【乗鞍】 『ああ、野麦峠』/大野川尾(2067m)~戸蔵(1981m)
Posted: 2013年5月05日(日) 21:55
【日 時】 4月20日(土)
【地 図】 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html ... 0838360184
【同行者】 単独
【天 候】 曇り時々晴れのち小雪
【ルート】 川浦ゲート(5:53)~旧道入口(6:14)~野麦峠(6:56/7:08)~戸蔵谷入口(7:47)~大野川尾(9:32/10:13)~戸蔵(11:53)~野麦峠(13:24/56)~旧道入口(14:21)~川浦ゲート(14:41)
野麦峠道路の開通情報が気にかかる。長野側に確認してみると、松本建設事務所の答えは「4/25(木)11:00をもって開通予定」との回答であった。一方、岐阜県側の高山高根支所の回答は「除雪は完了しているんですが、まだ整備中ですので、開通は27日以降になるでしょう。」とのこと。
それならば最短で27(土)に松本側から・・・という話になるはず。しかし、それが待てないのが悲しい性分だ。融雪を考えるとヤブの具合も気がかりだ。ならば、いっそのこと開通を待たずして、下から野麦峠まで歩いてしまおう。
大野川尾(2067m)は野麦峠を挟んで、鎌ヶ峰(2121m)に相対する山である。気になりつつ、後回し後回しにしてきた不遇の山だった。作戦は練ってきた。攻略ラインを何本か引いてみる。いよいよ出陣である。
早朝の川浦ゲートに人影はない。舗装道路を歩いて、旧野麦街道に足を踏み入れる。街道の入口には山本茂実の『ああ、野麦峠(ある製糸工女哀史)』の一節が刻まれた石碑があった。
ジグザグに切られた旧街道を歩くうち雪道になる。ここはかつての難所だった街道。旅の安全を祈るように、路傍に石仏が祀られている。
誰もいない野麦峠に上がると乗鞍岳が居丈夫に構えている。鎌ヶ峰へは野麦峠からの尾根通しと、塩蔵谷の遡行の二度歩いているが、ここから乗鞍への県境尾根は初めてだ。大野川尾の攻略を優先して、アップダウンの多い県境尾根は帰路に選ぼう。下手するとヤブに阻まれて途中敗退する可能性も大きいからだ。雪はそれほどまでに少ない印象だった。
戸蔵谷(とぞだに)の県道出合まで降りていく。どんどん下がる高度が勿体ないが、これも大野川尾を至近に引き寄せるためには致し方ない。しかし、目指す「野麦東尾根(戸蔵谷右岸尾根)」は砂防の護岸壁を鎧(よろい)のように身にまとい、とりつく島もなさそう。
わずかに橋の下流側の袂(たもと)の急峻で脆そうな小尾根だけが弱点に思えた。そいつに取り付くとしばらくで、笹生えの林相下にある棚に至った。予定では・1716を経由して高度を上げるつもりだった。だが・1716の西に突き上げる沢に行く手を阻まれた恰好だ。
作戦を手直ししよう。沢型の右岸尾根を辿ってみる。スノーシューの登高が快適な雪の斜面となった。行く手に笹の露出したギャップが見えて覚悟を決めたが、よく見れば野麦の集落から伸びてきた林道の延伸である。
しばらくはこの林道を使わせて頂こう。この林道は戸蔵谷の源頭部を渡って戸蔵(1981m)から派生する南西尾根に絡んでいくようだ。後ろを振り返ると山の端から鎌ヶ峰の突峰がいたずらっ子のように顔をのぞかせている。
私は林道に見切りをつけ、雪の詰まった沢型から野麦東尾根の尾根芯を目指す。雪は切れることなく県境稜線まで私を導いてくれた。県境線に合流する間際で、この日初めて古い赤テープが風になびくのを見る。
あっけなく大野川尾の山頂を踏んだ。山頂は針葉樹の樹下にある。西南端の三角点付近までごそごそ歩いて鎌ヶ峰を確認してみる。三角点峰の北にはさらに高いポイントがあるので、さっそく移動してみる。絶妙に乗鞍岳を愛でるビューポイントだ。肝心の乗鞍へと続く尾根の奥だが・・・生憎、雪雲がかかって乗鞍のご尊顔は拝めない。しかし、特段の不満はない。何といっても長年の宿題の大野川尾に立ったのだから。
