【養老】 幸運の標高点/裏山(870m)・奥山(777m)・沢田村山(641m)
Posted: 2013年3月02日(土) 15:56
【日 時】 2月23日(土)
【地 図】 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html ... 2289982059
【同行者】 単独
【天 候】 雪/曇り
【ルート】 勢至北谷P(6:56)~810P(9:49)~裏山(10:46/11:16)~奥山(12:08/27)~沢田村山(13:24)~桜井峠<仮称>(13:35/50)~白鳥神社(15:23)~勢至北谷P(15:49)
<前書き>
友人がカーナビ盗の被害に逢った。ご主人と出かけようとしたその矢先、オーディオ用のセンターパネルに搭載されていた高価なカーナビがないことに気づいた。見れば運転席側の三角窓が割れていた。しかし、盗難防止用のセキュリティー・アラームは全く鳴らなかったと言う。
盗難のプロはホーンやアラームの配線を手際よく切断して事に及ぶ。目当ての高級カーナビを抜き出すのに要する時間は数分単位のスゴ技と聞く。ある保険会社によれば、盗難に遭ったカーナビ被害額の平均は20万超らしい。高価なナビが狙い打ちされているわけだ。窓の修理代も含め、ナビにストアしていた膨大な動画や音楽データの喪失を考えると友人の落胆ぶりは相当なものだった。
私はその手の心配とは無縁のはずであった。ところが、カーナビとは無縁の私が愛車にナビを搭載することになった。ただし安ナビである。もともと地図を見るのは苦手ではない。山へのアプローチを調べるのもアナログな手法ながら、さほどの苦労はなかった。
しかし、私は常に山の前夜、土壇場になってドタバタと山の準備をし、睡眠時間を犠牲にしながらチマチマと地図に首っ引き。そんな私を見かねたか、家内から「カーナビを買うように!」という指令が飛んだのだ。
使ってみると、これがまたうっとうしい。「今日は○月○日○○の日です」とか「スピードにご注意下さい」とか「ギアがバックに入りました」とか・・・言わなくてもわかる事をのべつ幕無ししゃべりまくる。これでは静かなドライブが保証されなくなってしまう。
それどころか、道中のナビ音声を聞いてると、私の自由意志がないがしろにされた気分に陥る。私はナビが言うとおりに車を操縦するだけの操り人形なのか。おまけにあらぬ方向に誘導されてイラッとすること多々。私の喪失感はここに極まった。
それだけではない。車の中ではオーディオが鳴るだけでなく、ナビがお節介なおしゃべりに忙しいし、ETCだって負けじと自己主張する。車内は動物園の如し。騒がしい事この上ない。最低限のお喋りしかしないようにナビにきつく言ってきかせ、私はようやく主体性を取り戻し始めた。
<本編①>
今後、カーナビとは仲良くせねばならない。通り慣れた道にも関わらず、今回の目的地「養老町勢至(せいし)」をゴールにセットしてみる。私の意志に反し、何度かのカーナビの反目に遭いながらも、夜明け前に現地に到着。
夜明けを待つうち、目指す稜線が真っ白になっていることに気づいた。るんるんスノーハイクを予定していたのだが、これはただじゃ済まされないだろう。
行平谷と勢至北谷の出合に車を停める。勢至鉄座の前から入山すると、すぐに勢至北谷を渡る。しばらくは左岸植林下の歩き。地図上の点線路に期待しながら高度を上げると、早くも雪が散り敷いてくる。やがて牛道を発見。それが崩壊に飲み込まれるとやせ尾根歩き。岩っぽい尾根を登高すると、見応えのある大木に迎えられた。
ルートは白一色の世界に転じる。牛道らしき道型が離合集散する不思議。かつて山仕事人が足繁く通った仕事場だったのだろう。雪が深くて一歩一歩が重い。我慢できずにスノーシューを履いた。ようやく810Pに届く。狭い山頂付近にはびっしりと灌木が生え、容易な通過を許してくれない。密な木々の枝葉は深々と雪を抱き、不用意に通ると頭から容赦なく雪の洗礼を受ける。
先読みしながら進路を選ぶ。首をすくめて抜けていくと大柄な木。この先、雪に閉ざされた美しい平坦地に飛び出す。無木立の部分は草地なのだろうか。ここで想定外にルート選定に迷い倒す。地図にコンパスを当てて慎重に方向を選んだ。
845Pには山仕事の脚立が二脚置いてある。西面が伐採されていて、鍛冶屋谷方向が見通せる。しかし、季節風が強くて到底ゆっくりさせてもらえない。
