【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

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sato
記事: 565
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by sato »

【日 付】 2024年12月25日
【山 域】 北アルプス十石山周辺
【天 候】 晴れのち曇り
【メンバー】夫 sato
【コース】 白骨温泉⇔東尾根2200m地点

「どうする?」
「どうしよう?」
 真っ白な雪をたっぷりと纏った深緑の森は、まだまだ続くだろう。
十石峠小屋の物語がこころに刻まれて30年。訪れる時が来たのだと唐突に思い、白骨温泉にやって来たけれど、
今回はご縁が無かったのだ。
「あそこの日溜りで休憩して戻ろうか」
「よし、そうしよう」
 木立の間から覗く、穏やかに輝くちいさな水色の空から吹いてきた澄み切った風が、するっとからだを通り抜け、
こころの奥がふわりと揺れる。
「いや、ご縁に導かれてここまで来たのね」
続いて湧き上がってきた感情をしみじみと嚙みしめる。


 乗鞍岳から北へ安房峠へと至る稜線上に建つ十石峠小屋の存在を知ったのは、大学を卒業し、
社会人として働き数年が過ぎた頃、漠然とした不安と焦りが大きくなり、辞め時なのだと感じて退職をして、
何かを求めるように日本の山やネパール、タイを旅して過ごし、しばらくたった時だった。
 生き方を模索しているわたしを心配してくださったのだろう。人生の師と仰いでいた20歳年上の憧れの女性から、
今度の休日、乗鞍高原にある友人の友人が営むパン屋さんでお手伝いをしてみないかとお声を掛けられた。
石窯でパンを焼いているお店で、夜は、手作りの丸太小屋に泊まらせていただけるという。
どんな方が、どんないきさつで、山の中でパン屋さんを始めたのだろう。
お会いしてみたい気持ちに駆られ、是非お願いしますと申し上げていた。

 指定された日の朝、お泊り道具を持ってお店に伺うと、やさしい笑顔のおじさんが迎えてくださった。
自己紹介で、ヒマラヤ8000m級の峰に登られた方だと知る。何で山屋さんがパン屋さんに。
ドキドキしながらパン作りが始まった。  
 従業員の方から教えていただきながらパンの成形のお手伝いをさせていただき、
夜は、パン屋さんご家族が暮らすログハウスにご招待されてご飯をご馳走になり、隣に建つ丸太小屋で寝させていただいた。
 翌日の午前中もパンの成形をさせていただく。前日よりほんの少し慣れてうれしかった。
 お昼前に作業は終了して、帰宅する前、またご家族とご飯をご一緒させていただいた。
見も知らぬ若造に、こんなにも温かく自然に接してくださるご家族の懐の深さに涙が出そうになった。
ふたりのかわいい娘さんも私と遊んでくれる。これからもお世話になることが出来たら、と思った。

 前夜おっしゃってくださった「ここで働いてみないか」というありがたいお言葉が頭の中をこだまする。
あちこちの山に登り、旅を続けた末に、乗鞍という地に出会い、ここで生きることを決められたご家族が眩しくうらやましくもあった。
ここで、いろいろ学び生きていけたら・・・。
 でも、食事をいただいた後、何故なのだろう、わたしは、頭を下げて「ごめんなさい。やっぱり旅に出たいです」とお伝えしていた。
すると「そうよ」と、間髪を入れずに、奥さまのからりと明るい声が、強くやさしくわたしを包みこんだ。
「まだ人生を決める必要はないわよ。いろいろな世界を旅するのは素敵なことよ」
 お別れ際に、ご主人が一冊の本と地形図のコピーを持ってきて、ここに仲間達と小屋を作ったのだと教えてくださり、
餞別とおっしゃって、お金まで添えて手渡してくださった。

「十石峠の麓から」は、ぐるぐるしているわたしのこころに訴えてきて、ふと思い出す度に読み返していた。
でも、パン屋さんとお仲間が5年の準備期間を要し、全国の250人余りの有志の方々と3年間かけて再建した十石小屋に、
向かうことはなかった。ご家族にお礼を申し上げよう、十石小屋を訪れよう、と思いながら、数十年の年月が過ぎていた。
 何年か前に気になって、パン屋さんを調べてみると閉店されていて建物の所有者も別の方になっていた。
あぁ、と悔やんだ。でも、やはりその後も小屋に足が向かうことはなく、何かの拍子に本棚から取り出しては、
ページをめくっているだけだった。

 2024年もひと月を切ったある日、カレンダーを見ていたら、夫が、2月に乗鞍高原のスノーシューツアーの仕事があり、
年内に下見に出かけると話しかけて来た。その時「あっ、今だ」と思ったのだった。
「一緒に行く。十石山にも行っていい?」と勢いよく返事をして提案していた。
夫は、急に何で十石山なの?という顔をしていたが、はいはい、と応えてくれた。


