【鈴鹿】木和田尾から秋の御池岳へ
Posted: 2013年11月04日(月) 18:49
みなさん、ほとんどはじめまして。みなさんのレポはいつも楽しく読んでいます。
ありがとうございます。たまにはということで、
一般登山道での「表示と道迷い」について書きました。
自分のような山歩き初心者への注意を喚起するということで、
読者の多いこの掲示板に、ブログの複製レポの掲載をお許しください。
山歩き:秋の御池岳へ(木和田尾から)
草紅葉の広がる今日のテーブルランドは荒涼としていた。
どんよりとした曇り空は秋を演出する気配をまるで感じさせない。
赤テープほか登山道や表示についていろいろと考えた一日。
【山行日】2013年11月2日(土)
【山 域】鈴鹿:御池岳・木和田尾周辺
【天 候】曇り
【形 態】一部周回・往復 往き単族、復路は二人 軽装
【コース】藤原簡易パーキング起点
P7:50--7:58登山口--8:49子向井山--木和田尾--9:46白瀬峠--真の谷--
--11:13奥ノ平--11:45風池12:00--12:07丸山--13:03カタクリ峠--
--13:33白瀬峠--木和田尾--14:53登山口--15:03P
先週の今週で同じパーキング、登山口だけ少し変更。
木和田尾には手前の鉄塔巡視路から入る。
先週、初めて歩き、下りに使った道だ。
薄暗い樹林帯の、記憶も確かな道を黙々と上がっていく。
谷に沿った道からジグザグにあがり、そろそろという所で何と道を外す。
こんな自分に、ほとほと本当に情けなくなる。
向かう方向も確かだから修正もせず、そのまま急斜面を上がっていく。
そして、鉄塔に出る。
正しい道(巡視路)は鉄塔を通らず、東側から上へ鉄塔を巻いていく。
今日は、鉄塔の東北の足の部分に上がった。
木和田尾道の一部が崩壊していた昨年は、鉄塔の西北のやせ尾根から上がり、下った。
よく見ると、西南にもしっかり赤テープがあり、下り口になっている。
どれを通ってもなんとかなるのか、先で行き詰るのか。
かつて道であったかもしれないし、誰か専用の道とも考えられる。
赤テープ表示のうっかり過信は危険とも、怪とも考えたほうがいい。
ちなみに通ったところにはどこにも赤テープがあり、踏み跡があった。
そこからは間違えようもなくぐんぐん上がり、子向井山に至る。
明確なピークではなく、普通は気がつかずに通り過ぎる方が多いと思う。
少し進んで、右下から、いわゆる木和田尾道が合流してくる。
(このコース分岐・合流についても少し疑義あり、後述。)
ここで今日、初めて人に会う。
歩きやすい、秋の気配のする静かな道をどんどん上がっていく。
坂本谷からの合流表示を見て、直登ではなく白瀬峠へ右折する。
この道は道型がはっきりしていて趣があり、トラバース道である。
巻き道は素直にずんずん進むといいが、途中、崩れた部分に出る。
雪で覆われ、凍結すると、結構緊張させられるだろう。
崩落した谷道を少し高巻き、谷に下りると、標高が高いのにしっかりと流れがある。
古いジグザグの道型の残った道をあえいで上ると白瀬峠に至る。
帰りに、同行した青年に指摘されたことだが、先に書くと・・・。
周囲に表示はたくさんあっても、ここが白瀬峠(白船峠)と示すものはない。
ここまで白瀬峠方面の表示ばかりだったので、例の表示板がなくなり、
肝心のそれがないと、なんともはや、画竜点睛を欠く。
分かっている人にはなんでもないことだが、初めての人は当然とまどう。
さて今日は、左折の藤原岳でも、右折のカタクリ峠・御池岳でもなく、
まっすぐ進み、まずは真の谷に下りてから、御池岳へ上がる予定。
少し汗拭きなどの休息をとり、歩き始める。
道は下の谷筋(奥ガ谷)へ降りるのではなく、ずっとトラバース道が続く。
国土地理院の地形図では明らかに谷を下りていく道だった(オモタザカ道)。
谷筋の下の方に、遠目にも赤テープ印がしっかりと散見できた。
