木地師の里小津権現を巡る旅 花房山周回コース+α
Posted: 2011年4月04日(月) 20:31
【日 時】2011年4月3日(日)
【山 域】奥美濃
【コース】小津駐車地7:00---9:26高屋山---10:45小津権現山---13:57花房山---
14:48林道終点---16:54小津駐車地
【メンバー】単独
スノー衆以来、気になっていた小津権現山と花房山を周回するコースを歩くことにした。小津集落が、このあたりの木地師の中心地であったことや白山神社に「元文庚申歳八月小津惣村木地屋惣中」と刻まれた石灯籠があることをスノー衆から帰って来てから知った。木地師とは、良材を求めて山々を巡っていた椀木地製作の工人の総称になる。権現は、白山権現のことで、白山を展望できる小津権現山の祠が奥宮で白山神社が里宮になる。元文庚申歳は、元文五年で徳川吉宗の時代にあたり、治田鉱山が繁栄を極めた頃だ。
小津の体育館に駐車し、白山神社横の登山口から上る。スギ花粉症がひどいので、植林地はマスクをして上る。そうでなくても汗かきなのに、マスクをしながら上ると余計に汗をかく。杉谷林道終点からは自然林に変わるのでマスクを取る。マンサクの黄色い花が咲いており、春の訪れを感じさせてくれる。高屋山までは地元の人も上ってきているようで枝がはらわれていた。雪はしっかり残っており、忘れたころに登山道が見え隠れする程度だ。前衛峰をすぎた下りの日陰の急斜面が凍っている。慎重に下ったのだが、すべってしまい落ちていく、スピードが出てきてしまったので木にしがみつき事なきをえた。 ひと上りすると小津権現山の頂上で、祠がある。祠は台の上に置かれているが、雪上に置かれているように見える。1m以上の積雪はありそうだ。ここからは、揖斐川と大きく開ける濃尾平野が目に飛び込んでくる。伊吹山や金糞岳が見え、能郷白山と白山が白く輝いている。ここで、アイゼンをつけピッケルに持ちかえる。遠く花房山までの稜線が見渡せる。この稜線に踏み跡はなし。 雪の急な斜面を下りていく。雪庇には亀裂が入っているので要注意だ。雪庇が広い所は問題ないのだが、狭まってくると樹林帯に逃げ込むしかない。この樹林帯、よりによって程よく色づいた立派な杉が多い。雪原には黄色の文様が・・・今晩は鼻づまりがひどくなるなあ。雪がとけヤブが出ているところもあり、ヤブこぎ状態だ。夏道は所々見えるが、登山道なのか獣道なのかわからない状態だった。この状態は、P1096まで続いた。この日は樹林帯のある揖斐川側は風が吹いており、寒くなり途中からカッパを着て歩いた。 P1096からは雪の量も多くなる。花房山は正面に見えるのだが谷が深く入り込み、稜線はつの字を書くように回り込んでいる。この地形が、花の房に見えるのだろう。朝からの曇り空も青空が見えるようになってきた。だれも歩いていない雪の斜面を時間をかけて上っていく、最後の雪庇を越えると頂上だった。なんと、新しい踏み跡がある。どうも揖斐川側から上ってきた人がいたようだ。花房山の頂上からは、小津権現からは見えなかった徳山ダムと能郷白山が存在感を示している。白く霞む白山も見える。ここまで、長い道程だったがこの壮大なパノラマに疲れも吹っ飛んだ。 来た道をもどり、モレ谷林道終点に向けて下りている尾根を降りる。30分で林道に降りられて、目出たしと思った。ところが林道は、見えるだけで何箇所も崩壊している。しかも、山の斜面から雪崩れた雪が林道上に斜めに積もり固まっており平らな箇所はほとんどない。気を引き締めて歩いていく。下に水が流れ雪洞上になっている箇所を渡ったり、崩壊した斜面にピッケルを突き刺しながら歩いたりと、この林道が一番緊張した。結局モレ谷林道ゲート近くまで林道の雪上訓練は続いた。アイゼンがなければ、えらい目に合ったと思う。今回は林道を日の明るい内に下れたのでよかったが、暗くなれば登山道よりたちが悪いだろう。 途中でデポしてあったママチャリに乗って、白山神社に向かった。木地惣中の石灯籠を探すが、ここにはいくつも石灯籠がある。地元のおじいちゃんに聞くと、白山神社以外に2つの神社が過疎で集落が無くなったために合社してあるそうだ。石灯籠の事を聞いたが、「(歴史に)くわしい者が亡くなって、今はわからない」という事だったので探してみると、神社の入口にある石灯籠に「元文庚申歳八月小津惣村木地屋惣中」の文字が刻まれてあった。白山神社の供物を片付けていたおばあちゃんから「御神酒やから飲み」と言われ、形だけ飲ませていただいた。昨年の大平寺の円空仏の時といい、御神酒とのめぐり合わせが良いようだ。神社の境内からは長年にわたり小津の盛衰を見てきた大杉が集落を見つめていた。