前川の奥には十石山がその存在を誇っているし、霞沢岳から穂高にかけての白き峰々も心をとろけさせる。一瞬空に穴が開いて日が射した。枯死してなおも生きた証を誇示するかのような針葉樹の不思議なオブジェが輝きを見せる。
空模様を案じて歩き出すと、鉢盛山の大きな体躯が目につく。その足下に野麦峠スキー場がぺたんと張り付いている。県境稜線を追って往路と分かれ、戸蔵を捕捉する。稜線南に目をやると鎌ヶ峰は立派だが、その右奥の御岳はさすが威光を放って重鎮たる風情。
さて、我が県境稜線だが、雪が割れてヤブが出てきてぎょっとする。通行不能なら思案のしどころだが、すぐに雪がつながってほっとする。唐松林のアップダウンをこなすと雪が舞い始めた。まさかの『ああ、野麦峠』である。だが、大竹しのぶ級の絶品の山ガールに出会う公算は格段に低いのが泣ける。
そうこうするうち、戸蔵の標のかかる戸蔵ピークである。ここもまた凡庸でよろしい。順調に高度を下げていくと鎌ヶ峰が「山」の字のような形に姿を変えていく。
・1904から下がった支尾根分岐ではひとしきり悩んだ。こいつを利用して、野麦旧街道入口から伸びる林道にショートカットしよう、という浮気心に火がついたのだ。それをどうにか押さえて計画書通り、野麦峠に向かう。奈川右岸の牧場が見えてくる。『國界』と刻まれた境界杭がある。最後はヤブ尾根を外して、笹の斜面の雪田をつなげば野麦峠である。
人影だ。道路管理の方々が大型四駆に乗り込もうとしている。彼らも、誰もいないはずの峠に私の姿を見て、熊でも見たかのようにぎょっとした様子。私が手を振ると、運転手の初老の男がにこやかに話しかけてきた。手を振る熊はいないだろう。今日の山の話をすると、「よぉ歩きなさったなぁ。乗ってください。」と微笑んだ。
しかしだ、その四駆は松本ナンバーではなく、残念ながら岐阜ナンバーであった。会釈して別れる。
雪も止んだ。私は一人、再び野麦旧街道を駆けるようにして下る。充実の山旅ではあったが、大竹しのぶや原田美枝子に会えなかった事だけが無念である。
ふ~さん
【地 図】 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html ... 0838360184
【同行者】 単独
【天 候】 曇り時々晴れのち小雪
【ルート】 川浦ゲート(5:53)~旧道入口(6:14)~野麦峠(6:56/7:08)~戸蔵谷入口(7:47)~大野川尾(9:32/10:13)~戸蔵(11:53)~野麦峠(13:24/56)~旧道入口(14:21)~川浦ゲート(14:41)
野麦峠道路の開通情報が気にかかる。長野側に確認してみると、松本建設事務所の答えは「4/25(木)11:00をもって開通予定」との回答であった。一方、岐阜県側の高山高根支所の回答は「除雪は完了しているんですが、まだ整備中ですので、開通は27日以降になるでしょう。」とのこと。
それならば最短で27(土)に松本側から・・・という話になるはず。しかし、それが待てないのが悲しい性分だ。融雪を考えるとヤブの具合も気がかりだ。ならば、いっそのこと開通を待たずして、下から野麦峠まで歩いてしまおう。
大野川尾(2067m)は野麦峠を挟んで、鎌ヶ峰(2121m)に相対する山である。気になりつつ、後回し後回しにしてきた不遇の山だった。作戦は練ってきた。攻略ラインを何本か引いてみる。いよいよ出陣である。
早朝の川浦ゲートに人影はない。舗装道路を歩いて、旧野麦街道に足を踏み入れる。街道の入口には山本茂実の『ああ、野麦峠(ある製糸工女哀史)』の一節が刻まれた石碑があった。
ジグザグに切られた旧街道を歩くうち雪道になる。ここはかつての難所だった街道。旅の安全を祈るように、路傍に石仏が祀られている。
誰もいない野麦峠に上がると乗鞍岳が居丈夫に構えている。鎌ヶ峰へは野麦峠からの尾根通しと、塩蔵谷の遡行の二度歩いているが、ここから乗鞍への県境尾根は初めてだ。大野川尾の攻略を優先して、アップダウンの多い県境尾根は帰路に選ぼう。下手するとヤブに阻まれて途中敗退する可能性も大きいからだ。雪はそれほどまでに少ない印象だった。
