【台高】先人の知恵 樫山木馬道 こんな所に道が!
Posted: 2016年1月11日(月) 17:40
【日 付】2016年1月10日(日)
【山 域】台高
【コース】銚子川第二発電所P7:20---10:35ツミバ---11:26樫山---13:42銚子川第二発電所P
【メンバー】単独
大台ケ原の木を搬出するために紀北町相賀から山頂まで20kmの四日市製紙専用軌道(索道・インクライン含)が大正時代に敷設された。この最大の難所が、樫山から銚子川沿いにトロッコが来ている猪ノ谷までの区間だった。樫山は岩尾根だらけの天然の擁壁のような山で、かなり苦労したようだ。当初は樫山から建設費が安く済む木馬で木材を下せるところまでおろして、そこから架線で猪ノ谷に運ぼうとしたようだ。
海山ICで下りて、相賀から銚子川沿いに進み木津。ここから林道を進み銚子川第二発電所駐車場に停めると、目の前に発電所のパイプが真っ直ぐに急斜面を駆け上がっていた。吊り橋を渡ると発電所で、ここからジグザグ道を進む。ブロックとセメントで作られているが下部はガレで埋め尽くされている所も多く、歩きにくい。昔は発電所用に使われていたみたいで、手すりがあったりする。おとなしめに石を落しながら猪の親子が5匹通りすぎて行った。
[attachment=2]IMG_0622.jpg[/attachment]
発電所の貯水槽に着くと、突然ブーブーという警笛音が鳴りだした。すると水槽のチェーンが動きだし水を流し始めた。水を流す際の警告ブザーのようで、自然豊かな場所での機械音は違和感があり驚いた。このあたりまで木馬で下して、架線で猪ノ谷に下したようだ。
水槽から左に向かう道は木馬道で石積みが残っている。しっかり残っており快適に進んで行くと大きな炭窯跡。その先の小谷で道は消えるが、このあたりでは珍しい対岸の杉の木を目当てに進んで行くと再び道があらわれた。その先の枯れた杉の大木からは二重三重に石積みがあり、ツヅラ折れで道は上っていく。尾根を回り込むとガレた谷に出て、その先には石積みの平坦地があった。zippさんの書いていた左岸の炭窯はガレで埋もれたようだ。
[attachment=3]IMG_0617.jpg[/attachment]
石積みの道が続きだすと、突然青いビニールテープがあらわれる。ここまでの木馬道にはマーキングはまったく無いが、ここからビニールテープが続く。シュークリームさんはここを下りてえらい目にあったんだ。どうやら青テープ氏は、木馬道があるのをわかっていて木馬道につながるようにテープをつけたようだ。しかし、ここまでの木馬道側にはテープは無く、決してほめられたマーキングのつけ方ではない。
ここからは立派な木馬道が大きなツヅラ折れを作りながら上って行く。木馬は路面に丸太を線路のように一定間隔に並べ、その上を木材を乗せたソリで運ぶ方法で当時は架線よりも安く建設できたようだ。ただ、軌道のようにレールがあるわけではないので、雨が降ると横滑りしてしまうため作業ができなかったり、人力で運ぶために運搬速度も遅く効率は良くなかったようだ。
[attachment=4]IMG_0122.jpg[/attachment]
何度もツヅラ折れを繰り返す木馬道に飽きてきて、途中からショートカットして上っていく。石積みの木馬道が消えたあたりからは木の無いハーフパイプのような溝が頂上部に向かって真っすぐに伸びている。修羅にして木材を落したのだろうか。ここを上っていくと頂上部のツミバに着いた。当初は、樫山木馬道の起点の貯水槽あたりから二つの架線で木材を下していたが、効率を考えて大正7年にはツミバから貯水槽まで2つの架線を増設して合わせて4つの架線でツミバから猪ノ谷に下すようにしたそうだ。