でも、道はずっとしっかり巻き道を通していた(西オモタザカ道)。
自分はここを今日、初めて通るのだが、この道だって
分かっている人には当然のことかもしれないが、初めての人はとまどう。
でもまあ、秋色が満載の、美しい道だこと。(最初の写真)
真の谷に下りる手前で前方を仰ぐと御池岳テーブルランドが見えた。
立ちはだかる壁のようだ。
そしてすぐに真の谷に下りる。
以前、カタクリ峠からここへ下りて来たことがある。
流れに沿って下りながら、真の谷の流れはいつの間にか伏流していた。
その時は、そのまま急斜面をトラバ、へつりながら土倉岳を目指した。
結局、へつりがきつくなってあきらめ、最後は御池へがむしゃらに直登した。
途中で、鹿の角を拾う幸運もあった。
さて、真の谷。
流れ込む向かいの支流谷(水木ガ洞)の荒れが生々しい。
すぐに焚き火の跡とテント泊の跡らしきを認めた。 手前に新しい焚き火跡があり、すぐ上にもそれがある。 先週ヤブオフ会前夜、シュークリームさんがテント泊した場所にちがいない。
すぐに近くの尾根に取り付き、斜面を上がっていく。
急なので、歩きやすい部分を選び、ジグをきって行く。
大きな窪地(ドリーネ)があらわれた。
カルスト地形の御池や藤原にはつきものだが、池にはなっていない。
水がたまらないということは、だだ漏れまたは底穴があるのだろうか。
いつか急に、スコンと底抜けすることもあるのだろうか。
(「山たまごの東海岳行」によれば「空池」とのこと)。
歩く尾根は斜度を増し、カレンフェルトの石柱があらわれる。
石場を階段にしたり、時に樹木をつかんで上がっていく。
ようやくなだらかになり、ぐわんと視界が開ける。
奥の平。
目指していたのだが、以前、下りに使った尾根とは様相が違っていた。
でもまあ、結果として正解。
いわゆる「仕事の早い尾根」の枝尾根だったのかもしれない。
草紅葉の広がるテーブルランドは荒涼としていた。
それでもこのだだっ広い土地にぽつぽつと人影をみとめる。
どんよりとした曇り空は秋を演出する気配をまるで感じさせない。
まずはとにかく、今日の目的地へと下っていく。
秋色を一番感じさせるあの池はどうなんだろう。 うーむ、遅かったか、秋が短すぎたのか。
雰囲気はある、暖かい光のないのが痛い。
ボタンブチ、天狗の鼻というおきまりの名所を通っていく。
丁字尾根やゴロ谷方面の台地は遠目にも秋の混色が綺麗だ。
どこにもそれとなくさりげなく休憩する人がいる。
滋賀県側から入山している人が多いようだ。
男はみんなお互いに程よい距離をとりたがるようだ。
ならば自分も、ということで少し離れた池に来る。
風池。
周囲はすっかりヌタ場然のここで昼食休憩とする。
食事にはあまりふさわしくなさそうだったかなあ。
帰りは、丸山を経由して、疲れた足にやさしい確かな一般道で戻る予定。
ということで、すぐに道に合流し、丸山へ。
そこで、丁字尾根から上がった人に相談する青年に会う。
彼は、大貝戸から藤原岳に上がり、縦走して御池岳へ来た、という。
この山域は初めてとのこと。
一般道の真の谷出合から丸山への上りで、少し道を外したらしい。
そのことで、地形図・GPSその他万全装備の彼は悩んでいた。
帰りはどの道を戻っていくといいのか。
この山(御池岳)はこういうまじめな登山者に親切ではない。
そんな訳で、帰る方向が同じ自分といっしょに行くことになる。
丸山から下山するが、適当に歩き始める自分。
彼はコンパスを出して、向かう方向を真剣に検討している。
案の定、道らしきはすぐになくなり、踏み跡が入り乱れる。
それらを適当に拾って進むと、すぐに消え、また踏み跡が現れる。
でもそこで、上がってきた夫婦とすれ違う。
彼らが上がってきた道を下りて行くと、道はすぐに薄くなる。
本当に大丈夫か、この同行は危険なあのモデルケースと同じではないか。
(勘のいい人はすぐにぴんとくるのでは?)