面白みにかける桧林の樹下を通り、懐かしき裏山(870m)の頂上へ。吹きさらしに凍り付いた雪が奇妙なシュカブラを描いている。強風に身を縮め、風裏を求めて養老側に回り込む。
腰を降ろすでもなくひと息つくうち、雪雲が切れて青空がのぞいた。心の中で喝采を送る。樹氷が空の青を受けて美しい。世界が鉛色から解放された。濃尾平野に明るさが戻った。悪戯好きな神々の粋な計らいだ。表山(839m)が指呼の間に見えている。
空が再び鉛色に塗り込められるのを合図に、そそくさと裏山にいとまを告げる。例の平坦地の点線路分岐付近で往路と分かれ、奥山(777m)を目指す。820Pを登る労力を省いて西側のトラバースで近道を選んだが、どうみても植林下の近道より、稜線の自然林歩きの方が楽しそう。
尾根芯に乗ると、ミニ・サバンナ風の疎林の中にアセビのモンスターが冷凍保存されていておかしい。快適な稜線歩きは麓から見上げた山の端だ。里からふり仰ぐ真白き峰々の主人公になった気分が愉快だ。胸の高鳴る雪上漫遊を味わい倒す。
やがて林道に捕まる。林道歩きは単調ながら、疲れ始めた脚を癒すに最適だ。林道のカーブを数えて稜線と復縁すると奥山(777m)であった。これでkeikokuさんと登った谷尻谷左岸の777峰、高室山北のおっとっと山(777m)<ハリマオ氏の命名による>に続く『幸運の777峰』三座目というわけだ。
奥山山頂の小広場の中央には「大切にしましょう三角点」の標柱がある。冬眠中の標石を雪からそっと掘り起こしてみる。
ところで、奥山というのは養老町竜泉寺から見た「奥山」なのだろうか、それとも上石津町一之瀬から見た「奥山」なのだろうか。奥山の南に位置する「表山(839m)<点名犬谷>」や、北に位置する「沢田村山(661m)」が、ともに山稜東側から採名されていることからすると、奥山の名付け親も養老と推測される。竜泉寺や勢至から見て扇状地形の「奥にそびえる山」という素朴なネーミングだろうか。
<本編②>
再び一之瀬林道に降り立つ。これを途中まで辿って距離を稼ぐが、予定の稜線通しを変更し、沢田の集落から伸びる林道に乗り換えてみる。沢田林道(仮称)までは標高差100m弱なので、歩きやすい所をずりずり下って着地する。沢田村山(641m)が見えてくると、林道はウリハダカエデの幼木がうるさくなってくる。
林道分岐を見てさらに林道を辿り、桜井に乗り越す峠に登り詰める頃、再び青空が覗いた。樹氷が青のキャンバスに映える。天の与えた光と影のショーに息を飲む。峠には明確な道型が登り詰め、使い込まれた乗越であることを物語っている。峠に立つと明るい濃尾平野が広がった。塞いでいた心がここで一気に解き放たれた。
三角点が静かに佇む沢田村山に寄り道してから桜井峠に戻り返す。ゆっくりもしていられない。先を急ごう。このルートは下山だからと言って安心出来ないから落ち着かない。桜峠に残るはっきりした道型は、当然の如く(?)私の予定ルートにはそっぽを向いて沢田集落を目指して逃げていく。やれやれ。
私としては是が非でも桜井に降りないといけない。道らしきものは確認できない。やむなく急斜面にドロップイン!がむしゃらに高度を下げると、すぐに沢の源頭の溝型地形に落ち着いた。
もともとこんな場所に古い道型など残っていようはずもない。もとより土石流が頻発する地域である。雪の詰まった沢芯をごりごり降りていくうち、右岸にようやく踏跡の名残が現れた。沢の二俣が現れる。地図と照らし合わせると、標高470m付近と推測された。その後は崩壊傾向の踏跡が左岸側に続いていく。
以降、沢と出会うことのないままに、沢との距離が出てくる。ところが、この点線路が曲者。崩壊、倒木、不安定な転石まみれで、まさに廃道のタイトルにふさわしい。かつては使い込んだ感のある道だが、アクロバティックに障害物を交わしながら進まざるを得ない。すっきり感に欠けるので、すぐにうんざりしてきた。
地形図を見直して近道に逃げると東海自然歩道に飛び出した。石垣が残るが、屋敷跡というより、田畑の跡か治山跡のいずれかだろう。不思議な石組みの台は祠跡か、或いは墓石が据えられていたのか。父祖の地を放棄した人々の悲壮感の大きさは、いかほどだったろう。
そのまま東海自然歩道を歩き、伏流となった坂尻谷を越える。上方(うわがた)の白鳥神社の前を通り、六所神社の巨大なムクノキを拝んだ。人間の営みに比べれば超然たる存在感。運命の浮沈にとらわれぬ泰然自若ぶりに、是非ともあやかりたいものだ。
