映画「ふるさと」
Posted: 2014年2月10日(月) 20:16
ずっと探していた映画だった。30年前に公開され、テレビで初めて見た時その風景の哀しいまでの
美しさと、ダムに沈んでしまう運命の村人の葛藤に涙が止まらなかったのを覚えている。せめてビデ
オでもといろんなサイトで検索しても見つけることができずあきらめていたが、先日のスノー衆で山
頂から徳山ダム湖を眺めていた時、わりばしさんが「『ふるさと』のDVD出たの知ってます?」と聞
いて来たのだ。なんというタイミング。長らく人目に触れることのなかったこの名作映画が昨年12月
にDVD化されたというのである。...家に帰ってすぐにamazonで注文したことは言うまでもない。
7年前、徳山ダムが試験湛水を始める前に徳山村最奥の集落である門入(かどにゅう。正確には既に
常住する人のない廃村だったが)を訪れた。そこから千回沢山に登るためだ。湛水が始まれば道路が
水没して、車でここへ来ることは不可能になってしまう。しかし一夜明けた朝は雨模様。この雨を突
いて沢からヤブだらけの山に登る気にはとてもならず、後ろ髪を引かれる思いで門入を後にしたので
ある。
部外者である我々がダムに沈んでしまう村を惜しみ、悲しむのはただの感傷かもしれない。しかしこ
こには日本人の誰もが心の中に持つ「ふるさと」が確かにあった。
右の本は徳山村に住む増山たづ子さんが、ピッカリコニカで写した写真集である。そこに登場する
村の人々、子供たちの表情は実に生き生きとして素晴らしい。心を許す人が向けたカメラに対してし
かできない、何の気負いもない無防備な笑顔で溢れている。
対する左の本は、いわゆる部外者である筆者が村に通い詰め、住み込んで作り上げた作品だ。
そこに暮らす人と無関係の部外者という違いはあっても、そこにはダムの底に消える運命の「徳山村」
に対する愛情が、その文章と写真の中に脈々と流れている。
岐阜県揖斐郡徳山村は1987年に藤橋村と合併。1989年には全員が離村して村は消えた。数々の
紆余曲折を経て徳山ダムが完成を見たのは2008年。計画が世に出てから実に51年が経過していた。
山日和
美しさと、ダムに沈んでしまう運命の村人の葛藤に涙が止まらなかったのを覚えている。せめてビデ
オでもといろんなサイトで検索しても見つけることができずあきらめていたが、先日のスノー衆で山
頂から徳山ダム湖を眺めていた時、わりばしさんが「『ふるさと』のDVD出たの知ってます?」と聞
いて来たのだ。なんというタイミング。長らく人目に触れることのなかったこの名作映画が昨年12月
にDVD化されたというのである。...家に帰ってすぐにamazonで注文したことは言うまでもない。
7年前、徳山ダムが試験湛水を始める前に徳山村最奥の集落である門入(かどにゅう。正確には既に
常住する人のない廃村だったが)を訪れた。そこから千回沢山に登るためだ。湛水が始まれば道路が
水没して、車でここへ来ることは不可能になってしまう。しかし一夜明けた朝は雨模様。この雨を突
いて沢からヤブだらけの山に登る気にはとてもならず、後ろ髪を引かれる思いで門入を後にしたので
ある。
部外者である我々がダムに沈んでしまう村を惜しみ、悲しむのはただの感傷かもしれない。しかしこ
こには日本人の誰もが心の中に持つ「ふるさと」が確かにあった。
右の本は徳山村に住む増山たづ子さんが、ピッカリコニカで写した写真集である。そこに登場する
村の人々、子供たちの表情は実に生き生きとして素晴らしい。心を許す人が向けたカメラに対してし
かできない、何の気負いもない無防備な笑顔で溢れている。
対する左の本は、いわゆる部外者である筆者が村に通い詰め、住み込んで作り上げた作品だ。
そこに暮らす人と無関係の部外者という違いはあっても、そこにはダムの底に消える運命の「徳山村」
に対する愛情が、その文章と写真の中に脈々と流れている。
岐阜県揖斐郡徳山村は1987年に藤橋村と合併。1989年には全員が離村して村は消えた。数々の
紆余曲折を経て徳山ダムが完成を見たのは2008年。計画が世に出てから実に51年が経過していた。
山日和
ずっと探していた映画だった。30年前に公開され、テレビで初めて見た時その風景の哀しいまでの