池が現れ、すぐにもう一つ、そしてまたひとつ。
その池の配列と、池のむこうに見えた景色から現在地が分かってくる。
とんでもない方向違い、遠回り。
もどる時間を気にする彼に対して申し訳ないことをした。
これは自分が、丸山からカタクリ峠方面への一般道を下ったことがない、
ということよりも、一番最初にコンパスで方角を確認しなかったことが原因。
その後は、いわゆる一般道をたんたんとたどっていく。
それにしても、三重県側からの入山が減少した今、
鈴北岳、滋賀県方面への道だけが目立ち、三重県への踏み跡は薄い。
過ぎ行く秋をみながら、カタクリ峠を過ぎて、県境尾根へ。
テント装備の二人連れの方とすれ違う。
父と息子らしき二人は、真の谷で泊まるらしい。
以前、真の谷で道に迷ったと言われるが、今日は確かだろう。
ガイドブックで紹介する一般的な場所とは思えないし、
親切な案内はまるでない(当然だ)が、それが分かっておればいい場所だ。
遠い道のりだが、三重県からの新しい入山者は増えている?
荷カ岳の丸尾分岐では六人ぐらいの団体さんがいた。
今から丸尾で下山すると言う、急降下のこの尾根を!たいしたもんだなあ。
白瀬峠に来る。
同行の彼はここから藤原岳に向かわず、一緒に下りると言う。
歩く距離や時間を考慮しての判断。
ということで、木和田尾は彼が先行して行く。
とにかくこの山域が初めてなんだから、自分で確認したほうがいい。
同行者はまるであてにならないのだから。
この単調な尾根でも、(最難関の)大貝戸道よりはずっと雰囲気がいい、との感想。
聖宝寺道が使えない今、人気の山が大貝戸道だけで商売とは如何なものか。
満足できない山ボ山ガが体力に任せてどんどん縦走してきている。
で、子向山への巡視路と、いわゆる木和田尾道の分岐点に来る。
初めての彼は、迷うことなく直進した。
流れからして当然だと思うし、すぐ後ろの二人も入っていく。
藤原簡易パーキングを起点にするなら、近いし早い。
その二人から親切なそんな忠告を受けながら、左折することにした。
往きにここを上がってくる人を見ているし、崩壊したあの箇所が今はどんなものか。
下りて行くと赤テープが離れて乱れてつけられている。
少し離れたところに、表示板もある(離れすぎ)。
右にトラバしながら下っていくのだが、不自然すぎる。
思い出した。
初めてここを上がってきた時、表示板は記憶になく、直進した。
そしてそれであまり問題はなかった。
その上の展望台こと鉄塔のところで合流する。
かように、木和田尾は広い尾根で道が多いし、流されやすい。
いわゆる木和田尾道はトラバ道から谷筋に入る。
以前、豪雨で崩れて通れなかったのはどこかと探りながら下りていく。
倒木に邪魔された部分はしっかりとカットされ、
丸太でしっかりと道が作られてもいる。
利用者は少なそうだが、一般道としての位は依然、保っている。
そして、登山口に出た。
この配水場付近に駐車しないかぎり、どうみても不利(?)だ。
ネットの情報で道が選ばれ、トレースが拡散していく。
プリントアウトした地形図、GPS、スマフォなど装備も豪華。
それに伴い、登山道やガイドブックも変わっていくのだろうか。
どこでも赤テープ、えっという表示板ほかいろんなことを考える山行になった。
秋は早足で過ぎ去り、前述の現代装備は何も持たず、
経験を積み重ねるだけがたよりの自分の記憶のひどさにも脱力。
たそがれ高洋
ありがとうございます。たまにはということで、
一般登山道での「表示と道迷い」について書きました。
自分のような山歩き初心者への注意を喚起するということで、
読者の多いこの掲示板に、ブログの複製レポの掲載をお許しください。
