日が登る山ということだろう。伊勢の国じゃ海から日が登って山に沈むのが常識だから、山から日が登ったら大騒ぎさ。ここは展望は何もないが少々の平坦地はあるので昼食にしよう。
食後はシートを敷いて横になる。そうしないと午後から歩けない気がする。情けないほど弱体化してしまったものだ。それにしても淋しい山だ。ここで寝ていてもどうせ誰も来ないだろう。 四周無人 我只是有。ショパンのノクターン第20番(遺作)が聞こえる。映画「戦場のピアニスト」の冒頭、あるいは新しい方の「ベストキッド」で少女が弾いている曲だ。一時間ほどウトウトし、出発した。
地蔵さんまで戻って東山の尾根に入る。今までと同じ植林と雑木林の地味な尾根で、どこまで歩いても同じことだ。ただ東山に足跡を残すということだけに、ひたすら両足を動かしている。・774付近は尾根が広がって何処を歩くか迷う。地図では近いのに三倍くらい歩いても東山に着かない。しかもどのピークが東山か判断しかねる。GPSのお世話になろう。まあここだろうと思うピークに着く。来た甲斐もない場所だ。しかし地図を見ると北へ回り込んだ先にもう一つ790mがある。あとで違うと言われるのも癪なので、こいつも踏んづけに行く。キトラはやめた。・747がキトラ山になっているが、実際は東山も含めてピンポイントではなく周囲一帯を指すのだろう。・747も同じ風景であり、史跡などないことは明々白々である。
出発する前はあわよくば岳も登れるかと思ったが、もはやそれどころではない。疲れて下山さえも覚束ない帰宅困難者になりかけているのだ。よろよろと時間をかけて地蔵さんまで戻る。地蔵さんから鉄塔までに一度場所を失った。実際はルートの上にいたのだが距離感がおかしくなっているのだ。見覚えのない丘を越えると鉄塔はあった。小休止して山の神峠へ下りる。ヌタ場と巡視路標識があって、ここが峠だと判断する。しかし下山後確認したところ、そこから100m足らず西へ行ったところが本当の峠らしい。西尾本では絶賛されているが見逃してしまった。
しかし峠から茶屋川へ下りるにはここを通るのでルート上の問題ない。東へ下りる踏み跡に入った。95年のエアリアには破線ながらルートがある。最初は順調だったが峠谷源流で消えてしまった。あらま。仕方ないので沢下りとする。水流は少ないので問題はない・・・と言いたいところだが、やがて下降できない滝場の上に出た。左岸は渡り頃、落ち頃のいやらしい泥壁。長考1分27秒、やはり危険は避けて、しんどいが戻り気味の大高巻き。そしたらまた道らしきものが出てきたので辿る。しかしこれもやがて消えた。
ここは何処だ? コンパスを見るとあらぬ方向を指している。脳内コンパスと磁針との食い違いは心胆寒からしめるものがある。それが疑心暗鬼を呼び、もしかして反対側に下りているのではないかと言う妄想に取り付かれる。昼寝し過ぎて時間も押している。密林でGPSも役に立たない。もう体力も底を尽きかけている。すわ遭難か・・・そうなんか?
ともかくこの急斜面のトラバースは敵わんので、嫌々ながら左手の尾根らしきところまで登る。何で下山しているのに登らないかんねん・・・と思うと無性に腹が立つ。どう考えたってこの尾根は往路に使った・599の尾根、すなわち焼野のトンネルの上へ出る尾根である。こんなことなら始めから鉄塔で左折しておればもう車に着くころだ。あほくさー。だから山なんかイヤなんだ。599まで平坦だった尾根は急に高度を下げる。案外早く沢音が聞こえてきた。トンネルの上に出てもしょうがないので、途中で右へ外してズルズルと滑り下り、川で汗を流して無事帰りついたとさ。あとでネットを検索すると政所や箕川から登った記事ばかりで、茶屋川から登ったものは見つけられなかった。さもあらん。
皆さん、私は山をやめたわけではありません。回数が減ったのです。
低山で四苦八苦するヘタレになってしまいましたが、今後もドジョウのように泥臭い山で地道に汗をかいてまいる所存でございます。
ドウジョよろしく。
ハリマオ
朝な夕な秋の気配が漂ってきた。