 この冬は、雪が多く降るとの予報だけど、この一帯もここ数日結構な雪が降ったようだ。
宵闇が迫る中、到着した白骨温泉は、雪国情緒たっぷりだった。
観光駐車場で車中泊させていただき、まだ夜の明けぬ5時10分に歩き始める。
 どこから尾根に取り付こうか。いただいた地形図には、林道が・1567ピーク北尾根を乗越して谷を横切った地点に、
Pマークが書かれているが、お宿の裏から破線が記されているのでここから登ることにする。

 スノーシューを履き一歩を踏み出すと、ずぼっと膝まで潜った。初っ端からこんなに潜るということは・・・。
夫もわたしも同じことを考えたと思うが「潜るねぇ」「まっ直ぐに登れないねぇ」と無邪気に笑いながら、
わたしたちの好きな「まっさらな雪」との時間が始まった。
 山頂までの標高差は1120m余り。現在の時刻は5時半。タイムリミットは13時。
単純計算で、休憩時間を入れずに1時間に150m登ってぎりぎり。休憩を入れると200m近く登らなければ辿り着けない。

 最初の尾根からトラバースに入るあたりからヘッドランプ無しで歩けるようになり、
次の尾根の取りつきに着いた時には、早くも1時間以上が経っていた。ここから破線を外れ尾根を直登することに決めていた。
 標高1600mぐらいまでは、踏み抜いて太ももまで潜ったりしながらも、ゆっくり同じようなペースで登ることが出来たが、
その先急こう配になると、雪を崩して足場を作ってからしか登れない。そして、足場を作ってもズルッと何度も滑り落ちる。

 そのうち、夫が足の付け根の痛みを訴えた。12月上旬に白内障の手術をしてからお籠りしていて、
22日に軽い山を歩いただけなので、からだが鈍ってしまったという。
「どうする?」と聞くと「行こう」と言うので、わたしがメインで先頭になり、ノロノロと歩みを進めていく。
 標高1710mで急坂からは解放されたが、膝上まで潜っているので、1810mのトラバースがまたしんどい。
この時点で、休憩無しで1時間に200m登らなければ辿り着けない計算に。
 急坂を登り終えてからはずっと針葉樹の森。展望地も無く、わっとうれしくなるような地形も現われず、
ひたすら深緑色の森が続いていく。

「あぁ、地味だなぁ」と夫が笑う。
「今日はクリスマス。クリスマスっぽい風景じゃない。絵本に描かれているようなたっぷりの雪で覆われた深い森を歩いているみたい」
とわたしも笑う。

 12時半を回った。
「どうする?」とまた夫に聞いてみる。
「どうしよう」と夫はわたしに判断を委ねる。
深い森の中、すぐ上に気持ちよさそうな日溜りが出来ている。ここでゆっくり休みたい。
そして帰ろう。

標高2200mあまり。わたし達の到達地。そのままではしゃがめないので、雪を踏み固めてベンチを作り腰を下ろす。

「雪のアルプスは簡単には登らせてくれないよなぁ」
パンをかじりながら、登れなかった山、山頂に辿り着けなかった山の思い出話に花が咲く。
「アルプスだけじゃないよ。比良でも大変だったよ」
 そう、そう。何年か前の冬、しんしんと雪降る中、ワンゲル新道から釈迦ケ岳に向かったけれど、
どんどんと雪が降り積もっていき、リフト道との合流点でタイムリミット。
リフト道を下り始めたものの、太ももまで潜りなかなか進めない。
やっとのことで車を停めたバイバスの高架下に戻りひと安心と思ったが、ここからがさらに大変だった。
大雪でバイパスは通行止め。国道は大渋滞で動かない。帰宅したのは日付が変わった3時過ぎ。
30分以内で帰宅できるはずが10時間以上も車の中に閉じ込められた。

「今日の登りも面白かったよ。さぁ下ろうか」
寒くなったので腰を上げる。
 往復でも下りは自分のトレースを踏まない、なんて偉そうなことを言っているけれど、
深雪ではしっかりとトレースを踏んでいる。
 標高1700mからは、破線道を辿り北側の尾根から下って林道に出る。
まだラッセルが続いていくと思っていたが、なんと林道は除雪されていた。

 雪の重みから解放されてふわふわとした足取りになると、夫の頭の中は、いきなり仕事の段取りモードになってしまった。
ちょっと待ってよ。ちょっと聞いてよ。わたし達の到達地で包まれた思いを。