山歩き:秋の御池岳へ(木和田尾から)
草紅葉の広がる今日のテーブルランドは荒涼としていた。
どんよりとした曇り空は秋を演出する気配をまるで感じさせない。
赤テープほか登山道や表示についていろいろと考えた一日。
【山行日】2013年11月2日(土)
【山 域】鈴鹿:御池岳・木和田尾周辺
【天 候】曇り
【形 態】一部周回・往復 往き単族、復路は二人 軽装
【コース】藤原簡易パーキング起点
P7:50--7:58登山口--8:49子向井山--木和田尾--9:46白瀬峠--真の谷--
--11:13奥ノ平--11:45風池12:00--12:07丸山--13:03カタクリ峠--
--13:33白瀬峠--木和田尾--14:53登山口--15:03P
先週の今週で同じパーキング、登山口だけ少し変更。
木和田尾には手前の鉄塔巡視路から入る。
先週、初めて歩き、下りに使った道だ。
薄暗い樹林帯の、記憶も確かな道を黙々と上がっていく。
谷に沿った道からジグザグにあがり、そろそろという所で何と道を外す。
こんな自分に、ほとほと本当に情けなくなる。
向かう方向も確かだから修正もせず、そのまま急斜面を上がっていく。
そして、鉄塔に出る。
正しい道(巡視路)は鉄塔を通らず、東側から上へ鉄塔を巻いていく。
今日は、鉄塔の東北の足の部分に上がった。
木和田尾道の一部が崩壊していた昨年は、鉄塔の西北のやせ尾根から上がり、下った。
よく見ると、西南にもしっかり赤テープがあり、下り口になっている。
どれを通ってもなんとかなるのか、先で行き詰るのか。
かつて道であったかもしれないし、誰か専用の道とも考えられる。
赤テープ表示のうっかり過信は危険とも、怪とも考えたほうがいい。
ちなみに通ったところにはどこにも赤テープがあり、踏み跡があった。
そこからは間違えようもなくぐんぐん上がり、子向井山に至る。
明確なピークではなく、普通は気がつかずに通り過ぎる方が多いと思う。
少し進んで、右下から、いわゆる木和田尾道が合流してくる。
(このコース分岐・合流についても少し疑義あり、後述。)
ここで今日、初めて人に会う。
歩きやすい、秋の気配のする静かな道をどんどん上がっていく。
坂本谷からの合流表示を見て、直登ではなく白瀬峠へ右折する。
この道は道型がはっきりしていて趣があり、トラバース道である。
巻き道は素直にずんずん進むといいが、途中、崩れた部分に出る。
雪で覆われ、凍結すると、結構緊張させられるだろう。
崩落した谷道を少し高巻き、谷に下りると、標高が高いのにしっかりと流れがある。
古いジグザグの道型の残った道をあえいで上ると白瀬峠に至る。
帰りに、同行した青年に指摘されたことだが、先に書くと・・・。
周囲に表示はたくさんあっても、ここが白瀬峠(白船峠)と示すものはない。
ここまで白瀬峠方面の表示ばかりだったので、例の表示板がなくなり、
肝心のそれがないと、なんともはや、画竜点睛を欠く。
分かっている人にはなんでもないことだが、初めての人は当然とまどう。
さて今日は、左折の藤原岳でも、右折のカタクリ峠・御池岳でもなく、
まっすぐ進み、まずは真の谷に下りてから、御池岳へ上がる予定。
少し汗拭きなどの休息をとり、歩き始める。
道は下の谷筋(奥ガ谷)へ降りるのではなく、ずっとトラバース道が続く。
国土地理院の地形図では明らかに谷を下りていく道だった(オモタザカ道)。
谷筋の下の方に、遠目にも赤テープ印がしっかりと散見できた。
でも、道はずっとしっかり巻き道を通していた(西オモタザカ道)。
自分はここを今日、初めて通るのだが、この道だって
分かっている人には当然のことかもしれないが、初めての人はとまどう。
