【越美国境】を歩く 毘沙門岳 3/17
Posted: 2013年3月22日(金) 22:15
大風呂敷を広げてから三回目の山行となる。
単独行で長大なルートを攻略する場合、自転車は欠かせないアイテムだ。
今回のコース設定でも周回対応として、油坂峠から毘沙門岳取り付きまでを自転車でこなした。当初は暗くなってからでも差し支えのない帰りに自転車を使おうと思っていたのだが「ある問題」に気がついてそうも行かなくなった。
R158の旧道は冬季閉鎖されているのに、代わりに無料区間として供与されている中部縦貫自動車道は当然ながら自転車は通行禁止!! 現場に着いてからその標識で気がついた。ありゃーどうしようどうしようと思いながら三十分程もかけて用意していたが、夜明け前だからかその間に下ってくる車が一台も無いことに気がついた・・・・・「ほんなら、今行ってまえ~」
ひーひー言いながら旧道までの下り一方の坂道を、十分ほども必死に漕いで、無事危険地帯(自動車専用道路部分)を通過できた。やはり一台も車は来なかったが、この日の最大の核心だったことは間違いない。(^^ゞ 大日岳を見ながらのゆっくりとしたサイクリング中に思ったこと。
自動車専用道路への自転車禁止をわかった上での侵入。
もし「何か」あったなら、私は犯罪者?・・・・。(^^ゞ
【 日 付 】 3月17日
【 山 域 】 越美国境
【メンバー】 単独
【天候】 丸一日の快晴
【コース】 油坂峠(5:29)・チャリ・(6:40)取付-(9:24)スキー場トップ-(10:12)毘沙門岳(10:33)-(11:20)西山(12:18)-(18:00)旧道トンネル-(18:26)油坂峠
丁度、石徹白への分岐を入ったところにタイヤチェーンの脱着場があった。車で来ていても停める場所があったわけだ。取り付き地点もすぐ先に見えたので自転車とヘルメットをワイヤーロックで固定したら出発だ。
民家の後を入った路地から登れそうだ。自転車で車道を不安無く走れるくらいだから、付近にはほとんど雪の姿はない。ある程度は雪がつながるところまでつぼ足で登ることにするが、さほど長くは登る必要は無かった。すぐに固く締まった雪が続くようになりスノーシューを装着だ。とたんに歩行スピードが早くなるほど歩きやすくなる。それまでが大袈裟に言えば恐る恐る歩いていたのだと分かる。雪が切れてももうおかまい無しだ、どんどん標高を上げていく。・・・山日和さん、ありがとうございます。渡渉術と合わせて、とてもいいことを教えてもらいました。
今日も一日シューを着けっ放しだったがデメリットはほとんど感じなかった。そしてその状態を前提に私の履いている靴は登山靴ではない。トレランにも使えると言うかなり軽量のミドルカットシューズだ。透湿性こそないが-12度対応の防寒仕様、私のスカルパにも付いてないゲイターフックはとても重宝だ。残念ながらアイゼンのセラック君とは相性が悪く初代アイゼン君の出番となるのだが、そもそもアイゼンを出すこと自体がほとんど無くなる予感がしている。
毘沙門から油坂峠までは五・六時間だろうと考えていた(これはとても甘かった)ので、昼食を済ませて12時までに毘沙門を出発できればよい。となるとここから毘沙門山頂は五時間をかけてもいいわけだ。帰りに使うはずだった自転車の時間を朝の登りの前に使ってしまったが、シュミレーション的にはまだ明るい内に帰途に着けるはず。
気持ちも軽いと足取りも軽くなるのか、快調なペースを維持できた。
雑木林や杉林を抜けブナも増えてくると視界も広くなっていく。左手には毘沙門山頂へのダイレクト尾根。当初はアチラを登ろうと考えていたが、越美国境を歩こうとなるとコッチから回り込まなくてはならないのだ。右手には大日などの山々、林道を横切るとアルプスの山並みの先っぽが見え始めた。日差しが強く首筋がじりじりしてきた。なんという素晴らしい上天気なんだろうか、でもおかげで今日のお風呂は日焼けでイタくなるかな? サングラスもつける。