・・・人と人との出会いはほんとうに不思議。偶然の積み重ねでありながら運命を感じる出会いがあり、人生の契機となったりする。
そして、離れてしまっても、普段すっかり忘れてしまっていても、影響を受け続けていたりする。
 中国の青海省でわたしたちが出会ったのも、パン屋さんご家族に出会い、9月に旅に出る決意が固まったから。
一緒に旅するようになり、その後京都で暮らし、山とうみに惹かれ近江の地に移り住み、いろいろありながらも、
今、こうして、好きなお山を仕事の場として日々を送り、食べていくことが出来、遊ばせていただくことが出来るのも、
悶々と悩んでいた20代の頃に出会った方々から教わったことが根幹にある。
 世間一般の人生観価値観にとらわれず、自分自身の暮らし、生き方を大切にしている40代50代の方々と出会い、
いろいろな生き方があっていいのだと力をいただき、あらたな一歩を踏み出せた。
その後、まわりからあれこれと言われても、わたし達はわたし達と思うことが出来た。
そうして暮らしていたら、いい出会いに恵まれ、ご縁も繋がっていった。親には心配をかけさせてしまったけれど。
 いろいろなことを思い出したよ。
今日、数十年間気になっていた十石山を一緒に歩くことが出来てよかった。
しかも、山頂に辿り着けないと分かっていながら7時間以上もラッセルして・・・

 夫の話を遮って、こう話したかった。
が、鼻水をたらして仕事の話をしている間抜けな顔を見て可笑しくなり、けらけら笑っているうちに、
まぁいいか、という気分になり、こころの中にそっとしまいこんだ。

sato

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ちーたろー
記事: 335
登録日時: 2011年2月20日(日) 21:17

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by ちーたろー »

satoさん、こんばんは。


 >乗鞍岳から北へ安房峠へと至る稜線上に建つ十石峠小屋の存在を知ったのは、大学を卒業し、
社会人として働き数年が過ぎた頃、漠然とした不安と焦りが大きくなり、辞め時なのだと感じて退職をして、
何かを求めるように日本の山やネパール、タイを旅して過ごし、しばらくたった時だった。

色んなところを旅しておられたんですね!

 >生き方を模索しているわたしを心配してくださったのだろう。人生の師と仰いでいた20歳年上の憧れの女性から、
今度の休日、乗鞍高原にある友人の友人が営むパン屋さんでお手伝いをしてみないかとお声を掛けられた。
石窯でパンを焼いているお店で、夜は、手作りの丸太小屋に泊まらせていただけるという。
どんな方が、どんないきさつで、山の中でパン屋さんを始めたのだろう。
お会いしてみたい気持ちに駆られ、是非お願いしますと申し上げていた。

パン屋さんでお手伝いもされていたんですね。
色んな方からお声を掛けて頂けるのもsatoさんだからこそですね。


 >指定された日の朝、お泊り道具を持ってお店に伺うと、やさしい笑顔のおじさんが迎えてくださった。
自己紹介で、ヒマラヤ8000m級の峰に登られた方だと知る。何で山屋さんがパン屋さんに。
ドキドキしながらパン作りが始まった。  
 従業員の方から教えていただきながらパンの成形のお手伝いをさせていただき、
夜は、パン屋さんご家族が暮らすログハウスにご招待されてご飯をご馳走になり、隣に建つ丸太小屋で寝させていただいた。

20代のころ、パンを作れるなんて思いもしなかったなぁ :o

 >翌日の午前中もパンの成形をさせていただく。前日よりほんの少し慣れてうれしかった。
 お昼前に作業は終了して、帰宅する前、またご家族とご飯をご一緒させていただいた。
見も知らぬ若造に、こんなにも温かく自然に接してくださるご家族の懐の深さに涙が出そうになった。
ふたりのかわいい娘さんも私と遊んでくれる。これからもお世話になることが出来たら、と思った。

人それぞれ色んな楽しい思い出があるものですね・・・
物語のような・・・


 >前夜おっしゃってくださった「ここで働いてみないか」というありがたいお言葉が頭の中をこだまする。
あちこちの山に登り、旅を続けた末に、乗鞍という地に出会い、ここで生きることを決められたご家族が眩しくうらやましくもあった。
ここで、いろいろ学び生きていけたら・・・。
 でも、食事をいただいた後、何故なのだろう、わたしは、頭を下げて「ごめんなさい。やっぱり旅に出たいです」とお伝えしていた。

ちゃんと自分の夢を持っておられてすごいです。

>すると「そうよ」と、間髪を入れずに、奥さまのからりと明るい声が、強くやさしくわたしを包みこんだ。
「まだ人生を決める必要はないわよ。いろいろな世界を旅するのは素敵なことよ」
 お別れ際に、ご主人が一冊の本と地形図のコピーを持ってきて、ここに仲間達と小屋を作ったのだと教えてくださり、
餞別とおっしゃって、お金まで添えて手渡してくださった。

素晴らしい思い出ですね。

>「十石峠の麓から」は、ぐるぐるしているわたしのこころに訴えてきて、ふと思い出す度に読み返していた。
でも、パン屋さんとお仲間が5年の準備期間を要し、全国の250人余りの有志の方々と3年間かけて再建した十石小屋に、
向かうことはなかった。ご家族にお礼を申し上げよう、十石小屋を訪れよう、と思いながら、数十年の年月が過ぎていた。
 何年か前に気になって、パン屋さんを調べてみると閉店されていて建物の所有者も別の方になっていた。
あぁ、と悔やんだ。でも、やはりその後も小屋に足が向かうことはなく、何かの拍子に本棚から取り出しては、
ページをめくっているだけだった。