でもまあ、秋色が満載の、美しい道だこと。(最初の写真)
真の谷に下りる手前で前方を仰ぐと御池岳テーブルランドが見えた。
立ちはだかる壁のようだ。
そしてすぐに真の谷に下りる。
以前、カタクリ峠からここへ下りて来たことがある。
流れに沿って下りながら、真の谷の流れはいつの間にか伏流していた。
その時は、そのまま急斜面をトラバ、へつりながら土倉岳を目指した。
結局、へつりがきつくなってあきらめ、最後は御池へがむしゃらに直登した。
途中で、鹿の角を拾う幸運もあった。
さて、真の谷。
流れ込む向かいの支流谷(水木ガ洞)の荒れが生々しい。
すぐに焚き火の跡とテント泊の跡らしきを認めた。 手前に新しい焚き火跡があり、すぐ上にもそれがある。 先週ヤブオフ会前夜、シュークリームさんがテント泊した場所にちがいない。
すぐに近くの尾根に取り付き、斜面を上がっていく。
急なので、歩きやすい部分を選び、ジグをきって行く。
大きな窪地(ドリーネ)があらわれた。
カルスト地形の御池や藤原にはつきものだが、池にはなっていない。
水がたまらないということは、だだ漏れまたは底穴があるのだろうか。
いつか急に、スコンと底抜けすることもあるのだろうか。
(「山たまごの東海岳行」によれば「空池」とのこと)。
歩く尾根は斜度を増し、カレンフェルトの石柱があらわれる。
石場を階段にしたり、時に樹木をつかんで上がっていく。
ようやくなだらかになり、ぐわんと視界が開ける。
奥の平。
目指していたのだが、以前、下りに使った尾根とは様相が違っていた。
でもまあ、結果として正解。
いわゆる「仕事の早い尾根」の枝尾根だったのかもしれない。
草紅葉の広がるテーブルランドは荒涼としていた。
それでもこのだだっ広い土地にぽつぽつと人影をみとめる。
どんよりとした曇り空は秋を演出する気配をまるで感じさせない。
まずはとにかく、今日の目的地へと下っていく。
秋色を一番感じさせるあの池はどうなんだろう。 うーむ、遅かったか、秋が短すぎたのか。
雰囲気はある、暖かい光のないのが痛い。
ボタンブチ、天狗の鼻というおきまりの名所を通っていく。
丁字尾根やゴロ谷方面の台地は遠目にも秋の混色が綺麗だ。
どこにもそれとなくさりげなく休憩する人がいる。
滋賀県側から入山している人が多いようだ。
男はみんなお互いに程よい距離をとりたがるようだ。
ならば自分も、ということで少し離れた池に来る。
風池。
周囲はすっかりヌタ場然のここで昼食休憩とする。
食事にはあまりふさわしくなさそうだったかなあ。
帰りは、丸山を経由して、疲れた足にやさしい確かな一般道で戻る予定。
ということで、すぐに道に合流し、丸山へ。
そこで、丁字尾根から上がった人に相談する青年に会う。
彼は、大貝戸から藤原岳に上がり、縦走して御池岳へ来た、という。
この山域は初めてとのこと。
一般道の真の谷出合から丸山への上りで、少し道を外したらしい。
そのことで、地形図・GPSその他万全装備の彼は悩んでいた。
帰りはどの道を戻っていくといいのか。
この山(御池岳)はこういうまじめな登山者に親切ではない。
そんな訳で、帰る方向が同じ自分といっしょに行くことになる。
丸山から下山するが、適当に歩き始める自分。
彼はコンパスを出して、向かう方向を真剣に検討している。
案の定、道らしきはすぐになくなり、踏み跡が入り乱れる。
それらを適当に拾って進むと、すぐに消え、また踏み跡が現れる。
でもそこで、上がってきた夫婦とすれ違う。
彼らが上がってきた道を下りて行くと、道はすぐに薄くなる。
本当に大丈夫か、この同行は危険なあのモデルケースと同じではないか。
(勘のいい人はすぐにぴんとくるのでは?)