【山 域】奥美濃
【コース】小津駐車地7:00---9:26高屋山---10:45小津権現山---13:57花房山---
14:48林道終点---16:54小津駐車地
【メンバー】単独
スノー衆以来、気になっていた小津権現山と花房山を周回するコースを歩くことにした。小津集落が、このあたりの木地師の中心地であったことや白山神社に「元文庚申歳八月小津惣村木地屋惣中」と刻まれた石灯籠があることをスノー衆から帰って来てから知った。木地師とは、良材を求めて山々を巡っていた椀木地製作の工人の総称になる。権現は、白山権現のことで、白山を展望できる小津権現山の祠が奥宮で白山神社が里宮になる。元文庚申歳は、元文五年で徳川吉宗の時代にあたり、治田鉱山が繁栄を極めた頃だ。
小津の体育館に駐車し、白山神社横の登山口から上る。スギ花粉症がひどいので、植林地はマスクをして上る。そうでなくても汗かきなのに、マスクをしながら上ると余計に汗をかく。杉谷林道終点からは自然林に変わるのでマスクを取る。マンサクの黄色い花が咲いており、春の訪れを感じさせてくれる。高屋山までは地元の人も上ってきているようで枝がはらわれていた。雪はしっかり残っており、忘れたころに登山道が見え隠れする程度だ。前衛峰をすぎた下りの日陰の急斜面が凍っている。慎重に下ったのだが、すべってしまい落ちていく、スピードが出てきてしまったので木にしがみつき事なきをえた。 ひと上りすると小津権現山の頂上で、祠がある。祠は台の上に置かれているが、雪上に置かれているように見える。1m以上の積雪はありそうだ。ここからは、揖斐川と大きく開ける濃尾平野が目に飛び込んでくる。伊吹山や金糞岳が見え、能郷白山と白山が白く輝いている。ここで、アイゼンをつけピッケルに持ちかえる。遠く花房山までの稜線が見渡せる。この稜線に踏み跡はなし。 雪の急な斜面を下りていく。雪庇には亀裂が入っているので要注意だ。雪庇が広い所は問題ないのだが、狭まってくると樹林帯に逃げ込むしかない。この樹林帯、よりによって程よく色づいた立派な杉が多い。雪原には黄色の文様が・・・今晩は鼻づまりがひどくなるなあ。雪がとけヤブが出ているところもあり、ヤブこぎ状態だ。夏道は所々見えるが、登山道なのか獣道なのかわからない状態だった。この状態は、P1096まで続いた。この日は樹林帯のある揖斐川側は風が吹いており、寒くなり途中からカッパを着て歩いた。 P1096からは雪の量も多くなる。花房山は正面に見えるのだが谷が深く入り込み、稜線はつの字を書くように回り込んでいる。この地形が、花の房に見えるのだろう。朝からの曇り空も青空が見えるようになってきた。だれも歩いていない雪の斜面を時間をかけて上っていく、最後の雪庇を越えると頂上だった。なんと、新しい踏み跡がある。どうも揖斐川側から上ってきた人がいたようだ。花房山の頂上からは、小津権現からは見えなかった徳山ダムと能郷白山が存在感を示している。白く霞む白山も見える。ここまで、長い道程だったがこの壮大なパノラマに疲れも吹っ飛んだ。 来た道をもどり、モレ谷林道終点に向けて下りている尾根を降りる。30分で林道に降りられて、目出たしと思った。ところが林道は、見えるだけで何箇所も崩壊している。しかも、山の斜面から雪崩れた雪が林道上に斜めに積もり固まっており平らな箇所はほとんどない。気を引き締めて歩いていく。下に水が流れ雪洞上になっている箇所を渡ったり、崩壊した斜面にピッケルを突き刺しながら歩いたりと、この林道が一番緊張した。結局モレ谷林道ゲート近くまで林道の雪上訓練は続いた。アイゼンがなければ、えらい目に合ったと思う。今回は林道を日の明るい内に下れたのでよかったが、暗くなれば登山道よりたちが悪いだろう。 途中でデポしてあったママチャリに乗って、白山神社に向かった。木地惣中の石灯籠を探すが、ここにはいくつも石灯籠がある。地元のおじいちゃんに聞くと、白山神社以外に2つの神社が過疎で集落が無くなったために合社してあるそうだ。石灯籠の事を聞いたが、「(歴史に)くわしい者が亡くなって、今はわからない」という事だったので探してみると、神社の入口にある石灯籠に「元文庚申歳八月小津惣村木地屋惣中」の文字が刻まれてあった。白山神社の供物を片付けていたおばあちゃんから「御神酒やから飲み」と言われ、形だけ飲ませていただいた。昨年の大平寺の円空仏の時といい、御神酒とのめぐり合わせが良いようだ。神社の境内からは長年にわたり小津の盛衰を見てきた大杉が集落を見つめていた。
スノー衆以来、気になっていた小津権現山と花房山を周回するコースを歩くことにした。