行きたいな、行かないとと思いながら結局行かない、行けない場所・・・ありますよね。

 >2024年もひと月を切ったある日、カレンダーを見ていたら、夫が、2月に乗鞍高原のスノーシューツアーの仕事があり、
年内に下見に出かけると話しかけて来た。その時「あっ、今だ」と思ったのだった。
「一緒に行く。十石山にも行っていい?」と勢いよく返事をして提案していた。
夫は、急に何で十石山なの?という顔をしていたが、はいはい、と応えてくれた。

十石峠、十石山・・・名前に惹かれますよね。


 >この冬は、雪が多く降るとの予報だけど、この一帯もここ数日結構な雪が降ったようだ。
宵闇が迫る中、到着した白骨温泉は、雪国情緒たっぷりだった。
観光駐車場で車中泊させていただき、まだ夜の明けぬ5時10分に歩き始める。

寒かったでしょう。

 >どこから尾根に取り付こうか。いただいた地形図には、林道が・1567ピーク北尾根を乗越して谷を横切った地点に、
Pマークが書かれているが、お宿の裏から破線が記されているのでここから登ることにする。

多分ここかな・・というところを山と高原地図で見つけました。

 >スノーシューを履き一歩を踏み出すと、ずぼっと膝まで潜った。初っ端からこんなに潜るということは・・・。
夫もわたしも同じことを考えたと思うが「潜るねぇ」「まっ直ぐに登れないねぇ」と無邪気に笑いながら、
わたしたちの好きな「まっさらな雪」との時間が始まった。
 山頂までの標高差は1120m余り。現在の時刻は5時半。タイムリミットは13時。
単純計算で、休憩時間を入れずに1時間に150m登ってぎりぎり。休憩を入れると200m近く登らなければ辿り着けない。

私が下ったのは十石東尾根の登山道でしかも夏ですが、あそこを深雪の中登るなんて・・・ :o

 >最初の尾根からトラバースに入るあたりからヘッドランプ無しで歩けるようになり、
次の尾根の取りつきに着いた時には、早くも1時間以上が経っていた。ここから破線を外れ尾根を直登することに決めていた。

しかもヘッデン :D


 >標高1600mぐらいまでは、踏み抜いて太ももまで潜ったりしながらも、ゆっくり同じようなペースで登ることが出来たが、
その先急こう配になると、雪を崩して足場を作ってからしか登れない。そして、足場を作ってもズルッと何度も滑り落ちる。

太ももまである雪のラッセルかぁ・・・


>「あぁ、地味だなぁ」と夫が笑う。
「今日はクリスマス。クリスマスっぽい風景じゃない。絵本に描かれているようなたっぷりの雪で覆われた深い森を歩いているみたい」とわたしも笑う。

雪の森を歩きたいと思いはするのですが、現実はしんどいです :lol:


>「雪のアルプスは簡単には登らせてくれないよなぁ」
パンをかじりながら、登れなかった山、山頂に辿り着けなかった山の思い出話に花が咲く。
「アルプスだけじゃないよ。比良でも大変だったよ」
 そう、そう。何年か前の冬、しんしんと雪降る中、ワンゲル新道から釈迦ケ岳に向かったけれど、
どんどんと雪が降り積もっていき、リフト道との合流点でタイムリミット。
リフト道を下り始めたものの、太ももまで潜りなかなか進めない。
やっとのことで車を停めたバイバスの高架下に戻りひと安心と思ったが、ここからがさらに大変だった。
大雪でバイパスは通行止め。国道は大渋滞で動かない。帰宅したのは日付が変わった3時過ぎ。
30分以内で帰宅できるはずが10時間以上も車の中に閉じ込められた。

雪の時は道路状況も大変ですね。


>・・・人と人との出会いはほんとうに不思議。偶然の積み重ねでありながら運命を感じる出会いがあり、人生の契機となったりする。
そして、離れてしまっても、普段すっかり忘れてしまっていても、影響を受け続けていたりする。
 中国の青海省でわたしたちが出会ったのも、パン屋さんご家族に出会い、9月に旅に出る決意が固まったから。
一緒に旅するようになり、その後京都で暮らし、山とうみに惹かれ近江の地に移り住み、いろいろありながらも、
今、こうして、好きなお山を仕事の場として日々を送り、食べていくことが出来、遊ばせていただくことが出来るのも、
悶々と悩んでいた20代の頃に出会った方々から教わったことが根幹にある。

中国で出会われたんですね・・

 >世間一般の人生観価値観にとらわれず、自分自身の暮らし、生き方を大切にしている40代50代の方々と出会い、
いろいろな生き方があっていいのだと力をいただき、あらたな一歩を踏み出せた。
その後、まわりからあれこれと言われても、わたし達はわたし達と思うことが出来た。
そうして暮らしていたら、いい出会いに恵まれ、ご縁も繋がっていった。親には心配をかけさせてしまったけれど。
 いろいろなことを思い出したよ。
今日、数十年間気になっていた十石山を一緒に歩くことが出来てよかった。
しかも、山頂に辿り着けないと分かっていながら7時間以上もラッセルして・・・