戸蔵谷(とぞだに)の県道出合まで降りていく。どんどん下がる高度が勿体ないが、これも大野川尾を至近に引き寄せるためには致し方ない。しかし、目指す「野麦東尾根(戸蔵谷右岸尾根)」は砂防の護岸壁を鎧(よろい)のように身にまとい、とりつく島もなさそう。
わずかに橋の下流側の袂(たもと)の急峻で脆そうな小尾根だけが弱点に思えた。そいつに取り付くとしばらくで、笹生えの林相下にある棚に至った。予定では・1716を経由して高度を上げるつもりだった。だが・1716の西に突き上げる沢に行く手を阻まれた恰好だ。
作戦を手直ししよう。沢型の右岸尾根を辿ってみる。スノーシューの登高が快適な雪の斜面となった。行く手に笹の露出したギャップが見えて覚悟を決めたが、よく見れば野麦の集落から伸びてきた林道の延伸である。
しばらくはこの林道を使わせて頂こう。この林道は戸蔵谷の源頭部を渡って戸蔵(1981m)から派生する南西尾根に絡んでいくようだ。後ろを振り返ると山の端から鎌ヶ峰の突峰がいたずらっ子のように顔をのぞかせている。
私は林道に見切りをつけ、雪の詰まった沢型から野麦東尾根の尾根芯を目指す。雪は切れることなく県境稜線まで私を導いてくれた。県境線に合流する間際で、この日初めて古い赤テープが風になびくのを見る。
あっけなく大野川尾の山頂を踏んだ。山頂は針葉樹の樹下にある。西南端の三角点付近までごそごそ歩いて鎌ヶ峰を確認してみる。三角点峰の北にはさらに高いポイントがあるので、さっそく移動してみる。絶妙に乗鞍岳を愛でるビューポイントだ。肝心の乗鞍へと続く尾根の奥だが・・・生憎、雪雲がかかって乗鞍のご尊顔は拝めない。しかし、特段の不満はない。何といっても長年の宿題の大野川尾に立ったのだから。
前川の奥には十石山がその存在を誇っているし、霞沢岳から穂高にかけての白き峰々も心をとろけさせる。一瞬空に穴が開いて日が射した。枯死してなおも生きた証を誇示するかのような針葉樹の不思議なオブジェが輝きを見せる。
空模様を案じて歩き出すと、鉢盛山の大きな体躯が目につく。その足下に野麦峠スキー場がぺたんと張り付いている。県境稜線を追って往路と分かれ、戸蔵を捕捉する。稜線南に目をやると鎌ヶ峰は立派だが、その右奥の御岳はさすが威光を放って重鎮たる風情。
さて、我が県境稜線だが、雪が割れてヤブが出てきてぎょっとする。通行不能なら思案のしどころだが、すぐに雪がつながってほっとする。唐松林のアップダウンをこなすと雪が舞い始めた。まさかの『ああ、野麦峠』である。だが、大竹しのぶ級の絶品の山ガールに出会う公算は格段に低いのが泣ける。
そうこうするうち、戸蔵の標のかかる戸蔵ピークである。ここもまた凡庸でよろしい。順調に高度を下げていくと鎌ヶ峰が「山」の字のような形に姿を変えていく。
・1904から下がった支尾根分岐ではひとしきり悩んだ。こいつを利用して、野麦旧街道入口から伸びる林道にショートカットしよう、という浮気心に火がついたのだ。それをどうにか押さえて計画書通り、野麦峠に向かう。奈川右岸の牧場が見えてくる。『國界』と刻まれた境界杭がある。最後はヤブ尾根を外して、笹の斜面の雪田をつなげば野麦峠である。
人影だ。道路管理の方々が大型四駆に乗り込もうとしている。彼らも、誰もいないはずの峠に私の姿を見て、熊でも見たかのようにぎょっとした様子。私が手を振ると、運転手の初老の男がにこやかに話しかけてきた。手を振る熊はいないだろう。今日の山の話をすると、「よぉ歩きなさったなぁ。乗ってください。」と微笑んだ。
しかしだ、その四駆は松本ナンバーではなく、残念ながら岐阜ナンバーであった。会釈して別れる。
雪も止んだ。私は一人、再び野麦旧街道を駆けるようにして下る。充実の山旅ではあったが、大竹しのぶや原田美枝子に会えなかった事だけが無念である。
ふ~さん
大野川尾(2067m)は野麦峠を挟んで、鎌ヶ峰(2121m)に相対する山である。気になりつつ、後回し後回しにしてきた不遇の山だった。作戦は練ってきた。攻略ラインを何本か引いてみる。いよいよ出陣である。