ふ~さん
【地 図】 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html ... 2289982059
【同行者】 単独
【天 候】 雪/曇り
【ルート】 勢至北谷P(6:56)~810P(9:49)~裏山(10:46/11:16)~奥山(12:08/27)~沢田村山(13:24)~桜井峠<仮称>(13:35/50)~白鳥神社(15:23)~勢至北谷P(15:49)
<前書き>
友人がカーナビ盗の被害に逢った。ご主人と出かけようとしたその矢先、オーディオ用のセンターパネルに搭載されていた高価なカーナビがないことに気づいた。見れば運転席側の三角窓が割れていた。しかし、盗難防止用のセキュリティー・アラームは全く鳴らなかったと言う。
盗難のプロはホーンやアラームの配線を手際よく切断して事に及ぶ。目当ての高級カーナビを抜き出すのに要する時間は数分単位のスゴ技と聞く。ある保険会社によれば、盗難に遭ったカーナビ被害額の平均は20万超らしい。高価なナビが狙い打ちされているわけだ。窓の修理代も含め、ナビにストアしていた膨大な動画や音楽データの喪失を考えると友人の落胆ぶりは相当なものだった。
私はその手の心配とは無縁のはずであった。ところが、カーナビとは無縁の私が愛車にナビを搭載することになった。ただし安ナビである。もともと地図を見るのは苦手ではない。山へのアプローチを調べるのもアナログな手法ながら、さほどの苦労はなかった。
しかし、私は常に山の前夜、土壇場になってドタバタと山の準備をし、睡眠時間を犠牲にしながらチマチマと地図に首っ引き。そんな私を見かねたか、家内から「カーナビを買うように!」という指令が飛んだのだ。
使ってみると、これがまたうっとうしい。「今日は○月○日○○の日です」とか「スピードにご注意下さい」とか「ギアがバックに入りました」とか・・・言わなくてもわかる事をのべつ幕無ししゃべりまくる。これでは静かなドライブが保証されなくなってしまう。
それどころか、道中のナビ音声を聞いてると、私の自由意志がないがしろにされた気分に陥る。私はナビが言うとおりに車を操縦するだけの操り人形なのか。おまけにあらぬ方向に誘導されてイラッとすること多々。私の喪失感はここに極まった。
それだけではない。車の中ではオーディオが鳴るだけでなく、ナビがお節介なおしゃべりに忙しいし、ETCだって負けじと自己主張する。車内は動物園の如し。騒がしい事この上ない。最低限のお喋りしかしないようにナビにきつく言ってきかせ、私はようやく主体性を取り戻し始めた。
<本編①>
今後、カーナビとは仲良くせねばならない。通り慣れた道にも関わらず、今回の目的地「養老町勢至(せいし)」をゴールにセットしてみる。私の意志に反し、何度かのカーナビの反目に遭いながらも、夜明け前に現地に到着。
夜明けを待つうち、目指す稜線が真っ白になっていることに気づいた。るんるんスノーハイクを予定していたのだが、これはただじゃ済まされないだろう。
行平谷と勢至北谷の出合に車を停める。勢至鉄座の前から入山すると、すぐに勢至北谷を渡る。しばらくは左岸植林下の歩き。地図上の点線路に期待しながら高度を上げると、早くも雪が散り敷いてくる。やがて牛道を発見。それが崩壊に飲み込まれるとやせ尾根歩き。岩っぽい尾根を登高すると、見応えのある大木に迎えられた。
ルートは白一色の世界に転じる。牛道らしき道型が離合集散する不思議。かつて山仕事人が足繁く通った仕事場だったのだろう。雪が深くて一歩一歩が重い。我慢できずにスノーシューを履いた。ようやく810Pに届く。狭い山頂付近にはびっしりと灌木が生え、容易な通過を許してくれない。密な木々の枝葉は深々と雪を抱き、不用意に通ると頭から容赦なく雪の洗礼を受ける。
先読みしながら進路を選ぶ。首をすくめて抜けていくと大柄な木。この先、雪に閉ざされた美しい平坦地に飛び出す。無木立の部分は草地なのだろうか。ここで想定外にルート選定に迷い倒す。地図にコンパスを当てて慎重に方向を選んだ。
845Pには山仕事の脚立が二脚置いてある。西面が伐採されていて、鍛冶屋谷方向が見通せる。しかし、季節風が強くて到底ゆっくりさせてもらえない。