何にもいいコメントはできないですが、物語のように読ませて頂いたことを書きたくて・・・

 夫の話を遮って、こう話したかった。
が、鼻水をたらして仕事の話をしている間抜けな顔を見て可笑しくなり、けらけら笑っているうちに、
まぁいいか、という気分になり、こころの中にそっとしまいこんだ。

また色々読ませてください。
ありがとうございました。
ちーたろー
落第忍者
記事: 1324
登録日時: 2011年2月20日(日) 15:31
お住まい: 三重県伊賀市
連絡する:

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by 落第忍者 »

satoさん、はじめまして。

超大作レポに対して、書けることは少ないのですが・・・

十石山とか十石峠って、何処かで見たことがあるような?
と思って調べてみると、平湯から乗鞍岳へ歩いた時に途中で十石山への標識があったことを思い出しました。

https://old.yabukogi.net/forum/23712.html#23712

もう15年以上前のことですし、山歩きを初めて未だ3年目に入ったばかりのことですので、怖い物知らずで歩けたのかもしれません。
まあ、下山にバスが使えるので出来たとも言えるのでしょう。

方向の違う白骨温泉からのフルラッセルなんて、今の私には思いつきもしないことですが、レポを検索してみると山スキーでの挑戦が多いのでしょうか?
遅くまで山スキーが楽しめるらしい乗鞍岳ですが、スキーも出来ない私には夢のような話ですね。

2人で7時間以上のラッセルでも到達出来ないところにチャレンジ出来る凄い体力、気力が素晴らしいですね。
金居原からの横山岳で、単独で5時間のラッセルで疲労困憊だったことがあります。
下山は2時間半でしたが、もうあんなことは無理かなとも思います。

https://yabukogi.net/viewtopic.php?f=4& ... 709#p22709

こんなことくらいしか書けなくて申し訳ありません。
落第忍者
sato
記事: 565
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by sato »

ちーたろーさま

こんばんは。
湧き上がった思いを言葉にしたくなって紡いでいき、投稿したものの、
ヤブこぎネットの画面で読み返したら、完全に自分語り。恥ずかしくなり、削除したくなりました。
でも、やっぱり、この思いを書き残したかったのだと思いとどまりました。
「わたしの物語」にコメントをくださり、ドキドキうれしかったです。

私は、十代の頃から山と旅が好きで、というか、山も旅だと感じています。
最近こそ、下山するとすぐに帰宅しますが、以前はよく、山の帰りに集落をお散歩したり、寄り道したりしていました。
アジアやアフリカを旅していた時期もありました。
インドやネパールの山村の暮らしへの興味が募り、民家に泊まらせていただきながら、山間の集落を歩いて巡っていったり。
その時だからこそ出来たのだなぁと思います。

憧れの女性から、パン屋さんでのお手伝いのお話を聞いた時、その休日の二日間だけ人手が足りないので探しているのだと思いました。
私も、自分がパン屋さんでお手伝いするなんて想像したことがありませんでした。
でも、パンを作るのは好きで、時々、ロールパンとか丸パンとか、ちまちま作っていました。
パンだけではなく、小麦粉を使うのが楽しくて。
学生の頃、アジアの国々の留学生と仲がよくなり、餃子や肉まんの皮、きし麺みたいな麺の作り方を教わり、
小麦粉料理にはまっていました。小麦粉がいろいろな形に変化していくのが面白かったです。
今は、パンはホームベーカリーで、餃子は冷凍食品です(笑)。チャパティだけは、たまに作ります。

私は、しっかりとした夢もなく、大地に根を張って生きたくても、出来ない人間なのだなぁと感じていました。
親を始め、まわりに迷惑もかけ、どうしようもない人間ですが、
「迷っても大丈夫」と温かく包んでくださる方々と出会い、よく分からないけれどあなたらしいと励ましてくれた友人の存在があり、
生きていくことが出来たのだなぁ、としみじみと思います。パン屋さんご家族との二日間は大切な思い出です。
感謝の気持ちをお伝え出来なかった方々に、こうして書くことでお伝えしたかったのですね。と、また自分語り(汗)。

十石山に移ります(笑)。
十石峠は、かつて白骨と平湯を結ぶ道があったことを偲ばせる呼び名ですね。

十石峠小屋再建の物語は「十石峠の麓から」に書かれています。
昭和二十年代にお助け小屋を建てた方とご縁が出来たことがきっかけで、
朽ち果ててしまった小屋をどうにかしたいという思いに駆られ、
お仲間とともに、訳が分からないと思われながらも、粘りと根気で、築き上げられました。
「いや、最初はなんだかんだと理屈とかさ、夢だとか言っていたけれど、つくりたかっただけなんだよね」
というお言葉に胸を打たれました。

