【鈴鹿】多志田谷を探る - 福岡野につづく道10 -
Posted: 2013年5月06日(月) 16:59
【日 付】2013年5月5日(日)
【山 域】鈴鹿
【コース】新町墓地6:50---8:50草木---12:20多志田山13:20---15:33新町墓地
【メンバー】単独
治田鉱山は藤原岳周辺の銀・銅山の総称でその一つに多志田鉱山がある。江戸時代後期に多量の銀が採掘された記録はあるが、他の鉱山と違って記録はほとんど残っていない。当時孫太尾根に通じる牛道は多志田道と呼ばれ多志田谷上流の多志田銀山から洗練所のある福岡野に鉱石を運ぶ道として使われた。今日は久々に多志田谷を探ることにした。
新町の墓地に駐車し歩いていくとよく踏まれた道が続く。最初来たころはヤブっぽくあまり歩かれていない感じだったが、変わればかわるものだ。植林地の神武社殿跡をすぎ植林が切れるあたりになるとカレンフェルトの岩が出てきてイチリンソウが出迎えてくれる。対岸に見える遠足尾根クゼン谷の崩壊は年々大きくなり、龍神ブナがやられるはずだと思いながら一山上れば丸山につく。
山を下ると右手より牛道が合流してくる追分で、この道は桃ノ木尾を辿り福岡野に続いている。牛道がつづら折れに上がっている広々とした草木の東側のコルから多志田谷側を人足道が三鉱谷側を牛道が通っている。人足道は草木の直下で落ちてしまっているので牛道を辿る。草木の西側のコルより落書きのブナをすぎると多志田谷側にトラバースしながら孫太夫尾につづく道がある。この道は途中で2か所山抜けのために通れなくなっている。
山抜けを避けるため少し上った斜面から下るが、いつまでたっても尾根状にならない。下りる箇所が上過ぎたようだ。隣に尾根らしきものが見えるのでトラバースしようとするがここも山抜けで行けない。結局登山道まで上がり、少し下ってから斜面を下りた。
急な斜面を下りると尾根らしくなってきた。途中からは山抜けで寸断された道跡が出てきてつづら折れにつづいている。孫太夫尾は、多志田銀山の採掘を行うために新町新田を開いた初代庄屋東松孫太夫の名前からつけられている。時代の移り変わりの中で孫太夫が転化して県境から東に張り出す尾根を孫太尾根と呼ぶようになったみたいだ。尾根の中ほどに広く開けた傾斜のゆるやかな場所が仲蔵屋敷で、大きなミズナラも残っている。平坦地はここまでなので、沢靴にはきかえる。
[attachment=4]IMG_7025.jpg[/attachment]
尾根は細くなっていくが道はつづら折れになりながら下っていく。前回来たときは草付きの斜面を下りて谷に下りたが、今回はその斜面が崩れていたために難なく下りられた。
昭和55年版のアルパインガイドには孫太夫尾の取り付きを少し上った所に多志田滝と書かれている。しかし、高度を上げつつ小ぶりな滝の連爆になっているものの多志田滝と銘打つ程の滝には出会わなかった。沢登りには手ごろな直登できる滝が続く。シャワークライムする箇所も何か所かあり楽しめる。多志田谷は、採掘の巣になった荒れた下流と打って変わって源頭部の谷は明るく心地よい静けさに包まれていた。途中左岸に登り口を示す緑色のテープがつけられていた。藤原のテーブルランドの中程から南に向かって下りてきている小尾根への取り付きのようだ。
[attachment=3]IMG_7030.jpg[/attachment]
滝をつつむ岩の色は石灰の白や鉱物の赤茶けた色に黒と様々な変化を見せてくれる。源頭部には8mの黒い壁から簾上に水が流れ落ちるがかかっていた。これまで切り立った両岸を探りながら歩いてきたが坑口や水抜きの穴などは発見できなかった。
[attachment=2]IMG_7034.jpg[/attachment]
滝の右岸のルンゼを上がれば簡単に巻けると思い上って行くと、反対側もルンゼになっており両側ともロープを出さないと降りられない。両側が切り立った場所なのでわざわざロープを出すわけにもいかず岩と木の根を頼りに痩せた小尾根を上った。ここからロープを出し谷に下りることもできるが、この上部は羽瀬尾探索(福岡野につづく道9)の際に探った場所なのでパスして尾根を上る。この尾根なかなか傾斜が緩やかになってくれずに県境稜線手前まで休憩することが出来なかった。
[attachment=1]IMG_7057.jpg[/attachment]
辿りついたのは多志田山と藤原岳のコル付近の稜線で、その直下でランチタイムをとった。沢登としては楽しめたのだが、多志田銀山の探索という面では成果はなかった。水抜きのように常に水が流れているといった何らかの条件がなければ江戸時代の坑口は埋もれてしまうのだろう。しかも、多志田銀山の場合は現地で精錬しなかったので石垣等の施設も少なかったように思った。
[attachment=0]IMG_7065.jpg[/attachment]