面白みにかける桧林の樹下を通り、懐かしき裏山(870m)の頂上へ。吹きさらしに凍り付いた雪が奇妙なシュカブラを描いている。強風に身を縮め、風裏を求めて養老側に回り込む。
腰を降ろすでもなくひと息つくうち、雪雲が切れて青空がのぞいた。心の中で喝采を送る。樹氷が空の青を受けて美しい。世界が鉛色から解放された。濃尾平野に明るさが戻った。悪戯好きな神々の粋な計らいだ。表山(839m)が指呼の間に見えている。
空が再び鉛色に塗り込められるのを合図に、そそくさと裏山にいとまを告げる。例の平坦地の点線路分岐付近で往路と分かれ、奥山(777m)を目指す。820Pを登る労力を省いて西側のトラバースで近道を選んだが、どうみても植林下の近道より、稜線の自然林歩きの方が楽しそう。
尾根芯に乗ると、ミニ・サバンナ風の疎林の中にアセビのモンスターが冷凍保存されていておかしい。快適な稜線歩きは麓から見上げた山の端だ。里からふり仰ぐ真白き峰々の主人公になった気分が愉快だ。胸の高鳴る雪上漫遊を味わい倒す。
やがて林道に捕まる。林道歩きは単調ながら、疲れ始めた脚を癒すに最適だ。林道のカーブを数えて稜線と復縁すると奥山(777m)であった。これでkeikokuさんと登った谷尻谷左岸の777峰、高室山北のおっとっと山(777m)<ハリマオ氏の命名による>に続く『幸運の777峰』三座目というわけだ。
奥山山頂の小広場の中央には「大切にしましょう三角点」の標柱がある。冬眠中の標石を雪からそっと掘り起こしてみる。
ところで、奥山というのは養老町竜泉寺から見た「奥山」なのだろうか、それとも上石津町一之瀬から見た「奥山」なのだろうか。奥山の南に位置する「表山(839m)<点名犬谷>」や、北に位置する「沢田村山(661m)」が、ともに山稜東側から採名されていることからすると、奥山の名付け親も養老と推測される。竜泉寺や勢至から見て扇状地形の「奥にそびえる山」という素朴なネーミングだろうか。
<本編②>
再び一之瀬林道に降り立つ。これを途中まで辿って距離を稼ぐが、予定の稜線通しを変更し、沢田の集落から伸びる林道に乗り換えてみる。沢田林道(仮称)までは標高差100m弱なので、歩きやすい所をずりずり下って着地する。沢田村山(641m)が見えてくると、林道はウリハダカエデの幼木がうるさくなってくる。
林道分岐を見てさらに林道を辿り、桜井に乗り越す峠に登り詰める頃、再び青空が覗いた。樹氷が青のキャンバスに映える。天の与えた光と影のショーに息を飲む。峠には明確な道型が登り詰め、使い込まれた乗越であることを物語っている。峠に立つと明るい濃尾平野が広がった。塞いでいた心がここで一気に解き放たれた。
三角点が静かに佇む沢田村山に寄り道してから桜井峠に戻り返す。ゆっくりもしていられない。先を急ごう。このルートは下山だからと言って安心出来ないから落ち着かない。桜峠に残るはっきりした道型は、当然の如く(?)私の予定ルートにはそっぽを向いて沢田集落を目指して逃げていく。やれやれ。
私としては是が非でも桜井に降りないといけない。道らしきものは確認できない。やむなく急斜面にドロップイン!がむしゃらに高度を下げると、すぐに沢の源頭の溝型地形に落ち着いた。
もともとこんな場所に古い道型など残っていようはずもない。もとより土石流が頻発する地域である。雪の詰まった沢芯をごりごり降りていくうち、右岸にようやく踏跡の名残が現れた。沢の二俣が現れる。地図と照らし合わせると、標高470m付近と推測された。その後は崩壊傾向の踏跡が左岸側に続いていく。
以降、沢と出会うことのないままに、沢との距離が出てくる。ところが、この点線路が曲者。崩壊、倒木、不安定な転石まみれで、まさに廃道のタイトルにふさわしい。かつては使い込んだ感のある道だが、アクロバティックに障害物を交わしながら進まざるを得ない。すっきり感に欠けるので、すぐにうんざりしてきた。
地形図を見直して近道に逃げると東海自然歩道に飛び出した。石垣が残るが、屋敷跡というより、田畑の跡か治山跡のいずれかだろう。不思議な石組みの台は祠跡か、或いは墓石が据えられていたのか。父祖の地を放棄した人々の悲壮感の大きさは、いかほどだったろう。
そのまま東海自然歩道を歩き、伏流となった坂尻谷を越える。上方(うわがた)の白鳥神社の前を通り、六所神社の巨大なムクノキを拝んだ。人間の営みに比べれば超然たる存在感。運命の浮沈にとらわれぬ泰然自若ぶりに、是非ともあやかりたいものだ。
ふ~さん
<前書き>