今回は、小屋を訪れることが出来ませんでしたが、辿り着けなかったからこそ、いろいろなことを振り返ることが出来ました。
この日に歩けて感謝です。
そう、夜は冷え込み、起きた時、車の中の窓ガラスもバリバリに凍っていました。
ペットボトルの水も凍っていました。道は圧雪路でツルツル滑って緊張しました。

ちーたろーさん、旦那さまと乗鞍岳から十石山に行かれていましたね。
レポを読んだ時、お話したいなぁと思ったのですが、十石山への想いを表に出すのを躊躇ってしまい、コメントを書けませんでした。

今度は、平湯温泉から登り、「十石峠の麓から」を読みながら、小屋でひと晩過ごしたいです。
お花が咲き乱れる季節がいいかなぁ。

sato
sato
記事: 565
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by sato »

落第忍者さま

こんにちは。
オフ会では、いつもお世話になっております。
オフ会は楽しみなのですが、口下手なので(だから書きたくなり、書き始めると長くなります)
自己紹介が苦手で緊張してしまいます。でも、落第忍者さんのやさしい笑顔とお声に励まされ、
支離滅裂になりながらも頑張ってお話しようと思えます。

自分語りの文章を投稿してしまいましたが、落第忍者さんの想い出の山のお話もお聞きすることが出来ましたので、投稿してよかったです。
落第忍者さんは、2009年に平湯から乗鞍岳に登られたのですね。
金山岩からの縦走路では、たくさんのお花に出会えるのですね。コマクサも多いと聞いています。
今度は、平湯から登り、小屋に泊まってゆっくり風景を楽しみながら乗鞍岳を往復したいです。

雪の乗鞍岳は、山スキーを楽しむ方に人気がありますね。
春になって雪が締まった頃だと、スノーシューで日帰りで山頂まで登るのも可能です。
私は、足首の手術をして7か月後、まだ抜釘手術前で金属が入っていて、痛みもあったのですが、雪のアルプスが恋しくなり、
夫に連れていってもらいました。
ゆっくりとしか歩けなく朝早く出発したおかげで、白く輝く剣が峰に一番乗りで着き、
うつくしき世界、大パノラマをふたりだけで味わうことが出来感激しました。
それまで雪の乗鞍岳は私にとって眺めるお山だったのですが、それは、この日のためだったのだなぁ、と思いました。

この時は、もう、パン屋さんが閉店していたことを知っていて、お店の建物を見るとせつなくなるので、車で素通りしました。
今回も、翌日、仕事の下見で乗鞍高原を訪れたのですが、やはり、寄りませんでした。
夫は知らないし、こころの中にパン屋さんは存在し続けている、と思いました。

横山岳のレポも楽しく読ませていただきました。横山岳は大好きなお山で、金居原からのコースは、特にお気に入りです。
東峰から本峰へ向かう時、そう、切り立った箇所があり、私も初めて歩いた時、どう降りたらいいのだろうと思いました。
一番しんどかったのが、西尾根から登った時です。
その頃はワカンでしたので、途中膝上ぐらいまで潜り、6時間近くかかったと思います。
登りは苦労しても、下りはスイスイで、なんだか不思議な気持ちになりますね。十石山も下りは車道まで2時間半でした。

雪山の山頂へは、条件が揃い、お山と自分の気持ちが合い、登らせていただけるのですね。
深雪だったり、雪の状態が悪くて途中で引き返したり、雪が締まっていてお天気がよくても暴風で進めなかったことも。
何か嫌な感じがして引き返したこともあります。
本文にも書きましたが、馴染み深い比良の山でも大雪で阻まれたことも。
くやしさは無く、ひとつひとつの山旅が味わい深かったなぁ、と感じています。
十石山も、こりゃ無理だと思いましたが、お山を楽しもうと(笑)。

落第忍者さんのレポに戻りますが、こうして、むかしのレポを紹介してくださるとうれしいです。
ヤブこぎネットのサイトを教えていただいたのが2017年で、でも、その頃は、ネットで知らない方の山行記録を読むことが無く、
スミマセン、そういう集まりがあるのかぁ、という感じで、実際にみなさまのレポを読み始めたのが2019年に入ってからですので、
少し前のみなさまのお姿を想像しながら、読ませていただくのが楽しいです。

霧氷に氷瀑。落第忍者さんは、一期一会の風景に出会いに、今日もお山にお出かけでしょうか。
コメントありがとうございました。

sato
biwaco
記事: 1528
登録日時: 2011年2月22日(火) 16:56
お住まい: 滋賀県近江八幡市

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by biwaco »

satoさん、こんにちは。
十石峠の邂逅、なぜか懐かしく読ませていただきました。
人生の岐路となるような出会いと体験。今回のお二人の雪山で20数年?ぶりにシンクロさせたかったのでしょうね。
十石峠にも小屋にも到達できなくても時空を超えて心に刻まれることでしょう。

