【台高・千秋】国吉峠のこと
Posted: 2012年11月28日(水) 18:53
先日、グーさんの記事で、千秋社のあるポイントを「くによし峠」ということでZippさんと話していました。
オジヤンが私との会話をきっかけに記憶をズルズル引き出したのでそれを書きます。
ちなみに場所としては、木屋谷の左岸斜面のほぼ稜線近く、カツラ谷林道の終点のチョイ手前あたりの小ピークで、すぐ先に木梶山と馬駆辻への分岐の山道があるところです。
『国吉峠のこと』
昔、千秋社がこの一帯の山を買った頃、大正末期から昭和初期の頃、カツラ谷の源頭部の木屋谷側は木がすでに切られており、見晴らしは良いものの、歩きにくい低い柴や笹で覆われていたそうです。
カツラ谷を上がってくる山道(杣道、ケモノ道)、カツラ谷と木屋谷の間の尾根を登ってくる山道等は、小木が密生していてそこしか歩けないくらいだったそうです。それらの道を歩いてきた人達の交差点(三叉路)的な場所がヤグラのあった最高点で、人々は『なんとまあいい景色だな』と奥山を眺めていたそうです(当時はヤグラはありません)。
それを聞いた千秋社の社長、茂木国吉(くによし)は『私も見てみたい』ということで現地にでかけ、そこからここを国吉峠と呼ぶようになったそうです。
普通、峠とは山を越える場所なので、一番低いところ(鞍部)を指すのが一般的ですが、見晴らしも良くなだらかだったことから、ヤグラのあるピークを指すという、ちょっと変わったことになっています。
オジヤンの記憶に小さじ一杯の脚色を加えています。
Zippさんへ。どうやら私はその昔、正しい漢字を教えてもらっていたみたいです。「クニキチ」が正しいそうです。
お騒がせしました。
オジヤンが私との会話をきっかけに記憶をズルズル引き出したのでそれを書きます。
ちなみに場所としては、木屋谷の左岸斜面のほぼ稜線近く、カツラ谷林道の終点のチョイ手前あたりの小ピークで、すぐ先に木梶山と馬駆辻への分岐の山道があるところです。
『国吉峠のこと』
昔、千秋社がこの一帯の山を買った頃、大正末期から昭和初期の頃、カツラ谷の源頭部の木屋谷側は木がすでに切られており、見晴らしは良いものの、歩きにくい低い柴や笹で覆われていたそうです。
カツラ谷を上がってくる山道(杣道、ケモノ道)、カツラ谷と木屋谷の間の尾根を登ってくる山道等は、小木が密生していてそこしか歩けないくらいだったそうです。それらの道を歩いてきた人達の交差点(三叉路)的な場所がヤグラのあった最高点で、人々は『なんとまあいい景色だな』と奥山を眺めていたそうです(当時はヤグラはありません)。
それを聞いた千秋社の社長、茂木国吉(くによし)は『私も見てみたい』ということで現地にでかけ、そこからここを国吉峠と呼ぶようになったそうです。
普通、峠とは山を越える場所なので、一番低いところ(鞍部)を指すのが一般的ですが、見晴らしも良くなだらかだったことから、ヤグラのあるピークを指すという、ちょっと変わったことになっています。
オジヤンの記憶に小さじ一杯の脚色を加えています。
Zippさんへ。どうやら私はその昔、正しい漢字を教えてもらっていたみたいです。「クニキチ」が正しいそうです。
お騒がせしました。
林道のお話が出たので峠のネタでは無いのですがレスさせていただきました。