ツミバからは尾根の岩井谷側に岩井谷軌道が設けられトロッコが走っていたようなので追っていくが、いまいちはっきりしない感じだった。飯場跡によるとビンや茶碗などのかけらがたくさん落ちていた。その中でも、便ノ山と相賀と書かれた貧乏徳利が印象的だった。紀北町の便ノ山と相賀の酒屋で日本酒を買って飯場まで運んできた証拠で嬉しくなった。樫山に向かう道すがら不動谷側を通っていた岩井谷木馬道の痕跡を探したがよくわからなかった。
[attachment=1]IMG_0645.jpg[/attachment]
広い山頂部から少し下った地点にある樫山に到着。三角点には錆びたちょうなの先が落ちていた。大台山林事業が大正11年に中止になるので、ツミバからの架線が開通してから4年間で終わりをつげることになる。当時、現役だった岩井谷軌道がはっきりせず、木材搬出という目的からはずされた樫山木馬道がしっかりと残っているのは皮肉と言える。それだけに樫山木馬道が地形をうまく使いしっかりと作られているということなのだろう。
[attachment=0]IMG_0667.jpg[/attachment]
コンパスを合わせて南尾根を下りると、すぐにテープが出てきた。薄暗い常緑樹の尾根を750mぐらいまでは南に下り、それ以降は南東方向に尾根は向きをかえる。テープがしっかりついているので尾根芯さえはずさなければ迷うことはない。500m地点に石垣があり400mで古道が横切る。古道を横切るとすぐに右側に植林が出てくるので植林との境目を下って行くと荒れ果てた銚子川の堰堤上部に着く。水の無い河原を歩き対岸をひと上りで林道、あとは駐車地まで歩くだけだ。林道からは樫山が見えるが、岩尾根だらけでまともに取りつける所など無い感じだ。取りつけるのは上った発電所の尾根と下った南尾根ぐらいだろう。それにしてもよくこんな所に木馬道を作ったもんだと、思わずにはいられなかった。
【山 域】台高
【コース】銚子川第二発電所P7:20---10:35ツミバ---11:26樫山---13:42銚子川第二発電所P
【メンバー】単独
大台ケ原の木を搬出するために紀北町相賀から山頂まで20kmの四日市製紙専用軌道(索道・インクライン含)が大正時代に敷設された。この最大の難所が、樫山から銚子川沿いにトロッコが来ている猪ノ谷までの区間だった。樫山は岩尾根だらけの天然の擁壁のような山で、かなり苦労したようだ。当初は樫山から建設費が安く済む木馬で木材を下せるところまでおろして、そこから架線で猪ノ谷に運ぼうとしたようだ。
海山ICで下りて、相賀から銚子川沿いに進み木津。ここから林道を進み銚子川第二発電所駐車場に停めると、目の前に発電所のパイプが真っ直ぐに急斜面を駆け上がっていた。吊り橋を渡ると発電所で、ここからジグザグ道を進む。ブロックとセメントで作られているが下部はガレで埋め尽くされている所も多く、歩きにくい。昔は発電所用に使われていたみたいで、手すりがあったりする。おとなしめに石を落しながら猪の親子が5匹通りすぎて行った。
[attachment=2]IMG_0622.jpg[/attachment]
発電所の貯水槽に着くと、突然ブーブーという警笛音が鳴りだした。すると水槽のチェーンが動きだし水を流し始めた。水を流す際の警告ブザーのようで、自然豊かな場所での機械音は違和感があり驚いた。このあたりまで木馬で下して、架線で猪ノ谷に下したようだ。
水槽から左に向かう道は木馬道で石積みが残っている。しっかり残っており快適に進んで行くと大きな炭窯跡。その先の小谷で道は消えるが、このあたりでは珍しい対岸の杉の木を目当てに進んで行くと再び道があらわれた。その先の枯れた杉の大木からは二重三重に石積みがあり、ツヅラ折れで道は上っていく。尾根を回り込むとガレた谷に出て、その先には石積みの平坦地があった。zippさんの書いていた左岸の炭窯はガレで埋もれたようだ。
[attachment=3]IMG_0617.jpg[/attachment]