池が現れ、すぐにもう一つ、そしてまたひとつ。
その池の配列と、池のむこうに見えた景色から現在地が分かってくる。
とんでもない方向違い、遠回り。
もどる時間を気にする彼に対して申し訳ないことをした。
これは自分が、丸山からカタクリ峠方面への一般道を下ったことがない、
ということよりも、一番最初にコンパスで方角を確認しなかったことが原因。
その後は、いわゆる一般道をたんたんとたどっていく。
それにしても、三重県側からの入山が減少した今、
鈴北岳、滋賀県方面への道だけが目立ち、三重県への踏み跡は薄い。
過ぎ行く秋をみながら、カタクリ峠を過ぎて、県境尾根へ。
テント装備の二人連れの方とすれ違う。
父と息子らしき二人は、真の谷で泊まるらしい。
以前、真の谷で道に迷ったと言われるが、今日は確かだろう。
ガイドブックで紹介する一般的な場所とは思えないし、
親切な案内はまるでない(当然だ)が、それが分かっておればいい場所だ。
遠い道のりだが、三重県からの新しい入山者は増えている?
荷カ岳の丸尾分岐では六人ぐらいの団体さんがいた。
今から丸尾で下山すると言う、急降下のこの尾根を!たいしたもんだなあ。
白瀬峠に来る。
同行の彼はここから藤原岳に向かわず、一緒に下りると言う。
歩く距離や時間を考慮しての判断。
ということで、木和田尾は彼が先行して行く。
とにかくこの山域が初めてなんだから、自分で確認したほうがいい。
同行者はまるであてにならないのだから。
この単調な尾根でも、(最難関の)大貝戸道よりはずっと雰囲気がいい、との感想。
聖宝寺道が使えない今、人気の山が大貝戸道だけで商売とは如何なものか。
満足できない山ボ山ガが体力に任せてどんどん縦走してきている。
で、子向山への巡視路と、いわゆる木和田尾道の分岐点に来る。
初めての彼は、迷うことなく直進した。
流れからして当然だと思うし、すぐ後ろの二人も入っていく。
藤原簡易パーキングを起点にするなら、近いし早い。
その二人から親切なそんな忠告を受けながら、左折することにした。
往きにここを上がってくる人を見ているし、崩壊したあの箇所が今はどんなものか。
下りて行くと赤テープが離れて乱れてつけられている。
少し離れたところに、表示板もある(離れすぎ)。
右にトラバしながら下っていくのだが、不自然すぎる。
思い出した。
初めてここを上がってきた時、表示板は記憶になく、直進した。
そしてそれであまり問題はなかった。
その上の展望台こと鉄塔のところで合流する。
かように、木和田尾は広い尾根で道が多いし、流されやすい。
いわゆる木和田尾道はトラバ道から谷筋に入る。
以前、豪雨で崩れて通れなかったのはどこかと探りながら下りていく。
倒木に邪魔された部分はしっかりとカットされ、
丸太でしっかりと道が作られてもいる。
利用者は少なそうだが、一般道としての位は依然、保っている。
そして、登山口に出た。
この配水場付近に駐車しないかぎり、どうみても不利(?)だ。
ネットの情報で道が選ばれ、トレースが拡散していく。
プリントアウトした地形図、GPS、スマフォなど装備も豪華。
それに伴い、登山道やガイドブックも変わっていくのだろうか。
どこでも赤テープ、えっという表示板ほかいろんなことを考える山行になった。
秋は早足で過ぎ去り、前述の現代装備は何も持たず、
経験を積み重ねるだけがたよりの自分の記憶のひどさにも脱力。
たそがれ高洋
兵どもが夢の跡という訳だ。