読みながら、家族で乗鞍高原で遊んだことを思い出しました。長女が学齢前だったのでもう40年以上前のこと。雪も消えて高原の花が楽しめたので初夏か夏休みだったかも知れません。
娘がランチした池塘のそばに気に入っていた花柄の水筒を忘れてしまい、「また今度取りに行こうね」と慰めていたのですが、それは実現できないまま以来、乗鞍高原には行けないままです。
翌日、白骨温泉のお湯に浸かりましたが、タオルが硫黄の臭いと色が染みこんで使い物にならなくなったことは笑える思い出です。
地形図で白骨温泉からの破線の尾根を辿ってみました。傾斜もありそうですが、距離が半端じゃなさそう。新雪を踏み砕きながらのラッセル山行はさすがのお二人の体力でもお手上げでしょうね(笑)

3連休明けの14日は日本コバでした。乗鞍とはランクが違いますが、山頂まで到達できませんでした。残っている写真を見て23年ぶりのルートだったんですが、悔しさはもちろんながら、山中の巨杉や記念茶樹など記憶を蘇らせてくれる場面に触れて、心が軽くなりました。

パン屋さんの女性、どうしておられるんでしょうね。小屋を再建したメンバーとも話がしたいもんです。
昨年、乗鞍スカイラインが再開したので一度行ってみたいと山友と話していました。1泊すれば乗鞍岳と十石山の両方も可能でしょうか?

山の記憶を蘇らせてくれるレポ、またお聞かせください。
tsubo
記事: 272
登録日時: 2023年3月07日(火) 13:27
お住まい: 和歌山県

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by tsubo »

satoさん、こんにちは。

初めに読んだとき一気に読んで、短編小説を読んだ気持ちになりました。
今改めて乗鞍岳の地図で確認しました。
十石峠小屋は乗鞍岳の北北東にある避難小屋なんですね。今でも活用されているのかしら。
パン屋をしていた方、今では70代半ばでしょうか。どこでどんな暮らしをされているんでしょうね。
ずっと気になりながらも訪れることがなかったということも一つのご縁なんでしょう。
やっと近くまで行くことができたんですね。

「いや、ご縁に導かれてここまで来たのね」

ご縁が無ければ決してこの日の山歩きはなかったですね。
今回小屋とのご縁はなかってけど、たどり着くことができなくても小屋を身近に感じることができたんでしょう。
心の整理が一つできたのではないかしら。

私が20代の時に八甲田山に行った時のことを思い出しました。
5月に避難小屋に泊まって北八甲田に登った後に蔦温泉に泊まりました。その時、庭で写真を撮っていた登山者のグループからモデルを頼まれました。お話しすると、南八甲田の黄瀬沼を強く勧めてくれました。
予定外でしたが、翌日行きました。まさに秘境のような場所で、誰とも会いませんでした。
また、グループのうちの一組のご夫婦が蔦温泉に泊まったのでといろいろお話をし、南八甲田に行った翌日はその方のおうちに泊めていただきました。
そのご夫婦はその後「南八甲田」という民宿を始めたというお葉書をいただきました。ですが、最近に検索しましたがありませんでした。
また、一人の方は青森駅前でお寿司屋さんをしている方でした。帰るときに寄って、駅弁代わりにお寿司を買いました。
黄瀬沼は訪れる人も少なく、今では藪漕ぎしないといけないようです。
行っておいて良かったなと思います。

「あぁ、地味だなぁ」と夫が笑う。
「今日はクリスマス。クリスマスっぽい風景じゃない。絵本に描かれているようなたっぷりの雪で覆われた深い森を歩いているみたい」
とわたしも笑う。

そうか、12月25日だったんですね!
物は考えよう、今回の山歩きはクリスマスプレゼントだったんですね。

まだラッセルが続いていくと思っていたが、なんと林道は除雪されていた。
おおっ、これこそまさにクリスマスプレゼントですね。

ある意味ご主人との出会いのきっかけになったご縁だったんですね。
人生って不思議ですね。
どこのどんな出会いがその先につながるか、まったく見えない。
後になって気づくものなんですね。

もしかしたらどこかでパン屋さんと出会えるかもしれませんね。
その時、今回の山歩きのことを話せるといいですね。

ふっと旅に出かけたくなりました。
ありがとうございました。

tsubo
sato
記事: 565
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by sato »

びわ爺さま

こんばんは。
あたたかなコメントをくださったのに、お返事が大変遅くなってしまい申し訳ありません。
土曜日に横山岳に行き、日曜日の午後から山梨に向かい今日帰宅しました。