石積みの道が続きだすと、突然青いビニールテープがあらわれる。ここまでの木馬道にはマーキングはまったく無いが、ここからビニールテープが続く。シュークリームさんはここを下りてえらい目にあったんだ。どうやら青テープ氏は、木馬道があるのをわかっていて木馬道につながるようにテープをつけたようだ。しかし、ここまでの木馬道側にはテープは無く、決してほめられたマーキングのつけ方ではない。
ここからは立派な木馬道が大きなツヅラ折れを作りながら上って行く。木馬は路面に丸太を線路のように一定間隔に並べ、その上を木材を乗せたソリで運ぶ方法で当時は架線よりも安く建設できたようだ。ただ、軌道のようにレールがあるわけではないので、雨が降ると横滑りしてしまうため作業ができなかったり、人力で運ぶために運搬速度も遅く効率は良くなかったようだ。
[attachment=4]IMG_0122.jpg[/attachment]
何度もツヅラ折れを繰り返す木馬道に飽きてきて、途中からショートカットして上っていく。石積みの木馬道が消えたあたりからは木の無いハーフパイプのような溝が頂上部に向かって真っすぐに伸びている。修羅にして木材を落したのだろうか。ここを上っていくと頂上部のツミバに着いた。当初は、樫山木馬道の起点の貯水槽あたりから二つの架線で木材を下していたが、効率を考えて大正7年にはツミバから貯水槽まで2つの架線を増設して合わせて4つの架線でツミバから猪ノ谷に下すようにしたそうだ。
ツミバからは尾根の岩井谷側に岩井谷軌道が設けられトロッコが走っていたようなので追っていくが、いまいちはっきりしない感じだった。飯場跡によるとビンや茶碗などのかけらがたくさん落ちていた。その中でも、便ノ山と相賀と書かれた貧乏徳利が印象的だった。紀北町の便ノ山と相賀の酒屋で日本酒を買って飯場まで運んできた証拠で嬉しくなった。樫山に向かう道すがら不動谷側を通っていた岩井谷木馬道の痕跡を探したがよくわからなかった。
[attachment=1]IMG_0645.jpg[/attachment]
広い山頂部から少し下った地点にある樫山に到着。三角点には錆びたちょうなの先が落ちていた。大台山林事業が大正11年に中止になるので、ツミバからの架線が開通してから4年間で終わりをつげることになる。当時、現役だった岩井谷軌道がはっきりせず、木材搬出という目的からはずされた樫山木馬道がしっかりと残っているのは皮肉と言える。それだけに樫山木馬道が地形をうまく使いしっかりと作られているということなのだろう。
[attachment=0]IMG_0667.jpg[/attachment]
コンパスを合わせて南尾根を下りると、すぐにテープが出てきた。薄暗い常緑樹の尾根を750mぐらいまでは南に下り、それ以降は南東方向に尾根は向きをかえる。テープがしっかりついているので尾根芯さえはずさなければ迷うことはない。500m地点に石垣があり400mで古道が横切る。古道を横切るとすぐに右側に植林が出てくるので植林との境目を下って行くと荒れ果てた銚子川の堰堤上部に着く。水の無い河原を歩き対岸をひと上りで林道、あとは駐車地まで歩くだけだ。林道からは樫山が見えるが、岩尾根だらけでまともに取りつける所など無い感じだ。取りつけるのは上った発電所の尾根と下った南尾根ぐらいだろう。それにしてもよくこんな所に木馬道を作ったもんだと、思わずにはいられなかった。
海山ICで下りて、相賀から銚子川沿いに進み木津。ここから林道を進み銚子川第二発電所駐車場に停めると、目の前に発電所のパイプが真っ直ぐに急斜面を駆け上がっていた。吊り橋を渡ると発電所で、ここからジグザグ道を進む。ブロックとセメントで作られているが下部はガレで埋め尽くされている所も多く、歩きにくい。昔は発電所用に使われていたみたいで、手すりがあったりする。おとなしめに石を落しながら猪の親子が5匹通りすぎて行った。