左の尾根との空間が広がってきた。谷が深くえぐれてくる感じだ。左前方に見え始めた山並みはそのまま毘沙門へと続く尾根だと分かった。あれまー、アレをぐるりと大回りしていくのか~。歩いている尾根が広がりを見せ始めたかと思うとしばらくで、音楽が聞こえ始めた。さらにもうひと歩きでスキーゲレンデのリフトの終点横を進むことになるが、そんなことより遂に白山の姿をゲレンデ越に見ることができた。純白の輝きは感動モノだ。振り返れば毘沙門岳の姿が大きい。
スキー場トップからはたくさんの足跡、ほとんどがアイゼン無しのつぼ足だ。しばらく進むと先行グループを発見する。急登にそなえて休んでいる横を抜かせてもらう。半そで一枚で登っている私に皆、寒くないのかと聞いてくる。そりゃ~、リフト使わないで下から頑張って登ってきたから暑い・・・とは言えなかったが。つぼ足トレースはまだ先にも続いていた。いよいよ毘沙門の急登が始まった。御嶽の頭も見え出すと、振り返れば白山が光り輝いている。その白山の引き立て役として野伏を盟主とした現在の県境稜線と美濃禅定道を大日までも延長した稜線が荘厳な大パノラマを形成している。気恥ずかしい表現だが白山が大きく翼を広げているかのようだ。 山頂直下では大きめブナの木の林と大きな雪庇が目を引いた。雪庇に気をつけながら歩いているとやがて何人かの登山者の休む毘沙門岳山頂へと到着だ。この方達も隣の西山へと向うそうだ。遅れてきたグループに、こんな上天気のこんな機会はもう二度と無いかも知れないから、少し休んだら来てみたらどうかと呼びかけて西山へと向った。どうやら同じ山岳会の健脚者グループと別働隊ということらしい。
もうしばらく休んで景色も十二分に堪能してから私も出発。西山は油坂峠へと向う最初のピークなので彼らを追う形だ。しかしこちらは単独の足なのになかなか追いつかない。振り返れば何人かの後続者の姿も見える。やっと西山の山頂下で追いつく。スノーシュー談議をしながら山頂へと到着した。一人がスコップでテーブル作りを始めたので、私もスコップを出してお手伝いする。岩倉の山岳会さんということだがそのまま昼食もご一緒させて頂いた。
昼食後ひとりになってまだまだ遠い油坂へと向うと、行ったことはないが万里の長城を思わせるような大きな雪庇に驚く。 ごはんを食べて気が緩んでいたのか、大きくルートを外れていることに気がつく。気楽にシリセードトラバースで修正をかけようとしたがうまくいかない。植林なのか自然林なのか杉の樹林帯で見通しも良くはない。分水嶺ではないピークを余計に登ったりして、本来のコースを大きく蛇行&アップダウンで体力を消耗し、十二分にあったはずの時間的余裕も少なくなっていく。 本来のコースへと復帰してからも、地形的に複雑(怪奇?)で難しく、ホントにこれが中央分水嶺?ってコトもあった。同じ越美国境でも前回のすっきりした稜線が続いた笹ヶ峰とは雰囲気がだいぶ違う。相変わらずルートミスも多く、こんなペースでは下山遅れの可能性がないこともない。しかし逆に日没を意識したら感じ始めていた焦りが消えた。ビバークの可能性?おっしゃ~、ど~んとこいだ!実は30ℓザックの中身は快適な(?)ビバークができる装備が詰まっているのだ。とくに夏用シュラフとマットが心強い。
ことさらに長めの休憩をとり水分や行動食を多めに摂ると、疲れも消えてしまった気がする。さらにアップダウンを繰り返した杉の樹林帯を抜けると、また雑木林の稜線となった。眼下左に白鳥の田んぼや家屋、右方すぐの山の斜面には林道も見えてきた。ん?ということは・・・。はは~ん、一月に洞吹さんが新雪にずいぶん苦しめられながらも山頂を極めて下山に使った林道と言うのがコレという訳だな。いざとなれば私もあの林道に渡れば洞吹さんと同じく闇下も可能だ。
順調に標高を落としていくと左に油坂の橋げたが、手前には鉄塔も見えてきた。まだ標高で千mはあるはずだが、三月の半ばだというのに積雪がえらく薄くなってきた。今年の残雪期はいったいどうなるのだろう?