ヒトリシズカ・ヤマブキソウ・ヤマシャクヤク・カタクリなどの季節の草花を愛でながら帰路に着いた。
【山 域】鈴鹿
【コース】新町墓地6:50---8:50草木---12:20多志田山13:20---15:33新町墓地
【メンバー】単独
治田鉱山は藤原岳周辺の銀・銅山の総称でその一つに多志田鉱山がある。江戸時代後期に多量の銀が採掘された記録はあるが、他の鉱山と違って記録はほとんど残っていない。当時孫太尾根に通じる牛道は多志田道と呼ばれ多志田谷上流の多志田銀山から洗練所のある福岡野に鉱石を運ぶ道として使われた。今日は久々に多志田谷を探ることにした。
新町の墓地に駐車し歩いていくとよく踏まれた道が続く。最初来たころはヤブっぽくあまり歩かれていない感じだったが、変わればかわるものだ。植林地の神武社殿跡をすぎ植林が切れるあたりになるとカレンフェルトの岩が出てきてイチリンソウが出迎えてくれる。対岸に見える遠足尾根クゼン谷の崩壊は年々大きくなり、龍神ブナがやられるはずだと思いながら一山上れば丸山につく。
山を下ると右手より牛道が合流してくる追分で、この道は桃ノ木尾を辿り福岡野に続いている。牛道がつづら折れに上がっている広々とした草木の東側のコルから多志田谷側を人足道が三鉱谷側を牛道が通っている。人足道は草木の直下で落ちてしまっているので牛道を辿る。草木の西側のコルより落書きのブナをすぎると多志田谷側にトラバースしながら孫太夫尾につづく道がある。この道は途中で2か所山抜けのために通れなくなっている。
山抜けを避けるため少し上った斜面から下るが、いつまでたっても尾根状にならない。下りる箇所が上過ぎたようだ。隣に尾根らしきものが見えるのでトラバースしようとするがここも山抜けで行けない。結局登山道まで上がり、少し下ってから斜面を下りた。
急な斜面を下りると尾根らしくなってきた。途中からは山抜けで寸断された道跡が出てきてつづら折れにつづいている。孫太夫尾は、多志田銀山の採掘を行うために新町新田を開いた初代庄屋東松孫太夫の名前からつけられている。時代の移り変わりの中で孫太夫が転化して県境から東に張り出す尾根を孫太尾根と呼ぶようになったみたいだ。尾根の中ほどに広く開けた傾斜のゆるやかな場所が仲蔵屋敷で、大きなミズナラも残っている。平坦地はここまでなので、沢靴にはきかえる。
[attachment=4]IMG_7025.jpg[/attachment]
尾根は細くなっていくが道はつづら折れになりながら下っていく。前回来たときは草付きの斜面を下りて谷に下りたが、今回はその斜面が崩れていたために難なく下りられた。
昭和55年版のアルパインガイドには孫太夫尾の取り付きを少し上った所に多志田滝と書かれている。しかし、高度を上げつつ小ぶりな滝の連爆になっているものの多志田滝と銘打つ程の滝には出会わなかった。沢登りには手ごろな直登できる滝が続く。シャワークライムする箇所も何か所かあり楽しめる。多志田谷は、採掘の巣になった荒れた下流と打って変わって源頭部の谷は明るく心地よい静けさに包まれていた。途中左岸に登り口を示す緑色のテープがつけられていた。藤原のテーブルランドの中程から南に向かって下りてきている小尾根への取り付きのようだ。
[attachment=3]IMG_7030.jpg[/attachment]
滝をつつむ岩の色は石灰の白や鉱物の赤茶けた色に黒と様々な変化を見せてくれる。源頭部には8mの黒い壁から簾上に水が流れ落ちるがかかっていた。これまで切り立った両岸を探りながら歩いてきたが坑口や水抜きの穴などは発見できなかった。
[attachment=2]IMG_7034.jpg[/attachment]
滝の右岸のルンゼを上がれば簡単に巻けると思い上って行くと、反対側もルンゼになっており両側ともロープを出さないと降りられない。両側が切り立った場所なのでわざわざロープを出すわけにもいかず岩と木の根を頼りに痩せた小尾根を上った。ここからロープを出し谷に下りることもできるが、この上部は羽瀬尾探索(福岡野につづく道9)の際に探った場所なのでパスして尾根を上る。この尾根なかなか傾斜が緩やかになってくれずに県境稜線手前まで休憩することが出来なかった。
[attachment=1]IMG_7057.jpg[/attachment]
辿りついたのは多志田山と藤原岳のコル付近の稜線で、その直下でランチタイムをとった。沢登としては楽しめたのだが、多志田銀山の探索という面では成果はなかった。水抜きのように常に水が流れているといった何らかの条件がなければ江戸時代の坑口は埋もれてしまうのだろう。しかも、多志田銀山の場合は現地で精錬しなかったので石垣等の施設も少なかったように思った。
[attachment=0]IMG_7065.jpg[/attachment]
ヒトリシズカ・ヤマブキソウ・ヤマシャクヤク・カタクリなどの季節の草花を愛でながら帰路に着いた。