「わたしの物語」をお読みくださり、乗鞍高原での娘さんとの約束を思い出され、こうしてお話してくださり、
うれしい気持ちに包まれました。
 ちいさな娘さんと、きれいな景色と可憐なお花を楽しみながらのハイキング。
娘さんは、お気に入りの花柄の水筒を肩にかけ、お父さんと手を繋ぎ、一緒に歩けて楽しかったのでしょうね。
お空の下で食べるランチも美味しくて、食後もまた一緒に歩けることがうれしくて、
「おとーさん、はやくぅー」と笑いながら先に立ち上がり、歩き始めてしまったのかなぁ。
 あんまりにも楽しくて、水筒を置き忘れてきてしまったことに、なかなか気づかなかったのですね。
気づいた時の、娘さんのしょぼんとしたお顔、「また今度取りに行こうね」と慰めるお父さんのびわ爺さんのやさしいお顔・・・。
おふたりの姿が浮かんできて、ジーンとなってしまいました。
 人はみな、それぞれの、うつくしくせつない物語を胸に秘めているのですね。
この日の想い出が、40年以上もこころの小箱に大切に仕舞われていたことを娘さんが知ったら、うれしいだろうなぁと思います。

 日本コバのレポも、味わわせていただきました。
23年ぶりのルートだったのですね。
山頂に登れなかったくやしさ。
でも、ふたたびこのお山に来たからこそ、感じるものがあり、蘇った記憶もあり、びわ爺さんにとって大切な一日となったのでは。

 私も一昨日、思い描いていた山頂のほんの少し手前で、時間も押していて、霧で何も見えなくなってしまったので、
ここまでという気持ちになり、その時は納得して引き返したのですが、後で地図を見直すと、
ほんとうにあともう少しのところだったので、頑張ればよかったかな、と、ちょっと悔しくなったり。
でも、引き返したからこそ、翌日、素晴らしい景色に出会え、自分のこころの動きというものを振り返り見つめ直すことが出来ました。
 何年か後、山頂に立てた場合よりも、深く、せつなく、いとおしい想い出となっているのだな、と感じます。

 誰しも、人生、いつ、どこで、どうなるのか、分からない。
人との出会いと別れもそう。
風景との出会いもそう。
移りゆく時の中、ふっと想い出を振り返っては、あたたかな気持ちになったり、かなしくなったり、せつなくなったり、後悔したり。
そして気が付けば、ますます日々は過ぎ去っている。

 パン屋さんご家族は、今、どこで、どんな日々を送られているのでしょう。
いつか、また、不思議な巡りあわせでお会い出来たら、お礼を申し上げたいです。

 ご友人と乗鞍岳に行こうというお話があがっていらっしゃるのですね。
十石山は、白骨温泉からの往復が一番多いと思います。
乗鞍岳からだと金山岩から十石山にかけての痩せ尾根で崩落している箇所があるそうです。
ちーたろーさんが、乗鞍岳から十石山を縦走して白骨温泉にお下りになっていますね。
私は、小屋でひと晩過ごしたいなぁ、と思っています。

私も、また、びわ爺さんの山にまつわる物語、ご家族の物語をお聞きしたいです。
コメントありがとうございました!

sato
sato
記事: 565
登録日時: 2019年2月13日(水) 12:55

Re: 【北アルプス】 「十石峠の麓から」を胸に、深雪の十石山へ分け入って

投稿記事 by sato »

tsuboさま

こんにちは。
お返事が大変遅くなり申し訳ありません。木曜日に帰宅して、金曜日はお客様とマキノのお山へ、
昨日は山日和さんと越前のお山に出かけていて、今日に至ってしまいました。

十石峠小屋は、今も避難小屋として誰でも利用できます。
写真を見ると、北アルプスの絶景を楽しむことができ、夏はお花が咲き乱れる地に建っています。
クマが多く生息する山なので、そこが気になるのですが。

人生の半ばと言われる時期に入ってから、20代の頃を思い出すことが多くなりました。
そして、私は、いい出会いに恵まれたのだなぁ、と、あらためて出会った方々への感謝の気持ちが湧き上がります。
「ずっと気になりながらも訪れることがなかったということも一つのご縁」
あたたかく深いお言葉。こころに沁みいりました。

tsuboさんの、不思議なご縁に導かれた八甲田山の山旅も素敵な物語ですね。
その日、その時間、その場所に行かなかったら、出会うことのなかった人びと。
出会ってもすれ違うだけの人もいる。その中で、何か通ずるものを感じ、会話が生まれ、そこから物語が紡がれていく。
出会った方々とのご縁によって、思いもかけない風景、出来事に出会えたり、あらたな世界を感じたり・・・。
人生は、こうして続いていくのですね。
tsuboさんからも、きらっと輝く大切な物語をお聞きすることが出来、投稿してよかったです。

そう、十石山から大切なクリスマスプレゼントをいただきました。
何にも知らない夫は、山頂に行けないと分かっているのに、バカみたいにラッセルしていたのが面白かったそうです。
思えば、夫とは、出会った時からバカみたいなことを、時には喧嘩しながら楽しんできたなぁ、と。
先日も、雪の状態の読みが甘く、なんてこったぁ、と言い合いながら尾根を登っていました。

「どこのどんな出会いがその先につながるか、全く見えない」
tsuboさんと私の出会いもそうですね。
tsuboさんからは、お山だけではなく、人生というものも教えていただいております。
これからも、どうぞよろしくお願いします!
あたたかなコメントありがとうございました。

sato
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