洞吹さんの林道と別れ、左の尾根へと渡る。鉄塔まで行くと右下に国道も見えた。分水嶺をまた見誤って最後のコース修正を行なったらやっと旧国道の油坂トンネルが急斜面の下に見えた。中途半端な雪に四苦八苦しながら除雪のしてない旧国道へと降り立ったのはジャスト日没時間だった。
つぼ足ふたりのトレースをたどってわが愛車へと到着した頃には日も暮れてきた。ふぃ~、今日も行動時間は十三時間にも及んでしまったが、まだ自転車の回収に向わなくてはならない。もうひと頑張りだ。
単独行で長大なルートを攻略する場合、自転車は欠かせないアイテムだ。
今回のコース設定でも周回対応として、油坂峠から毘沙門岳取り付きまでを自転車でこなした。当初は暗くなってからでも差し支えのない帰りに自転車を使おうと思っていたのだが「ある問題」に気がついてそうも行かなくなった。
R158の旧道は冬季閉鎖されているのに、代わりに無料区間として供与されている中部縦貫自動車道は当然ながら自転車は通行禁止!! 現場に着いてからその標識で気がついた。ありゃーどうしようどうしようと思いながら三十分程もかけて用意していたが、夜明け前だからかその間に下ってくる車が一台も無いことに気がついた・・・・・「ほんなら、今行ってまえ~」
ひーひー言いながら旧道までの下り一方の坂道を、十分ほども必死に漕いで、無事危険地帯(自動車専用道路部分)を通過できた。やはり一台も車は来なかったが、この日の最大の核心だったことは間違いない。(^^ゞ 大日岳を見ながらのゆっくりとしたサイクリング中に思ったこと。
自動車専用道路への自転車禁止をわかった上での侵入。
もし「何か」あったなら、私は犯罪者?・・・・。(^^ゞ
【 日 付 】 3月17日
【 山 域 】 越美国境
【メンバー】 単独
【天候】 丸一日の快晴
【コース】 油坂峠(5:29)・チャリ・(6:40)取付-(9:24)スキー場トップ-(10:12)毘沙門岳(10:33)-(11:20)西山(12:18)-(18:00)旧道トンネル-(18:26)油坂峠
丁度、石徹白への分岐を入ったところにタイヤチェーンの脱着場があった。車で来ていても停める場所があったわけだ。取り付き地点もすぐ先に見えたので自転車とヘルメットをワイヤーロックで固定したら出発だ。
民家の後を入った路地から登れそうだ。自転車で車道を不安無く走れるくらいだから、付近にはほとんど雪の姿はない。ある程度は雪がつながるところまでつぼ足で登ることにするが、さほど長くは登る必要は無かった。すぐに固く締まった雪が続くようになりスノーシューを装着だ。とたんに歩行スピードが早くなるほど歩きやすくなる。それまでが大袈裟に言えば恐る恐る歩いていたのだと分かる。雪が切れてももうおかまい無しだ、どんどん標高を上げていく。・・・山日和さん、ありがとうございます。渡渉術と合わせて、とてもいいことを教えてもらいました。
今日も一日シューを着けっ放しだったがデメリットはほとんど感じなかった。そしてその状態を前提に私の履いている靴は登山靴ではない。トレランにも使えると言うかなり軽量のミドルカットシューズだ。透湿性こそないが-12度対応の防寒仕様、私のスカルパにも付いてないゲイターフックはとても重宝だ。残念ながらアイゼンのセラック君とは相性が悪く初代アイゼン君の出番となるのだが、そもそもアイゼンを出すこと自体がほとんど無くなる予感がしている。
毘沙門から油坂峠までは五・六時間だろうと考えていた(これはとても甘かった)ので、昼食を済ませて12時までに毘沙門を出発できればよい。となるとここから毘沙門山頂は五時間をかけてもいいわけだ。帰りに使うはずだった自転車の時間を朝の登りの前に使ってしまったが、シュミレーション的にはまだ明るい内に帰途に着けるはず。
気持ちも軽いと足取りも軽くなるのか、快調なペースを維持できた。
雑木林や杉林を抜けブナも増えてくると視界も広くなっていく。左手には毘沙門山頂へのダイレクト尾根。当初はアチラを登ろうと考えていたが、越美国境を歩こうとなるとコッチから回り込まなくてはならないのだ。右手には大日などの山々、林道を横切るとアルプスの山並みの先っぽが見え始めた。日差しが強く首筋がじりじりしてきた。なんという素晴らしい上天気なんだろうか、でもおかげで今日のお風呂は日焼けでイタくなるかな? サングラスもつける。
左の尾根との空間が広がってきた。谷が深くえぐれてくる感じだ。左前方に見え始めた山並みはそのまま毘沙門へと続く尾根だと分かった。あれまー、アレをぐるりと大回りしていくのか~。歩いている尾根が広がりを見せ始めたかと思うとしばらくで、音楽が聞こえ始めた。さらにもうひと歩きでスキーゲレンデのリフトの終点横を進むことになるが、そんなことより遂に白山の姿をゲレンデ越に見ることができた。純白の輝きは感動モノだ。振り返れば毘沙門岳の姿が大きい。
スキー場トップからはたくさんの足跡、ほとんどがアイゼン無しのつぼ足だ。しばらく進むと先行グループを発見する。急登にそなえて休んでいる横を抜かせてもらう。半そで一枚で登っている私に皆、寒くないのかと聞いてくる。そりゃ~、リフト使わないで下から頑張って登ってきたから暑い・・・とは言えなかったが。つぼ足トレースはまだ先にも続いていた。いよいよ毘沙門の急登が始まった。御嶽の頭も見え出すと、振り返れば白山が光り輝いている。その白山の引き立て役として野伏を盟主とした現在の県境稜線と美濃禅定道を大日までも延長した稜線が荘厳な大パノラマを形成している。気恥ずかしい表現だが白山が大きく翼を広げているかのようだ。 山頂直下では大きめブナの木の林と大きな雪庇が目を引いた。雪庇に気をつけながら歩いているとやがて何人かの登山者の休む毘沙門岳山頂へと到着だ。この方達も隣の西山へと向うそうだ。遅れてきたグループに、こんな上天気のこんな機会はもう二度と無いかも知れないから、少し休んだら来てみたらどうかと呼びかけて西山へと向った。どうやら同じ山岳会の健脚者グループと別働隊ということらしい。
もうしばらく休んで景色も十二分に堪能してから私も出発。西山は油坂峠へと向う最初のピークなので彼らを追う形だ。しかしこちらは単独の足なのになかなか追いつかない。振り返れば何人かの後続者の姿も見える。やっと西山の山頂下で追いつく。スノーシュー談議をしながら山頂へと到着した。一人がスコップでテーブル作りを始めたので、私もスコップを出してお手伝いする。岩倉の山岳会さんということだがそのまま昼食もご一緒させて頂いた。
昼食後ひとりになってまだまだ遠い油坂へと向うと、行ったことはないが万里の長城を思わせるような大きな雪庇に驚く。 ごはんを食べて気が緩んでいたのか、大きくルートを外れていることに気がつく。気楽にシリセードトラバースで修正をかけようとしたがうまくいかない。植林なのか自然林なのか杉の樹林帯で見通しも良くはない。分水嶺ではないピークを余計に登ったりして、本来のコースを大きく蛇行&アップダウンで体力を消耗し、十二分にあったはずの時間的余裕も少なくなっていく。 本来のコースへと復帰してからも、地形的に複雑(怪奇?)で難しく、ホントにこれが中央分水嶺?ってコトもあった。同じ越美国境でも前回のすっきりした稜線が続いた笹ヶ峰とは雰囲気がだいぶ違う。相変わらずルートミスも多く、こんなペースでは下山遅れの可能性がないこともない。しかし逆に日没を意識したら感じ始めていた焦りが消えた。ビバークの可能性?おっしゃ~、ど~んとこいだ!実は30ℓザックの中身は快適な(?)ビバークができる装備が詰まっているのだ。とくに夏用シュラフとマットが心強い。
ことさらに長めの休憩をとり水分や行動食を多めに摂ると、疲れも消えてしまった気がする。さらにアップダウンを繰り返した杉の樹林帯を抜けると、また雑木林の稜線となった。眼下左に白鳥の田んぼや家屋、右方すぐの山の斜面には林道も見えてきた。ん?ということは・・・。はは~ん、一月に洞吹さんが新雪にずいぶん苦しめられながらも山頂を極めて下山に使った林道と言うのがコレという訳だな。いざとなれば私もあの林道に渡れば洞吹さんと同じく闇下も可能だ。
順調に標高を落としていくと左に油坂の橋げたが、手前には鉄塔も見えてきた。まだ標高で千mはあるはずだが、三月の半ばだというのに積雪がえらく薄くなってきた。今年の残雪期はいったいどうなるのだろう?
洞吹さんの林道と別れ、左の尾根へと渡る。鉄塔まで行くと右下に国道も見えた。分水嶺をまた見誤って最後のコース修正を行なったらやっと旧国道の油坂トンネルが急斜面の下に見えた。中途半端な雪に四苦八苦しながら除雪のしてない旧国道へと降り立ったのはジャスト日没時間だった。
つぼ足ふたりのトレースをたどってわが愛車へと到着した頃には日も暮れてきた。ふぃ~、今日も行動時間は十三時間にも及んでしまったが、まだ自転車の回収に向わなくてはならない。もうひと頑張りだ。
大風呂敷を広げてから三回目の山行となる。